美しい火花が散った。

 一度。二度。

 二度目の火花で、明人の操るエステバリスの左腕が、肘から先だけもぎ取られていた。

 白い機動兵器――白夜(ビャクヤ)が錫杖を唸らせ疾る。

 その鈍重な外見からは到底信じられない、しなやかな動き。

 明人の体は、思考を超越して反応していた。

 IFSを通じ、そのイメージをエステバリスが忠実に再現する。

 右手のラピッドライフルが火を吹く。

 その銃弾は一ミリの狂いもなく白夜に吸い込まれた。

 白夜の顔の前で、紅い火花が次々に生まれる。

 弾丸のすべてが、白夜の手にする白銀の錫杖に阻まれたのだ。

 ありえない。

 そのありえないことが、いま明人の目の前で現実に起こっていた。

 風を切り裂き錫杖が打ち込まれる。

 その圧倒的な圧力の前ではディストーション・フィールドなど存在しないに等しい。

 ほとんど減速せずに、その先端がラピッドライフルを打ち落とした。

 半ばから折れたライフルは、地を跳ね土砂を巻き上げながら木々の中に飛び込んでいった。

「くそっ!!」

 敵の圧力に圧されるようにスラスターを吹かし背後に跳ぶ――――

 しかし白夜はその動きにピタリとついてきた。

 足元から突き上げるような錫杖の攻撃。

 ――避けられない!

 理性と本能が、そこで乖離した。

 理性では回避不能と判断しながら、明人の本能的な部分がその攻撃の軌道を先読みしていたのだ。

 錫杖の隙間をぬうように機体を捻る。

 エステバリスの表面を、火花を散らせながら錫杖が駆け抜けた。

 致命的な一撃を回避することに成功した明人は、そのままの勢いを殺さずに加速。錫杖の攻撃半径から離脱する。

「――――似てる」

 明人の心に動揺が走っていた。

 敵の動きのすべてが、彼の戦いの師とでもいうべきテンカワ・アキトに酷似していたのだ。

 だからこそ今の致命的な一撃を回避することができた。

 しかし裏を返せば、その師に劣る自分がこの敵に打ち勝つことが可能なのか。

 白夜が真っ直ぐに――ただ一直線に迫り来る。

 ざわっ! と脳天に向けて何かが明人の体を走り抜けていった。

 全身の毛穴が開いてしまっている。

 明人は恐怖に竦み上がっていた。

 そのとき明人と白夜の間に、弾着の土煙が連続して上がった。

『なにしてんのさ、天河クン!』

 白夜が突進を止めて頭上を仰いだ。

 そこにいたのは無彩色のエステバリスの姿。

「来るな! 来ちゃダメだっ!」

 明人の叫びはすでに手遅れだった。

 白夜が大地を灼き焦がすブースターの噴射炎を残して飛び上がった。

 ラピッドライフルの弾丸を錫杖で打ち落とし、一瞬でアカツキのエステバリスを間合に捉える。

 ごごんっ! という、鋼鉄と鋼鉄がぶつかりあう轟音。

 真円を描いた白夜の錫杖が、アカツキ機を打ち据えていた。

 頭部をもぎ取られたアカツキ機が勢いよく回転しながら墜落していく。

「――っ!」

 イミディエットナイフを射出した。

 それを右手で捕らえ、白夜の背に突進する。

「当たれ、ちくしょうっっ!」

 しかし次の瞬間、明人の視界を埋め尽くしていたのは、白銀の鋼の塊であった。









◆◇◆

「みっなさぁん! 私が艦長の御統百合花(みすまる ゆりか)でぇ〜す!
 ぶいっ――って、あれ? みんな、どしたの?」

 百合花がナデシコのブリッジに辿り着いたとき、そこは重苦しい雰囲気に包まれていた。

 ブリッジクルー全員がメインスクリーンに映し出された映像に見入っている。

「アカツキ機、撃墜」

 青銀の頭髪を二箇所で結んだ少女が、抑揚のない声でそう報告した。

「天河さん、危ない!」

 通信席に座った三つ編みの少女の悲鳴。

 スクリーンの中に白銀の火花が散った。

 鋼鉄の塊で胸部を痛打されたピンクのエステバリスが、木々を薙ぎ倒しながら地面に激突する。

「天河さん! 天河さん!?」

「天河機、沈黙しました」

「なによ、なんなの、あの敵はっ!? アタシ、あんなの聞いたこともないわよ!」

 オカマ言葉の奇妙な髪型の男がキーキーと騒ぐ。

 百合花は自分が尋常でない場に居合わせてしまったことをようやく悟った。

「ねえ、ジュンくん。なんだかみんな忙しそうだね。――出なおそっか?」

 背後にいるはずのアオイ・ジュンにそう言ってみる。

「なにバカなこと言ってんだよ、百合花!
 ふざけてる場合じゃないだろ。味方がやられてるじゃないか!」

 ジュンは相変わらずの生真面目さでそう怒鳴った。

 これが幼なじみのアオイ・ジュンのキライなところだ。

 もうすこし楽しくやろうよと、つい言いたくなってしまう。

「もう。だ〜れも相手にしてくれないんじゃ、挨拶した意味ないよね」

 そう文句を言いながら、懐からナデシコのマスターキーを取り出した。

「だったら、いきなりナデシコを動かして驚かせてやるんだもんね」

 それを艦長席に差し込もうとする。

 そのとき――

 スクリーンから、形容しがたい輝きが溢れ、ブリッジを満たした。









◆◇◆

 スクリーンの向こうで白銀の機体――白夜がボソンジャンプの輝きを放った。

「……!」

 ラピスはその光景を無言で見つめている。

 明人が撃墜され、次には見たこともない機体による単体ボソンジャンプ。

 それは、ラピスが知っている歴史の流れを大きく逸脱していた。

『――――危ないと思ったら俺を呼べばいい』

 アキトがラピスのナデシコ乗艦を許したときに言った言葉だった。

 ラピスは精神を集中する。

 アキトの中に……ジャンプするイメージ――――!


< アキト >

< アキト >

< 来て >

< アキト! >


 ボソンの粒子を撒き散らし、スクリーンから白夜の姿が消えた。

 それとほぼ同時にブリッジの向こう、13番ドックの中にボソンアウトの輝きが走る。

 それはすぐに収束していき、白夜の形を作り上げた。

 錫杖を手にした氷雪のような機動兵器。

 ラピスはその姿に、アキトのブラックサレナを重ねていた。

 それがゆっくりとこちらを向く。

 鬼気――――

 白い鬼がごうごうと哭いているような感覚。

 ――殺……される

 ラピスは心の奥から噴き出す恐怖に震えた。


< アキト! >

< はやく来て!! >


 白夜が炎を吐き出した。

 恐ろしい加速度で一直線にナデシコのブリッジに突進してくる。

 錫杖という名の死をふりかざし、それは揺るぐことなくラピスに迫った。


< アキト――っ!! >


『うぉりゃぁ――!!』

 白夜の横合いから、青いエステバリスが体当たりをかけた。

 そのまま一塊になってドックの壁面に突っ込む。

 高密度の強化コンクリートが砕け散り、砂塵がもうもうと舞い上がった。

「い、いまのは!?」

「あ……ヤ、ヤマダさんです! ヤマダ・ジロウさんが――――」

 プロスペクターの問いに、恐怖に涙を滲ませたメグミが答えた。

『ちっがぁーうっ! 俺はダイゴウジ・ガイだ! 憶えとけ、俺の名は――!』

 ごっ――! という鋼の轟音がナデシコの装甲を突き抜けてブリッジまで直に響いた。

 青いエステバリスが、壁面から逆側の壁面に吹き飛ばされる。

 その後を追うように白銀の光が疾った。

 その光は錫杖――

 白夜が放った錫杖は、一直線に青いエステバリスに突き刺さり、その胸部を壁面に串刺しにした。

「いやぁぁ――――っ!!」

 メグミが絶叫していた。


≪ ラピス! ≫


 アキトの意識がラピスの中に飛び込んできた。


≪ ラピス! ≫

≪ いま行く ≫

≪ イメージを―――― ≫

≪ ジャンプのイメージを俺に――――! ≫


 ラピスは眼前で繰り広げられているすべての光景を、明確なイメージでアキトに伝える。


≪ いくぞ、ラピス ≫

< うん! >


 そして――――


≪ ジャンプ! ≫

< ジャンプ! >









◆◇◆

 アキトは跳んだ。

 ナデシコが予想外の窮地に陥ったときの保険としてラピスの乗艦を許したのだが、そのまさかの事態がこうもはやく訪れようとは。

 視界のすべて、思考のすべてが馴れ親しんだ肉体とは別の存在で置き換えられ、それがまた血と肉で再構築されていく。

 そんな多分に想像的な感覚を味わいながら、その間もアキトの意識は途切れることなく続いていた。

 格子状の光の粒子に分解されていた視界が、アキトの脳が処理できる意味を取り戻していく。

 粒子が像を結んだとき、そこはすでにサセボドックの内部だった。

 アキトとラピスのイメージ誤差による、瞬間的な平衡感覚の失調。

 それを頭を振って打ち払うと、目の前に懐かしいナデシコAの姿があった。

 そして壁面に磔(はりつけ)にされた青いエステバリス。

「ガイ!」

 アサルトピットが白銀の錫杖で貫かれている。

 その錫杖を掴み、無造作に引き抜いたモノ。

 白い機動兵器。

 白夜。

 支えを失ったガイのエステバリスが、人形のように地面に落下した。

 アキトにそれを見る余裕はない。

 白い機動兵器の姿に魂を奪われていた。

「夜天光――――北辰……か?」

 違う。

 フォルムは夜天光のそれに近かったが、全体の厚みが決定的に違う。

 例えるならば、エステバリスとブラックサレナの差に近い。

 アキトは直感的に、その機体が夜天光の系列だと悟っていた。

「だれが乗っている? いや、いずれにせよ、あれは――――」

 ――――敵だ!

 アキトの操るアルストロメリアが地を蹴った。









◆◇◆

「やだもうっ! また出てきたよぉっ!」

 ミナトが呆れたように叫ぶ。

 ボソンジャンプの光がドックを満たしていた。

 その中央、ナデシコの側舷のフロアの上に、漆黒の機動兵器が姿をあらわした。

 ブラックサレナではない。

 それはアルストロメリアだった。

「……アキト!」

 ラピスは喜びの声をあげた。

 来てくれた! 間にあった! という想いが小さな胸を満たす。

 アルストロメリアが地を蹴った。

 動きが速い。

 ヒトのようなケモノのような躍動で、一気に白い機動兵器――白夜を襲う。

 白と黒の火花が散った。

 アルストロメリアの右の手刀が、白夜の胸部装甲に届く寸前で錫杖に絡め取られている。

 動きが止まったかに見えた刹那、その手刀がさらに伸びた。

 クロー。

 アルストロメリアの唯一の固定武装。

 手刀が白磁の装甲の表面を削り、肩のパーツを貫いた。

 突き抜けた先で、指が蜘蛛の脚のように開かれる。

 そのまま白夜の肩を道ずれに引き抜いた。

 ぐしゃりという総毛立つ異音。

 白夜の肩の装甲がごっそりと脱落し、その下に火花を散らす駆動部が覗いた。

「た、戦ってますな」

 プロスペクターが呻く。

 すでに事態は、彼が対処可能な範疇を逸脱していた。

「なんでもいいわ! だれだか知らないけど、やっちゃって!
 てーとくの命令よ! やっておしまいっ!」

 興奮したムネタケが口吻から泡を飛ばしながら叫ぶ。

 白夜が力任せに錫杖を振り、アルストロメリアを突き放した。


 ごっ――!

  ごっ――!

   ごっ――――!


 重い打撃音が連続した。

 白夜の錫杖は複数の円の軌道をなぞりながら、アルストロメリアを追い詰める。

 錫杖の長さの分だけ、白夜のリーチが勝った。

 どちらの動きも達人の域のそれである。

 それ故に、わずかなリーチの差は越えられぬ壁であった。

 確実にアルストロメリアは後退していた。

「えっとぉ、そこのオペレーター席のむっちゃくちゃにカワイイ、オンナノコ〜」

 状況を把握していないとしか思えない間延びした声。

 艦長席に立つ御統百合花が、よく通る声で告げた。

「ナデシコのマスターキーを使ったので、制御系の凍結は解除されましたぁ。
 グラビティ・ブラストの用意お願いしま〜す」

「か、艦長! いつのまに到着されてたんですか!?」

 プロスペクターの狼狽した声。

「さて、いつでしょう。ちなみに私が艦長の御統百合花です。――ぶいっ!!」

 やっと挨拶を決められて満悦した笑みを浮かべる百合花。

「グラビティ・ブラスト、チャージ完了してます。いつでもOKです」

 瑠璃の平坦な報告。

 この状況で動揺のかけらも示していない。

 瑠璃といい、百合花といい、通常の神経の持ち主ではなかった。

「はい、ありがとう。じゃあ、次に艦外のスピーカーに音声つないでください」

 了解、と瑠璃。

『あー、あー、マイクテス。マイクテス』

 ふざけているとしか思えない百合花の態度に、ムネタケがヒステリーをおこした。

「ぶぁ、ぶぁかじゃないのアンタはぁっ!!
 いきなり出てきてナニ!? あの状況が見えないわけ!」

 アルストロメリアはさらに後退を余儀なくされていた。

 空気を唸らせながら、さらに錫杖の回転は速くなっていく。

 白い残光を生みだし、アルストロメリアはそれを無手で捌いていた。

 しかし長くは保たないだろう。

 それはだれの目にも明らかだった。

「だから急いでるんですってば。邪魔しないで下さい。プンプン!」

 百合花は必要もないのに声を張り上げた。

『聞こえてますかぁ――っ! 黒いロボットの人ぉ!!』

 あまりの声量にブリッジクルーが耳を塞ぐ。

『主砲の用意が出来てます。
 至急、艦首付近までおいで下さ――――うわっ、はやっ!』

 百合花がすべてを言い終える前に、アルストロメリアが動いた。

 錫杖に真正面からクローをぶつける。

 大輪の火の花を咲かせ、クローが砕け散った。

 しかし同時に錫杖の動きも止まる。

 その一瞬をつき、アルストロメリアは跳んだ。

 なんの迷いもなくナデシコの艦首方向へと。

 ナデシコの艦長――百合花を完全に信頼するものだけに可能な一瞬の決断だった。

 跳びながら、砕けた右腕を左手で掴む。

 そのまま根元からもぎ取った。

 潤滑液を撒き散らし、それを追いすがる白夜に投げつけた。

 錫杖がそれを難なく打ち落とす。

 しかしその一瞬、ナデシコの主砲の正面で、白夜の動きは停止していた。

「てぇっ――――っ!!」

 百合花の凛とした号令。

 グラビティ・ブラストの黒い輝きとボソンジャンプの閃光が、ナデシコの艦首で絡み合った。

 しかしそれも一瞬でしかない。圧倒的な力でボソンジャンプの光を喰い散らした黒い龍は、水平射のまま一直線にドックの壁面を突き破って消えた。

「ゆ、百合花……なんてことを……」

 ジュンがあまりの事に呆然と呟く。

「えへ。どうせドックに注水してから発進する予定だったんだし、手間が省けていいかな、なんて」

 舌を出して照れ笑いしている百合花。

 どどどどっ! という音が近づいてくる。

 それはグラビティ・ブラストが開けた穴から海水が大挙して押し寄せてくる音だった。









◆◇◆

「ボソン……ジャンプ」

 エリナ・キンジョウ・ウォンは、目の前で繰り広げられた光景に自失していた。

 ボソンジャンプの研究はネルガルでも進められている。

 しかしその主軸は火星の研究所にあり、壊滅した火星から研究資料を持ち帰ることこそが、ナデシコ建造の最大の目的だったのだ。

 それなのに実用段階にある単体ボソンジャンプ可能な機動兵器が、同時に二機も出現してしまった。

 どちらもネルガルが開発に関与していないことは間違いない。

 漆黒の機動兵器が、アサルトピットを貫かれた青いエステバリスを運搬してくる。

 ナデシコの重力カタパルトの中にそれを下ろした後、漆黒の機動兵器はボソンジャンプの輝きを放った。

 エリナはそこでようやく現実感覚を取り戻した。

「ほ、星野瑠璃! ボース粒子反応を追跡! 早く!」

 瑠璃は冷めた視線をエリナに返す

 しかしその剣幕に押し切られたのか指示にしたがった。

「ボース粒子反応増大してる。
 反応は二箇所ね。ナデシコの甲板上と、サセボドックの直上18メートル。
 こっちは少し別の反応が混ざってるかな。なんだろ。オモイカネ、わかる?」

 おそらくフェルミオンだ。ボソンアウト時に理論上検出されるはずの物質。

 エリナは興奮していた。

 コミュニケを社内専用の直通モードで起動する。

「エリナ・キンジョウ・ウォンです! 聞こえる!?
 ナデシコで実行中のボース粒子検出作業を――ND−001! SVC−2027『オモイカネ』!
 そうよ、処理中のタスクを最優先で引き継いでちょうだい! それからSSの情報部に――」

 エリナの言葉はそこで跡切れた。

 漆黒の機動兵器の姿がボソンの光の中に消えたのとほぼ同時に、ドックの中に海水が流れ込んできたからだった。

 ナデシコはその水圧に激しく揺さぶられた。





 


機動戦艦ナデシコ 『楔 kusabi』

SIDE-NADESICO 02 : 置かれた花









◆◇◆

 アオイ・ジュンは溜息を吐き出しながらナデシコの通路を独りで歩いている。

 グラビティ・ブラストで敵の白い機動兵器を撤退させた後、ナデシコは自分で開けた穴を通り、海底から地上へと浮上した。

 そしてそこに展開していた木星蜥蜴の艦隊を再度グラビティ・ブラストで一蹴。

 サセボドックを使い物にならなくしたということ以外は、それなりの初陣を飾ったのだった。

 真っ青な顔で必死に電卓を叩くプロスペクターの姿が、ジュンの脳裏に灼きついていた。

「はあ」

 もう一度溜息。

 出撃した三人のパイロットは皆、一命を取り留めていた。

 天河明人、アカツキ・ナガレの二人は共に軽症。

 正規パイロットのヤマダ・ジロウだけは、左足の骨折に加え、内臓への深刻なダメージと右腕全体の複雑骨折により医務室で寝込んでいる。

 アサルトピットのほとんどがただの風穴になってしまったような状態で、どうやって生き残ったのかがそもそも謎であった。


 ――正義のヒーローに不可能はなぁいっ!


 睡眠薬で強制的に眠らせる寸前に叫んだ言葉だ。

「バカに常識は通用しない、だよな」

 ふう、と溜息。

 アカツキ・ナガレは、目を覚ますとすぐにエリナ・キンジョウ・ウォンを引き連れて帰っていった。

 天河明人はパイロットがいないという現状を考慮して『コック見習い 兼 臨時パイロット』という何の権限があるのかさっぱりわからない役職で仕事についている。

 その連れのマシンチャイルドの少女、ラピス・ラズリは『サブオペレーター代理補佐』という、これまたワケのわからない名目で、オペレーターの訓練を受けることになったようだ。

「あぁ……」

 今度は哀愁漂う声を洩らす。

 本当はそんなことはジュンには、どうでもいいことなのだ。

 彼の心を悩ませているのは、たった一つ。

 御統百合花のことだった。


 ――あきと、あきと、あーきーとーっ!!


 百合花の嬉しそうな声が耳にこびりついている。

「幼なじみだったなんて、そんなのないよな。それなら僕だって立場は一緒のはずなのにさ」

 しかし、百合花の心はあっという間に明人一色に染まってしまっていた。


 ――明人は百合花の王子様!


 そんなことも言っていた。

「そりゃあ、ナデシコを守って戦ったのはアイツだけど、僕だってさ……」

 僕だって、なんだろう?

 そこでジュンの思考は堂堂巡りを繰り返していた。

「アオイ少尉」

 うつむいたままトボトボと歩いていたジュンは、目の前に存在していた岩石を組み上げたような男に気づいていなかった。

 いきなり声をかけられて驚く。

 見上げると、それは連合軍から派遣されてきたオブザーバーの一人、フジドウ・ミツル中佐だった。

「あ……すみません、少しぼうっとしていて」

「いやかまわん」

 サングラスの下でどんな視線がジュンにむけられているのか、ジュンの背に冷たいものが流れていく。

「いまから時間は取れるかね。よければ相談したいことがあるのだがな」

「僕に……ですか?」

 ああ、と肯定くフジドウ中佐の声は、人の温かみが完全に抜け落ちたものだった。









◆◇◆

 サセボの住宅街の一角に、なんの変哲も無いアパートが建っている。

 通常のアパートよりも家賃は割高だったが、その分、築年も新しく部屋数も多め、主要な交通機関や学校などの諸施設も歩いていける距離という、なかなかに住みよい物件だった。

 そのアパートの前に三台の黒いバンが停車している。

 すべてのガラスを黒いスモークで隠し、中の様子は窺えない。

 その見るからに怪しいバンから、同時に十人をこえる人間が飛び出した。

 どの姿も重装備に着膨れ、防塵フェイスマスクの下で、炯とした眼光が外界をねめつけている。

 その手には大口径の銃が握られていた。

 ハンドサインを交わしながら、アパートの周囲を包囲するように展開していくと、最後に通信機を手にした一人の男がバンからゆっくりと姿をあらわした。

「目標の包囲を完了。これより突入する」

 アパートを見上げながら、通信機に向けてそう口にする。

 男はネルガルシークレットサービスの保安部に所属していた。

 そのなかでも会長直轄の実行部隊として優秀な人材から選抜された独立部隊の部隊長を長い間務めてきている。

 自分の行動に絶対の自信を持ちながら部隊長は指令を下していた。

「突入」

 小隊長への指令ひとつで、生物のように部隊が行動を起こした。

 突入メンバーが先陣を切り階段を駆け上る。

 目標の部屋のドアの前で、三人が配置についたことを確認し、二人が合鍵でドアを開いた。

 チェーンを高出力のバーナーで一瞬で焼き切る。

 威嚇の怒声をあげながら、四人が部屋に侵入。

 連絡役の一人がドアのそばに張り付き、内部の様子を窺っていた。

 一分。

 なんの反応も無いまま、それだけの時間が過ぎた。

 連絡役がハンドサインを部隊長に送る。

『抵抗なし』

『制圧完了』

 しかし――

『目標ロスト』

 部隊長は苦い顔で通信機に報告した。

「目標を取り逃がした。これより現場の確認を行う」

 部隊長は通信機をバンの中に放り投げると、無造作な足取りでアパートの階段を登っていく。

 部屋の中には手持ち無沙汰な様子で四人の男が立ちすくんでいた。

「完全か」

 確認は完全かという問いに、四人の男が首肯した。

 この四人がそう断言するのならば間違いないのだろう。

 目標ロスト。

 嫌な響きだった。

 部隊長の視線が、部屋の中央の床で止まった。

「なんだ、それは」

 そこに、紙片を長方形に切り取り、真っ赤なリボンを結んだものが置いてあった。

 置いてある、という表現を部隊長は無意識に選択している。

 落ちているのではない。

 誰かが意識的にそこに置いていったのだと思えた。









 それは栞(しおり)だった。


 眼に染み込むような蒼い押し花の栞。


 それは撫子の花であった。

















あとがき

ちゃららーーん
  『ラピス・ラズリ は しょうかんし にジョブチェンジした!』


……てのは置いといて。
木連の高月真央はご想像通りの逆行者ですが、

  女性化した北辰

とか、ましてや、イネスさんのような

  北ちゃんのなれの果て


ではないです。
……似てるけど。

ではでは〜。

 

 

管理人の感想

ぼろぼろさんからの投稿です。

うわ、真央さん強っ!!(汗)

こうなると、正体が気なるところですが・・・まさか『彼女』ですか?>一応推理してみる奴

それにしても、明人の見せ場を全部、黒アキトが持ってちゃって(苦笑)

ここでアカツキとエリナさんが出てくるとは、意外でしたね。

頑張って今後もラピスに、新しい召喚獣を覚えさせてください(笑)