アキトはユリカをつれてついに格納庫までたどり着いた。
保安部も彼をマークしながらも、アキトの結界に阻まれて攻撃が通用しないため、
少しずつ後ろに下がりながら警戒することくらいしかできなかった。
「ふん…保安部の実力などこんなものだ。
ユリカ、迎えが来ている。
ナデシコから脱出するぞ」
「う、うん」
しかし格納庫にはエグザバイトがいた。
その中から発する声もアキトのものだったが…。
ごあっ!がっきょんっ!
「な、なんだと!?
包帯を巻いたテンカワが、テンカワのエグザバイトを吹き飛ばした!?
それも素手で、こんなに離れてるのに!?」
アキトが叫んで大きく振りかぶって拳を突き出すと、
エグザバイトは殴られたように吹き飛び、倒れた。
「お前ら、分かったか。
俺がその気になればたった一人で、それも生身でナデシコを破壊すらできる。
大人しく俺を通すことだ」
格納庫にいる人間すべてが言葉を失っていた。
しかしエグザバイトだけがもがいて立ち上がろうとしていたが…。
『くそっ、なんで立ち上がれないんだ!?
ユリカ、ユリカーッ!』
「アキトの声?
で、でもアキトはここにいるのに…」
「ユリカ、お前を騙そうとしているんだ。
早く行くぞ」
アキトとユリカはナデシコの格納庫を脱出すると、
戦艦カグヤから脱出してきた揚陸艇から人が出てくるのを横目に、自分が揚陸艇に乗り込んだ。
そして、一瞬タンカにのったカグヤとすれ違った時、
ユリカは二人の間に妙な空気が漂ったことに気づいたが、
特に何もいうことなく、アキトについていって揚陸艇に向かった。
揚陸艇が戦艦カグヤに収納されるのを確認し、
ネルガル研究施設から離れはじめたのを確認し、
量産型ナデシコ艦隊の司令官はいっせいに主砲の発射を命じた。
しかし、そのグラビティブラストの百近い閃光も、意味をなさなかった。
『量産型といえどオリジナルのナデシコともグラビティブラストの威力は変わらないはずだ!!
何が起こっているんだ!?』
『無駄と言ったでしょう。
…シャーマニックデバイスのないナデシコ級では、
かろうじて土偶達のネオンアーマーを壊すので限度です。
巫女のいないナデシコ級など、泥舟同然です』
まだ十歳そこそこのルリの語る事実に、艦隊の老練な提督達は打ちのめされた。
巫女やシャーマニックデバイスという単語への理解はできなかったが、
百隻近い量産型ナデシコが、たった一隻の戦艦カグヤを倒せないという事実に震えた。
彼らには絶望的な状況に思えた。
この性能差を有しているとしたら、ディストーションフィールドがこれほどの威力だった場合、
戦艦カグヤがグラビティブラストを撃てば、その威力も比較にならないものになる。
そうなれば誰も助からないというのは明白だった。
『……まぁ、この場で事を構えるつもりはありません。
貴方達が感じたその恐怖、畏怖が、この戦艦カグヤをより強くしてくれます。
その恐怖をのりこえるのにどれくらいかかりますか?
私達が目的を済ませるまではかかるんじゃないですか?
戦意を失ったところで…とりあえず、通してもらいます』
『ぐ…』
量産型ナデシコ艦隊が、そしてオリジナルのナデシコでさえ、
圧倒的な強さを誇る戦艦カグヤに身動きができなかった。
ナデシコも発進していればまだ対抗できたかも知れないが、
まだ回収が終わったばかりで相転移エンジンが起動すらしていない。
十分を要する発進ができるはずもなかった。
──彼らはルリに見逃されたに過ぎないのだ。
彼らは事情を知るであろうカグヤから話を聞かなければならないと、
ナデシコの近くに停泊し始めた。
ナデシコのブリッジに、ナデシコのブリッジクルーと責任者クラス、パイロット、
戦艦カグヤのブリッジクルー、そして生活班の重子が集まっていた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。
敵のスパイだったホシノルリに撃たれて、
現在加療中のカグヤ様に代わってお礼を申し上げます」
「そういうオメーはカグヤのスパイだったんだろぉ?
都合の良いこといってんじゃねぇよ」
「その件については、謝罪させていただきます。
つきましては、地球に帰還後に改めて慰謝料を」
「まーまーリョーコ、結局ネルガルは明日香インダストリーに吸収されちゃって、
スパイもなんもない状態になっちゃったんだからいいじゃないの」
「…ちぇ」
リョーコはもう少し文句を言おうと思ったが、
あっさり謝られて、その上保証までしようとする重子に矛を収めざるを得なかった。
だが…。
「それはそうとしてだよ、なんでムネタケ提督とカグヤさんは、
ナデシコを制圧しようとしたんだい?」
「それは…先ほどのテンカワさんのふりをした男、
スサノオが現れるというのが分かっていたからです。
彼は間違いなくユリカ艦長を奪取しに現れると。
ですから先んじて私達がナデシコをコントロールできる状態に持ち込み、
彼が奇襲をする前にナデシコを強化した状態で保護して、
量産型ナデシコをより強化するすべを得るのが目的でした」
「しかし、それならそうともっと早めに言ってもらえれば警護を…」
「…テンカワさんと同じ顔をした土偶達の親玉が、
何故かミスマルユリカ艦長をさらいにきます、
ディストーションフィールドのような結界を張ります、
ですからなにかと警戒してもらえませんか。
……なんて普通信じてもらえます?」
「全くよ。
私だって火星につくまで信じられなかったわ。
だから一時的に支配下においてでも守って、
それから実際に敵を見せてみるしかないと思ったのよ」
「む…」
ゴートはむっと黙り込んでしまった。
現実的にありえないことばかりを並び立てても保安部は動かず、
『テンカワアキトに似た男に警戒しろ、敵のスパイだ』
と言いたてたとしたら逆にスパイ扱いされかねない。
そう考えるとカグヤの判断は決して偏っていたとは言い難い。
「しかし顔を隠していたとはいえ、気づけなかったのは不覚でした」
「じゃあユリカがさらわれた理由ってなんすか。
…俺に似たスサノオって男についても気になるんすけど」
「それについては─もう少し説明が込み入ってしまいます。
順を追って説明させていただいていいでしょうか」
アキトの気持ちを静めるように、重子は追及を制した。
重子はブリッジに人を集めて説明を始めた。
全クルーにも中継がつなげるように指示をして、
これから起こる理解しがたい事態に備えさせようと試みていた。
「元々、世界は一つではありません。
多元的に、隣り合った並行世界というものがあります。
よく似た人、よく似た星、よく似た文化を有する、それぞれの世界が。
実は…私はもう一つの地球…日本国が大和国と称される世界から来ました。
あのテンカワさんに似たスサノオという男も、そちらの世界から来た人間です。
─正確に言えば、テンカワアキトに対してスサノオの本名は『アマガアキヒト』。
読みが違いますが、別世界の同一人物です。
土偶たちスサノオによって生み出された、傀儡にすぎません。
この土偶たちとの戦争は別世界の地球の人たちとの戦争だったのです」
ブリッジクルーのみならず、通信を聞いていた人間全員が衝撃を受けた。
土偶たちは何の声明も出さず、一方的に殲滅戦を仕掛けてくる侵略者としか説明されていない。
その先に人間が居る可能性は示唆されることもあったが、
もしそうであれば何かしらの声明を出す可能性の方が圧倒的に高く、
言葉の通じない異星人か、そもそも意思のない害獣のような存在であると考えるのが関の山だった。
「し…信じらんねーな…まるっきりSFじゃねえか」
「じゃ、じゃあ私たちにそっくりな人もいるってこと?」
「そう思っていただいて構いません。
…ただ、生きているとは限りません。
私たちの地球の人口はこの世界の5%にも満たないのです」
「なに?」
「そしてそれがこの戦争の理由なんです」
重子はため息とともに事情を話し始めた。
「我々の宇宙では化学に変わり呪術の力で躍進をし、宇宙に繰り出した。
この世界では信じられないかもしれませんが、呪術で大気圏を突破し、
機密の確保、物理的浮力の獲得、動力の獲得、
空気の再生産から何から呪術で構成されているんです。
しかし二十年前、地球が火星への移住を始めようと宇宙船で出発した直後…。
天照大御神の怒りを買い、太陽は猛り、地球に住んでいることが難しくなるほどになりました。
その太陽光線により宇宙船で出発した人々は全滅、地球の限られた人々はシェルターに避難し、
短い夜間の時間帯に復興を試みて生きてきました。
そしてその五年後、
世界同士を繋ぐ『門』の存在が確認され、私たちはそこに望みをかけました。
もう一つの無事な地球、もしくは火星に移住することを考えたのです」
「なんてこった…」
「ではあのネオンアーマーの効果も、その呪術に依存するものであると?」
「はい。
呪術的な攻撃以外を無効化するものなので、完全に近代兵器を無効化します。
私たちが密かに明日香インダストリーとそれに協力しているネルガルに、
密かに介入してディストーションフィールドやグラビティブラスト、
エステバリスの弾薬に至るまで呪術的な術式を施してあります。
いわば科学と呪術のハイブリット。
呪術力場であるネオンアーマーを呪術で破り、
その直後に科学の破壊力を加算する。
呪術だけで打ち破るよりも効率が良い上に破壊力が高いわけです。
この方式であれば高度な儀式を可能にする巫女を必要としません。
…敵である邪馬台国に強力な巫女は全て奪われていますから、
その代替案にすぎなかったのですが、効果は抜群でした」
「な、なるほど…」
ナデシコの威力が偶然の産物であったことを知り、
この方式が見出されていなければ絶対に勝てない戦いだった、
と気付かされたナデシコクルーは寒気を感じた。
「しかし、彼らのシャーマニックデバイスはかなり厄介です。
特にミスマルユリカと戦艦カグヤを同時に奪われたのはかなり危険です」
「どういうことっすか?」
「ミスマルユリカにヒミコが憑依し…。
シャーマニックデバイスを積んだ戦艦カグヤは、
手がつけられなくなるほど強いのです」
「何故?」
「シャーマニックデバイスの基本的な力の根源は二種類。
操る人間の呪術的な巫女力、感情などの精神力を組み合わせた本人の力。
そしてもう一つが…信仰心です」
「おいおいおい、オカルトもそこまでくると病的だぞ」
「黙って聞いてください。
これは冗談でもなんでもないんです、分かってますよね」
「う…」
ウリバタケはあまりにオカルトな話に呆れてしまったが、
重子に釘を刺されて黙ってしまう。
「スサノオが集めた信仰心を、ミスマルユリカ艦長を依り代にしたヒミコ様が使う。
このヒミコ様こそがあちらの世界でのミスマルユリカ艦長、
本名を『オトウユリバナ』と申します。
そうすることでシャーマニックデバイスの力は片方だけの場合に比べて数乗倍の威力を発揮します。
別に特別なことじゃないと思います。
化学に支配されたこの世界でも、人の心は大きな力を生みます。
それに英雄と呼ばれる人たちが生み出す、人々を惹きつけるエネルギー。
これは貴方達にも覚えがあると思います」
「そりゃあ、まあ」
「ミスマルユリカ艦長はそれを持っていました。
貴方達を動かす能力、そしてカリスマを持っている。
当然、こちらの世界に来れば強力な巫女力を発揮できます。
カグヤ様もカリスマの面ではヒミコ様に劣りませんが、
巫女の能力的には人並みで政治や人事に長けているに過ぎないのです」
「待てよ、そいじゃもしかしてカグヤって…」
「そうです。
もともと私とカグヤ様は大和の人間です。
幼い頃に、この世界の人間と共存できないか調べるために送られました。
彼女はシャーマンの素質はありませんでしたが、人を治めるカリスマをもっています。
私達はこの世界の人たちと共存することが出来ると信じて、
スサノオに対抗する術を探っていました」
「それが皮肉にもスサノオにチャンスを与えてしまったわけだな」
「…ええ。
しかし、私達の世界のユリカ艦長、ユリバナ様は類を見ないシャーマンとして、
卑弥呼の称号を得た、まさに稀代のシャーマンキングでした。
シャーマンキングとは、
シャーマンの素質、人を治めるカリスマ、優れた頭脳のすべてを持つ超人です。
…しかし、それが故に巫女であり現人神であったヒミコ様…。
彼女を失った時の反動は大きく…。
二十年間もの間、かろうじて生き延び続けてきた私達大和の民も、
追い詰められた世界を統べる信仰の対象を失って、
大和全体が弱り始めたんです。
だからミスマルユリカ艦長を依代に、
ヒミコ様を神格化し、本当の神にしようとしてます。
そのためにスサノオは『邪馬台国』を名乗り、
もはやテロ組織同然の私兵集団を作り上げたのです。
…そして私たち大和の多くの民の望みを踏みにじる、
最低の侵攻を開始してしまったんです。
本当はもっと手段があるはずなのに、進攻する他ないと思い込ませて。
軍部もまつりごとも彼が掌握していましたから…」
「しかし、そこまでになるとはどうも考えられん。
例えばだが…人口が5%程度になってしまったとしたら、
地球圏の人口が100億程度としても、5億だ。
下準備は必要だろうが、火星の一部に移住することは決して不可能には思えん」
ゴートの言葉に全員が頷いた。
調査に十年かけ、追い込まれているにしても、今のような進攻をする必要性を感じなかったのだ。
「もう、時間がないんです。
巫女のほとんどを邪馬台国に奪われた我々大和では打てる策が限られてます。
…何より、スサノオは野心に燃える男です。
自分の政治主導する世界、ヒミコの復活、絶対的な軍事力、
すべてを手にしようとしてます」
「…それがその世界の俺ってことっすか…」
アキトはむっとした表情で、重子を睨んだ。
自分が、自分の知らぬ所で悪事を働いているように感じて苛立っていた。
「そうです。
…あなたにも戦う才能はあるはずなんです。
その力で、スサノオを打ち倒すしかこの世界を救う方法はありません」
「聞いた感じだと、ユリカを…あいつが手放すようには思えない。
俺では勝てるかどうかも怪しいが、勝てたとしてだ。
どうするんだ、あいつがユリカを道連れにしようとしたら」
「それは…」
「…それに、俺に人殺しを…しかも自分殺しをしろってのか。
確かにガイの仇だけど、俺は人を殺すなんて…」
重子は声を詰まらせた。
カグヤを撃ったルリの映像を見た時、ルリが言っていたことを思い出した。
生きるために、自分に似た人間を殺すしかない。奪うしかない。
ルリの言葉が真実だと認めることになる。
それはルリに怒りをぶつけたカグヤを裏切ることと同じように思えた。
「…カグヤ様も、そんなことは望んでいないでしょう。
けど、どうしてもダメな時はそうしないといけません。
たとえ、誰を失おうと、誰が悲しもうと…。
世界が終わるかもしれないのに、あなたのせいでみんなが死ぬかもしれないのに、
そうしないつもりですか?」
「……ずるいよ、そんな言い方をするのは。
ガイだったら…そんな時には戦うって言うよ、きっと。
…分かった。
やれるだけやってみる。
あいつも殺さないでなんとかしようよ」
「…ありがとう。
私達がこれからユリカさんを救出しようとしても、
もしかしたら手遅れかもしれません…。
でも、希望はあります。
私達の知るヒミコ様が本当に呼び出されたとしたら…きっと…」
ユリカとアキトを乗せた戦艦カグヤは一時間ほど移動してようやく本拠地にたどり着いた。
ステルスを駆使して、勘付かれないように移動してきたが、
ついにステルス状態を解除して姿を現した。
「ユリカ、もうすぐだ。
…敵の本拠地に着く。
俺たちが話をつければ、土偶達は二度と地球に来ない」
「…うん」
ユリカは戦艦カグヤでたった三人で敵の本拠地に乗り込むことに違和感があった。
だが、アキトに対する負い目が冷静さを欠かせることにつながり、
この状況について疑問を抱く余裕がなかった。
「アキヒ─いえ、アキトさん。
敵要塞が見えてきました」
「あれが…」
ユリカは、アキトが自分の妹だと説明した少女、ルリに違和感を覚えながらも、
それを聞き出せずにいた。
しかしナデシコ級が潜れるほど大きな鳥居のある、
まるで神社のような要塞を見てその違和感は吹き飛んだ。
「ああ」
神社の構造を性格に把握して、作り上げている事実が、人間の介入を確信させた。
土偶たちについてはただ意匠が近いだけという解釈もできたが…。
あまりにも詳細に、人工物としての完成度の高い巨大な神社が現れたことに驚きを隠せなかった。
「…ああ」
「じゃ、じゃあ私…」
「…今は気にするな、大丈夫だ。
あれは無人兵器らしい。
だから今は胸を張って会いに行こう。
あれほどの戦いをしたということで、お前を認めてくれるって言ってるんだから」
「う、うん」
ユリカは自分がナデシコで蹴散らした数千、数万の敵を思い出した。
あのレベルの艦隊を蹴散らしたとなると、犠牲者の数は恐ろしいことになる。
それを考えた時、彼女の背筋に冷たい汗がつたった。
アキトはユリカの手を握ると、ユリカは本当に安心したように胸を撫で下ろした。
─だが。
「手?手がどうしたっていうんだ?」
「IFSの紋章がないじゃない!
あ、アキトじゃない!?
あなた誰なの!?」
「お、落ち着けよユリカ。
リアクトってシステムのせいで…」
「嘘!
だ、だって他のパイロットのみんなは紋章がそのままだったし!
私のアキトは、私がショベルカーを暴走させちゃったのが原因で、
IFSを入れちゃったんだもん!!
は、離してっ!」
ユリカはほとんどパニックをおこしていたが、
アキトの平手打ちを受けて固まってしまった。
「あ、アキト…!?」
「俺はアキトじゃない…アマガアキヒト。
そして今の名はスサノオだ…!」
「ど、どういうこと!?」
「…俺は別の宇宙から来たテンカワアキト本人さ。
もっとも、あんな情けない男じゃないが」
「え…」
ユリカはうろたえながらも、
アキト…スサノオが本性を現して、語り始めたことに聞き入った。
並行世界の事、大和の事、『門』の事、科学と呪術の違い、
そしてその勢力の邪馬台国が土偶たちを使って攻め込み始めたこと…。
愕然としながらも、事情に納得がいって、ユリカは最後まで聞いた。
「…ショックだったようだな」
「…当たり前だよ、人間同士、しかも別世界の自分たちだったなんて。
で、でもまだ疑問もあるの。
なんで私をさらったの?
私一人をさらって、何の得があるっていうの?
人質には弱いと思うけど」
「…お前は生贄だ」
ユリカはぞくっと肩を震わせた。
ここまでの会話で、呪術が力を持つことを知ったので、冗談ではないと分かった。
「ミスマルユリカ。
お前を生贄にすることで、邪馬台国は無敵となる。
生贄になるなら、これ以上土偶達を地球に向かわせないでやってもいいがな」
「…拒んだら?」
「世界が滅ぶが─まずナデシコが沈む。
もちろん、テンカワアキトも死ぬ。
代わりにお前は生かしておいてやる。
俺たちはどっちでもいいんだ」
ユリカはためらいながらも、小さくうなずいた。
「…約束だよ、アキト…いえ、スサノオ。
それで、私は何をするの」
「いい覚悟だな…だがその前に、
お前に教えておきたいことがある」
「え?」
「俺たちの世界にはコンピューターがない。
じゃあ、土偶たちをどうやって動かしていると思う?」
「どうって…何か術があるんじゃない?」
「そう、術がある。
呪術だ。
だがな、仙術呪術祈祷…どれも媒介を必要とする。
触媒と言ってもいいだろう。
ないものは動かせん…。
あの数千、数万規模の大艦隊を動かす場合、本来なら何が必要だ?」
「機動兵器や戦闘機ならパイロット、戦艦なら乗組員……!?
まさか…う、嘘っ!?」
ユリカは悶え、絶叫し、スサノオの声にただ打ちのめされた。
彼女はナデシコという戦艦を誰よりもうまく扱い、
連合軍が全く歯が立たない相手に圧勝を続けてきた。
その撃墜数たるや、数万、数十万を超える。
スサノオの言葉の意味をかみしめ、ユリカは罪の意識にさいなまれた。
「あ…ぐ…ぅ…」
ユリカは意識を失って膝をついて倒れた。
アキトと同じ顔のスサノオに虐殺を責め立てられ、ついに精神が限界を迎えた。
現実的にはスサノオたちが虐殺したのだが、再殺した事実は変わりない。
人を、それも機械でも土の化け物でもない民間人を女子供を問わず殺した。
その罪の意識に耐えきれず、ユリカは気絶したのだった。
スサノオは、土偶にされた人間たちを助ける方法はもはやなく、
土偶を破壊して死の世界に解放する方法くらいしかないことを伏せて、
自分の悪事を押し付けた。
それに気づく余裕もなく、ユリカはショックで意識を失うしかなかった。
「…ふん。
ヒミコ様と同じ存在とはとても思えん。
やはりテンカワアキトと同じように、この世界の人間は平和で堕落してると見える」
「…スサノオ兄様、ユリ姉様が着艦致しました」
「む、分かった。
…ユリカを見せてやろう」
スサノオはユリカを抱えると、医務室のベットに横たえた。
そのうち、ユリも医務室に現れた。
「アキ…スサノオ様」
「来たか…。
ユリ、ルリ、ついにもどったぞ。
俺たちのヒミコ様が…」
「はい…」
「嬉しいです…」
どこか寂しそうな、そして辛そうな表情をしているユリとルリを見ずに、
スサノオはユリカを見つめていた。
その輝く金色の底が濁った瞳に、ヒミコへの歪んだ執着がこびりついていた。
それがユリとルリには感じられたようだった。
「先程、ショックは与えておいた。
…この世界のヒミコ様は、明るいと言うよりは白痴のようだったからな。
ちょっと突いてやれば十分だった」
「スサ…アキヒト兄様…。
本当に、戻ってくるのですか?」
「ああ。
そのために最高の巫女達を集めたんだ」
スサノオはほこらしげに笑う。
だがその行動が大和民の生活を圧迫しているのは事実だった。
スサノオによる巫女の独占が、本来得られる生活様式を歪めていた。
化学に頼らない大和の生活は、電力の代わりに巫女の祈祷を必要とする。
スサノオが巫女を独占しなければ実は十分に大和の民を助けられた。
天照大神は大きな罰を与えたが、
完全には人が死に絶えないように試練以上のものは与えていなかったのである。
だが、彼らにもその後、別の試練が待っていたことが彼らを狂わせていた。
「…ルリ、少し席を外してくれる?
スサノオ様と、打ち合わせたいことがあるの」
「はい…」
ルリが退室すると、ユリはスサノオを見つめた。
スサノオはユリカを撫ぜながら、先ほどとは一転して愛おしいものを感じる目をしていた。
「…三年前、ヤマタノオロチ…あの八卦集を倒して、
かろうじて地球の環境を保ったものの…ヒミコ様を失って、
我々はかなり信仰の力を失ってしまいましたね…」
「…ああ。
あの連中が居なかったら、ヒミコ様はきっと…」
ユリはそっとスサノオの潰れた片目と、火傷の跡を撫でた。
ヤマタノオロチと呼ばれた者との戦いの傷だった。
「こんなことも、しないで済んだんでしょうが…」
「言うな、ユリ。
俺たちはヒミコ様の復活が望みだ。
そのためには地獄に落ちることも厭わないと誓っただろう」
「はい…」
二人の脳裏に、三年前の死闘が思い出された。
──当時、大和の民はテロとの戦いに苦慮していた。
天照大御神による終末説を唱え、
世を太陽で焼いて浄化することでしか人を救うことはできないという新興宗教団体。
彼らは積極的に天照大御神の怒りを買う行動をとり続け、年に一度以上の温度上昇を招いていた。
これは間接的なテロだとして大和全体が対決姿勢を取り続けていたが…。
ついにヒミコという最高のシャーマンキングを暗殺するに至ってしまった。
スサノオはこれに怒り、独裁同然の行動をとるようになりはじめ、
政治や軍事を若さに任せて制圧し、監視社会を構築し、敵勢力を追い込んだ。
敵の八人の敵指導者を『ヤマタノオロチ』と呼称し、
日本神話になぞらえて酒宴の席を奇襲し、殺害。
これにより、一定以上の市民の支持を得て、大和でも随一の信仰を手に入れた。
そして名実ともにスサノオは大和の実権を握ることになった。
だがヤマタノオロチとの戦い後、助かったはずの人々は苦しい生活を強いられていた。
スサノオが巫女を独占したことがその根本原因だったが、
その祈祷の不足を理由に、この世界への進攻を進めたのだった。
「われらの力の源は信仰であり、信仰失くして力は使えない。
しかし、多くの民は信仰に背を向け、信念を捨て去って、
他人に尾を振っておこぼれをもらおうとしている。
こんな事を許してはならない。
信仰のために生き、信仰のために死ぬ。
大和の民の宿命だ。
それが大和に力を与え、人々の命を守ってきたというのに…。
大きく理をはみ出し宇宙に進出した結果、天照大御神に焼かれたという事実を忘れた。
信仰に背を向けた時点で大和は死んだのだ」
「…そうですね。
最近では穏健派に傾いている者も多くなってしまいました。
科学による安定した暮らしを得るほうがマシとまで…」
「…唾棄すべき尻軽な論調だよ。
あの頃の信仰をもう一度復活させるための、儀式が必要だ。
…そのためにも、黄泉の国からヒミコ様に戻ってきていただく。
器は用意した。
いや…。
俺達の『ユリバナ』が帰ってくるための場所を準備したんだ」
二人はため息交じりに自分たちの政策の愚を民に押し付ける発言をした。
ヤマタノオロチを打倒して得たスサノオという名の人気にも陰りが見えた。
彼が自分の力を高めるために死んだヒミコを神格化し、
本当の神に仕立てようとしているのは邪馬台国の人間以外には明白であり、
挙句に希望をつなぐための別世界へつながる『門』すらも悪用している。
何より、市民の生活が悪化したのが致命的だった。
カグヤの勢力がもたらした大和国ではない、日本国の方の世界の情報は、
彼らに別の生き方を与え、彼らに希望を与えた。
スサノオの独裁に苦しむ必要も、戦う必要もない世界を求めるには十分すぎるものだった。
スサノオはそんな民の心を、支配したいという自分の気持ちに気づけない。
それが破滅的な行動や判断を招いている事に、当事者たちすらも気づくことはできなかった。
スサノオもまた、本来は人の心をつかむ行動が出来、それを可能にするカリスマを持っていた。
だが──。
「…スサ……アキヒトさん、ユリバナ姉様が戻ってきたら、その…」
「ああ。
お前は用済みだな」
「…はい」
「……いつも通りにしているんだ、ユリ」
「はい……」
ユリはスサノオがユリカを撫ぜ続けるのを見て、寂しそうにうつむいて背を向けた。
医務室を出たユリは、こみ上げる吐き気に震えた。
そしてこみ上げる感情に震えた。
「…気付かれちゃいけない。
アキヒトさんにも、ユリバナさんにも…。
こんなことがバレたら、私は…」
ユリは自分の腹をそっとなでると、叫びたい気持ちを抑えてむせび泣いた。
スサノオ─アキヒトを支え続けた彼女が、自ら犯した罪を懺悔するように、静かに…。
ブリッジは少しの混乱に包まれていた。
あるいは困惑に戸惑っていた。
「ラピスちゃんを、艦長に!?
いや、それはサポートすればできなくはありませんが…」
「ジュン、いいんだよ。
艦長なんてお飾りっていうのが世間の印象だもん。
それにこんな小さな子が艦長してるのにってみんなやる気だすじゃない」
「…はぁっ、私は頭痛くなってきたわ」
「そういうな、ムネタケ。
私達よりはよほど人徳が集まりそうだからな」
口々に感想を述べるが、この提案を述べた重子の意図は別のところにあった。
「おほん。
そういうわけじゃありません。
半分くらいは合っていますけど、この場合信仰や信頼を、
シャーマニックデバイスを使えるように調整されたシャーマニックチャイルドである、
ラピスちゃんに集中させるのが一番威力が発揮できるということです」
「…やっぱ私を特殊な体質にしたの、あんた達なんだ」
重子の説明に頷いていたブリッジの面々は、ラピスの発言に硬直した。
重子はうつむきながら、答えた。
「…そうです。
ごめんなさい、孤児のあなたに巫女としての才能を見出して、
明日香の秘密施設で調整をしました。
…謝って済む事ではありませんね…」
「全くだよ。
でも、戦いが終わったらちょっとくらいお礼はしてもらえる?
…それにカグヤのオペレーターの事も気になるし、
そっちについて先に聞きたいな」
「彼女は…ホシノルリ。
彼女はオトウユリバナの妹…オトウ家の三女です。
この世界で存在を確認したので同じくシャーマニックチルドレンとして育てていましたが…。
…恐らくはあちらの世界のオトウルリにすり替えられていたんでしょう。
この世界のホシノルリは、殺害されていると考えるほうが妥当かと…」
「……あったまきた。
自分の妹と同じ顔の子を殺せる奴なんだ。
重子、文句言うのは後にしておいてあげるよ。
まずは──。
「ら、ラピスちゃんが燃えてる…」
「ラピラピ、正義感強いわねぇ。
ミナトお姉さんも負けないんだから」
「うんっ!
ユリカと私の親権の取り合いの決着ついてないもんね!」
「そうよねぇ!
ちゃっちゃと片付けて、ケリをつけないとね!」
「これは…」
「なんていうか…」
「ほぉっほっほ、私達の助けなどいらんとばかりに燃えてるのぉ」
「こういう時の女の子って想像以上に強いんですよ」
アキト達パイロットは、エグザバイトに乗り込んで待機をしていた。
敵の要塞が近く、出撃準備をしているためだった。
だが…。
『はぁ、これどうにかなんないかな』
『我慢してください、
ギリギリまで祈祷をしないとシャーマニックパワーが切れてしまいます。
バッテリーはナデシコからあまり離れなければ問題ないんですが、
こちらだけは補充が効かないので最後の最後まで祈祷させて頂きます。
なにしろこれは攻守共に生命線なんです』
エグザバイトの周りでは数十人の巫女達が篝火を炊いて叫んでいた。
通常の土偶程度であれば何も気にしないでいられるものの、
敵が強力な巫女を数多く有する邪馬台国が相手であれば祈祷済みの兵器でも危険が伴う。
また、このエグザバイトは火星で作られたこともあり、
巫女による祈祷が一切されていない兵器だった。
そのため、スサノオに一方的に打ちのめされてしまうという事態を招いた。
アキトは諦めたようにシートに頭を預けると、
自分の包帯をそろそろ取ろうかどうか考えていた。
既に視力は戻り傷もふさがっている。
だが、リアクト解除を含めるとめんどくさいと考え、その手を戻した。
そしてカグヤの疑問が浮かんで重子に問うた。
『あの、重子さん。
カグヤちゃんがあっちの世界の人って言ってたっすけど…。
なんか最初はスパイ目的だったとかないんすか』
『…そんな事を言わないでください、テンカワさん。
こちらに来るきっかけを与えたのは、
カグヤ様がスサノオに愛を受け取ってもらえなかったからです』
『えっと…あっちの世界の俺に?』
『はい。
スサノオ…アキヒト様は、最初からユリバナ様を好いていました。
二人がその後、世界を動かす存在になるかどうかは関係なく、
ただ一筋にユリバナ様を好いていました。
だからカグヤ様はこちらの世界でテンカワさんを愛しようとしました。
…結局、それも叶いませんでしたけど』
『…ごめん』
『いえ、それは仕方ありません。
…あなたとユリカ艦長結ばれる運命なのかもしれませんね』
『…どうかな、俺はまだユリカを好きかわからないよ』
『いえ、きっと好きです。
分かりますよ』
『どうしてそうおもうの?』
『私がシャーマンの、巫女の端くれで、
普通の女の子でもあるからです』
『なんだよ、それ。
…でもそう言われるとそんな気もしてきたっす。
ユリカを助けられたら…デートでも、誘ってみようかな』
『きっと喜ばれますよ。
…でも、ユリカ艦長に幻滅したらカグヤ様も一回くらいデートに誘ってみてください』
『はは、そうするよ』
照れくさそうに、しかしいつもよりずっと素直に言葉を発したアキトは、
もう一度シートに体を預けてリラックスして目をつぶった。
(ガイ……お前の分まで戦ってくるよ…)
アキトは宇宙に散った親友に思いを馳せ、そして助けるべきユリカの顔を思い浮かべ、
騒がしい彼女に少しだけ心を動かされていることに気づいて、微笑んでいた。
『敵の要塞に接近しました!
エグザバイト正体は十分後に出撃をお願いします!』
巨大なかがり火が焚かれ、一万以上の邪馬台国の構成員が熱狂に包まれていた。
ついにヒミコの依り代になるユリカを手に入れ、
ヒミコの復活とともに、絶対的な信仰を大和の中で手に入れることが叶う。
それは邪馬台国とスサノオの暴走ともいえる現在の独裁を正当化し、
さらなる絶対の権力を作り上げることを意味していた。
そして邪馬台国に属する巫女たちと構成員たちはその価値と地位を高め、
この世界の地球を得ることを可能にする戦争を可能にする。
大和という国が、スサノオの独裁がついに揺るがないものになろうとしていた。
──そして祭壇にスサノオが立った。
スサノオは大和の真なる復活と平和を叫び、邪馬台国の構成員たちは雄たけびを上げて喜ぶ。
熱狂の最中、スサノオはルリを促した。
「ルリ!
ヒミコ様をこのミスマルユリカの肉体へお越しいただけるように祈れ!」
「はっ!」
ルリは詠唱とともに、ユリカの手を握り、黄泉の国から呼び出すために祈りを籠めた。
そして青白い光がユリカを中心に発光すると、ユリカの瞳がゆっくりと開いた。
ユリカ─ヒミコはゆっくりと起き上がると、スサノオに近づいた。
喜びに浸っているスサノオに、ヒミコは対照的に静かな表情をたたえていた。
「…スサノオ、あなたが私をもう一度黄泉の国から戻してくれたのですね…?」
「はっ。
あなたのお力こそが、大和には必要なのです!
門を通じて出会ったミスマルユリカという者が快く肉体を貸してくれました。
あなたのお言葉があれば大和の民は死をも恐れず、
困難を乗り越えるために尽力してくれましょう!!」
「…このような形でも、
あなたに会えてうれしいです、スサノオ」
ヒミコはそっとスサノオの手を取ると、小さく笑った。
スサノオも、自分のしてきたことが報われて胸が震えていた。
「でも、あなたは変わりましたね」
しかし、その直後に発された言葉に、スサノオは心が砕けた音を聞いたような気がした。
スサノオも、ユリも、ルリでさえもこの言葉で確信した。
スサノオがどのようにしてこのユリカという女性を手に入れたのか、
そしてこの大和が存在しない世界にどのように接してきたのかを見られていたということに気づいた。
邪馬台国の構成員は固まってしまったスサノオに気づくことも、状況を飲み込むこともできずに見守っていた。
ヒミコの平手打ちがスサノオの頬を打った。
全員が、動けなくなった。
スサノオはただすべてがバレたショックで膝をついてうろたえていた。
ユリも、自分とスサノオの関係を見抜かれて気が動転していた。
邪馬台国の構成員たちはもっとひどかった。
スサノオの悪事は邪馬台国の幹部十数人と、ユリとルリしか知らず、
火星の人間を土偶に塗り込めた件についても彼らが天照大御神をそそのかしたためと、
自分たちの世界が全滅寸前になったのだと嘘をついていた。
──自分たちを救う存在が、とてつもない悪人だったと知って、
それに加担してきた自分たちの罪深さを思い知っていた。
「…っ!
皆の者、このヒミコ様はミスマルユリカです!
ヒミコ様のフリをして私達を混乱させるつもりです!
捕らえて座敷牢に閉じ込めなさい!」
「ゆ、ユリちゃん!?
どうしてこんな、はな、離してっ!?」
兵士につれていかれて去っていくヒミコを見ながら、ルリはユリをにらんだ。
「ユリ姉様!
こんなことをするなんて、ひどすぎます!
いくらアキヒト兄様の事があるからって…」
「…ルリ、ナデシコが来る。
ミスマルユリカを取り戻しに。
あなたにもわかるはず…そろそろ感知結界に差し掛かる頃でしょう」
「!!」
ルリはユリの言葉通りに感知結界にナデシコが接触したことに気が付いた。
「…こうでもしないと私達は全滅します。
アキヒトさんのしてきたことは許されないことですし、
ユリバナさんの怒りももっともです…。
でも私達を信じてくれた人たちを死なせてはいけません」
「…はい」
「…アキヒトさん、今は戦って下さい。
自分のしたことには責任を持ちましょう」
「……ああ」
先ほどまでのうろたえが嘘のように、スサノオは立ち上がり、胸を張った。
「皆の者、先ほどは取り乱してすまなかった。
先ほどのユリカの…いや、ヒミコ様の…。
…彼女の言ったことは、決してでたらめではない。
大和の民を苦しめたのも、火星の民を土偶に塗り込めたことも事実だ。
だが私は大和の民が真に救われる方法を考え、そして実行し、
私はその罪を背負う覚悟を持ってすべて実行した。
しかし、私は最後の最後で…ヒミコ様には嫌われたくなかったんだな…。
彼女に会いたかったのも…無論事実だが…。
…ヤマタノオロチの連中にずたずたにされた大和を何とかするためには、
ヒミコ様がどうしても必要だったんだ。
今は、ヒミコ様の依り代を取り戻すためにやってくるナデシコ艦隊を撃退する。
この戦いが終わったら、ヒミコ様を何とか説得する。
出来なかった時は、私の命で贖おう。
…こんな情けない統率者ですまない。
だが、大和のために命を懸けた諸君なら、
この戦いが避けられない大事なものだとわかるだろう。
…すまないが、また力を貸してくれないだろうか」
彼らの胸中は複雑だった。
正義の行いをしてきたと思ってきた彼らは、
スサノオの悪事を目の当りにして、それでもついていけるのか迷っていた。
だが…。
彼らにはこの期に及んで引き下がるという選択はなかった。
だが、この決断は決して良いものとは言えなかった。
大和の民はカグヤの勢力からの情報で戦う以外の選択肢を持っている。
邪馬台国の構成員たちは意図的に情報を分断されており、その選択肢を知らない。
スサノオが彼らを騙していると言っても過言ではないのだ。
しかし、スサノオ自身もそのもう一つの選択肢を知らない。
彼自身も、ヒミコを取り戻すことに執着して自分自身を騙しこんでいるような状態だったのだ。
「──すまんな。
では…。
「エステバリス隊、発進!
ナデシコ艦隊のみんなの指示は艦隊司令官に任せるよ!!
地球から増援も追っかけて来てくれるらしいから、
決して不利にならないから、頑張って!!」
『了解!
お姫様こそ無理するんじゃないぞぉ!!』
「あははは!
私をお姫様扱いするなんていいセンスしてるよ、司令官!
じゃ、スーパーナデシコは突出するよ!
土偶どもは片付けてね!!
続いて、エグザバイト隊、発進っ!」
「ほ~~~これは意外。
しっかり艦長さんをしてますねぇ、ラピスさんは」
「意外としっかりユリカ艦長を見ていたのかもしれんな。
戦術面はともかく、人を動かすのには向いてるのだろう」
「ユリカ艦長には劣るかもしれませんが、
シャーマンキングの次点には来れそうな素質があるのは事実です。
もっとも、近代戦術については大和はからっきしなところがあるのでなんとも」
「え?
重子ちゃん、そんなに大和の戦いってひどいの?」
「本来的には儀式の延長線上にあるのが大和の戦いです。
だから死者の数は限られたものになりやすいんです。
その中でも儀式を無視して戦いを始める異端が邪馬台国、そしてスサノオです。
生身の戦闘、奇襲、暗殺、撃滅、使用禁止の武器の使用に至るまで。
戦術、儀式的なセオリーを全く無視してえげつない手を使うため、
彼は武勲を独り占めしています」
彼らの会話の最中、次々にエグザバイトが出撃していく姿が見えた。
ナデシコから発進したエグザバイトが、次々に敵を撃墜している様子が見られた。
敵の土偶の数はすでに100万を超えていたものの、
量産型ナデシコのグラビティブラストにより、かなりの数が撃墜されている。
シャーマニックデバイスなしでも、重力の乱気流の中を揉まれることで、
別の土偶にぶつかって砕けてしまうためである。
何より─。
『うわわっ!?
グラビティブラストに巻き込まれたけど平気だ!!』
『シャーマニックエネルギーの充填の効果です!
まさにディストーションフィールドwithシャーマニックフィールド!
でもあまり何度も直撃すると危険ですよ!
さすがにエネルギー切れがありますから!』
『了解っと!
それじゃ、俺たちはどこに向かえばいいんだ!?』
『あの本殿の中に、ヒミコ様…いえミスマルユリカ艦長は居るはずです!
戦艦カグヤも出撃はしていますが、シャーマニックエネルギーが弱いです。
恐らく、ヒミコ様は出撃を拒否しているはず!
スサノオの蛮行を目の当りにして戦うヒミコ様ではないはずですから!!』
『オッケイ!
それじゃ、俺たちが突破できればいいんだね!?』
『いよっしゃー!
テンカワ、おめーが一番乗りしろよぉ!
人の恋路を邪魔するやつぁ、馬に蹴られて三途の川だぁ!』
『馬その一、ひひーん!』
『馬その二、ひひーん…』
『リョーコちゃんもね!?』
おちゃらけながら、四機のエグザバイトは敵を次々に蹴散らした。
敵戦艦の撃墜数のスコアが重なり、
火星突入時とは比較にならないほどエグザバイトが強い事を実感した。
『…火星に来る前にこのエグザバイトがあったら…』
『けっ、バカ言ってんじゃねえよ、コックもどき!』
『こ、コックもどきって…』
『お前は今はもう一人前のパイロットになっちまったよ!
悔しいけどもうオレたちと互角だ!
けどあの時にエグザバイトがあったって変わらねえよ!
お前はこの一ヶ月がなけりゃずーっと半人前パイロットだ!』
『そーそー!物事の順番は変えられないんだよ!
テンカワ君はヤマダ君の代わりに頑張ろうって必死になるまで、
ずーっと弱かったでしょ!
きっかけがなきゃ人はそうそう変われないし!
一生懸命になれたのはヤマダ君のおかげでしょ!』
『…人の生き死にでおセンチになったり、頑張れるようになったりするのはあるけどね。
私はあんまりいいものじゃないと思うけど…。
でも、結果が出たんだからいいんじゃないかしら』
『そっか…そうだよな…!
ガイ…見ててくれ…!』
アキトの─エグザバイトの拳が強く握られた。
そして一層強い加速で飛び、大型戦艦に突撃した!
アキトのエグザバイトの拳が、大型戦艦を貫き、撃墜した。
その大型戦艦が、ガイが最後に特攻を仕掛けた大型戦艦と同型だったことに、
アキト以外の全員が気づいており、そして笑った。
ガイは、アキトの中に生きている。
そう思うのに十分すぎるアキトの成長を目の当りにして、
嬉しい気持ちにならずにはいられなかった。
ユリとルリは全戦力を出撃させ、かろうじて戦線を膠着状態に保っていたが、
状況はかなり不利な状況にあった。
土偶を作るのに埋め込む人間は一人で足りるが、
駆逐艦を作るのには500名、戦艦を作るのには1000名の人間を埋め込む必要がある。
実際の戦艦運営にはナデシコの214名と同程度、もしくは誤差20名程度で足りるのだが、
コンピュータ部分、火器管制、そのほかの制御を生身の人間材料で行わなければならないため、
3000万人の火星の人々を材料にしていても限度がある。
人間材料も限度があり、また加工にそれなりに手間がかかるため、
ナデシコ一隻ならまだしも、量産型ナデシコ艦隊規模で襲い掛かると不利が避けられない。
モノリスを通じて地球側の戦力を呼び戻すことも可能だが、
制圧状態を維持するためにはそれではいけない。
また、自分たちよりも性能で勝る敵が多い事態も初めてだった。
数はともかく性能では大差ない大和内での戦いでは、このような戦いの経験はほぼありえなかった。
「くっ…。
せめてヒミコ様が協力してくれさえすれば…」
「ユリ姉様…う、ううっ!?」
「ルリ!?」
「ぐ、ぐうう…。
ゆ、ユリちゃん、ちょっとルリちゃんの体借りるよ…」
「ユリバナさん!?
ルリの体に憑依を!?」
「う、うん…シャーマニック処理されてるからできるかなって…。
うまくいったからよかったけど…。
それより、ちゃんと聞かせて。
スサ…アキヒトはどうしてこんなことを…」
「…あなたが、必要だったんです。
大和にも、アキヒトさんにも」
「違うよ!
どうしてカグヤちゃんの言うことを聞いてくれなかったの!?
私だったらカグヤちゃんの方法もいいって思ったのに…」
「……冗談でしょう?
確かにこちらに間借りする方法だったら、大和の民は助かったでしょうが…。
自分の生まれた土地も、文化も、思想も捨て去ることになります。
…それはもはや、大和ではなくなってしまうとは思いませんか?」
「け、けど──」
「そうしないためには…天照大御神に信仰がゼロになる瞬間を、
味わってもらうしかなかったんです。
こちらの文化に完全に染まったら、彼らは大和には戻りません。
大和は誰も居なくなり、神々も死に絶えて、
しかも私達はこの世界の移民になり…奇異と差別の対象になることでしょう。
そうなるくらいなら、こちらの世界を大和の文化で染め上げる土地として火星を支配し、
地球に手出しさせないように軍事的制圧をかけたままにして…。
天照大御神が泣きつくまで待つつもりだったんです。
神にとって信仰を失うことは消滅につながりますからね。
……最も、今となってはそんなことは浅知恵に過ぎなかったとも思いますけど」
ユリはため息を吐いて、自分の腹部を見つめた。
「…アキヒトさんと、私の事、怒ってませんか?」
「怒るわけないよ…。
私のせいでアキヒトはあんな風になっちゃったんだから…。
アキヒトを支えたユリちゃんを叱れないよ…。
でも、アキヒトはひどいね。ユリちゃんを捨てるなんて…見損なっちゃった」
「…私がいけないんです。
本当はユリバナさんの意思をついでシャーマンにならなきゃいけなかったのに、
アキヒトさんを支えることの方を選んで、巫女になる資格を捨てたんですから…」
「…ううん、仕方ないよ。
アキヒトを支えてくれてありがと。
でも…ちょっとこのままだとまずいことになるよ」
「え?」
「黄泉の国で…色々…ううん、この世の理のすべてを教えられたの。
この世の理とつながった、と言った方がいいかな。
…そもそもなんだけど、どうして別の世界同士をつなげる『門』が出来たと思う?」
「どうしてって…。
時空と空間のねじれが生じたっていうのが定説ですけど、違うんですか?」
「違うの。細かいことは省くけど…。
なんでもね、世界には『特異点』っていうのがいくつかあって、
世界の重要人物や重要な物体がそれにあたるんだけど…。
その時点で欠けてはいけない人が死ぬと、その門は開くんだって」
「え…!?」
「こっちの世界の『明日香カグヤ』ちゃんが死んだことで、
私達の世界の『オニキリマルカグヤ』ちゃんが、こっちの世界に通過するチャンスを与える『門』が現れ…。
本来はテンカワアキト君に恋敗れたら門は閉じるはずだったの。
でも、今度は私が死んだことで、アキヒトが門を超えるために、門は閉じずにいたの。
…そう考えると、アキヒトやカグヤちゃんが死ぬとどうなっちゃうのか分からなくて…」
「ちょ、ちょっと待ってください!?
そうなると、カグヤさんとアキヒトさん、
そしてユリバナさんという特異点にトラブルがあったから、
この戦争は発生したっていうんですか!?」
「…うん。
私もうまく説明できないんだけど、黄泉の国でそのあたりの事が分かったの。
で、ここからが問題なの。
別世界で誰かが死ぬと、取り返しのつかない矛盾が起こって…。
門が複数作られやすい状態になって、
特異点でない人間の死も門を作る状態になりかねないの。
そうなると、下手すると別次元を巻き込んで、
それぞれの世界が消滅する可能性が増大するの」
「最悪じゃないですか!?
人間がいつ死ぬかなんてわからないのに!?」
「そう、だからできればアキヒトを、戦わせないでおきたかったんだけど…。
でもあの時はああしないといけなかったのも分かるから…」
「は、早くアキヒトさんを止めないと!!」
「そ、それより停戦を命じて!!
そうしないと、テンカワアキトの方も危ないし…!」
停戦を命じるの部分から通信ウインドウが開いていたのか、
金髪の女性が二人の会話に割り込んできた。
「あ、あなたは!?」
『私は紅水晶の一族の頭領、
二十三代目・紅水晶と申します。
スサノオ様とひそかにコンタクトを取らせていただいていました』
「わ、私は聞いてませんよ!?」
『あなた達が知らないのも無理はありませんわ。
何しろ、私は大和の世界の私である『アクアマリン』と交信を続けて、意気投合して、
スサノオ様に協力するようになったのですから。
あなた達が困らないように大和に合わせた生活用品や食料を生産して、
モノリス経由でお送りさせていただいたのですから』
「!?
あ、あれは大和からの支援ではなかったんですか!?」
『大和本国でのあなた達の評判をご存知ですか?
独裁はとうに超えて、ヤマタノオロチに続くテロリスト集団と呼ばれているんですよ?
支援があるはずないでしょう?
既にスサノオ様の地位はどん底に落ちていたのですよ。
まあ、あなた達は自分たちの信仰の力だけで戦ってきたようですし?
自分たちの信者を大和に残して情報を集めたせいで、
邪馬台国に都合の悪い情報は握りつぶしてしまっていたようですが?』
紅水晶はユリとヒミコは絶望するしか無かった。
すでに自分たちの故郷からテロリスト集団扱いされ、
帰る場所が消滅しているという事実に耐えられなかった。
これはカグヤやスサノオが自分たちの独自のネットワークを使い、
政治や情勢について情報をかいつまんで受け取っていたせいで、
世間の空気や情勢について、リアルなところを得る機会が少なかったせいだった。
他国との戦争がある世界であればもっとこの辺りのノウハウがあるものだが、
大和の世界では他国が概ね太陽の接近によって滅びてしまい、
大和国内では内戦こそ起こったものの、情報戦についてはノウハウがない。
これはスサノオが当時わずかに生き残った老練な政治家や諜報組織を粛清したためだ。
そのため、情報戦術や本国とのやり取りについてノウハウがなく、
この部分を独裁体制を作ることで安定させたと思い込んだのがまずかった。
大和を救うための出征ということで長期間大和を空けて、
その一方でカグヤ側からもたらされる別世界に移り住むという魅力的なプランが、
出征や独裁が必要であるという根拠を根本から崩してしまった。
カグヤとしてはスサノオの暴走さえ止められれば問題なかったのだが、
カグヤも日本国のあるほうの世界での生活が長く、
大和の世界の困窮具合について理解が浅かったため、
スサノオと邪馬台国は打倒すべき存在とすら認識される事態を想定できなかった。
─すべてのスサノオの悪事のツケが、ついに回ってきてしまったのだった。
『流石のスサノオ様も言い出せなかったのでしょう。
もはやあなた方に残されているのは、
死を覚悟して大和にもどり、スサノオ様の首と引き換えに賎民としてでも生き残るか、
ナデシコを打倒して、この世界でもう一度王として君臨する方法しかないのです』
「…!
ユリちゃん、騙されちゃダメだよ!
この人、この戦いで特異点のユリカや、アキヒトやテンカワアキトを死なせて、
門の暴走で世界ごと消し去るつもりなんだから!!」
『あら、鋭いですわね。小さいのに』
紅水晶はルリに憑依したヒミコについては分かりようもなかったが、
ヒミコからするとこの状況に乗ってしまえば後戻りできないところまで行ってしまう。
そういう確信があった。
「…ごめんなさい、ユリバナ姉さん。
そうなる可能性があっても…。
ユリは紅水晶が言わなかった第三の選択肢を思いついた。
だがナデシコに投降する方法をとっても、結局アキヒトを救うことはできない。
すでに彼が土偶たちの親玉であるとバレている以上、死罪は免れない。
そうなるなら、その運命に抗うしかないと考えた。
紅水晶はユリの言葉にニヤリと笑った。
そしてこれから起こる事態を想像して、涙を零した。
「!?
ユリちゃん、ダメっ!!
お腹の中に…アキヒトとの子供がいるんでしょ!?」
「仕方ありません…。
私はあなたの代わりにはなれなかったんです。
あの人の最愛の人には、なれなかったんです。
私が、もしあの人を…無理にでも、人間的に堕落させてでも、止めていれば…。
こんなことにはならなかったんですから、私にも責任があります。
…すぐにそちらに行きます、ユリバナ姉さん。
そっちに行ったら、いっぱい叱ってください…」
「ダメ…ダメだって…!!
お願いだから…!!」
最後の最後まで戦い抜きなさいッ!!」
ユリは、ヒミコが縋り付くのを振り払い、
シャーマニックデバイスのパネルに触れた。
「…すでに私にはシャーマニックデバイスを操る資格がありません。
でも、まだユリバナ姉さん譲りのシャーマニックパワーだけは残ってます。
それをみんなに分けさえすれば…きっと。
道連れにして…ごめんね…。
ひどいお母さんだね…」
ユリは自分の腹をそっと撫でると、全身が青白い光に包まれ、
シャーマニック処理を行われた者だけに現れる髪の色の変化が起こった。
そして、すぐにオペレーター席に崩れ落ちた。
ユリは血の涙を流して息絶えていた。
スサノオは自分の計算の間違いに焦っていた。
戦況は決して良くは無かった。
土偶たちは出撃次第、百近い量産型ナデシコのグラビティブラストに葬られ、
戦艦クラスは敵艦載機、エステバリスとエグザバイトの部隊に撃墜される。
すべての機体に祈祷を行うのが無理と踏んだカグヤの部下の巫女たちは、
フィールドランサーにのみ祈祷を行い、戦艦クラスの強力なフィールドを打ち破っていた。
「く…」
自分の周りで、土偶を操っていた巫女が、一人、また一人と倒れ、息絶えるのを見て、
スサノオの気持ちはさらに焦った。
土偶たちを操る巫女たちも、撃墜されるたびにダメージを受ける。
二百以上いた巫女もすでに七十名にまで減っていた。
「スサノオ様、これ以上は…」
「しかしこのままでは本国の生活を支える巫女がいなくなります!!」
「ち…。
…なら、俺が首を差し出す他なくなるが、いいのか?」
「ッ!!」
「…どうなんだ?」
「よし…続けろ」
小さく笑って、スサノオは叱咤をやめた。
だが…。
ユリからの声が突如通信用の宝玉から発された。
そしてユリの言葉の意味が、ユリの死を表すということに気づいた。
巫女ではないものがシャーマニックパワーを行使するということは、
同時に生命力の枯渇を伴う。
「待て、ユリ──」
ユリの体が煌めくとともに、この本殿にも光が満ちた。
そして息絶えていたはずの巫女たちが目を覚まし、
疲弊していた巫女達も力がみなぎるのを感じた。
「これは…!」
「ユリ様の…!」
「す、スサノオ様…」
「ッッッ!
「し、しかしっ!」
スサノオは本殿を出ると、一台の機動兵器の前に立った。
「…よもや、この俺が出ることになろうとはな」
「…」
通信用の宝玉から出てきたルリの声…それがルリの体を使ったヒミコの声であることは、
スサノオにはすぐに分かった。
「…俺もすぐに逝く。
そうしなければもうなにも終わらないだろう」
『!!
だ、だめ!!
アキヒトまで死んじゃったら…』
「…こんなことをした俺を、まだ、心配してくれるのか…?」
『そうだよ!当たり前じゃない!!
で、でも、まだ別の理由が─』
「そうか。
それなら……」
スサノオは通信用の宝玉を握りしめると、
涙を零して、それを叩きつけた。
「…少しは救われたよ、ユリバナ。
だけど…俺はもうお前に話しかけてもらう資格はない…。
現世でも、黄泉の国でも…もう二度と…。
自分の人生を嘘と罪と傲慢で塗り固めてまで、
お前を求めてしまった俺にはな…」
「紅水晶様、これでよかったのですか?」
「良いんです。
これでスサノオ様は破壊か自滅かを選ぶでしょう。
そうすることでしか、私たちの目的は果たせません」
「しかし、てっきり彼に協力をするものかと…」
「協力は十分にしました。
…でも彼は結局一人の女性に執着してるだけで、
支配者としても武芸家としても半端です。
思ったよりは魅力的じゃありませんでした。
…だったら、私の破滅計画に利用させていただきますわっ♪」
『ここが…』
アキトはついに土偶たちの大軍を潜り抜け、
ただ一人邪馬台国の鳥居をくぐって、エグザバイトでたどり着いた。
『──来たな』
『スサノオ!』
スサノオはアキトのエグザバイトに向き合い、
クサナギのコックピットから身を乗り出している。
『お前の愛しのユリカはその祭壇に飾られてる。
…俺を倒せば取り戻せるぞ』
『…もはや俺には何も残っちゃいない…すべて失った…。
ユリバナも、ユリも、大和を統べる資格すらも…。
この戦いが、ユリバナ一人を取り戻すための戦いだったと知られた時点でな。
スサノオの言葉は、破滅的な内容だったが、
アキトはその言葉に妙に力が篭っていないように感じて、
自棄になっているだけだと思った。
『ふっ…。
火星の3000万人の人々を土偶に塗り込めて殺し、
ユリバナの妹をいとも簡単に捨てるような俺がか…?
スサノオが先手を取り、アキトのエグザバイトはクサナギの拳を受け止めた。
コックピットを直撃するはずだったその拳をそのまま間接を極める形に持っていこうとするが、
スサノオはうまくその手を弾いて構え直した。
『やるじゃないか!
腑抜けかと思ったが戦い慣れてるな!!』
『褒めてる場合か!!
お前は…俺がお前のようになれると言ったな!!』
『そうとも!
お前は俺になれる!!
最愛の人をとりもどすために、
エグザバイトを、クサナギの連打が襲う。
だが、エグザバイトと完全に一体になったアキトには、もはや通用しなかった。
『お前の言う通り俺が最低の人間になれるのが本当だったら…!
俺みたいな、
アキトのエグザバイトの拳が、スサノオのクサナギの顔面をとらえた。
クサナギの操縦方式が呪術であるため、
クサナギのダメージが直接スサノオの肉体に届いてしまい、
スサノオは痛みに頭をふる。
直後、アキトのエグザバイトがクサナギに覆いかぶさるようにおさえこむ。
『くぅっ!』
スサノオを押さえ込んだところで、
アキトのコミュニケーターが、ユリカからの着信を受け取った。
『うんっ!
…スサノオ君!!
ヒミコさんが憑依した時に事情は私も聞いたよ!!
『く…。
だが、もう…俺には…』
スサノオはヒミコに憑依されたルリの声を聞くと、ついに声が震えた。
『ユリバナ…しかし…』
『あ…ぅ…うう…』
スサノオのクサナギが、力なくうなだれた。
スサノオも戦う必要はないと受け入れたように、一筋の涙を零した。
『アキト、やっぱり助けに来てくれたんだ!!
ユリカうれしいっ!!』
『ああ…だって、俺は…。
お前の王子様、だろ?』
『!!
うんっ!!』
全ての戦闘が終わった。
スサノオの呼びかけと、ユリカの呼びかけが同時に起こり、
負傷者の救護と、死者の回収が行われようとしていた。
そして─。
「…こんな愚かな俺に大和を救えか…。
ユリバナ…買い被りすぎだよ…。
俺はすごくなんてない…。
ただ…みんなが助けてくれるから…」
「…スサノオ、お前って意外と俺に似て情けないところがあるんだな」
「ほっとけ。
俺は…罪が大きすぎて背負えないから、強がってただけなのかも、な…」
「…お前、これからどうするんだよ」
「一度、大和に戻る。
ユリカさん、しばらく大和に来てもらって構わないか。
勝手な願いだとはわかっているが、民の安心のために神託を仰ぎたい」
「うん!もちろんだよ!
…それにしてもスサノオ君最初から頼んでくれたら手伝ったのに」
「あ、あのなユリカ…。
そういう話じゃなかったと思うんだけど」
「え?なんで?」
「あ、あはははは…」
ユリカは相変わらずとぼけた様子で二人に応対した。
ユリカも戦争終結がかかっているとあれば、と協力するつもりだった。
「それじゃ、アキト。
一度お別れだね。
…何かあってずうっと戻ってこなかったらまた迎えに来てね」
「…ああ、約束だ。
スサノオ、逃亡したらまた戦争になるからな」
「…そうだな。
それだけは避けないとな」
スサノオはすっと立ち上がると、ユリカを連れて戦艦カグヤに乗り込んだ。
カグヤも一時的に大和に戻るつもりで、この戦艦での帰還を希望したからだ。
また、この戦艦なしでの帰還は、大和側からの奇襲を防ぐ意味でも必要があった。
スサノオと邪馬台国は未だにテロリスト扱いであり、
スサノオ自身が奇襲を得意としたため、
逆襲しようとする大和が彼の戦術を使わないとは限らない。
そうなると大和の兵器では対抗しきれない科学的要素を含む艦が必要だった。
「アキヒト兄様、戻ってこられたんですね」
「…ああ、死に損なってしまったよ。
ユリバナにも怒られてしまった…ユリちゃんを死なせた…」
「はい…でも…私とユリ姉様の願いは叶いました」
「…え?」
「昔の、優しいアキヒト兄様の顔に戻ってくれました。
もう二度と、あんなひどいことをできない、優しいあの頃の顔に…」
スサノオは自分の顔に手を当てて、呆けた顔をした。
そして苦笑するように笑い、力なく涙を流した。
「ああ……こんなところまで来ないと気づけなかったのか、俺は…。
ユリちゃんと、ルリちゃんが命を懸けても欲しかった、俺が気づけばすぐに叶えられた夢を…」
「いいんです、アキヒト兄様。
ユリ姉様も、ユリバナ姉様も私も…。
あなたに立ち直ってほしいと願っていただけなんですから…。
これからは二人の分まで、私が支えて見せます…」
「ぅ…うう…ルリ…ちゃん…ユリちゃん…ごめん…」
息絶えたユリを抱きしめているルリを、スサノオは二人とも抱きしめた。
愚かな自分を愛してくれたのはユリバナだけではなかった。
ユリも、ルリも、ユリバナにもう一度会うためだけではなかった。
自分を深い悲しみから救うを願っていたのだと。
スサノオはただ、二人を抱きしめて小さく嗚咽をこぼすことしかできなかった。
それでもルリは涙を流しながらも笑っていた。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
やがて負傷者と死者の収容が終わると、
ついに戦艦カグヤが『門』に向けて出発した。
それがこの戦争を完全に終結させると信じて…。
「…テンカワ、良くスサノオを許したね。
単純軟弱石頭の癖に。
てっきりこっちの世界で裁くつもりだと思ったのに」
ラピスの辛辣な言葉にも、アキトは小さく笑って答えた。
「…別に許してないさ。
ガイの事も、火星の人達の事も、償って欲しいとは思う。
でも…ことがことだからね。
俺一人の決断であいつをどうにかしようなんてのも、やっぱ違うなって。
大和の世界がまとまらなきゃ、邪馬台国以外の人達もこっちの世界に攻め込んで来かねないし、
そうじゃなくたって大和の人達に、俺達のために苦しんで欲しいとか死んでほしいとか思えないし…。
それに、敵が人間ってことは…。
自分と同じ優しさを持ってる人間が相手だってことなんだなって…」
アキトはナデシコのブリッジで飛び立つ戦艦カグヤを見送りながらぼそりと呟いた。
スサノオという同じ顔の人間を目のあたりにして、
アキトがどんな実感をもったのか、
ブリッジでその言葉を聞いた者たちは、よくわかった気がした。
──だが。
戦艦カグヤのブリッジが、黒煙を上げているのが見えた。
その様子に、ナデシコのブリッジクルーは唖然とした。
『ぶ、無事だ!!
ブリッジクルーは、全員生きてる!!』
アキトが叫んだ直後、スサノオから通信が入り、ひとまず安堵するナデシコブリッジ。
しかし、スサノオは片腕を押さえて、負傷しているのは明らかだった。
『ユリバ…いやユリカさんを守るんだ!
この爆発、内部から爆破されたに違いない!!
ユリカさんが失われれば、大和は終わりだ!!』
『スサノオ様、あなたもです!!
二人揃って初めて大和が復活するのです!!
一緒にお逃げください!』
『あ、ああ…わかっ…』
直後、爆発で風穴が空いたブリッジに、巨大な黒い機動兵器が仁王立ちしていた。
その姿が、大袈裟な装飾を施された甲冑のように見えたのは気のせいか。
クサナギにもよく似たその機動兵器は、
ブリッジの真上というほかのナデシコ級がミサイルを打ちづらい場所にいた。
彼らは絶望的な気持ちになりながらも、
スサノオはふたたび負傷していない方の手を振りかぶった。
だが黒い機動兵器はびくともしなかった。
エグザバイトを吹き飛ばしたほどのタケミカヅチの一撃は十分な威力がなかった。
先ほどの戦いですでに巫女たちのシャーマニックパワーが枯渇しており、
十分にパワーを集められない状況だった。
黒い機動兵器は逆に大きな剣を奮ってスサノオを狙った。
スサノオは黒い機動兵器の動きを見切ったが、
ルリが後ろにいることに気づいて、彼女を抱えて飛んだ。
だが─。
スサノオは背中を切り裂かれ、絶叫した。
誰の目にもその傷が致命傷であることは分かった。
それでも、なにごともなかったようにスサノオは立ち上がり、
黒い機動兵器を睨みつけた。
『お前は…何者だ…』
『──俺の名は黒龍。
そしてこの機体は黒龍王鬼。
貴様の体をもらうぞ!』
『何…!?』
『貴様の魂などもはやいらん…!
俺の目的は…奴を葬ること!』
黒龍と名乗ったアキトによく似た男は、
スサノオを黒龍王鬼の手でつかむと、圧力をかけた。
『ぐ…火星の人を…土偶に塗り込めた報いか…。
俺には、おに、あいだな…。
だが、黒龍ッ!!』
スサノオは全身の骨が軋む中、黒龍を睨んだ。
「な…」
『もっともホシノアキトも貴様と同じで、
犠牲を出してもユリカを取り戻そうとする外道だったがな…。
テンカワアキト。
お前は果たしてそうならずにいられるかな?』
「ど、どういうことだ!?」
『追いかけてこいよ…もっとも、
その場合はおまえも地獄に落ちることになるがな!!』
黒龍はスサノオの全身の骨を砕くと、息絶えたスサノオを自分のコックピットに入れた。
「無人…!?」
ルリは黒龍王鬼に近づこうとしたが、その手に払われて吹き飛ばされた。
ルリもかろうじて結界を張ったため、致命傷にはならなかったが、
全身を打って、呻いていた。
『う、うう…』
『ほう?耐えたか。
殺されなかっただけ運が良かったな。
…あのお姫様ほどじゃないが、それなりにやるじゃないか』
黒龍は黒龍王鬼をブリッジから飛び立たせると、どこかへと消えた。
「黒龍、どこへ行く!?」
黒龍が見えなくなると、ブリッジクルーは負傷者の救護を始めた。
特に重傷のルリを優先的に助けようとしたが、
全員の顔色は優れなかった。
スサノオが殺され、死体も連れ去られた今、
邪馬台国が許される可能性がゼロになった。
それだけではなく、この世界の地球と大和関係が悪化する可能性が高くなった。
「く…何もできなかった…。
…!?ユリカは!?」
『も、門!?
どうしてこんなところに!?』
ユリカを保護するために一緒に移動していた重子は、
突如出現した門にユリカが吸い込まれるのを茫然と見ていた。
そして門がすぐに閉まってしまうのを見て、へたり込んだ。
『ユリカ、さんが…。
こ、これじゃ邪馬台国は…大和も…。
ど、どうしたら… 』
邪馬台国の人間も、重子も、ナデシコのクルーも、
ユリカが突如門に吸い込まれて消失したことに絶望感を覚えた。
もう、大和を救う手立てはない。
地球側は大和を『土偶を攻め込ませた張本人』と認識し、
邪馬台国のことを聞いてもあまり関係ないと言い出すかもしれない。
大和も、カグヤの情報を持ってしても、
大和一の武闘派であるスサノオが打倒されたと聞けば、
この世界に対して危機感を覚えるようになった可能性が高い。
そうなると移住する計画を撤回するかもしれない。
そうした場合、大和に未来はないのだ。
〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
完結に行くまで外伝がいくつ増えるんだこれは。
しかし…。
とはいえここまで書かないとまとまらないのがいまの実力~。
…すみません。
といったところで、まさかの映画終盤に次回作に続く展開。
連作前提だったとはいえ、ええんかこれは。少年漫画か。
とにかく、遊撃戦艦のシナリオアレンジ版はここまで。
次回、ついに二つの世界が激突することになります。
黒龍、しぶといがいったいどうやってこっちに来たのか?なんでスタンドアロンで動いてるのか?
気になりますが…。
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
〇代理人様への返信
>確かにアキトが普通のと黒いのといたら、片方スサノオになれますなw
というか同一人物が二人いるナデシコDの元ネタが遊撃戦艦版とはお気づきかと思いますが、
名前の区別が若干つきづらいところがあるのがご愛敬ですね。
元ネタをさらに作中でネタにするというもうようわからん多重元ネタ化現象。
相変わらずややこしい!!
>>ガイのかっこいい死に方
>そのへん否定するのがナデシコの作風ですからねー。
>まあ結局逆張りだけに終わってしまった感もなきにしもあらず。
ある意味一人の英雄や、個人の働きによって世界は変わらないというのがテーマだった気もしますが、
それをひっくり返すルリという存在が居るし…。
ナデシコ自体も色々試したり盛り込んだりしまくって、
もっと話の数が必要だったと制作側が言うほどでしたんで、
39話か52話欲しかったすねぇ。
~次回予告~
ユリです…。
…なんか私の事を思いっきり突き刺しに来るシナリオで消耗してます。
はぁ、クリス監督は色々私たちの事を知ってるみたいですが、
人間が良く分かってるみたいですね…侮れないです。
まとまりがいいのかはびみょうですけど、結構女の子ウケしそうで頭が痛いです。
…第三作目で、色々完結するらしいですけど、もう毎日アキトさんと泣いてます。
ミスマル父さん、血管切れてないか不安です。はぁ。
断るべきでした、何があっても。
うまくいかないと思ってたら急に筆が進む、
制御不能系ナデシコ二次創作、
をみんなで見て………欲しくないです…。
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
直前に風都探偵を読んでたせいか、「土偶・・・タブーメモリやな!」と何か連想が行ってしまったw
まあある意味では近・・・くもないかw
しかし遊撃戦艦やっぱり懐かしいなー。
あれはあれで好きだった。
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