急に駆け込んできたジュンが叫んだ。

それによると、「ナデシコが止まった」・・・。

どういうことなのか?









第17話「停止した艦の中で」












夢を・・・夢を見ていました。

夢の中の人になった私は、今大きな悩みを抱えています。

白衣を着ていて、自分のしている事に疑問を感じずにいられません。

けど、そこから脱出する方法は無いものか、と模索しています。

「こんな・・・こんな馬鹿げた事は・・・・」

そこは、人が標本のように液体に漬かり、ゆらゆらと揺れ動いている・・・。

それが見るに耐えません。

抜け出して・・・どうにか抜け出して・・・。

私はそう願いました。

だけど・・・もう一つ、何か・・・わからないけど、何か・・・悲しい・・・。

そこに居る標本のような人々が可哀相なのか・・・それとも、何か他の感情が渦巻いているのか・・。

私には、理解できませんでした。

すると・・・一人の男の人が私に話し掛けます。

この人は・・・この男はッ!!














「・・・!」

シーラは目が覚め、自分の周りを見回す。

そこには、ガイとヒカルが眠りこくっている姿が目に入った。

そして、モニターにはスクライドが延々と流れていた。

「・・・スクライド見てたからこんな夢見たんだ・・・」

状況を見て、そう判断する。

だが、自分の背筋に走る寒気に凍りついた。

「はぁ・・っ・・・」

息を吐き、その悪寒をどうにかしようと服を着ようとする。

カズマを真似たジャケットを着、何とか落ち着こうとする。

「や・・・やだ・・・この感触・・・」

ざわざわと自分の中に嫌なものが居る事に気付いた。

この嫌な予感を感じたのは、三度目だった。

一度目は、家を逃げ出した時。

二度目は、恋人を殺された時。

これが三度目、だがそれは寒気すらする物。

「何か・・何か起こる・・・」

自分の周りに二年前から自分の運命は揺れ動きつづけたままだ。

シーラ自身はそう考えるしかなかった。

「私は・・・乗り越えなきゃいけないんだから・・・こんなトコでガタガタ震えてらんない・・・」

シーラはふらつきながらも立ち上がり、自分の頬を思いっきりぶっ叩く。


がっ!


大きな音が部屋に走り、シーラの意識は一瞬遠のく。

だが、それは一瞬だ。

彼女は逆に意識を覚醒させ、自分を奮い立たせようとする。

すると、ドアが開いた。

「し、シーラちゃん・・・大変なんだ・・・ナデシコが・・・」

ジュンが息を切らせて部屋に飛び込んでくる。

「ど、どうかしたんですか?」

「ぶ、ブリッジで話すよ・・・」

そして、ジュンは出て行った。

「・・・・・・今日も私は戦う必要があるんだね」

ボソリ、と呟いてシーラは大きく息を吸った。


「こんな馬鹿らしい予感に負けるか!!」


びくっ。


「「っ!!?」」

隣で眠っていた二人は体を揺らして心臓の鼓動を早めた。

「・・・あ、ごめんなさい」

ぺこり、とシーラは二人にお辞儀をした。









「ナデシコが止まっただと!?」

ジュンが息を切らして呼吸を整えるのを見ながらも、アキトは激昂した。

「そ・・・そうなんだ・・・」

何とか精一杯の声を出して、ジュンは答える。

彼・・・いや、彼女はコミュニケを使う事も忘れてクルーを集めていた。

「ぶ、ブリッジに来てくれ・・・」

よろよろと歩き出し、ジュンは他の部屋の住人にも話をした。

15分後。

ブリッジにはパイロット、戦闘関係者、そして整備班長であるウリバタケが集合していた。

「・・・実は、オモイカネが監視していたんですがオペレーターが居なくなって機能していません。

オペレーターの4人、ユリカ、コウタロウ君、提督の姿が見え無いんです」






その話はおおよそ8時間前にもさかのぼる。







しゃ〜〜〜っ。


「ふんふんふ〜ん♪」


コウタロウは鼻歌交じりにチャーハンを炒めている。

「よっし、完成!!」

見事な半球体のチャーハンが完成し、コウタロウは岡持ちを持って廊下を移動していた。

だが−

「・・・失礼」

男がコウタロウの後頭部を手刀で叩き、コウタロウは意識がぐらつく。


ごすっ。


「・・・・・へ?」

何が起きたのか認識する暇も無く、コウタロウの意識は闇に包まれた。

「草壁殿は何をお考えに・・・」

男の名は北山−

草壁に仕える者の一人だった。










アキトは腕を組んで考えていた。

「つまりは、何かしらの目的があって潜入され、ブリッジの首脳メンバーをさらわれた」

「そうとしか考えようが無い。

特にシェリーちゃん、ルリちゃん、ラピスちゃん、ハーリー君が居なければナデシコは動かない。

マスターキーは刺さっているから辛うじてナデシコの機能は維持できているんだが・・・。

航行、通信は最低限なら出来るが、この状態でもし敵に遭遇してみろ。

出撃の時ハッチすら開けず、グラビティブラストも撃てずじゃ・・・勝ち目なんて無い」

「まさにナデシコは止まった、ということか」

ジュンの補足にアキトは頷いた。

「確かにこの状態で戦闘に入るなんて自殺行為もいいところだ。

だが・・・今できる事など無いに等しい」

ゴートが渋い顔をさらに渋くして眉をしかめていた。

「しかし、今・・・艦長はジュンさん、提督はカズシさんが代われるとして・・・。

マシンチャイルドだけは居なければ話になりませんよ?」

「・・・」

プロスの一言に、アキトは目を細めた。

そう、マシンチャイルドだけは他の人物に変える事が出来ない。

アキトは最悪の事態、という状況だと切に思う。

そして、仕方なく解決案を提示する事にした。

「・・・プロスさん、これは隠し玉なんだが・・・」

「またですか?」

アキトの物言いにプロスは呆れた顔になる。

以前・・・ナナフシ攻略の時のように隠し玉をひょいひょい準備されてはかえって気味が悪い。

「・・・本人の希望で隠していたんですが」

「ほう?では、何故あなたはそれを知っているんですか?」

思わぬ返事にアキトはうっ、と少しよろめく。

「・・・そこは問題じゃありません」

何食わぬ顔で誤魔化そうとするものの、プロスはそれくらいで追求をやめようとはしなかった。

「いいえ、問題ですよ。

私は少しこのナデシコに不審な点を見つけているんですから」

いつに無く真剣な表情でプロスはアキトを睨みつけた。

「一つ、アキトさんとアキコさん。

軍にも入っていないあなた方二人の異常な戦闘力は説明がつきません。

二つ、シェリーさんとルリさん。

あまりにも似ています。まるで姉妹のような容姿、そしてマシンチャイルドが居る環境なのに、

シェリーさんがマシンチャイルドである事をひた隠していた。

三つ、オーバーテクノロジーの保有です。

DFS、ブローディア・・・そして、小型相転移エンジン・・・。

DFS、ブローディアを発案したというアキトさん、ルリさん。

そして、最近出来たはずの相転移エンジンを、携帯型武器に追加できるまでに小型化したシーラさん。

・・・・どれも信頼しろ、というのが無理なものです」

「それって私達の事を・・・」

プロスの言いようにシーラは怒る。

だが、表情一つ変えずプロスは言った。

「ええ、疑ってますよ」

「・・・・・」

「いえ、今までの事ならば全然気にしなかったんです。

少なくとも味方でありつづける事は分かっていましたから。

しかし・・・ここからは正念場です。

いくら強力でも制御できなければ敵と同じ。

そこは掻い摘んで理解してもらえますね?」

その問いにアキトは頷いた。

「・・・それに、シーラさんはぎりぎりですが身の保証はされています。

しかし、アキトさん。アキコさん。

あなた方はその戦闘力にそぐわない経歴、トップシークレットを知っているという事実・・・。

これが逆にあなたが真っ当な人間ではない事を証明している事に他なりません」

「プロスさん!!

あなたはアキトさんが私達を助けてくれた事を忘れたんですか!?

それなのに・・・なんでそんなに疑ってかかるんですか!?」

メグミが耐え切れなくなったのか、プロスの前に出て怒鳴り散らす。

「・・・メグミちゃん、下がって」

「アキトさん・・?」

急に目の前に腕を振って制止するアキトに驚くものの、メグミは一歩下がる。

そして、アキトは口を開いた。

「・・・確かに、こんな都合のいい事ばかり起きていたら疑いたくもなる。

・・・・・・・だが、プロスさん。

真実が物語より奇妙で、人に信じてもらえない話だったら・・・あなたは胸を張って話す事が出来ますか?」

「・・・と、言うと?」

アキトの物言いにプロスは軽い返事を返す。

「つまり、あなたは「自分でも現実だと思えない話」を人に話して信じてもらえると思ってるんですか?

と、言ってるんです」

「ほほう・・・」

眼鏡をくい、とあげて光が反射する。

「・・・それでは、あなたは真実を話せばほぼ確実に信じてもらえない過去を持っている事になりますね?」

「・・・はい」

アキトが頷くと、プロスは一歩前に出る。

「・・・・・・正直言えば、私はクルーを疑う事はあまり快くないとは思ってるんです。

けど、これはあくまで仕事・・・あなた方が憎かったりするわけではないんですよ」

プロスは微笑んだ。

だが、少々凄みのある笑みである。

「・・・すいません。

でも今話しても混乱するだけですし・・・・・」

「・・・それだけの話であれば混乱は避けられません。

が、これ以上・・・隠すのは止めにしませんか?

今やナデシコ・・・いえ、世界ははあなた方を中心に回っています」

一度言葉を切り、プロスは息を吐いた。

「・・・・・ですが、重要な局面を・・・迎えるとは考えていなかった場面です。

私でさえ、木星蜥蜴の正体を知ったのはここ数ヶ月なんですから。

和平交渉であなた方は・・・鍵を握る存在になります。

一番可能性があるのは和平がなった時・・・お二人が両軍に拘束される事。

次点は、和平の条件として身柄の引渡し・・・ありえるでしょう?」

「・・・・・・」

アキトは黙りこくった。

ありえる事だった。

英雄は戦時中のみ優遇され、戦争が終われば軍から危険視される。

反乱分子になりえる、そしてどんな政治家よりも大衆をひきつけやすい。

さらにアキトほどになれば、個人でも一地方軍を全滅させる恐れがありえるのだ。

「・・・今日はあなたを信じましょう。

しかし、今回までです。

次回このようなことがあれば・・・洗いざらい話してもらう他ありません」

プロスなりの譲歩−

だが、これが最後。

次回は無い。

「・・・では、そのマシンチャイルドの事をお話していただきましょうか?」

「・・・マリー」

「・・・」

コクリと頷いてマリーは前に出てウィッグを外した。

「「「「「「「!!!」」」」」」」

「マリー・・・彼女がマシンチャイルドの隠し玉だ」

「・・・やはり」

「やはり?」

アキトはプロスの一言にぴくりと眉を歪める。

「・・・いえ、こちらのことです。

では、役職が揃ったところでそれぞれの配置についてください。

いつ、どこで戦闘が始まっても良いように、です」

その一言を皮切りに、クルーは配置に戻った。











医務室。

「・・・ん」

アキコは目覚めた。

だが、自分の近くにいつも居てくれる人が居ない。

それに気付いたアキコは周りを見回す。

「・・・アイちゃん?」

「・・・お姉ちゃん」

アキコが振り向くとアイが居た。

だが、その表情は思わしくない。

「・・・・コウタロウさんがさらわれた」

「ユリカが!?」

がたっ。

彼女は立ち上がり、アイに掴みかかる。

「・・・誰か分からないけど」

「くっ・・・」

拳を握り締め、アキコは部屋から出て行こうとする。

「どこへ行く気?」

「決まってる、ユリカを助けに行くんだ!」

「どこに居るかも分からないのに?」

その一言にアキコは動きを止めた。

いつになくアイの顔が無表情になっていた。

「・・・それでも俺は・・!」

「少し体を休めなさい」

「でも!」

「休めなさい」

怒鳴る事もせず、アイはただただ冷徹な返事を返すのみだった。

「今のお姉ちゃんがコウタロウさんを助ける?

この前、コロニーを落としただけで気絶したお姉ちゃんが?

笑わせないで」

「なんだって!?」

襟首を掴んで激昂するアキコ。

だが、アイは表情一つ変えず続けた。

「お姉ちゃん、今自分がどういう状況に置かれてるか分かっていってるの?」

「状況なんか知らないよ!」

「・・・なら教えてあげる。

手を離して」

ハッ、と気が付いてアキコは手を離した。

「・・・今のお姉ちゃんは心が弱くなって戦う事を拒絶し始めた、ただの女の子よ」

「なんだって!?この俺が!?」

「そうよ」

驚くアキコを尻目に、アイは続ける。

「どれだけお姉ちゃんは安定できたと思ってるの?

コウタロウさんに寄りかかって、甘えて、慰めてもらって。

昔みたいにコウタロウさんを取り返そうと思ってるなら止めてちょうだい。

今、お姉ちゃんは復讐鬼でも何でもない・・・ただの女の子なのよ」

「俺は女じゃない、テンカワ・アキトだ」

アキコは強がって見せる。

だが・・・あくまで強がっているだけだ。

彼女はすでに自分が弱くなっている事も、女としての心境の変化も認めていた。

しかし、それを人前で・・・少なくともコウタロウ以外の前で、認める気にはなれなかった。

そもそも、彼女は冷静ではなかった。

「・・・なら、自分の近くに居た本当の意味での「テンカワ・アキト」がどうしてるか、知ってるの?」

アキコは黙る。

知っているわけが無い。

今の今まで眠っていた人物がそれを知るはずが無い。

「ただただ冷静に・・・これからどうするか、誰かを代理に立てて動かないナデシコを動かそうと模索してる。

・・・でも、お姉ちゃんはただコウタロウさんの事しか考えられないで強がってばっかり。

まるで昔、目先の怒りでフクベ提督に殴りかかっていたみたいにね。

それどころか自分の体が精神状態と共に弱っていた事すら知らずに?

そんなお姉ちゃんが、コウタロウさんを助ける?

笑わせないでって言ってるのよ」

アキコはその言葉にショックを受けた。

自分を支え、慰めてくれた妹がここまで厳しく当たるとは思えなかった。

だが、アイの言っている事は正しい。

正論だけに、この冷たい言い方が辛かった。

「じゃ・・じゃあ・・・俺はどうすれば・・・ユリカを救えるんだよぉ・・・」

「とりあえず、少し弱っているみたいだから・・・栄養補給をしなさい」

アイは廊下に置いてあった岡持ちを持ってきた。

「これ、廊下に落ちてたんだけど・・コウタロウさんが作ってくれたチャーハンよ」

「・・・!」

「コウタロウさん・・・昨日、味覚が大体元に戻ってね・・・。

お姉ちゃんを喜ばせようと、チャーハンを作ってくれたのよ」

アキコは驚きを隠せない。

自分が眠っている間にそんな事を・・・。

昔は下手で目も当てられなかった料理だが、一緒に生活し、練習した日々があった。

何年ぶりになるだろう、彼の料理は。

「さ・・・これ食べて、コウタロウさんを助けよ」

「う・・・・・・うん・・・・」

アキコは涙が目に溜まっていた。

感極まっていた、というのだろうか。

いや、案外アイの説教で自分を暴走しないように止めてくれたから、それで泣いているのかもしれない。

ラップを外し、蓮華を手に・・・その小さい半球体を崩して、口に入れた。

ぱく・・・。

口に広げ、ゆっくりと噛み締め・・・そして飲み込んだ。

「−−−−−−っ。」

アキコの頬に・・・涙が伝う。

「ちょっと・・・しょっぱいな・・・」

それは彼女の涙のせいか、それともコウタロウの塩加減が悪かったのか。

だが、彼女は泣きながらもそのチャーハンをゆっくり食べつづけた。

無くなった時に彼女はただ、穏やかに呟いた。

「・・・アイちゃん。

ユリカは・・・俺が助ける・・・。

一人で突っ走れるほど強くないから・・・支えてくれる?」

「もちろん」

アイは笑顔を作って頷く。

「その気持ちなら私は背中を押して見送ってあげられるわ」

「・・・ありがとう」

自分を叱ってくれたと事と、二重の意味で礼を言う。

「じゃ・・・ちょっと休むね・・・」

目を瞑ると、アキコは眠りについた。

その様子を見て、アイは溜息を吐く。

「・・・お姉ちゃん、お休み」








−そして、一日が過ぎた。









「・・・そうか・・・そういう事か」

アキトは少し怪訝そうな顔をしていた。

それは、彼の目の前にあるウインドウが全てを語っていた。

ウインドウには、メール・・・文章が打ち込まれていた。

『テンカワ・アキト、テンリョウ・アキコ両名を引き渡せ。

そうすれば、人質の命は保証する。

我々は戦艦・うづきに居る。

半日後、それを聞きに来る』

と、書いてあった。

「・・・つまり俺が、そしてアキコがあの七人の身代わりになれと」

「・・・そうだな。

最強の戦艦であるナデシコの機能を奪った上で・・・脅迫をする。

機能を、そしてナデシコの要人を取り戻すには、地球側最強のテンカワ、そしてアキコちゃんを・・・」

ジュンが眉を歪めた。

この要求にはかなり悩まされる。

今現在のナデシコでも運営は出来るが100%の実力を出せるかといえば、まだ足りなく、

かといって、最強パイロットの二人を無くしてしまっては、大きな痛手となる。

何より、影護姉妹に対抗できる手段を失う事になるのだ。

それに人質の命が問題である。

少なくとも見捨てる事は出来ない。

・・・さらに悪い事に、この脅迫文には「人質の命は保証する」の一文だけで、「人質を解放する」とは言っていない。

ここで「ナデシコの悪夢」を渡してしまい、人質が戻ってこなければ目も当てられない。

事実上、ナデシコの実力は50%以下まで下がってしまうといって過言ではない。

「・・・分かった、俺が行こう」

「・・テンカワ、それでいいのか?」

ジュンの一言にアキトは顔を歪めた。

「・・・・・どういうことだ?」

「僕はその意見に賛成も反対もしない。

だが、一つだけ言いたい。

それが、最善か、ってことだ。

ユリカは君が助けに来たなら喜ぶかもしれない。

けど・・・身代わりになっても嬉しくは無いんじゃないか?」

「・・・・ジュン」

ジュンに向きかえり、アキトは睨みつける。

「じゃあ聞くが・・・お前はチハヤさんがそういう目にあったら・・・どうするんだ?」

「それは」

ジュンは答えを言えない。

恐らくアキトと同じ事を考えるのだろう。

「そういう事だ」

「・・・テンカワ、君はユリカの事が?」

「・・・否定はしない・・・だが、肯定も出来ない」

「出来ない?」

その物言いにジュンは疑問を抱く。

それに答えるようにアキトは言った。

「俺はユリカの事を嫌いじゃない・・・寧ろ・・・いや、これ以上は言うまい」

「なら・・・」

「だが、それは少し妄想めいたものが混じっている。

そんな目で・・・ユリカを見ても仕方ない」

アキトの一言に、ジュンは何故なのか分からないまま立ち尽くした。

「・・・それに」

アキトは振り向いて言った。

「・・・俺は、まだ吹っ切れないのさ」

格好をつけた言い方にアキトは自嘲し、ブリッジを去った。

「・・・吹っ切る、吹っ切れてないって・・・・・・・一体、テンカワは何を・・・」

「ジュン」

「チハヤ・・・聞いてたのか」

「・・・うん」

近くから出てきた幼女の姿に、ジュンは顔をしかめた。

「・・・・・・あなたにはまだあのテンカワ・アキトの・・・胸の内は、少々理解しがたいと思う」

「何でだい?」

チハヤのどこか思わせぶりな態度に、ジュンはさらに顔をしかめた。

「・・・・・・人を、殺してしまった人には独特の雰囲気があるものなの。

特にテンカワ・アキトのはそれが顕著・・・いえ、見えすぎる」

「・・・君の歩んだ道って」

ジュンはチハヤの目を見つめた。

「ええ、真っ当ではないわ。

ただ・・少し、その道でよく見かけた人の目をしてるのよ・・・。

『自分はもう普通の道に戻れない』って、思い込んでる・・・私も人の一人、二人は・・・」

「それ以上、言わなくてもいい」

「けど、テンカワ・アキトは・・・」

「それ以上言うな!!」

チハヤが言うのを止めず、ジュンは怒鳴る。

「だから何だって言うんだ!?

僕は君の・・君の事が好きなんだ!

昔がどうだっていうんだ!?

ただ単純に・・・僕は・・・僕は!」

「・・・」

チハヤは目が潤んでいた。

自分を助けてくれた理由はほとんど聞いていなかった。

ただ、救いたかったのは確かだが、何より、彼はハッキリと言ったことは無かった。

監視という意味で自分を同じ部屋に置いている彼は・・・自分をどう思っているのか、チハヤには分からなかった。

無論、自分を無意味な復讐から救い出してくれた事に感謝はしていたし、まっすぐな生き方をする彼に惹かれていた。

生きる道を解いてくれるだけでなく、自分の事をここまで思ってくれるジュンに胸を痛ませる。

「・・・ありがとう。

出来れば・・・ここでジュンに全部洗いざらい話して、嫌って欲しかった。

汚れた私を捨てて欲しかった。

私みたいな浅ましい人間を好いてくれる人が居るなんて・・・思わなかったから・・・」

ジュンはチハヤの肩に手を乗せ、言う。

「君はどこが汚れてるって?

勝手に汚れてるって思い込んでるだけじゃないのか?

君が歩んだ道がどうであろうと、僕は君に惹かれた。

それだけで十分じゃないか」

「・・・・うん」

チハヤは涙を零しながら、頷いた。

そして、その小さい唇を動かした。

「だから・・・テンカワ・アキトもこんな心境だと思うの・・・。

そう・・・だから迷ってるのよ・・・きっと・・・」

「・・・ああ、そうなんだ・・・そういう事なんだ・・・」


きゅっ。


ジュンはチハヤをそっと抱きしめた。










「・・・アキト」

「アキコ・・・それにアイちゃん」

ブリッジを出たアキトは、二人に遭遇した。

「・・・状況は?」

「ああ・・・・ユリカ、コウタロウ、シュンさん、ルリちゃん、ラピス、シェリーちゃん、ハーリー君がさらわれ、

命を保証する条件として俺とお前の身柄の引渡しを要求されてる。

俺はとりあえず・・・引き渡される覚悟は出来てる」

「・・・・そうか」

アキコは頷き、表情も変えずに言った。

「俺も覚悟は出来てる」

「お姉ちゃん!!

何を言ってるか分かってるの!?

木連側でこういう事をするのは誰か分かるでしょ!?」

少なくとも、普通の将校がするはずは無い。

草壁本人が口を出していることは間違いないだろう。

「・・・・だが、俺達が下手に乗り込んだらユリカも・・・そして、コウタロウも無事じゃすまない」

「こういう事をする連中だからこそ俺達は・・・」

「駄目よ・・・行っちゃ駄目!」


ぎゅっ。


アキコにしがみつき、アイは叫ぶ。

「そんな事をして帰ってこれる保証なんて無いんだよ!

何をされるか・・・分からないのに・・・・」

最後の方は声が震えていた。

アイは泣いていた。

また傷ついてしまう・・・アキコが傷ついてしまう・・・そう思った。

ここで動かなければまた傷ついてしまうだろうが・・・・。

「・・・アイちゃん、ごめんね」

アイの頭を撫で、アキコは呟く。

「俺は・・・言われた通り弱くなってる。

けど、ここで引き下がれるほど弱くないんだ。

ユリカを取り戻す為に命を賭けるくらいは・・・・」

「まだそんな事・・・そんな事してもコウタロウさんは喜ばない・・・のに」

「ああ。

だけど、俺は自分の意志でユリカの命を救いたい。

ユリカが喜ばなくても・・・傷つくって分かってても。

俺がユリカを待ってる・・・・ユリカを助けたがってる。

それだけは・・・俺にも止められないんだ」

その言葉に、アイは諦めたように俯いた。

「・・・約束して。

私達の元に帰ってくると。

私達も出来る事は何でもやるから、お姉ちゃん達が捕まっても絶対助けるから・・・だから」

「約束するよ」

アキコは力ない笑顔を作った。

そして、アキトと共に歩いていった。

「また・・・こんな風に送り出さないといけないなんて・・・」

アイはうな垂れる。

いつもいつもどうしてこうなるのだろう、と思う。

昔、火星の後継者に挑んだときのように無謀な行動を止められなかった。

それは彼女の意思だから止めようが無い。

分かっていても、涙は流れる。

アキコを止められない自分に情けなさを、無力さ感じる。

−でもね・・・アキトは戦う事を止めようとはしない−

アイの心に、コウタロウの言葉が響く。

−きっと、皆を護り続けないともっと傷ついちゃう−

それは自分にも分かっていた。

だが、アキコはいつまでそうしているだろうか?

もしかすると、死ぬまで続けるかもしれない。

出来れば、傷付かない場所に置いてあげたい。

そう思う。

−今は好きにさせてあげようと思ってる−

アキコの一途な・・・悪く言えば頑固な性格では、恐らく誰が説得しても聞いてはくれない。

一度決めたら、終わるまで止めないだろう。

過去の出来事がそれを物語っている。

だからあえてコウタロウはそう言った。

一見無責任なその言葉には、アキコの性格を知り尽くしたいたという確かな裏付けがあった。

だが、アイは・・・それでもアキコに納得できなかった。

「・・・・・・・死んだら何にもならないじゃない・・・」

これが最善策なのかどうか・・・彼女は考え、そしてすすり泣いた。

「お姉ちゃんの・・・馬鹿・・・」

帰ってくると約束した姉・・・だが、帰って来れる保証などどこにも無い。

彼女には、泣く事しか出来なかった。














『こちら、うづき。ナデシコ、聞こえるか。

交渉条件を受けるか?』

「ああ、受け入れる」

アキトがアキコと並んでモニターに向いている。

そして、うづきの艦長と思われる男は頷き、言った。

『では、引き取りに向かおう。少々待っていろ』

通信が切れ、うづきからシャトルと思われる物が飛び立つ。

そして、ナデシコのカタパルト付近に停泊する。

「北山どのが報告した入り口はここで間違い無いな?」

「ええ、どうぞ」

部下に促され、男がそこに入り込む。

「ほほう、意外に広い」

そこは、装甲の修復を行う際に通過する通路だった。

無論、ある程度の広さが無ければ7人もの人質を連れてくる事はかなり困難だ。

だが、この通路は割と狭いようで広い。

人が四人ほど並んで通っても問題が無いくらいの広さだ。

その通路は格納庫に繋がっており、直接、整備員が行き来できるようになっている。

格納庫にはアキトとアキコだけが佇んでいた。

「・・・ご苦労だな。

少々、君達の行動を束縛させてもらいたいがそれは良いか?」

「何だ?」

男は小さい無針注射を二つ取り出した。

「ただの筋弛緩剤だ。

毒は入ってない・・・こんな時に言っても信じてもらえそうに無いが・・・」

「好きにすれば良いだろ」

アキコは男の言葉に毒づく。

彼女は別段、相手を信用していないわけではないが、男が言うように状況が状況なのだ。

信用しろ、といったほうが無理だろう。

「・・・では、腕を出してくれ」

二人が腕をまくると、注射が小さい音を立てて薬が注入された。


ぷしゅっ。


すると、二人は力が抜けていく。

一歩も動けず、ただ棒立ちになってしまう。

「よし、運んでいけ」

二人は数人の男に持ち上げられ、運ばれた。












−うづき。

「・・・ん」

コウタロウは目が覚めた。

「ここは?」

「ああ、コウタロウ、起きたか」

「シュンさん」

そこにはシュン、ユリカ、シェリー、ルリ、ラピス、ハーリーが居た。

座敷に居たが、周りの戸はどこも閉まっていた。

「ここは座敷牢・・・っていうらしい。

少し話を聞いたんだが、どうやら俺達は木連の戦艦に誘拐されたそうなんだが」

「ゆう・・かい」

自分の記憶を辿ってみる。

チャーハンを運んでいる辺りから一切合財途切れていた。

「・・・うーん、どうしたらいいんだ?」

「コウタロウさん・・・」

シェリーは心配そうにコウタロウを見つめた。

だが、もっと心配していたのは、動かなくなったはずのナデシコの事だ。

「私達が居なければナデシコは動かない・・・困ったよ」

ユリカは呑気そうに額を掻いた。

「・・・艦長、笑えませんよ」

「・・・・・・・弱った」

7人は総じて溜息を吐いた。










































「よいしょっと・・・ここでいいかな?」

「・・・お母さん、ホントにやるんですか?」

二人は木連のシャトルに張り付いた。

「いいのよ、一人で帰っても」

「・・・そう言うわけにもいかないんですよ。

私、お母さんがいなくなったら自動的にウリバタケさんの所有物になっちゃうんですから・・・いやですよ?」

「案外、ウリバタケさんの方が大切にしてくれるかもね」

「もー、ふざけないでください」

シーラがセレスを茶化す。

その様子は本当の姉妹のようにも見える。

だが・・・こんな軽い会話をしていても、二人は危険を冒そうとしている場面なのだ。

「へへっ、冗談冗談。

そろそろ発進みたいだから気をつけてね」

「は〜い」

二人は、飛び立つシャトルに体を固定して飛んでいく。

−シーラの、独断行動である。

敵を欺くにはまず味方から・・と言えばいいのだろうか。

だが、責任問題にもなりかねない行動だが、彼女はあまりにも突発的に、衝動的に行動した。

(・・・こんな悪寒がするのにじっとしてられないよ・・・みんなを助けなきゃ)

そして、今朝の夢を思い出す。

(・・・・・・・まさか正夢って事は無いよね?)

彼女は自分の馬鹿らしい予想に苦笑する。

しかし、彼女が思っている以上の事態が待っている事に彼女が気付くはずは無い。

シーラは風も無いのに自分の髪がなびいたように感じた。













作者から一言。

>アキコが置いてけぼり

んな事無いですよ。

今回少し話を出しましたけど、アキコの頑なさには誰も勝てないんですから。

自分が決めたら、よっぽどのことが無いと折れません。

・・・だって、幾らなんでもそこまで頑なじゃないってんならあそこまでルリを突っぱねんでしょーが(笑)。

>ニュータイプ

そうかッ!アキコはニュータイプだったのか!!(爆)

・・・・・・・・・・・・いえね、そんな気は無かったんですよ。

ただ、アキコが精神的に弱くなった描写をしたかったから描いてたんですが。

・・・まさかニュータイプ状態な文章になっていたとは・・・自分で書いてて気付かなかった。

ガンダムネタなんて使う気無かったんですよ、ホント。

あ、今回の事ですが。

・・・・・うーん、今回はまだ引っ張りかなー。

・・・アイが色々感情の起伏が激しく見えますけど、これは位置が不安定な為。

と、言うよりアイなりの役割・・・何ですね。

アキコに対してブレーキをかけたりするのは間違いなく彼女。

コウタロウでは手綱を操れません。

競馬の馬に例えると(詳しくないくせに)、

マジで直線には強いけどカーブ(要はちょっとした変化)には弱いってトコで・・・さらには操れる人が限られる。

・・・・あ、これはブラックサレナもか。強襲向きだけに。

次回の事については・・・まーたシーラ使ってますけど。

前見たくあっさりと山場を越える気はありませんよ。

ただ、思いっきり苦戦させようと。

これはちょっと激しく行こうかと思ったり思わなかったり・・。

あ、そういえば忘れてたんですが。

第14話の一言の中に「高校3年生を目の前にした」とか書いてますけど、

実はあの文章、春休み中に書いてたネタなんで実は今、高校3年生なんです。

では、次回へ。

 

 

 

 

 

 

代理人の感想

何か勘違いされてません?

読んでるほうが置いてけぼりだといってるんですよ。