機動戦艦ナデシコ逆行系SS

彼の名は"混沌"

− 第1章 −




「よくぞここまで…人の執念見せてもらった。」

「…勝負だ。」


…火星南極冠…ここでは今、地球の未来を決める為の大きな戦いが起こっている。

火星の後継者…そう呼ばれるこの集団は一時期勝利の寸前まで来ていたが、既に勝敗は地球連合側に傾こうとしている。


そして…そんな歴史の1ページに刻まれる戦いの陰で闇に生きてきた二人の男が、

全ての決着をつけるべく…全ての力を注ぎ込んだ最後の一撃を放とうとしていた。


…一人は幸福の絶頂から不幸のどん底にまで一瞬にして落とされたテロリスト。

そしてもう一人は生まれた時より影に生き、闇に死ぬ事が当たり前だった外道…。


一人は黒き鎧に思慕を隠し、一人は赤き単眼に狂気を宿す…。

…同じ場所に立ちながら、その心は決して交わる事無く…。






























「…抜き打ちか?…笑止!」





























…勝負は一瞬。


黒き鎧を赤き拳が打ち抜く。…当たり前の戦ならばこれで勝負はついていただろう。

だが「黒き王子」は鎧下に隠したその激情を拳に乗せ、赤い外道の機体を砕く…。




「…ごぷっ…見事だ…。」




通信越しに宿敵からの賛辞。…既に致命傷は受けているはず。

だが…外道と呼ばれた男…北辰はどこか満足げで…。




崩れ落ちる黒き鎧。…当たり前の物語なら…これでめでたしめでたし…となるだろう。

だが…この物語はここから始まる。



…。



同時刻。火星極冠遺跡、火星の後継者本拠地『イワト』内部…。

ここで、歴史的なやり取りがなされていた。



「…部下の安全は保障してもらいたい。」



火星の後継者総帥、草壁春樹の降伏。…それは一つの時代の終わりを示している。

そして…これにより、全てが終わる筈だった。

































………だが、





























「…閣下、そんな魔女の言う事なぞ聞く必要はありません。」

「何。」



…シンジョウ・アリトモ。火星の後継者bQにして草壁の腹心。

この世界において、彼は本来辿るべき歴史より遥かに狡猾だったのである。


本来の違い…それはただ、火星の後継者…その一士官の性格の違いでしかなかった。

だが…その僅かな違いが…歴史の流れすら変える。





























「…さらばだ、魔女よ。」



























…カッ…と周囲が光った。

と、黒い王子…テンカワアキトはそれだけを感じていた。


…衰えた五感では、それだけが精一杯であった。

だが、事態は思わぬ方向に展開する。



…ふわり…。


白い布切れが、黒い鎧から現れたエステバリスのカメラを覆った。


…エステバリスの顔はオイルまみれで、見方によっては泣いているようにも見える。

そして…その白い布はそれを優しく拭ってくれている…ようにも見えた。



だが…それこそは…。



…。



「…北辰…まだ生きているか。」

「…まだ…な。」



…それを確認したアキトはエステバリスのアームを極冠遺跡に向けた。

そのアイカメラに、いまだあの白い布が纏わりつかせながら。


「遺跡は…どうなっている?」

「…む…く、く…くはははははははっ!!……ようやく動いたか。故障かと思ったぞ!」


…北辰の高笑いが響く。

そして…アキトは理解した。



…ゆっくりと…機体から這い出したアキトはエステの目を覆っている布を手に取る。

ボロボロに千切れ、オイルで汚れてはいた。…だが、その布地は高級で…。



「ルリちゃんの…マント…?」


…意を決して振り向く…が、やはりそこにナデシコCは無い。

あるのは僅かに漂う黒煙と、周囲に散らばる残骸のみ…。



『地球圏全ての民に告ぐ、見よ…地球連合の切り札、ナデシコCはすでに無い!!』


…そして…悪い予測を裏付けるかのように、草壁の演説が全周波通信で地球圏全域に流される。



「何故だ…。」

「ぐふっ…わからぬか?勝負は…最初から付いていたのだ。」


…キッ…と睨みつける間もあればこそ。

アキトは考えるよりも先に夜天光に潜り込み、潰れかけた北辰の襟首を掴み上げる。


「どういう事だ!?」

「…クルーを召集する時に乗せた民間シャトルに…六人衆を使い爆弾を仕掛けておいたのよ。」


…ナデシコCは極秘裏に作られた。

だが、それにクルーを運ぶ際に使ったシャトルは火星の後継者に感づかれていた。


…だとしたら、爆弾が仕掛けられる可能性だって無いわけではない。

もし勘違いで無関係な人が死んだところで、彼らには関係のない話なのだから。



「…なんて事を…。」

「勝負に勝って、試合に負けたなテンカワアキト。…やはりまだまだ未熟…。」



…呆然とするアキトの背後で爆発音が響き…六連が舞い降りてくる。

母艦を失ったエステバリスは…想像以上に脆かったのだ。


「隊長、ご無事で?」

「…烈風、生き残ったは貴様のみか?…我はもう助からん、早う行け。」



「は、はっ…ですがその前に。」



…ごぉっ!




耳をつんざく轟音と共に六連の腕でなぎ払われ、アキトは火星の大地に叩きつけられる…。


…右腕の感覚が無い…右足に至っては存在すら無い。

痛みも感じない。…あるのはただ、絶望のみ。



「……完敗か…。」



ありえない方向に四肢を曲げ、大地に血だまりを作りながら横たわるアキト…その目に光は無い。

それを満足そうに見やった六連…烈風は北辰の方を向く。


「隊長、それでは失礼致す。…長い間お疲れ様でした…。」

「ん…我らは外道、人にして人の道をはずれし者。…だがそれは全て新たなる秩序の為。」


「はっ。」

「後はお前が伝えよ。…太平の世でも我等のような暗部の存在は…。」

































『最早必要ないのだ。』






























…カッ


閃光…突然のそれに流石の北辰も目を覆う。

だが…それが収まった時…目の前の六連からはショートする電流が見え……そして爆砕した。


「…なっ?」

「…これ、は…。」



遥か彼方…ボソンジャンプで荒野に現れるは積戸気の群れ。

それらは銃を構えつつ、一糸乱れぬ動きで彼らに迫る。そう…味方である筈の北辰にまで。



「何故だ…何故烈風を撃つ?…我らは暗部。作戦が失敗したならば見捨てられるは道理。…だが!」

『来るであろう新しい秩序の時代には、貴様らのような過去の汚点は必要ないのだよ。』


通信ウィンドウが開き…シンジョウがしれっ…と言ってのける。

ギチギチと…動かぬ体を震わせる北辰。


「ぐっ…抜かせ!…我らを使っていたと言う事実が消える事は無いわっ!!」

『時さえ経てば風化する。…我らが子孫達には、素晴らしい未来を用意するのだ。』


「元々我等は表の世界には出られん!…歴史になど残らぬ!!」

『だが、機密文書の隅には残るだろう?…汚れは元から消さないといかんよ。』


「…シンジョウ。貴様、暗部を舐めてかかるとどうなるか…!」

『皆、生きていればそう言うだろうな。』


ピシッ…と、何かがひび割れたような嫌な感覚。

…それが周囲を包み込む。


「…ぐっ…いや、思えば当然の事か!!」

『ああ、ゴミは焼却してしまわんとね。』


「言うに…事欠いて…がはっ!」

『来たるゲキガンガーを主にした時代…さぞや扱いやすい民になるだろうな。…今までご苦労。』


北辰の歯軋りは続く。…だが、最早体には力が入らない。

…ふと、彼は通信ウィンドウ奥の人物に気付いた。


「草壁閣下!…何故…何故目を逸らすのだ!?」

『済まんな北辰。…わ、私は覚えておく。…お前達がどれだけ身を粉にして働いてくれたか…。』


「我はいい。…だが、何故部下達まで…。中には故郷に家族がおった者も…。」

『よ、良いではないか!…貴様は外道なんだろう?…ハハハハハ…。』


…ギロリ…。

爬虫類じみた視線が草壁を射抜く。


「己が人の道を外れた事を自覚する為には…その"人の道"を知らねばならぬ。…我が道を外れたは、全て新しき秩序を築く為であった。…我等は新たなる時代の為の人柱…か。」

『ほ、北辰…済まんな、判ってくれたか。』


…グワッ

北辰の隻眼が見開かれる!…こんな状況でくたばってたまるか、と言う怒りを乗せて…。


「戯言を!…新たな戸籍を与える事ぐらいできるであろうに…。」

『閣下、このような者の言葉なぞ放っておけばいいです。…人の道を外れた報いですよ。』


「シンジョウ!…外道であっても情を解さぬわけではないわ!」

『そうだな北辰、負け犬の遠吠えは自由だ。…あ、念仏唱え忘れるなよ…くくっ。』



…ガチャ…何時の間にやら周囲を取り囲んでいた積戸気が一斉に銃を構える。

この銃口が一斉に火を吹いたら、恐らく一瞬で蜂の巣になるだろう。



「なんとも…我らしい…最悪の終わり方だ。」

「…全くもってその通りだな、北辰。」


…ガラン…ひしゃげた夜天光の装甲が剥がれ落ちる。

眼下には血だまり。…そして、黒い男。


「まだ生きていたか、テンカワアキト。」

「お互いにな。…ま、貴様が言うところの"執念"って奴さ。」


…双方、まともに身動きする事すら出来ない。

そして、計らずとも同じ…「全てを失った」境遇の二人は乾いた笑いを上げる。


「ふはは…我等は一体何をやっておるのか…。」

「くくく…まあ、なんだ。…本当に悪い奴は表に出てこない…例え裏の世界でも…って事だろ。」




「「くはは…ははははは…。」」



…皮肉にも、今この時…彼らの心は一つだった。

酷い脱力感。…そして、なんだか良く判らないけど…悲しくて…悔しくて…。



「ふはは…テンカワアキト。…何がそんなに愉快なのだ?」

「くっくっく…貴様こそ…血涙流しながら笑うもんじゃないぞ…。」



「「ふははは…くっくっくっく…。」」




…何時果てるとも無く、二人の敗者の笑い声が響く。

そしてそれをかき消すかのように…機銃の炸裂音が周囲に響くのであった…。

続く


− 後書き −

BA−2です。…いきなり粛清の嵐吹きすさぶ新連載です。(ヲイ)

…但し、まだ本編にすら入ってませんが。


なお、何気に北辰がいい人なのは気のせいです。…お気になされぬように。

…ただ、心底からの極悪人なんかそうは居ないと思うんですけどね…彼、木連人だし…。


さて、いきなり先行き不安ですが…出来れば応援してやってください。

では。

 

 

代理人の個人的感想

こんな北辰もいいですね〜。

こう言う描き方をされると土方歳三みたいでカッコよくすら思えます。

(「敢えて心を鬼にして・・・・ってヤツですね)

そう考えれば、あの「人にして人の道を外れたる外道」という名乗りも、

ひょっとしたら人間らしい心を隠す為に北辰が被っていた「外道という仮面」だったのかも。

 

では。