〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・ラウンジ──ライザ
ジュンと青葉が撃たれた…!
この状況じゃ助からない!
私なんかを追いかけてきたから…私のせいで…。
こんなことになるなら、テツヤを何とか拘束するべきだった…!

でも、今は…このままじゃチハヤが…。

チハヤが、テツヤを殺してしまう…!

テツヤは私が撃たないと分かって、
確実に撃ってくれるチハヤを代わりに選んだ…!
ホシノアキトの義妹の私が撃つよりインパクトは薄いかもしれないけど、
ゴールドセインツのメンバーであれば、誰でも殺すシーンさえ押さえれば、
『ホシノアキトの殺し屋』という建前が成立する。
そうなったら、私達だけじゃなく、チハヤは全世界に追われることになる…。
『世界をペテンにかけたホシノアキトの忠実な殺し屋』として…。

…!
そうか、テツヤは…!

テツヤはクリムゾン系の新聞記者という、表の顔を持っているのを忘れていたわ。
そしてこの間のアンチ・ホシノアキト記事は、公表はされないけどテツヤが書いたもの…。
だと、すると…この場でチハヤがテツヤを撃てば…。

ホシノアキトの名声を落とす記事を書いたテツヤを始末するために、
チハヤがここに派遣されたという筋書きが通る!

恐らく、そこまですでに連絡してあるんだ…。
自分の死後、映像がばらまかれるのと同時に、あの記事を書いた記者が撃たれたと公表する。
そうなったら、すべてがつながってしまう…!
もっと早く気づいていれば、テツヤは腕っぷし強くないから抑え込めたかもしれないのに!
何とか出来たかもしれないのに!!

チハヤ、撃っちゃダメ…!

アキトがこの瞬間にすべてを失えば、取り返しがつかなくなる!
でもジュンと青葉が助からないのに仕返しするなって言っても…。
本人が言っても、抑えきれる状況じゃない…!

チハヤ…!
あなたは絶対に撃っちゃいけないのよ…!
アキトが、世界が、おかしくなるからじゃない!
テツヤを殺す一発の弾丸は、同時にあなた自身を殺してしまうのよ…!

あなたは…あなたは私の希望なのよ…!

お願い、お願いだから…!
撃たないで、チハヤ…!


















『機動戦艦ナデシコD』
第九十三話:Dismembering the secret-秘密の解体-その2



















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・ラウンジ──テツヤ

「よ、よこしなさいよ!
 死にかけてるのに、なんでそこまで抵抗するの!?」

「だ、ダメだって…!
 これだけはダメだよ!
 けふっ…。
 た、企みがあるんだって、きっと…」

「うっさいわよ!
 あいつが何を企んでようと知ったこっちゃない!
 私が、私の責任で殺すのになんであんたらにお伺い立てないといけないの!?
 それにアリーナを爆破されたら、私のせいになっちゃうのに!」

…くく、チハヤの奴、良く仕上がってるぜ。
ムキになって、拳銃を取り戻そうと…アオイジュン、中佐だったか?
あの連合軍の女顔の、兼任アイドルともみ合ってるな。
ザコ女の口封じは間に合わなかったが、ああまで言われて撃たないチハヤじゃねぇ。
ライザを地獄に叩き落としてやろうと思ったが…この際しょうがねぇな。
だったらチハヤに代わりに地獄に落ちてもらうだけのことだ。

カメラを構えてある位置は、構図的にライザも倒れてるザコ二人も映らねぇ。
二人とも立ち上がることはもはやありえねぇ。
…最高のベストシーンが撮れる。
音声さえ切っちまえば、詳しい事情は分からねぇはずだ。
この映像と、俺たちの遺体が証拠になって…ホシノアキトの名声は地に落ちる。

まさか稀代の英雄が…。
自分の名声を落とした記者を、自分の部下のアイドルに殺させる小物だと気づいたら、
世界中の人間はどんな顔をすんだろうな?

…くく、その時の光景が見られねぇのだけは残念だぜ。

だが、そろそろ待ってるのもじれったくなってきたな。
せかすとするか。

「早くしないと、そろそろアリーナを爆破するぞ?
 チハヤ、そいつの横っ腹蹴っ飛ばすとかいろいろあんだろが」

「…っ!」

「チハヤちゃん…。
 大丈夫…僕たちを、信じて…」

「信じるって、何を!?」

「昨日僕を信じてくれたでしょ…?
 メグミ君が追求するのを止めた、僕を…」

…なんだそりゃ。
あの会話で、何を信じたってんだよ?
全部バレそうになって呼び止められて、うまくごまかした後、
部屋に戻ってちょっと話して終わってただけだと思ったが…。
まさか…爆弾をなんとかしたのか?
いや、そんな時間的な余裕はなかったはずだ。
そもそもそんなそぶりはなかった。
準備できる爆弾はアリーナを丸ごと吹っ飛ばす威力はねぇからな。
大量に設置するのにだいぶ苦労した。
あの数はかなりの人数をそろえて、一昼夜あってようやく間に合うかどうかだ。
チハヤがメグミとジュンと会話し終わった後は、
ホシノアキトがピースランドに隠れているかの確認の電話で一度離れたが…。
それ以降は、チハヤの端末の盗聴と、会場の隠しカメラの映像を盗み見て、盗聴も続けていた。
どんなことをしようと、それは覆せないはずだが…。

「……!
 だ、だけど──」

「大丈夫。
 僕も青葉君も、恨んでないから…大丈夫だから…。
 僕たちが…君をどうやっても、守って見せるから…。
 胸を張って、生き残ったみんなの下に戻ってくれ…。
 
 お願いだから、撃たないで…。
 
 僕たちのためにも、みんなのためにも、君自身のためにも…!」

「う、う…うう…」

チハヤは、アオイジュンから離れた。
そして力なく膝をついて、うなだれて…。
情けなく泣いているだけだった…。

おい…。

嘘だろ?

チハヤ、お前、まさか───。

「私が…全部悪いのに…。
 私が愚かで、バカで、どうしようもない女だから、こんなことになったのに…。
 
 それでも…助けようとしてくれて…!
 
 私のために命を賭けてくれる…。
 
 本当に信じられないくらいのバカを裏切れないわよ!
 
 私、こんなに、こんなに…大切に…想ってくれる人に会ったことないのに…。
 
 生まれた初めて大事だと思えた仲間を、無くしたくないのに…。
 
 こんなところで死なせたくないって、思ってるのに…!
 
 そんな風に言われたら、撃てないわよぅ…。
 
 悔しいけど…私には何もない…。
 
 時間も、力も、何もかも…。
 
 二人のお願いを聞くくらいしか、信じることくらいしか…。
 
 もう恩返しできないんだもの…」

俺は──。
俺が描いた絵図が、すべてが破綻したと気づいた。

チハヤは、高度な計算が出来る女じゃない。
いとも簡単に詐欺師に引っ掛かる、そのせいで人生を棒に振る、程度の低い女だ。
ただ、自分の心に動かされた方向にふらふら付いて行く。
それだけしかできないタイプの女だ。
…あのクズ親父がとことん甘やかして育てたんだろう。
だから、何をやってもうまくいかない。
俺を無視して生きるにも、復讐のために成長しようにも、感情が先に来て自分で全部ぶち壊す。
今回も俺に従って、俺のせいにしてここまで来るのが関の山…だったはずだ…。

だが…俺が想定できないほど、ライザとホシノアキトの下僕どもはチハヤを入れ込ませていた。
チハヤは『別の心が動く先』を見つけてしまっていた。
全てを捧げて自分を助けようとしたこのザコ二人に、心を動かされた。

俺はそこにこそ付け込むべきだと考えていた。

こいつらをいたぶり、殺せばチハヤは俺を撃つ。
それですべてが終わる。

…だが、俺の想定以上にこいつらはイカレてやがった!!

ホシノアキトの考えた平和主義に、すべてを賭けていやがった!
自分たちの命と、あのアリーナにいる連中の命を捨てても世界が平和になればいい!
ホシノアキトの名声にヒビを入れるくらいなら、まとめて心中したほうがマシだと…。
そんな風に、考えてやがった…!

そしてチハヤは、こいつらの思想に賛同しているわけじゃなく、
この目的を叶えるために必要なことを求められて、今までの恩に答えようとしてやがる。
アオイジュンの、無責任すぎる発言を信じてやがる…!
最終的にはここで全員死ぬのは変わらねぇのにだ!!

なんて連中だよ!?
あのペテン師も、織り込み済みだってのかよ!?
確かにそういうことを考えてるような教祖だの、テロリストだのはいるが…。
下手に権力だの地位だの得て、保身に走って結局は身を持ち崩すはずだってのに…。

…俺が、甘かったのか!?
あのイカレたホシノアキトが、コックを目指しているっていうのも、フェイクだったのか!?
世界平和を実現するためだけに、自分の命と十数万人の命を犠牲にするってのか!?

だ、だが──。

「だったら…望み通りにしてやる。
 いいんだな…!?」

「…勝手にしなさいよ。
 私は…もうあんたの言いなりにはならないわ」

「お前のせいで、アリーナに居る関係のない連中が死ぬんだぞ!?」


「違うっ!
 全部責任を私に負わせて話を進めるんじゃないわよっ!

 もう騙されないわ!
 
 私は、ジュンと青葉を、ゴールドセインツのみんなを!
 そして、あのホシノアキトを信じた!
 
 あんたは、それが気に入らなくて、スイッチを押す!
 そこで私の態度は関係ないでしょ!?
 あんたの判断に渡しを巻き込まないでよ!?
 
 あんたが、あんたの意思で、あんたの責任で、
 勝手にあのアリーナを爆破するのよ!
 
 癇癪を起してやけくそになってねっ!!」



……!?
チハヤが…自分の意思で、俺に反抗した!?
さっきまでの狼狽えていた、俺を殺すためだけに揺れていた女が…!?
くそ…アッパー系の薬物でも使ってんじゃねぇか!?
それともマインドコントロールか!?

だが、こっちもキレたぜ…!

俺もやっぱりヤキが回ったよな…こんなことで躊躇うなんてよ。
お前の言う通りだ、チハヤ。
俺は、俺の意思で、お前の態度が気に入らないって理由だけで、スイッチを押す。
この土壇場でイモ引いて、ビビッて押せない臆病モンじゃねぇ。
俺はここまで…どれだけ死なせたのか、どれだけ世の中を引っ掻き回した?
どれだけの命が失われたかは、数えたらシャレにならねぇだろうよ。
だったら…。

今更…もう十数万人ばかり死なせてもそうは変わらねぇよ!

「…だったら、望み通りにしてやる。
 皆殺しにしてやるぜ、英雄もろともな!


 失って後悔すンのはてめぇらだがなぁ!」

俺はスイッチを押し込んだ。
こいつらが本心でどう思おうが…。
本当にアリーナ事爆破されて死んだのを目にしたら気が変わるかもしれねぇしな。

さあ、逆上して殺しに来いよ、チハヤ!

……。
だが、俺の考えとは裏腹に、ラウンジにあるテレビから見えるアリーナは、
何も起こらず、一向に爆発しない。
何度か押し込んだはずのスイッチがむなしく音を立てるだけだった。
俺は愕然として、テレビモニターを見つめるしかなかった。

「な…何でだよ…」

「そこまで、ね」

!?
俺は後ろから近付いてきた…女に拳銃をつかまれて、つい振り向いた。
ライザ…に見えたが、違う…!?

それに、こいつだけじゃない…目の前にいる、アオイジュンも…立ち上がった、だと…!?


こ、こいつは…!?














〇地球・東京都・晴海埠頭──サヤカ
…もう…ダメだわ…。
私のせいで父さんだけじゃなく、ナガレ君まで死んじゃう…。
私なんかをかばって…あの時の…マモルさんと一緒…。

マモルさんが、事故に遭いそうになった私をかばって、死んだあの時と…!

どうして!?
どうして私が愛した人は、私のせいで死ぬの!?

マモルさんを失って立ち直るのにずいぶんかかって…。
次は相手のいるナガレ君に心を惹かれて…。
この想いが届かないのは、構わなかったのに…!


私は…!
私とマモルさんの分まで、ナガレ君が幸せになってくれれば、それだけでよかったのに!


「う…。

 うぅぅうう…。

 ナガレ君…ひどいわ…。
 放っといてもかまわない私達を助けに来て…!
 私をかばって…こんな、こんな…!

 マモルさんを死なせた私なんか、生きてても仕方ないのに…!
 
 こんな状況じゃ、私だってすぐ死ぬだけなのに!!
 
 どうして一人で逃げてくれないのよぉっ!」
 

「…それでもサヤカ姉さんは、助けたい人なんだ。
 僕が命を投げうってでも、守り合い人なんだよ…」

ナガレ君は弱々しく笑うと、私を抱き寄せてくれた…。

「…ごめん、ムトウ社長を守れなくて。
 しかも大口叩いてこのザマじゃ、しょうがないよね…」

「ホントよ…。
 ナガレ君、本当にバカだわ…」

「バカか…。
 バカばっか、って口癖の女の子が、ナデシコにいたんだよ。
 …あの船は本当に楽しい船だった。
 ホシノ君だけじゃなくて、みんなね…。
 
 僕がこんなに甘っちょろくなったのも彼らのせいなんだ。
 本当にいい人生だったと、思うよ…」
 
「…くす。
 こんな時に思い出話なんて…」

「大事な思い出があるから、人間は頑張れるんだよ…。
 一生懸命、自分の夢を叶えるためになれたことが…。
 一生をかけて愛したいと思える人に出会えたことが…。
 大事な仲間と思い出があることが…僕を幸せにしてくれた。
 だから…そうすることが、できれば…。
 
 …どんな最期でも後悔なく逝けるんだって、分かったんだ。
 
 そうだろ?サヤカ姉さん…」

「…そうね」

…私は、もう力なく笑うしかなかった。
ナガレ君の言う通りだわ…。
ナガレ君がこの六年ほどの間…どれだけ一生懸命だったか、私は知っている。
そして、かけがえのない友達を…ホシノアキト、ナデシコの戦友を持って…。
ついにネルガルを地球圏一の兵器メーカーに育て上げた。
エリナともかけがえのない、愛を育んできた…。
だから気にしないで欲しいと、ナガレ君は言ってくれている。

でも…私は、この言葉を、受け取る資格がない。
本当は…エリナと生きる未来を捨ててまで、私の命を助けてくれたことが…。
こんなとこで心中するようなことになってもいいと思ってくれたナガレ君が、嬉しかった。
私って、本当に最低最悪だわ。
ナガレ君に未練がましくしがみついて、時間をムダにしてきた。
自分が幸せになるための努力を、怠ってきた…。
ナガレ君に助けてもらう資格もない…生きてる資格なんてない…女だと思う…。

一生懸命生きてきたナガレ君を、私が死なせるのに。
父さんが粉々になって、取り乱していたくせに。
…こんな風に笑っていられるんだもの。

これから二人でそろって死ぬってことが…。
エリナからナガレ君を奪えたような気がして、
本当に心の底から喜んでいる自分自身に気づいていた。

最低すぎて…もう、笑うしかなかった…。

「…ナガレ君。
 最後になる、なら…。
 これから死ぬんだから、いいよね…言っても…」

私は、この土壇場で我慢しないことにした。

…私が最低最悪の女ならそれでいい。
もう取り返しがつかないんだから、これから死ぬんだから開き直ってしまったほうがいい。

父さんがほんの少しだけ伸ばしてくれた命を使って、
叶わなかった想いを、吐き出してしまった方がいい!

そうじゃなければ、死んでも死にきれない…!

「私ね…。
 ナガレ君の事が…。
 
 んむっ!?」

私が言いきらないうちに…。
いえ、私の言葉を封印する唇の感触に、涙が込み上げてくるのを感じた。

ナガレ君が、ナガレ君から私にキスをしてくれた…!

ナガレ君…こんな私を、慰めてくれるんだわ…。
私のせいで死ぬのに、私が気にしないように気を遣ってくれてる。
私の愚かな告白に応えてくれた…!
…五年前のあの時、誘ったのにフラレて、本当に悲しかった。
でもすっぱり切ってくれたから、すぐに諦められるとおもったのに、そんなことは全然なかった。
だから、私はずっと独り身で…。

ああ…エリナ、ごめんね…。
ナガレ君を奪って…。
こんな死なせ方をしてしまって…。

「好きだ…サヤカ姉さん。
 僕、本当はエリナ君が居なかったら…きっと…。
 ずっと我慢させてて、ごめん…」

「…いいの。
 これで死ぬのも怖くなくなったから。
 ありがと、ナガレ君…」

もう、これで後悔もなにもない…。
ナガレ君が一緒なら、行き先が地獄だっていいの。
私…最後に、幸せに…。

「…サヤカ姉さん」

「なぁに…?」

「…ここから、生きて帰れたら。
 
 なんでも、言うことを聞くから。
 なんでも、僕が叶えられる願いなら叶えてあげるから。
 
 僕を信じて、最後まであきらめないでくれないかな」

「え…?」

ナガレ君は私が思いもしなかったことを言いだした。
私はすでに死ぬ覚悟をしたのに…。
ナガレ君のさっきまでの言葉も、これから死ぬから言ってくれたと思ったのに。
もしかしてやぶれかぶれで戦うつもりなのかしら。

でも、それにしてはナガレ君の目が死んでないわ。
まだ前に進もうと、生きる気力を感じるような、いつもの自信を感じる目…。

「な、なんでもって?
 そ、そんなこと言われたら、私…」

「なんでもいいんだよ、サヤカ姉さん、
 …死ぬかもしれないんだから、言ってごらん?
 苦難、困難を乗り越えた後に、楽しみがあるって思ったら…。
 
 何が何でも『死ぬ気で生きよう』って頑張るだろ?」

「そ、そ、そ、そんなの…。
 そうかも、知れないけど…!
 その怪我じゃ…」

無傷のまま狼狽える私をなだめるように、子供をあやすように…。
ナガレ君が、自分の血で血まみれになっている、息も絶え絶えのナガレ君の方が、笑っていた。
どうしてそんな風に言えるの、どうしてそんな風に笑っていられるの…!?

「…いいかい、サヤカ姉さん。
 
 僕はホシノアキトみたいな世界一の王子様じゃない。
 でも、二番手三番手くらいにはなれる自信があるんだ。
 
 この程度で、くたばるような男じゃない。
 だから信じてほしい。

 …それともムトウ社長を助けられなかった僕じゃ、だめかな…?」

「ち、ちがうの、わ、私が言いたい願いは…。
 ナガレ君に、エリナを裏切らせることになるから…」

「いいさ、サヤカ姉さんのためだったら、エリナ君に嫌われたってかまわない…。
 嫌われたって、生きていたら信頼は取り返せるかもしれない。
 でも命がなくなったらそれもできないんだから」

「で、でも…」

「ああ…!
 サヤカ姉さんは、どうして僕を信じてくれないんだい!?

 僕は…っ!
 
 僕は悲しいぃ…っ!

 サヤカ姉さんが、僕を信じてくれないなんて…。
 信じてくれなかったら、それこそ僕は悲しくて死んじゃうっていうのに…。
 サヤカ姉さんは僕を気遣って、自分の願いを言うのを恐れてしまった!
 僕が、敵を倒してこの場を乗りきって、願いを叶えることを信じられない!
 それが僕を死なせてしまうかもしれないことに気が付いていないんだ!
 
 僕はサヤカ姉さんに心の底から信じてもらえるなら…。
 
 

 一人で幾千の敵を打ち倒すことだって! 
 
 
 命が尽きてしまっても、あの世から戻ってくることだって、出来るのに!」


「!!」



ナガレ君はすっと立ち上がると、芝居ががった大げさなそぶりで私に話しかけた。
ちょっとわざとらしさすらも覚えるほどに、オーバーに悲しんで見せた。
ナガレ君、重傷のせいで、おかしくなっちゃったの…?

…違う。
自棄でも、おかしくなったのでもない。
自信にあふれた瞳は変わりがない…それどころか…。

ナガレ君は…私に生きてほしいと、心の底から願ってくれている…!
父さんを、そして女の子として大事なものを失って、ナガレ君を巻き込んでしまって…。
なにもかも失った私に、生きる希望を与えようとしてくれている…!

それが、どんなに間違っていることだとしても!!

「…さあ、早く。
 敵がこちらの様子をうかがいに来るはずだから、早く…」

「…!
 わ、私…。
 ナガレ君に……。
 …ぃ」
 
「聞こえないよ、ハッキリ言ってくれるかい?」


私は顔が真っ赤になって、涙がこぼれてきたのを感じた。
こんな風に…こんな風に言ってもらえるなんて思わなかった…!
私は…私は…!


もう…我慢できないわっ!!


「私…わたし…は…。

 

 ナガレ君に愛してほしい!

 私はナガレ君と、生きていたいの!!
 
 死ぬまで近くにおいて欲しいの!!
 
 愛人さんで、二号さんでいいから!!

 どんな形だっていいから!!
 
 普通のお嫁さんみたいに完璧じゃなくていいから!!
 
 好きでいてほしい!抱いてほしいの!
 

 
 だから…お願い…。
 
 生きて…生きて帰って来て…」

私は、今まで言いたかったことを…。
言い出せなかったことを、すべて吐き出した。

これがどれだけナガレ君に負担をかけてしまうのか分かっていた。
間違いなくエリナさんとの仲が悪くなることで…。
下手したら、ネルガル自体がスキャンダルで立場が危うくなるかもしれないこと。
そして…きっと泣いて頼めばナガレ君は応えてくれたこと。

でも、これを言い出す勇気がなかった。
結局、マモルさんとナガレ君を重ねているだけだし、
義姉としての私は…ナガレ君のためになることをしたかった。

それなのに、自分の気持ちに嘘をつくことをナガレ君が…やめさせてくれた。
だけど、それも結局二人が生き残ってから出来ること。

だから、生きていてほしい。
だから、生きて、二人で帰りたい。

重体のナガレ君が戦って勝って、生きて帰れるとはとても思えなかった。
だから「生きてほしい」とはとても言えなかった。
でも、言わされてしまった。
最低な私が、最低な願いを、言わされてしまった。

私は、最後に告白して一緒に死ぬのが、かろうじて残された自由だと思ったのに…。
ナガレ君に、最高のプレゼントをもらって…生きていたいと心から思えた…。
私の心を救ってくれた…生きる希望を、くれた…。

…ナガレ君。
どれだけ私を、好きにさせるの…?
そんなこと言われて、生きて帰って来てくれたら…。
あなたに夢中になって、二度と離れられないじゃない…。

「…ありがとう。
 サヤカ姉さんがこんな風に言ってくれたら百人力さ!
 こりゃ、なんとしても生きて帰らないとねぇ!」

「…ふふっ。
 ナガレ君…私こそ、ありがと…?

 え…?
 
 ええっ!?」

私がナガレ君を笑いながら見ていたら、突如ナガレ君が変貌を始めた。

ナノマシンの紋様が顔中に広がり、髪は輝きながら白く変色して、瞳の色も金色に…!?
まるでホシノアキトのような姿に変貌しながら、ナガレ君はふうと息を吐いた。

「ふう…思ったより効果が出るのに時間がかかったね」

「ど、ど、どうしたの、ナガレ君、それ!?」

「見ての通りさ…。
 ホシノ君不在のための備えなんだ。
 少し前にホシノ君のナノマシンの解析が終わったから、再調整して一般向けに作り直したんだ。
 大ダメージを負うような外傷を受けてもナノマシンが身体を保護、致命傷にならないようにする、
 傷の再生にも役立つ、サバイバビリティナノマシン…。
 『対象者をぜったいに死なせないためのナノマシン』。
 
 ついた名前が『ダイヤモンドダスト』。
 
 英雄の永劫の輝きに似ながらも、英雄ほどの輝きは得られない、
 一瞬の瞬きを示して造られたナノマシンだよ」

「よかった…!
 ナガレ君、死なないで済むのね…!」

私はナガレ君が死ぬと思っていた不安まで、すっ飛んでしまった。
背中の傷も、ナノマシンの輝きが広がって、保護、傷の治癒が始まっているみたいだし…。
あ、手りゅう弾の破片が身体から追い出されるように落ちて…すごい…。

「…油断はできないけどね。
 僕の怪我が多少良くなったとしても、状況はまだ最悪だ。
 それにどの程度までダメージを許容してくれるかもわからない。
 出血のせいで血も足りなくなるかもしれない…。
 時間稼ぎをしながらプロスたちの合流を待つしかないね。
 
 …だから、サヤカ姉さん。
 
 僕がおとりになりながら戦うから、ここで隠れていてくれないか。
 自衛用に拳銃だけ持ってて、ゴム弾だから気休めにしかならないかもしれないけど…。
 
 …希望を捨てないで待っててくれるかい?」

「…うん」

私はナガレ君に拳銃を手渡されて、頷いた。
今も、とても危険な状況には変わりがない。
ナガレ君が勝てるかどうかも分からない、私が狙われて死ぬかもしれない。

でも、私の胸の中には、後悔も絶望もなかった。

ナガレ君の言う通りだわ。
ここで死んだらそこでおしまい。
生きていたら取り返せる可能性はある。
間違っていても、やり直せる可能性がある。

私のせいでナガレ君が大変なことになるかもしれない。
でも、それは取り返せる可能性がまだある。
死んでしまったら、それもできないんだから…。

…ふふ。
なんかスッキリしちゃったわ。

…ごめんね、父さん。
私のためにひどい死に方させて。
心配して設定してくれてた、
たくさんのお見合いを蹴らずにいたらもう少しマシな生き方できたと思う。
せっかく助かった命を、最低な生き方に使うことになるの。
ナガレ君にいっぱい苦労させて、私が幸せになる、そんな最低なことをする。

だけど…最低なことになるって分かってるのに、生まれ変わった気分なの。
最低かもしれないけど、死ぬ以上の最低なことなんて何もないんだから…。

…これからも、あっちで心配かけると思うけど。
一番後悔しないことを選べたから、心配しないでね。

マモルさん…ごめんなさい。
ナガレ君を助けるどころかの足引っ張ってばかりで…。
でも、私…あなたと添い遂げるのと同じくらい幸せになれる気がするから…安心して…。


「…ありがと、ナガレ君」


飛び出していったナガレ君に、聞こえないと分かっている癖に私は礼を言った。
…マモルさんに代わって、どんなことがあっても私を守る王子様になってくれようとしている、
大事な…大好きなナガレ君に…もっといっぱいありがとうと言いたい。

だから、絶対に帰って来てね…!






















〇地球・東京都・晴海埠頭──アカツキ


ぱぱぱぱぱぱぱ…!!


「ぐはっ!?」

「ぐあっ!?」

「う、うあああああっ!?」

「た、ターゲットが…ターゲットが、ホシノアキトのように…!」

「せ、背中の傷がみるみるうちに修復されていくだと!?
 …ば、化け物か!?」

「うろたえるな!!
 血が出るなら、殺せるはずだ!!」

「だが、早いぞ!?
 こ、これでは…殺せるかどうか…」

僕を目にして敵が狼狽えてる。
そりゃ想定外だったろうね、僕がこんな姿になって攻撃に転じてきたら。
僕が出てくる瞬間という絶好のチャンスを逃すほど、彼らは目に見えて狼狽えていた。

彼らは狙いを定めるのも間に合わず、僕が先行して二人を倒すことが出来た。
それどころか、この窮地の状態から逃れることが出来た。
サヤカ姉さんを人質にとるという判断も、この状態ならできないだろう。

こっちも不利だけどね。
ナノマシンが傷を修復してくれているとはいえ、今だ重傷だ。
本当はこんな風に走ったりはできない。
血もとてもじゃないが足りてない。
そしてダメージをナノマシンがフォローしてくれる許容量がわからない以上、
ピンチな事には変わりはないし、
だけど、それがかえって良い方向に動いていた。

僕の身体能力は明らかに、劇的に向上していた。
ナノマシンの効果じゃない。
いわゆる『火事場のクソ力』って奴だ。
ホシノ君のような、『人間が使えないはずの隠れた70%の力』のコントロールは僕にはできない。
だが、命の危機に瀕したこの土壇場で、僕は限界を超えた力を使うことが出来るようになった。
どれくらいの時間持ってくれるかは分からないけど、優位に立てた。

これは彼らにとっては、ことのほか恐怖だったみたいだ。
それはそうか…ホシノ君は本当に『殺せない』ってことで有名だからね。
図抜けた戦闘能力のみならず、至近距離の45口径の銃弾を受けても死なない身体…。
常人だったら死ぬほどの、致死量のナノマシンに侵されたその身体のために、
敵勢力ですら、暗殺をほぼあきらめざるを得なかった。
昴氣を持って、さらに暗殺が不可能に近くなってしまったわけで…。

そんなホシノ君と同じような姿で、
噂通りに手榴弾の直撃を受けても死なずに出てきた上に、
身体能力が明らかに向上した僕は、恐怖の対象でしかないだろうね。

…とはいえ、ムトウ社長が自分の命を捨てて手りゅう弾を押さえてくれなかったら、
ダメージが大きすぎて、さすがに立ち上がれなかっただろうけどね…心身共に…。
僕のせいで命の危険に落ちてしまった二人を無事に助けたかった…。
ムトウ社長は助けられなかったけど、サヤカ姉さんだけでも何とか生きてほしい…!

だから、僕は!

「うおおおおおおおおおお!!」


僕は、雄たけびとともにライフルを乱射した。
実を言うと…僕が実弾を持ち込んで彼らを殺すつもりで、
サヤカ姉さんとムトウ社長を助けようとしていたら、きっと何とか出来た。
ディストーションフィールド発生があるならできる。
あの場所にとどまって、彼らが弾切れになるまで粘るだけで良かった。
有利になった状態で、一人一人丁寧につぶせばよかった。
ディストーションフィールドも、内側からの銃撃は加速するだけで減衰したりはじいたりはしない。
一方的に殺すこともできただろう。

…だけどそれは、もうできない選択だった。
それにこの手段を選択したとしても、外に出たサヤカ姉さんとムトウ社長が狙撃されちゃうから、
どっちみち使えない手ではあったんだけど…。

それ以上に僕たちを取り巻く諸事情が許してくれなかった。

もし、僕がこの場で彼らを皆殺しにしたとしたら…。
この場が録画されていたら、僕とネルガルの名声は地に落ちる。
サヤカ姉さんとムトウ社長を誘拐されたとはいえ、警察に連絡せずに、
実銃を使って彼らを殺して、この場を切り抜けたら…言い訳が出来ない。

逮捕は免れないだろうし、ホシノ君のおかげで平和ブームになっている今だったら、
エリナ君とホシノ君が許してくれても世間は許しちゃくれない。
証拠が残れば、執行猶予なしで、一生刑務所か、最悪死刑もあり得る。
犯罪グループ相手だから、という言い訳が通らないだろうね。
現役ネルガル会長の僕が、実銃を日本国でぶっ放したらさ。

しかも下手すると、僕が普段からそうしてるって思われかねない…。
ネルガルシークレットサービスは元々そういうことをしてきた集団だったし、
この五年だって暗闘だってないわけじゃない…。

でも、僕が自ら動いて銃を振り回すのは、訳が違う。
僕が素顔をさらさないといけなかったこの場の戦闘映像では、いよいよもみ消すことが難しくなる。

銃刀法を鑑みれば非殺傷の武器でも決して良いとは言えないけど、
敵が殺傷武器で襲ってきたところに反撃する程度であれば、まだ言い訳は出来る。
映像が流出したとしても、敵も被害者ヅラできないってわけで…。

…まあ、僕がこんな姿になってしまったところを見られたら、
ドラマかなんかの撮影って誤魔化せちゃいそうなところではあるんだけどね。

いや!
そんなことを考えてる場合じゃないね!
奇襲して、残った四人を倒さないと!

「こっちだよ!」

「「「「!?」」」」

僕が、警戒しつつ僕を探していた、最後の四人の敵に、あえて自分から声をかけた。
そして僕は飛び降りると、一人の敵を後ろからひっつかんだ。
コンテナの上からの奇襲で、彼らは面食らった。
今度も照準を合わせる隙もなく、僕と拘束した敵を見るがすでに遅い。
…こいつらはよく訓練されてるが、実戦はそんなに積んでないタイプだ!
位置取りが悪い!

「そらっ!」

「「うごっ!?」」


どごっ!



拘束した敵を、別の敵に投げつけて倒す。
不意に人間一人をぶん投げられて、一瞬だが完全に二人が無力化された。
そして──この狭い場所に追い込まれた残りの二人も、ライフルを上げたはいいものの、
誤射を恐れて、そしてライフルの取り回しが悪くて照準が間に合ってない!

「なっ!?」

「遅いよっ!」


ばきっ!


「ごふっ!?」



僕は、一人のライフルをつかんで動きを封じ、撃たれないように脇に抱え込んで、
もう片方の手で、自分の持っていたゴム弾ライフルを、トンファーのようにしてもう一人の顎をかちあげた。
これなら、もう立てないだろう!

──仕上げだっ!


ぱぱぱぱぱぱぱ…!



僕は抱え込んだライフルのトリガーを引かせるように押し込み、すべての銃弾を吐き出させた。
発火する銃弾に、小脇に挟んでいるライフルが熱くなって火傷をしてしまうが、
命に代えられないので我慢して、用済みになったライフルを離す。

そのまま、拘束が解かれてよろめいた敵を追いかけて、柔道の『払い腰』でぶん投げる!
その先に居るのは──!


どさっ!


「「「ごふあっ!?」」」



先ほど投げで動きを奪っていた二人が、倒れていた。
合計三人が、折り重なるようにして倒された。
僕のライフルで顎をかち割った一人と違って、三人は意識を失っちゃいない。
だけど…この狭いコンテナの隙間で、僕がライフルを構えていたら、立ち上がることはできない。
ゴム弾だと分かっていても、頭に受けたら昏倒するのは避けられないからだ。
…ふう、なんとかなっ──。


ぱぁんっ!



このコンテナの間に響く発砲恩とともに、後頭部に走った痛みで僕の目の前に星が舞った。
どうやら拳銃で頭を撃たれたようだった…。
けど、意識を失わず…脳漿が撒かれていない…。
頭を触っても吹っ飛んでいる感じがしない。
どうやらアイ君のいうとおり、このナノマシンがあると骨をナノマシンがコーティングしてくれるらしい。
…脳が揺れて、死ぬほど痛かったけどね。

「ひぃっ!?」

僕が振り向くと、先ほど倒したはずの一人が、気絶から醒めて追っかけて来ていたらしい。
怪物でも見るように怯えている…。
後頭部に弾丸を受けてもこんな風に倒れなかったら、そうなるか…。

「…殺さないから銃を捨てて。
 大人しく手を挙げてこっちに来なよ。
 ゆっくりね。
 来なかったら、撃つからね」

「は…はいぃぃ…」

僕に呼ばれて、敵の一人はおどおどしながら、こっちに歩いてきた。
…こいつだけ手榴弾が装備から抜けてる。
手榴弾を投げたのはこいつか…。
今からでも、殺してやりたいくらいだけど…僕はかろうじて怒りをこらえた。

もうこの世界は、そういうこと「なし」のルールに変わったんだ。

「…君たちの処遇は、あとで決める。
 だから、大人しく捕縛されてくれないか」

「…え?」

敵の男は…間の抜けた表情で僕を見た。
…拷問にでもかけられると思ったんだろう。
ムトウ社長を殺したこいつらを…本当はそうしたいけどね…。

ホシノ君も、ラピスも、「今後はそう言うの一切なし」と誓っていた。
僕も当然、それに合わせなきゃいけない…。
そうしなきゃ、これからの世の中では、やっていけなくなるだろうしね…。

「君ら、訓練はされてるがプロじゃないだろ。
 せいぜい兵役のために訓練された程度の練度…。
 優れた教官に教えられたんだろうね、僕がここまで追い込まれるんだから。
 だけどあくまで訓練されただけの、間に合わせの戦闘員でしかない。
 
 だから秘密保持のための自害も、相討ち狙いの自爆もしない。
 うちのシークレットサービスだったらこっぴどく怒られてクビか始末されるだろうね。
 
 君らの依頼者も落ちたもんだよねぇ、こんな素人を寄越すなんて。
 もっとも、そういう人たちが生き残れない世の中ってことなんだろうけど…。
 
 …とにかく。
 君らの依頼者は…君らを始末するつもりだろうが、そうはさせないよ。
 殺したいと思ってる敵を保護しなきゃっていうのは、本当にムカつくけどね。
 大人しくしてくれたらまっとうな裁判で裁いてやるから、安心してくれたまえ。
 
 …だから、大人しく投降してくれ」

「「「「…」」」」

僕に声をかけられた敵の男が、無言でうなずくと、
倒された三人も、戦意を失ったのか黙り込んでしまった。
そりゃ…この状況じゃそうなるね。
僕が、ホシノ君と同じで銃弾じゃ殺せない可能性が高くなってしまって、
しかも自分たちの実力も見抜かれて、このままあがいても一矢報いるのも難しく、
自爆してまで義理立てする必要もないって気づいたんだろう。

…たぶん、誘拐するところまではクリムゾンのシークレットサービスがやったんだろうね。
その後、軍縮の見込みのある連合軍のリストラに遭ったと思しき若手陸戦兵士をたぶらかして、
僕の暗殺を企てたってところだろう。

筋としても納得できるし、状況を鑑みればそれが一番あり得る。
…そうでなけらばネルガルに手を出すなんて無謀なこと、そうそうできないだろうから。
プロの殺し屋や犯罪者は、ホシノ君やネルガルに手を出す愚かさを知っている…。
戦闘行動については覚えがあっても、その辺の判断基準が甘すぎる。
この程度の連中しか引っ張ってこれないあたりに、クリムゾンの没落を感じるね…。
だけど…。

…結局、僕とホシノ君が、世間の背中を押してしまった『平和活動』で割を食った人間が、
こうして僕と、僕の大事な人たちに牙をむいてきてしまったというのは…。
ことのほか、僕も堪えていた。


「すみま…」


「ッ!

 安い謝罪をしようとするなよッ!

 自分が何をしたか分かってたらそんな安っぽい謝罪はしないはずだろう!?」


僕は謝ろうとした男に、ライフルを向けて怒鳴った。
僕の態度と発言を見て、謝れば済むとでも思ったのか、
それとも自分の良心の呵責にでも耐えられなかったのか、どちらなのかは分からない。

そんなことで済むような…。
自己満足だけの謝罪なんかもらっても嬉しくない…!

僕とホシノ君が、彼らを苦しめた遠因を作ったとしても…。

こいつらがムトウ社長を殺したことには変わりがないからね!

「謝罪なんかより……敵の事を喋れるだけ喋ってほしい。
 そうするくらいしか、君たちが償えることなんてないんだ。
 
 …分かってくれよ…頼むから。
 
 僕はホシノ君のせいで甘ちゃんが移って、
 君らを殺すつもりになれない…なれないが…。
 
 …これだけは覚えておいてくれ。
 君たちは自分が金を得るためだけに、こんなことをしたんだと思うけれど…。

 君たちは金のために一人の男を、意味もなく殺した! 
 そして自分が満足を得るためだけに、僕の大切な女性の心と身体を傷つけた!

 僕に恨みがあったのか、ネルガルか、連合軍か、それとも世の中に対してなのか!
 どこの、誰に恨みがあったのかは知らない!
  
 君たちにどんな事情があって、
 こんなことをしたのか、言い訳を聞く気はない!
 聞いたって同情できないんだよ!!

 本当は裁判なんかしないで、この場で君らをぶち殺してやりたいんだ!
 自分の都合で、こんなことをして! 
 僕の大事な人たちを踏みにじった君たちのことなんか、知ったこっちゃないんだよ!!
 こんなことをして、謝って済むなんて、簡単に償えるなんて思うんじゃないよ!!
 
 もしかしたら、君たちは僕が悪人だとかそそのかされたのかもしれないけどさ!?
 もしかしたら、僕は君たちの仕事を奪うようなことをしたかもしれないけどさ!?

 君たちの家族を、金のためにこの手で殺したのかい!?
 君たちの大事な人を、犯したのかい!?
 
 
 だが、そもそもの話ね!
 今の僕はサヤカ姉さんの旦那でもなければムトウ社長の養子でもない!
 君が今、僕に謝っても意味がないんだよ! 
 
 僕は二人の家族じゃないから、代わりに謝罪を受ける権利すらないんだよ!!
 
 僕が本当に二人の家族だったら、怒りに任せて君たちをぶち殺していたかもね!!
 
 そんな権利もないから、こうして生け捕りにして、まっとうに裁くしかないんだよ!!
 
 こっちは必死に殺したいって気持ちを堪えてるんだから、分かってくれよッ!!

 
 
 はぁ…はぁ…。
 …分かったら大人しく、捕まってほしい。
 無意味な謝罪も償いも今はやめてくれ。
 事情聴取が終わって、サヤカ姉さんが…立ち直るまで…。
 できれば裁判が終わるくらいまでは…ね…。
 
 今は黙って、自分のしたことをかみしめてくれ…」


…そうだ。
悔しいことに、今の僕はムトウ家とは会社の付き合いを抜いてしまえば、他人だ。
兄さんを介して家族ぐるみの付き合い、実の姉同然のように慕ってはいるが、
マモル兄さんとサヤカ姉さんが婚約状態で死に別れたため、結婚はしていない。
だからこいつらにどれだけ怒ろうとしても、ネルガルの会長として怒ることしかできない。
戦闘が終わった時点で、もう殺さないと決めた以上…。

僕は『よくも姉さんを』とつかみかかる資格すら持たないんだ。
我慢しなきゃ、戦意を失っている彼らを自分の感情のままに暴行する、ちっぽけな男に成り下がる。
せっかく、この世界で僕はそこそこまともになれたのに…今のこいつらと、同じになる…。

彼らは力なく、魂が抜けたように膝をついた。
……覆面をかぶった彼らの、涙が浮かんだ目を見ればわかる。
彼らが本当は国のために戦うとか一生懸命やっちゃうような…。
心根が優しいタイプで、どこかで歪んでしまったんだろう。
全員がそうじゃないかもしれないけど。
僕を悪人に仕立て上げた依頼者に乗せられて、すべてを否定しようとしたんだ。

でも、そんなことは巻き込まれた人には関係ない。

誰にそそのかされようと、引き金を引いた瞬間…。
罪を犯した瞬間に、自分がその罪を負うことになる。

それが『責任』ってやつなんだ。

これに気付かずに、人を傷つけることを続けていたのは…。
ボソンジャンプの人体実験や、ナデシコ脱走の際に黒いことを考えていた時期の、
無理にでもネルガルを伸ばそうとしていた、非道な『過去』の僕とエリナ君も同じだった。

…そして。
『黒い皇子』に堕ちた彼は、それを知っていたから。
それを知っているのに復讐を志し…火星の後継者の関係者を殺した。
彼らにも大事な人がいたかもしれないと、知っていながら。

だから…。
ユリカ君が遺跡から解放される瞬間に立ち会えなかったんだ…。

…救いのない未来しか生み出さないはずだった、あの復讐鬼が。
この世界で生まれ変わって、僕に奪わせないことを教えてくれた。
あの、優しいというよりは優柔不断で情けないだけの男が…。
本当の強さを、優しさを…教えて…。

…とはいえ、どの口が言ってんだって話だよね、僕も、ホシノ君も。
あの最低の『未来』で、僕たちはどれだけの人を傷つけ、死なせてきたのか。

さっきは被害者ヅラしたけど、本当はそんなことを言う資格なんてないのさ。
今回の事も結局は僕たちが招いたことっていうのは変えられない。
でも、彼らに…言わずにはいられなかった。
この場で起こした罪の責任からは、逃れられないんだから…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



その後、僕を襲った敵…男たちのうち意識を失っていない四人は、
死んだ目をしながらも、僕のボディチェックと武装解除を受け入れ、
気絶した残りの八人の武装解除を手伝い、そして介抱を始めた。
全員、骨折や強い打撲は受けていたが、後遺症の残るような重傷は負っていない。
…僕に説教された四人は、精神的にひどく落ち込んでるみたいだけどね。
残りの八人も次々に気絶から立ち直って、手元に銃がないのを知って
僕に敗北したと悟って、大人しくしてくれていた…。

「「会長!」」

「…ナガレ君ッ!」

「サヤカ姉さん…無事で…。
 うわっと」

「ナガレ君、ナガレ君、ナガレ君…!」

僕の背中に、聞きなれたサヤカ姉さんとプロス、ゴートの声が届いた。
そしてサヤカ姉さんは、捕らえた彼らを監視していた僕に抱き着いてくれた。

い、痛たたたた…。
な、なまじナノマシンが傷を治しているから神経がマヒせずにいるもんだからねぇ、
つ、痛覚がしっかりあるっていうのに、サヤカ姉さんは遠慮なく抱き着いて…。
僕は頬が引きつりそうになるのを、必死でこらえて平気な顔を取り繕うしかなかった。

「はは、これはすごいことになってしまいましたねぇ~。
 ホシノさんのナノマシンを準備していたと聞いた時はまさかと思いましたが…。
 
 会長、苦労したんですよ、こちらも。。
 何しろゴム弾で倒せと言われたもので、だいぶ時間がかかってしまいまして。
 こちらも敵も、人的被害ゼロで済ませるのは大変でしたよ」

「…悪いね、時期が時期とはいえ。
 殺さないで何とかしろなんて言って…。
 …そのせいでムトウ社長を死なせちゃって、本当に…。
 僕ってやつは…」

「いいの…ナガレ君…。
 父さんも私も覚悟の上だったから…。
 それにちゃんと私を守り切ってくれたでしょ…?
 だから私も、父さんも…気にしてない、から…」

「…ああ。
 分かったよ…」

僕がサヤカ姉さんを抱きしめ返すと、サヤカ姉さんは…笑ってくれた…。
…ああ、本当に良かった。
僕が来る前からひどいことをされて…ムトウ社長を失って…。
悲しみに暮れていたサヤカ姉さんが、笑ってくれてる。
頑張った甲斐があったよね、は、はは…。
…でもエリナ君になんて言い訳しようかな。

あ…。


がくっ…。



「…!
 な、ナガレ君…!?
 だめ、死んじゃったらダメ!!」

「「会長!?」」

僕は力が抜けて、サヤカ姉さんにもたれかかってしまった。
気が抜けたのか…無理しすぎたかな…。

いや…これは…?

「…だ、大丈夫。
 エリナ君とサヤカ姉さんを置いて死んだりしないって…。
 ちょっと…ホシノ君に言われた通りだなって…」

「え!?
 何か、大変なこと!?」

「「まさか、副作用があるんですか!?」」

「そ、そんなところさ…。

 ちょっと…その…」

「「「?」」」


「…し、死ぬほどお腹が減っちゃって…」


「「「「「「「だああああああっ!?」」」」」」」


「…ナガレ君の馬鹿ぁっ!」



「…ご、ごめんね」

捕らえていた敵の男たちも、駆け付けていたゴートもプロスも、
他ネルガルシークレットサービス一同も、まとめて盛大にずっこけた。
サヤカ姉さんだけは本気で心配していたせいか、僕を支えていたせいか、転ばず叫んだ。

…ホシノ君のナノマシンって、本当にすごいお腹が減るようになるものなんだね。
覚悟はしてたけど想像以上だった。
一応、普通のIFS程度の消耗に抑えたとアイ君は言っていたけど、
死ぬくらいの怪我をしたし、すごい戦ったからそりゃそうだよねぇ。

でも…おかげで助かった。

…エリナ君を裏切ってしまったのは、申し訳ないけど。
でも、僕は嬉しかった。

未来では…サヤカ姉さんは事故死していた。
自殺した可能性もあったけど、遺書がなかったから真相は明らかにならなかった。
…僕がハニートラップに引っ掛かって、ネルガルが落ち目になったのもそのあたりだった。
サヤカ姉さんのせいにしたくないけど、あれが一因だったのは間違いなかった…。

僕が、この手で、サヤカ姉さんを救えた。
後悔なんてあるはずない。

…だから、いいんだ。
エリナ君には、これまで以上に尽くして、償えばいい。
大事な人を、守りたい人を失うくらいなら、これから苦労する方が一億倍マシだよ。

サヤカ姉さんを救うのは僕なんだ。
僕のせいでサヤカ姉さんが傷ついたんだから、そんなこと当然じゃないか。

たとえ、それが…。
母さんを泣かせた…最低だと罵った、あのクソ親父と同じ道だとしても…。

…今じゃ、ホシノ君の真似事って、笑われるだけだろうけどね。

あの未来で、僕は一度本当に死んだ。
だったら…もう怖いものなんて、そうはないさ。

君もそうだろ?
ホシノ君…。



















〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島行き用・特別飛行船・ラウンジ──チハヤ
私は…呆然と目の前の光景を見ていた。
テツヤのスイッチは、うまく動作しなかった。
ジュンの言う通りだった…間に合っていたんだ、やっぱり。
でも、そんなことが気にならないほど衝撃的な光景が目の前に広がっていた。

「ぐ…お、お前は…まさか…!?」

「あんた、気づいてるみたいね!
 私もアオイさんも、チハヤを以外のここに乗り込んできた全員が、
 アキト様のナノマシンを導入済みなのよ!
 この間の健康診断の時にね!
 
 サバイバビリティナノマシン・『ダイヤモンドダスト』!
 
 ちょっと効果が出るのに時間がかかって焦ったけど、致命傷はばっちり防いでくれてんの!
 アキト様のナノマシンの解析が終わったから、試作品だけど入れといたのよ!
 この口の血は、吐血じゃなくて口ン中切っちゃっただけ!
 
 アオイさん、ライザさんの拘束を解いて!」

「分かったよ!」

ホシノアキトと全く同じ髪の色、そして瞳の色になったジュンと青葉…。
衝撃的すぎる状況に、私は呆然とするしかなかった。

「くそ…て、てめぇら…!
 どうやってアリーナの爆弾を解除しやがった…!?」

「その辺は後でいくらでも聞かせてやるわよ!
 チハヤ、こいつのボディチェック!
 凶器とか変なスイッチとか持ってないか確認して!」

「あ、はい…」

私は粛々とテツヤのボディチェックを行うしかなかった。
あの夜の、ジュンの気遣いがあったからこそ…。
私はこの土壇場で、テツヤに騙されないですんだ。

「ぷあぁ…。
 ジュン、ありがと…。
 青葉も、大金星ね。
 それに…チハヤ、よく撃たずに我慢できたわね…」

「な、何を偉そうに言ってんの…!
 でも…我慢できたのは、私が耐えられたからじゃないの。
 助けてくれようとしてくれた人がいたから…」

「…それでもよかったわ。
 テツヤは、あなたを殺し屋に仕立てようとしていたんだから」

なんとなく、ライザの言っていたことが分かる…。
わざわざ私に撃たせるなんて、考えてみればおかしいもの。
律義に約束守る奴じゃないって、私も分かってるし。

「…でも、詐欺臭いわよ。
 二人とも。
 死なないナノマシン打ってるなら、
 ヒナギク改二で突入する前に教えてくれればいいのに。
 いじわる…」

「ごめんね、チハヤちゃん。
 今回の対策は全部不確実だったし…敵を欺くには味方からって、口留めされてたんだ。
 死ぬかもって不安ではあったんだよ、途中までは。
 こんな距離で胴を撃たれると、致命傷が防げても、
 着弾の衝撃が強くて、気絶しそうで大変だったんだよ?
 
 チハヤちゃんとの拳銃の取り合いもね」

「あっ…ごめんなさい…」

「気にしないでいいよ、無事に済んだし。
 …さ、ヒナギクに戻ろうか」


私は小さく頷いた。
ジュンの言う通りだわ。
まだ、何とか無事に済んだから許してもらえるんだ。
これが誰か本当に死のうものなら、仕返しすることしか頭になくなる…。
みんなだって私を許してくれるかもしれないけど、全員心に消えない傷を負う。
…今回でさえ、私は一生返しきれないほどの借りが出来てしまったのに。
そんなことになったら…。

「そうね!
 さっさとアリーナに戻んなきゃ!
 アキト様と久しぶりに会えるぅ!」

「…ぶれないわね、青葉」

…全くだわ。
ホシノアキトファンはみんなこんな感じではしゃいでるんでしょうね。
…でも、こんな風になっても大人しくしているテツヤが…悔しそうにもせず、
ただ黙り込んでいるこの男が…私にはどうにも不気味だった…。
もう、なにも覆せないはずのこの状況で…何を企んでいるのかしらね…。
青葉に羽交い締めされて、私にボディチェックされてても何もしないし。

ライザと私が見てれば、そうそううかつなことはできないと、思うけど…。























〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・ステージ──アキト
俺は、先ほどまで地上のどこよりも騒がしかったこのアリーナで…。
完全に静まり返ったこの、大観衆のど真ん中で…。

少しずつ、事情を話していた。

アギトの駆る、ワレモコウの戦闘音はまだまだ遠く…。
俺の声だけがこのアリーナに響いていた。

…そしてほんの三か月前のことを、何年も前のように思い出していた。

ラピスは最低限のことしか教えてくれなかった。
彼女はただ一言だけ、俺に伝えて地球を離れた。

「何が起こっても、アキトが思った通りに行動してね。
 感情を抑えることも、何もしなくていい。
 今、自分がするべきこと、自分がしたいと思っていることを全部我慢しなくていいの。
 …アキトは演技なんてできないから、期待してない。
 代わりにアキトにみんなが合わせるように、仕組んだから。
 
 そのうち、『協力者』が現れるよ。
 分かりやすい状況を作り出して、教えてくれる。
 
 誰もが予想しえなかった人物が来るよ。
 余計なことは考えずに、ありのままに目の前の出来事を受け入れて。
 できるだけアキトには戦わせないように仕組んでくれるはずだから」

…要は、協力者が現れるまでは、いつも通りバカで居ろということらしい。
確かに下手に俺が動くよりは、周りに合わせてもらった方がはるかに確実ではあるけど…。
昔以上に頭の悪い自分が本当に情けなくて嫌だったよな。

けど…だからこそ今、俺も、ユリちゃんも、こうして無事でいられる。
こうして、誰一人欠けることなく生き延びられた。

そしてきっと、彼女も…。

















【三か月前】
〇東京都・ネルガル附属病院・集中治療室─アカツキ

「電気ショック行きます!」


どんっ!


「効果あります!
 もうちょっと頑張って、さつきさん!」

「レオナさんの方は安定しましたから、頑張って!」


僕はさつき君とレオナ君の蘇生に立ち会っていた。
先ほど遺族の方に諭されながらも、青い顔をして謝っているホシノ君を見かけたが…。
僕にも気づかないくらい打ちのめされているのが分かった。
…まあ、こんなことになってしまったら今のホシノ君じゃ耐えきれないだろうね。

──事は、五年前にさかのぼった。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


五年前、ラピスは例の『精神的リハビリ用バーチャルシステム』の応用を考えていた。
そのためにアイ君にバーチャルシステムの調整を行った際、
改めてラズリ君との意識の切り離しを、現実世界でも行えるようにできるのかを相談した。
無論、ラズリ君に気付かれないように、バーチャルシステム内で…。
ラピスもラズリ君もお互いにホシノ君といちゃついてる姿を直接見てしまうと、
嫉妬が抑えられるか怪しいという懸念があったからというの理由だったそうだけど…。

だけどラピスにはもう一つ、別の思惑があった。

ラズリ君に見られずに『悪だくみ』を出来るようにする必要があった。
隠し事が苦手なラズリ君を意図的に『お休み』させる方法を欲しがっていたらしい。
というのも、策を弄するにも『味方も騙さなければ完全には敵を欺けない』ということで…。
ラピスはアイ君に『一時的にラズリ君を強制的にお休みさせる飲み薬』を作らせた。
ホシノ君にサポートしてもらっているとはいえ、まだ精神的な加療は続いていた時期だった。
予備の薬、とでもいって精神安定剤のついでに持たせることは容易だった。

そしてラピスはラズリ君を飲み薬で眠らせ…。
僕たち…僕、アイ君…さらにはPMCマルスの重子君の、わずかな人数の秘密会議を開いた。
本当に最低限過ぎて、どうも大丈夫なのかは不安だったけどね…。
ラピスは開口一番でとんでもないことを言いだした。

「重子の占いを軸にして、アキトとユリを守る方法を確立したいの」

僕とアイ君はひどく狼狽えた。
重子君の占いがここぞの場面でラピスを救ってきたのは事実だった。
とはいえ、自分たちの将来や命まで預けるなんて、さすがに…。
と、思っていたら僕の怪訝そうな表情に気付いたのか、言葉を継ぎ足した。

「あのね、アカツキ。
 …私は重子が居なかったら、二回は確実に死んでるんだから。
 下手したら一生頭上がんないくらいの貸しなのに、
 それをさらに上乗せするのに、
 重子は嫌がりもしないで受けてくれるんだよ。
 そんな風に疑ったら失礼だと思うよ?」

「う…そ、それはそうだろうけどねぇ」

「…ネルガルも占ってもらったら?
 また、どっかで落ち目になっちゃうかもよ?」

…ラピスは意地悪だよねぇ、ホント。
まあ、アイ君もオカルトをきら僕も黙ることにした…ラピスの手腕は僕たちですら勝てないかもしれないレベルだしね。

「それで方法が分かったら、私達と…一人の協力者をスカウトして、動く。
 …で、重要なのは『敵を欺くにはまず味方から』ってこと。
 合計五人で、それ以外の人にはどんな親しい相手でも絶対に話さない。
 アカツキはエリナにも言っちゃダメだし、アイもお母さんたちに言っちゃダメ。
 重子は、占いの総本家にはバレると思うから、
 ついでだから相談してきて。協力してもらえないかって。
 重子だけじゃ不安だって自分で言ってたでしょ?」

「そ、それは全然かまいませんし、
 断られないとは思いますけど…。
 今ここでそういう相談をしているのも、気づいてるはずですし…」

…重子君の家って、なんなんだい?
水野重工は、裏では企業の明日を占う巫女の集団が居るっていう噂は聞いたことがあるけど…。
ほとんど予知能力じゃないか、それは…。

「つまりホシノ君やユリ君すらも巻き込まず、
 最低限の人間で進めるわけだね…。
 占いというのは不安があるけど、そうするしか手がないかもしれないね。
 …バトルアイドルプロジェクトっていうのはちょっと不安要素だけど」

「むー、アカツキ反対してばっかりじゃない。
 ま、いいや。
 全部話したら、納得せざるを得ないはずだし。
 …まずね、重要なことがある。
 内容的には推測の域を出ないけど、例の『因子』の話が絡むことで…。
 ここまでの私達に起こった出来事から考えると可能性は高いことがあるの」

「それはぜひ聞かせてほしいわね。
 何しろ『因子』のことだけは、データがなさ過ぎて推測もできないんだから。
 ラピス、あなたの考えた法則があるってことよね」

「…うん。
 結論から言うけど…。
 アキトとユリにはどこかのタイミングで、
 
 『未来の再現』をしてもらう必要があるの」

アイ君に促されてラピス君が言った言葉…、
…未来の再現?どう言うことだろう。

「未来の再現?
 …そんなことする必要があるのかい?」

「あるの。

 …例の『因果律』と『因子』の件があるでしょ。
 一番問題になる、厄介な部分なの。
 
 私と未来のユリカを巻き込んだあの救出劇の一件…。
 あれは未来を大幅に前倒しして、先んじて起こったことな訳でしょ。
 つまり運命をそのまま放っておくと、
 シャトル事故の再現がどこかしらの勢力で起こされる可能性がゼロじゃないの。
 もしかしたらアキトが人体実験されてしまう可能性だってある。
 
 だったらいっそのこと、
 敵に事を起こされる前に『私達の手で起こしちゃえば』いいのよ」


「「「「「「!!」」」」」」

集められた僕たちに衝撃が走った。
ラピスの言っていることは大げさなことじゃない。
何しろ、僕らの知らないところで『因果律』『因子』という運命をつかさどるものが実在するのが判明している。
これのせいでホシノ君…テンカワアキトという人間と、それを取り巻く人間の運命が必ず狂うことになっていた。

この世界では『因子』がそれぞれ半減しているのに、
起こる出来事はかなり緩和される状況になったにも関わらず、ラピスは絶体絶命の状態に陥った。
テンカワ君とユリカ君の因子を背負って、さらわれて命の危険にさらされることになった。

ボソンジャンプのどうこうではなく、
ホシノ君がどうなるか、世界が戦争に傾くかどうなるかというところだけは違うが…。
おおむね、未来をなぞって先んじて起こってしまった。
クリムゾンが関係しているのは未来と同じだが、全く別の人間の手によってあの事件は起こった。
草壁が抜けていたことによって、木連組織はあの事件に一切絡んでいない。
ホシノ君の味方が未来に比べると圧倒的に多い状況だったし、誘拐されたのが二人ではなく一人になった。
さらに「テンカワユリカが半分入ったラピスをめぐる誘拐劇」では「人体実験が起きていない」。

見事にきっかり、
「本来の因子半分の分だけ」
「未来の出来事の片手落ち分の事件」
が発生したことになる。

そうなると例の遺跡ユリカ君の言っていることが正しいのであれば、
未来の半分程度の因子を持つホシノ君、ユリ君、ラピスはまた未来の事件の再現に遭う可能性はある。
「もう半分」の因子が起こす事件は消化されていないかもしれないんだ。
ホシノ君も、ユリ君も、テンカワ君も、ユリカ君も、ルリ君も、逃れ切っていない。
そう考えた方がいい。

しかし『因果律』と『因子』を欺けるかもしれない方法がある。
僕らの手で未来に起こった出来事を再現してしまうことだ。

意図的にどこかのタイミングで死亡扱いになって、
どのように保護するのが決まっているのであれば、
敵から攻撃されるのを待つよりもこちらが圧倒的に有利になれる。

ホシノ君が死んだとなれば、死体の確認や行き先については必死になって探すだろうが、
敵はこちらの事情を知らないわけだから、この一件に関する追及はその内に打ち切られる。
もし生きてると仮定していたとしても、死亡扱いになったホシノ君を探すのは困難になる。

つまり本来起こる事件を自発的に消化してしまうことで、
『フリ』で世界を誤魔化して、
『因果律』と『因子』の支配から逃れてしまおうと言うことだ。

なんとも儀式めいている、オカルトめいていることではあるけど、
どうも世界の仕組み上、事件は『誰の手でおこされても結末が同じならよい』みたいだし。
自分の命を守るのと、自分の因果律から逃れるのを同時に行えてまさに一石二鳥ってことだね。

そうでなければ未来で起こったテンカワ君とユリカ君の誘拐…。
「木連の恨みと地球勢力の利潤追求が組み合わさったボソンジャンプ解明」の計画。
この計画に代わるラピス誘拐事件が、木連勢力なしの片手落ちの状態のまま進行するわけがない、と。

なるほど、そう考えると納得がいくね。
しかもこれは本来悲劇に見舞われるはずのテンカワ君とユリカ君にも利益が大きい。
今までの出来事を考えるとホシノ君とテンカワ君、ユリとユリカ君は同じ因子を持っているけど、
『同時並行的に同じ事件を消化する』ということは発生していない。

実際、テンカワ君とユリカ君はこの戦争の最中では注目されてはいるが、
未来のように目の敵にされていない。
ホシノ君だけにほぼ集中して敵の目が向いている。
未来と同じようなことが起こるのはホシノ君だけ、という状況はすでに出来上がっている。

つまり、ホシノ君とユリ君が『未来のテンカワ君とユリカ君の悲劇をなぞる動き』をすれば、
テンカワ君とユリカ君は自動的にそのあたりから逃れていられる。

……なんてこったってやつだよ。
推測にすぎないとは言い切れない、ラピスの推測…。
構造さえ理解してしまえば、因果律を逆算して全員を助ける術が導き出せるってことか。

ラピスの仮説をここまでの出来事と照らし合わせて、アイ君は深く頷いていた。
アイ君は当然だがボソンジャンプの研究について僕らの一歩も二歩も先を行く。
そのアイ君が納得するのだから、科学的知見からもこの仮説はある程度の説得力があるということだろうね。

…昔、そんな漫画を読んだことがあったな。
ある少年の子孫が、悲惨な一族の未来を変えるために少年の配偶者を変えてしまおうとする物語だ。
本来であればタイムパラドックスが起こって子孫が消滅する可能性すらあるはずだが、

『東京から大阪に移動するのに移動手段が飛行機でも車でも新幹線でも船でも変わりはなく到着する』

という理論で、特に問題なし、と判断される話だった。
それを現実でやってしまおうということだ。
たしかにここまでで起きている出来事は、
順序やタイミングは異なっているが未来をなぞっている部分が多い。

『アイ君はボソンジャンプに巻き込まれ、フレサンジュ家に引き取られ、
 イネス博士になる(名前はアイだがイネス博士の意識が入る)』

『テンカワアキト君がコック兼任パイロットになる』

『ナデシコが連合軍と協力するようになる』

『火星で死闘を演じるが、
 火星に残された難民を救助するという目的は達成できない。
(火星の生き残りは死ぬのではなく火星に残るように変化、
 目的は救助ではなくなり、地球への移民に移動に変化)』

『遺跡にアイ君が接触、テンカワアキト君も同じくたどり着く』

『連合軍と本人の都合でホシノアキト君はナデシコを降りることになる。
 代わりにテンカワアキト君が戦後まで戦う』

『地球と木連の和平を阻止するための暗殺が起こる。
 九十九の代わりにミスマル提督が撃たれる、しかし瀕死で死んでない』

『木連は地球と和解、統合軍が誕生する』

『テンカワ君とユリカ君が結婚する』

『ルリ君はピースランドにたどり着き、
 ピースランドの肉親とは別れる(和解できるところは違う)』

『ホシノアキト君がラズリ君(テンカワユリカ)を救出するために、
 ナデシコクルーに助けられながら、救出に成功する』

『ルリ君が敵の動きを止めるために電子制圧のようにネットの世界を制圧した』

細かい出来事は全然違うといえるけど、
はっきり言って『方法が違うがたどり着いたところは一緒』だ。
被害者が出なくなったり、もろもろ片手落ちになってるところも多いけどね。
となると…問題になるのは、

事件の最後が『テンカワ君がユリカ君とルリ君の元から離れる』だったこと。
けど、これもいくらでも覆せる。

ぶっちゃけ、離れたら戻ってきていいんだからちょっと席外すだけでも達成できちゃうわけ。
後は本人の意思次第、状況次第ってことだよねぇ。
いいね。片手落ち、結構じゃないか。

…でもこのあたりを『占い』で決定しちゃうってのは、やっぱ冷や汗ものだよねぇ。

ちなみに重子君は占いの術を使うために定期的な修行が必要だそうで、
元々実家の本家で「本家の占い」ではない占いが得意だったこともあり、
元々三女だったこともあって、立ち位置的に重要視されてなかったらしい。
しかし、突如ホシノ君の出現で「星が大きく動いてしまった」ために、
五年前に重子君は本家に呼び出されてラピスを助けるために奔走したわけで…。
…まあ実家の占い総本家が全員協力したら、すぐにもろもろ解決しそうだけどね。

ちなみにホシノ君のことはその本家をして特別な人間だと呼ばれているらしい。
水野や明日香の会社を長年持たせている占いとも呼ばれているほどの本物の神託だと言われてるのに、
ホシノ君はその神託が思いっきり狂うほどの運命の変動を起こし、
地球の命運を変えてしまう『星の皇子』と呼ばれているとか…。

…現実に『主人公補正』ってモンがあったらそういうもんだろうねぇ。

そして、ラピスの…。
『黒い皇子』のパートナーだった黒い部分、ユリカ君の遺伝子が生み出す超絶的な戦略眼と頭脳の回転、
僕とエリナ君の企業のドス黒い付き合いに向かっていくだけのタフさと負けん気が混ざった、
まさに『稀代の悪党』とも呼ぶべき、このかわいい小悪魔の剛腕ぶりに…。
僕たちは従ってしまうことしかできなかったわけで…。
本当にラピスに、ネルガルを預けたらとんでもないことになるんだろうなぁって。

…でも、彼女が指名した『協力者』の名前を聞いて、僕たちは意識がぶっ飛ぶかと思った。
ま、まさか彼女に…そんな大役を任せるなんてね…。

はは…シャレにならないや…。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



そして…現在。
占いに従って、僕たちは下準備を続けた。
今日、その占い通りにさつき君とレオナ君は、
ツインツイスターのイツキ君とアサミ君を守って瀕死に陥った。
だが、こちらも二人を確実に助けるために、例のナノマシンを準備していた…。
ホシノ君の持つ、サバイバビリティを極限まで高めることのできる…。
『銃弾にも耐え、一時間以上の心停止による酸欠にも耐える事が出来るようになる』ナノマシンを…。
このナノマシンのおかげで、かろうじて二人の蘇生には成功した。
とはいえ、意識不明のままで全然目覚めないんだけどね。

ホシノ君が涙の記者会見を終えて、焦燥しきってる時に僕が飲みに誘う体で連れて来た。
この段階でホシノ君に話せば、世間はさつき君とレオナ君の死亡を疑わないから。
ホシノ君は大根役者だからね、マジに泣いてもらわないと困るわけで…。

それでも、ホシノ君のまだ表情は曇っていた。

「…実はラピスの提案で、五年前の時点で、
 この時期に命が危険になる人間だけを占ってもらっていたんだ。
 重子君の実家、占いの総本家総出でね。

 今回はさつき君とレオナ君だけが、死亡すると出ていた。

 他のメンバーは、命の危険がないって出たからってさ。
 だから、二人には君のナノマシンを入れて…。
 銃弾を受けてもなんとか死なないようにしたんだ
 これで二人は助かると占いに出てくれていた。
 
 君が居る時…死亡確認した時に、蘇生を開始したんだ。
 二人に投与された君のサバイバビリティを高めるタイプのナノマシンは、
 寿命を延ばすためのAH型うるう年ナノマシンと違い、表立った公表はしてない。
 アイ君の頭脳でさえこのナノマシンの解析は間に合ってないから、公表できないっていうのもあるけど…。
 このトリックを破られることは、君を生かすための計画がバレるのと同じだからね。
 
 けど…やっぱりそう簡単にはいかなかった。
 身体は治りかけてるけど、二人の意識が戻らないんだ」
 
「…なんで、なんでこんなバカなことを…」

「…分かってるんだろう、ホシノ君。
 こうでもしないと、二人は助かったかもしれないがイツキ君とアサミ君は死んでいた。
 君も本心であの演説をできなかっただろ?
 
 君が本心で、あの場でああ言ってくれることで、
 ラピスの計画通り、君が死ぬ振りをする時に自殺者を出さないで済むようになる。
 もし君が俳優業をもうちょっと頑張ってれば、
 大根役者じゃなければ、ここまでやらないでも済んだんだ。
 
 …ここまで全部ラピスの仕込みだよ。
 いや、本当に末恐ろしいよね」

「だが!」

「…いいか、ホシノ君。
 君は詐欺師になれるタイプじゃない。
 『君が騙した』んじゃなく『君が騙されて』いた形でなければこの作戦は通らない。
 気づかないうちに騙すのに加担していた形にしないと、馬鹿正直な君の場合は気づかれる。
 だからラピスは最初から君を巻き込まず、こういう方式を考えたんだ。

 そのために二人も命を賭けてくれた。
 自分たちの命がなくなるかもしれないというのに、ね。
 
 やり方が気に入らないのは分かってるさ。
 ラピスにも言いたいことが山ほどあるだろうが、少しだけ我慢してくれないか。
 分からないことが起こるってのは不安になるし、不満だろうけど…。
 
 僕だって今回はサポートとして入るからこうして事情を知ってたけど
 君が未来の世界で『死亡扱い』されたのを再現するってこと以外、
 詳しい計画は聞いちゃいないんだよ。
 
 今回の事を北斗君にも黙っていたのはそのせいなんだ」

「…全く、一杯食わされたのは腹立たしいな。
 どうせあのアギトってやつもラピスの協力者の差し金だろうが。
 そうでなければクローンが作れるってなれば複数人作って襲わせるはずだ。
 試験型だったとしても付き添いなしというのはあり得ん」

「あれは僕の仕込みじゃない。
 協力者の仕込みかもしれないけど、
 もしかしたらマジに敵の可能性があるよ」

「…確かに俺と互角に渡り合えるヤツをそうそう作れるわけがないか。
 しかも昴氣を使わずに…どんな改造人間なんだか」

「だよな…。
 そんなことができそうなDたちを作った連中は逮捕されてるし、
 俺たちの仲間には人体改造するような人は…。
 う、ウリバタケさんはやりかねないけど、さすがにやらない…と思う…」

二人を何とか誤魔化せたようで、僕はため息を吐いた。
まあ僕は詳しく知らない…が、これも彼女の仕込みだと確信している。
僕はアギトの仕込みに関わってないんだよね。
どうやったのかは知らないけど、ラピスの指名した『協力者』がやらかしたんだろう。
僕も彼女には、アギトがらみで必要になると思う資材とかは提供したけどさ。
テロリストに襲撃されたって虚偽の説明をしてごまかした…。
…誰がどう使うのか、なんとなく想像がつくけどね、あのエステバリス用資材。

「なら油断は出来んな」

「はぁ…。
 別の対策を思いつけない、バカな自分が嫌になったのは久しぶりだよ…。
 分かった…。
 俺がしっかりしてればっていうのも事実だしな。
 
 それより、二人が助かったことはご家族には言ってあるのか?
 一応葬式もしてしまったし、死亡届だって…」

「できれば秘密を守るためにもご遺族にも黙っておきたいくらいなんだけど、
 彼らのご家族の心を傷つけるのは不本意だからね。
 一応、これから来てくれることになっているよ。
 息を吹き返したけど意識が戻らないから見舞って欲しいってね。

 だけど、その前にやらなきゃいけないことがあるんだよ」

「え?」

「君は…。
 この世界で意識を覚醒した時、
 そして心臓を撃たれて瀕死の重傷を負って意識を回復した時、
 二度ともユリ君が近くにいる状況だっただろう?」

「あ、ああ…。
 それがどうした?」

「アイ君に、その時の状況と、二度目の出来事のことを話したら、
 色々と君の身体のデータと照らし合わせて仮説を立ててくれた。
 いや、仮説というよりはほぼ確信に近いことなんだけどねぇ。
 
 まず、どちらのケースも『意識を回復できているが体が動かせない状態』になっているだろう。
 その原因は『ナノマシンのバッテリー切れ』だった可能性があるってさ」

「そう、なのか?」

「ちなみにその時に君の髪の色が真っ黒になってたってこともこの仮説を裏付けてる要素だよ。
 ナノマシンの稼働状況をチェックする用途に使われているそうだし。
 
 で…ちょっと君の『サバイバビリティを高めるナノマシン』には欠点があってね。
 居座る場所が問題なんだ。
 脳の運動神経の部分をふさぐ形で定着しちゃうらしくて。
 ナノマシンのバッテリーが潤沢な時はちゃんと電気信号を渡してくれるんだけど、
 バッテリー切れを起こすと運動用の電気信号も充電のために全部奪っちゃうそうなんだよねぇ」

「…?
 それで?」

「二人とも脳波を見る限りすでに目覚めてるんだよ。
 今も僕らの話も聞いてくれてると思うんだ。
 で、ホシノ君に問題だ。
 
 最近じゃ絶滅危惧種のガソリン自動車あるだろ。
 バッテリーじゃ動かないけど、バッテリー切れを起こしたらセルが回らない。
 だから応急処置をする場合は、直接バッテリーを充電するか、
 車のエンジンをひとまずかけられる状態にして、エンジンから充電できるようにする必要がある。
 そうなるとエンジンをかかけるために別の車両やバッテリーから電気を引っ張るための、
 ブースターケーブルが必要になるだろ?」

「そうだな」

「で、君は二回目の時、ユリ君に人工呼吸をしてもらって立ち直った。
 あれは肺が動いたからじゃないんだよ。
 君がナノマシンのバッテリーをユリ君にもらったから動けるようになったんだ。

 二人は君と違ってバッテリー切れになるほど多量のナノマシンを持ってないだろう?
 だからほっといても何週間かすれば動けるようになるかもしれない。
 
 でも、回復には時間がかかるわけだよね。見立ては推測にすぎないし。
 ホシノ君の場合は…最初に倒れていた時は二ヶ月程度倒れていたんだっけか。
 下手するとナノマシンのバッテリーが充電されるまでにそれくらいかかるわけで…」

「…アカツキ会長、まだるっこしいぞ。
 よくわからん。
 俺に分からんのに、バカなホシノが分かるわけないだろ」

「そ、そうだぞ」

ホシノ君は情けなさそうに頷いた。
…ホシノ君は本当にテンカワ君時代より頭が悪いよね。
アイ君曰く、もうそろそろ年相応に脳の神経が発達するはずだからと言ってたけど…。

「…アイ君の説明癖が移ったかな。
 えーと、ざっくり言うとね。
 彼女たちの回復が、君の生存にも関わってくる。
 だからユリ君と同じように…。
 
 粘膜的な接触でナノマシンのバッテリーを渡してほしいのさ」

「どっかで聞いたような…。

 ……あ、あ…!?
 
 
 あーーーーーーーっ!!!?」


「そうだ、テンカワ君だった君が、ユリカ君と遺跡上での戦いの最中にそうしたように。
 ホシノ君になった君に、ユリ君がしてくれたように。
 
 唇と唇で、粘膜的な接触をしてあげる必要があるってことさ」

「つまり、接吻する必要があると」


「あ”っ…」


ぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっぴっ…。



…二人の心電図がすごい短いピッチでなるようになったね。
やっぱりばっちり聞いてるね。
意識は戻ってるけど、動けない…。
ホシノ君の一度目の昏睡状態に近いってことだね。

ホシノ君は完全に凍り付いている。
元々身持ちが硬いホシノ君だったが、子供が生まれるってことで愛妻家ぶりに拍車がかかっていた。
そんなホシノ君には、この重責はきつかったらしい。

「な、なあアカツキ…。
 ほかに方法あるだろ…?
 バッテリー切れなんだから、電気を流すとか…」

「…できなくはないだろうけど、ナノマシンが居座ってるのは運動神経の部分だからねぇ。
 下手に脳に直に電極さしたらロボトミーだよ?
 元々ナノマシンって人の微弱な電流やカロリーを消費する構造だから割とアバウトなんだよねぇ。
 電流が過剰に流れてもナノマシンは死滅しないし、過剰に動いたりもしないのは設計上分かってるんだけど。
 かといって筋肉に電気信号を与える電極パッドの類でもうまくいくかも分からないし…。
 時間がかかりすぎたり人体実験になるようなことは避けないとダメだろ。

 IFS強化体質者、マシンチャイルドのキスで目覚めるのが手っ取り早いんだからさっさとしなよ。
 ユリ君だって事情知ったらビンタ一発で済ませてくれるんだから。
 
 …とはいえ君もバッテリーにはあんまり余裕がないだろうからあんまりあげ過ぎてもダメだけどねぇ」
 
「うっ…」

ホシノ君は人体実験にトラウマがあるせいで積極的に反論できない。
…まあアイ君の事だから頼めば数日中にはナノマシン用の充電器くらいは作るんだろうけど、
今回の場合はナノマシンの位置が悪すぎるからねぇ。
除去するにもちょっと手間取るし。
蘇生の条件が簡単で手っ取り早いから、今回は応急処置ってことで妥協してくれないと。
今回のデータを持って、ホシノ君のナノマシンの解析が進むことを祈るしかないよねぇ。

「早くしなよ、ホシノ君。
 こんなに心電図が激しく動いたらナースが駆けつけてくると思うよ。

 お姫様は王子様のキスで目覚めるのが定番だろ。
 …今日だけはお姫様にしてあげなよ」
 
「わ、わかったよぉ…。
 うう…ユリちゃんごめん…」

誠実なのは評価されるべきだろうけど、ホシノ君の場合、極端なんだよねぇ。
同じような状況でも人工呼吸躊躇って死なせそうだよ、全く。
ホシノ君は小さくためいきを吐いて…さつき君に向かって話しかけた。

「さつきちゃん、危ないことしていっぱい怒らないといけないこともあるけど…。
 でも、まずはお礼をしなきゃひどいよね。
 …俺たちのために、命を賭けてくれたんだから。
 ありがと…」


ちゅっ。



ホシノ君は、さつき君に静かにキスをした。
そうするとさつき君の髪の色まで真っ白くなって…顔にもナノマシンの紋章が輝いた。。
ああ、やっぱり動作確認用のナノマシンって動くんだね…撃たれた時に動かなくてよかったよね。
これがバレると全部おじゃんだからねぇ。

あ、さつき君の目が開いて…涙をこぼして嬉しがって…。
さつき君もせっかく蘇生してもらってるのに、
死んでもいいって思っちゃってそうだねぇ。これは。


「「「さつきっ!」」」


ガラッ。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


「「「「「あああああーーーーーっ!?!?」」」」」



「「っっっ!?!?」」



ほんの五秒くらいだったけど、病室の空気が凍り付いた。
ホシノ君がキスしている間にさつき君のご家族が入ってきてしまった。
……相変わらずタイミングが悪いね。
ホシノ君って男は。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


ホシノ君は、さつき君のご家族に土下座して平謝りするハメになった。
僕は蘇生のために人工呼吸をしたとフォローをいれたけど、
さつき君がホシノ君そっくりの見た目になっちゃったもんだから、全員パニック状態だった。
蘇生のお礼を言う人もいれば、奇跡を起こしたとか、責任は取ってくれるのかとか…。
こんな情報量が多い出来事を見たら、受け入れるのが難しくなるだろうね、色々と。

…これ、外部に漏れたら「ホシノアキトの浮気疑惑」のゴシップじゃなくて、
「奇跡!ホシノアキトのキスは死人もよみがえらせる」とか、
オカルトの方面で話題になっちゃう気がするよね。
いや、仕組みはナノマシンのせいなだけなんだけど…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


その後、さつき君当人が僕たちの話していたことをまとめて話してくれたので、
一応、場は収まってくれた。
説明中にナースが駆けつけて、さつき君の姿を見てパニックになったりはしたんだけど…。
とりあえず、さつき君のご家族に事情の説明と、
事が落ち着くまではさつき君を死亡扱いにしておいて欲しいという話をした。
これから起こることで本当にさつき君が死ぬかもしれないと聞かされて、
ご家族一同、黙り込んでいたけど…。

「ごめんね、みんな。
 私、死ぬかもしれなくても、アキト様を助けたいの。
 五年前からずっとそう。
 勝てるか分からない初戦の時からずぅっとね。
 だから、私がどんな死に方をしても…後悔しないでね…。
 
 …ユリさん以外は絶対世界中誰もしてもらえないはずの、
 大事なアキト様とのキスの邪魔したんだから、

 これくらいのわがまま聞いてよね?」

と言われて、苦笑とともにご家族全員が頷いた。
そして、さつき君のご家族全員が帰った後…。
ホシノ君はレオナ君にも同じように蘇生のキスをしたところで…。

…再びレオナ君の家族が来てしまう、
というお笑いにおける「天丼」をかましてしまった。

…ああ、本当にホシノ君はお笑いの星にも愛されてるよ。
二度目はさすがに僕もフォローより先に爆笑しちゃったよね…。

「それじゃ、二人とも…また後でね。
 一応、昴氣で直したけど、精密検査もあるし…。
 養生しててね」

「「はい!」」

二人とも元気に、ニコニコして返事をしてくれた。
でもちょっとホシノ君は気が利かないよねぇ。
僕はホシノ君に耳打ちした。

「おい、ホシノ君ちょっと。
 ごにょごにょ……」
 
「ええっ!?
 お、おま、お前何言ってんだよぉ!?」

「バカも相変わらずだよね、はっはっは。
 …それくらい言ってあげなきゃ、また無茶するよ。
 君のためなら命をいくらでも捨てるんだからさ」

「う、う、う…」

ホシノ君は顔を真っ赤にして躊躇していたが、二人にゆっくり近づいて行った。
相変わらず流されやすいっていうか、素直っていうか…。
そして蚊の羽音のような消えそうな声で、ささやいた。

「二人とも、たくさん力を借りることになるだろうけど…。
 …こ、ことが済んだら…ちゃんと…。
 あ、熱い、き、キスしてあげるから…その…。
 
 …ちゃんと無事に生きててね」

「「!!」」

ホシノ君が耳まで真っ赤になって必死にささやいた言葉を聞いて、
さつき君とレオナ君はぽろぽろ涙を流しながら、何度も深く頷いた。

…これ知られたらユリ君でもさすがに怒るだろうけどねぇ。
他のゴールドセインツのメンバーにはとてもじゃないけど知られたら一生恨まれそうだよね。

……まあ、言わせた僕が言うのもなんだけどね。

そして、その夜…。
僕はホシノ君のヤケ酒に付き合わされた。
僕はさつき君とレオナ君の生還の祝い酒のつもりだったんだけど…。
ホシノ君は酒に弱いくせにやけになって飲むもんだから、
速攻でぐでんぐでんになって、ぐちぐち言い始めた。

「お、おれは…なんで毎度毎度アカツキに…こう…。
 利用されるっていうか…乗せられるっていうか……。
 なんでみんなして俺を騙すとか、利用するとか…。
 そんなことばっかりなんだよ…」

「諦めたまえよ。
 君はつける薬もない、とてつもないバカなんだから。
 これを聞かれたらエリナ君には怒られそうだけどさ、
 『君が浮気するっていう因果律』ってのも満たせたんだから、
 これ以上はないって思えばいいじゃないか。
 本格的な浮気じゃなくてキスで済んでるんだからさ」

「く…くぅ…。
 は、反論できない…バカな自分がだいっきらいだ…」

…しかもバカな上に、今は絡み酒してる酔っ払いだから、呂律も頭も回ってない。
そんな自覚があるというか、ここまで飲んで酒に飲まれても実は酔いきれてない、
バカすぎる親友をそれなりに気の毒に思った…。

……僕も表面上慰めてても、内心じゃ爆笑してたんだけどさ。















【二ヶ月半前】
〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ・近海──ホシノアキト
俺はアギトとの言い合い直後、精神的な消耗から立ち直るために意識を集中しようとしていた。
アカツキの仕込みじゃないっていうなら、こいつは本当に俺のクローンなんだろう。

…俺は、こいつを殺して止めるしかないのか!?

だが、アギトは突如…挑発のつもりかアサルトピットを開いた。
俺がアサルトピットを撃ちぬくつもりだったら、いや、何かしら攻撃をするつもりだったら、
アギトはただでは済まないはずだ。なのに、何故…。

と、思った時、俺と北斗は驚愕した。
アギトの後ろにいる、ナナホシと言われていた北斗のクローンが、
突如自分の顔の皮をはぐようにして…恐らくは変装用のマスクだけど、それをはぎ取った。
その下にある顔に、俺たちはひどく狼狽えた。
彼女は…木星に向かってるはずの、ここにいてはいけないはずの彼女だった。
同時に、俺たちと互角以上に戦えた理由を知ることになった。
…なるほど、そういうことだったのか。

俺たちはこの戦いが仕組まれた、ラピスの策の一つだと気づいた。
ラピスがどうしてこんな方法をとったのか分からなかったけど…。

その直後、アギトの後ろにいる人物が、
申し訳なさそうにブロックサインで合図したのを見て、
俺は苦笑するしかなかった。
ああ。そういうことか。
この作戦を考えた人物が、鈍い俺にも分かった。

アギトが現れたタイミング。
『ダイヤモンドプリンセス』のあのシーンに酷似したこのシチュエーション。
俺たちの戦いを映しているドローンの位置。
この『全世界王子様決定戦』という大会を主催すること…。

全てをできる人物は、たった一人しかいない。
映画のシチュエーションに寄せた合図を取らせる可能性がある人物も、一人しかいない。

そして俺たちは、全力の戦いのフリをしながら、
最後は済んでのところで寸止めした抜き打ちで、相討ちのように海に落ちた…。
後はどうにかなるはず…だが。

「うおおおおお!?
 へ、ヘルメット忘れてた!!」

「馬鹿!
 ヘルメットくらい準備しておけよ!」

…だが、想定外に俺とアギトはお互いにギリギリのところで寸止めしてしまったので、
アサルトピットが盛大に浸水してしまった。
それでも、なんとか…海中の中には助けが居た。


『『アキト様!お迎えに上がりましたーっ♪』』



五年前、俺の代わりに戦ってくれていた…さつきちゃんたちの『ヒナギク改』。
かろうじてエステバリスを三台程度積載できるように改良されたそれが、
海中で俺たちのブローディアと、ワレモコウをかろうじて格納してくれた。
アサルトピットは完全に水没しちゃって排水までは我慢してないといけなかったが、
それほど危ない状態ではなかった。
けど、ワレモコウに乗っていた二人は慌ててヘルメットを着けて溺れるのを防いでいた。
びしょびしょなので、かろうじて一つだけある簡易シャワーを立ち代わり浴びて、
俺たちは一息つくことが出来た。
そして…。

「とりあえず無事に済んだのはいいんだけど…。
 …詳しい事情を聞かせてくれる?
 えっと…アギトに…。

 
 …サラちゃん」



















【一ヶ月半前】
〇地球・埼玉県・飛行場・プライベートジェット客室──ユリ
武装集団に銃を突きつけられて、私は覚悟を決めるしかありませんでした。
これで終わってしまうのは悔しいですけど…もう、抵抗のしようがないです。

パンッ!

私は目をつぶって、撃たれて死ぬ衝撃の大きさに備えました。
死んだらアキトさんに会える、だから我慢できる、そう思って…。
でも発砲音はしたけど、一向に痛みは訪れない。
もう、死んじゃったのかな…。

「…ミスマルユリ、目を開けろ」

「…え?」

どうやら空砲だったようで、私には傷一つつきませんでした。
そして私が目を開けると、目の前の男は小さくため息を吐いて、
ゴーグルと頭を覆うマスクをはずして、私を見てくれました。
あ…!

「あ、あ、あ、あ……。


 あーーーーーーーーーっ!」



私は大絶叫して驚いてしまいました。
まさか私を殺そうとした人が、一番会いたかった人だなんて思いもしませんでした。
私は何秒か呆然と、急に現れたアキトさんを見つめてしまいました。

「…ごめんね、ユリちゃん。
 本当はピースランドについてから合流する予定だったんだけど…。
 ユリちゃんがジェット機で飛び立つ前が一番危ないから備えてたんだ」

「あ、あきっ……。


 ~~~~っ!!

 う…。
 
 うううっ。
 
 うううう~~~~~~っ!!



 …アキトさぁあぁあぁああぁぁあああんっ!!」




「うわぁ!?」

私はなりふり構わず、アキトさんに抱き着きました。
お腹には気を付けてましたけど、もう、何が何だかわからない状態になっちゃって…。
アキトさんが生きてるのが嬉しすぎて、止まれません。
涙はボロボロこぼれちゃいますし、離れたくないですし、何も考えられないです…。

アキトさんに生きて会えた、しかも助けてくれた。
こんなに嬉しいこと、ありません…。


ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…。


「わ、わ、わぁ、ユリちゃん、

 ごめん、黙っててごめん!
 
 許して!
 
 許してってば…ぁ!」


私がアキトさんの顔中にキスをすると、アキトさんは困っているようでしたけど、
そんなの関係ありません。
知りません。
許してあげません。
私がこの一ヶ月、どれくらい不安だったのか知りもしないで…。
あ…。

「うむぅっ!?」

「ん…」

あ…アキトさんが応えてくれた…唇を重ねてくれて…。
胸がいっぱいです…。
もう二度とこんなことないと思ってたのに。
キスってこんなに幸せだったんですね…忘れそうになってました。

「あー、再会が嬉しいのは分かるが、
 事後処理があるからそろそろやめろ」

「あ、ご、ごめん、北斗」

「えっ!?北斗さん!?」

私が声がした方向を見ると、北斗さんが居ました。
アキトさんが生きていたなら北斗さんも生きていても不思議はありませんけど…。
一緒に乗り込んできたんでしょうか。でもなんで…。

「親父、いつまで伸びてる。
 とっとと帰るぞ」

「む…もう少し休ませてくれ…。
 か、加減をしてほしかったぞ…。
 木星から持ってきた愛刀まで折ってからに…とほほ」

「知るか。
 ナマクラ刀なんぞ、スバルのじいさまの知り合いに打ち直してもらえ。
 ぶっ殺されなかっただけありがたく思っとけ」

北斗さんはそう言いながらも昴氣で治療をしているようでした。
照れてるんですかね。
精神的には男性らしいのでそういうところあるみたいですけど。



・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



そして私たちは、ネルガルの人たちに事後処理をお願いして、
かつてはぐれトカゲの処理に使っていたヒナギク改…。
…をさらに改装してステルス他機能追加を施されたヒナギク改二に乗り込み、
ひとまず事情の説明をしてもらうことになりました、が…。

「「ユリさん、ごめんなさい!!」」

…私達がヒナギク改二に乗り込んだそばから、
死んだはずのさつきさんとレオナさんが現れ、私に誤ってきました。
呆然と二人を見ていると、事情を説明してくれました。

どうやら二人はアキトさんのナノマシンを導入していて生き残っていたそうです。
死んだふりをした際に、蘇生のため、ナノマシンバッテリーの充電をする時にアキトさんとキスをしたとかで…。
…ナノマシンバッテリーの枯渇、だったんですね、アキトさんが最初に二ヶ月も起きれなかったのって。
キスで充電できるって知ってたらもうちょっと楽ができたのに…はぁ。


ばちんっ。



「アキトさん、浮気したって思ってないですし、仕方ないとは思ってます。
 でも、純粋にムカつくんで。
 あと、生きてるの黙ってたのは怒ってるんで」

「…はい」

仕方ないことだったかもしれないですけど、
これは非常に腹が立ってしまったので手が出てしまいました…教育的指導です。
ま、ビンタ一発で許してあげる程度でいいでしょう。

…でもその後、アカツキさんにそそのかされて事件が済んで生きて戻れたらという約束で、
さつきさんとレオナさんにもう一回キスすると約束したことまで勝手に白状したんで、
今度は平手じゃなくて掌底打ちで逆の頬をぶん殴ってあげました。
…はぁ、こんくらいで済ませるの間違ってる気がするんですけど、
さつきさんとレオナさんを巻き込んでる自覚はありますし、
アキトさんも無事に帰って来てくれたことと、助けてくれたこともあるので、
次はありませんよ、と念を押しまくって許しました。
まったく…。

それから私達は一息つくためにお茶を淹れて、事情を話し始めました。

なんとラピスはアキトが死んだことにして世の中がどのように動くかを知るべきだ、と考えていたようです。

これは一回しか使えない手なので、できればラピスは自分で実行したかったようですが、
自分がアキトさんのブレーンだとバレているのでは、タイミングによっては敵に策がバレる可能性もある。
何より、ラピスが主導であると読まれれば、分断した時に正しく対応できなくなるから、
別の作戦を取れるようにしようと考えていたそうです。
しかも、ラズリさんに気付かれないように、ラズリさんの意識だけを失わせる薬まで作っていたとかで…。
そこまでして、私達まで騙してそんなことを…呆れるっていうか、ムカつきますね。

「…それで、このバカげた計画の首謀者は誰なんですか?」

「それが…」

「私ですわ♪」

「ええっ!?」

突如、狭いヒナギクの中でどこからか現れた…アクアクリムゾン、もといアクアマリンが…。
私の後ろで満面の笑みをたたえて立ってました。
…相手に悟られないようにととった方法とは
あのアクアに全権を任せるという方法だったと。

私は呆れ果ててしまいました。

…アクアは経歴上、私達に迷惑をかけた側であり、映画を撮ったりはしてますが親交はありません。
クリムゾンからもアキトさんの味方には属していないと認識されています。
実際、映画で成功したので映画業界のコネクションはありますが、
裏の世界や権力とのつながりはほぼなく、
私達とも表だって接触する回数は少なく、『ダイヤモンドプリンセス』の版権以外のやり取りはありません。
そのため、クリムゾンのマークにも引っ掛かりようがありません。
アクアをけしかけたクリムゾンも、和解できたとしてもこっちがそこまで心を許すとは考えないでしょうし。
つまりアクアは、ほぼノーマークで動ける状態になっていました。

しかしその実、一度は私達を完全に陥れた恐るべき手腕を持っています。
末席とはいえさすがクリムゾンの孫娘、というべきでしょう。

ラピスは「この素晴らしい人材を放っておく手はない」と考え、自分の代理人として指名しました。
『アキトさんの本当の秘密』を教えるという条件を付けたら二つ返事でOKを取ってくれました。
そして、ピースランドから支援を受け、ひそかに預けた口座の資金を使って、
アクアの悪だくみが始めった…と言うことらしいです。
ちなみに計画書のやり取りは、念を入れて怪しまれてしまわないように、
ダイヤモンドプリンセス外伝の少女漫画家にネームとして描いてもらい、
それをアギトたちに渡していたとかで…。
手が込んでますし、ピースランドの時のラピスそっくりの手口ですね…。

ちなみに、彼女が受け取る協力への報酬は『アキトさんの秘密』で支払い済みだとかで。
ボソンジャンプの事も、全部洗いざらい聞かせてもらったらしいです。
外部には漏らさないってことにはなりましたが、映画との共通点も多く、
感動するやら、古傷をえぐる映画を取らせてしまった事を謝るやら大変だったとか。
…バカの極みですね。もはや。

「…はあ。
 まんまとアクアの脚本通りに騙されたわけですね、私まで」

「おほほ♪」

「そう言わないでよユリちゃん。
 俺だってギリギリまで騙されてたんだから」

「まったくだ。
 あの追い込み方はさすがの俺も焦ったぞ」

「そういえば、アギトっていうのも彼女の仕込みなんですか?
 じゃあ、クローンっていうのは…」

「…半分は本当で半分は嘘なんだよ」

「え?」

「邪魔するぞ」

…!?
アギトが、ここに…いえ、しかもその後ろに居るのは…!?

「え!?
 アギトだけじゃなくて、なんでサラさんまで!?」

「えーと、話すと長くなるんだけど…」

アキトさんは、さつきさんとレオナさんの死亡時以前から順を追って話し始めました。

まず、『ツインツイスター襲撃事件』の一件は、本当に敵からの襲撃でした。
しかし、それは予期されていたもので、五年前に重子さんが占いで知っていました。
まずは、ラピス、アイ、重子さん、アカツキさんの四人で計画に必要なことを洗い出し、
アカツキさん経由でピースランドからの計画支援金を得られることを確約。
ワレモコウの制作資材、ステルス性能と海中での航行機能を備えたヒナギク改二の改造などの計画は、
全てアカツキさん経由の、ウリバタケさん受注で行われていたそうです。
ちなみに何かあった時用にピースランドで、
ナデシコAのパーツを少しずつ届けて再建造して完成しているとか。
…はぁ、なんでいちいちそんな大げさなんですか。

で、その準備をアカツキさんに任せた後、
ラピス、重子さん、アクアの三人で計画を立てることになったそうです。

重子さんが占って五年後の命の危険がある人間だけをリストアップ、
その人間を重点的に占って、細かく起こる出来事を追いかけたそうです。

そして『ツインツイスター襲撃事件』に関しては、イツキ姉妹が死に、
それに巻き込まれてさつきとレオナが死ぬという占いが出て、
これを覆すためには、
なんと「北斗が居ない」「アキトさんのサバイバルナノマシン」「さつきとレオナがイツキ姉妹をかばう」という、
意味不明な占いが出ており、これを詳しく解析するのには、
重子さんの実家の巫女連合全員でかかりっきりで売らないまくり数か月を要したそうです。
彼女たちは過労で一ヶ月寝込んだそうです…。

で、最終的にこの条件を満たすためには、ブーステッドマン・Dの生存が必要で、
イツキ姉妹が教われてる最中に、Dさんが北斗を襲って、足止めをする必要がある、と最終的には分かったものの、
Dさんは五年前の時点で寿命が残り三年しかなくて、
生存させるのがもっとも困難な人物ですが…最後はアクアの一声で決断に至ったそうです。
アクアはブーステッドマン達を祖父だけではなく自分自身もかなり利用してしまったこともあり、
罪滅ぼしのためにもぜひお願いしたい、と。

占いの内容がどうにもつながってこないものの、
Dさんの延命のためには一刻を争う必要があるので、
アイに相談したところ、たった一つだけ可能性があるということになったそうです。

それはクローン技術に近しい、新しい技術の提示。

かつて研究された細胞培養の延長線上の技術で、人体を作ろうということだった。
けど、この研究は早々に暗礁に乗り上げたようです。
細胞自体の培養は可能なものの、皮膚や髪の毛などの作成は出来るものの、人間の身体を造ることは難しかった。
これは意図して生体パーツを安定して作るのが難しく、
特に神経系をうまく仕込み、脳幹につなげるのは前人未踏の領域だそうです。

そういえば、未来のラピスはユリカさんの脳とくっつけられても明るくはならなかったんですよね。
無理に他人同士の脳をくっつけたせいでなじまなかったんでしょうね…。

まあそうでなくても、クローンが禁止されていることもあってこの部分は研究が進んでおらず、
代わりに人工臓器の技術が進んでいます。

しかし、Dを延命させるには人間のパーツがどうしても必要で…。
基礎がなければ機械化しても、生身部分が少なければ耐えきれない。
かといって脳をのぞく大部分のパーツを提供してくれる、脳死したドナーを探すのは困難。
人工臓器や義手義足の技術が進んだ分だけ、ドナーによる人体パーツの提供は難しくなっています。
人道的、宗教的観点でも、これは推奨されていません。

そこでアイがひらめいたのが『生体プリンター』という方法。
元になる身体データを使って、なんとチューリップクリスタルを使った、ボース粒子による生体プリンターを思いついた。
イメージングで『人体を生成するプリンター』を作ってしまったそうです。

まるで人体錬成。

思いっきり禁忌に触れるようなことですね…そんなにマッドでしたかね、アイは。
もちろん、製法は違えどクローン一歩手前になるので、
脳だけはコピーしないようにはしているそうですが。
…例の占いって、この事態も想定してそうですよね。

「それにイメージングとはいってもボソンジャンプと違って場所のイメージングじゃないから、
 アイちゃんほどの天才か、マシンチャイルドじゃないと使えないプリンターなんだ。
 ボソンジャンプほど簡単じゃない。
 オモイカネにサポートされながらすさまじい情報量を処理してようやく、
 複雑な人体を再現、プリントアウトできるんだって。
 もちろん公表するつもりもないし、
 アギトという存在は俺たちが居た研究所の職員に嘘をついてもらって、
 隠されたクローンとして表に出てもらうしかないんだ。
 
 そんなわけで、Dに新しい身体を作ってあげることになったんだ」

「…でもなんでアキトさんなんです?
 影武者にでもするつもりですか?」

「そこなんだけど…。
 別に俺のためってわけじゃないんだ。
 ほら俺たちって、アイちゃんに詳しく調べられてるだろ?
 
 遺伝子単位で解析さられてるのは俺たちだけだから、
 生体プリンターのイメージングに使うためのデータが最初からそろってるってことで。
 Dも元々の身体のデータがないもんだから、
 それこそクローンでも造らない限り身体データが手に入らないし…」

「で、アイにデータを取られているアキトさん、私、そしてラピスのうち…。
 男性なのはアキトさんだけだから、こうなったと。
 挙句に、北斗さんとやり合うためにせっかく作った体をまたブーステッドマンに改造して。
 …これじゃ自体が収束した後、目立って大変じゃないですか?
 寿命だってまた縮んでしまってるんでしょう?」

「俺は気にしてない。
 少し小さいが、不自由もなく健康な体をもらえるとあれば不満もない。
 今はサイボーグボディだが、すべてが終わったら新しい身体をもらう予定だ。
 顔は今のところそこそこ気に入ってるが、飽きたら元の顔に近く戻すさ」

「とはいえやってることは人体実験同然だから、アイちゃんもどうしようかかなり悩んだんだって。
 でもDもアクアも、他のブーステッドマン達を生身に戻せるかもしれないって事もあって協力してくれたんだ。
 …一か八かだったけどね」

「…信じられないことを考えますね」

私は頭を抱えるしかありませんでした。
こんな大それたことまでしてるなんて…。
これは公表できないでしょう、ハッキリ言って。
ここまでさせてしまったラピスとアクアは本当に…。
結果的には人助けになったとはいえ、やっていいことじゃないですよ…。

…はぁ、もう起こってしまったことなのでどうしようもないですけどね。

「それでなんでサラさんがここに?」

「ラピスちゃんに頼まれて、緊急時のために残ってほしいって言われたんです。
 私もピースランドで王子様達にDFSの発生方法を教えたりして、半年ほど…。
 アギトさんもホシノアキトさんと互角の戦いをできるだけの反射神経はありましたけど、
 DFSを発生させるのはさすがに難しいので、互角に渡り合うためには私が必要だったんです。
 木星の方が不安だったんですけど、私と同レベルのDFSの使い手が居たので、
 木星で戦うアリサのパートナーはないってことで…。
 こんなことをしたのは、そのパートナーの人の都合だと思いますけど。


なにか理由はあるようですが、やっぱりサラさんも聞かされてないようですね。
とはいえ思い当たることは…。

…!そういえば、彼女が居ましたか!
姿を隠す必要があった…死んだはずの彼女が!
となると、彼女も生存していると考えるべきでしょうね。
ラピスは彼女の願いをかなえるために、こんな替え玉を考えたんでしょう。

…と、私たちが事情を話し終えるころには、ピースランドの近くのバルト海までヒナギク改二が到着していました。

「でも、アキトさん。
 これからどうするんですか?
 ピースランドに避難するのは変わらないんですか?」

「うん、そうしようと思う、それで…」

私はアキトさんの話したことに驚くしかありませんでした。
まさかそんなことを…考えてるなんて思いもしなかった

「…もし、俺が居ないでも、世界がまとまってくれるようなら…。 
 俺たちは、もう死んだことにしてピースランドに隠れたほうがいいんじゃないかって」

アキトさんの考え…ラピスとアクアの計画でもあるとは思いますが…。

その方法とは、アキトさんの英雄として不動の、
そして未来永劫誕生しないほどの立ち位置を手に入れてしまった事実を捨てるため、
ミスマルアキトとミスマルユリという人間を表面上死亡させて、
名前も、できれば顔も変えて、ピースランドの一市民として生きるという方法です。

この方法では、ミスマル家からも抜けてしまうということです。
…こんな悔しいことはありません。
生きてる事を伝えたり、たまに会ったりすることはできるかもしれませんが、
これまでの人生を捨てて、生きるなんて。
でも、そうしないといけないところまで来てしまっているのは事実で…。

「そう、ですね。
 そうしなきゃいけない、状況ですよね。

 でも…嫌です。

 どっちも嫌です。
 
 せっかく、大切なミスマル父さんと、ユリカお姉さんと、
 ラピスと、ラズリさんと、テンカワさんと、ルリと…。
 一緒に暮らせる、世界一幸せな人生を送れるようになったのに…

 捨てるなんてごめんです!
 嫌ですっ!ごめんですっ!大反対ですっ!
 
 私、欲張りだからアキトさんと子供だけじゃ、足りません!
 もっともっと幸せで、大事な人と過ごせる時間が欲しいんです!
 
 かといって、また英雄としてちやほやされて、
 食堂でひっそり暮らすのを妨害されるのも嫌ですけど…。
 ここまで生きてきた…私の人生を…。
 
 
 私が私で居たいと思えた人生を捨てるなんて嫌ですっ!!」


「うん、俺もだよ。 
 …ユリちゃんの気持ちが俺と同じでよかった。
 俺だって、ホントはそうしたくない。
 あの映画みたいに、城下町の食堂で生きるのも悪くないけど…。
 
 またみんなと堂々と会いたい。
 大事な時間を、もっと過ごしたい。
 
 すべて失う可能性があるとしても…!
 ラピスとアクアには悪いけどね。

 今は様子を見ていようと思うけど、
 結局、どこかで我慢できなくなると思うんだ。
  
 俺の大事な人たちが傷つくようなことが、起こりそうだったら…。
 ペテン師と言われようとどうしようと、すぐにでも戻らなきゃ。

 そうならないことを祈りたいけど、
 そうなったら、また大変な日々が始まるんだ。
 また英雄扱いされて、時間も中々取れなくなるかもしれない。
 夫婦の時間も、家族の時間も、限られちゃうかもしれない…。

 …それでも、いい?
 それでも、戻るつもりでいる?」

「もちろんです!
 そんなこと最初っから分かってたでしょ、アキトさん!」

「うん、ありがとう。
 …どんなことになっても、一緒に行こう!」

「…はい!
 この子たちも、そう思ってます」

「え?
 この子、「たち?」」

…ふふ、アキトさんの驚く顔が見たくて、ずっと黙ってたんですけど…。
実は…。


「双子なんですよ、私達の子供…」












〇地球・日本海・機動兵器試験用特設実験島・特設アリーナ近海・新ナデシコA─ユリ
私は道すがらブリッジで、無事だった経緯を話しました。
緊急連絡以外の通信を禁止して、こっそりと。
全速力で向かっている中だったので、色々省いたりはしてますが、
ブリッジに居るのは未来のことを知っている人だけですから大丈夫でしょう。
メグミさんの代わりに通信士代理についてるエリナさんはジト目で見てます。
アキトさんともども心配してくれたようで、怒ってるみたいですね。
文句はラピスとアクアに言って欲しいです。マジで。
ちょっと度が過ぎてます。
ボソンジャンプ人体錬成といい、仲間と世間を騙す方法といい。
正直、ひそかに木連遠征についてったほうが幾分かマシだった気がします。マジで。

…とはいえ一ヶ月以上アキトさんと静かに暮らせたのは幸せでした。
五年以上の間、ずぅっと忙しかったですから…。
目一杯、甘やかしてもらいました。
そのせいでちょっと…体重がシャレにならないことにはなってしまいましたけど…。
だ、大丈夫でしょう、二人も子供産めばちょっとは…。

「うふふ~ユリユリ、死ぬほど幸せだったみたいねぇ」

「み、ミナトさん…」

…バレてます、猛烈に太ったのバレてます。
うう、幸せの代償は小さくなかったですね…。
最悪、子育てが一段落したらオペレーターに復帰しましょうか。
ってそれは本末転倒ですね…ナノマシン動かして痩せるために戦いに赴いては…。
でもころころ太ってたら、思い出写真がひどいことに…。

ああ、そんなこと考えてる場合じゃないのに!
そろそろ到着するっていうのに、ボケボケしてる場合じゃないです!

「そういえばぁ、ホシノアキト君ってすごい食べるけど、大丈夫だったのぉ?」

「…さすがにナデシコAの食糧庫分まで食べつくす人じゃないですってば。
 この新ナデシコAがあったんですから、食料の備蓄を少しずつすれば間に合いますよ」

「でも、その食料を保存するための電気はどうしたのよ。
 相転移エンジンを使えば電気代はタダになるけど稼働させたら…。
 重力波反応があると、ちょっとでも近くに戦艦が居たらバレちゃうでしょう?
 それなりに節約してたんじゃないの?」

…エリナさん、するどいですね。

「まあ、ホントのところで言うと…そうです。
 実はその辺の対策はしてあったんです。
 新ナデシコAが完成してなかった場合に備えて、建造スタッフ用の控室…。
 元は王城用の牢獄を改装したものなんですが、
 そっちにアキトさんが泊まっている時期もあったそうで、
 その時には食べ過ぎてしまうと光熱費と食材の変化で居場所がバレる可能性があるとかで、
 アイがアキトさんのナノマシンを、弊害のない程度に停止をしておくような研究を進めていたんです。
 
 ちょうどいいことにさつきさんとレオナさんが生還した時の、
 サバイバビリティナノマシンのデータがあったおかげで、
 アキトさんのサバイバビリティナノマシンと脳神経に居座っているナノマシンだけをうまく動かして、
 他の不要な致死量分のナノマシンを一度休止させることに成功したんです。
 それでようやくアキトさんは成人一人前程度の食事量に減らすことに成功したんです。
 
 …食費の事はともかくとして、ナノマシンが消化を促すとはいえ、
 あまり長期にわたって胃腸を酷使すれば、どんな影響があるか分からないからだそうで。
 
 ガン細胞もサバイバビリティナノマシンが喰らうかもしれませんが、
 細胞分裂の回数だとか、内臓が壊れるとか、細かいところまで見ていくと害がないとは言えないそうです」

「そ、そういうことね…。
 アイも、私にも黙ってるんだから困るわよね…。
 ストレスが子供にかかったらどうするつもりなのよ、もう」

…エリナさんもかなり取り乱していたみたいですね。悪いことしましたね。
まあ本気で悲しんだにしても、元が図太いから平気だとは思いますけど。ユリカさんも。

「とにかく、お話は終わりです。
 …D…いえアギトさんとナナホシさん、北斗さんが戦ってくれてますし、
 二人を助けに行きましょう。
 
 …今は見事に会場を守ってくれていますが、
 さすがに防衛戦となると不安もあるでしょうから」

「うんっ!
 ユリちゃん、グラビティブラストをチャージしながらアリーナを巻き込まない射角で近づくよ!」

「はい!」

「オッケイ、艦長!」

…この戦いで最後です。
この戦いで、私達が、アキトさんが、望まない戦いを続けることはもうなくなるはず。
でも…。

言い知れぬ不安が、私の背筋に走りました。
先ほどまで私のお腹を蹴っていた、生まれる前の子供たちも急に黙り込んでいます。
これで終わらない…何かが起こるんでしょうか?


敵はまだ何か、仕掛けてくるんですか…?



















〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ついにネタばらしに入っていますが…やっぱりお前かアクア!!
ってことで、ラピスの協力者はアクアでした。
テツヤがほとんど答えは言っていたし、
こんなこと考えるラピスを超えた作中屈指の策士はアクアだけだったのでバレバレですね。
とはいえ、すべてうまく回避できたようには見えますが、
敵はまだ残っているし、完全には終わっていないぞぉ!

そして「時の流れに」における「デス・リミット」を、改良版として、
アキトのナノマシン改、生存のためだけに使う「ダイヤモンドダスト」を作ってみました。
まあ、シティハンターのエンジェルダストと組み合わせてますね、思いっきりw

…まあちょっと書いてて、相変わらず頭悪いなぁとへこんでるのはありますが、
ナデシコらしさとか、やってみたい方向性を考えてみるとこうなりました。
ちょっと平和主義、難しいですね。

アカツキはそれでええんかいと言わざるを得ない。血は争えないし。

このまますべてまとまればいいけど、どうなるだろう、ナデシコD。

ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!










〇代理人様への返信
※次回まとめて返信予定





















~次回予告~
チハヤよ。
…ホシノアキトのサバイバビリティナノマシンって、ホント何なのよ。
あんなのあったらそりゃ、無事でいられるに決まってるじゃない。
ま、まあ…私はもろもろ丸儲けな立場だから文句はないんだけど。
ってそんなのはどうでもいいのよ。

誰も失わずに、すんだ、のよね…?
テツヤさえも生け捕りに成功して、こいつにふさわしい裁きが下る…って、信じていいのよね?
だったら…私は、それでいい。
それ以上は望まない、望んじゃいけない。
法の裁きで裁ききれる男じゃない。
本当はこいつはもっとふさわしいみじめな死に方があるんだと思う。

けど私が手を汚すことは、本当の意味で私がすべてを失うことを意味している。

…だからいいの。
私は、これでいい。
大事な人たちと生きる道を得られた。
この時のためにすべてがあったと思おう。
運命なんて、クソ喰らえだと思ってたけど…。

こんな運命なら、私は…。

次回、














『機動戦艦ナデシコD』
第九十四話:Dismembering the secret-秘密の解体-その3















私は…テツヤのようにはならないと決めたの。
だから…。
















感想代理人プロフィール

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代理人の感想
めでたしめでたし・・・かな?
あの爺どもが一掃されない限りどうもならんと思いますがw



>策士
策士wwwww
草生え散らかすわこんなんwwwww


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