〇火星・ユートピアコロニー跡地・ニューユートピアコロニー──夏樹
私達はついに火星に戻ってきた。
熱烈な歓迎を受けて、私達はパレードに呼ばれて長い道を進んだ。
胸の中にはまだわだかまりは残ってはいたけど…後悔はなかった。
私はヨシオさんを助けられもせずに、サラのフリをして英雄を気取って、笑うことしかできない。
でも世間も世論もヨシオさんをかばってくれているところが多くて、それだけは救いだった。
なんでも、私達に数時間遅れて地球からナデシコAでホシノアキトたちも到着してくれるとかで、
そっちの期待も盛り上がっている。

…私はヨシオさんの葬儀に参列することができない。
もしかしたら墓参りに行くことすらも、二度とできないのかもしれない。
私が生きていると気づかれてしまったらすべて台無しになってしまうから。
そうなることも、ヨシオさんは織り込み済みだったんだと、諦めるしかない。
でも…いつか…。

数十年経って、私が顔も人生もなにもかも変わり果てた頃に。
みんなが今ほどはヨシオさんに注目していない頃になったら。
ヨシオさんのお墓を、磨いてあげることくらいは許してくれるわよね…。

誰が、なんと言おうと…。




















『機動戦艦ナデシコD』
第九十九話(Last.D):Diamond Princesses-ダイヤモンド・プリンセシーズ-





















〇火星・木連軍駐屯基地・ナデシコC──夏樹

「夏樹さん、本当に一人で行くの…?」

「大丈夫、寂しくて耐えられなかったら地球に行くから。
 …安心して、アリサ」

「うん…」

「忘れないわ、あなたのこと。
 …私も、本当の姉妹と同じくらい大事に想ってる。
 でも、だからこそあなたをここに残すわけにはいかないの。
 あなたを愛してる人が待ってるのが、分かるから…」

「私も…。
 だから、本当に耐えられなかったら地球に来て。
 養子にとってもらえるように掛け合うから!」

私はアリサの気遣いに目頭が熱くなった。
アリサも血縁がなくても、本当の姉妹のように想ってくれている。
だからこそ私はここで離れ離れになっても大丈夫だと思えた。
かけがえのない、絶対に消えない絆が私達の間にはある。
落ち着いたころにでも、また連絡をしよう…。

私はアリサを強く抱きしめてから、ホシノアキト達の待つナデシコAに向かった。

「アキト!ユリ!ただいま!」

「ユリ姉さん、ホシノ兄さん、戻りました」

「おかえり、二人とも!」

「…おかえりなさい、無事でよかったです」

そして…久しぶりにホシノアキトとホシノユリとの再会を果たした。

私はナデシコAのホシノアキトの部屋の前に立っていた。
自然な流れを装うためにホシノルリとラピス、ラズリの三人を二人に会わせる。
私は、ホシノアキトと話すことになっていたけど、
月臣とともにガードとして立哨する形で待機していた。

「…夏樹殿、本当に草壁閣下の元には戻らないのですか」

「月臣さん…草壁夏樹は死んだのよ。
 あの日、撃たれて一人で息絶えようとした時にね…」

「しかし、いくらでも方法は…」

「…私が多少遺伝子改造をしたところで、顔をいくらかえたところで、
 お父様のそばにいればいずれバレるわ。
 少なくとも、五年か十年か、私の生存を疑う人が居なくなるまでの間はね」
 
月臣さんは不器用そうに目線を逸らした。
確かに女一人でバックボーンもなしに生きていくのは並大抵のことじゃない。
でも私だって五年の間、DFSの訓練以外では一人で暮らしてきたし、
潜伏しているPMCマルスの仕事だってして来なかったわけじゃない。
…確かにお父様に二度と遭えないかもしれないのは辛いけど、私が選んだ道だもの…。
ヨシオさんと、私の道…なんだから…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


それからしばらくしてホシノアキトたちは部屋から出てきた。
ホシノユリ、ルリ、ラピスラズリに…三ヶ月前に生まれた、双子の子供…。
とても愛らしく…眩しく見えた。

…羨ましかった。
愛する人の子供を産む権利も、抱きしめる権利も、私にはもうない…。
ヨシオさん以外の人を愛することは、一生ないだろうから…。

…ホシノアキトだけは、私に気付いて申し訳なさそうな顔をしたけど、
私が防弾メットをかぶっていたから他の人たちは気づいては居なかった…。

そして、ブリッジに向かったホシノアキトからの…。
全世界に向けているだろう、演説が聞こえた。
艦内にも同時に音声が流れた。


『…お久しぶりです、ホシノアキトです。
 産休とか言って三ヶ月も雲隠れしたまま、顔を出さなくてすみません。
 
 戦争が終わり、闇の支配者たちが逮捕された今、
 平和になった今だからこそ、この火星に訪れたいと…。
 そして大切な家族を迎えに行きたいと、また勝手な願いを通させてもらいました。

 …それで、今までのお礼を改めて言いたくて。
 本当はナデシコ艦隊の全員をねぎらって欲しいってお願いされたんだけど、
 せっかくなので、全世界の人たちにも。
 
 …俺が居なくなってから、また戦争を起こそうとした人達が居たのに、
 それに惑わされずに、戦争を捨てることを自分から選んでくれたのが、
 ホントに嬉しかった…。
 
 ありがとう…ございます…。
 
 それに、ナデシコ艦隊の人たち。
 俺が戦わなくても戦死者を出さずに、見事に最後の戦いを戦い抜いて…。
 戦争を終わらせてくれて、ありがとうございます。

 俺がここに生きていられるのは、みんなのおかげなんです。

 この戦争を動かした英雄と言われている癖に、なんの責任も負わずにいた俺…。
 そんな俺の、コックで居たいという夢を追うことを許してくれた、みんなのおかげなんです。

 …ただ、一つだけ後悔していることがあります。
 今回、俺たちは自分の身を守ることで精一杯だったため…。
 夏樹さんと、ヤマサキ博士を、助けられなかったことです。

 俺が、もしかしたら直接ナデシコDに乗り込んでいたら…。
 夏樹さんを、守ることができたかもしれない。
 夏樹さんがヤマサキ博士を説得出来たら、もしかしたらヤマサキ博士も…。

 …夏樹さんがヤマサキ博士に一目でも会いたいと願ったため、
 俺たちも手を尽くして極秘裏に同行できるようにしていたんです。
 ヤマサキ博士が徹底抗戦の構えを見せたら、説得できるようにという面もあってのことです。
 そして彼女は…知っての通り、木連の過激な極右の暗殺者に、暗殺されてしまいました。
 
 あの事件は状況的に防ぎようのないことだったと、
 どのような方法をとっていたとしても難しいことだったと知っています。
 夏樹さんを引き留めるのも無理だったとも分かっています。
 誰も、俺たちの事を責めはしませんでしたが…。

 だからこそ、もしも俺がナデシコDに乗り込んでいたらと、
 もし夏樹さんを引き留められたらと、思ってしまってます。
 
 そんなことをしたら、今度は俺が何かしらの方法で狙われるのも分かっています。
 ナデシコDごと、クルーを巻き込んでの暗殺を企てる人がいたかもしれないと。
 …そんなことを、ずっとこの三ヶ月の間、思っていました。
 
 ヤマサキ…博士のことも、聞いてます。
 ラピスとラズリが、木星での決戦の最後の最期、彼を説得するためにかけた言葉で、
 俺と彼の間には浅からぬ因縁があると、すでに知っている方もいると思います。
 
 百年前の地球の身勝手な攻撃が、
 木連の憎しみを百年育ててしまったように…。
 
 ヤマサキ博士が俺の婚約者の命を奪った時には、俺も狂うほどに憎んだ…。
 誰も、大切な人を奪われたら正気ではいられません。
 
 でも、俺にはユリちゃんが居た。
 
 ラピスも居てくれた。
 
 今は、ラズリも居てくれる…。

 だから立ち直れた。
 だから、俺は憎しみを乗り越えたいと考えていました。
 もう、戦う必要は無いんだと、ヤマサキ博士に伝えたかった。
 だからこそ、夏樹さんと会わせてあげたかった…。
 
 …大切な人を失う悲しみを知っているからこそ、そうしたかったんです。
 
 だから、俺たちは未来に進みたいと、戦争を止めたいと願って戦ってこれた。
 …本当に止められるなんて、思ってなかったのに。
 
 それは…。
 
 PMCマルスの大切な仲間たちが、
 
 ナデシコの大切な仲間たちが、
 
 かけがえのない家族が、
 
 俺を支えてくれる人たちが、本当にたくさん居てくれたから…。
 
 そして…。
 地球も火星も木星も関係なく、みんなが戦争を捨てたいと願ってくれたから…。
 
 戦争を幾度となく起こしてきた人たちの悪意を、
 跳ね返すことが出来たからなんだと思うんです…。
 
 これは俺の功績じゃありません。
 全人類が、みんなが起こした奇跡なんです。
 
 …これからもずっとそうで居てほしいと、願ってます。
 今も、大切な人を失って苦しんでいる人たちが大勢居ます。
 それなのに戦争を選ばなかった、高潔な彼らのためにも…。
 無念の中、死んでいった…人たちのためにも…。
 
 二度と同じ過ちを繰り返さないように、誰も苦しませないように。
 
 永久には、無理でも、
 俺一人では無理でも、
 全人類がそうしようと考えてくれたら、
 少しずつでも手伝ってくれたら、きっとできます。
 今からでも、何とかできるはずです。
 
 俺が憎んでいた…。
 殺したいと憎んでいたはずの、ヤマサキ博士には愛する人がいた。
 そしてどこかで、この戦争を止めないといけないと真剣に悩んでくれた…。
 最後は、身を挺して戦争を止めることを選んだ。
 
 俺も…憎しみを乗り越えて、自分の人生を取り戻すことを選べた。
 そんな彼を助けたいと、思えるようになれた。

 きっと誰の心にも、神と悪魔が両方住んでいるんです。
 世の中すべてを変えてしまえるくらいの力を持った、神と悪魔が。
 
 俺とヤマサキ博士には…大きな違いはなかったのかもしれないと思います。
 
 確かに彼のとった方法は、決して許されないことだった。
 俺は今も完全に許すことはできない…。
 それ、でも…。
 
 彼は愛する人を、守りたかった。
 愛する人に平和な時代を残してあげたかったのかも、しれないと…。
 思えたから…助けたかった。
 でも、できなかった!
 
 こんなことは…二度と起こっちゃいけない…!

 戦争を起こすことも…。
 戦争を止めるためにヤマサキ博士のような方法をとることも…。
 憎しみで誰かを殺すことも…。
 誰かの利益のために誰かを死なせることも…。
 誰かの心を、人生を踏みにじることも…!
  
 これから俺たちが、
 全人類が、
 生きて居る人たちが、
 なんとかしないといけないんです…!
 
 この戦争で失われた人たちのためにも。
 今、生きている人たちのためにも。
 そして…。
 
 これから生まれてくる、かけがえのない子供たちのためにも…。
 
 どんな理由があろうと、
 物事の解決のために、戦争を選んだ瞬間、それは他人事じゃなくなります。
 自分たちでその方法を選んだと…誰かのせいにせずに受け入れ、責任を持たないと…。
 
 これから戦争が起こったら「だれかの始めた戦争」だと、最初は思うかもしれません。
 でも戦争を支持したら、参加したら、その瞬間にそれは…。
 
 「僕たちの戦争」になると…思うんです。
 だから…本当は…。
 
 この戦争に、形はどうあれ加担した俺には、こんなことを言う資格はありません。
 この戦争で英雄になってしまった、俺には…。
 
 それでも…。俺は…。
 地球の人も、月の人も、火星の人も、木星の人も、生きていて欲しいと願ってます。
 生きている以上、味方も、敵も、命の価値は変わらないはずですから…。

 そして…今は…。
 敵も味方もなく、誰の命も大切に思ってもらえる…。
 そんな明日が来てほしいと願っています…。
 
 …ありがとうございました』

相変わらず、あんまり頭のいい文章じゃないわね…。
綺麗事ばっかり、都合のいいことばっかり。
そんな簡単じゃないって、分かってるくせにね。

でも…。
ホシノアキトがヨシオさんを悪く言わなければ、これからもヨシオさんは…。
まったく、嫌になるほど強力な呪いかけるわよね、この男は…。

「…夏樹さん」

…そして、ホシノアキトは演説を終えて戻ってきた。
謝罪のために、私に声をかけて部屋に引き入れようとしたけど…。

「…いいわ、もうルリたちに謝ってもらったし、
 あんた達はもう五年前に謝ったでしょ」

「け、けど…」

ホシノアキトはうろたえながら私を引き留めようとしていた。
…あんたの方が情けない顔をしてどうするんだか。
私はこれ以上同じ場所に居るといたたまれないから、立ち去ることにした。
既にこれからの生活の準備はしてあるから…。

「…言い方変えるわ。
 あんた達の子供見てると、自分がみじめに思えるの。
 私のこれからの人生には…もうそういうのないから」

「あ…」

「…でも、ありがと。
 ヨシオさんを、あんたがああいってくれたから…。
 少しくらい早めにお墓参りいけるかもしれないし。
 私達のために無理をさせて、あんた達の名誉に傷をつけたのに、文句言えないし。
 
 …色々、世話になったわね。
 元気でやんなさいよ?
 でも私とヨシオさんの分まで幸せにならなかったら、
 ぶっ殺しに行ってあげるわ」

「夏樹殿…」

私はホシノアキトたちに背を向けると、装備していた銃を押し付けて静かに歩き始めた。
私の目に涙が溜まってて、泣き叫びそうなのを必死にこらえた。
走って逃げられればどれだけ楽かわからない…。

ここで大げさに泣いて引き留められたら、私は自分が何を言うのか分からなかった。
だから冷静なフリをして、引き留められないようにゆっくり歩いた。
…私にはもう何もないんだと、自分で言ったのに本当にみじめに感じた…。

…べそかいてる場合じゃないわ。
さっさとトイレで着替えて、街に行かないと。
泣くなら泣くで…一人になってからにしたいわ…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。



そして…私は火星に降りた。

サラに化けていた今までと同じく、夏樹ではない別人として生きることになった。
お父様とラピスの協力で造られた新しい戸籍で、地球人として火星にとどまることになった。

私は変装をしたまま、小さなアパートの一室にたどり着いた。
すでに届いている生活物資と、生活費の入ったカードが置かれている部屋に。
ぼうっと荷ほどきを続けていたけど…。
そのうち、私はめそめそ涙をこぼしていた。

仕事も人間関係も、何もかもまっさらになってしまった…。

すでに遺伝子の改造も一部変更してあって、本格的な遺伝子改造はアイ博士がしてくれるそう。
顔は整形手術こそ行っていないものの、変装の仕方はこの数か月でしみついている。
いつかは、この顔も変えなければいけない…。

私はついに、完全に草壁夏樹ではなくなった。

その事実を、ヨシオさんの死を受け入れて、
一人ぼっちの人生を受け入れなければならない。
でも、ヨシオさんのくれた自由と平和でもある…だから…。
それなりに前向きになろうとは、ちょっとだけ思えた。

ヨシオさんの戦いは…木連という国家が背負うべき罪を個人で背負う…。
地球と火星に対して、途方もない打撃を与えた罪を背負う戦いだった。

木連を救うためには、火星を全滅させるしかなかった。
最初に送られた使者たちの暗殺があった時点で、表ルートでの穏便な解決はできなくなった。
開戦前に木連からの和平交渉を破綻させる裏工作があったとはいえ、この事実は変えようがない。

そしてこの戦争は、間違いなく木連存続の必須条件だった。
これだけの戦力があって、これだけのことが出来るような国だと知られなければ、
地球圏には受け入れられなかった。

人類史上でも未曽有の人口増加を続けた木連は、
いずれ食料プラントの限度を超えて食糧不足、水不足に悩み、自滅する。
少なく見積もっても、火星の制圧は必須だった。
…となると、戦争行為は必須だったとしか言えなくなる。

そこで起こった悲劇は…ヨシオさんが木連を救うために起こしたこと。
止められるはずだった殺戮を、あえてやって見せた。
ほぼ全滅した火星に限らず、地球での死者も決して少なくないのに。
そしてすべてを失い、愛する人を失い…生きる目的を失った人も少なくない…。

だから、私はこの人生を受け入れる。
人生は必ずハッピーエンドになるわけじゃない。

ヨシオさんに傷つけられた被害者の一人としての人生を送るの。
そうすることしか、ヨシオさんに報いる方法がない。

正義が勝利する裏側には敗者が居る。
幸せに生きる者の後ろには、みじめでも歯を食いしばって生きる者がいる。

すべてを投げ出して、死ぬことを選べたら…どれだけ楽か…。
でも、そうしない。
できるわけ、ないのよ…。


偽りの人生であっても!
ヨシオさんが失いたくなかった私の命を…無駄にはしない!

あなたの救った木連の行く末を、

あなたの分まで見届けてあげるから!

だから…安心して見ていて…!


……さて。
どう生きようかな…。



ヨシオさんがくれた、平和な世の中を…。



















〇火星・木連軍駐屯基地・新ナデシコA──ラズリ
…夏樹さんはすぐに居なくなった。
心配だけど…私達と一緒に居るとやっぱり辛いんだと思う。
アキトとユリちゃんの子供、本当に玉のようなかわいい子供だもん…。
本当は夏樹さんも…。

(ラズリ、あんまし暗くなんないの。
 こうなるかもしれないって織り込み済みだったんだから。
 そんなふうに気にしてるだけ、あんたはまっとうなんだから)

でも…。
ラピスちゃんだって気にしてないわけじゃないでしょ。

(まあ、ね。
 だからちゃんと二人と話をして落ち着こうよ)

うん…。
さっきは再開の抱擁もそこそこに、演説の打ち合わせしないといけなかったもんね。

…で。
それから私達は、再会を祝してもう一度話をしようかと思ったんだけど…。
やっぱりアキトの子供が生まれたこととか、なんで生き残れたのかとか、
聞きたがってるマスコミの人たちに呼び出されちゃって、取材の嵐で大変だった。
火星には五年ぶりの到着だったからっていうのも、拍車をかけちゃったみたい。
せっかく久しぶりに会えたのに、疲れ切っちゃったから今日は休もうってことになったんだけど…。

「…ラピス、赤子の夜泣きって結構きついんで、
 今日は一緒に寝ない方がいいですよ」

「ちぇー、ユリのいじわる」

「親切心です。
 二交代でやってるからそこそこ大丈夫ですけど、びっくりしますよ、慣れてないと。
 でも明日は私が子供を見ますから、二人きりで寝てもいいですよ」

「えっ!?
 ユリってば、もしかして…」

「…誰が婚前交渉を許すって言いました?
 まだ18歳じゃないですし、結婚届もまだでしょう」

「あはは、バレた?」

「…ま、私達、地球発つ前に離婚届出してきたんで、
 アキトさんは一応独身ですけどね」

「(ええっ!?)」

「約束だったでしょう?
 すぐに地球に戻ったらラピスとラズリさんが結婚できるようにって、そうしたんです。
 …あんまりびっくりしすぎて、顔があしゅら男爵になってますよ」

私とラピスちゃんはあんまりにもびっくりして、
意識が二人分前に出てしまったようで、目と髪の色が半々真っ二つになっちゃったみたい。
表情はともかく、色まで変わるなんてことはなかったのに、
こんな風になっちゃうなんて…って、そうじゃなくて!

「ゆ、ユリちゃぁん!?
 そ、そんなことしたら大事でしょ!?」

「あ、そこのところは大丈夫です。
 一応極秘裏に出してますから。
 長崎市長にお願いしてあって、受理は当日なんですけど、
 公表は三ヶ月後、私達が合流してちょっと経ってからってことになってて」

「…よく秘密守れてるよね、それ」

ラピスちゃんの言う通りだよね…速攻でバレても仕方ないと思うんだけど。

「まあ、18歳超えたら婚前交渉してもいいですよ。
 あとちょっとですし。
 子供の世話、ちゃんと手伝ってくれるなら」

「うそっ!?やたっ!!」

ちょ、ちょっとユリちゃん…。
例のVR空間でほとんど現実と同じような感覚でアキトに抱かれちゃってるから今更だけど…。
で、でも、バージンロードはバージンで歩きたいな…。
ああ、でもでも…また先延ばしにして、何か起こったらいやだし…ううう…。

「…まあ、とりあえず今日は休みましょう。
 私達も完全に楽をしてたわけじゃないんですから。
 ルリとラピスの部屋も、前と同じ状態にしてあるので、ゆっくり休んでください」

「ん、分かった。
 おやすみね、ユリ。
 アキトにお休みのキスしていい?」

「それくらいは許してあげます。
 ああ見えて、食堂班一人でやってて、さらにこの子たちの面倒を見てて、
 そこそこ疲労してるんですから、しつこくしないであげてくださいよ」

「おっけ」


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


私とラピスちゃんは、アキトにキスをしてから、部屋に戻った。
私達にとってナデシコは本当にもう一つの実家みたいなものだから、すごく落ち着くよね。
昔のままの、ルリちゃんとラピスちゃんの子供っぽい部屋がとっても懐かしい…。

「昔のまんまって…ベットはもうちょっと大きくして置いてくれても」

「あはは、いーじゃんいーじゃん、懐かしいし」

ラピスちゃんは、ゴロゴロと身の丈に合わないベットに転がっていた。
わざわざ昔の部屋にしてくれたことが災いしてベットが小さかった。
ついでに私達の荷物を持ち込んだらさらに狭くなって、もう大変。
…でも、私だけは昔のルリちゃんの部屋で眠るなんて初めてだった。
五年前、私達は完全にナデシコにもユーチャリスにも乗らなくなったから…。

「…そういえば、ちょっと変じゃないですか?」

「何が?」

「ほら、ナデシコCとナデシコDの艦長をすぐに辞められたことですよ。
 確かに報告書は上げましたし、もどってからも報告は必要ではありますけど…。
 ナデシコCの艦長にサブロウタさん、ナデシコDには月臣さんが艦長として設定されてて…」

「え?
 そういうの木連じゃふつーじゃなかったっけ?」

「えっと、それはそうなんですけど…。
 たしかにナデシコCとナデシコDのドッキング機構を使えば、
 コントロールはハーリー君一人でも問題はないですけど…。
 …変に手回しがいいっていうか、準備がよすぎるっていうか。
 今日も変ですよね。
 ユリ姉さんに、婚前交渉してもいいって言われるなんて」

「そ、そうだよね…」

私はつい、ラピスちゃんと交代して前に出てきちゃった。
ユリちゃん、そういうところ厳密だったし…。

「おかしくないんじゃない?
 私達っていつ狙われるか分かんないし。
 だから早めのご褒美~ってユリが言ってくれても、良いと思うんだけどなぁ」

「…だからおかしいんですよ。
 それだったら、木星に発つ前に色々あってもいいでしょう」

「あー…そっか」

そうだよね、今度ばかりは死ぬかもしれないからって、
木星に行く前にちょっと予定を早めてくれてもいいはずだもん。
結婚も関係を持つのも18歳超えてから、ってことだけはこだわってたけど…。
急に今日になって、詳しい話もせずにあんなこというなんて…。

「でも疲れてるとはいえ、今日に何もなければ、
 変わったことはないのかもしれませんけど…」

「うーん…なんかサプライズでもあるのかな」

サプライズ…?
アキトとユリちゃんが離婚届だしてただけでも十分サプライズなんだけどなぁ。

「ま、いーや。
 あの二人がサプライズなんてやるタイプじゃないのは知ってるし。
 今日は素直に寝ようよ。
 久々に我が家に帰ってきたって感じがしてんだし、休も休も」
 
「…それもそうですね」

私達はなんだかんだで夏樹さんの事が気がかりで、帰りはあまり眠れていなかった。
だから、今日はまた少し安心できる状況になれたし、ぐっすり寝ようとした。
寝付くのは遅かったけど、そこそこ深く眠れた…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


「おいしー!やっぱアキトのごはんは格別だよね!」

「帰ってきたって感じがします」

「はは、良かった良かった」

翌日、私達は久々にアキトに食事を作ってもらった。
アキトはこの人数が減らされた新ナデシコAの、唯一の食堂班。
だから甘えて朝食なのにいっぱい頼んじゃった。
特製ラーメンまで出してくれて…。
うう~染みるよぅ…幸せ。

…で、またアキトはマスコミさんに呼ばれて、
火星で取材したり歌を歌ったりしてた。
ナデシコ艦隊の歓迎のこともあったんだけど、
やっぱり久々にアキトが来てくれたってなったら、こうなっちゃうよね。
アイドル活動も最近は乗り気だっていうし、どんどんカッコよくなっちゃって…。
私達も呼ばれたけど、早めに切り上げてユリちゃんとルリちゃんと過ごした。
二人の…かわいい子供たちを見ていたかったの。

「…かわいい」

「「きゃっきゃっ」」

私を見つめて笑顔で居てくれる、ベビーベットに寝ているアキトとユリちゃんの子供。
ユリちゃん、こんなかわいい子供を二人も生んじゃうんだからすごいなぁ。
目の色は、二人ともオッドアイで片方だけが金色だった。
遺伝、しちゃったんだ…。

…いいなぁ。ユリちゃん。
私…アキトの子供を産めないもん…ラピスちゃんの身体は…。

(ラズリ…)

分かってる、これくらいのこと我慢しなきゃ。
ラピスちゃんのせいじゃないよ、大丈夫だよ。
アキトとずっと一緒に居られるんだから、それで十分幸せなはずなのに。
それでも、二人も居たら一人くらいもらいたいって思っちゃうんだよね。
そんなこと、していいはずないのに。
また私って最低なこと…。

(もうやめなって、ラズリ…。
 ユリだって本気でお願いされたら頷いちゃうんだから、
 それくらい考えるのはいいでしょ、まったくもう)

…うん、ごめん。

「ふぁぁ…」

「…本当に眠そうだね、ユリ」

「ええ、日々頑張ってますから」

…そうだよね、産んで終わりじゃないもんね。
うん、そうだよ…。
一緒に育てて、私もお母さんって言われるように頑張ればいいんじゃない。
アキトのお嫁さんになれる、この子たちのお母さんにもなれる。
それで全然いいじゃない。

「…あ。
 そろそろアキトさんが戻るそうです。
 全員戻ったらナデシコ艦隊も出発するみたいですし」

「あ、よかった」

それから三十分くらいして、アキトは帰って来て、
さらに一時間後、ナデシコ艦隊は地球に発った。
名残惜しそうに火星の人たちはアキトを見送ってくれた。

ちなみにヤマサキさんのお葬式は、草壁さんが挙げてくれることになってくれてて…。
この戦争を奪い、罪を背負って木連を守ってくれたことを伝える予定だって。
状況的にはそう言っても問題はないくらいのところまできたし、
本来は推測にすぎないことだけど、ヤマサキさんの遺書の件も、
遺跡の中にいる『ユリカ』のコピーの話したことからも…。
そして私達の推測からも、間違いはないから…。
戦争を目論んだことには違いがないので、
火星の人たちへの謝罪も合わせてするって話してた。

ついに、本当にこの『木星大戦』は終結した。

でも、この戦争って後世の人たちが頭を抱えるような戦争になっちゃったよね。
古代火星人の技術をめぐる戦争で…。
その古代火星人の意思を継承したようなコバッタが、
ヤマサキさんに戦争を背負うように言ったってことになってて、
しかも一人でそんなあり得ないことを達成して、
アキトが戦いにも、芸能にも秀でて、目立ちまくって、
挙句に人類の思想をまとめ上げて、戦争を終結に持っていって…。

ありえない英雄が二人、
ありえない方法で戦争を止めたなんて。

そうじゃなくてもアキトの逸話も、全部嘘だと思われてもおかしくないよね。
世界全体が目撃した今、それも心配しなくて大丈夫そうだけどね。

「ラズリ、ラピス。
 …ちょっと、来てくれないか」

「え、なに?」

「大事な話なんです。
 ルリ、ナデシコの操艦頼みます」

「あ、はい」

私とラピスちゃんは、いつになく真剣そうなアキトとユリちゃんに呼び止められた。
どうしたんだろ、今更そんなに真面目な話するなんてことないと思うけど。
こ、婚姻届け書いてほしいとか?
でもそんなの、地球に帰ってからでも…。

はっ、もしかして婚前交渉するにあたってそこのところだけははっきりさせておくとか!?

で、でもそんなの今更気にする必要ないし…。
でもでも、でも~!
私だってアキトに現実で抱きしめてほしいし…うう~悩んじゃう!
私は悶々としながら、ラピスちゃんはそんな私に呆れながら表に出てくれていた。




















〇宇宙・火星⇔地球航路・新ナデシコA・アキトとユリの部屋─ラズリ
アキト達の部屋にたどり着くと、
アキトとユリちゃんと、ラピスちゃんはちゃぶ台を挟んで正座して座った。
ちなみにアキトとユリちゃんの後ろでは、二人の子供がすやすや眠ってる。
艦長服を着ているユリちゃんとラピスちゃんはちょっとミスマッチな恰好だけど、
なんか妙にかしこまった空気で、ラピスちゃんと私はアキトとユリちゃんの言葉を待っていた。

「で、どうしたの、アキト、ユリ」

「え、えっと──」

「アキトさんは黙っててください。
 こういう大事なことは、最初は私から始めないとミスするでしょう」

「うぐっ」

二人が中々喋ってくれないから、ラピスちゃんが促そうとしたら、アキトが釘を刺された。
…そういえば私の事をお父様に話に行った時もそうだったよね。
アキト、たくさんすごいことが出来るようになってもこういうところ変わらないもん…。
相変わらずユリちゃんのカカア天下で安心しちゃうけどね。

「ラズリさん、ラピス。
 今日までちゃんと約束を守ってくれてありがとうございます。
 アキトさんと直接現実で浮気しないって約束、厳守してくれましたよね」

「そりゃ、まあ。
 私だって仮想空間とはいえ年齢に不相応なくらい、
 とってもいい目を見させてもらったし?
 アキトと恋愛も結婚もできるのはラズリのおかげだし?
 アキトとユリの間を無理に引き裂いたって不利になるだけだって分かってたし?」

…ラピスちゃん、なんかここだけ聞くとすっごい卑怯なことしてそうに聞こえちゃうよ。
その分、アキトとユリちゃんを守るために手を尽くしてくれたし、
大事な妹だしそれくらいはいいのに…。

「…計算高くても、それを守ってくれたのが重要なんです。
 そうじゃなくても五年前からの貸しも結構ありますし、
 アキトさんと私の代わりに木星に行って戦ってくれたこともあります。
 何度も命を助けてもらった分も、いろいろと込み込みで、
 お返ししないといけないと思ってたんです」

「へー。
 だから婚前交渉していいなんて言ってくれたの?」

「そうです。
 この点についてはルリにも何かしてあげないといけないとは思ってますが、
 そっちは一旦置いておきます。
 
 それにラピスはあと一週間もしないうちに18歳になるってタイミングです。
 
 いい時期だと思ったのもあって、早めに迎えに来たんですよ」

「ユリらしくないね、そこまでしてくれるなんて」

「地球を離れたいとか、この子たちの面倒を見るのに集中したかったのもありますから、
 気にしなくていいです」

…結構無茶したね、ユリちゃん。
アキトはそのせいで数十億円の借金を背負ってめそめそ泣いてたのに。

「…で。
 ラピスはともかく、ラズリさんは私達が離婚届出したの、
 いまだに気にしてると思ってて」

「それは、当たり前だよ。
 こんな、完璧な二人を引き裂いて私達の願いを叶えてもらうんだもん。
 気にするよぅ…」

私はラピスちゃんと代わって前に出た。
ユリちゃんが交互に一年ごとに結婚と離婚を繰り返していくって約束してくれたから、
後ろめたくてもかろうじて頷けたけど。

でも、世界一、宇宙一の英雄と言ってもいいアキトと、
ユリちゃんの間を割いて割り込むという事実は、私にとっては一番しなくないことでもあったから。

(私は離れ離れにならなきゃなんでもいいと思ってるけどね)

…だから不安なのに。

「だから、ちょっと工夫してみました。
 こんなプレゼントを準備してきました」

「え?」

ユリちゃんは机の下にあった書類用のクリアケースから一枚の紙を差し出してくれた。
…婚姻届け、だね。
やっぱりユリちゃんはけじめをつけに…。

…。


…!?


「(なっ、なにこれ!?)」



「見ての通りです。
 あ、一応、佐世保市長の公認で準備してもらいました」


「(え…ええええええええええええっ!?)」



私とラピスちゃんは絶叫するしかなかった。
その一枚の婚姻届けには…。




婚姻者の名前を書く欄が四つもあったんだもん!


















【アキトとユリが新ナデシコAで地球を発つ三日前】
〇地球・佐世保市・佐世保市役所──アキト

「──というわけで、秘密裏に私とアキトさんの離婚届けを出させてほしいんです」


「えええええええええ!?」



「市長、驚きすぎです、外部に漏れますよ」

…ユリちゃんの言葉に、佐世保市長は絶叫するしかなかったみたいだ。
隣に居る市長の秘書でさえも、市長の絶叫をたしなめつつも、
胸に手を当てて動悸を抑えようとしている。
しっかり署名捺印された、俺たちの離婚届が目の前にあるから…。
ユリちゃんも産後間もないので寝てないといけないんだけど、
このために無理して車いすまで使って市役所に一緒に来たし、
わざわざ佐世保市長を呼び出したんだよね。

…本当に、市長が気の毒だよなぁ。
こんな重大なことをやらかす俺たちに付き合って、
バレたらどうなるか分からない秘密を背負わざるを得ないんだから。
佐世保市長は俺の人気にあやかって市長選に再選したもんだから、断れないだろうし。
同情するよ…。

「それで、ついでにこういうフォーマットの婚姻届け作ってくれませんか」

「え、えと…はい?
 うぐっ!?
 んぐっ…ごくっ…ぐうぅ…」

ユリちゃんがパソコンで作成した自作の婚姻届けの用紙を差し出すと、
市長は血圧が上がって顔が真っ赤になったのが見えた。
ああ、秘書の人が水を差しだして…ちょ、ちょっと危ないな…。

「ぷはっ…じゅ、重婚するおつもりですか!?
 そ、そんなことは…」

「許されない、とは言わせません。
 どこの誰にも、首相だろうと大統領だろうと、神様だろうと。
 
 今までアキトさんがしてきてくれたこと、
 自分の意思に背いて戦ってきてくれたこと、
 そして今日までになしえた、歴史上あり得ない活躍の数々。
 
 そのすべてを差し出してでも…。
 アキトさんと私、私の妹たちの重婚を認めてもらいます」

「ちょ、ちょっと…。
 そ、そりゃ…えっと…あなた達が頼んだら叶うかもしれませんけど…。
 こ、こんな堂々と、重婚なんて…」

「黙って婚姻届けを二重に出したら通してくれたんですか?
 間違っていることでも、違法でも、
 恥じるところがなければ堂々とお願いするべきです」

「し、しかし…世の中や子供への影響も…」

「世界を救うくらいの英雄じゃないと重婚できないって言えば、
 逆に二股するハードルが上がっていいと思うんですけど」

「そ、それにラピスさんの方はともかく、別人格のラズリさんまで、
 戸籍を作って登録してほしいってことですよね?
 そ、それは前例がないですし…三股じゃないですか!?」

「前例があろうとなかろうと、すべて通してもらうまでです。
 しかも精神鑑定、脳波の検査、いずれも「二人分」あるんです。
 通常の二重人格とも異なるんです。
 マシンチャイルドとして改造された時に、生じたものと考えられています。
 だからこそ、特例的に人格が認められてもいいはずです。
 無理は承知です。
 でも、私は何としてもアキトさんとの間を取り持ちたいんです」

「な、なぜ…?
 あなた達ほどの完璧な英雄が、なぜ…」

「…ラピスとラズリは、俺たちのために何度も命を賭けてくれたんです。
 俺とユリちゃんが結ばれると分かっていても、決して報われない恋だと知りながら。
 
 俺は二人の愛に報いたい。
 ユリちゃんも…それを許してくれた。
 
 それに、無理は言いません。
 ダメならダメと言ってくれて構いません」

「え…?」

「…二人に約束したんです。
 私とアキトさんの間に子供が生まれたら…。
 離婚してあげるから、アキトさんと結婚していいって。
 一年おきに結婚と離婚を繰り返していけばいいって。
 確かに法律に背く必要は、必ずしもないんです。
 
 …でも。
 
 ラズリさんは、それをひどく気にしてるんです。
 私とアキトさんが、法律上の話とはいえ本当に一度別れないといけない。
 それを招くのが自分のせいだって気にしてるんです。
 
 だから、お願いです。
 何とかして下さい、市長。
 
 三ヶ月後…私達が、火星でルリたちと合流した後に、
 アキトさんの重婚を許してくれるように、働きかけて下さい。
 
 アカツキさんやさつきさん達、ナデシコとPMCマルスに関わった人たちすべてに、
 力を貸してくれるようにお願いしてあります。
 
 私達は、二人に心の底から喜んで欲しいんです。
 そのためなら、どんなことだってします」

「俺からもお願いします。
 ラピスとラズリを、俺たちの手で幸せにしてあげたいんです。
 私も本当はアキトさんと別れたくないですし。
 こんなことを言うのは間違ってるのは重々承知です。
 でも、それでもなんとかしたいんです!」

「う、う、ううう…」

俺たち二人分のお願いを聞いて、市長はうろたえるというか顔面蒼白になったり、
顔を真っ赤にしたり、目を白黒させていた。

…しかし本当にユリちゃん、腹黒いよな。
断りづらいじゃなくて、断る選択肢がないところまで攻め込んでる。
こういう時にはユリちゃんは無鉄砲になるのは知ってたけど。
貸しの多い俺に対してそうしてこなかったのが不思議なぐらいだよ、ホントに…。
今まではラピスのほうが圧倒的に腹黒いと思ってたけど。
佐世保市長に、ここぞとばかりに借りの返済を求めてる。
俺たちは…意外と世間の力を借りるってことなかったもんなー。
そんな俺たちがこんな風に頼んだら、そりゃ…。

「わ、分かりました…。
 私のできるかぎりの力添えをさせていただきます…」

…こういうしかないよなぁ。

「ありがとうございます。
 ついでにもうちょっとお願いさせてもらってもいいですか?」

「ええっ!?」

冷や汗かきまくってる佐世保市長に対して、さらに倍プッシュか…。
……ユリちゃん、昔以上にこういうところタフなんだよな。
俺のせいだって言われそうだけど…。














〇宇宙・火星⇔地球航路・新ナデシコA・アキトとユリの部屋─ラズリ

「…まあそんなことがあってさ。
 重子ちゃんにも占ってもらったりして、出来そうだったからお願いしてきたんだ。
 地球に戻った頃には、俺の重婚許可が下りてるってことになってるわけさ」

「…アキトとユリ、私を出し抜くなんてやるじゃん。
 私達に知られずにそういうことするなんて」

…アキトとユリちゃんに説明を聞いて、
呆けている私を尻目に、ラピスちゃんはニヤリと笑ってる。
二人がここまでしてくれたのが本当にうれしいんだと思う。

「元『電子の妖精』を舐めないで下さい。
 今回は分が悪くない勝負だったんで、仕掛けてきたんです」

「しかし火星を出るのが間に合って良かったよ。
 一週間くらい逗留してほしいって頼まれて大変だったんだ。
 もし脱出が間に合わなかったらスキャンダルで出られなくなるし」

…アキトとユリちゃん、私達に気を遣うだけでそんなことを。
でも切り抜けて来ちゃうんだからすごいよね。

「だから、ほら早く署名してくれよ。
 帰ったら一緒に出しに行こう」

「…アキトとユリちゃんのバカ。
 私が気にするからってそんな、ひどいことして。
 アキトの真似する人がいっぱい出て、いっぱい女の子が不幸になるよ」

「影響されて真似する人のことなんて知りません。
 自分の罪は自分で贖ってもらわないと面倒見切れませんよ。
 っていうかPMCマルス始めた時の王子様詐欺のことだって、
 頑張って阻止したんです、今回だって大丈夫ですよ
 
 世界一の王子様の真似なんて、すぐに見て分かるんですから」

ユリちゃんが堂々と言いきってしまって、私は黙り込むしかなかった。
…こんな卑屈な言葉がでてくる私のために、こんなにしてくれる。
嬉しくないはずがないよぅ…。

涙がこぼれそうになって、私は袖で拭った。
二人が無理して準備してくれた婚姻届けに涙を落としたくない。
早く書かなきゃ…。
私が意を決して、ペンを手に取ろうとしたら…。
アキトとユリちゃんが、本当にニコニコして私の事を見てくれてるのが分かった。
私は…泣きながら笑ってるんだね…。

「あ、ラズリさん。
 もう一個、プレゼントがあるんですよ」

「え?」

「後ろを見てみろよ」

アキトに促されて私が後ろを振り向くと…。
棺のような大きな箱があった。
こんな大きなプレゼント…?
なんだろ?

「…開けるよ?」

「どうぞ」

私が箱のふたをずらすと…あっ!?

「わ、私!?」

棺の中に納まっていたのは、私…。
私の意識が表に出ている時の、黒髪のラピスちゃんの身体だった。

「驚いたか、ラズリ。
 …地球でさつきちゃんたちの入れ替わりトリックをする時に、
 IFSの義体を作ったんだよ。
 せっかくだし、ラズリの分も作っておこうと思ってさ。
 
 これはアイちゃんとウリバタケさんの合作なんだ。
 地球でウリバタケさんが義体を作っておいてくれて、
 ナデシコAでアイちゃんが三ヶ月みっちり調整してくれたんだ。
 
 俺が『黒い皇子』時代に脳をいじられたのを治すために、
 アイちゃんは未来で脳医学について学び直してて…。
 この世界に戻ってきた時にも、かなり研究を進めてくれてたんだ。
 例のVRシステムの研究の延長線上にあるとかどうとかで…。
 
 その技術を使って、二人同時に表に出てこれるように義体を作っておいたんだよ。
 一個の身体じゃ、色々不便するだろうからってさ。
 一人の身体にいる人格二人が同時に体を動かせるか分からないし、
 俺とユリちゃんも二重人格みたいなもんだから試してみたんだけど、
 変な気分だったが、同時に動いても意外と大丈夫だったんだ。
 いい感じの負荷がかかるせいか意識もきっぱり分かれて、お互いのプライバシーも守れてさ。
 
 さつきちゃんたちは義体を使ってる間は体を動かせなくなってたみたいだけど、
 脳と遺伝子、ナノマシンから調整されているIFS強化体質者なら、同時に動かせるんだって。
 とはいえ一日中だとさすがに疲れるけどな。
 
 操作距離も、最近開発された超高速通信なら地球上どこでもコンマ単位の遅れしか起こらないとか。
 
 どうだ、気に入ってくれたか?」


「う、う、う~~~~~!!」



私はぷるぷる肩が震えていた。
涙がぼろぼろこぼれていた。
こんな、こんなことが起こっていいの?
わけが分からなくなるほど感激してた。

私がラピスちゃんに対して負担が多い存在だとは常々思ってた。

ラピスちゃんと切り離すことのできない存在だからこそ、私は生きていられる。
それは分かっていてもお互いに、一時も離れられないのはたまにだけど窮屈に感じていた。
脳が一つだから、眠る時も、夢の中も、いつも一緒。
相当無理しないと自発的に姿を隠すのも難しいの。
せいぜい、アキトとバーチャル空間でデートする時くらいしか離れられない。
それでも仕方ないと思ってた。
それが私が生きていられる条件だった。
…それをあっさり覆して、すごい身体を…。

でも、一番…一番、嬉しいのは…!

「つ、使ってみても、いい…?」

「ああ。
 ほら、この腕輪をつけてみな。
 オペレータやる時と同じ感じで、入っていくんだ」

「うんっ」

私は金属製のブレスレットを手渡されて、左腕に着けた。
それで意識を集中すると…。

っ!

IFS導入時みたいに、走馬灯のような思い出がよぎった…。
今までの…ユリカだった頃の記憶から、ラズリになってからの記憶まで…。

そして…。

「ん…くぁ…」

私は棺の中から起きると…。
手を握って、目をぱちぱちして、伸びをして…。
す、すごい!
本当にラピスちゃんの身体と同じくらい動けるし、感じ方もほとんど変わらない!
し、心臓の鼓動まで感じる…どんな技術なの!?

「…ラズリ、動ける?」

「ラピスちゃん!」

「へっ!?」

私は棺から出ると、覗き込んでいたラピスちゃんに抱きついた。
そう、ずっとこうしたかったの!
身体が一つだけじゃ絶対にできなかったこと!

「ラピスちゃん、ラピスちゃん!」

「わ、なに!?
 なんなのよ!?」

ラピスちゃんに頬ずりすると、困惑した声が聞こえた。
でも、私は気にしないで強く抱きしめた。

「ラピスちゃん、ぐずっ…。
 ホントはねぇ…ラズリねぇ…ラピスちゃんをこうやってぎゅーっとしたかったの…。
 バーチャル空間じゃ構造上一緒に居られないし、
 ラピスちゃんの身体の中じゃ、脳内で会話するので居一杯だし…。
 
 どうしたってこんな風に抱きしめてあげられないんだもん…。
 
 私の代わりにアキトを支えてくれた、
 いっぱい、返しきれないくらい助けてくれた、
 優しくて大事なラピスちゃんを…」

「ら、ラズリ…あ、ありがとね…。
 て、てか…その義体って涙とか鼻水まで出るんだ…」

「ラズリさん、鼻かんで」

「…うん」

ラピスちゃんを開放して、ユリちゃんにティッシュを渡されて鼻をかんで、
私はラピスちゃんの隣に座った…すごい不思議な気分。
本当は、こんな風に二人の人間だったんだよね、私達…。
でも…これで、私の身体が出来て、ようやく元通りに…嬉しい…。

「あ、そうだ。
 プレゼントがもう一個あるんだ、今度は二人に」

「も、もういいよぅ…。
 これ以上もらったら、返しきれないじゃない…」

「いいじゃん、ラズリ。
 もらえるもんは病気と迷惑なもん以外は貰っとこうよ。
 アキトとユリなら病気でも分かち合いたいけどね」

「もう、ラピスちゃんったら…。
 私…夏樹さんのこと考えるとこんなに幸せでいいのかって…。
 っ、いたたたた、ラピスちゃん、やめてよぅ!?」

「めんどくさいことばっかり言ってる悪い子はぐりぐり~~~っと。
 夏樹は私達に、自分の分まで幸せになるように言ってんだからいいの!
 夏樹だって、自分が幸せになれる立場だったらこうするってば!
 
 あはは!それにしても、こりゃいいね!
 痛覚まできっぱり分かれるなんて、イネスはやっぱりすごい!
 たった三ヶ月でここまで仕上げてきたんだ!
 天才すぎて笑っちゃうよ、あはははは!」

「お、おいおいラピスやめろって…」

ラピスちゃんは私のこめかみを両手でぐりぐりして責め立てた。
私は不意を突かれて、パニック状態になってもがくしかできなかった。

「うう、ラピスちゃん、立場が対等だからってひどいよぅ…」

「いいから黙ってアキトとユリの話を聞きなよ。
 聞いてから断るかどうか考えればいいじゃないの」

「はぁい…」

うう、私ってばラピスちゃんに敵わないよぅ。
ユリちゃんにもお説教されたことあるし、すごい立場がないよぅ…。

「…落ち着きました?
 じゃ、言いますよ。
 ラピスの身体のことで、重要なことがあるんです」

「…私の?」

「そうです。
 これから私達は夫婦…もとい、夫婦婦婦になるわけですけど」

「ぷぷぷ、変なの」

「一夫多妻なんて世界的にみればないことはないんですからいいんです。
 で、ラピスの身体には妊娠能力がないって聞きました。
 …でも、生理は来てるんですよね」

「うん……。

 …うん!?」

「アイの診断でも排卵能力にも、卵子にも異常がないって聞きました。
 だったら、子供は…できないわけじゃないんです。
 だから…!
 
 

 私が、アキトさんとの子供を産みます!
 私の身体で!
 
 
 二人のために、子供を産んであげます!」


「「!!」」



私とラピスちゃんは二人して絶句した。
…そう、ラピスちゃんの身体には、妊娠する機能は外されていた。
この世界で…ラピスちゃん、つまりユリカのクローンを造った人たちの都合で…。
まかり間違って実験体同士で子供を造れないようにと、妊娠する身体機能を無くされていた。
卵子の摘出が出来れば、人工授精と培養カプセルで子供は作れるから。

でも、私達はアキトとユリちゃんには「子供が作れない身体」とだけ伝えた。

これはラピスちゃんと私の約束で…。
…今の立場で人工授精で子供を造ろうとしたら、奪おうとする人が出るから。
アキトの子供となれば…どれだけ頑張っても守り切れるかは分からない。
動ける人間ならまだしも、培養カプセルは取り外したら致命傷になりかねない。
守り切れる保証がない以上、子供を作る方法はないのと同じ。
だから、黙ってたんだけど…。

「ちょ、ちょっと待ってよユリちゃん!?
 そ、それって違法なんでしょ!?」

「違法がなんです!?
 ちゃんと事情を説明すればこれくらい聞いてもらえますよ!
 アキトさんの子供となれば、培養カプセルでは守り切れるか怪しいからって言えば!
 何を変な遠慮してんですか!?

 それに、代理出産で生まれた私がここにいます!
 
 肉親じゃなくても、そこらの肉親以上に大事に育ててもらえた、ホシノユリが居ます!
 条件はそろっているんです、だから大丈夫!」

「で、でも──」

「そうだよユリ、あんたがこれ以上無理しなくたって、
 あんたとアキトにここまでしてもらったんだから、
 私達はもう、これ以上ないくらいに幸せで──」

「ラピス!
 さっき言ったことと、ずいぶん意見が違うじゃないですか!?
 貰えるものは病気と迷惑以外は何でももらうんじゃなかったんですか!?」

「だ、だって…」

私とラピスちゃんは、ユリちゃんの剣幕に後ずさりするしかなかった。
ただでさえ重婚で違法行為を通すことになってるのに、
人工授精で代替されてるから禁止になった代理出産まで持ち出すなんて思わなかった…。
た、確かにユリちゃんが妊娠してる状態でも守り切れるのは今回証明されたけど、だからって…。

「ゆ、ユリちゃん落ち着いて…。
 疲れてるんだから…。
 俺が代わるよ」

「はぁ…ふぅ…は、はい…」

「…ユリちゃんはちょっと、情報が洩れてないかをずーっと調べてたんだ。
 少なくとも火星を発つまでは気づかれちゃいけないから…。
 重婚の事も、それとなくネットに情報流して下地を作ったりとかやっててさ…。
 お、俺もオペレーター出来たら良かったんだけど、頭悪いし…」

「「お、お疲れ様…」」

「…それで、な。
 俺たちの子供が生まれた時、大変だったけど…。
 やっぱり、すっごく嬉しかったんだ…。
 毎日、この子たちの顔を見てるとやっぱり頑張った甲斐があるなって思ってさ…。
 
 だから、重婚の件と一緒にお願いしておいたんだ。
 ラピスの身体の事も、俺の状況の事もあるから特例的に認めてほしいって。
 
 …昨日も、二人が俺たちの子供をずっと見つめてたって聞いてさ。
 やっぱり思った通りだなって、後悔させたくないなって思ったんだ。
 
 俺とユリちゃんの心は決まってる。
 あとは二人がどうしたいと思うかだよ。
 
 二人が、俺と自分の子供を…。
 いや、俺と、ユリちゃんと、ラズリと、ラピス。
 全員の子供が欲しいかどうか、だと思うんだよ…」

私はずんっと重たいものが胸に響いた気がした。

ユリちゃんは…育ててくれた、代理出産してくれた二人を本当の親だと思ってる。
そこに至る過程がひどくても、お父様と同じ、大事な親だと思っている。
だから…ユリちゃんが産めば、「私達四人の子供になる」って本気で思ってるんだ…。

「…ラピスも、ラズリさんも、遠慮してたんですよね。
 アキトさんと結婚できるからそれ以上はいいって思ったんですよね。
 だから、そのことを今日まで黙ってたんですよね。
 排卵はしてるのに、それも教えてくれなくて…」

「ち、違うよぅ…。
 試験管ベビーはルリちゃんのことがあるし…ユリちゃんの推測通りだよ。
 アキトと私達の子供を試験管ベビーで造ろうとしたら、守れるか分かんないから…」

「…そうなんだよ、アキト。
 もしそんなことをしようとしたら、守り切れないし、
 アキト達につきっきりで守ってもらうのもちょっと無理だし…」

「だから、私が…」

「そ、そこまでしてもらったら、本当に私…!
 ユリちゃんに何も返せてないのに…」

「だったらこれから返してもらいます。
 二人には、アキトさんと私の子供をちゃんと見てもらいます。
 叔母さんじゃなくて、私と一緒に母親になってもらいます。
 …それに、子供がいっぱい産まれたらデートも中々できなくなっちゃいますから。
 
 私とアキトさんの時間を作るためには、二人が必要なんですよ」

「そ、そりゃそうかもしんないけど…。
 だったらさつきたちだって頼んだらいくらでもベビーシッターくらい…」

「ダメです。
 私達の家庭の問題は私達で解決したいですし…。
 この期に及んで自分に嘘をついて逃げようなんて許しません。
 二人ともアキトさんと自分の子供が欲しいって顔に書いてありますよ」

「「……」」

私とラピスちゃんは、黙って涙をぼろぼろこぼすことしかできなかった
完全に言い負かされちゃった。

私だけじゃなく、本当はラピスちゃんもアキトとの子供が欲しかったんだ…。
私達は、ユリちゃんが羨ましかった。
でも状況的に無理だから、みじめになりたくなくて言い出せなかった…。
それなのに、そのユリちゃんが私達の夢を叶えてくれるんだ…。

「…ホントに、いいの…?」

「あったりまえです!
 私だって、ラズリさんからアキトさんを奪ったのずっと気にしてたんです!
 これくらい、屁でもないですよ!」

「いいの、ユリ…私の分まで…」

「一人産むのも二人産むのも変わりません!
 いっぺんに双子産めたんですから、ぜんっぜん問題ないです!」

「ユリ…ちゃん…!」

「ユリ…!」


ぎゅうっ!


私とラピスちゃんは、ユリちゃんを挟み込むように抱きしめた。
二度と離したくないくらい、大事な…ユリちゃん…!

ユリちゃんのバカ…!
そんな無茶苦茶な願いまで叶えてくれるなんて思わなかった!
お墓まで持ってこうと思ってたのに、どうしてそこまでしてくれるの!?
私達がなにも言わないのに、全部分かっちゃうんだから、ずるいよぅっ!


「「う…うわあああ~~~~ん!!」」



「っ!
 ちょ、ちょっと…声が、こ、鼓膜が…。
 いたっ、く、くるしいぃ…」


「ぐずっ…ユリちゃぁ~~ん!
 ありがとぅ~~~…」


「ユリぃ…っ!
 あんた、ホントにとんでもないこと考えるよねっ!
 ユリカ以上じゃないの、あんたってやつは!
 …ありがとね!
 
 愛してるよ!
 
 アキトとおんなじくらい!
 
 この、このっ!」


「は、はは…ユリちゃんがモテモテだ…」

「あ、アキトさん!?
 冗談言ってないでなだめて下さいよぉっ!」

「いやー、そりゃ無理だよ。
 …ユリカが感激しちゃったらそりゃ止まんないって。
 しかも二人分じゃ…」

二人が言ってる事が全然聞こえない。
ユリちゃんにいっぱい大好きって伝えることしか考えられなかった。
五年前にも、アキトが居なくなっちゃうようなことがあったら結婚してくれるって約束したけど…。
…私達はもう、ユリちゃんに心の底からほれ込んじゃった。

私達は、自分の存在そのものを祝福されたような、
どんな幸運でも追いつかないくらいの幸せを感じていた。

どんなことをしてでも、
私達を、幸せにしたい。
私達を、悲しませたくない。
離れたくない、一生そばに居たい。
そして…。
私達の子供も、一生懸命愛したいと思ってる。

ユリちゃんとアキトの言葉から、表情から、声から。
そんな気持ちが、伝わってきた。

それで…私達も…。
ユリちゃんを離したくない。
アキトとユリちゃんを一緒に、いっぱい愛してあげたい。幸せにしたい。
アキトとユリちゃんの子供の母親になって、一生懸命愛したい。

そう思っていたら…。
もう、止まらなくなって…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


「「ご、ごめんね…」」

「…も、いいです。
 二人の気持ちが分かったら、いっぱい安心しましたから」

「ユリちゃん、あんまし動かないでね。
 またずれたの直すと、結構痛いから」

「…誰のせいですか。
 早く助けてくれないんだから…」

「ご、ごめん…。
 帰りは三人でサービスするから許して…」
 
「そんくらいあったりまえです!
 普通の人だったらこの一件で離婚ですよ!?
 っていうか、子供の面倒の見方教えますから、ちょっとくらい楽させてくださいよ!」

「「「は、はい…」」」

…私とラピスちゃんは、それから三十分ぐらいユリちゃんを抱きしめていた。
あんまり嬉しくて、二人して雨あられのようなキスまで浴びせていた。
でも、二人して加減が分からずに、必死に抱きしめてたせいで…。

ユリちゃんは、五年前の救出事件の時に起こした脱臼がぶり返して、
さらに両腕の二の腕と肋骨にひびが入って、ユリちゃんは十分ぐらい悶えていたみたいで…。

ユリちゃんは痛みで叫べなくなって、ボロボロ涙がこぼれて、
その様子を見て、アキトは嬉しくなったんだろうととぼけてたせいで、怪我の発覚が遅れちゃった。
…私達はユリちゃんに平謝りして、
アキトが昴氣でユリちゃんをもくもくと治療し終わるのを、正座して待つしかできなかった。

「ふう…なんとか治ったみたいです。
 ちょっとお茶でも飲んで落ち着き直しましょうか」

「あ、うん…。
 私、お茶を淹れてくる…」

「ユリ、わ、私は肩でも揉もうか?」

「お願いします。
 …でも手加減して下さいよ、ラピスは結構鍛えてあるんですから」

「あーい…」

「ゆ、ユリちゃん、俺は、ど、どうしようか」

「…アキトさんは子供を見ててください。
 まだ眠ってますし、お茶が来るまででいいですから」

…ユリちゃんはさすがにまだ怒ってるみたいだった。
でも、この短時間でこんなに落ち着くんだから、本当に肝が据わってるよね…。
あ、茶柱が全部のお茶碗に立った。
縁起いいなぁ。

「…で、とりあえず落ち着いたところで、
 婚姻届けを全員で書きましょう」

お茶を飲み終わって、ユリちゃんは再度、四人用の婚姻届けを取り出した。
うう、ドキドキする…。
私とユリちゃんはある意味バツイチだけど、よりを戻すだけで…。
ラピスちゃんは初婚だけど…。

「ちょーっと待った、ユリ」

「…どうしました?
 今更、異議申し立ては聞きませんよ?」

「違うんだなぁ、これが。
 まだやれること、思いついちゃったんだぁ♪」

ラピスちゃんは、いつもの小悪魔的…。
ううん、大悪魔そのもののような笑顔を浮かべた。
な、何を考えてるの…?こ、怖いよ…?
と思ったら、私の方をじっと見て、その次に、アキトの顔を見た。

「ね、アキト、ラズリ。
 ユリがここまでしてくれて…。
 ここまで状況がそろったんだから、せっかくならさ。


 ぜぇんぶ、カンペキパーペキに、
 取り返してみるってのはどう?」


「「「えっ?」」」

ラピスちゃんの言葉に、私達は首をかしげることしかできなかった。
でも、その直後に聞かされた内容に、私達は愕然とした。
そう、それは…。

今まで起こったこと、私達の持てる術をすべてを駆使して、
本当に「すべてをほぼ完璧に取り戻す」行為だった。

そんなことが、本当にできるのか。
この段階では分からないけど…。
もし失敗したら、今度こそすべてを失うかもしれない、けど…。

それでも私達はこの魅力的すぎる提案に頷くことしかできなかった。

今までは私達は巻き込まれた側として振舞うことも、誰かのせいにすることも出来た。
でも、今回は違う。

今度こそ私達は、自分たちの意思で罪を犯す。
私達の意思で世界を欺き、人々を『真実』で騙す。

それがとてつもなく罪深い行為だと知っていて、選択せずにはいられない…。
私達が決して取り戻せないと焦がれた、あの夢を…。


『あの未来』を、新しい形で叶えることだった。


「さあ…火星に戻って、アイを連れてくるよ。
 火星に残るつもりだったそうだけど、あの子の力が必要になるから。
 
 戻りも準備が大変になるけど、みんなで頑張ろうねっ!」













〇地球・アイドル合宿所『大和』──チハヤ
…私はやたら熱気に満ちたこの部屋の中で一人、居心地が悪い思いをしていた。
チャリティーコンサート巡業の最中、一度日本に帰国して休養してたけど…。
ホシノアキトの重婚許可のために、こいつらは動くらしい。
あ、頭痛くなってくるわね、相変わらず…。

「みんな!
 そろそろ期日通りに動き始めるわ!
 アキト達の夢を叶えるために力を貸してくれるわよね!」

「あったりまえじゃない!」

「アキト様の力になれるならどんなことだってするわよ!」

ゴールドセインツの私以外は本当に乗り気で、
ライザまで乗り気で居るって言うのも頭が痛くなってるポイントだった。
恩があるからってことだけど…ど、どこまで頭悪くなってるのよ…。

「…ちょっと待って!
 追加の依頼がラピスちゃんから来てるわよ!
 『計画に一部変更あり、計画を進めつつ続報を待って欲しい』だって!」

「あれ、重子…。
 通信強度をどれだけ高めても完全には守れないからって、
 ラピスちゃんとはメール通信も禁止してなかった?」

「短文なら大丈夫なのよ。
 でも通信環境的に件数がかさむとバレるから緊急時用…。
 アキト様関係の計画が失敗だったと思った時だけに使う予定だったルートなの。
 
 …ただ、これ以上の情報は送れないから、
 一晩かかりっきりで占いをしないといけないわね。
 
 ラピスちゃんの意図を…。
 私達がやるべきことを、正確に読み取らないといけないの。
 ちょっときついから…しばらく放っておいてくれる?」

「それは構わないけど」

「分かったわ。
 それじゃ、後の事は頼んだわよ」

重子は静かに部屋を出ていった…。
…またなーんかろくでもないことが始まりそうよね、ったく。
まあ、今更何が起こっても別に驚きは…するかもしれないけどね。
本当に奇天烈な、ぶっとんだ事ばっかり起こるもんだから。
…でも、この時、私は想像できなかった。
これから起こる、とんでもない出来事を…。

結局のところ重子は、一晩では戻ってこなかった。
三日三晩占いを続けて、げっそりしてぶっ倒れたところで…。
彼女が倒れる寸前に手渡した計画書を、さつきたちが先に読んだ。
すると絶叫が…悲鳴と言っていい叫びがこの合宿所に満ちて、
つられて私も計画書をのぞき込んだ。

…その内容に私は、一瞬意識が飛びそうになった。
こ、こんなことを叶えるつもりなの!?

私も、ライザとライザたちに詳しいことを聞かされて、
ホシノアキトたちが未来から来た人間であることも知っている。
…聞かされた時は反則臭いとは思ったけどね。

それで…。
彼らはここまで来て、半端で終わらないつもりだというのが分かった。

すべて取り返す。
誰かを傷つけない方法であれば…どんな手を使ってでも。

…そこまで想う人が居るって言うのはとても羨ましいと思う。
だけど、その方法は…本当に常軌を逸している。

こんなことを通していい人間は居ない…。
だけどホシノアキトという人間なら、あるいは…!


このバカげた願いを、叶えてしまうかもしれないわ…!


















【火星からアキト達が出発してから三日後】
〇地球・ネルガル本社・会長室──アカツキ
僕はラピスから今日に起こる報道をちゃんと見てほしいと連絡されていた。
だから僕とサヤカ姉さんは会長室でじっとテレビの報道を見ていた。
どうやら例のコバッタから何か新しい証言があるということらしいけど…。

『それではコバッタさん。
 なにか重大な発表があるということですが…』

『おっほん。
 今日はお日柄もよく、晴天に恵まれまして…』

…なんかすっとぼけたヤツだね。
まだ事情を直接聞かされていない僕にも、
状況的に遺跡ユリカ君の準備した『仮の犯人』であることは分かっている。
ヤマサキをそそのかした、人格をもった古代文明によってつくられた人格をもったコバッタ…。
そのコバッタが、何を言い出すんだろうと待ち構えていたら、とんでもない言葉が出てきた。

『…えー、それで何があるんでしょうか』

『ああ、ごめんなさい。
 こういう風に人前で話すのって初めてなので、慣れてなくて。
 ええっと、事情をお話します。
 
 ヤマサキさんと、僕の協力関係が築かれる以前のことです。
 
 ヤマサキさんは秘密裏に地球の研究所を調査していたそうです。
 遺伝子研究、ナノマシンの研究に関する研究所に人を送り込み、
 可能であれば技術を盗んでくるように、と』

『はあ、そんなこともしていたんですか』

『そこが問題なんです。
 彼が人を送り込んだ場所こそが…。
 ホシノアキトさんが改造を受けた…いえ。
 
 ホシノアキトさんの生誕の地、だったんです』

『ッ!?』

「「!?」」

コバッタの言った言葉に、僕たちは衝撃を受けた。
そこは、ネルガルの…前の世界ではなかったはずの研究所だ。
あのクソ親父でもクローン研究までは行っていなかったのに、
恐らく遺跡ユリカ君の介入によって作られた研究所だ。

けどその研究所は別勢力の介入で、わずかな研究員を残し、ほぼ全滅したことになっている。
ホシノ君とユリ君が抜けた後のことだ。
残ったわずかな研究員は、ラピスだけを頼りに研究を続けていたことになっている。
彼らには僕たちと口裏合わして黙っていてもらっているし、
ライザ君の素性をロンダリングした時にも世話になった。
それを、なぜこのコバッタが…?

いや、この際それは問題じゃない。
このコバッタが、ホシノ君についてなぜ、この場で話し始めているのかが問題だよね。
…続きを聞いてみるしかないね。

『彼の詳しい素性については、後ほど彼が自分でお話しますが…。
 彼の婚約者であり、ユリさんも姉と慕った人物もここで生まれました。
 ここが問題なんです。
  
 そしてヤマサキさんは、
 ホシノアキトさんの体内にあるナノマシンの特性にいち早く気づきました。
 
 彼の体内には致死量のナノマシンが…。
 IFS強化実験のためにありとあらゆるナノマシンが投与されていました。
 そのために、一時は味覚を失ったこともあるということですが…。
 
 彼の体内にある『サバイバビリティナノマシン』。
 最近、ゴールドセインツの二名に投与されて、一命をとりとめたことで有名になりましたが、
 当時はまだ完全には完成していなかったようなんです。
 ホシノアキトさんの体内で少しずつ進化して、
 完成する可能性に、ヤマサキさんは気付いたんです。
 
 弾丸をも受け止め、保有者の生命を何が何でも救おうとする『不死身化ナノマシン』、
 これがもし完全に完成したら地球側の勢力に対抗する術が無くなると考えたんです。
 
 どれだけの重傷を負おうとも復帰できる可能性が飛躍的に上がれば、
 絶対的な数での不利を抱える木連では勝てなくなると考え、そこで…。
 
 ホシノアキトさんを『暗殺』しようとして、ある勢力が襲撃するように仕向けたんです。
 
 彼らの正体は僕も聞かされては居ませんが…。
 この時に、ホシノアキトさんは重傷を負い、婚約者も死亡、
 研究所はほぼ壊滅した、ということらしいんです』

『…そうなんですか。
 ヤマサキ博士との確執は、その時に…』

『ホシノアキトさんも、その勢力がヤマサキさんと通信しているのを目撃したとかで…。
 木星の所属と知り、名前と顔を覚えていたと、ホシノアキトさんから聞きました。
 その後のホシノアキトさんの話は、ネルガルに保護された以外は、
 僕は詳しく知りませんが…。
 
 ここが重要なんです』

『というと?』

『かつてホシノアキトさんがヤマサキさんを、木星トカゲを憎む理由になった…。
 襲撃を受けた時、犠牲になったはずの彼女は…。
 
 
 ──死んでいないんです』


『…え?』


──僕は絶句するしかなかった。

意識が完全に現実に戻ってきた時に、これが嘘だと…。
あの子の創った筋書きにすぎないとすぐに分かった。
そしてそれがなにを意味しているのかも。

『ホシノアキトさんの婚約者は…生きています。
 ヤマサキさんは、ホシノアキトさんが保護され、回収に失敗したため、
 同じナノマシンを投与されている可能性のある、婚約者の死体を回収しようと考えました。
 
 ホシノアキトさんともども、死亡したと思うほどの重傷を負いながらも…。
 
 彼女にも投与されていたサバイバビリティナノマシンで息を吹き返し、
 ヤマサキさんの関係者に治療されました。
 そして彼女は…傷は完治したものの、意識を取り戻さずに深い眠りについたまま、
 ついに木連への搬送をされようとしていました。
 しかし…』

『…しかし?』

『彼女が入ったカプセルを積んだ、
 シャトルはビックバリアを突破できず、
 海に墜落し…カプセルは、海の底に沈みました』

『そ、それでは生きていないはずでは…』

『いえ、カプセルが海に沈んだところまでは確認しています。
 かなり頑丈に…そして重要であるため、絶対に死なせないための構造がありました。
 
 耐久力に優れ、
 冷凍睡眠でもなしに、
 ゆうに十年は生存できるだろうという設備が入っていました。
 
 いくら地球の勢力が木連に与していたとはいえ、
 さすがにビッグバリアを解除させるのが難しく、
 カプセルを海中から回収する手段をとるのも難しく…。
 ヤマサキさんはその回収をあきらめざるを得ませんでした。
 
 …今も、彼女は太平洋のどこかに沈んでいるはずです』

『何故今になってそんなことを!?』

『…ヤマサキさんは、その時はなんとも思ってなかったんです。
 あんな卑劣な地球人のことなんてって。
 
 でも僕にこの戦争に正義がないことを教えられてからは…。
 夏樹さんの事を後悔してたんです。
 
 自分が木連のために罪を負うために、夏樹さんを不幸にすることを悔やんでいて…。
 ホシノアキトさんの苦しみも、彼は理解した。
 
 だから遺恨をすべて無くすために、僕に託したんです』

『し、しかし…七年も海底に沈んでいたのでは…』

『そこからは、俺とラズリが説明します』

コバッタが語った内容を引き継ぐように、ホシノ君が前に出てきた。
…!まさか!?

『…五年前、ラピスにはもう一つの人格が生まれました。
 突然、全く違う人間のように振舞うようになったんです。
 
 俺の、婚約者が…。
 死んだ彼女が、憑依したように』

『…!?
 あ、あの映画の…。
 ダイヤモンドプリンセス三部作の、二作目のようにですか!?』

『…はい。
 俺たちも、あの映画を撮ったあとのことだったので、
 あまりにタイミングが良すぎて驚いていたんですが…。
 
 どうやらラピスが見ていないはずの、俺のことを知っていて…。
 俺とラピスのテレパシーでも、伝わらないことを。
 …そのうち、俺たちは彼女がラピスの身体を通じて話しかけていることに気が付きました。
 
 もしかしたら、俺とラピスのように…。
 彼女とラピスはテレパシーで通じているのかもしれない。
 そして、彼女は生きているのかもしれない、と…。
 
 もしかしたらヤマサキ博士に話を聞いたら、
 真相がつかめるんじゃないかって、思っていたんです。
 
 でも、ヤマサキ博士は…俺たちとは会話をしようとはしてくれませんでした。
 最後の最後まで、敵として振舞い…。
 ラピスの説得にも応じてはくれなかった。
 
 …だから俺たちも諦めるしかない、そう思っていたんですが…』

『でも、ヤマサキさんがコバッタさんに伝えてくれたことで、
 まだ希望はあると思えたんです。
 
 私が…本当に、生きてるのかどうか。
 確認するまで、諦めないで居ようと思ったんです』

……そうか、ホシノ君、ラズリ君。
君たちは…真実を話すことにしたのか。
この世界で嘘になるはずの『真実』を全世界に発信して、
それに合わせた現実を作ろうとしている。

全ては…ラズリの…ユリカ君のためだけに!

そのためには、なんだってやる…。
世界だって欺いてやるってことかい!

『…なんでこんなことが起こったのか。
 俺の婚約者とは、どんな人なのか…。
 
 そして、俺という人間は何者なのか。
 
 …話す時が来たようです。
 できれば、墓まで持っていこうと思っていた、真実を。
 これから起こることも受け入れてもらえないと思いますから…。
 
 すべて、話します』

「…サヤカ姉さん。
 ウリバタケ君と、シーラ君…PMCマルスの重子君と…。
 それに例の研究所の人たちを、呼び出してくれるかい?」

「え?
 え、ええ。
 でも、どうして?」

「…ホシノ君はね、未来に置いてきてしまったものを、
 ここにもう一度創ろうとしているんだよ。
 
 そのためには口裏合わせて、僕たちが準備してあげないといけないんだ。
 ホントに困った男だよねぇ、せっかく稀代の英雄になれたっていうのにさぁ。
 世界一の嘘つきになってでも取り戻したがってるんだから。
 
 …だから、頼むよ」

さて、これから忙しくなりそうだね。
また重子君の占いに頼って、五里霧中の中を走らなきゃいけないわけだね。
…大変だが、なんともできないほどじゃないだろう。
五感を失った彼を、狂ったあの黒い皇子を…。
心身ともに完全に回復させるよりは、百万倍、楽なことだからね。

『俺が…研究所でナノマシンで遺伝子的に改造されたのは事実ですが…
 実はそれだけじゃないんです。

 俺はテンカワの…クローンなんです。
 
 顔も名前も、一緒なのは当然なんです。
 詳しく遺伝子を調べれば、すぐに分かります。
 
 だから、戦い始める時に頼った。
 …鍛えれば同じくらい強くなるのは分かっていたから。
 
 そして…。
 ラピスと…ラズリも…クローンです。
 ラピスの身体を通して現れた、ラズリの…本当の名前は…。
 
 「ユリカ」なんです。
 
 ユリカ義姉さんの…クローンなんです。
 ラピスも、似てないけどユリカ義姉さんのクローンです。
 だからテレパシーで通じるなんてことが起こったんだと思います。
 
 だから…。
 実は、あの映画撮ってる時、ホントに辛くて…でも懐かしくて…。
 
 こんな偶然、ありなのかよってまいっちゃって…はは…』

涙をぼろぼろこぼしながら、ホシノ君は弱々しく笑った。

『…すでに、俺がユリちゃんとラピス、
 そしてラズリと重婚しようとしているのは聞いていると思います。
 間違っていることだとは…分かってます。
 
 でも、妥協したくないんです。
 俺を愛してくれている三人に、応えたい。
 俺をめぐって、争って欲しくない。
 
 …だから、俺は。
 初めて、未来のため、世界のため、平和のためでもなんでもなく…。
 
 本当に自分のためだけに、わがままを叶えたい。
 
 このわがままを叶えることを許してほしいんです…。
 英雄の立場を利用して、好き勝手しようとしていると分かってます、

 でも、俺はあきらめたくないんです!
  
 ラズリ…ユリカを、探し出すのを手伝ってください。
 そして俺に…!
 
 

 三人と一緒に添い遂げる資格を下さい!』


「ぷっ…。
 
 あっはははははは!!
 
 やっぱりとんでもないやつだったね、君は!
 
 憎しみがどうとかそういう話じゃなくて、君は本当にとんでもないバカだ!
 
 堂々と三股宣言とは!
 
 横綱スケコマシすっ飛ばして、キング・スケコマシだね!!」

 

「な、ナガレ君…。
 これ、本当に大丈夫?」

「くくくく……大丈夫だよ。
 奇跡を起こすのが大得意なんだ、ホシノ君は。
 
 …今まで借りばっかり作ってた地球圏のみんなは、協力せざるを得ないだろうね」

「でも、本当に…太平洋に沈んだカプセルを探すなんて…」

「気にしないでいいよ、サヤカ姉さん。
 あれは嘘だから」

「え?」

「ま、ウリバタケ君たちが来たら詳しく相談するけどさ…。
 僕たちにヤラセをやれって言ってるのさ、彼は。
 本当に未来で起こった出来事に合わせて、この世界でユリカ君を取り戻そうというわけさ。
 例の義体の件も、うまくいったんだろうね。
 
 さて、うまくやらなきゃね」













【三か月と一週間後】
〇地球・太平洋──ラピス
私達は地球に戻ってきた。
マスコミの盛大な出迎えに、そこそこ適当に応えてから…一週間くらいの間。
アキトは太平洋で深海活動用のエステバリスを駆り、ダイビングし続けていた。
私とルリも、新ナデシコAに残ってアキトを支援し続けていた。
アキトだけじゃなく、ネルガル含め、たくさんの企業が探し続けてる。

『存在しないはずのカプセル』を。

世界中が…名だたる各企業、連合軍、各国までが威信をかけて、
太平洋に眠る『英雄ホシノアキトの元婚約者』を探してくれている。
私をテレパシーで操っていたことになっていた、ユリカのクローンが眠るカプセルを…。
ここまでの資金と人材、時間を浪費させて、私達は世界を欺いていた。

居ないはずの人間、ないはずのカプセルを探してもらい…。
その間に、アイと、ウリバタケに…必要な準備をしてもらった。
そして…!


『!見つけた!』


『!?』


『『『おおーーーっ!?』』』



ついに海底一万メートル、アキトは『ユリカのカプセル』を発見した。
コミュニケ通信がパンクしそうなほど、大量のウインドウから歓声が聞こえてきた。
アキトは大事そうにカプセルをエステバリスに抱えると、海上へ向かった。

…とーぜん、ヤラセだけどね!

アキトはカプセルを引き揚げて、ナデシコAに戻った。
格納庫で、アキトは息をのんで、そのカプセルを解放した。
カプセルは六畳程度のプレハブ小屋の大きさと同じくらいだった。
その中には世話用のコバッタが入っていて…。
さらに頑丈そうな培養カプセルの中に、『彼女』が眠っていた。

「ユリカ…」

「お兄ちゃん、下がってて。
 …生体反応はあるし、電気による刺激はしてあるだろうけど、
 ちゃんと一から見ないといけないから、しばらくは大人しく待ってて」

「あ、うん…」

アイに促されて、アキトはそっと退いて…自室に戻った。
ユリも目に涙をためていたけど、微笑んで歩いて行った。

…えへへ、上出来上出来。
いい演技だよ、二人とも。

大根役者のアキトでも、こんな場面を見たらそうなるよね。
大変だったけどね、ここまでが…。
















【ナデシコAが火星を発ってから二日後】
〇宇宙・火星⇔地球航路・新ナデシコA・医務室──ユリ

「本気で言ってるの!?お兄ちゃん!?ラピス!?
 いえ、二人はともかくユリさんもラズリさんも!?」

「当然です」

アイはひどく驚いているというか、呆れ切っているというか…。
どっちにしても頭を抱えてます。
私達が話したプランは…。

Dさんを助けるために使った手段である『ボソン粒子を使った生体プリンター』と、
さつきさんとレオナさんのために使った義体の技術、
そしてブーステッドマン達に関わる技術まで使って、

ラズリさん専用の『生体義体』を作るという手段でした。
人体が作れる…つまり、生きた身体、時が経てば老いる、本物の身体です。
それを操るための技術を使用した、義体。
肉体の純度の高い、サイボーグボディを作ればいい。
ラピスはあのわずかな時間で、この計画を成立させる方法を考えたんです。

まずヤマサキ博士と一緒に居たあのコバッタに虚偽の証言をしてもらい、
実はアキトさんの婚約者が死んでいなかったことにして、
ヤマサキ博士の失敗で海底のカプセルで眠っている、という筋書きを作ったんです。

ラズリさんはテレパシーでラピスを操っていたと言うことにしてしまおうとしました。
そもそもラズリさんは、突如、ラピスに生まれた別人格と知られていますし、
アキトさんとラピスがリンク…テレパシーでつながっているのは有名な話です。
だったら、こういう筋書きも通せます。

「で、でもいいの?!
 重婚の話だって進んじゃってるんでしょ!?」
 
「別にいいじゃん、イネス…じゃなくてアイ。
 バレないようにしておけばいいんだし、結局対象は変わんないでしょ?」

「そ、そうはいうけど…!
 生体義体なんて、作れるかどうか分からないじゃない!
 Dさん用の身体を作る時だって、お兄ちゃんの身体のコピーをサイボーグ化するのも、
 一か八かで何とかやり切ったんだから!」

「そこはアテがあるの。
 ここに連れてきた、このコバッタ」

『ぼ、僕に何をさせるつもりだよぅ!?
 檻に入れて、こんな話を聞かせて!
 協力するわけじゃないじゃないか!?』

「ふ~ん、そんなこと言っていいんだ?
 あんたはヤマサキをそそのかしたんだから、少なくとも死刑になるのに。
 
 だ・け・ど?
 
 アキトの事を助けてくれたらどうかな?
 もしかしたら技術的な協力くらいで勘弁してもらえるかもよ?
 ついでにアキトの婚約者を救えたってなれば、
 ヤマサキも、またちょっと印象良くなるかもだし」 

『!!』

コバッタは目に見えて、驚いていました。
まさか自分を助ける代わりに協力しろ、という取引を持ち掛けるとは思ってなかったんでしょう。

「…それにね、あんたが遺跡ユリカの作った『デコイ』にすぎないのは知ってるのよ。
 ヤマサキをそそのかした重罪人として、裁かれるための身代わりのデコイにすぎないって。
 
 でもヤマサキ一人で木連を制圧できるくらい手伝えたという裏付けのために、
 あんたがオモイカネ十台分以上の計算能力と、古代火星人の持ってる英知の一部を持ってる。
 
 だったら、生体義体を作るくらいの知恵があるって踏んだんだよ」

『…そこまでバレちゃったの』

「うん。
 遺跡ユリカだって、バレたらこまるから全部完璧に仕組んできたと思ったの。
 あんたはデコイとはいえオモイカネたちと同じ、人格のあるコンピューター。
 死刑になる可能があるし、分析のためにバラバラにされる可能性も高い。
 
 もしうまく減刑とかできなさそうだったら、うまくあんたのデコイを作ってもいいよ。
 死刑になる時にすり替えてあげるから。
 
 だから、お願い。
 こんなのズルだと思うけど、誰かを殺すためじゃないからいいでしょ。
 あんたが協力しないなら、予定通りラズリは機械の義体で生きていくだけの話だし、
 断られたってちゃんとこれからの人生を生きていける。
 
 でもね、私達は妥協したくないの。
 
 ラズリ…ううん、ユリカに本当の身体を返してあげたい。
 私のコピーの義体じゃ、いくら品質が良くてもやっぱり不完全だもん。 
 全部、何もかも終わった世界だから因子も因果律も、もう関係ないでしょ。
 だったら最後の最期に、ユリカがもとに戻ったって、罰は当たんないよ」

『…よく言うよ。
 ボソン生体プリンターなんて、クローン以上の代物を作った癖に。
 
 でも…遺跡ユリカも、この結末は想像してなかっただろうね。
 そして、こんな素敵なズルなら遺跡ユリカも、神様だって許してくれそうだよ。
 
 …彼女が笑ってくれることだろうから、協力させてくれるかい…?』

「やった!
 決まりっ!
 よかったね、ラズリ!」

「…うんっ!
 ありがと、ラピスちゃん!コバッタちゃん!」

ラピスとラズリさんはハイタッチして喜びました。
…嬉しいものですね。
ラズリさんは、確かにこの義体ままでも十分幸せだと言ってくれましたが…。
ラピスが言った通り、完全じゃありません。
あくまで借りもの…ラピスの身体であることには変わりないです。
かといってもし、義体をユリカさんに近く作ってしまえば、
アキトさんがこの世界のユリカさんを好きで、
ラズリさんに合わせてもらったととられかねません。

そして重要なのが…。
ラピスの『もう一つの人格』として認知されているラズリさんには人権がないことです。

無理を言って戸籍を作ってもらうことにはなっていましたが、
実体がなければさすがにできないかもしれないです。
私とラピスとの重婚は英雄としての功績に免じて許されるかもしれませんが、
二重人格に一個の人間としての人権を与えるのはむずかしいですから。
そうなると、どうあがいても私とラピスだけがアキトさんと結婚していると思われます。
それは義体があろうとも絶対に変わりません。

でもユリカさんが『戸籍はないけど存在した人間』として発見されれば、話は変わります。
生体義体を使って嘘をつくことでようやく、一個の人間として復活できる。
未来の世界の『ユリカさん』を取り戻せるんです。

しかし…未来ではクローンの脳とすり替えられて、救いのないことになったのに、
ここでまたクローンのような技術を使ってすべてを取り戻すなんて、
なんとも皮肉な話ですね…。

それから地球に戻るまでの三ヶ月…。
私達は育児に励みながら、穏やかな時間を過ごしました。
子供たちの夜泣きはあるものの、
四人で代わる代わる世話ができるので、だいぶ眠れるようになりました。
当然、アイの下準備にも協力しながらですが、それでも行きよりはずいぶんマシです。

そして二ヶ月後、誕生日を迎えたラピスとラズリさんはついに…。
アキトさんと関係を持ち始めて…。
…二人とも一日中頬がゆるみっぱなし、幸せそうな顔してます。
さすがにちょっとムっときますし、
もうアキトさんを独り占めできないのは寂しいですが、
ユリカさんからアキトさんを奪ったという罪悪感から完全に開放されたので、
それはそれで…心身ともに負担が減って良かったとも思います。

そして…私達は地球に戻りました。

地球に戻ったら、アイは準備に奔走しました。
アイはユリカさんに協力してもらって、身体スキャンを行って、
ボソン生体プリンターでラズリさん用の身体を作り、
コバッタの協力で『ナノマシン製の』義体用の脳髄を作りました。
これはウリバタケさんの作ったIFS用義体の延長線上にある技術で、
IFS強化体質者であれば操作可能な上に、ある程度体の癖、運動、活動の記録を残し、
ラピスの脳髄にかかる負担を大幅に減らしてくれるものでした。
当然、人間が生きる上で必要な生命活動に必要な脳の機能、神経系も完璧です。
義体だというのに、脳以外はユリカさんと寸分の違いもありません。

ついに、ラズリさんが一人の人間として、
毎日ラピスと同時に動いても問題のない身体が完成したんです。

私とラピスは…ラズリさんの義体のテストに立ち合い…。
ボロボロ涙を流すラズリさんをなだめて、問題ないことを確認して、
コバッタ監修の、木連の技術を使って作った10年は持つようなカプセルに収め…。

このカプセルを経年があるように偽装して、
太平洋に調査に行く振りをしつつ、沈めた、というわけなんです。

…ほ、本当に手間が多いですね。

特にアイには、すごい手間をかけさせてしまいました。
…そのうち何か返さないと後が怖いですね。














〇地球・ネルガル附属病院──ユリ
私達はアイと共に『ユリカさん』の精密検査に立ち会いました。
とはいえ、当然形だけのことですが…。
完全に健康であることが確認できたとして、半日経過して面会が許可されていました。

「…ほ、ホントに、そうしなきゃだめ?」

「我慢して下さい。
 ベッタベタで恥ずかしくても、たまにはカッコよく決めて下さい」

病室の中に先に入って準備したラピスを待ちながら、
この期に及んでアキトさんはためらってます。
…まあ、冷静に考えると相当バカバカしいことをしようとしてるわけですけど。
でも…。

「…アキトさん、私が…。
 ホシノルリとして最後の時を迎えたあの時…。
 
 あの時に見たかった光景を見せて下さい。
 
 私も…心の傷は癒えたつもりでしたけど…。
 まだ少しだけ…後悔が残ってます…。
 …ユリカさんのためだけじゃなく、私のために」

「…!
 ご、ごめん、バカなこと言って…」

「いいから、行きましょう」

アキトさんは、やっぱりバカです。
女心なんて、全く分かってません。
いえ、人の心をおもんばかるって言うのが本当に下手です。
真心はあっても、そういうところはずっと変わりません。

でも、それでいいんです。

そんなこと、些細なことにすぎません。
アキトさんに三股かけさせることで、私も叶わないはずの夢を叶えるんですから。
アキトさんじゃなきゃこんなことできっこない、成り立つわけがないんです。

だから、いいんです!


ちゅっ。


…私は、アキトさんにやけくそ気味にキスをしました。
本当に単純な嫉妬です。
バカです、私も。

「んむ!?」

「…愛してます、アキトさん。
 何が起こっても、どの世界でも、どの時代でも、どんな所でも…。
 あなたを愛してますから…。
 
 ……余計なこと、言わせないで」

「…うん」

アキトさんはこうして背中を押さないとなかなか前に進めません。
あんだけ、色々出来る才能に恵まれた癖に。
私が母親代わりだったのが…良かったのかもしれません。
ふふ、こんな情けないところは、誰にも見せられませんね。

でも、今だけは…。
この部屋に、入った時だけは…。
私も…。

アキトさんと、ユリカさんの妹に…戻って居たいから…。

「…ユリカ」

アキトさんはユリカさんのベットの前にある、椅子に腰かけました。
私は少し後ろに立って、二人を見つめました…。

ユリカさんは、アキトさんと同じ境遇にあったということにしてあって…。
義体は人間の脳に近いナノマシン製の脳髄でIFS操作できるように作られています。
そして義体内には、アキトさんの身体の中にあるナノマシンのうち、
IFS関係、致死性ではないものだけを選んで入れてあります。
そのため、見た目はアキトさん同様に白い髪と金色の瞳です。

「…聞いてくれてるよな、ユリカ。
 何年待たせたかな…。
 お前とこうして…。
 生きて会えるなんて…思いもしなかったよ…」

ユリカさんは、目を開けません。
でも、すでに意識は取り戻しています。
その証拠に、頬が赤くなってて小さく震えてますし、
目の隙間から涙がこぼれてます。
ユリカさんも合わせて眠り姫のフリしてるだけです。

…ホント、バカ。
ユリカさんは相変わらず、ロマンチックなの大好きなんですよね。

「…全部終わらせたよ。
 ヤマサキの事も、木連の事も、戦争のことも、全部…。
 俺も誰も殺さずに済んだ。
 助けられなかった人は、いたけど…。

 でも、もう誰も…傷つかなくて良くなったよ…。
 お前が、こうして眠っている必要もない…。
 
 だから、目を覚ましてくれよ…!
 
 俺の…ユリカぁ…っ…!」

アキトさんは懇願するように、ユリカさんを起こそうとしました。
この五年の間、バーチャル世界で逢引きをしてはいたものの…。
どれだけ現実に近くても、バーチャル空間では身体に何も影響を与えない。
アキトさんも、ユリカさんも、ラピスも精神を癒すのと引き換えに…。
現実世界ではとてももどかしい気持ちでいたんです。
現実で…ユリカさんを呼ぶわけにはいかないですし…。

だから…演技でも、万感の想いを…伝えずにはいられないんでしょうね。

「アキト、ダメだよ。
 言葉で起こそうとしたってだーめ。
 お姫様を起こすのは、王子様のキスだって分かってるくせに」

「…ああ」

アキトさんはラピスの言葉に振り返ることもなく、ユリカさんに近づきました。
二人とも顔が真っ赤です。
こんなバカバカしい、ずっとそばにいた人同士の…。
三文芝居なんて、誰も見たがりません。

でも、私は嬉しくて仕方ないんです…!
これが見たかった…!
夢でも、妄想でもない…演技でもいい…!

現実で、これが見たかったんです!

アキトさんがユリカさんを取り戻す、この瞬間を…!


ちゅっ…!


「…ん…アキト…?」

「お目覚めかな、お姫様…」

「もう…アキト…遅いよぅ…。
 ずっと待ってたんだよ…冷たい海の底で…」

「ごめん、な…。
 これからは…一生、ずっとそばに…一緒にいるから許してくれ…」

「許すに決まってるよぅ…。
 私は…アキトのお嫁さんだもん…」

「ユリカ…ユリカぁ…っ!」

ああ…よかった…。
本当にこれで元通りです…!
アキトさんとユリカさんはもう全部…取り戻せました…!

これで…なにもかも…!

「ルリちゃん…」

私は、久しぶりにルリとユリカさんに呼ばれて…溜まっていた涙が再びあふれ出しました。
もう親になった癖にわざとらしく髪をツインテールに結い直し、
IFSを起動して髪の色まで昔の通りにして…私もバカです…。

「おっきくなったね…」

「もう、ユリカさんってば…ボケボケしちゃって…。
 私、もうユリカさんと一つしか違わないんですよ…」

「…うん。
 でも…元気そうで良かった…」

ユリカさんはベットから体を起こすと、アキトさんと私を抱きしめました。
…こうしたかったと、自分の身体でこうしたかったと、言わなくても分かりました。
…ユリカさんのあたたかさをかみしめて、次から次へと、熱い涙がこみ上げて…。

「ぐず…アキトを支えてくれてありがとね…」

「大丈夫です…。
 
 いっぱい苦労しましたけど、今までで一番幸せな人生でしたよ…。
 ユリカさんの分まで頑張ろうって、幸せになろうって、一生懸命でしたから…。
 アキトさんを取ってごめんなさい…」

「そんなこといいよぅ…これからはみんなで幸せになるんだもん…!」

私達は今更なことばかり言ってます。
ずっとそばにいた癖に。
ずっとお互いを大事だと、大切な人だと分かり切っていた癖に。
でも、何度もしたような話を、今更話すようなことじゃないような話も…。
ユリカさんが身体を取り戻した今、改めてしたいと…これからの事を誓いたいと思ったんです。
これからは、全員で幸せになるんですから…!

だから、いいんです!

「こらぁっ!
 三人とも、今回の立役者のラピス様を忘れてない!?
 私だってアキトとユリを支えたんだから、混ぜてよっ!」

「あ、ごめんね…ラピスちゃん…。
 ラピスちゃんのおかげだもんね…。
 …ありがとね」

「分かればいいの。
 …ユリカ、ようやく悪い魔法使いの魔法を解けたね。
 でもね、ここまでやれたのはやっぱり王子様の力あってこそだもん」

「は、ははは…」

「…ラピスの方が悪い魔法使いって感じがしますけどね」

「ユリ、うっさい!
 私が悪い魔法使いになった分、アキトが真っ白になれたんだからいいの!
 そうならなかったらひどいことになってたでしょ!?」

「…俺、ラピスに一生頭が上がんない気がする」

「っていうか、そもそもアキトさんは私達三人に上がらないでしょう?」

「は、反論できない…」

…ふふ、なんかラピスのおかげでちょっと楽しくなってきちゃいました。
いつもどおり情けないアキトさん…。
どこまで行っても、これは変わりません。

でも、私達はそんなアキトさんが好きなんです。

黒い皇子のアキトさんなんて、大っ嫌いです。

…その道を通らないと、ここまで来れないのは受け入れてますけどね。

「でも、俺をこんなに助けてくれる優しい女の子が…。
 三人も俺を好きでいてくれるんだから…世界一の果報者だよ、俺は」

「へっへ~ん。
 やっとアキトも認める気になった?」

「…ああ。
 俺は…二度と離れないよ。
 誰にも文句は言わせない。
 
 …俺のわがままで、三人と添い遂げたいんだ。
 絶対に離れない…。
 
 もしそれで追われるようなことがあったら…。
 
 三人を連れて、宇宙の果てまででも逃げてやるさ!」


「…アキトさん、子供を忘れちゃダメですよ」

「あ…ごめん」

…今一つ、しっかりしてないんですよね、こういうところが。
まあ、私たちがそろってそばにいれば、
アキトさんの馬鹿なところも、危ういところも封印できます。
…代わりにラピスが要注意人物になったのは困りものですけど。

「あ…それと…。
 ユリカとラピスには…婚約指輪、準備してきたんだ」


「「えっ!?いつの間に!?」」



「さつきちゃんたちにお願いしておいたんだ。
 センスないから、選ぶのもまかせっきりだったけどね…」

「わぁ…ありがと、アキト!」

「へへーん、これで私もアキトのお嫁さんだね♪」

アキトさんから薬指に指輪をつけてもらって、
ユリカさんとラピスははしゃいでます。
ふふ、プロポーズがずっと前にしちゃってるようなものですから、順番があべこべですね。
でも…。

「私からも婚約指輪、ありますよ」

「「ええっ!?」」

「重婚ってことなんで、私もそうした方がいいかなって。
 あ、アキトさんにも」

「お、俺もなんだ…」

「女の子だからってもらいっぱなしじゃ悪いですから」

私もこっそり婚約指輪を買っておいたんです。

「ユリちゃぁん…」

「ユリぃ…」

「わっ、ちょっと待って下さい、また骨折は…」

ユリカさんとラピスが、涙を潤ませてこっちに飛び掛かりそうになったので、
私が後ずさりすると、三人ともクスクス笑ってました。
…笑いごとじゃないんですよ、こっちは。

「ありがとね…ユリちゃん。
 私達も婚約指輪準備しないとね。
 …でも私、ある意味この世界じゃ生まれたばっかりで無一文だから。
 ラピスちゃん、貸して♪」

「しょーがないなー。
 十日で一割と言いたいとこだけど、無担保無利子で貸してあげる。
 私達は一心同体だったし、今だって姉妹だし、
 これからも家事育児、食堂以外にも死ぬ気で働かないといけないもんね」

「…ラピス、お前何の仕事するんだ?」

「ひみつ…ってかバカアキトは聞かなくていいの。
 アキトのためって言ったって分かんないでしょ」

「う、うう…」

「アキトには食堂とアイドル活動で頑張ってもらうとして…。
 ユリには後でちゃんと説明するから。
 こっそりやるとまた怒るでしょ?」

「ええ、そういうことなら協力します。
 なんとなくラピスが次に何をするか分かってましたから」

「おっけ、ルリにも手伝ってもらうつもりだから。
 詳しくは後でね」

「はいはい。
 じゃあ、ちょっと子供たちを連れてきます。
 良く寝てましたけど、そろそろぐずりそうですし」

「うん、待ってるから」

私はユリカさんのところから離れて…医務室に向かいました。
アイが子供たちを検査するついでに預かってくれてます。
全てが終わって…私の後悔がすべて消えて…。
立ち眩みのような脱力感を感じて、安堵のため息とともに壁にもたれました。

…これで、全部元通りです。
いえ、元通りじゃなくて元通り以上になったんです。

あの時、アキトさんとユリカさんが無事に戻って居たら…。
私はアキトさんを諦めるしかなかった。
ラピスも、きっと子供として引き取られていたことでしょう。

遺跡ユリカさんがリセットした世界で、
生まれ変わった私達は、なにも諦めないで済んだんです。

こう、ならなかったら…。
私達の子供は生まれてこなかった。
そう考えた時、私は背筋が寒くなりました。
この子たちを失うなんて、そんなのは…認められません…。
…だから、私は。


あの、遺跡の演算ユニットが…。
間違った方法でも、遺跡ユリカさんがくれたこの世界で…!


アキトさんと、ユリカさんと、ラピスと…一緒に…。
この子たちを、この平和を守って…幸せになるんです…!

誰になんて言われたって、手放しません!
誰にも、奪わせたりはしません!


私達は、私達らしく!
これからも、生きていくんです!
















〇地球・ピースランド・特設結婚式場・控室──ホシノアキト
……うう、結婚式、三度目だっていうのに慣れないよな。
過去二回はタキシードで何とか出来たんだけど…。
こ、今回は最悪なことに…ダイヤモンドプリンセスの映画で着てた服を着せられた…。
設定上は兵長ってことだったけど、明らかに王子様系の配色の、あの服を。

う、う、うう…。
特別な事情でってことで、重婚を認めてもらったり、
ラズリの戸籍を作ってもらえたりはしたんだけど、それでも、なぁ…。
『王子様じゃないと重婚は認められない』なんて謎理論を世間から言われて、
それにラピスも、ピースランドの王族の皆様まで乗っかっちゃったもんだから…。
うう、子供たちには将来絶対見せたくない…でも絶対見られるんだよなぁ…。


「ユリ、ラズリ、ラピス…!

 綺麗だぞぉ~~~~~~~っ!!」



「もうお父さん、二度目なんですからそんなに泣かなくても…」

「そうだよ、お父様。
 私とユリちゃんは同じ人にお嫁さんに行くんですから」

「いーじゃん、別に。
 私は初婚だから喜んでもらった方が嬉しいもん」

……相変わらずだな、お義父さんは。
まあ、おめでたいことだし、何度もあってもいいよな…いや、良くはないか。

でも…三人のウエディングドレス姿は本当にきれいで、俺も目を向けると見とれてしまう。
ユリちゃんは初婚じゃないからと、ブローディアと同じ薄紫色のドレスを選んだ。
ラピスは黒いウエディングドレスを着ようとしたけど止められて、
ラズリと一緒の真っ白いウエディングドレスを着ている…。
綺麗、だよなぁ…。

…ホントに、俺が三人と結婚しちゃうんだよな。

も、もう別に今更って感じはするけど…。
改めて考えると、本当にとんでもないことしてる。
こんなこと、許されちゃいけないって俺自身も思うのに、
やりきっちゃったんだよな、俺…。
ほ、ほとんど俺は何もしてないに等しいけど、そうしたいって言いきったし…。

俺、今後は稀代の女たらしって今後言われても言い返せないんだよな…。
憂鬱だけど…三人の満面の笑みを見ると、それもすっ飛ぶ。

もっとこれからも…笑って欲しいから、頑張らないとな。
…こんな風に思えるようになれたのも、嬉しいことだよな…。

ちなみにラズリ…俺たちの世界のユリカの戸籍を作る時、
名前は『ラズリ』で登録することになった。
ラズリは、事情が広まっていれば俺がユリカと呼んでも気にされないから問題がなく、
ユリカ義姉さんと名前が被るのが大変だと、俺とテンカワを見ていて思ったらしい。

俺とラズリ、ラピスがクローンって公表したことで、世間には衝撃が走った。
そういう事情があって、俺が最初にテンカワを誘ったことも説明したし、
ユリちゃんがユリカ義姉さんを慕っていた理由だとも話さざるを得なかった。
まあ、納得できる部分が多かったからおおむね世間にも受け入れられたけど…。

…あのダイヤモンドプリンセス三部作映画の内容と被ったのが完全な偶然で、
クリス監督の構想と被ったことについては、結構なじられた。
好意的にとられた部分も多かったけど、
実は自伝を作って同情を引こうとしたんじゃないかとか、
ユリカ義姉さんと浮気したことがあるんじゃないかとか、微妙なゴシップが乱立した。
…もっともこれがきっかけになって、
ボソンジャンプのリセットが原因とは気付かれはしないだろうけどな。

そのせいもあって、ダイヤモンドプリンセス三部作の映画祭上映が再び始まった。
俺が死んだふりをした時からぼちぼち再上映は始まっていたんだが、
五年前の公開直後とほぼ動員数が変わらないほどの状態になったらしくて…、
は、恥ずかしくて死にたい…。

でも、それもこれも…何とか我慢できる…かな。



「アキト!」


「アキトさん!」


「アキト!」




俺を愛してくれた…支えてくれた…守ってくれた…。
大事な大事な…この三人と、平和な世の中で堂々と添い遂げることが出来るんだから…。

俺は立ち上がって三人に向き合った。
もう…言葉は要らない。

四人で一緒に、式場に行こう…。

「…アキト君、行ってこい。
 君なら娘たちを任せられる…。
 …こんなことは、五年前から何度も言っていたがな」

「…ありがとうございます。
 行ってきます!」

「行ってきます、お父様」

「ルリと一緒に子供たちの事を見ていてください、お父さん」

「行ってきまーす!」

俺たちは、控室を出た。
そして式場に入ると俺を支えて来てくれた人たちが…。
微笑んで俺たちの事を見てくれている。
テンカワとユリカ義姉さんも、子供を抱えて参加してくれている。
式場の後ろには、ルリちゃんが俺たちの子供が乗っているベビーカーを持ってくれている。
アカツキたちも…ナデシコのみんなも…PMCマルスのみんなも…アクアたちも…。

俺たちは静かに四人でバージンロードを歩いた。
左右にラズリとラピスが、俺の後ろにユリちゃんが居る、奇妙な状態で歩いた。


ようやく俺たちはたどり着いたんだ。
望まない戦いが、争いがない世界に…。

…英雄なんて柄じゃないと今も思うけど。
英雄にならなかったら、この三人と同時に添い遂げることなんて出来なかった。
こんなズルなら良いよな…?
俺が、この手で最愛の人を三人とも幸せにしたいんだからさ…!

そして俺も…幸せになりたいんだ…!

そう言える、俺になれた…。
でも、それは…。

遺跡ユリカの、手のひらの上で踊らされただけなのかもしれないと、
なんとなく、分かってる。

それでも…この幸せを手放したりはしない!

この世界は…どんな神が作ったのか…。
俺の人生に影響を与えている、誰かが居るのか…。

クリムゾンたち、そして遺跡ユリカ以外にも、
この世界には何か手を引いている者が居るのかもしれない。


だが、そんなことは関係ない!


俺たちは、俺たちらしく!


望んだとおりに生きていくんだ!


誰かのためではなく、俺たちのために!


そして大切な人を失わないために!


知らない誰かを傷つけない生き方を探すんだ!


それが間違っているかどうかは、
俺たちが死んだ後に、生きる人に決めてもらえばいい!


死ぬまでの間、幸せに生き続けられるように足掻くだけだ!


さあ、誓おう!
俺が心の底から求めた人たちと、生涯を共にするための誓いを!



「新郎、アキト。
 あなたはここにいる新婦、ユリ、ラピス、ラズリ…を健やかなる時も病める時も、
 富める時も貧しい時も、妻として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか…?」

「誓います」

「新婦、ユリ、ラピス、ラズリ。
 あなたはここにいる新郎、アキトを健やかなる時も病める時も、
 富める時も貧しい時も、妻として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか…?」

「「「誓います」」」


わああああああああああああっ!!



俺の誓いの言葉に続いて、三人が誓いの言葉を告げ、
揃って、指輪の交換を済ませると、
式場内は弾けるような歓声に包まれた…。

…俺たちはようやくひとまずのゴールにたどり着いた。
けど、ここが俺たちの人生のゴールじゃない。

今、俺たちの脳裏によぎるのは…幸せな未来予想図じゃなかった。
ハネムーンの時に火星の後継者にさらわれた時のことがよぎっている。
あんな未来はもう来ないはずだと、分かっている。
でも、将来奪われることは、ないとは言えない。

だからこそ、俺は…!

二度と離れない!
そして悔いのない生き方をするんだ!

















〇地球・ピースランド・客室──ホシノアキト
俺たちは結婚式から抜け出して、あてがわれた部屋に戻った。

昼間から始まった結婚式は、その後二次会三次会と続いたが、
俺たちは二次会が始まったあたりで、全員で抜け出した。

というか、マスコミの対応があったから抜け出さざるを得なかった。
前回と違って、大々的に発表せざるを得ない状態だったからだ。
そしてマスコミの対応が終わったのが23時で…。
部屋に戻ろうとした時には、五次会まで続いていたベロベロになってるみんなとすれ違って、
ナデシコに居た時みたいにからかわれてしまった。
…もう、ここまでくると嬉しいというか照れるというか、そんな気分だった。

「…疲れたね」

「…子供達まで疲れて眠ってますよ」

俺たちは部屋で、ぶっ倒れた。
マスコミへの対応は地球に戻ってからは連日あったけど…。
今日のはまた一段と激しかった。
各国の新聞社・週刊誌・ネットメディアに至るまで、それぞれちゃんと話すしかなかった。
…またしばらくピースランドに隠れていようかと全員で思っていた。

「ねえ、アキト?」

「…今日は無理だぞ、ラピス。
 身体が持たん…」

「もー、違うよ。
 アキトに嫌々抱かれたって嬉しくないもん。
 ってか、今日は四人で一部屋なんだからやるわけないじゃん。
 それとも三人同時に相手するつもりなの?
 アキトのスケベ」

…ちゃんと最後まで聞かなかった俺が悪いんだが、心外なことを言われてしまった。
いくら三股かけるってことになっても、そんなことはしないよ…。
そういうところくらいは誠実に…って、そういう話じゃないよな。

「あのさ、今日くらいはみんなでフツーに寝ようよって話」

「フツーに?」

「うん、川の字みたいに。
 このベットっておっきいからみんなで並んで眠れそうじゃない」

「…いや、ベットが四つあるのにそれは逆に普通とは言い難いんじゃないか」

「でもなんだかんだで、そういう眠り方って五年前にしたきりだし、
 ラズリも身体ができたのは最近のことだし、
 最近だって子供の夜泣きがあるからローテーション組んで、
 子守り担当とは別に眠ってたでしょ?
 今日は子供たちも疲れてるみたいだから眠りが深いし、たまにはそうしない?」

「それもそうですね。
 これからは、どうやっても私達だけで眠る機会は減りますし…。
 子供たちが成人するくらいまでは待つのは相当先ですし」

「うんうん、賛成!
 アキトには普段からいっぱいかわいがってもらってるから、
 今日くらいは普通に寝てもいいよね!」
 
……いかん、なんか俺だけが乗り気じゃないみたいになってる。
しかし、ラズリはユリカの身体に戻れたせいか、ラピスの身体で活動してる時より、
はつらつとしたずっと昔の…ユリカらしい姿に戻ってくれた…。
ユリちゃんも安心してるのか嬉しいのか目が潤んでる。
俺も、嬉しいよ…。

そして俺たちは…。
俺を中心にして川の字で眠った。四人だから川の字じゃ足りないけど。
子供たちが並んで寝るようになると州の字になっちゃうだろうな。
俺の左右には、ラピスとラズリが居る。
ユリちゃんはラピスを抑えるような形で、ラピスを抱きしめる形で眠っていた。
疲れ切った体では、この心地よいぬくもりに酔いしれる暇もなく…。
俺たちはすぐに、安堵したように熟睡してしまった…。


・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。


俺は、日が差し込むくらいの時間に目覚めた。

まだ眠って居たい気分だったが…目がさえてしまって、身体を起こした。
そして眠っているみんなを見た。
俺と一緒に眠っていた三人と…ベビーベットに寝かされている二人の子供を…。

俺がテンカワアキトとして生きた最後の時は…現実も夢も悪夢しかなかった。
だからこうして、明日が当然のように来てくれる幸せを…噛みしめている。
こんな風に、普通に、家族と寝食を共にできるのが…嬉しくてしょうがない。
…もう『普通』という権利はない気がするけどな。

「…アキト、おはよ」

「おはよう、ラズリ。
 もう少し眠ってていいんだぞ」

「いいの。
 ちょっとだけ…二人が起きる前に、お話したいな。
 それと…おはようのキス、してくれる?」

「ああ」

俺はラズリに静かに唇を重ねた。
この一ヶ月ほどですでにこなれたつもりだった、ラズリとのキスも…。
今日は妙に特別な感じがした。
ラズリもそうなのか、一筋の涙をこぼしていた…。

「…夢みたいな光景なのに、やっぱり夢じゃない…」

「…怖い夢でも見たか?」

「違うの…とっても幸せな夢だったよ…。
 この五年の間のことも、結婚式のことも、
 これからの起こるはずの将来の事も…。
 全部幸せいっぱいなことばっかりがめぐって…。
 
 こんなに幸せな気持ちで目覚めて、
 夢も現実も、なにもかも幸せなんだって、安心していいんだって思ったら…。
 
 私なんかが、こんなに幸せでいいのかって…」

…まだラズリは夏樹さんのことを考えているんだな。
でも、俺はあえてそれを言わないことにした。
俺たちが出来ることは、彼女から協力を求められた時に応えることと…。
ヤマサキと夏樹さんを助けられなかったことを悔い、忘れないようにすることだけだ。
幸せではいけないと、思うことじゃない。
だから…俺は、しっかり彼女を抱きしめた。

「お前は幸せでいいんだ、ラズリ。

 どこの誰にも、文句は言わせない。
 俺が守る。
 
 お前の好きに生きていいんだ」

「アキト…」

俺たちは、どこまで行っても完全には吹っ切れないだろう。
でも、地球上で一番幸せだと言い切れるくらいのところまでは来れた。
あとは、それを受け入れるかどうかだけなんだと思うから…。

「…今だけユリカって、呼んでくれる?」

「ユリカ…。
 俺はお前に笑って欲しいんだ。
 そのためにはなんだってするからさ…」

「…アキト、ずるい。
 私、ユリカって呼ばれるだけで胸がきゅんってしちゃうのに。
 そこまで言われたら幸せすぎて死んじゃいそうだよぅ…」

昔だってそんなに顔を真っ赤にして嬉しがることはなかっただろうに。
ユリカは頬に手を当てて、嬉しそうに頭をぶんぶん振り回した。
…ホントに、もう全開だなこれは。
いや、俺もこんな風に言える性格じゃなかったからな…それは、そうか…。

「…ありがと、アキト。
 私、世界一の幸せ者だよ。
 
 こんなに愛してくれる王子様と…。
 …一緒にお嫁さんになった、二人の妹と…。
 かわいい子供たちと一緒に居られて…。
 
 私達を助けてくれる大切な人たちと…
 私達のことを認めてくれる世界と…。
 平和な世の中に、生きていられるんだから…。
 
 あ、あの…アキトは私が戻ってこれたのが、嬉しい?
 
 …幸せ?」

「嬉しいよ、ユリカ。
 …俺も世界一の幸せ者だ」

俺も顔が赤くなるのを感じた。
…い、言ってて、すっごい恥ずかしいなこれ。

「…抜け駆けしないでよ、ラズリ。
 アキトもひどいじゃない。
 私にはそういう言葉全然かけてくんないし」
 
「ら、ラピスちゃん!?
 起きちゃった?!」

「あんたが起きたら脳が活発になるんだから起きちゃうに決まってんじゃない。
 あくまで私の脳の大半はあんたの脳なんだから。
 …で、アキト、申し開きは?」

「う、ご、ごめんなさい…」

「…まあいいや。
 五年あっても、アキトをもっと深く惚れさせらんなかったのは私のせいだし。
 忙しいからって、ユリに任せっぱなしなことも多かったし。
 これからも忙しくなるけど、お互いに幸せな時間を過ごそうね、アキト」

「お、お手柔らかに…」

…そうなんだよな、ラピスとラズリとの付き合いは治療の意味合いが濃かったから、
ある程度立ち直ったら、距離は自然と離れちゃってたんだよな…。
バーチャル世界では感覚がリアルでも、シチュエーションが断片的になりがちだから、
どうしても完全なリアルには持っていけない、
持っていこうとすると多人数参加が避けられないし…。
…って、そんなことはいいんだって。

「…ラピス、悪だくみはほどほどにしてくださいよ。
 さもないと、離婚させますからね」

「ユリも起きちゃった?
 でも中々強いカードを切ろうとするじゃない」

「あなたの場合はそこまで言わないと聞いてくれないでしょう。
 …まあ、また家族会議しましょうね。
 お父さんとテンカワさんと、ユリカさんも交えて。
 これからの世間との関わり方とか家族計画とかもありますし…」

ユリちゃんは起き上がらないまま、ラピスの首根っこをつかむようにしていた。
…本当に、ユリちゃんいないとラピスの暴走を止められない気がするよな。
色んな意味で絶妙なバランスで成立している気がしないでもない。

「ま、その前にもう何週間かピースランドでハネムーンと行こうよ。
 この一ヶ月もなんだかんだ忙しかったし。
 ラズリの身体の調整も時間使っちゃったし、ね」

「それには賛成です。
 うちの三股男さんは一日一人ずつデートして、
 これからの練習もしてもらわないと困りますし。
 子供たちの世話もありますし」

「ご、ごめんね、ユリちゃん…。
 せっかくのハネムーンなのに…」

「いいです、別に。
 私は最初のハネムーンで楽しんだので。
 子供たちの事も、私しか母乳でないですし、親として産んだ責任ありますし。
 みんなで世話してるから、結構楽してますし。
 とりあえず、ラズリさんかラピス、どっちかと出かけて来てください」

「あ、私はパスね。
 これからのことをプレミア国王たちとも相談したいし。
 ユリと一緒に子供を見てるよ」
 
「…ありがとね、二人とも」

ユリカは二人の事を目を潤ませてみていた。
…気を遣わせちゃったな。
俺とラズリは…ハネムーンに、いけなかったからな…。
ラピスまで、そこまで気を遣わなくてもいいのにな。

「じゃ、行こ、アキト!」

「あ、ああ」

俺たちは着替えて準備をすると…ピースランドの街に繰り出した。

…随所にダイヤモンドプリンセス三部作のアトラクションがあるからげんなりさせられたが…。
俺たちは歩いているだけでも注目の的で…。
邪魔はされないが熱烈な視線が向いている。
マスコミの人たちも望遠レンズカメラを手に、遠目に追いかけている。
俺とラズリの仲がどうなのか、興味津々なんだよな…。

それでも、俺たちは一心にこのピースランドを楽しんだ。
自由に、平和な世の中を満喫するように。

俺たちは、あの時できなかったことを全部やろうとしていた。
未来の後悔を取り戻していた。

いや、そんなことすらも忘れられていた。

幸せそうなラズリの笑顔が、眩しい。

俺も、きっと笑ってるんだろう。

温かい太陽が照らす、芝生の上を走るラズリの姿が見えた。

ラズリは振り返って俺に向かって叫んだ。


「ねー!アキトー!

 アキトは、ラズリがだーい好きだよねっ!
 
 ユリちゃんと、ラピスちゃんと同じくらい大好きだよねぇーっ!」


「ああ!

 大好きだぞ、ラズリッ!」


「やったぁ!

 ラズリ、幸せっ!」



俺は昔、恥ずかしくて言えなかった、言葉を届けた。
こんな風にラズリに…。
ユリカに対して、愛の言葉を叫べるのが…本当に嬉しかった。

誰が聞いていても、噂話をされても、どうでもよかった。

俺は…この幸せを隠そうとしなくていいんだ…!


だから…!


「お前はどうなんだ!?

 お前は、俺の事が大好きなのかーっ!」


「そんなの決まってるよ、アキトーっ!」



俺はラズリに叫び返した。
昔は照れて、悶えて、うまく受け取れなかった言葉をもう一度聞きたかった。
俺の心をつかんで、離さなくなっていた、大事なあの言葉を…!

ラズリは胸を逸らして息をめいっぱい吸うと、
山の向こうまで聞こえそうな大きな声で、叫び返してくれた。




「私はねーーーーーっ!

 
 
 
 
 
 アキトの事がぁーーーーーっ!
 
 
 
 
 
 
 だぁーーーーーーーいすきぃーーーーーーーーっ!!」















































『機動戦艦ナデシコD』





-完-























































〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。

ついに…ついに…ついに……!

機動戦艦ナデシコD、完結ですッ!
ちゃんと完結出来なかった、あの二十年前の後悔を、私も取り戻しました。(ゲフッ

連載開始から丸三年の日付には間に合いませんでしたが、
納得のいくラストになったのでヨシ!とします。
全話、Dで始まるタイトルをつけたり、ナデシコCの姉妹艦ナデシコDなんてのを作ったり、
もろもろ大変になる理由が多かったうえに、キャラ数が多すぎて、伏線貼ると大変になるという…。
正直なこと言うと、やりたいことやり切った80話あたりで本当は完結にしておくのがよかったと思ってます(爆
でも、全部完全決着・完全勝利するためにはとか、ライザとチハヤの話とか、
公然と三股かけようとする話とか、新しくやりたいことを色々思いついてたら止まらなかったんですよねー。

はぁ…余韻がヤバいですね…。
ナデシコ25周年のこの年に、やり切れました。

あの時に比べると『戦う』ことの意味がだいぶ変わってきたり、
世の中もだいぶ変わってしまったり、
まさかのエヴァンゲリオンの完全完結が起こってしまったり、
新しい作品に影響を受けたりしたら、こんな作品が出来てしまいました。

私の中で、ナデシコが何故心に残っていたのか。
連載する中で、それを何度も反芻することになりました。

連載を考え始めた時、始めた時とはだいぶ方向性が変わったりしましたが、
満足のいく結末が書けたと思います。

これだけ世界を変えたわりに、本人たちはあんまり変わってないんですよね。
アキトの成長とはアキトが自分の言葉で愛を叫べるようになっただけ、
ユリカもすべてをとりもどして、私らしく居られるように戻っただけ、と、
ナデシコらしさがありつつ、もうベッタベタに締めました。
大きな前進ではあるものの、人間そう変わらないってことですね。

英雄になって、トップアイドルになって、三股までやらかして?
とも言えますが、黒い皇子完全封印をするためには、
これくらいもろもろ差し出さねぇと間に合わないんじゃないかという説でもあります。

で、最後の最期で、結局ユリカを取り戻すために無茶をやらかす、罪を犯す、
という点では彼らの自分勝手さは変わってないんですねぇ。、
それも彼ららしさということで一つ。

とにもかくにも、これで機動戦艦ナデシコDは終了です。
で、次は?と言われると…実は短編と次回作の構想もあるにはありますし、
そうじゃなくても後日談集とか細かい解説とか、各話解説とか、
色々やりたいところではあるんですが、ひとまずちゃんと終わろう、ということで。
今回で長くなりすぎた機動戦艦ナデシコDは終了、お休みしていこうと思います。

最大級の感謝と感激とともに、幕を閉じさせていただきます。



この作品を呼んでくれた皆様!



Actionの管理人・Ben様!



代理人・鋼の城様!




本当にありがとうございました!!



















〇代理人様への返信
>お疲れ様を言うにはまだ早いですが、ついにここまで来たなと感無量。
>まあ勝って兜の緒を締めよとも言いますし、最後まで気をゆるめずに。
ありがとうございます。
この三年、駆け抜けまくってすべてをまとめ上げることに成功しました。(後半ちょっと失速したけど)
これも百話(プロローグ&外伝を含めるとそれ以上)もお付き合い頂いた代理人・鋼の城様のご感想あってこそです。
改めて、ありがとうございました。

>>20年
>ごふっ(もらい吐血
私は放映当時はTV版ルリちゃんと同い年でした(ゲフッ

























機動戦艦ナデシコDは連載を終了しました。
またのお越しをお待ちしております。


















__________………。






_______EOF。






?????
????
???
??






















次回…。
『機動戦艦ナデシコD』
第百話(Extra.D):-????????-

























感想代理人プロフィール

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代理人の感想
あしゅら男爵わろすw
ぶっちゃけリアルで想像すると怖いよなw

しかし三つ股かあ・・・主人公を魔法で三人に増やして、ヒロイン三人とそれぞれくっつけたラノベがあったなあw

完結乙はまた次で。



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