シーラ達が参加していた大会が終わった。
そして表彰式ではシーラの代わりにヒロシゲが宿敵であるリチャードと肩を並べていた。
彼は終始黙っていたが、主催者からトロフィーを渡され、舞台を降りる。
そして観客が去り始め、後片付けが始まると、ヒロシゲはリチャードに声をかけた。
「おい、てめえ」
「どうしたね」
リチャードはにやついた顔でヒロシゲの方を向いた。
それにうんざりするような目をした後、彼は切り出した。
「わざわざこんなところまで遊びに来たのか?」
「私がいつ、どこで、なにをしようと、私自身の勝手ではないかね?」
「それよ。
俺はそれが気にくわねえ。
余裕たらたらで、まどろっこしい事が大好きで、人を舐めてるお前の全てが気にくわねえ」
「それは結構−私は君に好かれる為に生きているわけではないのでな」
「チッ・・・」
大袈裟に舌打ちをすると、ヒロシゲは不機嫌そうな顔をする。
彼とは対照的にリチャードはまだ笑っていた。
悪態を着くかのようにヒロシゲは睨んで少しすごんでみる。
「こんな風にのんびりしてるほど暇なのか?殺しに来てんじゃねーのか?あ?」
「暇ではないさ。
ただ、息抜きがしたくてね」
「息抜きで俺達の前にそのツラ見せんな。
・・つか、てめえがそういったって信用できないつーの」
「信じられないか?」
「ああ、信じられないね」
「それはそうと・・・」
「なんだよ」
「てめえてめえと言われて気分がよくない。
私には名はリチャード・ヴァルキリアという名前がある」
「知らねえよ、てめえはてめえで充分だ。
それと聞きたいことがある」
「何かね?」
リチャードが聞き返すと、ヒロシゲは立ち止まって彼の目を見つめた。
「シーラを殺そうとしてないんだったら聞きたい。
最初は何故殺そうとした?
今は何故生かす?
あの時言ってた「楽しいから」って例のお遊びか?」
リチャードもまた立ち止まり、ヒロシゲの方を向いた。
「そうだな、強いて言えば気まぐれ?
いや、違うな。
面白くて長く遊べると気付いたゲームを捨てたりはしないだろう?
面白い展開が待っているならば続ける・・・そういう意味では半分は正解だ。
もう半分は・・・まあ、機会を待っていたとでも言っておこう」
「機会を待つだと?」
「イベントの発生を待ち、ストーリーの筋書きを見る。
少し離れて鑑賞をしていたと思っていい」
「・・・そうかよ。
それはそれで安心したぜ」
「安心したとは?」
ヒロシゲは右の義手で拳を作ってリチャードに向けると、不敵に笑った。
「今言った中に嘘があったり、少しでもシーラに対する愛情の欠片でも残ってたらぶつかった時にやりずらいんでな。
これで思いっきりぶっとばせるぜ」
彼が言い切ると、リチャードも小さく声を上げて笑った。
「はははは・・・・・それはよかった、こっちとしても本気で掛かってくれた方が楽しい。
なんなら、今やってみるかね?」
「いや、帰って寝る・・・今日はしんどい」
「どうした?私を殺さなくていいのか?
今日はディストーションフィールドなんて持ってきてないんだぞ?」
ヒロシゲが背を向けると、リチャードが意外そうに問い掛けた。
彼はそれに呼応するように鼻で笑った。
「・・はン。
シーラだったらそーするかもしれん。
だが、俺がここでてめえを殺したところで全部が終わるわけじゃねえ。
どっちにしろ戦場でも何でもない場所でてめえを殺してみろ。
俺は犯罪人でてめえは被害者だろが」
「案外よく分かってるじゃないか。
君とシーラの性格からして、私を見た瞬間に襲い掛かってくるんじゃないかと心配していたんだが」
「勘違いするなよ。
次に戦場であった時がてめーの命日だっっつてんだよ」
「ならこっちは出会う前にお前と、その周りにいる人間全員を絶望のどん底に叩き落してやろう。
調子に乗っている者が苦しむ姿ほど小気味いいものは無いからな」
「・・・出来れば、ここでお前を殴り殺したい、そう思わせる・・・癪な野郎だ。
どっちにしろ・・・近いうちにに死ぬにしても俺は後悔はしない。
一人だけ生き残ってどんなに辛い目にあっても絶対に折れねえ」
「お前等の人生に、破滅があらん事を」
リチャードは言うだけ言うと、ヒロシゲに踵を向けて歩いていってしまった。
「・・・まあ、色々な情報は手に入ったな」
彼の姿が見えなくなると、ヒロシゲの後に二人の女性が現れた。
「ヒロシゲさん、どうでした?」
「ああ・・・あの野郎、やっぱ話してみてもわかんねえな」
「・・・ええ。
今更、和解なんて考えてませんけど・・・」
シーラは小さくうな垂れる。
「そう気を落とすなよ」
「そうよ、シーラちゃんは悪くないでしょ?」
「悪いとか・・悪くないとかじゃないんです・・・。
もし・・・親父が、昔のままで居てくれたらヒロシゲさんを紹介して仲良く居られたのかなぁ・・って」
「・・・そいつは言わない約束だぜ、シーラ?
どっちにしろアイツが居なけりゃお前とも出会ってなかったんだからよ」
「・・・はい」
「それと、ちょっと気になったんだけどよ。
あの野郎がリチャード・ヴァルキリアとか名乗ってやがったが、お前とは姓が違うのか?」
「え?そんなはずは・・・」
彼女は困惑した。
少なくとも彼女が知るリチャードは『リチャード・カシス』と名乗っていたのである。
「・・・わかんねえ事は多いが、俺達は勝った。
とっとと帰ろうぜ」
「そう・・・ですね」
「分からない事を考えても分からないものね」
三人は、揃って歩いて行った。
「ふ、はは・・・。
ヒロシゲ君・・・中々見所のある男だな・・・敵ではなく、本当に義理の息子として出会いたかったものだ。
そしてシーラ・・・よもやここまでに成長するとは・・・。
全く・・・楽しいものだ、あの連中は・・・」
酷く嬉しそうな顔でリチャードは笑った。
どこか愛おしさを感じているようにも見えた。
その直後、彼の表情が一変した。
「だが・・・お前等には私の掌で踊ってもらわねばな」
冷たく、醜い笑みで笑うと、リチャードは歩き出した。
そして携帯電話を取り出すと、話し始めた。
「ああ、私だ。
そちらは準備出来ているな?
最後の仕上げをする。
『しぃ』もいけるな?
何?『あの男』が?
どうした?
お・・・・?
ほう!思わぬ演出だな!それは!
くくっ、わかった!それでいい!
全員捕らえられれば方法はどうでもいい!協力も惜しむではないぞ!
映像の映し出しは入念にしてくれたまえよ!」
リチャードは自分の欲しかった玩具を手に入れた子供のようにはしゃいでいた。
携帯を切ると、人もまだ少なくない会場内で、一人で大声を張り上げた。
「そう・・・そうだッ!
そうでなくてはな!
くはははははははははは・・っ!!
実に楽しみだ・・・まったく、退屈させん・・・。
さあ、楽しいゲームの始まりだ。
ゲームは楽しい。
何よりも心を躍らせてくれる・・・。
最後は私が勝つんだからな。
さあ、シーラ?『あの男』に勝てるか?
今回は私は傍観者だ。
お膳立てはやらせてもらう、シミュレーションゲームだ。
お前は楽しいか?私は楽しいぞ?
どっちが負けてもな・・・」
第4話「覚悟・・・そして」
−シーラ−
夢を・・・夢を見ていたんです。
とても悲しく、冷たく、痛々しい夢を・・・。
夢の中の人になった私は、傷つけられた痛みと、愛しい人を失った絶望に泣いています。
自分の無力さに、うな垂れています。
どうしようもない気持ちに包まれ、私も涙を流してしまいそうです。
私には何も出来ない、何も分かってあげられない、慰める事も出来ない・・・。
あなたが、誰で、どんな性格で、何者なのかすら分からない。
でも、声をかけられたとしても、どんな事を言ってあげればいいのでしょう?
どんな事を言ったとしても、今のあなたを励ます事なんか出来はしない・・・。
ああ。
どうして世の中には望まない事が満ちているんでしょう。
この人の感情に、私も泣き出してしまいそうです。
そして私に、何か大きな予感がしました。
これは。
また、またなのですね。
何かを失うかもしれない、あの予感なのですね。
失いたくない。
私は失いたくないのに・・・。
今のあなたのように失って傷付いたりはしたくないのに・・・。
そう思う事しか出来ないまま・・何も考える事も出来ずに私は目覚めたのでした・・・。
「・・・ん」
シーラはベットの上で目覚めた。
ロボット大会から帰った翌日の事である。
とはいっても、あまり気持ちのいい目覚めではない。
寝汗をかいており、肌が冷たく、べとついている。
「また・・・なの・・・?」
自らの肩を抱いて、伝わる悪寒に耐えようとする。
しかし、これといって変化は無い。
悪寒を消すとすれば、汗を拭いてシャワーでも浴びればすぐに収まるのだが、
彼女にはそんな冷静な思考を働かせるほどの余裕は無かったのだ。
「また・・・何か無くすの・・・?」
この予感がする時は、何か無くす時である。
人生で四度目の、何物にも勝る悪寒。
一度目は居場所を無くし、
二度目は大切な者を亡くし、
三度目は自分の右腕を失った。
自分にとってのプラスになる部分はあったが、それでも大きなものを無くしている事には変わらない。
とにかく、彼女は何かを失うという恐怖を感じていたのだ。
「やだ・・・やだ、やだ・・やだよぉっ・・・」
彼女はこの恐怖に涙を流した。
今が、一番幸せな時間だと実感していた彼女からすれば、今の一片でも無くす事は恐ろしいのだ。
自分の中の大きな存在−それを一つでも欠けさせたくないのは、誰でも抱く感情だ。
「・・・シーラ、ちゃん?」
「・・らい、ざ・・さんっ」
ぎゅぅっ。
シーラは声をかけてきたライザに、恐れの感情に耐え切れないまま、抱きついた。
いきなり抱き疲れたライザは驚く。
「ど、どうしたの?」
「急にごめんなさい・・怖いんです・・・」
シーラの汗で冷たくなった肌が、ライザの体温で少し温まる。
ライザ自身はシーラの濡れた寝間着と、彼女の冷たい肌に驚きを感じた。
「・・・この予感は四度目、なんです・・。
この予感がする時は必ず何か無くすんです・・・私にとって大きな存在を・・」
「・・・」
「家を出ることになった時も、ヒロシゲさんが死んだと思った時も、私が右腕を無くす時になった時だって・・・。
もう何も無くしたくないのに・・。
ヒロシゲさんも、ライザさんも、セレスも・・・ずっと傍に居て欲しいのに・・・」
肩を震わせて、抱きつくシーラの姿を見て、ライザは切ない想いを抱く。
不安を感じながら生きなければいけない、そんな宿命を抱いて生きている。
彼女はそれを断ち切れるのだろうか。
そう考えると、ライザは彼女を可哀相に思う。
そして、しばしの安心感でも与えられればと思う。
ぎゅっ。
いっそう強く抱きしめて、ライザは囁いた。
「・・・シーラちゃん、私も、ヒロシゲも覚悟はしてるわ。
あなたが命を狙われているって言っても、あなたに惹かれてついて来た。
だから・・もし、私達が死んだりしても悲しまないで欲しいわ・・」
「そんなっ・・!」
「シーラちゃんっ」
ライザが少し力のこもった声を出すと、シーラはよろめいた。
怒った口調ではないが、明らかに強い感情を込めた口調であった。
「ライザさん・・・」
「・・・もし、私に何かあったらシーラちゃんは命を賭けてでも助けに来る。そうでしょ?」
「・・・はい」
シーラが頷くと、ライザも頷いた。
「あなたがそう思ってる様に、私だってそうするわ。
初めて分かり合えた・・・本当の姉妹みたいに・・・ううん、本物の姉妹より信頼できる家族だもの・・・」
ライザが抱きしめる腕の力の強さが、口から出る言葉を真実だと教える。
故に、シーラは黙って彼女の話を聞いていた。
もし、どこかに迷い
「だからこそ、その時に助けられなかったら自分を責めると思う。
でも、出来るだけの事をしたら後悔して欲しくないの。
・・・それは、あなただけの問題じゃない、私達も同じ。
自分が死ぬかもしれない危険を背負っているなら、私達を巻き込む危険を知ってるなら、覚悟を決めなさい。
逆に自分の周りに居る事で危険にさらされる
でなければ、本当に何も残らないわ。
失う覚悟が無ければ何も手に入らない・・・それはあなたがよく知っている事じゃないの?」
「・・・そうかもしれない・・です・・・・・・」
シーラは、ライザに体を預けるようにして寄りかかる。
「ヒロシゲさんが死んだと思ってた時も、私は覚悟をしてなかった。
恋をしていたくせに、ヒロシゲさんの心配をしてなかった。
・・・だから、しばらく気持ちの整理がつかなかった。
自分が死ぬかもしれない危険に自ら飛び込んで、初めて覚悟を知った。
私は甘える為にライザさんを連れてきたわけじゃないのに・・・・。
ヒロシゲさんを超えると決意して、自分が壊れるかもしれない危険を顧みずに覚悟したはずなのに・・・。
それなのに・・。
今更になって、失う恐怖を感じるなんて・・・。
・・・これじゃ、私は・・一人で居た方がよっぽど・・・」
「それは違うわ」
「・・・?」
「一人ぼっちは辛いだけなのよ。
誰だって何かに寄りかかって生きていけないの。
一人で居た方が強くなれるなんて思い込みに過ぎないわ。
ただ、私が言いたかったのは私も覚悟はできてるから、
シーラちゃんは私が死んだりしても強く生きて欲しいから、
シーラちゃんもちゃんと覚悟しておいて欲しかったってだけ。
私が死んだってヒロシゲは居るし、セレスちゃんだって居る。
逆に、ヒロシゲが死んでも、セレスちゃんが死んでも、私が支える。
あなたは一人じゃないわ」
「ライザさん・・・ありがとう・・」
シーラは、涙腺が再び緩み、泣きながら礼を言った。
「私は・・・っ、これで覚悟ができっ・・・できました・・。
もう・・なにも、こわくは、くっ、ない、です・・・」
「・・・そう、良かったわ」
嗚咽の声を小さく出しながらシーラは震えていた。
そのシーラをライザは優しく抱きしめるのだった。
するとその部屋に少し大きめの声が届いた。
「おーい、朝飯できた・・ぞ?」
そこにヒロシゲが踏み込んできた。
「・・・ーと。
邪魔だった見たいだなー・・・」
「あ、ち、違うのよ」
「・・・つってもなぁ」
ギクシャクとした動きで引き返そうとしていたヒロシゲは額を掻いて困ったような顔をしていた。
彼の表情も、この状況ではもっともである。
いくら仲が良いとは言っても、寝るベットが同じ、しかも朝早くから抱き合っているとなれば、疑惑がでてくる。
さらに、離れてるから良いものの、近づいたりするとぐっしょりと汗をかいているシーラが見えてしまうので怪しさ倍増である。
「・・・あー、うん。
ま、まあー嘘はついてないな。
どした、シーラ?」
彼はライザの返事が嘘でない事を見抜くと、いまだに返事もしないシーラに声をかけた。
「・・・・んっく。
だいじょぶです・・・」
「・・・何かあったのか?」
「大丈夫なんですっ・・・。
後で話しますから待っててくださいっ!」
「あ、ああ」
シーラの怒ったような口調に驚くと、ヒロシゲはドアを閉めて廊下で待つことにした。
「んー・・・どうしたんだろうな。
女の事情なんてイマイチわかんねーし・・・」
ぼやいていると、目を真っ赤にしたシーラが出て来た。
「あ・・・ヒロシゲさん。
ここで待ってたんですか?」
「待ってろっつーからさ・・」
「ごめんなさい、気が動転してて・・・」
「いいって・・・ほら、早く飯食っちまおうぜ」
バツが悪そうにシーラがしょげこんでいるのを見て、ヒロシゲは何か自分が悪い事でもしたような気がして肩を叩いた。
「ヒロシゲさん・・」
「何だ?」
「実は・・」
テーブルにつくと、ヒロシゲは朝食を食べながらシーラの話を聞いた。
粗方、食事が済む頃に話し終わると、彼は切り出した。
「そうだな、覚悟をどうこうなんて今更もいいところだ。
第一、俺がお前を連れてきた時からとっくに死ぬ危険なんて承知済みだっつーの。
後はお前だけだ」
「・・・覚悟は済ませました」
シーラが一言で言い切るのを見て、ヒロシゲは小さく微笑んだ。
「なら、もう何も言わなくてもいい。
お互い背中預けてよ、やってやろうじゃねえか。
これからアイツらがどんな手段を使ってきてもよ、俺達はそれに全力で挑もうぜ。
それくらいしか考えつかねえし・・・な!」
彼がシーラの肩をぽんと叩くと、シーラも微笑んだ。
少し瞳が潤んでいるようにも見えたが、彼は鈍いのか気を使ったのか気がつかない様子であった。
ライザはただ微笑んで佇んでいた。
その場が、静かなあたたかさに包まれていた。
そして、かちゃかちゃと食器のささやかな談笑だけが部屋に響くと、彼らは立ち上がった。
「よし、行くか!」
「はいっ!」
シーラは心底、自分の居場所を確認できたようで、嬉しかった。
ヒロシゲも、ライザも嬉しそうであった。
そして、三人はネルガルへと向かった。
−ネルガル−
「あ、そうだ」
シーラはネルガル社に到着すると、入る前に立ち止まり、二人の方を見た。
その様子を見て二人はどうしたのかと思う。
「ヒロシゲさん、ライザさん。
私はウリバタケさんとエステバリス強化案の打ち合わせをする予定なんですけど・・どうします?」
「んー・・・そだな。
どっちにしろ、対火星の後継者用のエステバリス開発だって最初は技術者中心なんだろ?
それなら俺はトレーニングでもしてるからよ。
用事があったら呼んでくれ」
「ライザさんはどうします?」
「え?私・・?」
シーラに聞かれてライザは、はたと当惑した。
ヒロシゲはテストパイロットであり、基本的に期待性能を見るとき以外はトレーニングという事になっている。
ライザはナデシコに乗っている時はセレスと共にシーラの手伝いをしていたが、4歳の姿で出来る事などほとんどなく、
スパナを取ったり、差し入れを持ってきたりするだけであった。
ロボット大会に出ていた時も、シーラに指示されたデータの記述などが主な仕事だった。
つまり、今、彼女には仕事は無い。
そもそもライザ自身、正確にはネルガル社員ではなく、シーラの雇っているアルバイト扱いである。
「シーラちゃん、何か仕事無い?」
「えーと・・・んーと・・・。
今のところはないですねぇ・・・。
ウリバタケさんからのメールには、まだ設計図の段階って書いてありましたから・・・。
じゃあ、整備の指導でも受けててください。
ライザさんならすぐ覚えられますよ」
「ネルガルは個人の素質を優先して採用をしてるよ。
その分、技術は後から求める事が多いから人材の育成もになっている。
無論、出世払いの有料だけどね」
「あ、アカツキさん!」
どこからともなく自分の会社のセールス・ポイントを言いながらアカツキは顔を出した。
当然、言い終わると同時に、某「芸能人は歯が命」の歯磨き粉を使っているがごとく、前歯がきらりと煌めく。
「どうしてここに?」
「いやあ、この間の大会の優勝は凄かったね。感動したよ!」
「は、はあ」
いきなり手を取られ、握手をされると、シーラは困惑した顔つきでアカツキを見た。
「ところで、今夜あいてない?」
「って、急にそれかよ。
俺の目の前でシーラ口説こうなんていい度胸だな」
あまりに唐突な申し出にシーラは呆気に取られてしまい、二の句が告げなかった。
それとは対照的にヒロシゲは怒っているような口調で返し、苦笑していた。
「ふ、こういうのはマメさが問われるのさ」
「まあ、お前じゃあ、シーラみたいな女はついてかねえよ」
「ふーん、たいした自信だねえ」
ちらりとアカツキはヒロシゲの方を見た。
その目には、かつて大関スケコマシと呼ばれた男の自信が溢れていた。
負けじとヒロシゲもアカツキの目を睨んだ。
「・・・こいつとの付き合いも長いんでな。
どうせ誘うならライザにしとけばいいじゃねえか」
「え?私?」
話を振られたライザは戸惑うようにヒロシゲの方を見た。
このような話の振り方では、下手をすると厄介払いに使われたと思われそうなものだが、
ライザがそう感じる前にアカツキが彼女の方に向き返り、声をかけた。
「そう思って、今声をかけたのさ。
どうだい?」
「は、はあ」
「いいじゃないか、僕はどうせ暇だ・・・・し・・・・・」
ライザは困惑するが、そんな事はお構いなしに、アカツキは再び歯から光を放ちながら誘いをかけた。
だが、彼は後から強烈な存在感を感じ、油が切れた古い玩具のように首をギリギリと向けた。
するとそこには秘書と会計員が立っていた。
秘書のほうは鬼のような形相でアカツキの方を睨みつけており、彼は顔面蒼白になっていた。
会計員の方は手におえないとばかりに「やれやれ・・・」と溜息をついていた。
「プロス、今の聞いた?この極楽トンボ暇なんですって」
「ええ、ええ、聞きましたよ。
この瞬間にもコツコツと勤勉に働いて給料をもらうに値している義務をこなしている一般社員がたくさん居る中で。
勤務時間にも関わらず、会長が自分の会社のロビーで女性を軟派してサボろうとして声をかけたのを」
「い、いやー、や、やだなぁ!
僕は会長としてだねぇ、仕事がないって言うから斡旋してあげようと・・・」
「あっせん?
じゃあ、そっちの方はプロスに任せて会長でありながら戦艦に乗って仕事サボってたあなたは・・・。
溜まりに溜まってる仕事を・・・・。
とっっとと片付けなさいッ!」
「あ、ぐ・・・・ははははははは!!」
アカツキはうまく口実を使ってうやむやにしようとしたが、流石に慣れているエリナは誤魔化しきれなかった。
と、いう訳で、彼は奇怪な笑い声を上げて逃走を図った。
しかし。
「おーっと、お前は逃げさせないぜぇ」
「ま、マエノくン?
ボクタチハトモダチジャナイカ・・・」
「生憎、自分の女を誘うような奴の味方をするほどお人よしじゃないんでな」
白々しく友人と言ったものの、ヒロシゲの当然の理論で切り返される。
先ほどは茶化すくらいで済まそうと思ったのだろうが、ここで仕返しを考えたのだろう。
逃走経路をふさがれて、アカツキは足を止めざるを得なくなった。
「く、くそう!
裏切ったな!
僕の気持ちを裏切ったな!!
父さんと同じに裏切ったんだぁー!!」
「現実逃避はそれぐらいにしときな。
逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ・・・・ってか?」
「いやだー!僕には代わりは居ないんだー!」
何となくネタに満ちた会話を交わしながら、アカツキは二人に両脇を抱えられて連行される。
「助けてくれー!」
「はぁ・・・会長、観念したらどうです?」
「僕は最後まで諦めない男、アカツキ・ナガレさ・・・ははは・・」
「人間、諦めが肝心よ」
アカツキは半ば、背を煤けさせ、涙を流しながら引きずられる。
それに止めを刺すようにエリナの一言が追い討ちをかける。
「やっぱりナンパも出来ないようにイネス女史に虚勢してもらおうかしら・・・」
「そうですねぇ」
「い、犬猫かい!?」
「冗談よ。
だけど、ナンパが出来ないように前みたいにしておくのも手よねぇ」
「な・・・・っ!?」
「確かに、あの時の会長は部屋から出てきませんでしたし・・・」
「やっぱり頼みましょう」
エリナの非常な一言がアカツキに突き刺さる。
それは人権を無視されることに等しい処置なのだが、
極楽トンボの仕事&自分の仕事で日の労働時間が12時間を越えているエリナにとっては、
そんなことに構っていられる場合でもなかった。
とにかく、アカツキに仕事をさせることができれば、自分の仕事を楽にできるならよかった。
もっとも、それはある意味では正当な主張である。
「い、いやだ・・・・・!
女にされるのは嫌だーーッ!!」
アカツキは心の叫びを木霊させ、二人に引きずられていく。
エレベーターまで運ぶと、プロスだけ降り、残った二人はエレベーターに消えていった。
ドアが閉まると叫びはかき消され、ちぃん、というエレベーターのベル音だけがフロアに響いた。
「・・・さて、ライザさん。
あなたはどのような職種を希望しますか?」
「・・・・・・・・えっ?あ、は、はい?」
プロスがライザに話し掛けると、彼女はアカツキが消えていったエレベーターの方を見ていたので意識が向かなかった。
彼女の生返事を聞くと、プロスは改めて聞きなおす。
「ですから、どのような職種を希望しているんですか?」
「あ、機械整備で・・・」
「では、ナデシコ乗艦時の整備班の方で・・・そうですね。
シーラさん、どなたか信頼できる方はいらっしゃいませんか?」
「え・・・そうですね。
ハヤシダさん、キタムラさん、イガラシさん、ウスイさん・・・だと思いますけど」
「・・・」
「どうしました?」
いきなりプロスが黙りこくってしまったのを見て、シーラは首をかしげた。
というのも、彼は現在挙げた四人が第二期TA抹殺組合の幹部であることを知っていたのである。
そして、彼らが何度か某同盟に懲罰を受けていたという事実を知っており、
彼らが個人チェックしていた中にシーラとライザも入っていたのである。
写真をかなり出荷していたことから、彼らは信頼できないとまでは言わないでも、あまり好ましくないとは言える。
「・・・いえ、その方々はどちらにしても開発の協力者として名を連ねていらっしゃいますので・・・。
そうですね、ちゃんと整備士の資格を取るための講習を受けてみては?」
うまくごまかしてプロスはライザに資格を取ることを勧めた。
ネルガルは基本的に技能を身につけることを優先しており、能力主義がここでも表れている。
最初から資格がなくても、能力さえ見れれば雇う、それが基本なのだ。
このように最初から資格を取るように勧めるのは珍しいことである。
普通なら逆の方式を取るのだろうが・・・。
「じゃあプロスさん、ライザさんのこと、お願いします。
ライザさん、頑張ってください」
「え、ええ」
シーラとヒロシゲはそれぞれ自分の勤務場所に向かい、プロスとライザだけがその場に残された。
ライザの方は色々と考えていたようだが、プロスが声をかけると、ぼうっとした様子でついてきた。
彼女にはどうしてなのかは分からなかったが、どこか寂しさを感じていたようだった。
「くはぁーっ。こんなもんか」
ヒロシゲは腕で汗を拭い、ベンチに座り込んだ。
時計を見てみると既に勤務時間はとうに超えていた。
彼はいつも勤務時間ちょうどに終わらせるのだが、今日に限っては少し長く時間をとっていた。
何故なら、彼は自分の身体能力が確実に落ちて居る事を知っていたのである。
長い間眠らされていたせいで筋肉が落ち、スタミナも切れやすくなっていた。
それをとりもどそうとしていた。
ナデシコに居る間もトレーニングは欠かさなかったが、訓練の時間では差が大きすぎた。
というのも艦内トレーニングはあくまで腕を鈍らせない為の訓練で、
即戦闘に支障が出ないようにするのが基本で、疲労を感じるほどの訓練はしてはいけないのである。
本社でのシミュレーションの訓練は時間が長い。
ナデシコは一日2時間、本社だと4時間。
本社だと勤務時間には足りないのでそれが終わったら個人トレーニングが義務付けられている。
内容は自由。ただし週一で腕が落ちてないかのテストを受ける。
・・・と、彼は色々理由をつけてはいたのだが、ナデシコに居る間、長めの自由時間をシーラの為に使ってしまい、
自分の体力を取り戻す為のトレーニングは行っていなかったのである。
「ヒロシゲさ〜ん」
「お、シーラ。どうした」
そろそろシャワーでも浴びようと思って立ち上がったところでシーラが姿を見せた。
「ちょっと早めに終わったんで来ちゃいました」
「ほー・・・」
シーラが微笑を見せると、ヒロシゲは何となく納得したようなそぶりを見せた。
「早く行きましょう、おなか減っちゃって」
「・・・なあ、シーラ。ところでよ」
「なんですか?」
「シーラは俺の味方だよな?」
「?何言ってるんです?当たり前じゃないですか」
唐突な質問に彼女は戸惑った。
その返事を聞くとヒロシゲは少し笑った。
「ははは、そうだよな。
俺もシーラの味方だぜ」
ばきっ。
「ただし・・・。
・・・・
シーラの味方、だぜ?」
「な、何をするんですか!」
いきなりヒロシゲはシーラを殴りつけ、シーラは床に叩きつけられた。
ヒロシゲは彼女の上に覆い被さり、格闘技で言うマウントポジションをとって右の拳を叩きつけた。
こちらの腕は義手であり、殴り方によっては簡単に骨が折れてしまう。
「臭い演技はもう終わりにしな。
いいからよ、さっさと本気出せよ」
がすっ、がっ。
「痛っ、痛い・・・やめて・・・・やめ、てください・・・」
シーラが静止の言葉を発するものの、ヒロシゲは一向に止める様子はない。
腕で何とか防ぐ形で顔が傷つけられないようにするのが精一杯なようだった。
「ま、マエノ!?何やってんだてめー!」
いまだに殴りつづけるヒロシゲの背中に声が掛かった。
そこに居たのはリョーコだった。
汗をかいており、今まで訓練を受けていたようだ。
ヒロシゲは彼女の声に振り向く事もなく返事をした。
「何をやってるかって?見りゃ分かるだろ」
「やめろ!何でお前がシーラを殴ってんだよ!?」
「そりゃこいつに聞いたらどうだ?
なあ?シーラの偽者?」
「にせもの・・・だと!?」
突然口にされた偽者の一言。
今ここに居るシーラはどう見ても人間にしか見えない。
それなのに偽者といわれてリョーコは驚くしかなかった。
「ど・・・どーして・・・何で気付かれた・・・!?完璧なはずなのに・・・」
「理由?簡単だよ」
がすっ。
「一つ、シーラは今日、遅くなるって言ってた」
言いながらヒロシゲは殴りつづけた。
ごすっ。
「二つ、服装が違う」
がつんっ。
「三つ、これが致命的だった。
・・・見た目はシーラと瓜二つだよ、確かに。
背も、体つきも、声も、喋り方だってな・・・。
ただ一つ、お前が自分をシーラだと主張するのに足りないモンがあった」
がしっ。
左の手で服の襟を掴むと、怒りながらヒロシゲは睨みつけた。
「人間独特の目の潤み・・・作り物のその人形みたいな目ン玉でよぉ?
俺の片目3.0の視力を誤魔化せるとでも思ってンのか?あ?」
「くっ・・・」
ヒロシゲは急に襟首を離し、立ち上がった。
「・・・帰ぇンな。
俺はシーラの顔を殴るのもあんまりやりたくなかった・・お前は壊せねえ」
彼が背を向けるとシーラの姿をしたロボットは立ち上がった。
まだ諦めては居ないようである。
体をかがめて飛び掛った。
「馬鹿がッ!」
どすっ。
「あ・・・・」
だが、ヒロシゲは振り向いて拳をぶつけていた。
ボディに直撃しており、少しめり込んでいた。
人間であれば確実に内臓に衝撃を受けて苦悶するのであろうが、相手はロボットである。
少し戸惑うような表情を見せ、その間に彼は呟いた。
「・・・バカヤロウ」
腕を構えると、ヒロシゲは義手にIFSの指示を送った。
すると、肘から下の腕が吹き飛び、いわゆるロケットパンチのようにロケット射出した。
そのまま吹き飛ばされると、壁に激突して腹をぶち抜いた。
「グガアアアアアアアァァァ・・・・!!!」
一度、大きな声を上げた後、シーラの姿をしたロボットは動かなくなった。
ヒロシゲは近づいて腕を引き抜くと、少し破損したそれを改めて付け直した。
「・・・シーラが危ねえ!」
そして、呆然としているリョーコを放っておいてヒロシゲは走り出した。
「ったく・・・あのヤロウ・・・とことん悪趣味なヤロウだな」
作者から一言。
最近、忙しいって言うよりは自分で忙しくしてる気がしてなりません。
人、それを自業自得という・・・洒落になってねえ。
先日、ACEの予約特典が少ないとか言われて朝6時起きして取りに行ったら(それもテストの日)昼入荷とか言われて。
でも苦労した甲斐はあったかなぁ。面白かったし。
ユニットの購入もストレスなくて、武器の威力とリーチを伸ばせるのもいい感じだと思います。
reloadの方はですねー・・・ちょっとサボりがちな気がします。
次回策の妄想力にすべてを注いじゃってる感があって・・・。
ひとつはシーラを主役にしてるんですけど、やっぱり自粛すべきでしょうか。
もう一本はナデシコだけど思いっきりアレンジしちゃう予定です。
まあ、シーラの方も、やってないことをいろいろやろうかと考えているんですが・・・。
どうでしょう?冒険しすぎかとも思ってるんですけどね・・・。
では次回へ。
代理人の感想
・・・・毎回思うけどちょっと、いやかなり滑ってるかなぁ・・・・(爆)。
シェイクスピア劇じゃあるまいし、独白とセリフだけで話を進めるのはいかがなもんかと。