そんなに急いでどこ行くの?
くだらない人間達との、くだらない生活。
面白味も独創性もない教師達が、外部で詰め込んできただけの知識を、未消化のままボクたちに伝達する。
伝達だ。
あんなのは教育とはいえない。
英才教育機関360−GENESに雇用されるような教師があれでは、ほかの“学校”と呼ばれる機関の教育がどれだけ低レベルなものか、世の中に馬鹿が溢れ返っているのも当然かもしれないと思える。
といっても、360−GENES自体、どれほどのレベルなのか、疑問もあるが。
なかには才能の光を放っていると思える奴もいないことはないが、ほとんどの奴がボンクラ、低脳、知性のかけらもないサルと言いたくなるようなガキばかりだ。
それでもボクは360−GENESに通う。
ほかにマシなものなんて、ありはしないからな。
天才が集まったというふれこみの360−GENESの中でも、ボクは異質な存在だった。
すでに2年分の教育プロセスをスキップしている。
おなじステップの、いわゆる同級生の中には、落ちこぼれて、何年もこのステップで燻っている奴も多いわけで、ボクは、そんな奴らから見ると、たまらなくムカツク存在らしい。
イジメというものに、かなり前からあっている。
本当にくだらない。
こういう行為には、その人間の本質が出るんだろうな。
陰にまわって、いろいろと陰湿な工作をする奴。
正面切って、悪口を叩きつける奴。
靴の中に画鋲を入れられたのには笑ったな。
どこからそんなものを手に入れたんだか、ある意味、才能と努力の跡を感じて、引っかかってやってもいいかと思ったくらいだ。
最悪なのは暴力。
あんなものには、知能も才能も必要ない。
サルだ。
かりにも天才と呼ばれる人間のやっていい行為ではないだろう?
そういえば、今日、ヘンな奴に助けられた。
金髪にひと束の赤いメッシュを入れた、軽薄そうな男。
ボクを殴っていた、身体だけ大きいガキどもを、後ろから突き飛ばしてニヤニヤと薄笑いを浮かべていたっけ。
『おいおい。よってたかって、そんな小さな子供を殴ってさ、楽しいワケ、おたくら?』
両手を真っ青なジーンズのポケットに入れて、片足に体重をかけた立ち姿が、妙に様になっていた。
気障というほどでもなかったけど、たぶん自分を見せることに慣れているんだろうな、あれは。
食ってかかろうとした奴らが、気合負けしたようにすごすごと立ち去ったのも、相手が大人だったからだけじゃない、その身体から発散される自信と胆力に、勝てる相手ではないことを悟ったからだった。
口元の血をぬぐいながら立ち上がったボクを見て、男が言った。
『おーい、ボウズ。ひと言あんだろ。ひと言さ』
『……べつに助けてくれなんて、頼んでませんよ』
我ながら、独創性のないセリフだったな、あれは。
あんな場面を見られた後で、素直に謝礼できるはずもないんだけど。
『おーお。かわいげのないガキだよ、ホント。俺のまわりは、こんなんばっかだな』
男は苦笑いを浮かべたまま、謝礼を強制することもなく立ち去った。
ヘンな奴。
助けてもらって悪いけど、それが、正直な感想かな。
ボクがボクでいられる世界。
それがネットワークの中。
無数のコンピュータと、無数の知性が、日々新しい刺激を、情報という形で投げ込んでいく、カオスのような世界。
ここでは、年齢も性別も関係ない。
必要なのは才能と、実力。
誰もが、ここでは対等な立場で競わなければならない。
身分という制度が存在しない、ある意味、昔の人々が追い求めた理想郷のような場所。
もちろん、それなりのルールは存在するけど、ボクにとって、そんなものは存在しないに等しい。
すべてが見える。
すべてに手が届く。
ルールを書き換えることだってできる。
もちろん、めったにそんなことはしないよ。
ものごとには、ルールがあって、それを守るから面白い。
いま、ボクが熱中しているゲームもそうだ。
ルールを書き換えてしまったら、もう、ゲームじゃなくなってしまうからね。
そのゲームは、現実世界のシミュレータだった。
キャラクターを創造し、生活させ、いろいろなことをさせる。
世界中の人と、場合によっては火星や木星圏の人々とも出会える。
それだけでは、ゲームとはいえないけれど、ボクは、その世界での面白い遊びを思いついていた。
生まれる場所は、中世のある小国を選んだ。
そこで生活をし、ある日、ちょっとした商売をはじめる。
当たったね。
一気に富豪になったボクのキャラは、経済的に貧窮していた母国に、援助を申し出た。
それまでの王を傀儡とし、ボクのキャラが、実質的な権力のトップに立つのに、現実時間では3日とかからなかったよ。
膨大な資産を背景に、軍事力の強化を図りながら、近隣諸国との外交を積極的に進める。
難航した局面もあったけれど、ボクの国は、確実にその勢力圏を広げていった。
つまりだ。
ボクは世界征服を、目指していたんだ。
これが意外と面白い。
各国の王を務めるようなプレイヤーは、現実世界でもそれなりの地位や、名声を持つ人物が多かった。
そういった人々との、知的闘争。
たまらない刺激だった。
ある強国の王だったプレイヤーなんか、自分の国を潰さないことと引き換えに、現実世界での資金提供を提案してきたぐらいだ。
それぞれに自分の育て上げた国に、思い入れがあるんだろうね。
だからこそ面白い。
潰したよ。
武力包囲。経済的な圧迫。
もともと自給自足ではない、他国との貿易を主体にした経済基盤だったから、市民をシミュレートするコンピュータが、大規模な反乱をはじめるまで、そんなに時間はかからなかった。
その国を手に入れた後は、王族貴族を完全に排斥し、宗教、思想を弾圧、高い税率と、極端な身分制度を導入した。
市民のほとんどが難民としてちりぢりに散った後、母国から市民を移住させて、おしまい。
完璧な乗っ取りだった。
本当なら、人が経済の基盤なんだから、めったにこんな酷いやり方はしないんだけど、金で片をつけようとした元のプレイヤーに、すこし頭に来てたから。
プレイヤーは、ネルガル重工の重役だったらしい。
なんだかね。
いい年して、なにやってんだか。
そんなこんなで、ボクは世界の4割ちかくを手に入れていた。
こうなったボクは、もう誰にも止められないだろう。
ほかの国が、急に一致団結して敵対してくれば、まだ勝負はわからないけれど、そんなことには絶対にならないという自信がある。
馬鹿だもの。
目先の利益しか見えていない馬鹿ばっか。
そんな奴らが、団結なんてできるはずがない。
表面だけ団結しても、その薄皮の下で、自分の利益だけを目論んで蠢いている。
そんなんじゃ、ボクに勝てるはずがないんだな。
ボクが世界を手に入れるのは、もう、事の必然だった。
彼女が現れるまでは――
彼女のプレイヤー・ネームは“ジャンヌ”だった。
ジャンヌ・ダルク。
ふざけた名前だし、初めから、ああすることを計画していたのだと、暗に示してさえいた。
彼女は、ボクと同じような小国に生まれ、あれよという間にその国の宗教的なトップの座についた。
そのときのボクは、彼女に関しては全然気にしていなかったし、それが当然だったと思う。
いまさら、小国の宗教指導者の首がすげ替わったからといって、なんだというんだ?
しかし、それは甘い考えだったんだ。
その宗教的思想は、恐ろしい勢いで近隣諸国に広まっていった。
そのスピードは、ボクが武力と経済力を背景に、近隣諸国を併合していったスピードにまさっていた。
世界の3割が、その宗教で統一されたとき、初めてボクは、自分のミスに気づいたんだ。
そのときには、もう手遅れだった。
宗教弾圧は、後手後手にまわった。
国境という障害をいともたやすく乗り越え、それはウィルスのように世界に広まっていった。
いや、それはウィルスだったんだ。
綿密に計算され、人々の心に巣食っていく、致命的な感染力を誇るウィルス。
これに対抗するには、同じ感染力を持つウィルスをボクも作り上げるか、ウィルスが機能しないように、その土壌を作り変えるかしなければならない。
つまり、人々の意識改革だ。産業革命のような、宗教思想を超越する衝撃を、人々の間に広げるしかない。
でも、どう考えても、それには時間が足りなさすぎるみたいだった。
“ジャンヌ”の思想は、ボクの領土でも確実に広まっていった。
もうこれを止めることはできないだろう。
ボクは降参した。
はじめて敗北したと思った。
たとえこのまま世界征服を進めたとしても、それは表面だけのことだもの。
本当の意味で世界征服を成し遂げるのは、“ジャンヌ”だ。
“ジャンヌ”は思想という武器で、ボクの武力と経済力を見事に打ち破ってみせたんだ。
華麗に、あっさりと。
ボクの驚きが理解してもらえるかな。
世界観が、根底からひっくり返された気分なんだ。
ボクが“ジャンヌ”に興味を持ったとしても、当然だよね?
だからボクは、ルールを破ることにした。
このゲームをコントロールするホスト・コンピュータにハッキングを仕掛けて、“ジャンヌ”のプレイヤー・データを手に入れようとしたんだ。
でも、そのホスト・コンピュータは、異常なほど厳重なプロテクトがかけられていた。
しかも、そのパターンが時間とともに次々と変化していく。
大企業の中枢コンピュータ並みの高処理容量がなければ、こんなプロテクトは不可能なはずだった。
これも“ジャンヌ”の仕業なんだろうか。
ここで、また敗北するのは、絶対にイヤだった。
ボクは、処理能力の高そうなコンピュータを手当たり次第にハッキングすると、それぞれに爆弾を仕掛けていった。
ある時刻に、それが一斉に爆発して、ゲームのホスト・コンピュータに攻撃を開始する。
瞬間的に過負荷に陥ったホスト・コンピュータの隙を突き、ついに、ボクは侵入に成功した。
でも、手に入ったデータは、たったこれだけ。
『ネルガル重工 サセボドッグ 13番ポートへ』
ボクが、こうしてこのデータを手に入れようとすることを、はじめから知っていたかのように、それは用意されていた。
“ジャンヌ”。
どんな人なんだろう、君は。
こうしてボクは、母さんと父さんにウソをついて、サセボにまで来ている。
ドッグの門衛の前で、どうやって中に入るか考えていると、いきなり向こうから話しかけてきた。
「合言葉は?」
あまりのことに、ボクは少しの間、呆然となってしまった。
でも、ボクはひとつだけ、魔法のキーワードを知っていることに気づいたんだ。
「……“ジャンヌ”」
門衛のおじさんが、ニコリと笑った。
13番ポートに直通しているエレベータの場所と、その起動のために必要な暗証番号を、早口に、秘密めかした口調でボクに伝えると、門衛のおじさんはボクなんかいないかのように、見張りに戻った。
なんなんだ、これ?
ネルガルって、こんな企業なのか?
“ジャンヌ”って、いったい……
そんな疑問も、すべて13番ポートに行けばわかるんだろう。
僕は言われた通りに、エレベータのパネルに暗証番号を打ち込んだ。
落下していく感覚。
ずいぶん長いこと続くな。
いったいどこまで潜るのか不安になったころ、ようやくエレベータが減速する感覚を感じた。
スッと、音もなくひらく扉。
僕の目に飛び込んできたのは、大きい――大きい白い船。
僕は知っていた。
ナデシコ。
蜥蜴戦争で活躍した、伝説的な戦艦。
それが、目の前にあった。
でも、ナデシコは、最後の火星極冠での戦いで、沈んだことになっていたはずだ。
もしかすると、後継艦なんだろうか。
傷ひとつない船殻が、照明の光を反射して、誇らしげに輝いていた。
『――いらっしゃい。タラップから乗艦して。ブリッジまでは、オモイカネがナビゲートするから』
ボクは、驚いて跳び上がってしまった。
どこから聞こえた声なんだろう。
ドッグ全体に声が反響して、よく出所がわからなかった。
落ち着きはらった、女の人の声。
いや、どことなく子供っぽい感じもしたな。
“ジャンヌ”?
理由もなく、ボクはそう思った。
一刻も早く、彼女に会いたい。
ボクはタラップを駆け上がると、要所要所で表示されるウィンドウの導きに従って、ナデシコの艦内を走りつづけた。
やっぱり、この艦は、ロールアウトしたばかりのような、真新しさがある。
新しいナデシコ。
そんな思いも、ボクの心を浮き立たせていた。
くだらない日常なんて、どこかに置き忘れてきたみたいだ。
ここは、驚きと刺激でいっぱいに満ちている。
幻想かもしれないけれど、それでもいい。
とにかく、ボクは“ジャンヌ”に会いたかった。
そして、最後の通路を走り抜け、ボクはついにブリッジに辿り着いたんだ――
ふたつの人影がそこにあった。
ひとりは、驚いたことに、ボクの知っている人だった。
「よっ、ボウズ」
金髪に赤のメッシュ。
そして、気障ギリギリのポーズ。
連合宇宙軍の制服が、よく似合っているんだか、いないんだか。
ニヤニヤと笑いながら、僕をイジメから助けてくれた人が、そこに立っていた。
「どうだ。助けてもらった礼を言う気になったか?」
そしてもうひとり。
ウィンドウ・ボールの中で、彼女は、ナノパターンを輝かせながら、座っていた。
花びらが開くように、ウィンドウが四方に飛び散り、その中から生まれ出たのは、淡いシルバーの長髪と、金色の瞳をした少女。
「マシン……チャイルド……」
そう、彼女は、ボクと同じマシンチャイルドだったのだ。
それも、第一世代を示す、金色の瞳をした少女。
ボクよりも、何歳か年上みたいだったけど、少女といっていい年頃だと思う。
「あなたが……“ジャンヌ”?」
彼女は、コクリと頷いた。
「キミが“ハーリー”ね。マキビ・ハリ君。――そんなに急いで、どこに行こうとしているの?」
“ハーリー”は、ボクのプレイヤー・ネーム。
彼女なりの冗談だったのかもしれないけれど、それに対する答えは、ボクの中にすでにあった。
「たぶん……ここに来るために」
素直な気持ちでそう答えていた。
「ようこそ、ハーリー君。――ナデシコBへ」
いまとなっては、なんてまわりくどい勧誘だったんだと思うけど、あの出来事がなければ、ボクはこの艦に乗ろうとは思わなかったはずだ。
“ジャンヌ”――ホシノ・ルリ艦長は、自分のサポートができるマシンチャイルドを探して、密かに何人かとコンタクトを取っていたらしい。
その網のひとつにボクが引っかかり、あのゲームを通して能力を試されたんだ。
ボクは艦長に惨敗したけど、試験にはパスした。
艦長の元に辿り着いたことが、そのあかし。
いまでは、くさりきっていた自分がバカバカしく思えるほど、毎日が充実している。
なんたって、ホシノ艦長と一緒にいられるんだから、それだけで満足だもん。
「ハーリー君。グラビティ・ブラスト、チャージ」
「はい、艦長!!」
そして今日も、ナデシコBは行く――
あとがき
こんにちは。こんばんわ。ぼろぼろです。
突発的に書いてしまいました。
別のネタが煮詰まっていたので、息抜き(というか、現実逃避?)に、なんとなく。
淡々として面白味のない話ですが、本人は結構こんなのが好きなんです。
御容赦ください。
ちなみに「ゲーム」の内容ですが、僕はこの手の知識がゼロ(はっきり言うと歴史関係は落ちこぼれ)なので、
あまり突っ込まないでください(^^;
ところで、この出会いの場面って、ナデシコ小説とかに、すでにオフィシャルなものがあるんでしょうか?
もし、すでにあるなら、別世界の話ということでお願いします(笑
『次回予告』
犬と化したハーリーをいたぶる、淫虐の妖精ホシノ・ルリ。
妖精の、背徳と淫靡の日々を描き出す問題作――
「ハーリーと紅い薔薇」
こう御期待!!
――ホントに書こうかな(笑
代理人の感想
いや〜、意表を突かれました。
大抵のナデSSではハーリー君は素直過ぎるほど素直な男の子なので
世をナメ切ったこの腐れガキなハーリー君は実に新鮮でした。
そーですよね、男って女次第でいくらでも変わるんだ(笑)。
>出会いの場面
オフィシャル小説はノータッチなので存じません。
詳しい方お願いします(笑)。