〇地球・佐世保市・喫茶『ムーンナイト』──ナオ
俺達は喫茶店を一時閉店して、テレビを見つめていた。
アキトが死んだことになってすでに三ヶ月近くが経過している。
木星でのナデシコ艦隊とアイアンリザードの激闘もすでに始まっており、
攻略戦の第一戦は、死闘に次ぐ死闘だったそうだが、負傷者は出たが死者はまだ出ていない…。
今は休息と補給のために攻撃を中断して体制を立て直している。
敵の機動兵器も、かなり消耗してナデシコ艦隊を逃がして補給にいそしんでいるらしい。

アキトの事情、そして草壁とヤマサキの事情を聞かされている身としては、
この戦い自体が、戦争を終結されるためだけの戦いだから誰も死ぬ必要はないと思う。
それに戦争そのものがなくなるかもしれない。
何しろ──。


『…今日も世界各国の平和デモは過熱する一方です!

 戦争を捨て去るために!
 
 自分たちの未来のために!

 そして私たちに大事なことを気づかせてくれた、あの英雄のために!

 地球圏の人々の意思は、歴史上例がないほど一体となっています!
 
 各国の政府首脳も、活発な会議が続いています!
 
 ついに、人類がそろって平和を手にする時が来ているのです!』


「「「「ホシノアキトを犬死ににするな!!
    正義の名の下に利益の奪い合いのための戦争を続けるな!!」」」」



「…すっごいね」

「そうね…。
 もう、本当に平和な世の中が来るのかもしれないわね…」

ミリアとメティは感慨深そうに外とテレビを交互に見ていた。
テレビもネットもこの商店街の通りも、どこもかしこも平和運動が続いている。
人類が戦争を…いや、『嘘にまみれた利益の奪い合い、争いを』を捨てようとしている。
連合軍、統合軍を解体するということはあり得ないにしても…。
人々は戦争という手段を、自ら手放そうとしている。

だったらなおの事死ぬ事もない。
犬死にをすることはない。
俺たちも、デモ参加者たちも、世の中全体がそう思っていた。
…アキトに影響されてな。

俺達も参加したいところだったが、立場上、敵に狙われる可能性が少なくない。
ミリアも身重で動きが取れない。
メティも学校に居る間はいいが、迎えに行かなければ危ない状態には変わらない。
だから俺達はこうして喫茶店にこもって、外の連中を応援するだけだ。
悔しいが…俺達がやらなくても、世の中のほとんどが動いてくれている。
俺達が欠けたところでどうってことないだろう…。

とはいえ、反戦活動平和活動に集中しているバトルアイドルプロジェクトのみんなは警護が必要だ。
だからそっちには行こうとしていたんだが、これはゴールドセインツのみんなから断られていた。
次のライブは最新式のセンサーが張り巡らされている会場で行われるし、
彼女たちも自分の身を守りながら会場に到着する方法があるとかで…。
しかもネルガルとピースランドからの「信頼できる」ガードが複数配置されているらしい。

無理に手伝いに行ったところで、ミリアとメティを誘拐されたら俺は身動きが取れなくなる。
だったら、と俺は引き下がることにした。
もっとも何かあったら一生引きずる後悔する要因になりそうな気もするが…。
…失うものがあるってのは、嬉しい反面うかつに命を懸けられなくなるもんだなぁ。

しかし彼女たちは、俺たちのような元PMCマルス関係者や、
ナデシコA元クルーのマークを外すのも理由の一つでバトルアイドルプロジェクトに参加している。
…無理についていくのも、彼女たちを傷つけることになるしな。

世の中がこうでは、敵も身動きが取れないだろうが。
それでも無理に動き出したら、どうすれば…。

「そーいえばお姉ちゃん、ナオさん。
 この投票アプリ、投票した?」

「え?それって最近ニュースになってるやつ?」

「いや?
 まだだが」

「まだしてないの?
 二人とも遅れてるんだぁ。
 今、国民番号と顔の認証をして投票するから確実な数が取れる、
 無責任な投票もできないようになっている、信頼性の高い投票アプリって話題なの!
 AIで顔の登録も国籍も明かさないと投票できないし!
 噂では投票中の様子は端末のカメラやマイクで確認されているから、
 不正投票しようとしたりするとバレるし、ハッキングもできないとかどうとか!
 これで今、全世界の「本当の」反戦の比率を導きだそうって話になってるの!
 
 ほら、もう98%を超えてて、100%に近いでしょ!?」

俺とミリアはメティの突き出した端末をのぞき込んだ。
ああ…確かにニュースで見かけたな。
何に使ってんだと疑問だったけど、そうか、そういう用途で使うのか…。

…いや、これは?

「メティちゃん、こりゃ、ネルガルが出してるのか?」

「ん-ん、違うよ。
 なんとbigsoftとgrape、gogglesが協力したそうなの!
 びっくりだよね、こんなITのビッグネームが手を組んで作っちゃうなんて!
 なんでも匿名で多額の投資があって、その代わりに、
 信頼のおける投票アプリを作ってほしいって依頼があったんだって。
 でも、その基礎部分のプログラムコードは、その匿名の投資家から渡されてたとかで…。
 こういう時のためにその投資家は先んじて対策をとってたんじゃないかって、
 もっぱらの噂になってるんだよ!」

──俺はメティに説明されて、そのアプリアイコンに書かれた「ダイヤモンド」のマークを見て、
  誰がこの一手を仕組んだのかがすぐに分かった。

…なるほどな、ラピスちゃんが仕組んだのか。
彼女以外には、こんな方法をとろうとはしないし、できないだろう。
みらいで未来『黒の皇子』の片腕として戦った経歴、そしてルリちゃん救出事件の時の手腕、
その他もろもろ、ラピスちゃんの辛辣な戦い方に関する話は色々聞いている。
今回も何かしらの方法で手に入れた資金を使って、
自分の痕跡を残さずにここまで仕掛けたんだろう。

…しかしラピスちゃん、そんなことしてる暇があったか?
敵の事を探りながら、表立ってアイドルしたり、アキトの店を手伝ったり、自分の生活のことだって…。
結構ギリギリの生活をしているってのは聞いてたし、どうやったんだろうな。
それにラピスちゃんはよく言ってたよな、
「プログラムコードは指紋レベルで書いた人がバレる可能性がある、だから痕跡は残さない」って。
決定的な証拠を残さないようにする彼女のやり口からは離れてる気がするが…。
ダイヤモンドのアプリマークは証拠になり得ないとしても、どうやって…。

いや、そんなことはどうでもいい。
ラピスちゃんがまた世界中を欺いて自分の大切な人を守ろうとしているのが分かった。
ってことは…。

──アキト、お前はもちろん生きてんだろうな?















『機動戦艦ナデシコD』
第九十一話:diktat-独裁的な決定-

















〇地球・東京都・ネルガル本社──会長室
…僕たちは会長室に集まって状況を把握することに勤めていた。
サヤカ姉さんの誘拐について警察に伝えるわけにもいかないし。
敵がクリムゾンに関係していることと、残されてた書置きの事を考えると…。
世間や外部に弱みを見せれば、それだけで付け込まれる可能性が高い。
取引で何とかなるならどれだけマシか…。

僕はアキト君たちが誘拐された時の事を思い出した。
あの、火星へのハネムーンに向かうシャトル事故が起こった時…。
ボース粒子が現場でわずかに確認されたことから、
そしてシークレットサービスが手に入れるわずかな情報から、
アキト君とユリカ君の情報をつかまなければならなかった。

…今回は敵がこちらを誘い込んでいるだけにまだマシなんだけどね。
あくまで僕が目的だろうし、不利な状況ではあるけど…。

「会長、少し仮眠を取っておいてください。
 あなたのことですから、ついてくるつもりでしょう」

「すまないね、プロス君」

僕はプロスに促されて、上着を脱いで頭に被せて目を伏せた。
長期戦になるのは間違いないし、僕が体力を失ってしまうのは意味がない…。
食事もとったし、寝れるだけ寝てしまった方がいいだろう。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


僕はまどろみながら、起こったことを振り返っていた…。

僕は、この戦いがシークレットサービスを伴った暗闘になると分かっていた。

サヤカ姉さんが住む、ムトウ社長の家の状況、そして書置きから、僕たちは状況を把握した。
実はサヤカ姉さんが誘拐される前に、ムトウ社長も連れ去られており、
その犯人にサヤカ姉さんが呼ばれてしまったらしく、書置きには発見時の四日前の日付が書かれていた。
少なくとも、サヤカ姉さんが無断欠勤し始めた時に事件が始まっていたのがわかった。

そして数日も何故発覚しなかったかといえば、ムトウ社長自身が持病の悪化で入院後、
自宅療養中の時、サヤカ姉さんも過労で休暇を取る相談をしていた。
つまりサヤカ姉さんの過労は事実で、それに被るタイミングで誘拐事件が起こってしまった。
僕にこの誘拐を気づかれたくなくて、サヤカ姉さんが嘘をついたわけじゃなかったようだ。

そして書置きから推測すると…最初は僕を呼び出すためにムトウ社長を誘拐したものの、
すでに持病の悪化で体がボロボロの状態で、このままではいつまでもつかわからないことに気づき、
慌ててサヤカ義姉さんを追加で呼ぼうとしたようだ。
ムトウ社長のために薬を持っていかせる事と、サヤカ姉さんという二人目の人質を手に入れるという、
ムトウ社長に薬の場所を聞いて取りに行くよりも、一石二鳥の手段を取ったということだろう。
万一、ムトウ社長が病死した時に備えて…。
それはサヤカ姉さんが僕に対して有効な人質であると、敵が知っているってことでもある。
僕の兄さんの婚約者だったサヤカ姉さんを…僕が放っておけるわけがないと。

サヤカ姉さんはその書置きにある通り、僕には連絡せずにすぐに犯人の下に向かったんだ。
ムトウ社長はもう長くないと言われているだけあって、薬を持って必死に急いだんだろう…。

でも、サヤカ姉さんが残した、もう一つの書置きには──。
ムトウ社長がもう長くないから誘拐された時点で覚悟はできてるはずだと。
そしてサヤカ姉さん自身も、自分が死んでも影響は少ないが、僕が死ぬような事があってはいけないと。
そうすればネルガルを守れると、書かれていた。

確かに、そうかもしれない。
ここで警察に連絡しても、ネルガル内では誰も責めないと思う。
それが結果としてサヤカ姉さんとムトウ社長を死なせることになったとしても。
世間からは批難は受けるかもしれないが、まっとうな人間の判断だったと思ってもらえるだろう。

けど──。
その言葉が、僕をより強く突き動かしていた。

僕とネルガルのために命を投げ捨てる気でいる二人を…何が何でも助けたい。
そうしなければいけない、そうしなければ…僕は…。

僕だって簡単に死ぬつもりはない…。
生きて帰って、エリナ君との約束を守って、これからも添い遂げる。
それできっと生きてるだろうホシノ君たちと再会して、
茶でもすすりながら子供の将来のことでも他愛なく話せるような、未来をつかむんだ。

…全部はうまくいかないかもしれない。
それでも、二度と後悔のある人生を送りたくないんだ…!

僕は…!











〇東京都・池袋・アイドルプロダクション『大和』合宿所──アサミ
私達、ゴールドセインツは定期の健康診断を受けていました。
反戦のアイドル活動が続き、連戦が続いている事もあって、結構みんな疲れてます。
ここに集まっているアイドルグループ全員、例外なく疲労困憊です。
それにホシノアキトさんが死んだことになって、一番気落ちしているのはゴールドセインツのみんなです。
私とイツキ姉さんは彼女たちほどじゃないですけどそれでも十分気分が沈みますし…。
決死の想いでステージ上に立ち、堂々たる態度でプロとしてのふるまいを見せる彼女たちは、
疲れに加えて、心を支える人を失ったみんなはこの三ヶ月で、明らかに消耗してます。

今診察を受けている…目の前のアイちゃん先生。
私とそう変わらない歳なのに、ゴールドセインツの往診担当にして、
ホシノアキトさんの主治医、ユリさんとユリカさんの診察、
テレビでも看板番組を持つ芸能人で、
それにナノマシンや翼の龍王騎士の開発にも関わった超天才…。
アイちゃん先生は心理学、心療内科、精神科も修めてるらしくて、
今日は健康診断に加えてメンタルケアまでしてくれてる。

私とイツキ姉さんは精神的負担は比較的軽いほうだと思ってたけど、
さつきさんとレオナさんのことで悩んでいた時期があったのがまだまだ響いてるらしくて、
今は無理をしなきゃいけない時期だけど、世の中が落ち着いたら必ず休暇を取るように言われた。
…そうよね、空元気でがんばってるようなものだから。

「そういえばチハヤさんは大丈夫そうでした?
 ちょっと無理してるっていうか、イライラしてることが多くて心配で…」

「あんまり人の診断結果を聞き出そうとしちゃダメよ。
 って言っても、メンバーのことだからちょっとくらいは教えないとかな。
 まあ、ちょっと危ないけどそんなにひどくはないわ。
 …鬱状態で安定してるっていうのは良くないみたいけど。。
 彼女、加入時から悩みがあったみたいでね」

「そう、ですか…」

「あんまり気にしてあげない方がいいわ。
 自分から話さないことを周りが追求するのが一番負担が大きいもの。
 弱みを見せて相談したのに説教されたり正論でつぶされたら目も当てられないわ」

「…」

確かに、無理にコミュニケーションを取ろうとしたり励ましたりするのが一番辛いかも。
さつきさんとレオナさんの時は分かりやすい状況だったけど…私達の時とは違いますから…。

「それじゃ、診察は終わり。
 これからもライブ頑張ってね。
 私も結構楽しみにしてるんだから」

「あ、はい」

…アイちゃん先生とあんまり歳が変わらないのに、よく敬語になっちゃうんですよね。
医師だからっていうのもあるんですけど、なんか…良く分からないんですけど…。

…。
そういえば、ホシノアキトさんが生きてるって、もっぱらの噂ですけど…。
例の投票アプリでも、全人類の8割が生きているって推測をしているし、
ゴールドセインツのみんなも、あの重子さんのよく当たる占いでも分からないって出てるのに、
きっと生きてるって話をよくしていますし…。
…信じたいですけど。

…ううん、来週からの三日連続のライブに集中しましょう。
今日はこれからリハーサルのために、あのアリーナに向かわないといけないですし。
ホシノアキトさんが最後にステージに立っていた、あのアリーナに…。
それが終わったら、全世界ツアーで一ヶ月はスケジュールが埋まっちゃうことになってます。

全世界の平和活動をさらに盛り上げるための、ダメ押しのために…頑張らないと!









〇地球・日本海・ヒナギク改二──イツキ

「…それで、全滅を防ぐために、ユニットごとにヒナギク改二で、
 ゆっくり往復することになったわけね」

「…青葉、誰に説明してんの?」

…本当ですね。一人でつぶやいた青葉さんが、重子さんにツッコミを入れられてます。
私達ゴールドセインツは、空戦エステバリスを一台だけ積んだヒナギク改二で日本海を進んでいました。
まあ十人以上乗り込むような設計じゃないのでちょっと窮屈ですが、
例のアリーナには半日もあればたどり着けるので問題ないでしょう。

続いて『食の恵』、最後に『Peace Walkers』の順で移動することになってます。
ちなみに練習生のメイと文は、眼上さんと一緒に大和合宿所でお留守番です。
今回は秘密裏の移動になるので、私達はまだ日本に居ることになっています。
このヒナギク改二は、ウリバタケさんが「こんなこともあろうかと」と、
高いステルス性能、光学迷彩で誰にも気づかれずに移動できるものになっています。

…とはいえ、うっかりヒナギク改二が故障すると、
今度は救助を呼ぶのが大変なんですがそれはそれです。

会場に先んじて入って色々合わせをしないといけないです。
何しろ、このチャリティーコンサートは反戦・平和活動の最前線ですから…。
会場のチェックも、安全確保も私達もやらないといけないです。
私たち自身だけじゃなく、観客の人たちも守らないといけないんですから…!












〇宇宙・木星軌道上・ナデシコC──リョーコ

『全機撤収完了です。
 第一次攻略戦は終了です。
 全員無事に戻ってこれて良かったです。
 各自、補給と休息に努めて下さい。
 
 お疲れ様でした』

「ふぅっ…」

全機着艦した直後…。
ナデシコ艦隊全体放送でルリの声が聞こえて来て、あたしたちはため息を吐いた。
まさか、こんな大規模な戦闘で死人を出さずに居られるってのはすげぇよな。
あのキノコ提督、実はすごい奴だったんだよなぁ。

ナデシコ艦隊はその強力なグラビティブラストに物を言わせて、
クラシックな艦隊運動と砲撃の連射で、敵をほとんど近づけなかった。
討ち漏らしの細かいのだけ、あたしたち艦載機組が処理して、接近戦もほとんど起こらなかった。

そのくせ、敵の被害は甚大だった。
敵艦隊は旧式のカトンボだのが中心で、木星戦艦のコピーやナデシコ級のコピーは作られてなかった。
木星戦艦は構造上、人員が居ないと扱えねぇし、
ナデシコ級はオモイカネ級のコンピューターがねぇと意味がねぇってことだろうな。

しかも敵の機動兵器はおつむがポンコツだ。無人兵器だからな。
バッタや無人のマジン系なんて単調すぎて、グラビティブラストの餌食だし、
鳥獣機も強いっちゃ強いが、近づけなければどうってことねぇよ。
…ま、拍子抜けってところだったぜ。


『ゲキガンファイブ小隊、帰投だぜぇっ!

 有象無象どもを蹴散らして、堂々の帰還!

 な~~~~~っはっはっはっはっは!』



…ヤマダの野郎は、ゲキガンガー仲間が増えたせいか、
生き生きとしているというか、幅を利かせて調子に乗っているっていうか、
なんでもない時でも腹の立つやつだよな、こいつは…。

『リョーコさん、ご無事で何よりです。
 とりあえず、集まって乾杯と行きましょうか』

「サブ、てめぇもよく帰ってきたな。
 そんじゃあ、とっとと酒買って来い」

『は、はい…』

『リョーコはサブを尻に敷き…』

「ンだよ、言い出しっぺにオゴらせて何がわりぃんだよ」

イズミにからかわれたが、気にせずにアサルトピットから降りた。
あたしは冷や汗をかいてるサブロウタをしり目に、ヘルメットを脱いで、
パイロットスーツをオフにした。

…ま、これからは敵を無力化するために接近戦をすることになる。
せいぜい、今のうちにしっかり英気を養わねぇとな。

…次の攻撃は一週間後だ。
報告によると、無人機で木星の全戦力を調べたが、もう九割がた片付いたそうだ。
このまま押し込んでも問題はないんだろうけど、ナデシコ艦隊がフル稼働して戦った結果、
それなりに負傷者は出てるし、ナデシコ級とユーチャリス級も無傷とは行かなかった。
ヤマサキのアイアンリザードは、こちらに引けを取らない圧倒的な物量で反撃してきた。
それに…あたしたちの懸念している、敵の切り札がまだある。

『ヤマタノコクリュウオウ』

五年前に現れた、『翼の龍王騎士』を完璧に抑え込んだあの機体。
あれは月の物資がないと作れないのが原因かと思われてるけど…。
もし、この土壇場で複数出てきたらどうなっていまうか…。

…まだ気は抜けねぇな。
















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ──チハヤ

「「「「「「「「がつがつがつがつがつ!!」」」」」」」」

「「「「「「「「もぐもぐもぐもぐもぐ!!」」」」」」」」



……私は、隣に座っているライザとともに、壮絶すぎる食事風景に呆然としていた。
私達は、健康診断から一週間して、ついに明日から始まるライブに備えていた。
リハーサルは、私以外はばっちり決まって、万全の状態にはなったんだけど…。
私とライザ、イツキとアサミ、カエン以外は猛然と夕食をかっこんでいる。
まるでホシノアキトの真似でもするか、乗り移られてるかのように。
食の恵も、PeaceWalkersも、ゴールドセインツも…すごい勢いで食べてる。
確かに私達はかなり練習時間をもらえたから動いたけど、いつもの倍以上食べてるわよね…。
気合入り過ぎじゃないの?なんなのよ、もう…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


私達は、夕食を終えると、それぞれ割り当てられた部屋に戻った。
同室のライザもしっかり十人前の食事を食べ切ったら、とっとと眠ってしまった。
本当になれてるっていうか、油断してるわよね、ライザも…。

…練習中、私が精彩を欠いたのは、アイツから…テツヤから連絡が来たから。
よりによって、このライブ一日の締めが近いシーンで、抜け出してライザを連れて来いと。
大事になるのは目に見えてるし、事件になるかもしれないのに。
そんなことに気を遣ってくれるアイツじゃないのは分かっていたけど…。

…どういうつもりよ。
何か企んでるのだけは分かるけど。
…そろそろ寝ないといけないのに、全然寝付けない。
明日何が起こるのか、本当にテツヤを私が撃てるのか…何も分からないから。
さらにすべての失ったあの時からの長い年月を思い返して、眠れなくなって…。

私は夜風に当たりたくて、天井の開いているアリーナに向かった。
もうステージのセットは終わっていて、警備員も引き上げていると思う。
監視カメラくらいはあるかもしれないけど、別に怒られたりしないでしょ…。











〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ──チハヤ
私はアリーナにたどり着いて…。
ぼうっと空を眺めていたけど、落ち着くことはなかった。
空気は少し冷たかったけど、むしろ意識が覚醒する感じがあった。
さっきまでと同じ、私がすべてを失った時のことが頭の中でぐるぐると回っている。
あの瞬間の感情がフラッシュバックして、死にたい気持ちが渦巻くのを感じた。
あんなみじめな時、思い出したくないのに…。

…でも、これももうすぐ終わり。
アイツを殺してこの感情から逃れるんだ。
もし、それができなかったら私が死んでも結果は同じ、この感情から逃れられる。

でも…。
ふらふらと歩いていたら…私はステージに向かっていた。
私を支配している、この惨めな気持ちをから逃れたくて、きっと無意識に足が動いたんだと思う。

ステージで踊っている時だけは…誰かに見てもらえる時だけは、
完全に昔のことを思い出さなくて済むから。

私はステージに上がって、目をつぶった。
十何万人も収容できるこのアリーナがいっぱいになった風景を想像した。

…こんなにいっぱいの観客に見てもらえるアイドルは、それほど居ない。
合宿所で過ごしてきた…あの子たちと、一握りのトップアイドルだけ。
その中に、私は居る。

思った以上に、ステージ上で注目されるのは気持ちがよかった。
引き立て役にしかなれないと思っていた私のファンも、結構ついてくれて…。
こんな、何の取柄もない、つまらない女に夢中になってくれる人が居た…。
認められている、褒められているという気持ちを数年ぶりに味わえた。
ここで明日踊れないんだと思うと…後ろ髪をひかれる気持ちになった。

気付くと、私はパジャマ姿のまま、踊っていた。

昼のリハーサルでは不十分にしか踊れなかったけど、今度は完璧なステップが踏めた。
ここで踊りたい…そう心の底から願って、無理にでも踊ろうとしていた。
こんなことしても、自分はごまかせないと分かっているのに。

どうして、私はこんなにここに残りたいのか、ここで踊りたいのか…。

どうして、そんな風に思うのか…分かりたく、なかった。

本当は、分かっていたから…。

これもやっぱり、普通の人生じゃ、ないけど…。
あったかくて、安心できて、楽しい居場所を手に入れた。
ここにいる人たちは、アイツを殺すための踏み台じゃない。
一緒に頑張る、一緒に居たいと思える、大事な…仲間だったんだ。
知りたくなかった…こんなに満たされる場所があるなんて…。
…ライザが、変わってしまうのも分かる。身をもって分かってしまった。

アイドルなんて嫌々やってたことのはずなのに、
誰かに認められることがこんなに嬉しいなんて思いもしなかった。
いつかアイドルを辞める時がくる。
テツヤに辞めさせられなくても、いつかは…。

いつか失うはずの居場所なのに、私は…。

そしてもう一つ、気づいてしまった。
私は何も決断できてない。

これしか道がないと思って、半端にかじって、テツヤに操られてしまっている。
アイツを殺したいと思ってるくせに、アイツの言いなりになるしか方法がない。
こんな矛盾してる事、ないわ…。
テツヤに言われなければここにはたどり着けなかった。
ライザを探るために忍び込んたこの場所で、私は…生きている実感を取り戻した…。
……悔しい。

涙がぼろぼろこぼれた。
テツヤを殺したら、きっとここには居られなくなる。
ライザの言う通り、人を殺したらここにいるのが間違いだと思うんだと、分かった…。

もう、いっそ…。
みんなに、すべてを…。
そう、すれば…きっと…。
助けてもらえる、私に新しい道をくれる。
分かってる、全部分かってるの…。

ライザも…みんなも…。

勇気を…出さなきゃ…。

そうしなきゃ…。

なにも変わらない…。

私の、本心を伝えなきゃ…!


ぴぴぴぴぴ…。



!?
私は突如、鳴り響いた端末に驚いた。
何かあったら困るからって常に持ち歩いていたけど、まさか…。
こんな時間に、かけてくるのはアイツしかいない。

…眠っていてもおかしくない時間に?

もしかして、見られている?
この近くに、あいつが?
でも…そんなうかつな真似をするアイツとは思えないし…。

私は監視カメラの死角を探して、注意深く端末を取った。

『…チハヤ、分かってるな?』

「こどものおつかいじゃないんだから、
 念を押さなくても分かってるわよ…」

『ならいいがな。
 アイドル活動にハマって、深夜に練習でもしてんじゃねぇかと思ってな』

…やっぱり見てる。
監視カメラをハックした?でもどうやって?
やっぱり監視室にでもいるのかしらね…。

「…近くに居るの?
 私にぶっ殺されに来たわけ?」

『まさか。
 お前の行動パターンくらいお見通しなだけだ。
 …それとも、少し予定を早めるか?』

「…いいわ、明日で」

私はテツヤが近くに居る可能性を捨てきれなかったけど…。
結局、確かめる術がないのでテツヤを裏切るために予定を早めるという提案を蹴った。
けど…。

『それじゃいいがな。
 …だが一応念押しだ。
 
 もしお前が裏切るようなことがあったら…。
 
 この会場丸ごと爆破してやるからな?

 裏切るつもりがねぇなら問題ねェよなぁ?』


!!!!


私はテツヤを甘く見過ぎていた。
血も涙もない悪魔だと思ってはいたけど、ここまでの大量殺戮を犯してまで、
まさかそこまでして、ライザを連れてこさせようとするなんて。
…肉親にあそこまで出来るような男だから、分かってるつもりだったけど…甘かった…!
私とライザだけじゃなく、ゴールドセインツのみんなも、アイドル仲間のみんなも、
会場の観客のみんなも、全員が巻き込まれる…!

それだけは、ダメ…!

「…あ、当たり前じゃない」

『…なら明日を楽しみにしておくからな。
 あばよ』

通話が切れた…。

…私は、あの時と同じで、自分自身が無力なままだったことを思い知った。
全て、誰かの手のひらの上の人生…。
ロクでもない父さんの手のひらの上で…普通の幸せな少女と思い込まされて…。
今度はテツヤの…手のひらの上で踊らされてるだけだったって、気づいてしまった…。

なんで、もっと…。

もっと、早く気づけなかったの…。
加入したばかりでも親身にしてくれるゴールドセインツのみんなと、
あの最悪のテツヤって悪魔を比べたら、どっちにつくべきかなんて分かり切ってたことじゃない!

テツヤを追わなければ…みじめでも…自由に生きられたかもしれないのに…。
もっと早く素直になれたら、もしかしたら、仲間と一緒に、居られたかもしれないのに…!

…今から私達が爆弾を解除しようとしたら、テツヤはすぐに爆破する。
私が大人しくライザを連れて行かなければ、必ず…。
けど、そんなことしなくても爆弾仕掛けてるんだったらまとめて殺せばいいのに。

だって、そうじゃない。
この厳重な警備をかいくぐって会場ごと爆破できるくらいの爆薬があるなら、
私と裏切者のライザの命を奪いたいだけだったら、それで事足りるのに。
私が裏切ると困るって、別に殺すだけだったらそれでいいのに。

…テツヤって、何考えてるか分からないわよね。
イカレてる、ホントに。

もしかしたら爆弾はハッタリかもしれない。
ハッタリじゃないにしても、テツヤはたぶん引き金を引かない。
もし会場ごと平和活動に勤しむアイドルと観客を虐殺するような真似をしたら、
世の中がより反戦に傾くのは分かり切ってる。

アイツのことを信頼してるわけじゃない。
無意味なことと、敵に塩を送る真似だけはしないはずだから。
だからテツヤはそんなことはしない。

でも…そんなことを考えるアイツは、殺さなきゃいけないって…分かった。
だから…私はアイツを殺して、それで…。

…良くても相討ちで、私は消えることになる。

そうしたくない、でも、そうするしかない…。

…ライザには悪いけど、私は普通に生きるのも、我慢して生きるのも、無理だから…。

やだな、こんなの。
でも、そうしないと守れない…。
生まれて初めて、信じられた、大切な人たちを…!

間違ってるのは分かってる、でもそうしないといけない!
アイツを殺さないと、また同じことを絶対するんだ!
何度も、私の大事な人たちを殺そうとするんだから…。


…だから、テツヤ!!

あんただけはぶっ殺してやる!!

そのためなら、私の命くらいくれてやるわよっ!!



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


私はしばらく呼吸を整えていたけど、とぼとぼと歩いて自分の部屋に戻ろうとしていた。
どうやっても変えられない運命が、私の前に横たわっている。
絶対に乗り越えられない最悪な運命が…。
でも初めて受け身じゃない、思い切った判断が出来た。出来てしまった。
やけっぱちな自分に呆れながらも、少しだけスッキリしているところもあった。
私はここで終わってもいい。だから…。

「…あれ、チハヤちゃん?」

「…メグミさん?」

「チハヤちゃんも眠れなかったの?」

「…はい。
 それじゃ…」

私は入れ違いに会場に入ろうとしたメグミに会釈してすれ違おうとした。
でも、肩をがっとつかまれた。

「…すごい顔してる。
 アイドルの顔じゃないよ」

「…」

怪訝そうに私を見るメグミ。
たしかに、私の顔すごいことになってると思う…。
涙の跡も見られたと思うし、言い訳出来そうもない。
でも、ここで話したら…。

「何かあったの?
 良かったら話してみて」

「関係ないでしょ…。
 同じユニットでもないのに」

「関係なくないよ!
 明日はみんなを笑顔にするのに、
 そんな誰かを殺そうとしてるみたいな顔してちゃダメだよ!」


「関係ないって言ってるでしょ!?」


「…メグミちゃん、そんなに無理して聞いちゃダメだよ」

「ジュンさん…」

メグミを追いかけてきたのか、逢引きでもしようとしていたのか、
アオイジュンが現れて、メグミを止めた。
メグミは私の顔を見て、寂しげな目をして、そっと手をほどいた。

…私はアオイジュンに感謝した。
トップアイドルの癖に妙に情けない男としても有名なこのアオイジュンは…人の気持ちを踏みにじらない。
無理に詮索しないで居てくれる…。
世の中、親身になるだけで解決するようなことばかりじゃない。

正直にここで話してしまえば、きっと全員が死ぬことになる。
自分の計画がつぶれたと悟ったら、私達の命を奪って幕を引くことにためらいはないと思う。
当日に爆弾を爆発させるよりは、ずっと簡単で安全だろうから。

端末からテツヤに聞かれているはずだから、今ここで正直に言うことはできない。
だから、どんなことがあっても、誤魔化していくしかない。

…ごめんなさい、メグミ。
本当は…あの合宿所でみんなで過ごすのが嬉しかった。
グループも関係なく、全員で居られるあの場所が好きだった。
嘘をついてこんな風に拒絶したくなかった。

でも、だからこそ、私は…。

行かなきゃ…いけないんだ…。

















〇地球・???───テツヤ
俺はチハヤがアオイジュンとメグミレイナードとちょっと会話したのを聞き届けると、
チハヤが不器用なりに誤魔化し切れたことに安堵して、次の準備を進めていた。
ピースランドのスパイ…とはいっても、ちょっとだけ情報を流してくれる下っ端に連絡をしていた。
奴を送り込んだのは、ピースランドの食料品を扱う問屋だ。
ここを押さえればホシノアキトが生存しているかどうかが把握できるはずだった。
だが…。

「なんだと?
 変化がない?」

『は、はあ。
 最近は王子たちが食べ盛りなので、
 一人か二人分くらいは食料品の受注が増えてますが、
 とてもホシノアキトさんが食べるような量の増え方はしてませんね』

…妙だな。
ホシノアキトとミスマルユリが生きていて隠れてる場所があるとすれば、
ピースランド以外はあり得ねぇと思ったんだがな。
何しろ奴さんは通常で六~十人前程度の食事をとる必要がある。
人体実験によって埋め込まれた体内の過剰なナノマシンのために、食事量は減らせねぇって話だった。
もし食事量が足りなくなるとナノマシンが動かなくなる。
そうなると脳神経に居座ってるナノマシンのせいで指一本動かせなくなるとかでな。
IFS用ナノマシンの除去が不可逆的なのと同じで、奴もナノマシンを取り除くのは無理のはずだ…。
だから食事量を減らすことはできない…。
ピースランドの食料の消費量を調べれば、奴が滞在してるかどうかは一発で分かるはずだ。

もし潜んでいるのがピースランド以外だったとしたら、奴は見つからない方が難しい。
田舎や山奥に潜伏するにしても、不自然に大量に食料を運ぶ場所があれば、すぐにバレる。

仮に二ヶ月半潜伏しているとして、ホシノアキトが日に最大三十人前、
一ヶ月半前にミスマルユリが合流していたとして、日に三人前食べると仮定した場合…。
…まあざっくりとだが、二千四百食分程度の食料が必要になるよな。

米だけでも二百二十キロ以上は必要になるし、それ以外の食料品が運び込まれて来たら、
恐らく二トントラック一往復以上は必要になるし、そんなに食料品を買い込む家庭があったらバレる。
つまり、遠くの孤立した場所に隠れるのも無理だ。

だからピースランドに潜んでいる可能性が高い。
ここに潜んでいるかどうかは王城に送られた食料の量で把握できるはずなんだが。
あらかじめ食料を隠しておくにしても、巨大な冷蔵庫の準備が必要になり、電気代の増加で気付けるはず…。

これはピースランド以外に潜んでいたとしても同じだ。
倉庫クラスまでは必要ないにしても、ちょっとした一軒家じゃ間に合わない。
どれだけ隠しても個人で不釣り合いな電力の使用をしている場所があったら、
クリムゾンたちの情報網に引っ掛かるはずだ。

だが実際にはピースランドでも一人か二人分しか増えてない上に、
おそらく王子の食べ盛りのせい、だと?
どういうことだ?
ミスマルユリだけが生き残って、ピースランドに保護されているのか?
それとも本当に王子たちの食べ盛りのせいか?

じゃあ他のところで…とはいえホシノアキトはどこに行っても、目立つ。
ホシノアキトと関係のある連中はクリムゾンたちがマークしているはずで、
ピースランド以外で保護したそぶりがあれば気づくはずだ。

かといってファンだのなんだの並みの協力者を募ったところで、
秘密を通そうとしても、食べさせる量や、匿っている奴の浮かれた態度でバレる。
バレたら一瞬で世界に知れ渡るだろう。ゴシップもついでにばらまくかもしれねぇがな。
だが今の一般市民は思いっきり沈んでるか、空元気で突っ張ってる連中はいるが、浮かれてる奴は一人もいねぇ。
ホシノアキトを匿って、浮かれずにいられる奴はそうはいないし、
世の中が反戦を真剣に叫んじまってるこの状況じゃ、浮かれてるやつは目立つし注目されるだろうよ。

ホシノアキトは…やっぱりくたばったのか…?

…いや、逆だ。
存在がつかめないという事実そのものが、奴の生存を表している。
いまだにブローディアの本体も、ホシノアキトの死体も、上がってない。
あの状況じゃ見つからねぇわけがねぇんだ。
忽然と機体ごと消え、二ヶ月半丸々姿を見せずに生き延びる方法をとっているはずだ。

…だがこれはラピスラズリの考えじゃねぇ。
策士のあいつの考えは、俺でも読みやすい。
アイツの場合だったら…そうだな。

ナデシコ艦隊が出発する前にホシノアキトとミスマルユリの死を偽装し、
その上でナデシコ艦隊のナデシコCかナデシコDに、二人をコックと生活班として乗船させて、
クルーはPMCマルスの元ユーチャリススタッフで固めて情報漏洩を防ぐ形で守るはずだ。
何もさつきとレオナが死んだ後に、死んだふりをする必要なんて全くない。
それが一番確実で、ホシノアキト自身も問題なくふるまえるだろう。

…だが、そうしなかった。
何か別の目的があって、このやり方を、誰かに頼んでいると考えるべきだろうが…。

まさか、ホシノアキト抜きで世界が平和になるのを望んでいるとでもいうのか?
そのためにあえて二人で死んだふりをして、情勢の成り行きを見守っているのか?

…いや、それはないか。
ラピスの代理でやってる奴の事は知らんが、ラピス自身は趣味はともかく性格はリアリスト寄りだ。
ホシノアキトの死を持って完全なる世界平和を達成するような、そんな夢物語を考えるはずが…。
そんな、アーパーなことを考える奴が、ホシノアキトの関係者にいるはずが…。

…。

……。

………!?


「い、居た!

 一人だけ、居たじゃねぇかっ!?」



なんで俺はヤツの存在を忘れていたんだ!?
いや、あいつは関係者とは言い難いからだ…。
あいつの場合は「ホシノアキトの味方」じゃなくて「ホシノアキトを都合よく扱う道楽娘」だ…。

だから気づけなかった、だからマークしなかったんだ。

あいつは決してホシノアキト側から好かれることはない。
協力を求められることなんてあり得ない。
そう思って最初から捨て置いていた。
それだけの迷惑をかけてきただろうと、俺も付き合わされたから分かってる。

だが、まさか…。
ホシノアキトを出し抜き、自分の趣味に巻き込んで弄んだ世界最悪のアーパー女が!?
そして映画で世界を変えちまった、そして今回も世界をまるごと変えちまうかもしれない、あの女が!?

最強最悪のジョーカーとして敵に回ったのか!?

た、確かにあいつだったらやりかねない…。
死亡偽装方法はともかくとして、ホシノアキト側から依頼があったら動きかねない。
クリムゾンのジジイも多少はマークはしてるだろうが、そもそもあいつとホシノアキト陣営は付き合いが薄い。
普段は映画だのコミカライズのためのホシノアキトの版権のやり取りしかしてないように見えるから、
マークを早々に外されるか、詳しいマークはされてなくてもおかしくはない。

しかも、ホシノアキトもPMCマルスも、
ブーステッドマン達も、メディアも世間までも欺いて、
最終的には自分の希望を叶えやがった実績も腕もある。

ち、ちくしょう!
今からじゃ奴を止める方法はねぇ…。
クリムゾンたちもやけくそになって、ホシノアキトの意思を継ぐアイドルどもを潰すかもしれねぇが、
そんなことをしても、奴らが作り出した世論は止められない…。

いや、『時代』を止める術はねぇ!

ホシノアキトの死すらも飲み込んだ世の中を、
今更その関係者を殺した連中を殺したところでもう戦争なんてはじめらんねぇだろうよ!

…いや、いい。
結局は、『俺が』ホシノアキトを殺せれば問題はない。
奴の命を断つ必要はない、奴を『英雄として死なせる』方法がある。

そのための仕込みは、もうできてんだからな…!













〇地球・佐世保市・長崎空港・飛行機内──ユリカ
…私達は急にピースランド…っていうか、
プレミア国王さんからのペンダント型通信機で呼び出されて長崎空港からピースランドに向かうように言われて、
直後にお父様から連絡が来て、少佐さんの車にアキトと一緒に乗り込んで空港に向かうことになった…。
どうしたんだろ…私、臨月だから急に動かない方がいいって言われていたのに。
それで、アキトとボディーガードの人たちに守られながらかろうじて無事に飛行機に乗り込んだ。
…私とアキトは、もしかしてユリちゃんとアキト君が生きてるんじゃないかって期待してついてきていた。
でもそのあたりは全然話してくれてないし、安全確保のためとしか言われてないから…ちょっとそわそわしてる。

「あれ、艦長も?」

「ヒカルちゃん?」

「艦長~おひさ!」

「お邪魔します、テンカワ君」

ヒカルちゃんと、ミナトさん、白鳥さんまで…。
…確かに安全確保のためだったらまとまってた方がいいかもしれないけど、これはこれで危ないような…。

「ナデシコAクルー勢ぞろいってわけじゃないけど、すごい集まっちゃったねぇ」

「…ぽややんとしてるんじゃないわよ、ユリカさん。
 色々工夫してこの飛行機は安全に飛べることになってるから…」

「あ、エリナさんも。
 …って寝不足みたいだけど大丈夫ですかぁ?
 エリナさんもそろそろ臨月でしょ?」

「ほっといてよ。
 ナガレ君がちょっと無理してるから心配で眠れないだけだから」

…うーん、なんかエリナさんも大変そう。
私は心配事はあってもなんだかんだ眠れてるから大丈夫なんだけど…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


それからしばらくして、この飛行機は行き先が上海になっていたんだけど、
上海周辺にはぐれトカゲさんが現れて着陸できなくなったのでピースランドに向かうことになった…。
っていう筋書きで、私達はピースランドの空港に到着した。
で、すぐに車に乗り込んで移動し始めたんだけど…。

「…なあ、ユリカ、これ見ろよ」

「え?
 …ああっ!」

アキトが移動中に見せてくれた端末を見たら…。
これ、ひょっとして、ひょっとして!

「アキト君が、無事なの!?」

「ああ、ラピスちゃんに言われた通りだよな!?
 まだちゃんと顔見るまでは分からないけど、これだったら!」

「だったらユリちゃんも…!」

「きっと大丈夫だ!
 あいつが生きてたなら!
 …まだ希望はあるな!ユリカ!」

「…うんっ!」

アキトの端末に映っていたのは…。

『世紀末の魔術師』の完全版ディスクの広告。

この広告が合図だった。
アキト君の無事を知らせる、私達の合図。
あの時と同じで、アキト君は何かのトリックを使ってたんだ。

…でも、どうして?
生きているなら、どうして私達に、連絡してくれなかったの…?
少なくとももっと早くこの広告を打ってくれたら、私達も気にしないでいられたのに…。
ラピスちゃんが何か仕組んでいたんだとは思うけど、
どういうつもりでこうしたのかなぁ…?

ううん、いい。
アキト君の無事が分かっただけでも、すごくうれしくなった。
アキト君が生きていたなら、ユリちゃんを放っておくはずがないもん。
きっと、アキト君がユリちゃんを助けてくれてるもん!

生きてるのを黙っていたのは…これから、また何かすごい事件が起きるんだ。
だから、ラピスちゃんは…。
でもラピスちゃんは今、木星で戦ってるはずだし、通信傍受を気にして、
こっちの誰かと連絡を取らないはずなんだけど…。

ラピスちゃん、なにをどうやったんだろ?




















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ──チハヤ


うわああああああああああっ!!



…私は、一生のうちで何度も聞くこともないだろう怒号のような歓声に震えていた。
私達の前座というにはあまりにもすごすぎる、全世界のロックスターやアイドルが集っている。
一日中、休憩は挟んでも日が暮れるまでほとんどノンストップで行われる、チャリティーコンサート。
この超満員の会場から、私はライザを連れだして逃げ出さないといけない。
今朝、ライザも私の様子から何があったのかを察してくれていたようだった。
何も言わずに、ただ頷いてくれた。
…申し訳ない気持ちしか、ないわ…。

もっと早く勇気が出せれば…。
昨日の夜から、ずっとそんなことしか考えられなかった。
あんまり眠れなかったけど、私達はトリの二つ前だから準備をしてから横になっていた。
まどろんでいるものの、歓声がすさまじすぎて眠るどころじゃない。
防音設備を軽く貫通してくるくらいの、絶叫にも近い叫びだから…。

「…チハヤ。
 何分前に起こす?」

「…30分前」

私はテツヤの指定通り動くために、移動時間を考慮してライザに起きる時間を指定した。
こんな調子じゃうまくいくかどうか怪しいけど…やるしかない。
ライザと抜け出して…ここを脱出しないといけない…。

時が来るまでは…この会場に残らなければ、万一がある。
指定通りに動かなければ、この会場の人間すべてが死ぬことになる。
とてつもない不安とプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、
私はかろうじてライザに支えられて精神を保つことが出来た…。

…。
少しだけ、私は薄目を開けてみんなの様子を見た。
みんな、真剣そうにモニターを見つめている…。
そうそうたるメンバーがこのチャリティーに参加している。
人気はともかくとして、実力としては完全に上位の
突然、嬉しそうに大騒ぎする場面があった…宣伝広告が出た時だったような気がするけど…。
残念だけど…ここには戻れない。
…悔しいけど、もう進む先は決まってしまった。

「チハヤ、行くわよ」

「…ええ」

私はライザに促されて体を起こし、お手洗いに向かうフリをして楽屋を抜け出した。
決して深くは眠れはしなかったけど、不思議と辛くはなかった。
…結果はどうあれ、すべて決着がつく。
だから、安心しているんだと思う…。

そして…。
私とライザは、ダクトを通って静かに移動した。
静かに、誰にも気づかれないまま、薄暗い闇の中を。

…明るい未来には決してたどり着けない、暗い道を進んで行った。











〇宇宙・木星軌道上・ナデシコB・ブリッジ──ムネタケ
第一回の攻撃から一週間ほどが経過して、木星の攻略戦…決戦が再開されようとしていた。
前回は通信をブロックする妨害電波が流されていたため、交信はできなかったけど、
アイアンリザードの戦力はすでに九割がた失われていると分析されている。
妨害電波を出す装置も破壊出来て、ヤマサキ博士の通信回線をこじ開けることに成功した。

私達は、彼の説得を試みていた。
これ以上の戦闘が無意味なのは、誰の目から見ても明らかだったから。

「…ヤマサキ博士、投降なさい。すでに勝負は決してる。
 投降してくれれば人権を守った、適切な裁判を行うと約束するわ。
 こちらも人的損害は、後遺症もないくらいの負傷者しか出していない。
 これ以上の戦いは無意味よ」

『…できないね。
 卑怯な地球の民と、同郷の士とはいえ地球に屈して手を結んだ腰抜けに、
 誰が降参するっていうんだい?
 
 僕は君たちを道連れにしてでも、この地球圏に正義を取り戻すつもりだよ?』


「誰の正義よ!?
 
 まさか木連の正義とでもいうつもり!?
 
 地球も火星も木連も、命の尊さを思い知って、
 無意味な戦争の継続を誰もが拒んだ!
 
 私達はこの戦争を一人で起こしたあなたでも、
 まっとうに裁く必要があると考えてここまで来たのよ!」


『僕は、僕自身の信じる正義のためにこの命を使うと決めた!!
 
 それに、無意味な戦いだって!?
 
 夏樹が、味方だと思っていた木連の人間の手で殺されたのは僕も知っている!!
 
 戦う理由はそれだけで十分だ!!』


「──ッ!」


『ああ、君たちもそれだけじゃ不安だろうから、一応約束しておいてやる。
 
 …僕が、平和のために戦いを捨てさせてやるさ!!

 君たちを殲滅してから、地球圏すべての兵器と兵器工場を破壊し、
 
 二度と人々が戦争をできないようにして、自分の星から外に出られないようにしてね…!!
 
 そうすれば地球と木連の争いも永久に起きない! 
 
 夏樹を生かして連れてこなかった君たちへの復讐を果たし、
 
 その後に真の平和を創って見せる!
 
 それが僕の願いだ!!』



私達はヤマサキ博士の言葉に、これ以上の説得が無意味だと思い知らされた。
…そう、ヤマサキ博士はこちらのニュースはすべて傍受している。
だから元婚約者の草壁夏樹が死んでしまったことも、知っている。

ラピスたちでさえ、夏樹の暗殺阻止できなかった…。
そして、たぶんラピスたちはヤマサキ博士を説得するために、夏樹を連れてこようとしていた。
それが裏目に出て、たった一人の自分勝手な極右のために、説得の芽を摘まれてしまった。

……もはや、ヤマサキ博士が降参することはあり得ない。
どう言っても、繕いようがないわ…。

『…ヤマサキ。
 あんたのしてきたことを、許すつもりはないよ。
 でも、話し合うことくらいできるでしょ…。
 
 …私も一言、あんたに謝っておきたいの。
 彼女を、夏樹を守れなかったことを…。
 
 ヤマサキにも…アキトの大切な人を奪ったことを、謝ってほしい。
 それで、手打ちでいいじゃない。
 
 この戦争で傷ついた者同士でこれ以上傷つけあう必要は無いし、
 方法は違っても同じ平和を望んだ者同士で争う必要は無いんだよ。
 痛み分けで、いいじゃない。
 
 …それじゃ、ダメなの?』

割って入ったラピスの言葉に、全艦のクルーが凍り付いた。
ヤマサキが、あのホシノアキトの…例の婚約者を奪った…?
地球側の勢力がホシノアキトの婚約者を奪ったという説があったけど…。
まさか、ヤマサキが…証拠はないけど、二人の表情が真実だと物語っている。
ヤマサキ博士が一瞬迷ったような表情を浮かべたけど、すぐに闘志を感じさせる顔に戻った。

『…ああ、ダメだね。
 この期に及んで、敵と仲良しこよしなんてできっこない。
 
 いいかい、ラピス君。
 
 …僕は君たちが卑怯者だと考えている。
 君たちが、夏樹をエサに僕を引きずり出そうとした、と考えているんだ。
 いや、もしかしたら人質にしようとしたんじゃないかと、思っている』

『…そんなこと、するわけないじゃない』

『君の言葉が事実だとしても、確認する方法がない。

 そんなことをするかどうかも、分からない。
 
 …そして君たちは敵だ。僕の敵なんだ。
 
 僕の正義を否定する者たちだ。
 
 …だったら、信頼できるわけがないだろう?』

『…それもそっか。
 じゃあ…。
 
 

 ごめんだけど、ボコボコにしてから連れ戻すだけだよ!』


『ふん、やっぱり力押しで来るか!

 寄ってたかって、相変わらず卑怯な!
 
 全力で君たちを迎え撃ってあげようじゃないか!』



…やっぱり、ラピスでも説得できないわね。
交渉決裂、やるっきゃないってことね…!


『力に酔う者は力に溺れる!
 
 力で相手を思うがままに操る者は、いずれ大きな力に屈することになるのさ!
 
 …僕が、思い知らせてやろう!』


『ムネタケ、戦闘開始を!』


「言われなくたってやるわよ!

 …全艦隊に次ぐ!
 
 これが最後の決戦になるわ!
 
 死力を尽くして戦い、全員で生きて帰りなさい!」



『そうです。
 全員で地球と火星に戻りましょう。
 
 …もう二度と、戦争の火種を残さないように戦って、
 

 ヤマサキ博士も生きて捕らえて下さい!』


『舐められたものだね、僕も。

 五年も一人で戦い抜いた僕が、何の準備もせずに来たと思っているのかい?』


ヤマサキ博士が言うのと同時に──。
私達が危惧していたことが、現実のものとなって襲い掛かってきた。

『ヤマタノコクリュウオウの大群です!
 
 数は千を超えています!!』


『『『『ええっ!?』』』』


「うろたえるんじゃぁないわ!
 奴らのディストーションフィールドはたかがナデシコ級の分厚さなんだから、
 グラビティブラストの連射には耐えられないはず!
 
 こちらのグラビティブラストの連射に耐えうるレベルじゃないわ!!」



ルリが伝えた敵に、艦隊全体が驚いた様子だったけど…。
今となっては、大した敵じゃないわ。
そう、五年前だったら驚異的な敵になりえた。
『翼の龍王騎士』でさえも、封殺できるような、もし戦艦に向かってくれば即撃墜の危機になるような相手。
でも…動きで分かる。

このヤマタノコクリュウオウの大群のAIは、ほぼ『通常の機動兵器用』。
不自然なほど直線的にこちらに向かってくる、そうなれば張りぼて同然。
とはいえ五年前にアリサとサラを抑え込んだ、
強力なAIを持つタイプがどこにいるのかがまだ分からないのが難点だけど…。

「ルリ、ラピス。
 敵の解析を頼むわ。
 ほとんどはポンコツAIだろうけど、
 『翼の龍王騎士』を抑え込むほどの強力なAIを積んだタイプがまぎれているはず。
 それを発見するまでグラビティブラストの艦隊射撃で数を減らしながら追い込む!
 
 …発見次第、アリサとサラ、DFSの訓練を積んだ小隊をぶつけるわ!」

『了解です』

『オッケー!
 ムネタケ、さえてるねっ!』

「だぁ~~~れに物を言ってんのよ!!」

百を超えるナデシコ級とユーチャリス級のグラビティブラストなら、
全滅は無理でも、二射、三射と重なっていけば戦闘不能に追い込むことが出来る。
ヤマタノコクリュウオウもグラビティブラストを積んでいるとはいえ、サイズが小さいから射程では劣る。
グラビティブラストを撃っている間はディストーションフィールドも弱くなるし、
反撃で撃ち返そうものなら、それこそこっちの思うつぼってもんよね。


どぎゅぉぉぉおおおおお…っ!!


どどどどどどどどどぉーーーーーーーーん…。



そして、無数の光芒がヤマタノコクリュウオウの群れに、交錯するように突き刺さって──。
私の目論見通り、大半が巻き込まれて爆発するか、虫の息になっている姿が見えた。

しかし、そのグラビティブラストの連射を回避して迫る、
八機のヤマタノコクリュウオウが艦隊に襲い掛かろうとしていた!

「ちぃっ!
 こっちが絞り込むまでもなく、抜け出てきたわね…!
 
 アリサとサラ、ライオンズシックル、ゲキガンファイブは、
 抜き出てきた八機のヤマタノコクリュウオウを撃滅しなさい!
 各艦のDFSの訓練を行っている者も、援護に向かいなさい!
 スーパーエステバリス、砲戦フレーム、ステルンクーゲルは所属する艦を直掩!

 艦隊は支援砲撃をしつつ、他のヤマタノコクリュウオウの撃破を優先!
 続けてグラビティブラストの弾幕をお見舞いしてやるのよ!」

そう、ナデシコCとナデシコDも、この時のための編成を組んでいる。
DFSのタンデムによって片方がDFSの刃を発生させることに集中し、
片方が操縦に専念するという形式で戦うことが出来る。

先の戦いでは、DFSを必要とする接近戦はほとんど起こらなかった。
でも今回はあえてエステバリスの数を減らしてでも、DFSを扱える機を増やした。

DFSを無効化するディストーションフィールドキャンセラー…。
でも実はDFSを使っていかないと、
高収束のグラビティブラストを至近距離で撃たせてしまうことになる。

ディストーションフィールドキャンセラーを使わせている間は、
あちらの強力な攻撃も封ずることが出来る。
なら、こちらがDFS搭載機の数で勝れれば…!


「エステバリス小隊各機、死力を尽くして対抗せよ!
 
 あの八機は、地球でアリサとサラを完封した機体と同じ強さだと思いなさい!
 
 一瞬でも気を抜いたら死ぬわよ!
 
 …でも一人たりとも、死ぬんじゃないわよ!!」


『『『『了解ッ!』』』』



…私までこんな腑抜けた言葉を言わないといけないなんてね。
でも悪くないわ。
すべてを、一人の人生を狂わせてまでやらなきゃいけない戦争なんてそうはない。
……人類の歴史上、これが最後の戦争には、ならないでしょうけど。

でも、これが戦争の歴史を変える。

ホシノアキトという一人の英雄をきっかけに、人類全体が戦争を捨てようと努力している。
そして今も、たった一人を止めるための戦いをしようとしている。
歴史上最大規模なのに、綺麗事で埋め尽くされたバカげた戦争は後にも先にもこの一回きり。
だけど、このたった一回の例外が後世に残す影響はすさまじいものがあるはず。

たった一度でも…。
全人類が戦いを捨てるために、同じ願いを口にする瞬間があったと、
フィクションのようなことが起こったと歴史に刻まれたら…。
再び乱世が訪れても、どこかで引き返せるようになるかもしれない。
こんなことを考えるのは軍人としては間違っているとは思うけど…。

あの時に宇宙に消えた命が犬死にでなくなってくれるなら!
無意味な戦争が無くなってくれるなら!
この一戦に命を賭ける価値はある!
あんな想いをするのは私達が最後でいい!

……この一戦が、すべてを変えるのよ!
























〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ──イツキ

「アサミ、ライザさんとチハヤさんは見つかってない!?」

『見つかってない!
 もうちょっとで出番なのに…』

私達はライザさんとチハヤさんを探して、楽屋を回っていたんだけど、どこにも姿がない…。
そういえば、私達以外のゴールドセインツのみんなも、
さっきから応答がない…ど、どうして?

『イツキさん、どうしたんですか!?
 もう出番ですよ!?』

「じ、実は…」

タイムスケジュールを仕切ってるディレクターからのコミュニケの着信で、
私達は事情を説明して、指示を仰ぐことになった。
ゴールドセインツの出番はこのチャリティーコンサートのトリの前から二番目。
続いて『Peace Walkers』、『食の恵』がラスト。
でもゴールドセインツのメンバーは、私とアサミ以外は着信がない状態で…。
ど、どうしたっていうんですか!?

『ディレクターさん!?
 ゴールドセインツのみんなが居なくなったの!?』

「『ユキナさん!?』」

突如コミュニケの着信で割り込んできた、ゴールドセインツマネージャー代理のユキナさん。
彼女は焦ったように私達に、衝撃的な事実を伝えてきました。

『さっき、ライザさんと重子さんからのメールがあったの!
 しばらく離れるから、後を頼むって…。
 …こ、こんなこと前代未聞よね。
 全世界的なチャリティーコンサートで、こんなことがあったら…』

「あ…すみません、ディレクターさん。
 私とアサミのユニット『ツインツイスター』で出ます。
 仮の事情を説明して、代理の形で出るなら、観客の人たちも納得してくれるかも…。
 ですから、曲の準備だけしていただけませんか!?」

『…!
 分かった、それなら短時間でなんとかできる!
 ステージに急いでくれないかい!?』

「『はいっ!』」

『お願いね!イツキさん、アサミ!』

私は通話を終えて、ステージに急いだ。
何とか代替案としては十分な方法を思いつけて良かった。
心細いけど、ゴールドセインツのみんなが居なくなったのは、何か事情があるはずです。
こんな大舞台の前で急にいなくなるなんて無責任なことする人達じゃない、そうなると…。

…もしかして誰か、さらわれた?!

あ、あり得ないことじゃないです。
ゴールドセインツはすでに反戦と平和活動の中心です。
元々、そういうことが起こるかもしれないから覚悟してほしいとは言われていましたし…。
この土壇場で、そんなことが…!
でも、それなら傍受される可能性のあるメールで詳しいことを書かなかったのも分かります。
外部に知られたら、それこそ危険ですから…。

…!
だったらなおの事、私とアサミがしっかりステージを引き受けないと!
何かが起こったことを悟られてはいけない!誰にも弱みを見せてはいけない!

仲間が欠けようとも、命を賭けてでも、私達は歌いぬくことを誓ったんですから…!

「アサミ、行くわよ!」

「うん!がんばろう!」















〇地球・東京都・ネルガル本社・会長室──アカツキ
…あれから一週間…いや十日が経過したろうか?
ムトウ社長とサヤカ姉さんが誘拐されてから、かなりの時間が経っている。
敵はこちらをじらすつもりなのか、それとも何かのタイミングを見ているのか、
こちらに何の要求をすることもなく、様子を見ている。
僕はすぐに仕掛けてくるとばかり思っていただけに、神経をすり減らしていた。

そこまで計算してるとなると…。
敵、おそらくクリムゾンだろうけど、大したもんだよ。
巌流島の戦いじゃないけどさ。

あと僕の関係者を抱えた以上、これ以上はもうないとは思いたいけど…。
エリナ君はピースランド行きの飛行機に乗っていってくれたから、むしろ安心だけどね。
テンカワ君が乗り込んでる飛行機だったら大丈夫。
幾重にも配慮して絶対に捕まらないようにしているしね。

…しかし、そろそろ動きがあってもいいころだけども。
僕もシャワーくらいは浴びてるけど、会長室のソファで仮眠が続いてる。
ビジネスホテルに泊まって待つわけにもいかないとはいえ、さすがにちょっと堪えるよね。

「会長!
 連絡が来ました!」

「…!
 ご苦労、プロス君。
 …相手は何だって?」

「…会長に、『ムトウ社長とその娘の命が惜しくば、一人で晴海埠頭まで来いと』
 ただ、その一行だけ書かれたメールが届きました」

「そいつはベタベタだね。
 今時、船着き場で人質のやり取りなんてさ」

「…どうするおつもりですか?」

「言う通り一人で行くしかないだろうさ。
 ま、あっちもこっちがシークレットサービスを引き連れてくることくらいは想定してるはずだ。
 少し離れたところで待機していてくれたまえよ。
 
 …フル装備、準備してくれるかい」

「止めてもムダでしょうから、構いませんが。
 いいんですか、エリナ秘書にはなにも言わないで」

「彼女は世界一安全な場所に逃げてる。心配いらないさ。
 車の中でメールくらいは打つつもりだけどね。
 
 敵が日時をしていせずに呼び出したってことはさ…。
 …一刻も早く、来いってことだろ?
 
 早く行こう」

僕たちは車に急いだ。
やっぱり正体を明かすような相手じゃない…そうなるとやっぱりクリムゾン達だろう。
木連の連中だったらもうちょっと正攻法で来るはずだし、間違いない。
どういうつもりであろうとも、行かないわけにはいかない。
彼らも埠頭を爆破してでも僕を消すつもりかもしれない。
証拠を残してでも僕を消すつもりなのかもしれないが…。

それでも、行かなきゃね…!













〇???
とある特殊な暗号化されたプライベート回線に通話が開かれている。
軍の上層部の人間をも含む、かなりの大企業の要人、政府要人などが集まっている。
クリムゾンを筆頭とする、木連と手を結んで利益を共有するために同盟を結んでいる人物たちである。

彼らはどこか、うつろな瞳でこのプライベート回線に接続していた。
自制心を失ったような、薄ら笑いを浮かべていた。
熱に浮かされているというのも違う、不気味さを伴っていた。

『…アカツキの次男坊がかかった。
 こちらの手筈は順調だ。
 ネルガルを潰し、その上でホシノアキトの後継者たちを潰す…。
 観客ごと殺せば反戦は盛り上がるかもしれんが、
 連合軍の大半が出払っている状態であればネルガルの工場も潰しやすいだろう。
 
 …そうなれば、我々が有利な状態にはならんまでも、
 民衆も今まで通りに浮かれたことは言えんだろう。
 
 何しろあと半年は木星のナデシコ艦隊は戻れんのだからな…。
 ボソンジャンプを封印したことを悔やんでも悔やみきれんだろう』

『こちらの隠している戦力で、十分やれるだろうな…。
 街一つ消して見せれば不安が膨らむ。
 連合軍が駆けつけるまでに、果たしてはぐれトカゲが自分たちを襲わないか…とな』

『なんにせよ、目障りだった連中が消える。
 足がつく可能性は高いが、もう知るか…!』

『今まで通り大人しく支配されていれば、もう少しマシな死に方もできたろうにな。
 くくく…』

『例のアギトの背後組織はまだつかめていないが…。
 ここまでの事態が起こっても出てこないのだから、
 やはりあのワレモコウと言ったか?
 あの機体と、アギトで打ち止めだったようだな』

『どのみち、地球圏には明るい未来などない。
 根拠のない下手な平和主義に溺れたツケを、払ってもらうだけだ…。
 
 人類には戦争が必要なことだったと、未来永劫、誰もが思うことだろうよ…!』

『まず、あの忌々しいアイドルどもから死んでもらおう…!』














〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・ステージ──イツキ


わああああああああ…!



怒号のような歓声に包まれて、私達は足が震えていた。
ツインツイスターというユニットとして活動していた頃がもう三ヶ月前の事…。
私達は、久しぶりの二人組の動きを間違えないように気をつけながら、
なんとか歌いきって、役目を終えることが出来ました。

…ゴールドセインツとしての出演が出来ない理由として、
『リハーサル中に衣装を破損、人数分の衣装が確保できずに私達が代打で出場』
ということになって急遽、休憩をはさんでチャリティーコンサート第二部を夜に行うと発表され、
そちらでゴールドセインツのステージを行うということになりました。
第二部はセトリ…曲目も決定してないっていうのに、開催が決まってしまって…。
思わぬサプライズとして観客はこの事態を受け入れてくれました。
本当は日が落ちる前には解散して、二日目の観客を迎え入れる準備が必要なんだけど…。
観客を運び入れる複数の大型機も、この急な変更を受け入れてくれて、なんとか面目を保てました…。
時間稼ぎとしては十分だけど…。

…でも、これでみんなが戻れなかったら、どうしたら…。

「ちょ、ちょっと…イツキさん、アサミちゃん…」

「「え?」」

私達がステージからはけるようとするとディレクターさんが、うろたえた表情でこちらを見ていた。
手に持っているカンペ用のスケッチブックを見ると…!?
ええっ!『Peace Walkers』まで居なくなった!?
う、嘘でしょう!?
もう、さっきのごまかしはできないのに…。
二連続で、トップアイドルが欠席するなんてことになったら、どう説明すればいいの…?
しかも、『食の恵』はトリを飾るのにふさわしいアイドルだから、
ここで先んじて出てもらうと、ちょっとおかしいですし…。
ど、どうしたら…。


ウゥーーーーーッ!ウゥーーーーーッ!



!?
こ、このサイレンの音は…!?
敵機接近の合図…!はぐれトカゲが…!?

『会場の皆さんにお伝えします。
 はぐれトカゲの接近を感知しました。
 チューリップを伴う艦隊規模になります、慌てず、避難を開始して下さい』


ざわっ!?



会場が一瞬ざわめいて、直後に静まり返ってしまった。
そう、艦隊規模のはぐれトカゲは存在しない…。
事実上、地球上にはアイアンリザードの保有する木星機動兵器群は、いないことになっている。
居たとしても、鳥獣機が数台襲撃するのみで…。
それくらいだったら、持ち込んだ数台の空戦エステバリスで撃滅できます。
だけど、ゴールドセインツのみんながどこかに行ってしまったのであれば、
私一人しかパイロットは居ないかもしれない。
空戦エステバリス一機で艦隊規模の、しかもチューリップを伴っているとなると…。
…絶望的です。
私はDFSを扱ったことはあっても、刃の発生は出来ません。
一人で刃を発生させて操れる技量があるのはホシノアキトさんくらいです。
でもホシノアキトさんでさえも、そのまま全力で戦うのは厳しいんです。
…いいえ!


『皆さん、聞いて下さいッ!』



私は力の限り、マイクに向かって叫びました。
絶望に陥り、パニックになる寸前の、観客を制するために…。
私達のチャリティーコンサートに来てくれた観客のみんなを死なせたくない!
だから…!

『私は、連合軍のパイロットです!
 私が空戦エステバリスで出ます!
 私がおとりになって、みんなをうまく逃がすくらいならできるかもしれません!
 勝てないかもしれない、もしかしたら死んでしまうかもしれない!
 でも、ここに居る人たちがなんとか逃げ切れるくらいまで粘って見せます!
 
 で、でも…私一人しか、戦えない状態なんです…。

 実をいうと、ゴールドセインツのみんなが出てこれなかったのは…。
 衣装のせいじゃないんです…。
 訳があって…もしかしたら誰か攫われて、
 そのために出ていったかもしれないんです…』

このアリーナに居る人たち全員が、息をのんだ音が聞こえた気がした。
絶望が、さらに深まったかもしれない。

でも、私は…私の、出来ることを…ッ!

「…ごめんね、アサミ。
 死んじゃうと思うけど、許してね…。
 お父さんとお母さんにも、伝えておいて…」

「姉さん…」

『…こんな風になるかもしれない、分かってて私達はゴールドセインツに入りました。
 あの日、私達をかばってくれたさつきさんとレオナさんの分まで頑張ろうって、誓って…。
 誰かの心の支えになれる、みんなを笑顔にできるアイドルとして、もう一回頑張ろうって…。
 命を賭けなきゃいけない時がくるかもしれない、誰かに殺されるかもしれない、

 それが分かっててもやり遂げなきゃいけないって思ったんです!!
 
 …今日は、私達だけ置いていかれてしまったのは、残念ですけど。
 でも、この瞬間、私も居なかったらこの会場のみんなを守れなかったかもしれないから…。
 
 だから…気にしないで、落ち着いて避難を始めて下さい。』

「で、でも、イツキさんが死んじゃったら…!」

…私の事を心配してくれる、ファンの人が居てくれた。
嬉しいけど…嬉しいですけど…!
 
「…いいんです!
 ここで私の命が尽きるとしても、もう誰も戦争を続けるようなことはないでしょう!
 みんなを守って死ねるなら本望です!
 今はアイドルをしていますけど、私は連合軍の一兵士でもあります!
 民間人を守るのは、私の、連合軍の誇りです!
 
 あの木星兵器を操っている人が誰なのかはまだわかりませんけど…!
 
 何とかみんなを守ってみせますから…!
 
 みんなが、無事に大切な人の下に帰れるように頑張りますから…!
 
 

 だから、応援してくれませんか!
 
 
 私を信じてくれませんかっ!!」


「「「「「……!!」」」」」


アリーナの空気が変わった。
絶望ではなく、死にゆくだろう私を励ます気持ちが生まれた。
そして…私の命を、無駄にしないために、生き延びようとしてくれているのが分かる…!
これなら…!

…。
ごめんね、さつきさん。レオナさん。それにホシノアキトさん…。
せっかく助かった命なのに、もう無くしちゃうことになって。
でも、今ならさつきさんとレオナさんの気持ちが分かる。

自分の命で、誰かが助かってくれるなら…犬死にじゃない。
私の命で助かった人が、私の分まで生きてくれる、戦ってくれる。
それだけで…後悔なんてないまま逝ける。
私は、自分の意思でみんなを助けたいと思って、自分のわがままで死んでいける。

だから、いいんです…!


『よく言ったぞ!イツキ!

 その人を守ろうとする気高い精神!気に入った!
 
 お前の命は、あんな機械どもにくれてやるには惜しい!
 
 こいつらは俺が引き付ける!

 お前は生き延びて歌いつづけろッ!』


「「えっ!?」」



ええええええええええええっ!?



突如聞こえてきた、聞きなれた声に私は振り向いてしまいました。
観客の絶叫も、同時に怒りました。
そこには…二ヶ月以上ぶりに見かける、消えたはずの…。
そして仇でもある、あの人の顔が映るウインドウが浮かんでいました。
赤い瞳、そして世界一有名な英雄と同じ髪と顔立ちをしている…。


「「あ…アギト!?」」



『驚かして悪いな…。
 だが、幽霊でもなければ、別のクローン個体ってわけでもない!


 俺はこの間、ここで戦った、アギト本人だ!』


「ど、どうして!?
 どうしてあなたが私達を助けるんですか!?」


『理由はその辺に居る、俺のオリジナルに聞け。
 こっちは楽しいライブを邪魔する野暮な連中を片付けるのに忙しいんでな』


「「ええっ!?」」



私達は驚いて周りを見回してしまいました。
観客の人たちもみんな驚いて目をぱちくりして周りを見てます。
そうすると、不自然に歩いてくる警備員の一人がステージに飛び乗りました。
顔は違いますが、背丈と体格…そしてこの身のこなしは…!

「…イツキちゃん、アサミちゃん。
 よく頑張ってくれたね…。
 色々押し付けちゃってごめん。
 本当はずっと黙ってるつもりだったんだけど…。
 敵がここまでしてきちゃうと前に出て何とかしなきゃって思ってさ」

「あ、あの…」

「それに、ちょっとこの会場でやらなきゃいけないこともあって…。
 あ、色々説明しなきゃいけないよね。
 ちょっとこっちの都合ばっかり話しちゃダメだよね。
 
 まずは…」


びりぃっ!


ステージに上がった警備員は、自分の顔の皮をはぐようにして…変装マスクを脱ぎ捨てました。
そして、その下にあったのは…アギトと同じ顔がありました。

やっぱり…生きていたんですね…!!



ぎゃあああああああああああああああああああああ!?




絶叫というよりは、ほとんど断末魔の叫びのような、雄たけびのような声がアリーナに響き渡りました。
私達は耳をふさいでかろうじてこらえるしかありませんでした。
でも、気持ちはわかります。

あの『世界一の王子様』、
ホシノアキトさんが二ヶ月以上ぶりに戻ってきたんですから!

こんな反応になっても仕方ありませんよ…!

「うわわっ…。
 こ、こんなことになっちゃうなんて…。
 ひ、引っ込んどいたほうがよかったかな…」

「そんなこと言わないで下さいよ…。
 私も嬉しいんですから…」

「そうですよぅ!」

「…うん、ありがとう。
 心配かけてごめんね、色々あったんだ。
 それじゃ早速…一曲行こうか!」

「「え!?敵が来ているのに!?」」

私達は呆気に取られてしまいました。
こんな風に明るく、自発的に歌おうとするホシノアキトさんじゃないのはよく知ってるつもりでしたが…。

「チャリティーコンサートなんだから、俺も歌わなきゃ。
 大丈夫、アギト以外にも頼れる人たちが来てくれてるから。
 いざとなれば俺たちも空戦エステバリスで出ればいいし、ブローディアも呼び出せるし…。
 ね、二人とも?」

「「え!?」」

私達の目の前に、また二人の女性警備員が現れました。
え…。
まさか、この二人は…!?


びりぃっ!


「ばぁっ!
 久しぶりっ!」

「どっこい生きてる、タフなヤツってね!」


「「えええええええっ!?さつきさんと、レオナさんまで!?」」


ざわっ!?



な、何があったんですか!?
まさかこの二人まで生きてたなんて…。
こんなご都合主義展開、ふつうあります!?

「まあまあ、訳はあとで。
 …おほん。
 

 みんな!久しぶり!!
 
 ゴールドセインツのさつきとレオナ、アキト様のついでに大復活!
 
 特別ユニットでお送りするけど、いいよね!
 
 『Peace Walkers』の代わりに、物足りないなんて言わせないんだから!」




わあああああああああああああああっ!




会場の盛り上がりは最高潮に達しました…や、やっぱり役者が違いますね!
さすがホシノアキトさん!

「で、でも説明もなしに歌い始めてもいいんですか?
 それに敵が誰なのかもまだ分かってないし…」

「本当はそうしたいんだけどね、まずは敵の目をこっちに引かないと。
 でも敵の動揺を誘うには、俺たちが普通に踊って歌うのが一番いいんだ。
 混乱して、しばらく動きを止めてくれる…その間に頼れる仲間が到着する時間を稼げる。
 
 …俺を生かすために手伝ってくれた仕掛け人はすごく意地悪くてね。
 
 ホントに俺も騙されちゃってたんだ」

「アキトさんが騙されてた…?」

「あ、その、えーと…。
 こ、細かいことは後で!
 
 俺たちの復活祝いに、手伝ってくれる人の紹介もしないといけないし、ね!」

「「は、はい…ステージはけますね」」

状況が呑み込めないので困惑する私達は、さっさとステージの袖に歩きました。
そして、バンドセットに大きな和太鼓やら、何やらが運び込まれて、
まだ熱気冷めやらぬアリーナを尻目に、ステージが簡易的にセットされて、
どんどん人が入ってきて…。
ええっ!?なんですかこのメンバーは!?


『…みんな!
 生きてる事を黙っててごめんね!
 本当は引っ込んでるつもりだったんだけど、敵が来るなんて思ってなくて…!
 
 アギトも実は俺の協力者だったんだ!!
 俺もギリギリまで知らなくて…。
 えっと、詳しいことは一曲歌ってから話すから!
 
 外の敵も、頼もしい助っ人が片付けてくれるから、
 アリーナに残っててくれるかい!?』



おおおおおおおおわああああああああああっ!!!



奇跡の生還を果たしたアキトさんの眩しい笑顔に、
観客は言葉もなく…いえ、叫びはありますけど…。
失神してる人もいて、ちょ、ちょっとあぶないですけど…。
世紀の一大ステージが始まろうとしてます…!

すごい…!
本当にこの人は世界を動かしてしまう人なんです…!

私達や、他のバンドなんて足元にも及ばない…。
世界中のネットも、きっとパンク状態です。
こんな、奇跡ばかり起こす人が居ていいんでしょうか…!?

でも、私達もアキトさんに魅せられてしまってます。
この光景を、この一瞬を…記憶に、網膜に焼き付けようとしてしまいます。

…眩しい。
本当に、誰よりも輝く人…これが…世界一の王子様…!

…始まります!


















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・ステージ──アキト
…俺は、自分の歌がかき消されないか心配になるほどの絶叫を聞きながら、歌った。
芸能界は今でも苦手だし、アイドルなんて似合いもしないとずぅっと思っていた。

あくまで町食堂が俺の夢、俺の生きる道。
俺の…本当に大切な場所。
でも世間から見れば小さな小さな世界だ…。
あの日常に戻りたい、二ヶ月以上も離れてそう思っていた。

ユリちゃんと…そして俺の愛する人たちと、何でもない生活を静かに続けたい。
それしか願ってこなかったけど…。

でも、久しぶりにステージに立って、少しだけ懐かしくて…嬉しかった…。

テンカワアキトとして生きた、あの時…。
俺達は平和を願い、ボソンジャンプを封印しようとしても、結局は覆せなかった。
戦争と権力者という巨大すぎる敵に負けたんだ。
俺の未来は無残に奪われて、闇に葬られそうになり…最後の時も、自ら闇に消えようとしていた。
それでいいと、自分の夢が叶わなくてもユリカとルリちゃんが無事でいてくれればいいと思っていた。…。
でも…それすらも叶わなかった…。

それに比べて…今はどうだろう。
確かに望まないことばかりさせられてるのは変わらないけど…。

俺に生きていて欲しいと、こんなに願ってくれる人が居る。
戦争を捨てたいと、一緒に願ってくれる人が居る。
こんな風に俺の下手な歌を、聞きたいと望んでくれる…。

…嬉しかった。

俺は…子供っぽく『戦いから逃げてる』って昔バカにされてた。
今もそんなに変わらないことを、考えているのに。
認めてくれたことが、同じ気持ちになってくれる人が居るのが嬉しくて…。

俺は…照れてて、恥ずかしいけど…。
…英雄なんて、柄じゃないと今でも思うけど…。

でも、こうして人に認めてもらえるのは…。
コックで居られることよりは嬉しくないけど…
なんだか…とってもあったかくて…。


一生懸命、応えたいって思えるんだ…!


『みんな、聞いてくれてありがとうっ!

 俺とさつきちゃん、レオナさんのスペシャルユニットだけど、どうかな!?
 
 ここで演奏に参加してくれた人たちを紹介するよ!
 
 ギター、天龍君と地龍君!』


『『イエーイ!』』


『ベース、ムネタケヨシサダさん!』


『ハッピー♪』


『キーボード、ホウメイさん!』


『ははっ』


『ドラム、ミスマルお義父さんと、秋山源八郎さん!』


『よっとっ!』


『よく生きて帰ったなぁ!アキト君!
 ということはやっぱりユリも無事かぁ!!』


『もちろんですっ!
 安全な場所で待ってくれてますよ!
 
 …それじゃラストスパート行くよ!
 
 みんなも最後まで楽しんで行ってね!』



うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!



…みんな枯れそうな声で頑張ってくれてるなぁ。
そうだ…俺はこれでいい。

望まない戦いなんて、もう二度となくていいんだ。
みんながそう望んでくれる。俺はそれに甘えていていい。


だから、せめて!

たまにこうして声を届けてあげるくらい、したっていいじゃんか!

もう突っ張るな、俺!ホシノアキト!

…生まれて初めて、歌うことが、みんなに声を届けることが、こんなに楽しいんだから!!


俺も、みんなに応えたいんだっ!



─俺はそれから一心に歌った。
この会場に集まってくれた人たちに、少しでも気持ちが伝わるように。
中継で見てくれてる人達にも、わずかでも届いてくれるように。
生まれて初めて感じた、歌う心地よさに酔いしれながら…。

…まだ、戦いは完全には終わっていない。
気がかりなことはたくさんある。

でも、今は…。

このステージで歌うことが、俺の役割。俺の戦いだ…!


おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!


『この声が!
 
 平和を求める歌が!
 
 世界の果てまで届けっ!


 銀河の果てまで届けっ!


 木星で戦ってくれている、みんなにもとどけっ!!
 

 俺たちの心の叫びをどこまでも届けよう!
 
 
 
 命も居場所も奪い合ったり失うような時代はもういらないって言ってやれっ!』



























〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ついにアキト復活です。
ええ、死んじゃいないだろうという話しかしてねぇので死んじゃいねぇだろとか、
緊張感は今一つ足らんだろう、とかはありますが、やっぱり無事でしたよ、という回でした。

とはいえ、アキトが無事に生きていられる分だけ、
他の登場人物に飛び火するようになってしまってるっていうか…。
そっちがメインになってて、アキトは劇ナデのホウメイガールズのポジション奪ってるんで、
まあ戦わないんだろうな、とかどうとか。

話では書いてませんが、サザンオールスターズの楽曲『ピースとハイライト』歌ってるイメージで書いてます。
夏フェスって行った事はないんですけど、
Youtubeでライブ映像見た時に彼らのパートの盛り上がりっぷりがすごくて印象づいてたもんで…。

で、結構今回も難産でした。
話の筋とか伏線とかが今までとは違う組み方だった上に、
季節の変わり目の体調不良やら、別件やらでちょっと時間かかりました。
次回、ネタばらし編が入ってから、チハヤ&ライザ、アカツキ、そして木星組のお話が進みます。
幕間というか、何が起こってたんじゃい、と空白の時間帯についてのお話ですね。
ああ、もうそのあたりのまとめファイルだけで一話分くらいのテキストになってるから、
返ってまとめるのに時間がかかりそうだ…うごごごご。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!










〇代理人様への返信
>冒頭を読んでてヒカルの碁ならぬヒカルの原稿というフレーズが脳裏に。
>はいどうでもいいですねすいません。
ヒカルの碁、漫画版…。
原稿作業中に死ぬ時についた吐血の血痕が残った机に、天才漫画家の霊が残ってて…。
…ちょっと見てみたい。



>幕間回なのでクリムゾン達いきなりアホになったなあくらいの感想しか出ないw
結構なお歳の上に、五年もなんもかんもうまくいかなくなってボケボケになってしまった説が濃厚ですね。
この五年、やることなくなってんだろうなぁ…。
そもそも自分の仕事以外は元々アホだったのかも(ぉ
作中でも今までそんなにいいとこなしだったので…。
…いえ、書いてる私のせいなんですが。



>>アキトって良くも悪くも大切な人以外にはこだわりがないのかも?
>脚本が統一されてないからキャラがブレて(ry
それを言ったらおしま(ry
ホントはもっと語るべき設定だったりがあったそうだって話を考えるとこの説が濃厚ですね。
って、それならキャラごとの掘り下げ回はもう少しあっさりでもよかったのでは…。
ホシノルリサーガ三本は外さないとして(ぉ









~次回予告~
ホシノアキトっす。
俺は無事に生還してたんだけど、ちょっと色々ありすぎてどこでどうやったのか、とか、
明らかに助かる場面じゃなかったところとかもあったから、
そのあたりを時系列順に解説するらしいよ。
調整次第ではもうちょっと話を進めてからにするそうだけど、
ずいぶん溜め込んだんでうまくいくかどうか…。
ってそんなことよりゴールドセインツのみんなは大丈夫かな!?
情報が入るまでは待機してないとかえってまずいだろうけど…。
ああ、ちょっとくらいマシンチャイルドのハッキングでも覚えとくんだったか?!
いや、俺がそんなことするとすぐバレて身の破滅、か…。

そ、そんなことより!

体調管理は出来てたつもりがちょっと運動不足が重なってちょっとしたことでダウンしてた作者が贈る、
アキト君は誰に騙されてたんだ!?っていってもバレバレ系ナデシコ二次創作、








『機動戦艦ナデシコD』
第九十二話:Dismembering the secret-秘密の解体-










をみんなで見よう!




































感想代理人プロフィール

戻る





代理人の感想
目覚めろ、その魂(アギト違い)
まあ来るとは思ってましたがこいつも美味しいところで出て来たなあw


>アキトの食事

二千四百食わろすwww

むかしハンターキャッツって漫画で人外レベルの大食漢が誘拐されて、
周囲の食料品店の売り上げから居場所を察知するという展開がありましたが、
まさしくそれですなw







※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。

おなまえ
Eメール
作者名
作品名(話数)  
コメント
URL