突如、アキコは意識を失った。

彼女に一体何があったというのか?




第16話「強さは弱さから生まれる」












俺は・・・大型の砲台を持ってサツキミドリに向いていた。

一見するとこのグラビティーバスターライフルはただの大きい銃身のようだ。

思わずユリカのアレを思い出して赤面した自分が恥ずかしい。

・・・・何でこんな事考えてるんだ。

今は集中してろよ。

そして、グラビティーブラストがサツキミドリを焼いた。



ばしゅううううぅぅぅ・・・・。



だが・・・俺の中に、何かどうしようもない感情が渦巻いた。

この感覚は・・・初めてコロニーを落とした時に感じたものだ。

が・・・それは、何か凄く重かった。

昔は何とも無かったはずなのに・・・。

ゆっくり俺の中に大きいモノが寄りかかってくる、そんな感じだった。

これは・・・なんなんだ?

悲しい・・・のか?

奪った命が俺に・・・のしかかって来るのか?

「ぁ・・・・あぁ・・・・あ・・・ぁ・・・」

俺は、背筋に走る寒気に耐え切れない。

苦しい・・・凄く苦しい・・・。

・・・何で、こんな・・・こんな!!

もう終わったはずなのに・・・こんな苦しみは終わったはずなのに・・・。

呼吸が出来ない・・・いや、しているはずだ。

出来ていないように感じているのか?

だ、誰か・・・誰かっ・・・・・・ユリカぁ!!

























ご・・・。

見た目の大きさに似合わない、プラスチック音を立ててブローディア・レッドは格納庫にたどり着いた。

その中には、操縦者たる女が居た。

だが、彼女は意識を失っていた。

『『アキコ姉えぇぇ!』』

ブレアとディオが悲鳴をあげる。

傍目にも彼女の体調は良いようには見えない。

顔が青ざめている。

「医療班、急いで!」

イネスが医療班を格納庫に呼び、担架の準備をする。

「アキコは俺が降ろす。少し待って」

アキトはブローディアの前に立って言った。

がこん・・。

アサルトピットが開く。

ブローディアの制御をしている二人が開けてくれたのだろう。

たっ。

軽い音と共に、アキトは跳躍する。

ロープが必要なほどの高さが一瞬で無くなり、ブローディアに入り込む。

「アキコ?大丈夫か?」

声をかけるものの返事は無い。

下を向いて起きる気配は全く無かった。

「・・・よいしょ」

アキコの体を持ち上げ、アキトは飛び降りる。

ほぼ無音で着地すると、担架にアキコを乗せる。

「・・・後は頼む」

ほとんど返事もせずに医療班は担架を持ち上げ、さっさと消えた。

「一体どうしたっていうんだ・・・」

アキトには何も分からなかった。


















−医務室。

「アイちゃん、アキトは、アキトは大丈夫なの!?」

コウタロウは大きい声で呼びかける。

「静かに・・・聞こえないわ」

アイは聴診器をアキコの腹に当てて診察する。

そして、息を吐きながらゆっくりと立ち上がった。

「・・・別に体に異常は見られないわね」

「・・・じゃあ何で倒れてるの?」

「体は異常が無い・・・多分、心の問題ね」

「心・・・」

アイは頷き、そして続ける。

「そう、心。

・・・お兄ちゃんは大して気にしてなかったみたいだけど、

お姉ちゃんは・・・どんどん弱くなってるの。

コウタロウさんに会えて心が安定した時から緩み始めた。

お姉ちゃんはコウタロウさんの胸の中で安心しきったでしょう?」

その言葉にコウタロウは小さく頷く。

「だから・・・問題だったみたいね、今回の出撃は。

・・・心が弱くなったから昔のような破壊に・・・殺戮を思い出して心が挫けた。

  ト ラ ウ マ
これは精神的外傷が引き起こした拒絶・・・多分間違いないはず。

お兄ちゃんはまだ割り切れているのよ、コロニーだけを破壊するって。

でも、お姉ちゃんはその心の弱い部分でコロニーを破壊する行動そのものに禁忌を覚えた。

耐えられるわけ無い・・・。

昔は触れる事も許されないと思ってたはずのコウタロウさんの事すら恋焦がれたのに・・・。

・・・・耐えられるわけないよ」

冷静沈着と言うべきだろうか、アイは淡々と説明を口にした。

だが、その目は悲しみに暮れていた。

「私が居ると・・・アキトは弱くなる・・・?」

「結論から言えばそう」

残酷かもしれない一言。

アキコはナデシコの為に戦ってきた。

だが、戦う為にはコウタロウが居なくならなければいけない。

彼女自身それが一番辛い事なのに、である。

「・・・けどね」

アイは、その瞳に涙を溜めていた。

「私は・・・お姉ちゃんには弱くなって欲しい・・・」

「よわ・・・く?」

コウタロウはアイの言葉と表情に戸惑いを覚える。

いつもの少女と掛け離れた雰囲気ではなかった事に気が付いたのだ。

「・・・お姉ちゃんは一番悲しんだ。

お兄ちゃんみたいに手を伸ばせば一時の安息を手に入れられる状況に居たわけじゃない。

どう足掻いても取り戻すなんて出来ない、でも戻れない。

どこまでも、どうしようもなく、深い絶望に居たのよ。

私が陥れたの、その絶望の中に・・叩き落したの」

そして、アイの瞳から涙が零れ落ちた。

彼女の精神はすでに成人しているが、今はただの少女になっていた。

見た目にも、中身にもだ。

「それが巡り巡ってお姉ちゃんの為になるって知ってても・・・。

ここまで人の心を弄んで良いものかと私は心底悩んだわ。

・・・私は何も出来ないの・・・これ以上は・・・・・・・だから」

そして、コウタロウの服を掴んで顔を上げる。

「だから・・・お願い!

お姉ちゃんを弱くして!

自分勝手な言い分だとは思う、私にはこんな事を言う資格なんて無いと思う、それでも!

お姉ちゃんを弱くしてもう戦えないようにして二度とこんな辛い思いはさせたくないの!!

ナデシコから降りることになっても・・・それでもいいって思ってる!

お姉ちゃんを・・・お姉ちゃんを戦いから遠ざけて・・・遠ざけてあげたいの!

あんな・・・悲しい思いはさせたくないのよぉ・・・・・」

涙ながらにアイは独白し続ける。

彼女なりの姉を大切に思う、心の底からの血を吐くような叫び−

身近でアキコが無理をして疲れて傷ついていく姿を見た、

そしてその状況に自分が陥れた事に罪悪感を持っていた彼女の本音。

これが本当の彼女の姿なのだろう。

すると、コウタロウが口を開いた。

「・・・分かってる、分かってるんだ」

コウタロウはしゃがみ込み、アイを抱きしめる。

「でもね・・・アキトは戦う事を止めようとはしない、私はそれも分かってるつもり。

きっと、皆を護り続けないともっと傷ついちゃう・・・そんな子なんだよ?」

「そ、それは・・・・」

口篭もるアイの両肩に手を置いて、コウタロウは言った。

「・・・私もアキトを戦いから遠ざける気で居るのも確かなの。

アキトはここで戦いを止めたら余計に傷つくし、かといって戦わせつづければ・・・壊れちゃう」

壊れる、それは言葉のあやではなく正確な表現だろう。

体が死ぬのではなく、心が壊れてしまうのだ。

もしそうなったら最悪、体の方も死んでしまう。

「だけど・・・今は好きにさせてあげようと思ってる。

壊れそうになる前に、休ませてあげる。

もちろん、体も心もね。

それが大切なんだと思う。

だから私は・・・・今はアキトの心を休ませる役なの。

戦う事も出来ない情けない男の子だけど・・・ね?

・・・・・今はアキトを戦いから遠ざける事が出来ないなら・・・」

コウタロウはアキコの顔を覗き込んだ。

「少なくとも、アキトの傷を・・・苦しみを軽くしてあげたい。

・・・・・・出来ればアキトの代わりになりたいけど・・・出来ないから、その分は・・・・」

「・・・現状維持くらいしか出来ない、それは私にも言える・・・」

「・・・・もちろん、戦いが終わったらアキトを弱くする・・・ううん、私が強くなる。

男らしく・・・・なれるかな?」

額を軽く掻いて照れくさそうにコウタロウが言うと、アイもそれに応える。

「・・・なれるよ。

お姉ちゃんだって・・・女の子らしくなってるでしょ?」

「・・・そうだね」

二人がアキコの顔を見つめる。

だが、その顔は思わしくは無かった。

「・・・うぅ」

苦しそうに寝返りを打つアキコ。

「・・・・・・夢見は良くないみたいね。

コウタロウさん、見ててあげて」

「・・・うん」

「私は検査結果を話してくるから、少しここをお願いね」

アイは医務室から出ていった。











































真っ暗な闇の中に、一人の少女が居る。

−名をアキコといった。

何故か彼女は水に漬かり、ぷかぷかと浮いていた。

「ここはどこだ?」

アキコはふと、周りを見回す。

すると、後ろからは無数の手が空をつかみながら彼女を追ってきた。



カセエ・・・。



妙に、響く・・冷たく重い声だった。

「・・・な、な・・」

その声は、男性と言わず女性と言わず、子供のようであり老人のようでもあった。

そして同じように様々な手がある。

だがそれは全て血に濡れており、傷だらけで見るにも耐えない。



イノチヲ・・・カエセ・・・。



「あ・・・あああ・・・」

アキコはその手が誰の手だか分かってしまう。

かつて自分が復讐鬼として戦っていた時に巻き込んでしまったコロニーの人々だった。

彼女は必死に泳いで逃げようとする。

が、自分の体からどんどん力が抜けていき、追いつきそうになる。

目の前に、コウタロウの姿が見えた。

「た、助けて・・・」

彼は水上に立っていた。

しかし、アキコの方を振り向く事も無く、去っていこうとする。

「み・・・見捨てないでくれ・・・あ、あ、あああ・・・」

ついに手が追いつき、アキコの体を水の中に引きずりこもうとする。



オマエダケ、シアワセニナロウナンテオモウナ・・・。




イッショウワレワレノゲンエイニフリマワサレテクルシンデカラ、シネ。




その手は冷たく、自分の体温を、いや、生命を奪い取っていくような感触がした。

そして、コウタロウは振り向く。










































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・偽善者」












































その一言が、アキコの世界を粉々にした。



































「うぁああああああ!!!」





























































「うあああああ!!!!」

「アキト!?どうしたの!?アキト!!」

コウタロウに揺さぶられ、ゆっくりと意識を元に戻していくアキコ。

「怖い夢でも見たの?」

「あ・・・ああ・・・夢・・・」

落ち着いたようにため息をついた。

だが、顔色は思わしくない。

涙を流し、体は震え、寝汗もかいていた。

恐怖に耐えるように目を瞑り、呼吸を整えようとする中、アキコはボソリと呟いた。

「・・・おまじない・・」

「え?」

「・・・おまじない・・・して・・・おまじない・・・おまじないをっ・・・」

震える声でうわ言のように呟き続ける。

その意味を介したのか、コウタロウはアキコにキスをした。

ちゅっ。

アキコは目を開き、唇を離す。

「ありがと・・・」

震えを止めようとしながらも、落ち着かないアキコは上目遣いでコウタロウの事を見る。

「どうしたの?」

真剣な顔で心配するコウタロウに申し訳なさそうにアキコは話し始めた。

「・・・う、ん。

あのせいだと思うんだ・・・」

「・・・サツキミドリの事?」

「・・・そう、それで思い出しちゃったんだ・・」

過去の忌まわしい記憶ー。

自分が周りを見ずに進んだ結果。

「あの時・・・殺した人達が・・・俺を責める・・。

掴んで捕まえて暗い水の中に引き込もうとする・・・。

前に現れたはずのユリカも・・・俺を見捨てて、

最後に「偽善者」って・・・」

ぐずりながらアキコは全てを話した。

「アキト・・・私が見捨てるはず無いじゃない」

コウタロウはアキコの頭を撫でた。

そう、彼は見捨てるはずは無い。

そもそもの原因は自分にあると思っている。

見捨てられるはずが無かった。

そうでなくとも見捨てるはずは無かった。

それは彼女にも分かっていた。

だが−

「そう・・・そうなんだ・・・」

泣き顔を引きずりながら再び口を開く。

「ユリカを・・・信じてないんだ・・・きっと・・」

罪悪感に沈んでいるのだろう、彼女は俯いた。

自分が信じきっている、心も体も許している恋人でさえ自分は信じられない−

そう思ってしまった・・・そう思うしかなかったのだ。

「ユリカが・・・最後には見捨てるって思ってるんだ・・・。

俺みたいに・・俺がユリカから離れようとしたみたいに・・・・・」

「違う。違うよ、きっと」

コウタロウは再びアキコを自らの胸元に寄せる。

そして息を止めてしまいそうなほどに強く抱きしめる。

その意外なまでの力強さに、アキコは苦しさより驚きを見せた。

「アキトが私を求めてくれた嬉しさは変わらない。

私もアキトもどちらが消えても心の穴は埋められない。

私はアキトを見捨てない。見捨てられないよ。

アキトが私を見捨てないって信じる。

だから、アキトも私を信じて」

「ユリカぁ・・・」

止まりかけた涙が再びあふれ始め、コウタロウを強く抱きしめ返す。

胸で泣き崩れるアキコを見つめて、優しい笑顔を見せるコウタロウ。

アキコはとても儚く、美しい少女のように見えた。

見えた、というのはまだ少し男っぽさを残す体つきだったからだ。

いくら女になったとは言っても、鍛えすぎた筋肉はそう簡単に落ちない。

いや、一般人なら落ちるかもしれないが、まだ若く、そして戦う事を生業の一つとしている彼女の体は逞しかった。

コウタロウの体が見た目以上に華奢に見えるほどに。

「・・・信じる・・信じるよ・・・・・ユリカぁ・・・」

呟くとアキコはさっきまでの泣き顔が嘘のように穏やかな顔で眠りに落ちていった。

「アキト・・護る・・・。

アキトの心は絶対、私が護ってあげる・・・」

コウタロウはアキコをそっと抱いて、ベットに横たわらせた。

ぷしゅっ。

「・・・あ、コウタロウさん・・お姉ちゃんは・・」

「今、少し落ち着かせてあげた所だよ」

穏やかな顔で眠っているアキコを見てアイはほっと息をついた。

(・・・・やっぱり、お姉ちゃんの心を癒せるのはコウタロウさんだけね・・・)

と、アイは何かを思い出したようにコウタロウを見つめた。

「そうそう、味覚・・・どう?」

コウタロウの味覚の治療の事を思い出し、聞いてみる。

「え〜っと・・・もういいのかな?

だんだん食べ物の味は思い出してきたし・・・」

「じゃ、これを」

アイは、三つのコップを取り出し、それぞれ液体を注いだ。

「一つずつ、違う味のはずよ。

それぞれ甘味、苦味、辛味。

色はついてないから見た目には全然分からないけど・・・」

「・・・うん」

少し不安なのか小さく返事をしてコップを手にとる。

そして、飲み下した。

ごくっ。

「・・・・甘い」

ごくっ。

「辛い」

ごくっ。

「苦い」

すると、アイは小さく微笑んで言った。

「・・・パーフェクトね。

味覚はほぼ完全に治ったわ」

「良かった・・・和平が成る前になんとか治しておこうと思ってたんだ・・・あ、そうだ!」

何かを思い立ったようで、コウタロウは立ち上がった。

「アキトにチャーハン作ってあげよう!喜ぶかな?」

「・・・喜ぶよ、きっと」

「そうと決まれば、善は急げ!!」

コウタロウは部屋から出て行く。

「・・・ホント、お姉ちゃんは幸せ者かもね・・・」



































「・・・そういえば、Dさんはディストーションフィールドを持ってた・・・」

シーラはふらふらと自分の部屋に戻る。

時刻は午前1時、皆が眠っている時間である。

彼女は色々と考えていたら遅くなってしまったらしい。

「・・・相転移エンジンの小型化がうまくいってる」

廊下を千鳥足・・ではないがややよろけ気味な動きで歩いていくシーラ。

その足取りは決して軽くない。

三人の意思を背負って生きると誓ってしまった反動か。

「つまり、私以外にこういうことが出来る人が居る・・・そして、エルさんを改造したのが・・」

立ち止まって手が白くなるほど強く拳を握り締め、それを見つめる。

「・・・親父」

その拳を前に打ってみる。

だが、拳は空を切ってヒュッ・・・と小さい音を立てるだけだ。

「・・・・こんなに憎らしい事は・・・残酷な事は無い」

一人、また一人と積もっていく、背負った人間。

それは紛れもなく、自分の父親のせいで背負わされた人間といっていい。

もしくは、父親の責任を自分が肩代わりしていると表現してもいい。

しかし、結局背負う事を決意したのは自分であり、それが自分の責任である事も分かってはいた。

とはいえ・・・どこかで割り切れないのは確かだった。

「・・・誰かが死ななきゃ、この世は成り立たない・・・」

父親に言われた、この世の宿命・・。

だが、ヒロシゲは、エルは、Dは果たして死ぬべき人間だったのだろうか?

少なくとも彼女の中では必要な存在になりうる者達だった。




−とどのつまりは弱肉強食−




父親に言われたあの一言が、妙に重くのしかかる。

自分は弱かったのだろうか?

確かに弱かった。

迷惑がかかると知りながら、自分はヒロシゲを頼った。

では、強くは無いのか?

決して強くないわけではない。

が、自分には救える者が限られている。

・・・・結局、無力なのだろうか?

だが、それ以上に。

「・・・自分の信念を通す為には力が必要・・・・・そして、力に伴う精神・・・」

自分の精神は強くない。心が強くない。

戦っている傍で泣き、戦っていても泣き、自分が好きなアニメを見ても泣き、

彼女にとっては泣く事は、生きる事同然になっている。

それが心が強くない証拠であるし、何より純粋な証拠であると言える。

・・・故に、彼女は苦しまなければいけなかった。

自分が死なせたヒロシゲに、自分が破壊したブーステッド達に、心を痛めなければいけなかった。

・・・どれだけ辛い事か。

いっそ、ただの戦闘狂になれればいい。

ただ戦いに、闘いに、悦びだけを感じていれば壊れたりはしないで、むしろ、心を弾ませて生きていけるだろう。

一見、表面上の彼女がそう見えてもそれはあくまで戦う為の仮面であり、

戦いは単なる勝負の世界とは違う。

命の取り合い、それは試合のようなものではなく、あくまで相手を殺し、屈服させる事のみである。

だが、戦わなければ、自分の先は見えない。

彼女の持論であり、自身に課した課題でもあった。

・・・それが、心の破滅になりうることを知りながら、彼女はあくまで頑なに、この課題を続ける。

何かが見えるまでは止まりたくは無い、そう考えていた。

そして、彼女はまたカズマの仮面を被る。自分の心に。

口元で笑い、目では怒り、心の奥底では悲しみ。

拳を高々と握り締め、彼女は叫んだ。




「いいぜ!とことんまでやってやらぁ!



俺は背負う事を止めねえ!俺自身が壊れてもだ!



誰が止めようがこれは俺の性分だ、止めらんねえよ!



ああ、そうさ。俺は馬鹿だからな!」




叫びきってから、彼女は自分に大笑いする。



「っく・・・かかっかっか・・・たまんねえよ、もう」



とても苦笑じみた、自分を嘲笑うかのような弱々しい笑い。

それを境に、シーラは少し静かになった後、息を大きく吐いた。

「さて・・・カズマはもう終わり。いつもの可愛らしい私!」

ぱんっ、ぱぁんっ。

顔を叩き、気持ちを切り替える。

「・・・あのさー」

「ハッ!?見られた!?」

後ろの通路からアキトが出てきた。

「あ、あのごめん。ちょっと聞く気は無かったんだけど・・・「いいぜ」ってあたりから大声だったから・・・」

「いや〜!恥ずかしっ!」

顔に手を当てながらぶんぶんと頭を振る。

・・・この辺は普通というかなんというか。

(・・・・・・あ、でもアキトさんなら少し相談していいかな)

アキトの強さは知っていた。

彼はわざわざナデシコ全体を和平の意思があるかどうか試した。

強く平和を手にしたいと願っていた事を知っていた。

「・・・アキトさん」

「な、なに?」

アキトは少し怯える様子で返事を返した。

・・・・・・アキトは某同盟に追われている身なので女性には滅法警戒する癖がついていた。

もっとも、ほとんど条件反射で反応してしまう事の方が圧倒的に多いのだが。

「あの・・・ちょっと聞きたい事があるんです」

「・・・なんだい?」

アキトは周りを気にしながら恐る恐る聞き返す。

「・・・その何て言うか・・・・・・馬鹿は馬鹿なりに考えてたんですが。責任・・・どうとるのかなって」

「・・・責任かぁ。

次からちゃんとやればいいんじゃないかな?

ウリバタケさんはそんな心の狭い人じゃないし」

アキトは何かミスをやらかしたものと思い、至ってまともな答えを返した。

シーラはそれに苦笑し、言い返す。

「ふふっ、違いますよぉ・・・。

この前、サツキミドリに乗り込んだ時の話なんですけど。

・・・実は数人の改造人間が乗り込んでて、その人達を・・・壊したって言った方が正しいのかな?

・・・・・・・とても可哀相な人達で、自分達の存在すら不安定で誰かに認めて欲しかったって言ってました。

出来れば助けたかったんです。

けど、・・・結局、私は二人を・・・。

だから、私は代わりに心に刻んだ。

あの二人の分も・・・そして、私の恋人の分も生きようと誓ったんです。

それがちょっと自分勝手かなって」

その言葉を聞いたアキトはこの少女の胸の底の計り知れない悲しみを認識するとともに、

自分の歩いた道と照らし合わせた。

自分が殺した人達の事を背負う事も出来ず、逃げつづけていた自分を嘲笑する。

(・・・俺は、本当に弱いんだな)

「いいや、自分勝手じゃないと思う・・・俺にはそんな生き方は出来ないから」

どこか悲しみを含んだ笑みと、小さい呟きにシーラは眉を歪ませる。

「・・・それ、結構実感篭ってません?」

「・・・・・・そんな事は無いよ」

否定するアキトの顔には『そうだ』といわんばかりの悲しみが溢れていた。

その顔を見てシーラは溜息をつきながら言った。

「・・・まあ、言いたくなければ言わないでいいですよ。

でも、覚えておいて下さい。

私は・・・いえ、皆もアキトさんがどんな過去を持ってても印象は変わりません。

弱い部分強い部分、良い部分悪い部分ひっくるめてアキトさんっていう存在が居るんですよ。

・・・・・・・それなのに、弱い部分も悪い部分も見せないように居るなんて私達に失礼です」

その一言に呆気に取られたようにポカーンと口を開けてしまうアキト。

普段のシーラのイメージからすれば、こんな真剣な話をするような人間には見えない。

それはガイもヒカルもラピス達、他のアニメ・漫画好きにも言えることだ。

ガイは年がら年中ゲキガンガー一色だし、ヒカルは漫画ばかり書いているし、

ラピスはダッシュと一緒にネット上のアニメを探してばかりいる。

シーラなど、アニメのキャラクターに扮する事で、木連人のような人に見られていた。

「・・・・どうしました?私がこんな事を言うのは変ですか?」

「う、ううん、そんな事無いよ。

・・・・でも以外だったのは確かかな。

戦う事に疑問を持ってなかったように見えたから」

アキトの一言にシーラはむくれる。

「あーっ、それは酷いですよぅ」

「・・・だって俺とアキコの演技に引っかからなかったし」

「・・・そんなの簡単な事ですよ。二人は目が笑ってましたから」

ぴたり、とアキトの体が止まる。

「・・・ウソ」

「・・・・・・ちょっと昔、恋人に聞いた話なんですけど。

『ウソをついている相手は余裕がある顔をしてる』って話です」

「・・・余裕、ねえ」

腕を組んで考えるアキト。

その姿に満足したようにシーラは笑顔になる。

「じゃ、私はこれで。

ガイさんとヒカルさんとラピスちゃんとスクライド見に行きますから」

「うん。またね」

「あ、そうそう。これを」

アキトは手を振って立ち去ろうとするが、シーラはそれを呼び止め、

自らの腰についていたウエスト・ポーチのチャックを開ける。

そして中から小さい箱のようなものとMDのようなディスクを取り出した。

「お暇があったら見てください。

昨日の作戦の元ネタ・・・っていうか単純にそういう結果になっちゃっただけですけど。

これ、「ガンダムW」って言います」

「・・・」

急にアキトは黙りこくる。

ここの辺りはガイに似ていなくもないと苦笑しそうになる。

「色々、学べるところはあると思います」

「う、うん・・・ありがとう」

「じゃ、失礼します」

お辞儀をすると、シーラはアキトを置いて走り去った。


たったったった・・・。


「・・・・・・・」

自分の手元にあるディスクを見て途方にくれるアキトだった。












ガイの部屋。

『おい!お前の名前は何だ!』

『聞いてどうする?NP−3228』

二人の男が対峙する、暗い部屋の中が映し出されている。

傍から見れば、一人の男が見るのは自然かもしれないが、その横に座っている二人の少女には不釣合いに見える。

真っ暗な部屋の中で、ガイはボーっとしていた。

彼はスクライドに燃えていないわけではなかった。

だが、最近どうしても気になる事情があった。

それが頭から離れないらしい。

(・・・・・・あの二人、アキコとコウタロウ・・・・なんなんだ?)

医務室での、あのシーン。

二人はお互いを他人の名で呼び、そして言葉遣いもそれに追従していた。

(二人がアキトと艦長だとすれば・・・いつも、目の前に居る艦長達はなんなんだ?)

ガイは取り止めがない思考に惑わされる。

結局、結論など出るはずが無いのだ。

彼が、真実を知らない限り解けることの無い謎。

「・・・ガイさん?つまらないですか?」

「ん?い、いや、全然んなこたないぞ」

「ヤマダくん、どうしたの?」

ヒカルも入り込んでくる。

二人の視線がガイに突き刺さり、彼は少し居たたまれない。

「・・・んや、何でもない。

ところで二人は・・・何か聞いちゃいけないようなことを聞いたときにどうする?」

ガイはふと、二人に話題を振った。

「そうだね〜、私は他の事をして忘れようとするけど」

ヒカルの回答には相手を尊重する・・・といったニュアンスがあった。

あまり覚えないようにする事で、自分も相手も気分を悪くしない方法である。

「私は・・・そっとしておいてあげますけど」

シーラは、あくまで口をつぐむだけで記憶しているらしい。

これは、相手へのイメージが変わってしまう恐れがある。

だが、二人の回答に共通して言えることは「他人に漏らさない」と言う事だ。

その人の性格にもよるが、二人の回答は的を得ている・・・一般的な答えと言えるだろう。

(・・・けど、こればっかりは踏み込まない訳にはいかねえよな)

ガイは隠し事が嫌いだった。

仲間なのだからそれくらいは話して欲しいと思ったのだ。

が、実際はそんなに現実は甘くない。

仲間を疑う必要も無い事は無い。

「・・・・すまねえ、変な事を聞いたな」

言うとガイはモニターを見つめた。

「そういえばラピスちゃんは?」

シーラが振り向いて言う。

「・・・ちゃんと集合はかけてあるんだけど・・・」

「・・・・・・もう夜遅いから寝ちゃったんだろ?」

「あ、そうかも」

納得したようで三人は気にする様子も無く、モニターに見入った。











アキトの部屋。

アキトは、シーラから借りたディスクと上映機でアニメを見ている。

そこには、少年が復讐を目論んだ為に、親友を傷つけてしまった姿が映っていた。

『ヒイロ!トロワが・・・トロワが死んでしまう!!』

『そうだ・・・お前が殺した』

冷徹な一言。

だが、このシーンを見てアキトは少し考えてしまった。

(・・・あの時、場合によってはこういう事態になったんだよなぁ・・)

かつて、アキトが復讐をしていた際には、時と場合によってはナデシコのクルーですら殺したのかもしれない。

しかしそんな事をしたら・・・この少年のように更なる後悔に沈んだ事だろう。

(そして・・・この少年は俺とは違って、仕事で・・・生業でテロを行ったのか・・・)

機械的に、正確に敵を捌き、基地の爆破をする少年は自分には重なる事は無かった。

・・・とはいえ彼にはどこか思う事があったらしく、思わず見入っていた。

(・・・それでいて、この物語は・・・俺を・・・・)

テロで虐殺を繰り返していた少年は、やがて戦いを終結させようとする少女の為に戦うようになる。

(俺が・・・ヒイロで、ユリカは・・・リリーナか)

思わず、自分を重ねて苦笑をするアキト。

そして、口にも出さずアキトはシーラに例を言った。

(ありがとう・・・ありがとう、シーラちゃん。少し、反省材料になったよ・・・)

アキトは時計を見つめた。

すでに起床時間である。

ある程度、飛ばしてみていたお陰でほとんどの概要が分かった。

ぷしゅっ。

・・・・そして、アキトは休まっていない体を持ち上げ、食堂に歩き出そうとした。

だが、目の前に現われ、息を切らしているジュンに驚く。





「ど、どうしたんだ?ジュン」

「大変だ!ナデシコが・・・!

ナデシコが止まっている!!」


































ジュンの叫びがアキトの部屋に響いた。

















































作者から一言。

・・・うーん、アキトの辺りはおまけとして。

うまく引っ張れたかどうかが心配。

だって、事実上ただのグラビティブラストでサツキミドリ撃墜した事になって、

誰も連合軍、突っ込んでない事になってるし・・・。

では、次回へ。

 

 

 

代理人の感想

ニュータイプかよっ!(爆)>死者の念に潰される

 

それはともかくアキコのあたり、置いてけぼりにされたみたいですッごいムカつきました。

なんかこー、「勝手にやってれば? 私たちに見えないところで」という感じ。

つまりどう言うことかというと、話に入っていけてないんですね、読んでるほうが。

私の好みに合わないだけならいいんですが、もし読者の大半もそうだったら問題かと。