機動戦艦ナデシコ逆行系SS


彼の名は"混沌"

− 第3章 −





…ふらふら…ふらふら…。


漆黒の宇宙を一機の機動兵器が、何処へとも無くふらふらと飛んで…いや、漂っている。

それは鋭い牙をもった虎であり…そして住処を無くした迷い猫でもある男と…その愛機であった。



「これから一体…どうすれば…。」



そのコクピット内で頭を垂れ、ため息をつく"混沌(カオス)"というこの男。

彼はその混在した意識と記憶のせいで、己の進むべき道を見出せずに居たのである。



「あれから既に…三ヶ月か。」



…彼が火星に現れてから3ヶ月。

彼は大破したクロッカスから物資を調達し、火星を抜け出した。


…とは言え、これからどうしようかと考えた時ある事実に気付き、愕然とする。

そう、彼はどちら側にも付く事が出来なかったのだ…。


…。



最初に、取り合えず向かった先はネルガル・シークレットサービスの詰め所であった。

…だが突然入り込んだ部外者に、当然だが当直者達は銃口を向ける。


「…別に驚かなくてもいい。…俺は」


…本当なら、この後に『交渉に来た』とか『敵ではない』という台詞を入れるつもりだった。

だが、実際口をついて出たのは…。



「…貴様等を消しに来たのよ!」

「何だと!?」



相手は十分に警戒していた…故に銃口は即座に向けられる。

…だが、カオスは何でもないとでも言うようにズンズンと前進する。


直後、乾いた銃声が数発分ほど室内に轟き…やがて男の悲鳴に変わる。


「おぐっ…げふっ…がはっ…。」

「…残念だったな…そのような銃弾…効かぬ。」


…個人用ディストーションフィールド発生装置によって跳ね返される銃弾…。

不幸にも実戦経験が不足していた当直の男は、眼前での異常事態に即座に対応できずに居た。


そう、警報を鳴らすのを忘れてしまうほどに狼狽していたのだ…。


それが彼の命運を分けた。…相手もプロ。警報が鳴り響く中で長々とその場に留まりはすまい。

更に、カオスには彼を殺さねばならない特別な理由など無いのだ。


「が…ががががががが…。」

「ふむ。…腕力などは人並みはずれた値が出ておる…悪くは無い。」


…喉を片手で捕まれ苦しそうにもがく男。…カオスは顔色一つ変えずにそれを眺める。

そして…相手の呼吸が止まった事に気付き手を離し…よろめいた。


「…何を…やってるんだ俺は。まあネルガルSSの基地…潰しておくは上策だがな。」


…そこまで言ってから、自らの台詞に眉をしかめてこう呟く。



「潰してどうする!…駄目だ、とにかく帰ろう…とにかく今はここを離れないと…。」



…そして、何をしに来たのかも殆ど忘れたように、よろよろとその場を立ち去る。

後に残されたのは若いSSの首の骨を折られた遺体…そして監視カメラの映像だけであった…。



…。



続いてやってきたのは木連のコロニー…正確にはとある小惑星のドーム型コロニー。

…だが、そこは正式には廃棄コロニー扱いとなっていた。




「こんな所に何がある?…それは我にとっての故郷…。」




…所々に古くなったコロニーの破片が漂い、表向きは電気すら通わぬ死したコロニー…。

だが、その中枢部分には驚くべき仕掛けがあった。



「我が自慢の庭よ…驚いたな、こんな風になっていたのか…。」



…地上部分のドームは割れ、どう見ても廃墟である。

だが、その地下には鬱蒼とした森が広がり…天井からは太陽光並に調節された光源が輝く。

高い天井に向かって伸びるパイプから察するに、発電施設は地下深くに埋没されているようだ。


「大気浄化は森に任せておる。…成る程これは無駄が無いな…。」


感慨深げに納得しながら、彼は鬱蒼とした森をかき分けて進む。

…時折仕掛けられた罠を器用に外しながら…。



そう、ここは木連暗部の居住区兼訓練所。



…影に生きる者達はここに生まれ…表向きは戸籍すら残さず…死んでいく。

隅のほうにある墓石の下に殆ど遺体は無い。…そういう者達なのだ…。


「悲惨だな。まあ生まれた時からこれでは、それに気づく事も無い訳だが。」


そんな独り言をぶつぶつとさせながら、彼はある方向に向かう。


…そこは竹林に囲まれた、少し開けた場所だった。

忍者の隠れ里…という言葉が良く似合う。


「…皆は居るか?…うむ、六人衆も全員揃っておるな…。」


…道場らしき場所から響く声…彼にはその声によく聞き覚えがあった。

どこか嬉しそうに彼は道場に近づき、窓からそっと覗き込み…固まった。






(…あ、あれは…"我"…!?)






…道場の中では六人の男と、その前に居る一人の男が組み手をしていた。

暗殺者の家系だと言っても普段から殺気を発しているわけではない。


…そこにあるのは平和な隠れ里の姿。


道場の中央で入り乱れ訓練に励む7人の男。…隅では女達がなにやら世間話に花を咲かせている。

…更にその横では幼子達がチャンバラに精を出す…。


確かに驚くべき事だろう。…影に生きる者たちの里が、こう言う所であるなど想像外だ。

だが、彼が…正確にいえばかつて「黒い王子」だった部分が驚いたのは…北辰そのものだった。


…そこに居た彼は…ありていに言えば、別人。


相変わらずお世辞でも美男子とは言いがたい風体だが、その表情は晴れ晴れとして爽やかだ。

しかも、その笑みには人を引きつけるようなカリスマ性を湛えている。


「…本当にアレが…いや、当時はそうだったかも知れぬ…もうよく覚えておらなんだ。」


呆れ半分、懐かしさ半分と言った様子で稽古風景を眺めるカオス。

…だがその時…彼に声がかけられる。



「お兄ちゃん…誰?」



子供の声だ。…中の連中もその声で窓の外に居るのが部外者だと気付く。

…カオスの雰囲気はこの空間に良く馴染んでいて、彼らは一族の者だと勘違いしたらしい。


…だが、部外者と判ったからには容赦してはくれまい。

それは…闇の中に生きる者として当然の作法なのだから…。



…。



「見つかったか…!?」


…考えるより先に足が動いた、ここに居ては命が危ない。

窓際から飛び去った途端、ナイフが先ほどの場所に突き刺さる!


更にタン、タン、タン…と、バック転を繰り返すその足元に銃撃!

その正確さに舌を巻いたか…このままではとばかり森に逃げ込もうとして…突如サイドステップ!


「ちぃっ…あの先は落とし穴…どうやって逃げ切るか…?」


彼我の距離を測るべく…くっと顔を追っ手の方向に向けるカオス。

その目に飛び込んできたものは…。































…薄桃色の長い髪。

































(なっ…ら、ラピス!?)


カオスは思わず喉から出そうになる声を必死に押さえながら、

大樹の陰に身を隠し、顔だけ出してこちらの様子を伺う幼子を呆然と見つめる。



「何故ここに…いや、この時点なら居て当然だ、何故なら…。」

「侵入者め…動きを止めるとは…笑止!!」



…ガッ!!


感傷に浸った一瞬…その内に追っての一人がカオスに追いつき、

…その両の手に握り締めた短刀で一気に喉を突くべく迫ってきた!


「ぬっ…笑止はどちらだ…そんな直線的な動きで…!」

「…なっ!?」


その瞬間…カオスは上体を一気にひねり、右腕で相手の突き出してきた右手を掴んで引っ張り…、

がら空きになった腹に左で肘打ちを食らわす!


「ごぉぉおっ!?」


…突入した勢いも加わり、相手は悶絶しその場に崩れ落ちた。

だがこれで…相手の殺気が強まる。…最早ここに留まるのは危険すぎた。

…カオスは罠に掛かるのも止む無しとばかり、森の中に消えていく…。



…。



「一体…奴は何者ぞ?」

「お館様…烈風の怪我は浅いようです。…何にせよ、警戒が甘うございましたな。」


…嵐が過ぎ去った後の道場…ここでこの時代の北辰達が今後の事を話し合っていた。

だが、やはりこの北辰は皆が知るあの"外道"とは程遠く見える。


「烈風の体術を軽くいなすとは…侮れぬわ。」

「左様…ともかく見張りの数を増やしまする。」


「…うむ、皆も頼むぞ。我等の存在は公に出来ぬのだからな。…そう、全ては…」

「「「「「 木連の秩序を守る為 」」」」」


…周囲から一斉に声が上がる。

彼らは自分達の役割を…誰よりも理解しているのだ。


「…とはいえ…。」


…そこまで言って、道場の端を見る北辰。…そこでは、また幼子達が遊びを再開していた。

ふっと自嘲して…天を仰ぐ。



「幼子に業を継がすは辛い。願わくば、我等の様な者が必要ない時代が来て欲しいものよ…。」



…その言葉は重く…少々の諦めが混じっていた。

本当にそう言う時代が来た時の彼らの扱い…そこまで考えては居なかったろうが…。



「父様…悲しそう…。」



…ふと、下を向いた顔を膝の上から覗き込む影がある。…何時の間に近づいてきたのだろうか?

北辰は、人当たりのいい笑みを浮かべると薄桃色の髪を撫でながら、心配要らぬと伝える。



「それにしても…こちらはどうする?」



…北辰は顔を上げ、話題をすり替えた。…子供達に不安を与えない為の処置である。

とは言え、こちらも難問である。…北辰の手には木連参謀本部からの一通の命令書。



「…廃棄コロニーに立てこもった反体制派をガスで…という奴ですね。…従う事は無いでしょう。」

「左様、私達とて誇りはありまする…まあ、最後はお館様の下知に従いまするが。」

「ええ…非戦闘員相手…しかも無差別殺人は我々の仕事のうちに入りません。」

「武人には武人としての相応しい相手と言う者がある。…これは虫型に任せればいい仕事だ。」


「…ですが。もし断ったりすれば…一族郎党はどうなりましょう…?」

「うむ。…参謀本部の奴らは我等が忠実に動くか試したいに違いない…さて、どうしたものか…。」




…口々に不満が上がる。しかも『黒い王子』辺りが聞いたら卒倒しそうな内容だ。

そう、この時彼らには断固とした意思と誇りがあった。


…だが…それが何故ああなってしまったと言うのだろうか?

答えが出るまでには今暫くの時が必要であった…。

続く


― 後書き ―

BA−2です。…なんだか知らないけどラピスが北辰の下に居ます。

…しかも関係良好。(爆)


その上北辰達…なんだか善人モード。…一体何事でしょう?

しかも、例の蜥蜴笑い(舌なめずり付き)もしてませんし。


答えは次の話で明かされることになるでしょう。

では!

 

 

代理人の個人的な感想

この時代の北辰達については驚くなりに納得できますが・・・・ラピスぐわ!?(爆)

しかも「父様」とか言ってるし!

・・・・・ん〜む、興味深い(笑)。

 

 

>答え

・・・・・・・・・シーマさま?(謎爆)