はじまりは 何気ない北辰の一言だった
「あきた」
「は?」
「秋田? そのような所に重要施設があるとは聞いておりませんが・・・」
「クリムゾンに調べさせましょうか?」
一緒に膨大な量の事務処理をしていた草壁、南雲、西沢が何事かと顔を上げる
「違う、飽きたのだ」
「何に飽きたというのだ? 事務仕事などと言ったら怒るぞ」
「そうではない、これだ」
北辰は一枚の紙を草壁達に差し出す
「・・・食堂のメニューではないか」
「ここ何ヶ月か 同じローテーションの繰り返しだ 飽きて当然であろう?」
「まぁ そうだろうが・・・飯時の出前は時間がかかるからイヤだと言ったのは 貴様だろう?」
「さすがに この時間に出前はやってませんよ?」
ちなみに 現在の時刻は夜中の11時
泊り込みの仕事が何日目に突入したかなんてのは覚えていない
覚えていると哀しくなるからだ
「いかに 外道に堕ちたとはいえ かつては料理の道を志した身!
我は こと食事に関しては妥協したくないのだッ!!」
机に片足乗せて熱弁を奮う北辰
「では どうしようと言うのだ」
呆れながらも問う草壁に北辰はニヤリと笑い
「我自ら 夜食を作ってしんぜよう」
と、のたもうたのだった
がんばれ草壁中将! 2
漢の食卓
「西沢よ」
「はい?」
「貴様も飽きたな?」
「食堂のメニューですか? まぁ 確かにここ数ヶ月 ほとんど あそこで食事を済ませてますからねぇ」
「うむうむ、そうであろう」
満足そうに頷く北辰、対し西沢が北辰の真意が読めず疑問符を浮かべている
「・・・で、それが何か?」
「夜食の材料を買ってくる 代金はおぬしに回させるから よきにはからえ」
そう言い残すと 北辰は編み笠を被ってスキップしながら執務室を出て行った
「・・・閣下、よろしいのですか?」
北辰が執務室から出て行って数分、最初に口を開いたのは西沢
「まぁ、ヤツが一時 料理人を志していたのは本当だ 今夜の夜食はまかせてもいいだろう」
「大丈夫でしょうか?」
西沢は不安を隠せない 日頃の北辰の奇行を知っているだけにそれが絶える事はないのだ
「しかし・・・」
「どうした 南雲」
「出前もやっていないこんな時間に 北辰殿は どこから材料を調達してくるつもりなんでしょう?」
「「あ」」
繰り返し言っておこう 現在の時刻は夜中の11時
コンビニとかでなければ とうに閉店している時間である
結局、北辰がコンビニで買ってきた卵と野菜だけを持って帰ってきたのは それから1時間後の事だった
「北辰殿、食堂の冷蔵庫に入っている材料は使っていただいてもかまいませんよ?」
「・・・それを先に言わんか」
「言う前に出て行ったのは 北辰殿でしょうが」
「ぐっ・・・まぁよい そこで待っていろ すぐに作る」
そう言うと北辰はエプロンを着けて調理にとりかかる
ここで働いている者のエプロンではない おそらく買い物に行った時に自宅に寄って持ってきたのだろう
「あの・・・あのクマさん柄は・・・」
「錯覚だ 忘れろ」
等という会話が後ろで繰り広げられる中
北辰は一心不乱に料理をしている
かつては料理の道を志していたという話は本当らしい
「そういえば・・・」
「どうした、西沢」
「何故、北辰殿はコックの道を諦めたのでしょう? あの後ろ姿を見る限り なかなかサマになっていると思いますが」
「確かに・・・ここの料理長にも負けずとも劣らずって感じですな」
客席に座り 料理をする北辰の背中を眺める草壁達
南雲の言うとおり その後姿はベテラン料理人のそれを彷彿とさせる
そして 草壁は皮肉った笑みを浮かべて一言こう言った
「・・・詳しくは知らんがな おそらく『時代』がヤツに外道である事を望んだのであろう」
「「・・・・・・・・・」」
「できたぞ」
ほどなくして北辰が完成した料理を持ってくる
「夜食だからな 軽くラーメンなど作ってみた」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「(な、なんで 料理が出てくる効果音がゴゴゴゴなんだ!?)」
「(って言うか なんか見覚えあるけど 決してラーメンどんぶりの中では見ないモノがあるんですケド)」
「我の自信作、メロンラーメン サイコロ添えだ」
「「(サイコロは食えんわーッ!!)」」
草壁と西沢の心の叫びがシンクロした
メロンはいいのか?
「ほぅ、これは珍しいラーメンですな」
どんぶりの中を眺めながら感嘆の声をあげる南雲
そして躊躇する事なく そのラーメンを口に運ぶ
「「!!??」」
ハラハラと草壁と西沢が見守る中 次々とメロンラーメンが南雲の喉を通過していく
「・・・・・・・・・」
「「(ドキドキドキドキ)」」
「うまい!」
「「(何ですと?)」」
2人の心の叫びを当然のごとく無視して南雲は続ける
「この なんとも言えぬまろやかなメロンの甘み、とんこつ味が見事にマッチしたサイコロの歯応え」
「「(サイコロも食ったんかい!?)」」
「そして 麺に練り込まれたであろう 爽やかな香り・・・これは イチゴか!」
「ほう、よくわかったな 正解だ」
「「(イチゴ練り込むなーッ!!)」」
「すべてが調和する 素晴らしい味のハーモニー! 流石です北辰殿!」
「「(調和してるの!?)」」
「そうであろう、我の自信作だからな・・・ん、どうした2人は食わんのか?」
南雲の反応に満足げに頷きつつ 目ざとく草壁と西沢が箸をつけてない事に気づく北辰
「あ、いや・・・そう! 我々も年だからな もう少し軽めの方が・・・」
「ふむ・・・では、かゆでも作るか?」
「おぉ! それがいい かゆでも作ってもらえるか?」
「フッ まかせておけ」
北辰はニヤリと笑うと 調理場に戻る
ちなみに 草壁と西沢の分のラーメンは南雲が平らげてしまった
「閣下、よろしいのですか?」
「かゆなんてのは 米を煮込むだけの料理だ 米と調味料以外の材料は使わんだろ」
「なるほど・・・」
十数分後、彼等は自分達の考えが甘かった事を思い知る
「またせたな、我特製のかゆだ 昆布出汁でわったココアで煮込んでみた」
「「(んなもん 待っとらんわーッ!!)」」
またもやシンクロする2人、仲良しさんである
「どうした 食わんのか?」
「は、はい・・・では」
ごまかす理由が思いつかなかった西沢は覚悟を決めてスプーンを手に取る
パク
・・・激甘
パタリ
「西沢! 傷は・・・まったくないがしっかりしろ!」
一口食べた瞬間意識を失い倒れる西沢
そのまま 集中治療室に放り込まれてしまった
「日頃の無理が祟ったのでしょうか?」
「やはり 疲れておったのかのぅ・・・」
「いや、そうじゃないだろ・・・」
まったく悪意の無い北辰、南雲に対し力ないツっこみを返す草壁
「まぁよい 他にも色々作ってあるぞ 西沢の分も食べるがいい」
「うっす、腹がコワレルまで食べさせていただきます!」
「い・・・いや、俺は遠慮しておく・・・好きにしてくれ」
止める人がいなくなったバカ2人はもう止まらない
ぢごくの宴の始まりである
「スイカと鯨の筑前煮」
「このじっくりと煮込まれ味の染み込んだスイカが何とも言えず・・・」
「(スイカはともかく鯨はどこで手に入れたんだ!?)」
「ウナギのピーナッツバター和え」
「やはり 長丁場の徹夜仕事にはウナギですな!」
「(スタミナ根こそぎ奪われるわ!)」
「レモンの唐揚げ」
「おお、さっぱりしていて 女性に受けそうですな」
「(それを喜んで食う女がいてたまるかー!)」
「ナスとりんごの酢の物 チーズ風味」
「これもまたまったりとして チーズと酢の組あわせが見事です!」
「(想像するな、想像するな 俺!)」
「河豚の肝の刺身」
「このしびれる感覚がクセになりますな」
「(そりゃ毒だーーーッ!!)」
「これぞ秘伝の味 焼きムネミンのすだち掛け!」
「おお、極彩色な世界が見えるーーー!」
「(南雲、戻って・・・いや、手遅れだなこやつは)」
その夜、狂気の宴は夜があけるまで続けられたらしい
そして、朝日が昇る頃 南雲がトンでもない事を口にする
「北辰殿、西沢殿にも 見舞いの品として 何か一品持っていってあげましょう」
「うむ、それは良い考えだ」
哀れ 西沢
「(西沢・・・止める事のできぬ弱い俺を許してくれ・・・)」
その時 草壁は湯飲みに入れられた練乳&濃い口醤油入り緑茶を飲んでしまい轟沈していた
翌日、止める者がいない北辰は そのまま調理室で料理を続けていた
うまそうに料理を食べる南雲を見て 何を勘違いしたのか 自分もと北辰の料理を注文する木連の職員達
それから一週間 木連の機能は完全にマヒした
「(北辰がこっちの道に進んだのは必然だったんだろうなぁ・・・)」
入院中のベッドの上でそんな事をフト考える草壁
隣のベッドの西沢は まだ意識が戻ってない
「(とりあえず 私が入院したのも 地球連合のせいだな 覚えておれ)」
完全な八つ当たりである
とにかく、決意を新たにした草壁
退院すれば 再び打倒 地球連合のために頑張る事だろう
「お、そうだ 草壁のために栄養満点の料理を作ってやろう まずはマンドラゴラと・・・」
ただし、無事 退院できればの話だが
合掌
あとがき
シェフ北辰の料理はいかがだったでしょうか?
食べたい人は・・・いないでしょうねぇ
決して北辰は料理ができないわけではありません
包丁の扱い等、基本的な技術に関してはホウメイに並ぶでしょう
ただ、その味覚とセンスが独創的なだけです
それが 致命的なような気もしますが
気にしないであげてください
代理人の感想
料理人にしろ裏稼業にしろ、外道でなくては気が済まないのですな、この男は(爆)。
あるいはもしかして、毒料理においてもナデシコと木連とのバランスをとろうという
歴史の矯正力なのかもしれませんが(笑)。