機動戦艦ナデシコ逆行系SS
彼の名は"混沌"
− 最終章 −
地下深く…薄暗い空間にうごめく影がある。
中央に据えられた四角い物体からの光に照らされるのは、一人の男と一人の女。
…そしてもう一人、幼い少女であった…。
…。
…カタカタと、男はキーボードを叩いていた。
その後ろで、女は横の少女の頭を撫でる。
…ふと、女が口を開いた。
「…一つ聞いてもいいかしら。」
「好きにせよ。」
突き放すような物言い。だが、決して否定ではない。
「貴方は私に全てを話してくれたのよね?」
「そうだ。イネス・フレサンジュ。聞かれた全てに答えた筈だ。」
「ふぅん。…ではもう一度聞くわね。貴方は何者?」
「我が名はカオス。混沌なる者だ。」
…女…イネスは頭を振る。
「…知りたいのはそういう事じゃないんだけどね。…まあいいわ。」
「お前の望み…己の過去は既に目の前にいる。それ以上何が必要だ?」
「強いて言うなら、貴方の真意…かもね…。」
…カオスは答えない。イネスもそれ以上聞こうとはしない。
そして横の…アイと言う名のみかんを持った少女は、状況がつかめずきょとんとするだけだった…。
…。
話は数日前に遡る。その日、地球圏は喜びに沸いていた。
木星・地球双方が和平条約に調印…そう、戦争が終わったのである。
…皮肉にもそれは新たな敵の存在…謎の男カオスの出現による物であった。
だが、人々はそんな裏の事情に気付こうともせず、取り合えず訪れた平和に酔いしれていく…。
「…つまりさ、全てはそいつが悪かったのさ!」
「ひでぇ話だよなオイ、じゃあ何か?あの無茶な作戦計画もあいつが裏で一枚かんでたわけか?」
「…オイオイ、幾らなんでもそりゃ。…でもありえない話じゃないよね。」
そんな中、イネスは一人冷めていた。
真の敵の出現だ、と騒ぎ立てる世論や他クルーに一抹の白々しさを感じていたのかも知れない。
(なんでも彼の所為にすればいいってもんでもないわよね…。)
横のテレビでは政治家が自らの汚職の言い訳にカオスの名を持ち出す始末だ。
全てを奴の所為にすればいい。そんな風潮すら出来ている…。
そんな時、一通のメールが飛び込んできた。
…。
(そう、そして私は彼との取引に応じここにやってきた…。)
イネスは周囲を見渡す。
…辺りには大量のコンテナが散乱していた。
一目見ただけで地球連合や木連から奪い取った物だとわかる。
(…本当に戦争する気なのね…全世界を敵にして…。)
ふと、イネスは視線を横に回した。
そこにはかつての自分が居る。…カオスからの情報で思い出したとは言え、複雑な心境だったろう。
「…今ごろ、この周囲は完全に包囲されてるわよ。どうやって戦う気?」
返事を期待して発した言葉ではない。
だが、カオスはすっくと立ち上がると返事を返してきた。
「…外道は外道らしく行くさ。」
そして、一瞬の間をおいて…銃声が、地下空洞内に轟いた…。
…。
同時刻。…火星極冠遺跡周辺はおびただしいまでの艦影に包まれていた。
元来、敵同士だった者達。…だが今、彼らの心は一つだった…。
そんな中、数十機のエステ及びジンシリーズが編隊を組んで遺跡に向かっている。
そして、それを見送る前線部隊旗艦のブリッジに通信が入ってきた…。
…。
「草壁さん!」
「…おお、君がテンカワ君かね。…地球にも君のような熱血ヒーローが居たとは嬉しいよ。」
自己中心的な正義の味方部分を見せられなければ、草壁は理想的な指揮官であった。
よって、今回の場合ナデシコクルーとの軋轢も無い。
そのため前線指揮官としてやってきた草壁とも、ナデシコの面々は上手くやっていた。
「どうしたのかね、テンカワ君。」
「えーと、取り合えず報告ですが特に敵の動きはありま……あっ!?」
「…どうした!」
「なんか、通信がきた!!」
「なんだと!?」
…そして、そこに映し出された物は…。
…。
「進撃はその辺にして貰おうか?」
「カオス!!」
遺跡の中心部に立つカオス。その背後には、光り輝く演算ユニットが見えた。
しかもその腕には…。
「…さもなくば…この娘の安全は保障せん。」
「アイちゃん!?」
カオスの腕では幼い少女ががたがたと震えていた。
「お前…アイちゃんに何をした!?」
「少々怖いものを見せてしまったのでな。…まあ、身体的には問題ない。」
「…怖いもの?」
「あれだ。」
…カオスの指差す方向にカメラが自動的に動いていく。
そこには赤い水溜り。
そして…白衣の女性…。
「イネスさん!?」
「そういう事だ。こやつは少々知りすぎた。」
ゴオッ!!
アキトのエステが猛烈にスピードを上げる。
感情の高ぶりに気体が反応したのだろうか?
…だが、それも長くは続かない。
「動くなと言ったはずだ!」
「…ぐっ!」
…カオスがアイちゃんのノド元に拳銃を突きつける。
ビクリと固まる少女の姿は全世界に生放送され、艦隊は思わずその動きを止めた。
「…くっ。」
木連軍中将、草壁春樹は内心苦々しい思いを抱いた。
あんな子供一人に進軍を阻まれるとは思わなかったからだ。
…だが、もし構わず進めなどと言ってしまっては戦後の身分に支障が出る。
彼もそれだけは避けたかった…。
(私は…この戦いが終わったら英雄として凱旋し、わが正義を地球圏全てに広めるのだ。そのためにはこんなところで躓くわけにはいかん…止むをえん。せめて人気取りをさせてもらうか。)
そう判断した彼は、"尊敬できる軍人らしい"行動を開始した。
顔をさらに苦々しげに歪めると、腹の底から絞り出すような声で全軍に指令を飛ばす。
「女性は慈しむべき者なり!…止むをえん、一時進軍停止だ!」
彼のさらに背後に鎮座した上級将校たちが「馬鹿な事を」と騒ぎ立てるが、彼の思う壺であった。
…その会話はしっかりと記録されている。これなら失脚させるのも容易いだろう。
「構わん中将!攻撃を再開せよ!」
「…しかし…。(私は…確かに構わんがね)」
そして、その会話を盗聴し、ほくそえむ男がもう一人。
「…ほほぉ、そちらがそうくるならこちらにも考えがある。」
カオスはやけに大仰な感じで声を上げると、あらかじめ想定していた行動を取る。
一気に活性化する極冠遺跡。…そして…周囲に散乱していたコンテナが消えた…。
…。
元帥クラスの鶴の一声により攻撃再開が決まり、全艦隊は渋々と機関を再起動させた。
…だが、誰の顔にも不満の色が残る。
彼らの目には、横暴な司令部とそれに異を唱える勇敢な草壁の印象のみが残っていた。
無論、草壁の腹の底に気づいたものなど誰も居ない。
…それはナデシコも同じだった。
「…酷い…。」
「でも、正論よね?…さ、攻撃再開よ艦長。」
『…提督、だけどそれじゃあアイちゃんが!!』
「一介のコック兼パイロットの意見なんか通るわけ無いでしょ?…さ、行きなさい!」
『言い過ぎではないですかな提督殿?…しかし済まない。…私が至らぬばかりに…。』
『いいえ!あんたが悪いわけじゃないです!!』
上位からの無茶な命令に、ムネタケと言う存在が更に輪をかける。
…そして、それをとりなす草壁と言う構図が出来上がり、
ナデシコクルーから草壁への評価はどんどん上がっていく…。
(ここまでは予想通り。さて始めるか。)
それをこっそり覗き見ていたカオスは、己の行動が上手くいっている事を確信。
…多少の安堵と共に、愛機で表に向かっていった…。
…。
極冠遺跡を埋め尽くす大艦隊に緊張が走った。
…ここ数ヶ月、双軍に甚大な被害を与え続けていた存在が目の前に出現したのだ。
「本当に、たった一機なんだ…。」
「まさか。どこかに伏兵が居るはず。侮るなよ…。」
本当にただ一機で数百隻もの大艦隊に前に立ちふさがるカオスに、
彼らは恐れ半分、あきれ半分と言った表情を見せる。
…だが、カオスも無策で挑んでいる筈が無かった。
…その異変に気づいていたのは少数だった。
突然ボース粒子が異常増大を始めたのだ。…それもかなりの広範囲にわたって。
だが、その場に居た大半は、そんな些細なことを気にはしていない。
…何故ならそれの恐ろしさを味わったことが無いから。
…故に、虚無の中から突然現れたものを認識し"罠"に気づいたときは既に手遅れだった。
光の中から現れる、大量のミサイル、砲弾…果ては核まで。
数ヶ月の間に両軍から奪った物資がこの空域に一度に集まったのである。
…カオスがハンドカノンを放つ。当たりさえすればそれで良かった。
制止の声や絶望の絶叫…しかし、彼の耳には届かない…。
…。
「…一体…何が?」
アキトが気づいたとき、エステは地面に倒れ伏していた。
…元々もろい空戦フレームだけにずいぶん痛んでいたが、何とかまだ戦えるようだ。
周囲を見渡すが、友軍はちらほらと浮いている程度で、さっきまでの威容は既に無い。
…代わりに、火星の大地に真新しい鉄鋼層が出来上がっていた。
残骸は山となり、アキトは一瞬廃墟の町に居ると勘違いした程だ。
「…そうだ!ナデシコは!?」
『アキト〜、大丈夫〜?』
アキトが背後を見ると、傷ついたナデシコが居た。
…どうやらアキトが無事だったのは、ナデシコが盾になってくれた為のようだ。
その代わりナデシコは飛べないほどに損傷している。
アキトを庇うため無理な体勢でショックを受けたためであろう…。
「ユリカ…なんて馬鹿な事を…。」
「…だって、アキトのためだもん!」
何処と無く良い雰囲気が周囲を包む。…ユリカのその行動が正しかったかどうかは判らない。
だが、とりあえず二人にとって、この出来事はいい方向に働いたようであった。
…。
「…いい雰囲気のところを何だが、感傷に浸る暇は無い。」
「どあっ!?…え、えーと北辰さん?」
二人の世界に入りかけた時、アキトは背後からの声で正気に返った。
だが、そんなアキトの心理を知ってか知らずか、北辰は構わず続ける。
「先ほどの攻撃は我々でも開発段階の"跳躍砲"と同原理であるらしい。」
「…ちょーやくほう?」
「次元跳躍…お前たちで言う所のボソンジャンプで兵器を敵地に送りつける砲だ。」
「…そんな、じゃあ回避できないのか?」
「ボース粒子が増大するので避けれん事は無い。だが、図体がでかいと避け切れないのも事実。」
「…じゃあ、どうすんだよ。」
「先ほど参謀本部から命が下った。生き残った機動兵器で特攻をかけるとの事。」
「そんな…。」
「ふん、心配するな…全て志願制よ。最も、木連男児で逃げ出すような腰抜けはおらんがな。」
「…なっ!そんなのこっちだって負けてないぞ!!」
…ニイッ。
北辰が笑った。…アキトが「はめられた」と思っても後の祭り。
「よし、ならば共に行くぞ。…さっさとついて来い。」
「…あっ。……畜生!やりゃ良いんだろやりゃ!!」
…かつての世界では起こりえぬ事態である。アキトと北辰が共に出撃していくなど…。
だが、それはこの世界がかつての世界とまったく違う道を歩みだした証拠とも言える。
そして更に。
「待て、このまま突っ込んでも無駄死にだぞ!」
「草壁閣下!?」
優人部隊旗艦かぐらづきが傷つきながらも近づいてきた。
そして、アキト達を含めた生き残りを収容する。
「…逃げるのか!?」
「そんなことは無い。…テンカワ君、君の力が必要なのだ!」
「お、俺の力!?」
「そう、君の力がね…。」
…その台詞の節々に見受けられる剣呑とした空気をうまく隠しつつ草壁が言う。
「…何を…何をすればいい!」
「何…イメージする。いや、そうだな…祈ってほしい。われらの勝利を。」
「え?」
「…この先にも罠があるのは誰の目にも明らか。だから君の力が要る!」
…拳を振り上げて草壁が熱弁を振るう。
そして、アキトは…。
…。
「…気分はどうかね。」
「別に。…ただ、コードが邪魔かも…。」
アキトは自分のエステの中だ。が、中には何か良く判らない機器が積まれ、
アキト自身はコードを全身につけられていた。
…そして、その為狭くなったアサルトピット内の残りスペースには、大量のCCが積まれている。
「しかし、その機器がイメージを増幅する。我慢してほしい。」
「は、はい。」
…実際のところ、そのコードや機器にはイメージの増幅等の効果はない。
ただ、データを採取するためのものだ。
もちろんアキトにそんな事は判らない。
…今から何をするかも良くわかっていないだろう。
「では始める。…あの場所をイメージできるか?」
「え?…で、でも行った事も無いのに…イメージって言われても。」
…草壁は誰にも聞かれないようにちっ…と舌を鳴らす。
そして、わずかに思案した後…苛立ちを隠しながら口を開いた。
「そうだ!君はさっきの女の子と知り合いのようだが?」
「あ、はい。…その、火星で…。」
…ぎくっ
何か後ろめたい心当たりがあるのか、草壁は一気にまくし立てる。
「そ。そうか…あの時は無人兵器の制御が壊れてな。…すまん、全て私の責任だ!」
「暴走…だったんですか。…いいや、貴方が謝る事ではないだろう…。」
「…だけど、ひとつだけ。」
「な、何かな。」
「あの日の悲劇は…繰り返させない!」
「………うん。そう言ってくれると助かる。…本当にな。」
…そして、アキトは目を閉じた。
余計な思考は全力を持ってシャットアウトし、イメージに全力を尽くす…!
「…閣下!ボース粒子が増大!」
「うむ。…新しい秩序、その夜明けは近い…ふふっ。」
「…うおおおおおおおっ!!」
「よし、そうだ…それでいい!…素晴らしいデータだ!!」
今、この瞬間のアキトは草壁にとって実験体も同じ。
だが知らないとは言え、少なくともそれを彼自身容認していた。
…それは大きな違い。
この場合、無知は罪悪ではなく救いだったのだ。
そして、アキトとその周囲に居た十数機の起動兵器達が光に包まれていく…。
「…テンカワ君。頑張って成功させてくれたまえ。」
「ええ。…イメージ、イメージ…イメーーージ!」
「…さあ、勇者達を導けっ!!」
…。
一方…極冠遺跡上部でこのやり取りを聞いていたカオスはほくそ笑んでいた。
どうやら、自分の目的が8割まで完遂したことに対し、ほっとしているのだろう。
「どう足掻こうが、A級の行き着く先は同じ。…されば、せめて望んでそこに収まればよい。」
アキトと言う、かなり完成されたA級ジャンパーが協力的であるならば、
他のA級ジャンパー達が命まで取られるような事態は起こりづらくなるであろう。
…無論、確率をゼロにはできないがアキトが協力するならユリカも当然協力者だ。
ならば少なくともテンカワ夫婦、ハネムーンの悲劇は起こりえない。
そしてこれは彼にとっても限界であり、また、それ以上の事をしてやる義理もない。
「時は満ちた。…さあ、後始末を始めようぞ!」
…そして、カオスは極冠遺跡最深部に再び降りていく。
今までの決着をつけるために。
既に周囲に戦えるものは居ない。…邪魔するものが居ない状態で決戦を行える。
己が脚本し、自分を最後の敵に設定した"物語"を締めくくるために…。
…。
「未だ、来ておらぬか。」
…遺跡最深部は静寂の中にあった。
アキト達のジャンプが遺跡を活性化させたため、既にアイちゃんは過去の世界に送られている。
そして…赤い水たまりの中に白衣の女性が先ほどと寸分違わず倒れている。
それを見て、カオスは安心したように言った。
「舞台装置は万全。…さて、主賓は何時頃ご到着かな?」
「…カオスッッ!!」
正にその時であった。
演算ユニットが更なる光を放ち、彼を取り囲むように十数機の起動兵器が現れた!
「クククク…来たな、待ちわびた。…この瞬間をどんなに待ちわびたことか!!」
「待っていたのはこっちの方だ!…お前の野望、ここで終わらせてやる!!」
かなり高いテンションで一気に飛びかかろうとするアキト。だが、月臣がそれを制する。
「待て。…カオスとやら、貴様に勝ち目は無い。早々に降伏すれば命だけは助けてやる!」
「…ふん。」
…正直カオスは僅かに焦った。
この期に及んで未だ冷静さを残した者が居るのは拙かったからだ。
故に、いざと言う時のための最後の予防線を使った。
「時に…そこの女はそのままで良いのか?」
「…ちっ、イネスさん!!」
倒れたイネスに銃口を向けるカオス。
それに対し、アキトが一気に突っ込んでコクピットにイネスを担ぎこんだ!
更にダイデンジンが一機、その盾になるようにカオスとの間に割り込み、
その上でダイマジンが短距離ジャンプで背後から迫ってきた!
「…やはり女一人で冷静さを失うか。」
「キサマァッ…俺を無視するんじゃない!!」
…。
なし崩しに戦闘は始まった。
背後から月臣のダイマジンが一気に距離を詰めるがカオスは横に避け、
更に杓杖でダイマジンの足を引っ掛けた!
「ぐわあああああっ!?」
「つ、月臣少佐ッ!?」
つんのめったダイマジンはアキト達の盾になっていたダイデンジン(高杉機)に頭から突っ込む!
そのままの勢いで2機はみっともなく地面に這いつくばるが、
幸いアキトはイネスを収容して間一髪の離脱を成功させていた。
「くそっ、これでも食らえ!」
「…秋山かっ!!」
熱血クーデターの首謀者の声にカオスの"北辰部分"が反応し顔を向ける。
そこには胸に高エネルギーを収束させるダイテツジン!
「甘いわっ!!」
「うがっ!?」
間一髪でカオスが肉迫、杓杖をダイテツジンに突き刺した!
…爆発する機体から頭だけが離れ…。
「逃がすと思うか!!」
「お、追いつかれ…。」
「させるかよぉぉぉぉっ!!」
脱出した頭部に殴りかかるカオス…だが、アキトのエステが捨て身で突っ込み両者を突き放す!
「…逃げ出したと思っていたが。」
「そんな訳あるかよ!!」
そう思った訳はイネスの存在である。
女を乗せているなら、相手が冷たくなっていようが一度連れて脱出する…カオスはそう判断した。
だが、それは甘かったようだ。
「…せっかく生き延びる機会をくれてやったのだが…。」
「お前なんかに同情される理由は無いぞっ!!」
ラピットライフルが火を噴く!
…だが、カオスの機体…バグ(蟲)はそんなもの意にも介せず迫ってきた!
「うわああああああっ!?」
「…まあ、ここで朽ちるのは貴様にとって幸せかも知れん。」
体当たりでアキトのエステを壁に押し付け、大の字になったエステに向かって杓杖を振り上げた!
…だが。
…ガキッ!
「…なんと。」
カオスのものとは違う杓杖が、機体の腕を貫いている。
…力を失った片腕から杓杖が抜け落ちるが、カオスはもう片方の腕でそれを受け止めた。
「暗部がこんな表舞台に何のようだ?…ここでの戦いは世界に放映されているが。」
…事実、一機だけ防御を固めたまま動かないマジンが居た。
それにはこの場で起こった事を放映すべく、撮影機材が積まれている。
カオスもそれを判った上で見逃していたが、それ故に北辰がここに現れた事が不思議であった。
影は影。…表舞台に出る事などあり得ない。
世界中に放映されているであろうこのような場に出て来る筈が無いのだ。
例え名を隠していても同じ。
…顔を知られていれば、それだけで裏の仕事はやりにくくなるものだから。
…。
そして、その答えは北辰自身から発せられた。
「暗部としての我等は廃業よ。…この戦いに生き残った暁には、教導隊に抜擢してくれるそうだ。」
「…何…。」
流石のカオスも額に汗が流れ落ちるのを隠せなかった。
暗部を表に出す。…自分の存在はそこまで高く見積もられていると言うのだろうか?
「だが、流石に…この場で殺されてやる訳にはいかぬ…。」
「…散。」
北辰の合図と共に、六人衆がカオスを取り囲むように散開!
その上、機体がまだ生きている月臣・高杉…それにアキトが戦列に復帰し一緒に囲みはじめた。
…だが、そんな中…最初の位置から一歩も動かないエステが何機か存在していた。
どうやらジャンパーでないパイロットだったようだ。
そして…カオスはそれに目をつけた!
「…傀儡舞!!」
北辰の掛け声と共に7機の起動兵器がカオスの周囲を超高速で飛び回る。
高速で敵をかく乱し、多数対1で相手を嬲り殺す北辰一派得意の大技である。
「…愚かな。」
だが、それこそカオスの思う壺だった。
…傀儡舞は、相手が自分たちに攻撃を仕掛けてきた場合有効な戦術。
だが…。
「…突破するだけなら容易い!!」
…カオスは一気に突進し、囲みの外に飛び出す!
そこに一斉に降りかかる杓杖が…ガン…と機体に突き刺さるが、少々の被害は構っていられない。
土煙と共に滑り込み動かないエステを掴むと、ハンドカノンをコクピットに押し付けた!
「動くな!動くとこやつの命は無い!!」
自分の事ながら茶番だとは感じる。…だが、彼自身"ここ"で死ぬ訳にはいかなかった。
…パイロットの居ない人形相手にこんな事をしているのがその証拠。
「良かろう。」
とは言え、…意外なほどにあっさりと北辰達の動きは止まった。
カオス自身、あまりのあっけなさに拍子抜けしたほどだ。
しかし…次の瞬間!
「うおおおおおっ!!」
「テンカワ・アキト!?」
アキトはワイヤード・フィストを突き出すと、コクピットを貫通させながらカオスの機体を捉えた!
「馬鹿な!!…コクピットごと打ち抜くとは!?」
「馬鹿は貴様よ。最初からそれに操縦者などおらん。」
…北辰…過去の自分の言葉に、カオスは自分が初めて不覚を取った事に気づいた。
彼らとて研究はしている。…非ジャンパーが跳んだ後の事など判っていて当然だ。
…そして、それなら当然次がある。
そう感じたが、既に遅かった!
…ドォオオオオン!!
エステに仕掛けられていた罠…大量の強化爆薬が一気に炸裂。
周囲は閃光と爆風に包まれた…。
…。
「やったぞぉっ!」
「テンカワさん。…自分たちの…勝利ですね!!」
「…意外なほどあっさりしていたな。」
「高杉はともかく。月臣…貴様は何もしておらんだろうが。…俺もただ撃墜されただけだが…。」
「秋山よ。…これで我らも太陽の元で歩ける…のか?」
黒煙が周囲を包んだ後、後にはカオスの機体…バグ(蟲)の残骸だけが残っていた。
勝利者となった一同は、それぞれ自分なりに勝利の余韻に浸っている。
「…とは言え、さっさと撤収すべきだな。」
「どういう事だ北辰。」
「判らんか月臣。…崩れるぞ。」
「…え。」
次の瞬間には何機かの"勘の鋭い連中"が飛び立っていた。
…あわてて残りもその場を離れる。
そして数秒後…カオスがあらかじめ仕掛けていた時限式爆薬が、先ほどの爆発の為に誘爆。
極冠遺跡を跡形も無く崩していった…。
…。
その頃。…遠く木星のプラント。
…そこでは何時ものように平和な作業が続いていた。
「おう、そういや火星に行った優人部隊の連中…どうなったかな。」
「そろそろ敵を片付けた頃じゃない?」
「…意外と、全・滅…とかさ。」
「いいや、見事に打ち倒したよ。…巨悪をな。」
「やっぱし?…うーん。やっぱあこがれるねぇ。」
「じゃ、帰ってきたら祝勝の宴会か。…酒を多めに用意しないと。」
「うん。…ところで…あんた、誰?」
…がばっ!!
周囲に居た作業者全員が一気に振り向く。
「…クク…思ったより深手を負ってしまったな。…まあ、大した事ではないが。」
そこにいたのは一人の男。
だが、片腕はどこにも無く…片足も骨が露出していると言った有様である。
「おい、アンタ!…作業機械にはさまれたのか!?」
「い、医者、医者呼んで来い!!」
「い…要らぬ世話だ。」
…男はゆっくり、ゆっくりと足を引きずりながら一台のコンピュータに歩み寄る。
「これは。…オンラインか?」
「…え?…あ、ああ…。」
…作業者たちは状況についていけず唖然としている。
一部の気の利いた数名が医務室に走っているが、誰一人彼を止めようとするものは居なかった。
今の彼なら簡単に止められただろうが、
彼の正体を理解していた者が居ないのだから仕方が無い。
「…インストール…と。」
カオスは震える手で一枚のディスクを大事そうに取り出した。
それは…あの世界から彼が持ち込んだ数少ないものの一つ…。
「…待て。勝手に何をしているんだ?」
「…ククク、クククククク…。」
ようやく正気に返った主任の名札をつけた男が、傷だらけの不審者の行動を止めようと肩を掴む。
…だが、男は不気味な笑いを浮かべてこう言った。
「もう。…遅いわ。」
…。
…最初の異変は電灯が消えた事。そして突然プラント内の全モニターが真っ暗になった。
正確に言えば電源は入っている。…ただ、真っ暗な画面のみが写っているのだ。
「貴様、何しやがった!!…一体何者だ!?」
…ドンっ…。
不審な男を床に突き倒した主任が怒鳴る。
「俺は俺で我は我。…だとすれば俺は我だ。…つまり我は俺である。」
「…なんだよ。キチガイか!」
「俺は正気だ、いや…元から狂っていた。狂っているのが普通だったのだから我は正気である。」
「やっぱりキチガイか。…くそっ、復旧にどれだけかかるか…。」
苦々しく言う主任。…だが、次の瞬間彼の表情は凍りついた。
「我は"混沌"…即ち俺は"カオス"だ。」
…。
場の空気が一瞬停止した。
…だが、次の瞬間には小川のせせらぎ程度のざわめきが起こり…それはあっという間に嵐と化す。
「そう…俺は唯一にして相反する意識。…我が存在は喜劇にして悲劇…有り得ぬ筈の存在なり。我が心は矛盾に支配され、その魂は一つでありながら複雑に絡み合うのだ…。」
「お、お前が…お前がぁっ!?」
驚きのあまり一歩後ろに下がる主任。
だが、すぐに思い直し周囲に賛同を求めた。
「…んなわきゃないか。奴は今火星の筈だし。…なあ、みん…な…。」
停電は未だ続いていた。…故に周囲は非常等の赤一色。
そして、その中で一際輝く"赤"があった。
「な、なんで…虫型たちが勝手に…。」
辺りには、さっきまで彼の同僚だったものがごろごろと転がっている。
…その地獄絵図は、正にかつて火星で行われた物と同一であった。
「お前か…オマエカァアアアッ!!」
カオスに対する憎悪。そして…その言葉と共に振り向いた彼は幸福であった。
彼の振り向いた直後、彼を見ていたバッタが彼に飛び掛ったのだ。
「…!?」
彼は自分の死に気づく間もなくこの世を去った。
…。
木星プラント奪取プログラム。
…これは、かつての世界で黒い王子が用意していたものだった。
全てが上手くいかなかった時、これを使い木星プラントを人類の敵に仕立て上げる。
そしてプラントから次々と生み出される無数の無人兵器によって、一気に敵を壊滅する…。
…そんな物があるならさっさと使えと言うだろうが、これにはひとつ欠点があった。
奪い返されないようにする事に執着する余り、敵味方の識別が不可能になってしまったのだ。
しかも、一度起動したら感染したシステム全体を破壊する以外に解除法は無い。
…つまり、全てを巻き添えにする事を前提とした…まさに狂気としか言いようの無い物だったのだ。
カオスが冒頭で行っていたのは、そんな容赦の無いプログラムに僅かな変更をかける作業。
…プラントの防衛本能を強化させ、逆に攻撃には消極的になるようにしたのである…。
…。
とは言え、その本質が虐殺プログラムである事は事実。
…無論それは、実行者でも同じこと。
「…我は人類全体の敵を作り出した。後は歴史が俺の行動を評価するだろう…。」
赤い光をその瞳に灯し、虫型の虐殺者がカオスに近づく。
…その金色のボディが一閃した後、この地に生き延びている生命は存在しなかった。
人類全体の敵対者。望んでそうなってしまった男、カオス。
だが、その最後にしては余りにあっけなく、寂しいものだった…。
…。
−− エピローグ −−
それから数ヶ月…。
その病室には今日も沢山の見舞い客が訪れていた。
「イネスさん、私の作ったスタミナドリンク…。」
「あ、あああれね…私にはちょっときつ過ぎるみたい。…元気になったら、ね。」
「しかし、良く生きてられたもんだよね…。」
「…流石の彼も、私まで殺す気は無かったみたい。…ただの麻酔銃だったしね。」
「でも、あの絵の具よく出来てたよね。…ほんとの血だと思っちゃった。」
「艦長…アレはほんとの血よ…。私のじゃないけどね。」
「そうそう、動きたくなったら俺に任せろ!…ウリバタケ特製車椅子を…。」
「え、遠慮しておくわ…。」
…。
あの戦いから奇跡的に救出されたイネスは、最近ようやく普通病棟に移されていた。
…身体的には大して問題なかったが、うるさいマスコミの目をくらます為の処置であったようだ。
ナデシコクルーたちは相変わらず独立愚連隊を地で行っているようだ。
たまにイネスの聞く情報でも、あちこちでドタバタしているらしい。
地球圏は統一され、旧木連側は草壁大将(元中将)が指揮を執っている。
…ついに軍の実権を完全に掌握したようだ。
地球側は相変わらず足の引っ張り合いのため、
きっと数年以内に草壁をトップとした新体制に移行するだろう。
フクベはまた気楽な隠居暮らしに戻った。
後に書いた自伝での"混沌"の新解釈が論議を呼ぶのだが、それは別な話である。
…。
そして…アキト達はあの戦いの後一躍英雄となった。
月臣などはルックスも相まって軍の宣伝に大忙し。
それを見て秋山が悔しがると言う様子も多く見られる。
高杉は遂にリョーコを口説き落とせたらしい。…無論、大勢のファンもキープしているらしいが。
なおその為木連男児にあるまじき…とあちこちでボコられているのはご愛嬌だろう。
北辰達は約束どおり機動兵器の教導隊を設立。忙しい日々を送っている。
北辰自身はカオスに感謝さえしているようだ。
「…奴は我らを太陽の下に連れ出してくれた。…もう恨んでおらぬ。逆に感謝さえしておるわ…。」
なおラピスは電子工学の勉強の為、とある有名大学付属校に進学。
銀色の髪の先輩と共に、"妖精姉妹"と呼ばれているらしい…。
…。
そして、全人類は木星に出現した敵。
…その第一号の名をとって"バグ"と名付けられた機械達との戦いを続けている。
気まぐれに時折襲ってくる無慈悲な鉄の蟲どもを人々は憎み、団結した。
些細なことで大きな確執が育つ事も無くなり、まさに一丸となり事に当たったのだ。
…。
…敵は強大であり戦いは長引いた。
しかしその内に人類は無理をせずに戦う方法を覚え、
長い年月と共に少しづつだが敵を圧倒していく…。
それは、もう管理する者が居なくなったコンピュータと人間の差であり、
…人類の底力であったのだろう…。
…。
カオス死亡から999年の後。
地球圏統一軍きっての名将ミスマル元帥率いる"ナデシコ・フリート"が木星プラントを強襲。
苦戦するものの、かつて…火星決戦で活躍した勇者の血を引くエースたちの活躍により、
…遂に"バグ"を殲滅する。
…。
この1000年間を後の人はこう呼んだ。
曰く…「皮肉なる平和」と。
名将ミスマル元帥の失脚…そしてそれに伴う人間同士の戦争が再開されるのは、
"バグ"殲滅一周年。…まさにその式典の最中であったと言う…。
< 終 >
− 後書き −
遂に完結の日が来ました。
…狂人なりの"義"を貫き通した男の生涯…いかがでしたか?
意外とあっけない最期でしたが、執念を使い果たした後はあんな感じではないでしょうか。
そして、その真意をほとんど誰にも知られること無く消えていく…。
…最初に構想したとおりのラストが書けたので自分的には結構満足しています。
完結できたと言うだけでもとても嬉しいのですけどね。
…とにもかくにもこの物語はこれで終わりです。
最後まで読んでくれた皆様、本当に有難うございます!
管理人の感想
BA−2さんからの投稿です。
お疲れ様でした!!
いやぁ、最後の最後まで自分を貫きとおしましたね、カオスさん。
ラストのオチも私好みでいいです。
何より、1000年間の平和は尊いものでしょう。
ただ草壁があのまま大人しくしているかどうかが、少し気になりますが(苦笑)
きっと地球側の高官と、喧々諤々したんでしょうねぇ