機動戦艦ナデシコ逆行系SS


彼の名は"混沌"

− 第6章 −




…その日はある種のターニングポイントだったのかも知れない。


ヨコスカのドックで修理と補給を受けるナデシコ。その姿は何時もと変わる事無い。

…だがその日、ナデシコには軍への正式編入が通達されていた…。



「…テンカワ…本気なのかい?」

「はい、ホウメイさん。短い間でしたがお世話になりました。」


…その日の夜中…ナデシコ食堂の一角。

そこには一通の封書を手渡され困惑するホウメイと、何かの決意を持って直立するアキトの姿。


「…いくら連合軍から"素人は要らない"なんて言われたからって。」

「それは…関係ない。これは自分で決めた事ですから。」



…ホウメイが手渡された物…それは辞表だった。

幾つかの戦いを経て、ナデシコがドック入りした時…アキトは軍から"首"を宣告された。


だが今回の歴史では、ホウメイがコック専属として残れないか打診してくれたのだ。

しかしアキトはそれを良しとはせず、逆に辞表を提出したのである。



「…コックになる夢は諦めるのかい?」

「…少なくとも…今は。」



歯を食いしばりながら努めて笑顔を見せようとするアキトに心が痛んだのか、

ホウメイは"心変わりの原因"を推察する。



「それは"あの男"の所為だね?」

「ええ、悔しいけど…確かに俺は中途半端な半端者だから。」


「…コック一筋でやるって選択肢もあるんだよ。」

「それも考えました。…けど、今は…。」


「パイロットは首になったのにかい?」

「…ええ、だけど。」



…コツ

その時、誰かが話に割り込んできた。…ハイヒールの靴音を響かせやってきたその人は…。



「彼の才能は1パイロットでは収まらないのよ。…生かせる道を探すべきじゃない?」

「…エリナさんじゃないか。じゃあ、アンタがテンカワを?」


「ええ。…首は表向き。ホントはネルガルが圧力をかけたのよ。」

「…テンカワをどうするつもりだい?」



…不穏な何かを感じたのか、ホウメイは言う。

そして…それに対するエリナの答えは…。




「…新たなる時代の礎…かしらね?」



…。


同日…メインオペレーターであるホシノ・ルリが突如として姿を消した。

部屋には制服が折りたたまれた状態で置かれており、余所行きが一着なくなっていたという。


そして…彼女が艦に戻ってくる事は…遂に無かったのである。































…。


































「…それで、私は何処に連れて行かれるのですか?」

「暫し待つがいい。」


…アキトがホウメイに辞表を手渡しているまさにその頃、当のルリは遥か機上の人であった。

そしてその横には狂人が一人。


突然の呼び出しに答え街に飛び出したルリ。

だがその直後当て身を食らい、気づいたら何処かで見たような機体に乗せられていたのである。



「カオスさん…でしたっけ。もう一度聞きます、私は…。」

「両親の事が知りたいなら黙っていろ。」


…!


傍らの男は一切の質問を受け付けてくれなかった。

だからルリは視線だけで周囲を見回す。…少しでも情報を集めねばならない…。


(…かなり上空みたいですね。下は…地中海?)


…モニターを凝視するも、目的地に関しては…北に向かっている事ぐらいしかわからなかった。

だが、地図の移動速度から察するに恐ろしいスピードである事は判る。



(…私は何処に連れて行かれるんでしょうか?)



だが…その答えは意外とすぐに見つかった。




…。




「…着いたぞ。ここだ。」

「ここ?」


…促されるまま機体から降りるルリ。

上空から見る限り北欧の何処かと言うことしか判らなかったが、それは些細な事であった。



「…ここは、森の中の廃墟?」

「的確な表現よの。……けど、ここは君の出生に深く関わる場所なんだよ…。」



…鬱蒼として森に包まれたその建物は、放棄されてから随分と時が経っていたようだった。


何故、ここが廃墟となったのか。そして自分とどう関わるのか…等はまだわからない。

だが、目の前に答えがある。…その事実に背中を押されるようにルリはゆっくりと進んでいく…。



…硬く閉ざされたドアは、カオスの手によってこじ開けられた。


一歩一歩、薄暗い通路を歩いていく。

…その通路に窓は無い。部屋からの光景も森しか見えなかった気がする。



(でも、当然です。…私たちは所詮モルモットでしか…、……!)



…キョロキョロと周囲を見渡すルリ。



「知っている…私はここを知っている!?」

「…来い。」


困惑するルリに対しかけられた声。

…急いでルリが向かったその先にあったのは…朽ち果てたホールだった。



「…そうだ、ここで…ここで授業が行われてた…。」

「左様。…お前達はここで"作られ"そして育てられたのだ。」


…。


…ギッ!

普段の彼女からは考えられないような殺気がカオスを射抜く。



「さて、記憶は戻ってきたか?…次はどうする。」

「!…指図は受けません…。」


作られ…等という言葉は聞きたくなかった。だからそれを否定できる記憶を求めて彼女は走る。


…見覚えのある部屋達が彼女の視界を走り抜けていった。


だが、今持っている豊富な知識に照らすと、彼の言葉が正しい事にどうしてもなってしまう…。

自分達は可愛がられていたのかも知れない、だがそれは…今思えば…。



…。



(ここはお昼寝用の?……あ、確かこの先には…!)



…仲間たちの、妙にボキャブラリーの少ない寝言を思い出しながらルリは走っていた。

そう、この先には彼女達に与えられた個室があった筈なのだ…!



…バタム!!



見覚えのある魚マークのドア。

それを全力で開け放つルリ…。



…彼女の目に、かつて暮らしていた部屋があの時のままの姿で飛び込んできた。

色とりどりのクッション。明るい光を放つ窓。そしていつでもニコニコと迎えてくれたロボット…。



…だがそれは一瞬にして消え去り、真実の"今"が無慈悲にも姿を現した。



朽ち果てた部屋。…部屋にペイントされた海と魚達はすっかり色あせ、かつて出迎えをしてくれたロボットもそこには無い。


…それは酷く非現実的な光景として彼女の目に映っていた。

ギャップと言う残酷な要素。ただ、捨て置かれたイスだけがかつての面影をそこに止めている…。



「…。」

「里帰りの気分はどうかな姫君。」



その時、カオスがようやく追いついてきた。



「最悪ですカオスさん。…それにこれじゃあ…。」

「…それと、紹介したい奴が居る。」


…くるりと振り向くルリ。

そこには髭もじゃの風采の上がらない男が一人居た…。



…。



「…こやつはかつて、ここの所長だった男だ。」

「…この人が…父?」



「いや…まあ、そういう事になるのかも知れないな…。」



そして…彼は過去の事を話し始める。

…ここでかつて、優れた遺伝子をもつ人間を作る研究をしていたという事。

そして、ルリはその唯一の成功例だと言う事…。



…。



「その後君はネルガルに買われていったわけだが、その代金は取ってある。受け取りたまえ。」

「…それは、他の皆の為に使ってください。」


ルリは反吐が出そうだった。なんとしても知りたいと思っていた自分の正体。

それがまさかこんな真実であろうとは。


「…そうかね。」


…元所長は突き返された通帳を手に取ろうとした。が、カオスがそれを横からもぎ取る。



「…他の子の為、か。…どうやって使う気だったのだ?」

「え?」


…ぱさっ。


ルリの前に一冊の古ぼけた書類が放り出された。

…それは北辰の記憶経由でカオスが知ったある事実の証拠品。


「…試験体NO,1。遺伝子異常発見、死亡。…NO,2。優秀因子無し、廃棄。…NO,3。耐用試験の為ウイルスを埋め込み放置…2週間後死亡、耐性は常人並と判断。…NO,4。要請により別研究所に移管…。」

「わ、私は知らなかったんだ!だからこの研究所も閉めた…。」



…斬!!



元所長がスローモーションで倒れる。

…斬りつけたのは"混沌"の名を持つ男。…その手には短剣が握り締められていた。


この瞬間まで殺意を押し留めておくのは彼にとっても骨の折れる難行であったことだろう。



…。



たち・・・たち・・・たち・・・

じわじわと赤い水溜りが広がる中、ルリは呆然と佇んでいた。



「…こんなのって…こんなのって…。」

「さて、辛いのは判るが…もう一つ辛い事がある。」


…ゆらっ


「いいですよ別に。これ以上辛い事なんてあるわけが…。」

「…。」



『ばんざーい、ばんざーい』



…突然、ルリの背後で声がした。


「…!」

「さあ、父・母とのご対面だ…。」



「父!…母!?」



…喜びと共にルリは全力で後ろを向いた。

辛い事も多かった。…悲しいことばかり知ってしまった。


…けれど、記憶の父母は確かにいたのだ。それだけで十分では無いか?


そう思い振り向いたルリの瞳に写ったものは…。



…。


『ルリ、かわいいね、ルリ、いいこだね、ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい』

「…なんですか"これ"は…。」



…白地に黒いシルエットが映える。


"それ"は確かにルリの記憶の奥底に今でも息づく"両親の姿"であった。

けれども、それは…。



「…奴の話だと、それは君の英才教育に必要だったらしい。」

「…どういう、意味です。」


…部屋の温度が2〜3度下がったような錯覚がした。



「必要なのは絶対に子供をしからない親。…その為には人間じゃ役不足だったんだそうだ。」

「…それが、これ。」



…その通り。とでも言わんばかりに頷くカオスにルリが近づく。



「…色々教えてくれてありがとう。」

「本当にそう思っているか?」


…ぱしっ!!

ルリの平手がカオスを襲う。…だが彼はあえて避けなかった。
































「…けど、こんな事まで誰も頼んでないっ!!」






























…部屋から走り出るルリ。

幸い、彼の予想通りの方向に走っていってくれたようだ。



「…これで良いのだな…これで…。」



…。




…たったったっ…


ルリは一心不乱に走っていた。…よりどころにしていた全てを否定された気分だった。

…自分は何者なのか…これ以上知ってもろくな結果が出てきそうにもない。


それに…もうナデシコにも帰れない。

黙って出てきてしまったのだ。…軍に編入された以上ただでは済まないだろう…。






(私は…私の居場所は…!)






…たったったったったった・・・・・・・・・ドン。






「…へ?」

「おお、お前がルリだな?」



行く当ても無くただ走っていたルリを止めたのは、恰幅のある腹だった。

…気付いた時、ルリは誰かのお腹に顔を埋める形になっていたのである。



「あ、すいません。」

「いやいや…しかし大きくなったのぉ…。」


「…はい?」

「わしらはすっかり諦めておったよ…うむうむ、良かった良かった。」



話についていけないルリが顔を上げると、そこには時代錯誤な格好をした中年男性が居た。

少々軽い印象を受けるのを別にすれば、「王様」と言う言葉がぴったりくるような人である。



「…あの。あなたは?」

「おお、そうだった、自己紹介がまだだったな!…ワシはプレミア。お前の"父"じゃ!」



…きょとん

ルリは今の台詞を飲み込む事が出来ず固まっていた。



「そしてこっちがお前の"母"!」

「ルリ…大きくなって…うぅ。」



…反射的に反応したルリの視線の先には、同じ髪の色をした女性が目にハンカチを当てている。



「そしてっ、これがお前の弟達じゃ!」

「「「「「はじめましてルリさん、僕らのお姉さま!」」」」」



…声のハモり具合に驚いて、勢いのまま再度振り向いたルリの視線の先。

そこには自分と似たような子供が5人並んでいる。



「こ、これは一体!?」

「…驚くのも無理は無いが…。」



…謎の男性、いや"父"の話はまさに荒唐無稽の一歩手前といった内容だった…。

けれど、ルリにとってそれは希望の見える内容だったといえよう。


…。


かつて、北欧の小国ピースランドの国王夫妻は子宝に恵まれなかった。

遂には体外受精をしてでも…と、思い立ったものの、それを依頼した研究機関はテロリストによって壊滅、預けた受精卵は行方不明になってしまったのだ。


その後、受精卵はこの研究所に辿り着くのだが、それがどんな出生であるか知る者は居なかった。


…結果的に王家はその数年後に5つ子を授かるのだが、その受精卵もまた"我が子"である。

よって長らく探していたものの、結局見つけ出す事は出来なかった…。



…。



「ところが、先日お前の居所を知っているという男が尋ねてきてな…。」

「だから迎えに来たの。…長い間、何もしてあげられなくてごめんなさい。」

「「「「「さあ、帰りましょうお姉さま!」」」」」





(…これが、本当の私の家族。…これが私の父・母…。)




崩れかけた壁から差し込む逆光の中、ルリに手をさし伸ばす7人。

…ルリの脳裏で一瞬あの"父母のシルエット"がこの光景に重なり、



…ガラスのように…砕け、散った…。






…。






「父、母ぁぁああああっ!!」

「ルリっ!これからは不自由させんぞ。一緒に、暮らそうな…。」


心の奥底からわきあがる衝動のままに、ルリは父親に飛びついていた。

もう、怖い事は無い。本当の父母はここにいるのだから…。



…。



…彼女にとって自分のルーツはパンドラの箱であった。

だが、その最後には…やっぱり希望が一粒入っていたのである。






…。






サラサラサラ…


静かに流れる小川の脇に、一人佇む男が居た。

…上を見上げる彼の視線の先には、VIP用の飛行艇。



「姫君は城に帰ったか。」

「左様です。ご尽力に感謝いたしますぞ。」



…ふと背後を見ると、初老の男。

それはピースランドの大使を務める男であった。



「気にするな。子供は親元にいるのが一番幸せなのさ。…と、個人的に我は思う訳だ。」

「はっ。姫はあの艦にたいそうご執心と聞き及びまして、どうしようかと思っておりましたよ。」



と、そこで大使は「そう言えば」と、言葉を続けた。



「…この川に毒を流せと仰られた訳をお教え頂けますかなMr,カオス?」

「彼女の音は…水の音。……けど、それは寂しすぎるんじゃないか。そう思っただけさ。」


…そしてカオスは愛機"バグ"に向かい歩き出す。


「…どちらへ?」

「日本だ。…そろそろ来る筈なのだよ"遠い星から来た彼氏"がな。」


「…は?」

「貴様には関係のない話よ。…さらば。もう会う事もあるまい!」



…それは、誰に対しての台詞だったろうか?


…。


混沌の名を持つ男は虚空に消える。…己の望みを満たす為に。

…その後ろでは、生きる物とて無くなった小川がサラサラと、ただ静かに流れている…。

続く


― 後書き ―

BA-2です。さて、如何でしたでしょうか?

…今回あえてイベントの順番を入れ替えて見ました。


そうしたら、なんとルリが離脱。(ヲイ)


さて、ここまで歴史を歪めてカオスは何を目論んでいるのか。

それが明らかになる日も近いかもしれません。


…こんなのですが、宜しければ感想・応援など宜しくお願いいたします。

では!

管理人の感想

BA−2さんからの投稿です。

いやぁ、BA−2さんの作品に感想を書くのも、実に久しぶりですねぇ(苦笑)

それにしても、ここでルリが離脱ですか?

何か、アキトも危な気だし(苦笑)

このままでいくと、遠い星から来た彼氏も、どんな目にあうことやら・・・

 

 

 

 

PS

川に毒を流しちゃいけません(暴)