おはこんばんちわ。どうも、ルリです。
はぁ。
昏睡中のヒロインを演じることになってしまって、ちょっと恥ずかしい。
でもなんだかラピスと演技してると、より仲良くなってる気がする。
やっぱり人の心を動かすために何かを演じるって自分の心も動くものよね。
……アキト兄さんのせいで自分たちの境遇に近い役になっちゃいましたし。実名だし。
こんな映画を撮りたいって思う人も、撮ろうって人も、撮られる人も、
やーーっぱりバカばっか。って感じ?
そんなわけで続き行ってみよー。
カウントダウン、よーい、ドン。
ホシノアキトの負傷から一ヶ月が経過した。
なんとか持ち直したものの完治はしておらず、
『百合の騎士団』の面々も不安そうにしながらも、
ユリが必死の看病を続ける姿に奮起する形で、
地龍副兵長を中心とした兵士たちの訓練は激しさを増し、鬼気迫る士気の高さを見せた。
「…もう、俺たちがいなくても大丈夫なくらい、
みんな強くなってくれたね」
「あんまり不穏なことを言わないでくださいよ…。
弱気になりすぎないで下さい」
「あ、ごめんね…」
傷の経過はかなり良い方だったが痛々しい火傷の跡が頬に残っている。
この国一番の魔法使いによる回復魔法を持ってしても完全に消える保証はない。
ユリは氷水に浸したタオルを何度も何度もアキトの肌に当てて治療を続けているが、
回復魔法に比べれば心許ない。
それでもホシノアキトの心を少しずつ、癒してくれていた。
「ん…ありがとう、ずいぶん楽になるよ」
「よかったです」
氷水に毎日手を突っ込んでいるユリは、手荒れや身体の冷えを起こしているが、
そんなことは全く気にしていない様子だった。
団員たちはアキトの痛々しいやけどの跡を見て悲痛な表情を隠せなかったが、
当人たちはユリカを失った時の苦しみに比べれば命があるだけずっとマシだと考えていた。
「あのカエンってやつの狙いが今一つ分からなかったけど…。
俺が重傷の中を狙って総攻撃を仕掛けないのが気になるね」
「ええ…。
あのまま襲撃を受ければ私達はひとたまりもありませんでした。
なにか別の目的があったにしても妙です」
「…うん。
でも安心したよ…。
ユリちゃんも…みんなも…ユリカが居なくなってからどんどん強くなってくれて。
この一ヶ月くらいで休みながらみんなの姿を見てたらね…。
ああ、あのユリカの気高さをみんな受け継いでくれたんだなって…。
そう思うと嬉しくてさ…」
アキトが力を抜いて穏やかな笑みを浮かべるのをみて、
ユリは対照的に表情を曇らせた。
「アキトさん、その…私…そんなに強くなれてません…。
あの時、本当は怖かったんです。
強がってあんな風に言いましたけど…。
ユリカさんに続いてアキトさんまで亡くしたら私は…」
「…こんな戦いじゃ約束はできないけどさ、
みんなが助けてくれるから、きっと…大丈夫だよ。
出来る限り生き延びるための努力をする。
君のためにも…ユリカのためにも…」
「はいっ」
アキトの中でユリの存在はすでにユリカに匹敵するほど大きなものだった。
ユリもこの言葉でそれを深く感じた。
そしてアキトは火傷の痛みも顧みず、ユリを抱きしめた。
ユリは誇らしい気持ちと、ユリカへの罪悪感をないまぜにした、
控えめな困ったような微笑みを浮かべて、アキトを強く抱きしめた。
「あ、だ、大丈夫です…。
どうしました?
何か急ぎのようですが…」
ひとりの女性兵士がアキトの病室に飛び込んでくると、
ユリは少し名残惜しそうにしながらもすぐにアキトの抱擁から離れた。
アキトも一瞬敵襲ではないかと気を引き締めたが、
それにしては騒ぎが小さすぎるということで、ただ静かに女性兵士の言葉を待っていた。
「そ…それが…!
アキトとユリは驚きのあまり身体を大きく揺るがせた。
アキトに至っては思わずベットから立ち上がってしまった。
「ど、ど、どういうことですか!?」
「わかりませんっ!
敵の罠にしては唐突ですし、訳が分からなくて…!
でもユリカ元兵長の体も、血液も間違いなく本物です!
記憶の混濁こそ認められますが…。
こ、こちらにお連れしております!!」
「あ、あの…」
女性兵士の隣に、どこかよそよそしい態度のユリカが現れた。
アキトとユリはその姿に、目頭が熱くなるのを感じた。
「あの…アキト…?
えっと…ここってどこなの…なんか見覚えがなくて…」
言い切らないうちに、アキトはユリカを強く抱きしめた。
ユリカは大怪我をしている様子に気づくと一筋の涙をこぼして抱きしめ返した。
「ど、どうしたのその怪我!?
大火傷じゃない!!」
「ちょっと厄介な敵にやられちゃってね…。
でもユリカに会えたらずいぶん元気になったよ…」
だがアキトは抱きしめた瞬間に、一瞬自分の手が震えたのを感じた。
喜びの震えではなかった。違和感を感じたのだ。
根拠はなかったがユリカが記憶喪失になっているという一抹の可能性すらも嘘に思えた。
アキト自身はこの可能性を信じたかったが…。
「ユリカさん…私のことは忘れちゃったんですか…」
「う、ううん…覚えてるんだけど…。
二人を見てると何か悲しい事を思い出すの…」
ユリは、少し悲しそうにユリカを見つめた。
ユリカも二人を見つめながらも落ち着かなさそうにしていた。
「…あんな別れ方じゃ無理はないさ。
ユリカ、一度ゆっくり休んだ方がいい。
だいぶ疲れてる顔だぞ?」
「あ…そ、そうだよね…」
「悪いけど、さつき君…。
ユリカを少し見てくれないか?
…それと、ちょっとこっちに」
アキトはさつきを呼び寄せると、耳打ちをして一言何かを伝えると、
二人を見送って、俯いているユリを見た。
ユリはどこか怯えているような、迷っているような表情だった。
「…ユリちゃん、今更何があっても君から離れる訳がないよ」
「…でもユリカさんが帰ってきてくれたのに…」
「あの人はユリカじゃないよ。
…確かに体も魔力も、香りも、声も…何もかもユリカだった。
でも何かが違う…抱きしめた時にそう感じたんだ…」
「だけど…」
「さつきちゃんに確認をお願いしてる。
…もしユリカの体の傷が残っていなかったらあれは俺たちの知るユリカじゃない」
ユリはアキトの発言に目を見開いた。
ユリ自身は驚きとうろたえで何もできない状態だったのに、
アキトが確信を持ってユリカの存在に疑いを持ったことに驚いた。
亡くしたはずのユリカを前にそういう機敏な対応をできるとは考え難かったのだ。
だがそれ以上にユリは自分の心に戸惑っていた。
「…敵の、手の者でしょうか」
「…たぶん違う、と思う。
別人とすぐにわかるような状態で寄越すなら、罠とも考えづらい」
二人の間にしばらくの沈黙が訪れた。
偶然にしては出来過ぎているし、かといって敵の罠にしてはちぐはぐすぎる。
この状況を適切に表現する事ができないまま時間だけが過ぎていった。
「…心配することないよ、ユリちゃん。
あんな優しそうな人が…。
ユリカと全く同じような人が、悪いことをするはずがないじゃないか」
「ッ!」
ユリは眼をつむって、大きく首を横に振った。
「ユリちゃん」
アキトはユリが自分の感情にうろたえているのをなだめるように頭を撫で、
抱きしめ、そしてそのこぼれた一筋の涙を唇で拭った。
「…ユリちゃんもなんとなく分かってるんだよ、きっと。
あの人はユリカじゃないんだ。
俺とユリちゃんにこの国の平和を託し、
ユリちゃんに俺を頼むと言って死んだユリカはもういない…。
俺たちは二人であの悲しみを乗り越えたから、後悔がもうないんだ。
…ユリちゃんが冷たい心の持ち主だったからじゃないよ」
「うっ…ううっ…うう…」
「ユリちゃん…俺は君を愛してるんだ…。
二度とそんな風に思わないでいいんだよ…お願いだからそばにいて欲しいんだ…」
「アキトさん…!
わっ、私も……愛してます!」
アキトとユリはそれ以上の言葉を封印するかのように、
ただ深く口づけをすると、強く抱きしめあった。
──その先にあるユリカへの想いを飲み込むようにして。
「…喉が頑丈ですよねミスマル提督」
「もう三日になるわよねぇ、あのおじさん」
「演技が追いつけば声優業界でもやってけそうです」
ナデシコのブリッジではミスマル提督が滝のような涙を流して愛娘を求めて叫んでいた。
ユリカが『門』に吸い込まれてからすでに一ヶ月と二週間が経過している。
三日前に到着したミスマル提督は現状を確認し、
『門』と大和に対する調査の対策本部を築くと、部下たちに調査を命令した。
…そしてやることのなくなったミスマル提督はうろたえ、うろうろし始め、
挙句に大音量で娘の名前を叫んで悲しみに暮れるという醜態を演じていた。
『門』の先がどこにつながっているか不明であり、
帰還が絶望的だというのが彼の悲しみを深くすることになっていた。
だが──。
「おじさん、うっさい。
お祈りの修行ができないよ」
「…オモイカネ、おねがい」
ラピスは話を聞かないミスマル提督を一瞥すると、
オモイカネにとある指示を出すと、ミスマル提督の声は一切シャットアウトされた。
「ら、ラピスちゃん何したの?」
「別に。
オモイカネの音響システムを利用して相殺音声を合成して、
音のバリアを張っただけだよ。
あ、一応通常の声に戻ったらオフになるようにはしてあるから」
「べ、便利だね…」
ジュンが冷や汗をかきながらコメントするのを気にせず、
ラピスはもう一度ブリッジから出て行こうとした。
「あ、ラピスちゃん大丈夫なの?
この二週間くらいぶっとおしでシャーマンの修行させられてるけど…」
「ぜんぜんへーきだよ。
ルリのためだから。
それに私、ユリカが帰ってこれるって信じてるもん」
「…強いなぁ、ラピスちゃん」
「ぶい」
ラピスはカグヤに頼みこまれて、シャーマンの修行をしていた。
元々ナデシコに乗るためにシャーマニック処理をされているラピスなら、
ルリを欠いた状態でも急場をしのぐことはできる。
だがそれをより強固にするために邪馬台国のシャーマンたちに協力してもらい、
正式な修行をつけてもらっていた。
その成長はすさまじく、すでにすべての呪術をマスターしつつあり、
シャーマニックパワーもなんとヒミコに次いで歴代二位という素質を持っていた。
「…だけど最後の『降霊術』だけは中々うまくいかなくって…。
スサノオにまだ脅威がないかどうか聞きたいでしょ?
あと現世の方からルリを直接励ませたら回復も早くなるとおもったんだけど…」
「難しそうなんだ…」
「うん…。
ルリも三年ずっと修行してようやく成功したんだって。
『神降ろし』は神様の力、神通力だけを借りるものだから、
対価になる信仰心があれば協力してもらうのは簡単なんだけどね。
…でも『降霊術』は黄泉の国で許可が下りないと来れないんだって。
ヒミコ…ユリバナはスサノオを止めるために比較的すぐに許可が下りたそうなんだけど…。
…スサノオは冒した罪の重さが重すぎて、世のためとは言え中々許可が下りないの」
「そっか…」
ラピスは深くため息を吐いた。
スサノオに『門』を通過してきたと思しき黒龍について聞かねばならないが、
そのスサノオ自身の罪の重さで現世に来れず、現世の崩壊を起こすのを防げないという事態。
ラピスはスサノオを怒鳴りたい気持ちだったが、ルリの手前そこまでは辛辣になれなかった。
ラピスは自分自身の能力や技術だけではどうしようもない状況に焦っていた。
「もう少し私が上手になれたら、黄泉の国の…。
閻魔様みたいな人?神様?にお願いしやすいんだって。
だから…もうちょっと頑張ってみようかなって」
「そうなんだ。
…テンカワさんも何とか立ち直ったみたいだけど、
まだちょっとピリピリしてるし、ラピスちゃんを見習った方がいいんじゃないかなぁ」
「まーいいじゃない、不器用なりに頑張ってるみたいだし」
「…悪かったな。不器用で」
ラピスの後ろにテンカワが現れ、不機嫌な顔で岡持ちを置いた。
テンカワについてコメントしていたメグミは、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「…注文の、チキンライス」
「どーも」
ラピスは悪びれる様子もなく、テンカワからチキンライスをひったくると勢いよく食べ始めた。
テンカワは居心地悪そうだが、すぐにブリッジから出ずにミスマル提督を見つめた。
「……おじさん落ち着いてください」
「ユリカの事は何とかしますから…」
「…ラピスちゃん、音声相殺解除してあげないの?」
「いーやー。
それにテンカワはそれでもちゃんと聞こえてるみたいだし」
「…テンカワ、お前結構人間離れしはじめてるよなぁ」
ミスマル提督はまだオモイカネの相殺音声で声が周りに聞こえていない。
だがそれでもテンカワは普通に声が聞こえていた。
『アキト様!ラピスちゃん!
ミスマルユリカの消えたと思しき世界への『門』が開きましたわ!!』
突如、入ってきたカグヤの通信にブリッジは揺れた。
それでもミスマル提督の声は全く聞こえずパクパクと動く口元がむなしかった。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
・・。
・。
その後、テンカワとラピスは出撃準備をするように言われて戦艦カグヤに二人で向かった。
だがたった二人だけでヒナギクに乗って着艦したテンカワは、ブリッジでカグヤに怪訝そうな顔を見せた。
「あの、カグヤちゃん。
どうして俺たち二人だけなんだよ。
ナデシコなしじゃ…」
「…開いた『門』はせいぜいエグザバイトかエステバリスしか通れませんわ。
それに…どうやらこの『門』はアキト様以外は通れないようなのです」
「「え?」」
「一応通れるかの確認をとろうとしましたが、すぐに弾き飛ばされました。
理屈は分かりませんが…ミスマルユリカが、アキト様を呼んだのです。
恐らく、無意識にですが」
「…!」
「これはほとんど推測にすぎません。
…アキト様が通れない可能性が高いというほかはまだ不明な点が多すぎます。
しかもこの『門』、まだ見ぬ敵の…。
私達の世界の『ヤマタノオロチ』と呼ばれたテロ組織の残党の罠かもしれません。
しかし、この『門』を調べなければミスマルユリカへの手がかりを失います。
戻って来れないかもしれません…。
…それでも、行かれますか?」
「…ああ」
テンカワが二度とこの世界に帰ってこれない可能性を考え、カグヤは迷いながら伝えたが、
対照的にテンカワはよどみなく答えた。
「あの迷惑なユリカが…また泣きわめいて助けを呼んでるっていうなら…。
…俺しか行く奴はいないだろ」
カグヤは素直じゃないな、と思いながらもなにも言わずに頷いた。
「ラピス、あなたもお願いできますか。
…そうしないといけない事情があります」
「嫌でも行かなきゃ。
…ルリの命がかかってるんだから」
「…お願いします」
カグヤはどこか後ろめたそうに、うなずいた。
ラピスは自分を都合よく扱っているからかとも思ったが、それ以上の何かを感じた。
だが何も言わず、二人はカグヤについていった。
「うそ…」
「…これは」
「アキト様のエグザバイトと、スサノオのクサナギの混合機になります。
性能はエグザバイト単体の3割以上増しています。
この漆喰のような装甲は新素材で呪術的なダメージを相当軽減してくれます。
…意匠があの黒龍王鬼と似てしまったのはすこし気に入りませんが、
この機体であれば『門』を超え、あらゆる敵を打倒して戻ってこれることでしょう」
カグヤが格納庫で二人に見せた機体は、
金色の装飾が消えているのを除けば黒龍王鬼に瓜二つだった。
二人はその威圧的な姿に息をのんだ。
「ラピス…あなたが居ればシャーマニックパワーの供給でバッテリー切れが防げますし、
この機体の性能もより引き出せることでしょう。
…アキト様をお守り下さい」
「任せて。
…ユリカを連れ帰ったら、大和を何とかするよ。
カグヤ、それまで大和の足止めは頼んだよ」
「ええ…。
『門』の場所はその機体が教えてくれます。
ご武運を…」
「うん!行ってくる!」
「カグヤ!
事が済んだら文句の一つぐらい聞いてよね!」
二人は機体に乗り込むと、戦艦カグヤの格納庫から出て行った。
カグヤは格納庫でひとり黙ってたたずんでいたが、しばらくすると重子が現れた。
「このカグヤも、ずいぶん寂しくなりましたね」
「ええ…クルーは半数以上地球に戻ってしまいましたし…」
「邪馬台国の人たちも火星で大人しく待ってくれてます」
「…カグヤ様。
本当に、これでよかったのですか…?」
「…アキト様が行くほかありません。
あの『門』はアキト様でなければ拒絶することでしょう」
重子は身分の違いすらも忘れてカグヤを激しく非難した。
しかしカグヤは一筋の涙をこぼすと、ただ虚空を見つめて目をつぶった。
「…スサノオ様の起こした過ちを贖えるなら本望です」
「カグヤ様…まだあのスサノオを…」
「ええ。愛しています。
だからこそ止めたかった。
でも結局、その行動がスサノオ様の死を早め、
世界に危機をもたらしました。
…もはやこの事態の収拾は絶望的という方が正しいでしょう。
これを何とかすることが出来るなら私は何でもしますわ。
私は地獄に…煉獄に落ちてでも…。
「テンカワ、油断しないでよ」
「…分かってる」
テンカワとラピスは『門』を通過し始めてからの十数分、警戒を続けている。
すでにエグザバイト単体だった場合にはバッテリーが枯渇する程度の起動時間が経過している。
テンカワは冷や汗をかきながら周囲を警戒した。
「しかしあのラピスちゃんが…。
スサノオの妹のルリちゃんのためにここまでするとはね…」
「むっ、テンカワって女の子を見る目がないよね。
ルリっていい子だよ?
…ユリカを好きになるだけあるよ」
「なっ…なんだよ」
「先に言ったんじゃない。
喧嘩売っといて…ださいよテンカワ」
二人は即席で組んだコンビにすぎないためか、会話もどこかたどたどしかった。
お互いの焦りを感じたのか、バツが悪そうに黙っていた。
だがラピスの方が落ち着くのが早かったのか、命を懸ける場面が近いからなのか、
ラピスは後部座からテンカワをつついて振り向かせると、真面目に目を見て話し始めた。
「…あのね、テンカワ。
スサノオやルリの事、私…すごい恨んでたの。
だってあいつらが…邪馬台国の連中が居なかったら、
施設育ちの人生で、幸せじゃないにしても…。
こんな厄介事に巻き込まれなかったかなって」
「…今は、違うのか?」
「…うん。
ルリは家族も居たけど、やっぱり誰かの都合で人生を狂わされてて…。
将来を選ぶ権利もそれに逆らう権利もない、機械や奴隷もいいところだったんだって。
ルリが昏睡に入る前、色々話してくれたの」
「…そっか」
テンカワは気を外に張り巡らせたまま、ラピスの言葉に聞き入った。
ラピスの態度が硬かったり冷たく感じた理由がそこにあるような気がして、目線が外せなかった。
「そのくせ大人たちが色々頼んできたり、
自分でできないこと押し付けてきたりして…。
それでいて、どこか腫物でも触るような扱いをされてることが多かった。
そんなところも一緒だった。
私達、ホントはただの子供なのにね…」
「…そうだよな、ラピスちゃんって子供らしく生意気だし」
「むう」
ラピスはむくれたが、その目線は少し優しかった。
自分を普通に子供扱いしてくれるユリカやミナトと同じものを感じたようだった。
そしてすぐに話をつづけた。
「でね…。
変なんだ、最初は恨んでる気持ちの方が多かったのに、
ルリと話してたら一緒に普通の女の子みたいになりたいんだって、気づいたの。
…私、同じ年ごろの友達が欲しかっただけなんだなぁって…」
「…そうだよな」
テンカワにもラピスの気持ちが分かった。
自分と同じ姿で、危険なスサノオを見ても、彼を憎み切れなかった。
そこには自分と同じ心を持つ人間が居たのだと気づいた。
スサノオと平和なまま出会えたならどんな会話をしたのだろうと想像した時、
不思議と嫌悪よりは、自分のもう一つの可能性を見たいという気持ちが勝ったのだ。
「だからね、ルリの命を取り戻して…。
それで私達は人並みは無理でも、年頃の女の子らしい人生を取り戻すんだって誓ったの。
私たちが頑張って、地球と大和との間も取り持ってハッピーエンドになったら、
スサノオのしたことをチャラにはできないけど…。
ルリ一人を生き延びさせるくらいはできそうじゃない?」
「…ああ、そうしなきゃな。
スサノオも…本当はきっと後悔してたんだ。
ルリちゃんをかばったあの姿…自分の命を差し出しても助けたがってた。
あれを見たら…あいつが本当は後ろめたい気持ちを抑えて戦ってたのが分かったよ…。
…あいつのためにも、ルリちゃんを助けなきゃ」
「テンカワはユリカも助けなきゃね」
テンカワは顔を赤くすると、ラピスから視線を外して前を見た。
だんだんと光が見え始め、ついに『門』から抜けようとしていた。
「待ってろ…ユリカ…!」
『お待たせしましたわ、D様。
こちらから刺客を送らせていただきました。
この刺客がどんな結果をもたらせようと、私たちに都合よく事が動くことでしょう』
「ああ、わかった。
…それで黒龍の説得もうまくいったのか?」
『ええ、アクアマリンは黒龍とともに無事大和までたどり着きました。
あの二人は大丈夫ですわ』
真っ暗なアイアンリザードの本拠地に置かれた端末が静かに明かりをともしている。
その端末の画面に映る紅水晶の顔に向き合って、D達五人のブーステッドマンは話を聞いている。
『私たちの『門』の技術は空いたところを通るだけで精一杯です。
『門』を開く条件を整えるには、対象の人間を殺す他ないのです。
けど、思ったほど世界と『門』が不安定にならなかったので…。
こんな事をせざるを得なくなってしまいましたわ』
「…しかし分からないな。
お前とアクアはどうしてそこまで世界の破滅にこだわる。
俺達ほど境遇が恵まれていないわけじゃないだろう」
『確かに私にはあなた方ほど大きな理由はありませんわ。
私も紅水晶の一族として、世界を牛耳ってきたのですが…。
いつもいつも勝つのが分かり切ってる戦いなんて退屈で仕方なかったんです。
だったら、私自身が滅びるか、世界ごと滅びるか…。
そんな戦いをしてみたくなったんです。
でも、アクアのほうは違います。
ヤマタノオロチと呼ばれたテロ組織の幹部…八卦集の一人の娘でした。
彼女は終末論に傾倒し…父の死をきっかけに、
その遺産ともいうべき『門』の研究を進めて、
ついにこの『門』を渡る方法を見つけました。
……私たちは世界同士をつなげる『門』に選ばれた存在なのです』
「はっ、ずいぶんもったいぶったわりにはつまらない理由だな」
『でもカエンさん、あなた達も似たようなものではなくて?』
「否定はしねぇよ。
だがお前みたいな恵まれたお嬢サマに言われたか無ェな」
カエンはぶっきらぼうに紅水晶に吐き捨てるように話す。
紅水晶はそんなことは全く気にする様子もなく、続けた。
『でもアクアマリンの援助なしには戦力の回復も難しかったでしょう。
何しろあなた方の機械の獣を生産する能力はあれど修理する手段はあまりないのですから。
さつきは新聞を机にたたきつけた。
さつきはこの二週間、ユリカの世話で離れられない時間が長くなり、
ユリがユリカを連れて散歩に出たいということでようやく一時の自由時間を得ていた。
「…見てのとおりよ。
ユリカ元団長が死んだことも、黒龍王鬼が奪われたことも、
すべてアキト兵長に責任があるかのように書かれてる。
国王もこの点については完全に否認してるけど…。
兵長と団長がそれぞれ王家の血筋だからって、
かばわれてると思われて逆効果なのよ…」
さつきは青葉に説明されると黙り込むことしかできなかった。
『百合の騎士団』や王家の人間、関係者はこの事情を何とか呑み込むことが出来ているが、
外部からの心象は最悪になりつつあった。
アキトが国家転覆を目論み、アイアンリザードに黒龍王鬼を渡した…とする者もいれば、
ユリカがアキトに殺されたのは黒龍王鬼を横流しするのが判明してしまったため…とする者もいた。
あまりに急なアキトとユリの婚姻が、王家にとって特別な意味を持っていると勘違いされているのもまだ続いている。
それを隠すために大やけどしたふりをしている、とすら思われてしまっている。
しかしアキト兵長とユリ団長という人間が信用に足らないのではという評価が根付きつつあった。
この事態がまだ幸いだったのは、
彼らも情報が錯綜するあまり、どれが真実と規定することができなかったことだ。
アキトとユリに消えない烙印を刻むほどの決定打を打つことはできなかった。
それでもアイアンリザードの撃滅という目的のために一致団結するべき時に、
国民の意思はバラバラになりつつあった。
「…心配かけてごめん、みんな」
「あ、アキト兵長…まだ歩いては…」
「……こんなことになったのも全部俺たちのせいなんだ。
せめてみんなを励ますくらいはさせてほしくてさ」
アキトはまだ重傷の身であり、絶対安静が必要だった。
加療こそ進んでいるが、治癒が遅くなってしまっては意味がない。
それでも自分の責任者としての立場があると分かっていたため、黙って横になっていられなかった。
「…大丈夫、兵長を首になるくらいどうってないさ。
俺の場合、正体を隠してコックになって隠居したって十分幸せなんだ。
……でもこの国が助からないんじゃ意味がない。
今はまだ引っ込めないよ」
食堂に詰めていた女性兵士たちは全員黙り込んだ。
冗談が言えないアキトが嘘をついているわけではないのはわかったが、
一番強い兵士でありながら戦いを嫌っているまま戦地に居させたくないと思っていた。
「突然現れたあのユリカ…いやユリカさんも、何かの事情があると思う。
…もしかしたら敵かもしれないけど…どうも俺にはそう思えないんだ。
だから…彼女を…俺の愛したユリカを助けられなかった分も、
守ってあげたいんだ…。
ごめん、情けない兵長で…」
「いえっ…お気持ち察します…。
きっとユリ団長もおなじ気持ちで居てくれます…」
「…ありがとう。
ユリカもきっと…喜んで俺たちを見守ってくれてるよ…」
ユリとユリカは王城の中庭を散歩していた。
ユリカは別人だったもののあまりに先代団長に似ているため、
その存在を表沙汰に出来ず、隠し通すために匿っていた。
王城と訓練所以外には移動するのがあまりに危険なため、
散歩といって王城に特別に連れ出したのだった。
「…ねえ、ユリちゃん。
どうして、こんなに親切にしてくれるの?
その…お姉さんと別人だってわかってるのに…」
ユリカは自分がユリカ元団長に似ているということも、
墓を暴いた後も自分から開けた形跡もなかったことも知らされている。
「もしかしたら…記憶をなくしてるフリをしてるだけかもしれないんだよ。
私、みんなの敵かもしれないんだよ…?」
「…もしそうだったとしても、私は…私たちは…。
あのユリカお姉さんと同じ優しさと姿をしたあなたの…悲しい顔を見たくない。
……あなたに笑って欲しい、それだけでなんです」
「でも…」
「私、あなたがお姉さんと別人だと分かっていても…。
同じように仲良くしたいんです。
それだけでとっても幸せで…」
「な、泣かないでよユリちゃん…。
あ、あれ…おかしいな…私まで泣いちゃって…」
二人はお互いの涙を拭いあい、笑いあった。
そのあとはしばらくただ空を見つめて黙っていた。
「…ユリちゃんって優しいね。
ユリカお姉さんって…幸せだったんだろうなぁ」
「…悔しいんです。
あの時、何も出来ずに…」
「ユリちゃん…。
…あのね、ユリちゃん。
きっとユリカお姉さんもそんなふうに後悔して欲しくないって思ってると思うよ」
「え…」
どうして、と言おうとしたところで、
ユリカは悲しそうな顔をしてユリの頬に手を触れた。
「…私ね、夢を…見ていた気がするの。
とっても悲しくて、辛い夢を…」
「それは、どんな…」
「…。
アキト君がユリカを失って…民衆を苦しめてまで、
ユリカを蘇らせるために別の国に攻め込んで…。
ユリちゃんとルリ姫を従えて…敵国の人間を皆殺しにして…。
その戦いの最中、ユリちゃんはみんなに力を分け与えて生き絶えるの…」
「な…」
ユリはあまりに生々しく、救いのない夢の内容に絶句した。
アキトがそんなことをするはずがないと分かっていても、
夢として話されたはずなのに、まるで見てきたかのような真実味のある話し方だと思えた。
決してユリを諭すためだけに準備した作り話でも、本当に夢だったとも思えない話し方だった。
「…失礼なこと言っちゃってゴメンね、ユリちゃん。
でも…夢のはずなのに、夢だったとどうしても思えないの…」
「も、もしかしてユリカさんが記憶を失う前に起こったこと…ですか」
「ううん、そしたら変だよ。
だって…私、生きてるもん…。
私が行方不明になったくらいじゃそこまでしないと思うし…。
それに同じ顔で同じような集まりの人たちが二組いることになっちゃうよ」
「それは…ありえない、ですよね…」
ユリはユリカの言葉を肯定しながらも、何か言い知れぬ予感を感じた。
ユリカの言葉が真実で、本当に二組同じ顔と同じ名前の集団がいると。
それを感じた理由は…。
「でも…ユリカさんがアキトさんをアキトって呼んだことは…」
「うん、自分でも不思議だったの…。
アキトって名前をしっかり覚えてるのに…。
あの顔と表情を見た時そう判別したのに…。
何か違う感じもしたの」
「私もアキトさんもそうです…。
なにか違う感じがしました。
別人っていうのも確かにあるんですけど…。
なにか別の理由が、なにか…」
ユリはユリカがあまりにもユリカ元団長と同じすぎることに違和感を持っていた。
通常、似ているだけの人間だった場合、慎重や体重、体臭や筋力、骨格が微妙に異なる。
だがこのユリカは体はもとより、血液も魔力の潜在量もおなじだった。
敵が仕組んだとも考えづらいのも謎を深めていた。
「でもね、あの時、別の名前もでてきたの。
確か…スサ…。
…ううん、だめ…思い出せない」
「ゆっくりで大丈夫です、ユリカさん。
今はアイアンリザードも戦力を回復できてない頃です。
…まだ、ゆっくりでいいんです」
「そうだよね…。
わからないことを考えてもしょうがないよね」
ユリはユリカが永遠に自分の記憶を思い出せないままでもいいと思っていた。
敵だったとしても、何かがあったとしても、自分のそばにずっといて欲しいと思った。
それがユリカを、自分の姉であるユリカ元団長の代わりにしているだけだと分かっていても。
「…私ね、一人っ子だった気がするの。
その夢を見た時、だったかな…。
ユリちゃんみたいな妹が居たらいいなって思ってたの。
…ああ、うらやましいなぁって。
あんな悲しい夢だったはずなのに、おかしいよね。
それとこんなこと言っちゃうと怒られるかもだけど…。
ルリ姫も、妹だったらなぁって…」
「あ…」
「あっ、ご、ごめん…。
やっぱり失礼だったよね…」
「い、いえっ!
うれしいって言ってくれます…きっとルリ姫も…」
「…うん」
ユリは涙をこぼしながら、ユリカに抱き着いた。
ユリは別人だったとしても、妹として自分を見てくれることに嬉しさを覚えた。
「ごめんね、お姉さんの事を思い出させちゃって…」
「違うんです、嬉しいんです…。
あなたがユリカお姉さんと別人でも…。
私を同じように受け止めてくれるあなたが、
ここに居てくれることが…」
「でも…ユリカお姉さんに怒られちゃうよ?」
「…怒って欲しいです。
一言でも声を聞きたいですよ…う…ううぅ…」
「あっ、だから、その…ユリちゃん…泣かないでよう…」
「ご、ごめん、なさい…」
「大丈夫…ユリちゃん…。
寂しいんだよね…お姉さんもきっと会いたいと思ってくれてる…。
これくらい許してくれるよ…私だったらそう思うもん。
ユリちゃんはこんな優しくて可愛い子なんだから…」
ユリカはユリを抱きしめて、ただ背中を撫でた。
ユリが失った、あまりにも大きな存在だったユリカという姉。
彼女の心の痛みが分かったのか、ユリカはただ優しく抱きしめ続けた。
「…痛ましいですね」
「はい…」
ユリカとユリの姿を遠くから見守って、ルリと王妃は呟いた。
ユリカを保護してはいるが、油断はできない状態だった。
もしあのユリカが敵だったとしたら、心を許したユリとアキトが受ける衝撃は計り知れない。
それどころか暗殺を企てる可能性すらありえた。
何者か理解できない人物を匿う危険はあまりにも大きい。
それは当人たちも分かってはいたが、関わるのをやめられなかった。
周囲もそれを止められなかった。彼らも家族を失い続ける戦争を続けてきて、
自分たちが同じ立場だったらと考えたら、止められるはずがなかった。
アキトとユリはユリカを助けられなかったという負い目を振り払うことができなかった。
あの別人のユリカが居るだけで、生きている姿を見れるだけで、
彼らにとってどれだけ救いになるかわからなかった。
それでも完全に心が元どおりになるわけでもなく、
むしろさらに心の傷を深めてしまっているようにすら思えた。
そんな状態でもなお、ユリカを求めずにいられない彼らの心境を、
ルリは悲しくなりながら見ていた。
「…せめてユリお姉様のそばにいてあげたいです」
ルリの呟きに王妃は目を伏せた。
ユリとルリの関係は明るみになりつつあるが、
公式に認めてしまえばもう取り返しはつかない。
平穏に、平凡に民として生きる二人の望みは叶わなくなる。
ましてユリカに暗殺されるかもしれないことすら受け入れている。
そんな状況でルリがユリとユリカのそばにいることはできるはずがない。
巻き込まれる可能性がある。
ルリはそれが分かってはいたが、言わずには居られなかった。
「…言ってみただけです。
そういえば、アイアンリザードの件は…」
「ユリカ団長の見立てが正しければあと一ヶ月は大丈夫ですが…。
龍王騎士が奪われた件も考えると不安はあります。
…もうお少し様子を見るべきでしょう」
二人はため息を吐いて、もう一度ユリとユリカを見ようとしたが…。
言ってるそばからの敵襲に、ルリの表情は硬くなった。
王妃の号令によって衛兵たちは素早く動き始めた。
匿うという言葉を使ったものの、
形式としては保護だが頑丈な部屋に閉じ込めることであり、
内容的には隔離や監禁に等しい。
それでも大人しく従ってくれるのでまだ敵意がないと思われていたが…。
「…この戦いであのユリカさんが敵の手のものかわかりますね」
「母…」
「ごめんなさい、ルリ。
…この状況では厳しくならざるをえないのです。
付き添いのさつきさんも、命をかけてくれています」
「はい…」
「ここは!?」
「なんか妙に自然が豊かだけど…。
城が見えるけど西欧エリア…じゃないね。
山の地形が日本のそれに近いよ。
…なんか変なの」
テンカワとラピスは『門』を抜けたあと、ダイヤモンドランドから数キロ離れた場所に出た。
二人はこの世界が奇妙に感じられた。
この形状の城があるような地域と地形が合致しない。
「しかしユリカを探すっても…。
ここも地球だったら、どれくらいかかるか」
「心配しないでいいよ。
だって『ユリカから』私たちを呼んだんだから。
このそばにきっといるよ。
もしかしたら、あの城にいるかも」
ラピスの考え方は少し楽観が過ぎるとテンカワはおもったものの、
まずは情報を得る必要があると思って、城に近づいてみることにした。
だが…。
「うわっ!?撃ってきやがった!?」
「ちっ!
どうやらこんな悪党みたいなカッコだから気に障ったみたいね!!」
城の方向から次々に砲弾が飛んできて、
テンカワはたまらずクサナギ・エグザバイトを移動させた。
エグザバイト単体よりだいぶ素早く動けることもあって、
フィールド強度が下がる前に離脱できた。
「ラピスちゃん、通信は!?」
「だめ!
もしかしたら通信規格が違うのかも…。
うっかりしてたよ、大和と通信規格が一緒だったもんだから!
技術的な格差があるのかもね、砲弾が豆鉄砲だし!」
「だったらこっちから打って出るか…!」
テンカワは相手の攻撃力が低いことを知ると、
砲弾の連射を潜り抜けて接近した。
「テンカワやるじゃん!
また腕をあげたね!」
「俺だって怠けてたわけじゃないんだ!
下手くそでも不器用でも、死ぬ気でやればちっとは上達するさ!」
テンカワは砲弾をフィールドに掠らせすらせず、猛スピードで城に接近した。
「シーラ工場長!
黒龍王鬼があらわれました!
機体は出来上がってますか!?」
アキトとユリが機体を取りに駆けつけると、
そこにはかつての龍王騎士の純白の装甲が輝いていた。
「…またこいつに乗ることになろうとはな」
「おっとユリ団長!アキト兵長!
ばっちしできてます!
「ありがとう!
…アキトさん!
お願いします!!」
「…ああ!
「……!
アキトは自分の火傷の痛みを感じながらも、
怪我を全く感じさせない高い跳躍で龍王騎士の操縦室に飛び乗った。
ユリの手をとって後ろの操縦席に乗せると、操縦用の宝玉を強く握りしめ、
装甲扉が閉じるのを確認して飛び立った。
城下町で一部の過激な活動家たちが民衆を扇動してシュプレヒコールをあげていた。
まだの国民的な支持は得られていないが、『百合の騎士団』への不信を利用して、
じわじわと支持率を上げており、その先に革命を目指している団体だった。
話の通じない機械帝国アイアンリザードと対抗して十数年が経過しており、
ダイヤモンドランドが戦争に勝てないのは王家の無能のせいだ、
と定義しやすくなり、革命の機運が少しずつ近づいているのを肌で感じていた。
戦争が終わったと同時に百合の騎士団の戦力的な消耗を狙って蜂起するつもりだった。
だが──。
黒龍王鬼─いやテンカワのクサナギ・エグザバイトが吹き飛ばされて川に墜落し、
川の水が跳ねて雨のように扇動しているものたちと民衆に降りかかった。
せいぜい一メートルから二メートルの、獣を模した機械の獣たちを見慣れた彼らは驚いた。
龍王騎士とクサナギ・エグザバイトのおどろくべき破壊力。
八メートル以上の、巨人と見紛う大きさの甲冑騎士同士の格闘を目の当たりにして、
奇襲や暗殺で革命をしようと考えていた活動家たちも、さすがに怯えた。
あまりに威力が違い過ぎる。
民衆も通常の甲冑騎士の戦いはかろうじてみたことがあるが、
この二台の甲冑騎士の破壊力は桁違いだった。
「か…勝てない…」
この白い龍王騎士がいなければ、おそらく黒龍王鬼に自分たちが襲われる。
そう考えたとき、彼らは自分が蹂躙される光景を思い、
民衆たちは甲冑騎士の威力に畏怖すら覚え始めた。
そして黒いクサナギ・エグザバイトが飛び立ち、
それを追う龍王騎士が城下町から離れるのを見送りながら彼らは呆然とするしかなかった。
「…こいつは本当に黒龍なのか!?
まるで城下町の人たちを気遣うように離れたぞ!?」
「確かに…意匠が異なりますし、行動も違います。
でも…攻め込んできたことは確かです。
…単に奴隷を減らしたくないだけかもしれませんし」
アキトとユリは黒龍王鬼と見間違えたクサナギ・エグザバイトの行動に戸惑っていた。
技のキレこそ黒龍と変わらないが、あの苛烈な攻撃とはまるで違う。
それどころか、戸惑いすらも感じる時が何度もあった。
技量的にはおそらく互角。
そしてアキトは黒龍ではない相手だった場合、
誰かが乗っている可能性が高いと感じて、焦っていた。
「いや、ユリちゃん…。
あいつも迷ってるみたいだ。
一度通信を繋いでみてもいいかもしれないよ」
「…でも」
二人は意見の相違に焦った。
二人の心が一つにならなければ、龍王騎士の性能は生かしきれない。
そしてそれが致命的なことになることを二人は理解している。
しかしアキトは気付いていた。
この相手は戦闘不能に追い込む段階で、捨て身の攻撃をしかねない。
まして、技量的に互角の相手を倒そうとしたら加減はできない。
だが、その一方でユリが憎しみに染まりつつあることに気付いて焦っていた。
ユリが、別人の、姉でないユリカと出会ったことで救われた部分と、
自分の醜さを認識し、ユリカは二度と戻ってこないと打ちひしがれた部分と両方あり、
それがきっかけで今までにない憎しみの心が生まれつつあったことに気付いていた。
アキトは憎しみの心に支配されたからこそ、憎しみの感情に敏感になっていた。
自分自身と同じになりつつあるユリを止めなければならないと思った。
「…あいつが黒龍王鬼じゃなかったらどうするんだい?」
「どうって……!」
ユリもさすがに返答に困った。
黒龍王鬼は倒すべき造られた人工の魂にすぎない。
しかし、それ以外の人間を誤って殺していいとはさすがに思えなかった。
そしてそう思わせる要素があまりに多い事に、少しだけ冷静になったユリは気づいた。
「…ユリちゃん、お願いだ。
俺はあいつを止めるために、必死に戦う。
それで俺たちか、あいつが死ぬ分には諦めよう。
…でも、最後の最後まで諦めたくない。
だから…」
「…。
わかりました。
アキトさんが戦ってる間、私は通信を試みます。
…これで死んだらアキトさんを来世も憎みますよ」
「ごめん」
「…いいです。
死ぬ時に心がバラバラなままなんて、死んでも死に切れませんから」
ユリカはさつきを隣に置いたまま、黙って座っていた。
すでに戦いが始まっていることは彼女も感じていたが、
自分のできることがすでになく、ただ待つしかないことに焦っていた。
「…アキトくん、ユリちゃん…」
「だん…いえユリカさん、焦らないでください。
大丈夫です、二人の乗る龍王騎士は無敵です。
黒龍王鬼なんかにはもう負けません」
「こく…りゅう…おうき?」
ユリカは黒龍王鬼という言葉に反応して考え込んだ。
そして状況を見るための宝玉を持っているさつきに近づき、
その中のクサナギ・エグザバイトの姿を見ると、彼女は体を震わせた。
「ユリカ、さん…?
それは…なんの詠唱ですか…!?
やっ、やめてください!
さつきは突如ききなれない単語をぶつぶつ唱えたユリカに警戒をした。
ダイヤモンドランドの魔法には詠唱を必要とする場合がある。
そのたくいではないかとさつきは警戒して剣を抜いた。
「…さつきちゃん」
「は、はい!?」
「…お願いがあるの。
これは…黒龍王鬼じゃない。
私が『門』に吸い込まれた時…。
「え…?」
さつきはユリカの言った言葉が理解できなかった。
しかし黒龍王鬼に出会ったことがあるという言葉に揺れた。
「…私はミスマルユリカ。
このダイヤモンドランドの…ユリカとは同一人物なの。
…並行した別世界から来たの」
「ユリカさん、記憶が!?」
「…うん。
それで、あの黒龍王鬼…もしかしたら私のアキトが乗ってるかも。
お願い、私を連れて行って!
アキトが死んじゃう…ううん、下手したらこの世界の、
アキトくんまで死んじゃうよ!」
「で、でも…」
さつきは戸惑っていた。
ユリカの言葉が本当のように思えたが、それでも持ち場を離れて、
しかも世界でも随一の甲冑騎士同士の戦いに割って入らなければならない。
その危険さを思った時に、戸惑わずにはいられなかった。
このユリカはまだ敵の可能性があるのだ。
さつきは今の言葉で、ユリカが別人ではあってもユリカ元団長と同じ存在だと確信した。
かつてユリカ元団長は黒龍王鬼との戦いの時、アキト兵長を縛り付けて同乗させた。
この発想はその場を見ていた人間かユリカ本人しかできない。
黒龍が彼らに協力している可能性はないわけではないが、
咄嗟にこの判断をしたユリカの言葉を、さつきは信じることにした。
「くそっ!
強い…!
こいつはスサノオ以上の使い手だ!
ラピスちゃん、通信は!?」
「もうちょっと!
こんな時に外部スピーカーがぶっこわれるんだもん、
困っちゃったよね!!
あっちもシャーマニックデバイス系の通信みたいだから、
何とか共振させることが出来そう!
っと、通ったぁ!」
ラピスがシャーマニックコンソールを強く握りしめると、
ようやく通信ウインドウが開いて、相手の姿が見えた。
しかしその先に居たのは、スサノオとユリの姿そのものだった。
「スサノオ…!?」
「やっぱり大和の世界と同じ人が居る…!
だからユリカはこっちの世界に呼ばれたんだ!」
「だ、だけど…!
あの黒龍の言う通りだったら、こいつも…。
外道だって…確かホシノアキトって言ってたが…」
「黒龍の言うことを真に受ける必要ないよ!
話し合えば何とかなると思うよ!」
しかしその直後、龍王騎士の剣がクサナギ・エグザバイトの鼻先をかすってよろめいた。
テンカワは冷や汗をかきながら、距離をとる。
「って、あっちはこっちに気づいてないじゃないか!!」
「あっ、あっちの様子だけ見れても仕方ないんだった。
…あっちも通信系を何とかしてくれないと…。
しかも音声が通ってない!
せめて話しかけられれば何とかなるのに…。
まずいよ!」
クサナギ・エグザバイトには長剣の類がない。
イミディエットナイフはあるが、間合いが厳しく、
互角の技量なのでテンカワの方が不利な状況だった。
「くそおっ!!」
テンカワはスサノオが決して許されないことをした稀代の悪人でも、
その素顔が人間味のある優しい男だったと知ってしまったことを後悔した。
あの時、容赦なく殺せる心があったなら、今ももっと踏み込んだ攻撃が出来たのに、と。
あのスサノオを憎み切れない自分が居る。
この期に及んで甘い考えで居る自分を吐き捨てたい自分が居る。
揺れながら、ホシノアキトとテンカワアキトは、
拮抗を保ちながら、時に探り合うように攻撃の手を止めて膠着状態になるのを繰り返していた…。
しかし、そこに一台の甲冑騎士が現れた。
戦いは何度も膠着状態が訪れ、ユリも戦いを中止したいという気持ちが大きくなっていた。
相手が黒龍と仮定した場合、自分たちを騙すためだけにこんな状況を何度も作らない。
さらに言えば、通信を入れてきて悪辣な挑発を繰り返すに違いないと。
「…アキトさん、通信をしてくれません。
通信機の故障かもしれませんね」
「…うん。
両手を上げてみようか?」
「…いえ、さすがにまずいです。
まだ城下町から見える距離です。
今のアキトさんが降参する姿を見せては…」
アキトが不信感を持たれてる状態では、ここでの降参ポーズは取れなかった。
そもそも降参してみせたとして相手も応じてくれるかは分からない。
まだそこまでは楽観視できる状況ではなかった。
しかし─。
突然入ってきたさつきの甲冑騎士。
そこから飛んできた通信に、二人はうろたえた。
世界がどうこうという言葉に疑問符を浮かべずにはいられなかったが、
ユリカに関係のある人間が相手だったということに気づくと、動きを止めずにはいられなかった。
『アキト君、ごめん!
たぶんそれは黒龍じゃないの!!
私達の世界のエグザバイトって機体の、たぶん改造された姿!
アキトとユリは、ユリカの突拍子もない発言を信じた。
詳しい事情は読み取れこそしなかったものの、
消えた黒龍王鬼、ユリカ元団長と同じ姿と体、
敵ではないのにアキトの名前に気づいたこと、
そしてユリが聞いた夢の話、すべてがつながる。
目の前の機体が黒龍王鬼に酷似しながらも、
自分たちを叩きのめすのではなく様子を見ている方が多いことにも納得がいく。
「け、けど…あっちと通信がつながらなくて…」
『私達の世界とは通信の種類が違うんだよ!!
うまく説得するから私達に目線を向けさせて!!』
「わ、分かった!!」
アキトは龍王騎士をゆっくり移動させ、構えを緩めて見せた。
ちょうど城下町を背負う形で、見えないように。
その動きを見て、テンカワのクサナギ・エグザバイトも動きを緩慢にして構えを緩めた。
「構えを緩めた…。
増援が来たのに戦いを終わる…つもりか?」
「…表情が穏やかで戸惑ってる様子があるね。
慎重にだけど、ゆっくり合わせよ」
「オーケー…」
ホシノアキトの様子をみて、ラピスは合わせるように言う。
そしてラピスは増援の甲冑騎士を見つめると、その装甲扉が開いた先にユリカが見えた。
「!
ユリカが居たよ!!」
「ホントかい!?」
「うん!元気そうだよ!
…あれ?なんかブロックサイン出してる」
テンカワが龍王騎士をにらみつけてる間、ラピスはもう一台の甲冑騎士を観察して、
ユリカを発見すると、そのブロックサインを読み解き始めた。
「えっと、切られたフリをして…撃墜されたように見せて…。
うまく見てる人たちを騙して、一緒に降りて話し合おう、だって」
「なんだよそれ…。
ま、まあいいか」
テンカワは詳しい事情こそ分からなかったが、
ユリカがこのあたりの判断を誤ることはあまりないと信用し、
あわせて撃墜されたフリをしようと試みることになった。
「…テンカワ、自分で演技までしなくていいんだけど」
「あ、そっか…」
テンカワは先ほどから龍王騎士の間合いはしっかり見ていたため、
やや緩慢に振られた剣を躱しながら、吹き飛ばされたフリをするのは容易だった。
地上ギリギリで機体制御をして、ゆっくりと地上に寝そべる形で降りた。
ホシノアキトとユリ、さつき、
テンカワアキトとユリカ、ラピスは、お互いをしげしげと観察していた。
ホシノアキトからすると、別世界の自分との邂逅であり、
テンカワアキトからすると、スサノオたちのもう一つの姿に見える。
戦いに躊躇したお互いを物珍しそうに見つめながらも、詳しい説明を続けた。
ホシノアキトたちは驚き続けるしかなかった。
「──というわけで、私達は別世界から来たの」
「…信じられないな。
いや、ユリカ…さんとテンカワ君を見てると納得するしかないか。
…アイアンリザードは人間を使う手はあまりつかわないからな」
ホシノアキトは小さく頷くとユリカの方を見た。
「…ユリカさん。
帰るべき場所があって…帰る時が来たんですね。
テンカワ君、ユリカさんをお返ししよう。
…ぜひ、幸せにしてあげてほしい」
テンカワアキトはぼっと顔を赤くした。
ユリカもほほを赤くしたが…。
「…ユリちゃん、アキト君、ごめんね。
私が居たからユリカお姉さんのことを思い出させて…」
「いっ、いえ…あなたといると…あの大事な日々を思い出せて…。
でも、いいんです…。
アキトさんとユリカお姉さんが幸せになる世界があるって…。
そう思うだけでホントに私、嬉しくて…」
「そう…です…よ」
テンカワはホシノアキトとユリが別れを惜しむ様子を見て、
スサノオたちと同じようなことがあったんだろうと思った。
そしてこれ以上引き延ばしても悲しみを引きずるだけだと思い、首を横に振った。
「…ユリカを大切に守ってくれたみたいで、ありがとう。
俺たちは自分の世界に戻る…。
…俺たちをここに呼んだのがユリカだったら、これ以上の事はないだろうから」
「そう、だな。
さよなら、ユリカさん」
「ずっとお元気で…」
「うん!
もう会えないとは思うけど…。
ユリちゃんみたいな妹が居たかもしれないって思うだけで嬉しいよ!」
「あっ!
…私もです!」
彼らはそれぞれ自分の機体に乗り込むと、
テンカワたちは自分たちの世界の『門』を目指してクサナギ・エグザバイトを歩かせようとした。
そして龍王騎士が空に飛び立った、その直後…。
龍王騎士の目の前に、突如『門』が現れた。
同時に、テンカワたちが入ってきた方の『門』が消滅していた。
「く、なんだこれは!?」
「ひ、引き込まれていく…!
ああっ!?」
彼らが声をかける間もなく、龍王騎士は『門』に吸い込まれて…。
テンカワたちは茫然とその様子を見ているしかなかった。
「『門』が、と、閉じちゃった…!?」
「な、なんでだよ!?
俺たちが帰るべきなのに、あの二人が俺たちの世界に行ったのか!?」
「あ、あちゃ…勘弁してよ…。
帰れないじゃない…」
クサナギ・エグザバイトに乗り込んだ三人は、ただ呆然とするしかなかった。
ラピスはユリカの膝の上で頭を抱えていた。
〇作者あとがき
どうもこんばんわ、武説草です。
ついにホシノとテンカワが出会うお話になってきました。
現実とはちょっと状況は違えど、結構現実に近いシチュエーションで、
撮影中は彼らも結構ドギマギしてます。
っていうか紅水晶&アクアマリン何もくろんどるな展開です。
彼らの思考が読みづらい中、次回へ続きます。
ううむ、やっぱ書くのムズイです、本編とはちょっと違うので。
ってなわけで次回へ~~~~~~~~!!
〇代理人様への返信
※次回返信いたします。
~次回予告~
さ、さつきです。
映画で結構アキト様たちに絡みのある大役をもらっちゃいました…。
あ、あはは…後が怖いなぁ~。
みんなで『ユリの騎士団』の兵士とか、大和の巫女役とか色々やらせてもらったけど、
ここまで絡みがあると不安だわ…自慢しちゃうけど。
私の身の安全よりアキト様のストレスがちょっと心配かなぁ。
スタートレック一話をたまたま見たら結構攻めてるシナリオでさすがだなぁと感心する作者が贈る、
SFとはなんだーーーーー!?なナデシコ二次創作、
をみんなで見て下さい!
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
パラレルワールドでみんな幸せでした、ってのはいいですよねえ。
そう言う妄想があってもいいじゃないかと。
ピグマリオなんかで公式のそう言う外伝があったなー。
※この感想フォームは感想掲示板への直通投稿フォームです。メールフォームではありませんのでご注意下さい。