『カナちゃん、カナちゃん。接続できたみたいだよ』
 なつっこい声にカナタは眼を開いた。オモイカネ・クローンの中途半端な抽象化のせいで、目の前には出来の悪い仮想世界が広がっている。
 これがオモイカネ・オリジナルの作り上げた世界なら、現実との区別がつかないリアルな抽象世界が広がっているはずだ。安価な代償に処理能力の低いクローンでは、これが限界なんだろう。視差が激しくて、酔ってしまいそうだ。何とかしてほしい。
『ねえ、ねえ、カナちゃん。ほんとにやるの、やるの? なんか怖いよ。叱られると思うよ。やめたほうがいいよ、絶対』
 不安そうな声の裏にカナタへの甘えが滲んでいる。ミライはいつだってこうだ。カナタのやることなすこと何でも真似して、どこにだってくっついてくる。
 カナタより一歳年下なだけなのに、ずっと小さな子供を相手にしているみたいだった。
「ミライは黙ってなさい。あんたは、あたしのナビだけしてりゃいいの。うるさくすると、ぶつよ」
 やぁん、という声。ミライが頭を抱えてうずくまっている姿が目に浮かぶ。
「コアネットへの接続ゲートはどこ。転移して」
『うにゅにゅ……やだよ、やりたくないのに。こんなの絶対ダメだよ。いけないことだよ。うう……転移させていいの? ホントに?』
「早くしなさいって。見つかっちゃうでしょ、バカ」
『うにゅ! カナちゃんのほうがバカだもん。せっかく注意してあげてるのに。人の忠告に耳を貸さない人が一番バカだって、ミナト先生も言ってた!』
「――はやく!」
 うにゅうにゅ、というミライ独特の泣き声とともに、カナタを包み込む仮想的な風景が背後に流れ始めた。出来の悪いオブジェクト群がぐんぐんと消え去っていく。このままミライが目的の地点まで移動させてくれるだろう。
 目的はネルガルの会長専用艦から火星の本社まで繋がっているはずのホットライン。ネルガルの強固なセキュリティを突破してネルガル・コアネットに潜入できる可能性があるのはそこだけだった。
 ネルガル会長がアマテラスに足を運ぶなどという好機は二度とないだろう。幸運は何度も続かないものだ。必ずこのチャンスをモノにしなければならない。
 この三日間は、何もかもが驚くほどの勢いで変化していた。三日前の朝は、五歳の誕生日という特別ではあるが珍しくもない一日の始まりでしかなかった。それからいく日も経っていないというのに、いまの自分はこんな場所にいる。
 オブジェクト群がぐんぐんと加速していく。まるでカナタの未来が加速していくかのようだ。
 加速して、加速して――いったいどこに、むかおうとしているのか。
 カナタはそれが知りたかった。

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