もう一度。あの日々を。

 

第三話


[****]

 

「ナデシコ出港まで、後三ヶ月か。クルーの方はどうだい?」

アカツキ・ナガレ。どこにでもいそうな軽いだけの若者に見えるが、これでもネルガルの会長である。

「オペレーターは、契約を済ませました。こちらは元々決定していたようなものですから。

あと、艦長の方も二つ返事で了解をもらいましたが・・・・・。」

何か腑に落ちないという感じのプロスペクター。

「どうしたんだい?うまくいってるのだろう」

「いえ、契約書の訂正を申しだされまして、いくつかの項目を削除することになりまして・・・・・男女交際の禁止などを」

「あれに気付いたら、そうなるだろうね。何しろ『あの』ミスマル・ユリカなんだし」

がちがちの軍人教育を行う士官学校で、あのユリカの言動は目立つ。その優秀さと相まってユリカは有名人だ。

「そんな細かい所に気が回るとは意外だったが、特に問題はないだろう?」

元々、訂正を要求されれば削除してもいいことになっていた項目だ。気にする必要もないだろう。

「いえ、艦長のミスマル・ユリカさんだけなら別に驚かないのですが、ホシノ・ルリさんまで訂正を申し出られまして・・・・」

「は!?あのホシノ・ルリが!!それは確かに意外だ・・・・・」

感情すらほとんど表さないマシンチャイルド。そんな彼女が要求をする、それも男女交際について・・・・。

アカツキもさすがに思いもつかなかった。

 

「ま、まあ、彼女も人間だからね。そういう気持ちが芽生えても不思議じゃないってことだろう。年齢からいえば、思春期に入る頃だし」

常識的な答えを持ち出してアカツキな何とか自分を納得させる。

「まだ何かあるのかい?」

プロスペクターはまだ何か言い足りなそうにしている。

「それが、ミスマル・ユリカさんが契約の時、引き受けるからにはしっかりと打ち合わせをしたいと申しまして。

いえ、それは結構なことなのですが・・・・・。

その後すぐに打ち合わせに出向かれまして。そこで、ルリさんに会われました。

それで、ルリさんと仲良くなられまして、一緒の部屋にしてくれと・・・・・・・・」

アカツキは悩んでいた。これをどう判断すればよいのだろう。

 

 

 

 

 

結局これは保留することにした。

ホシノ・ルリを実験体としてしか見ていない研究者の人物眼など当てにならない。

周りが彼女を見誤っていた可能性が高い。

「他のクルーに関しては?」

「順調です。契約はまだの人もいらっしゃいますが、ほぼ予定通りです」

とりあえずは順調に進んでいる。この件に関してはこれくらいでいいか。

アカツキはそう考えていた時、不意に呼び出し音が鳴った。

 

「アカツキだが。・・・・不思議だねー。どうやってこのナンバーを知ったのかな?」

ほとんど知るものがいないはずのナンバーにかけて来た相手・・・・・興味を惹かれる。

《取引がしたい》

アカツキの質問には答えず、相手は用件を切り出してきた。

「ふーん、どんな取引かな?」

相変わらず口調は軽いが目元は笑っていない。大企業ネルガル会長としての顔だ。

《電話で話す内容ではないな。ただ、一言だけ言っておく。ジャンプについてだ》

「な!」

さすがにこれには驚いた。ネルガルの最大級の秘密事項なのだから。

怪しさはあるものの会わないわけにはいかないだろう。

驚きを押さえ込むと、元の口調に戻って続ける。

「会って話すことにしよう。今どこにいるんだい?」

《すぐそばだ。ビルの玄関にいる》

「おやおや、それじゃあすぐに迎えをよこすよ」

そう言って電話を置く。そしてすぐに内線をかける。

「エリナ君、今すぐ玄関に行って、電話をしていた男を僕の所に連れてきてくれないか。重要人物だから丁重にね」

 

 

 

 

 

 

 

[アキト]

 

エリナに案内されて会長室に行くと、アカツキとプロスペクターさんがいた。

「まずは、君の名前を教えてくれないかな。ああ、知ってると思うが僕はアカツキ・ナガレ。こう見えてもネルガルの会長をしている。

そっちが会長秘書のエリナ君。こちらがプロスペクター君だ。どちらも優秀なわが社の社員だ。

・・・・・それにしてもすごい格好だね、黒が好きなのかい?」

アカツキは相変わらずだ。一見軽いだけの態度に本心を隠している。

俺の姿を見ても表情を変えない。・・・・・・エリナは、玄関であったとき、思いっきり驚いていたのだが。

 

俺はあの時と同じ、黒い戦闘服に黒いバイザーをつけている。

これは俺の部屋に転がっていた。

この時間にジャンプした時、身体は同化して『昔の俺』のものになり、服は『昔の俺』のものを着ていた。

しかし、『未来の俺』が身に付けていたものは、消えたりせずに、そのままこちらに現れたようだ。

ルリもユリカも同じだと言っていた。

 

「俺の名はテンカワ・アキト。この名は聞き覚えがあるはずだが」

「テンカワというと火星の研究所にいたテンカワ夫妻の?」

エリナには警戒の色が見える。

「ああ息子だ。だが安心していい別に敵討ちに来たわけじゃない」

「知っていたのかい。・・・・・・あのことに関してはすまないと思っている。謝ってすむことではないが」

アカツキの顔が曇る。これはアカツキが親から引き継いだ負の遺産の一つ。

「あれはお前の父親がしたことだ。お前の責任ではない」

「・・・・そう言ってくれると助かるよ。君は大人なんだね。そこまで割り切れるなんて」

「この話はもういい。それより取引といこう」

 

「そうしようか。ジャンプについてだったね」

「なんですって!?」

エリナが叫んでいる。・・・・・・アカツキ、わざと黙っていたな・・・・反応を面白がっている。

「さて、どの程度の情報をお持ちなのですか?」

プロスペクターさんはあまり驚いていない・・・・・というよりは驚きを表に出していない。この辺りはさすがだな。

「まず、こちらの要求から言おう。

まず第一に俺をナデシコに乗せること。

第二にIFS強化体質者の保護。ちゃんとした人間として扱うこと。絶対に非人道的な実験はするな。

第三にこれから渡すデータを用いて、機動兵器を作ること。

第四に戦争の終結。木星との和平に協力して欲しい」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」

全員声も出ないようだ。まあ当然か、極秘情報ばかりだからな。

「どうやって知ったんだい?とんでもない情報ばかり」

「今はまだ言えない」

「『今は』か。まあいいや。・・・・・・・その条件を飲むかどうかは見返り次第だね」

「ちょっと!こんな怪しいやつのこと信用するの!?」

「それは向こうの手札を見てから決めるさ。こんな情報を掴んでるくらいだ。彼の持ってる情報は期待できる。

それに怪しいから断りますってわけにはいけないさ。怪しそうに見えるから信用できないとは限らないしね。

そこらへんは自分で判断するしかない。

大体そんなんじゃ企業はやっていけないよ。完全に信用できる相手なんていないんだから」

伊達に会長をやってないということだな。これでも人を見る目はあるし。

 

「それじゃあ、取引の続きといこう。こちらは何を得られるんだい」

「まずはボソンジャンプについてだ。これを見てくれ」

俺は自分の端末にデータを呼び出した。

「「「これは!?」」」

三人は食い入るようにデータを見ている。

これのデータは最新のジャンプ理論だ。ヒサゴプランの概要まで入っている。

「それからこれが、ジャンパー手術用ナノマシンの設計図だ」

「これほどとはね。予想もつかなかった」

アカツキが呆然としながら言う。

「いったいどこでこのようなデータを手に入れられたのです」

「情報元は聞かないで欲しい。それも条件の一つだ」

「さっきの条件を飲もう。見返りとしては大きすぎるくらいだ。ネルガルが手に入れようとしていた技術のほとんどが含まれている。」

「いいの!?そんなにあっさり飲んじゃって」

エリナは感情的になっている。自分で事態を掌握できないことに苛立っているのだろう。

「問題ないさ。さっきの条件はネルガルにとって不利になることは少ないからね

それで、機動兵器のことだけど・・・・。」

データをアカツキに見せる。

「製作して欲しいのはこの二機だ、ブラックサレナと言う」

追加装甲ブラックサレナの後継機、追加装甲でなくワンフレーム型を採用したブラックサレナ。

テンカワ・アキト専用のタイプAとホシノ・ルリ専用のタイプR。

完全に個人用に特化した専用機中の専用機。

「へえ。これはすごいね。小型の相転移エンジンにジャンプシステムかい。驚くのも馬鹿らしくなってくるね。

こっちとしても開発の費用と時間が浮いて言うことなしだ。ところでこれは君が使うのかい?」

アカツキらしい言い方だ。こいつは軽い口調の裏に本心を隠す。

俺がどうやってこのデータを得たか、そして俺が敵か味方か頭の中はフル回転しているのだろう。

「これは専用機だからな。他の人間には使えないさ」

「ずいぶん贅沢な使い方だね。君用に二機かい?」

「状況に応じてだ」

俺は少なくとも嘘は言っていない。状況に応じて二機を使うといっているだけだ。俺が二機とも使うとは言っていない。

嘘は付かずに真実は隠す。交渉ではよく使う手だ。ネルガルのナデシコの運用がよい例だ。

「こっちのアルストロメリアも専用機かい。でも君は二機作ってくれと言ったが」

「これは、他の人間でも使えるさ。だだし、これはジャンパー用だ・・・まあ、ジャンプシステムは外せばいいが。

だが、腕のないやつが乗っても宝の持ち腐れだ・・・・お前なら乗りこなせるだろうが」

アルストロメリアのカスタム機。相転移エンジンを内蔵し、行動時間の制限がない。

さらに通常機よりも高出力を誇る。エースパイロット用の機体。

乗りこなせるとすれば、アカツキとリョーコちゃん、ヒカルちゃんとイズミさん。

ナデシコのパイロットなら使えるだろう。腕だけは一流ぞろいだし。

 

「光栄だね、僕の腕を買ってくれるわけだ。・・・・それはともかく、これの作成は引き受けた」

「これだけの技術が得られればわが社にとって益は大きいですな。

たとえ、そのまま使えないとしても、技術自体は生かせますし」

「取引は成立だな」

「いったい、あなたって何者なの?」

今まで沈黙していたエリナが言う。その目にあるのは、驚愕と疑惑。

「さっきも言っただろう。今は言えない」

俺は会長室を後にした。

 

 

 

[****]

 

アキトが去った会長室ではしばらく沈黙が横たわっていた。

それを破ったのはエリナの叫びだった。

「いったい何者なの!?いくらテンカワ夫妻の息子とはいえ異常すぎる」

「うーん。全く不思議だねー。ネルガルの機密に政府の機密も知ってたしね。どうやったんだろうね?」

「何であんたはそんなに気楽なのよ!怪しいと思わないの!?」

エリナはアカツキをにらみつけている。今にもキレそうだ。

「まあ、確かに怪しいけどね。今のところネルガルの利益にはなっても損はない。

取引としては悪くないさ。・・・・・問題は彼の正体ではなくて、彼の目的がどこにあるかだ」

ふと真剣な目になってアカツキは言う。

アキトの目的がネルガルの利害と反しないなら手を組むことができる。この場合正体はどうでもいい。

企業は利益を得るのが目的だから。

 

「どこかのスパイという可能性はないの?」

「それも考えにくい。彼が持ち込んだ技術は最新鋭のものだ。取り入る手段としては過大すぎる」

こんな技術を持っていればネルガルの技術を盗み出す必要がない。

他の目的があるにしろ、最新鋭のデータに見合うだけのことをするのは困難だろう。

 

「これだけの技術をどこが開発したのやら」

「最新鋭と言うより、現行の技術より遥かに先行しているように思えます」

「それは・・・・確かにそうね。相転移エンジンだってようやく実用化にこぎつけた所だし。ましてやボソンジャンプは・・・・」

エリナはそれまでの勢いをなくし考え込んだ。

素人目に見ても何年も進んだ技術。それも試作段階でなく、完成されたもの。

技術は段階的にしか上がらないのに、この前段階の技術は知られていない。

いったいどこから来た技術なのだろうか。

 

「技術の出所は見当もつかないか。可能性があるのは木星やクリムゾンくらいだけど・・・・・・・。

彼がどちらかに所属してる可能性は低いだろうね。」

「どういうこと、それって」

いい加減なことを言ってるんじゃないでしょうね、と言いたげな様子でエリナが言う。

なんとなく目が冷たい。日頃の行いのなせる技か。

「いやー、クリムゾンの極秘情報まで付けてくれたよ。木星とクリムゾンは裏で繋がっているんだって。

こんな情報をくれるぐらいだ。むしろ敵対していると考えた方がいい」

これにはエリナも納得するしかなかった。これはクリムゾンの弱みとなりかねない情報だ。

 

「それから、クリムゾンはIFS強化体質の研究を狙っているらしい。早急に手を打った方がいいね」

「警備を強化しておきましょう。・・・・・それにしても、テンカワさんは、ネルガルにクリムゾンの勢いを削がせようとしてるように思えますが」

眼鏡の奥でプロスペクターの目が光る。それはネルガルシークレットサービスのトップとしての顔。

テンカワ・アキトの目的の一端、それが垣間見えたような気がする。

「そんな気がするね。クリムゾンが力を無くすのはこっちとしては大歓迎だからね。それは構わない。

だけど、それは目的ではなくて手段なんだと思うよ、たぶん。」

「目的もつかめませんし、情報を手に入れた手段も不明ですか・・・・」

プロスペクターとしては感心するほかない。ネルガルでさえ全く掴んでいなかった情報をアキトが手にしていたのだから。

「本人に聞いてみようか」

「そんなの教えるわけないでしょ!」

エリナは冷たい視線をアカツキに向ける。

「『今は言えない』と言ってたから、そのうち教えてくれるんじゃないの」

「何でそんなに気楽なのよ!!」

「彼は多分信用できるタイプだと思うんだけどな。プロスペクター君はどう思う?」

アカツキはこう見えても人を見る目はある。でなければ大企業の会長などやってられない。

 

「そうですな。彼は裏切りをしない人だと思いますよ。先ほども隠し事はしてますがうそは言ってません。

ただご自分の目的を持っていて、それだけは決して譲らないでしょう」

プロスペクターの経験に基づく感は、彼は信用できると告げていた。

しかし同時に、彼がある種の覚悟を持った人間であると察していた。

彼は自分の目的に全てを賭けている。そう感じていた。

その瞳に宿る強い意志。

「彼を敵に回すのは危険です。腕も相当に立ちますし、持てる情報も大変なものがあります。

しかし最も注目する点は彼の精神です。どんな障害があろうとも乗り越え、目的を果たすでしょう。

彼は鋼の意思を持った人間です」

 

「まあ、敵にせずにすむと思うよ。おそらく利害は対立しないだろうし。でなきゃ、うちに話を持ってこないだろう。

ただ、彼の目的だけは確認しておきたい・・・・・それだけだな。

あと、彼の出した条件はきちんと履行しておこう。わざわざ怒らせることもないから。

特にIFS強化体質者については気をつけた方がいいだろうね。実験と言ったときにすごい殺気だったし。

僕はまだ死にたくないよ」

 

あの一瞬見せた底冷えするような・・・・・いや、魂すら凍りつきそうな殺気。

相当な修羅場をくぐらなくては身につかないだろう。

研究者に対していい感情を持っていない・・・・・それどころか恨みがあるような気がする。

「特に僕すら知らなかったこの研究所については即急に手を打とう。外部にもれたらネルガルとしてはまずいことになるし」

アカツキの目には冷たいものが浮かんでいる。・・・・そこに現れているのは嫌悪。

「関係者には『黙って』いただきましょう」

絶えない微笑の中に、冷徹な裏の顔を忍ばせるプロスペクター。

「研究施設の閉鎖。情報の隠蔽。それから研究体の保護。すぐに取り掛かってくれ。『テロリスト』に襲撃される前にね」

放っておくと、黒い姿のテロリストに襲撃される。そんな確信がある。

「今日中に計画を立てて、明日の夜に実行します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキト!アキト!アキト!」

ネルガルと契約を結んだ後、ユリカはしょっちゅうネルガルを訪れ打ち合わせを行っていた。

それはいいのだが、手が空くとすぐにアキトにまとわりついていた。

アキトとしてはため息をつくしかない。

昔と違って、自分のすべきことを放り出したりしないし、アキトが忙しい時などは無理をさせないのが救いだが。

 

「ちょっとは静かにできないのか!?」

「そうですよ、周り中から注目されてますよ」

「そんなの別にいいじゃない。お話しようよ」

 

この様子を、アカツキは楽しげに、エリナは疲れた様子で見ていた。

アキトが普通の服を着ていることもあって、その姿は初めてあった時と同一人物にみえない。

「仲がいいねえ、君たちは」

「本当に。まったく、うらやましいくらいだわ」

「いいでしょう。三人はとっても仲良しさんなんです」

アカツキはともかく、エリナの台詞は完全に皮肉なのだが、ユリカにそんなものが通用するはずなく・・・・・。

この言動を見てると、とても二十歳には見えない。

 

「はあ、もういいわ・・・・・・・。それよりテンカワ君に話があるのよ」

頭痛をこらえるような表情でエリナ。

「なんだ?」

「あなたの出した条件のことよ。IFS強化体質者については本社で監督することにしたわ。その方が警備もしやすいしね。

あとは、里親をつけて、情操面の教育も行うことにしたわ」

「そうか、礼を言う」

アキトはそう言って微笑んだ。

はじめて見たアキトの優しげな微笑に、エリナはなぜか胸が騒ぐのを感じた。

「べ、べつにお礼を言われることじゃないわ。そういう取引なんだし・・・・・。

それに、ネルガルとしても、非人道的なんて風評が広まっても困るのだから」

エリナは少し慌ててそう続けた。エリナの頬は少し赤くなっている。

そんなエリナをアカツキは面白そうに見ていた。・・・・ルリとユリカは少し不機嫌だが。

 

「研究者は色々文句を言ってたけどね。でも僕に言わせると、研究者ってのは肝心な所が抜けてるんだよね。

速度が速いだの、扱える情報量が多いだの、そんなとこばかり重要視しして、能力を使いこなすってことに目が行っていない。

能力を使いこなそうと思ったら、観察力や判断力なんかも重要なんだけどね。

研究所で、言われることだけしかしていなくて、そんなもの身に付くと思うかい?

だから、情操面の教育や、人間としての経験等をつませることは、ネルガルにとっても悪いことでない。

だいたい、この研究は、コンピュータとアクセスする能力が高い『人間』を目的としているのであって、

コンピューターの端末を作り出すのが目的じゃない。

指示されたことだけをこなすだけだったら、そんなのコンピュータに任せてしまえばいい。その方がよっぽど安く済むしね」

 

利益やコストの面から批判する辺りがアカツキらしい・・・・こういうことでは、本心を見せない人間だから。

もともとアカツキはIFS強化体質者の研究に対して好意的ではなかった・・・・これも親から引き継いだ負の遺産。

「研究者ってのは頭がいいはすなんだけどね。こんなことにも気付かないなんて、ホント、バカばっか」

かつてのルリの口癖を口にしたアカツキに、アキトとユリカは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

ルリの方はといえば、ちょっと複雑な顔をしている。

 

 

「ご高説は承ったけど、時間がないんだから。ささっと、肝心な用を済ませませるわよ」

ナデシコ出港を控えてアカツキには色々と仕事が多い。エリナはそれに輪をかけて忙しく、時間を無駄にはできない。

「おっとそうだった、実は君たちに聞きたいことがあるんだよ。

君たちはほとんど初対面なはずなのに、そんなに仲がいいのかってのも不思議なんだけど・・・これはまあいいや。聞いても答えてくれないだろうし。

本命はこっち。ズバリ聞くけど、君たちの目的ってなに?」

「私たちの目的ですか。それはもちろん、私たち三人で幸せに暮らすことです」

ストレートに聞いたアカツキに、同じくストレートで返すユリカ。

「そんなの信じられると思って!?」

エリナは、ユリカがふざけて答えたと思っていた。

あれだけの情報を持っていたのだ。きっと大きな目的があるはずだ。上昇志向の強いエリナはそう考えた。

しかしユリカは冗談を言っているわけでない・・・・というより、だいたいユリカはいつも本気だ・・・・他人からはふざけてしか見えないとしても。

 

「本当のことだ。それが俺たちの目的だ」

静かに、強い意志を感じさせる声でアキトが答える。その瞳は何かを追い求める人間のもの。

アキトの瞳を見てエリナは黙ってしまった・・・・・惹きこまれてしまいそうになる自分に戸惑いながら。

「欲がないねえ。あの情報があれば莫大な利益を得られるというのに」

 

「そんなことないですよ。私たちはわがままな欲望を持っています。価値観が違うだけです。

私たちにとって、利益は重要ではありません。そんなものより、三人で幸せになることが大切なんです」

 

「これだけは絶対に譲らない。・・・・・・・邪魔をするものがあれば叩き潰す」

「私たちは、そのためにならどんな手段でも取る覚悟があります。

たとえ人から恨まれても。どんな犠牲を払ったとしても。

私たちは、私たちの幸せを手に入れます。」

真面目なユリカの声・・・いつもの子供っぽさは欠片も見られず。こういうときのユリカはカリスマを感じさせる。

「なるほど『自分のために戦う』か。それなら信用できる。人類全ての幸福のためとか言われたら胡散臭いだけだけど。

よかったよ、君たちの目的と僕の利害は対立しない。これなら手を組める」

 

『三人で幸せに暮らすこと』・・・他人から見ればささやかな望み。

でもそれは三人にとって、なによりも大切なもの。

三人に共通するある種の狂気。

その狂気すら秘めた瞳が、それが真実だと語っていた。

 

 

 

「ねえー、ねえー、ところで」

シリアスな雰囲気をユリカの軽い声が粉砕する。・・・そこにはカリスマを感じさせながら語っていた面影は全くなく。

そのあまりに急激なユリカの変化に着いていけず、アカツキとエリナ、そしてそばに控えていたプロスペクターはしばし呆然となった。

ルリとアキトは疲れていた・・・・・・毎度のことなのですでに諦めていたけど。

 

そんな皆の様子には構わず、ユリカは続ける。

「艦長席にIFS端末をつけて欲しいんですけど。その方が、何かと便利ですから」

そう言って、ユリカは手を見せる。シールに隠された素肌にはIFSの紋章がある。

「ユリカさんは、IFSをつけておられたのですか!?」

いち早く立ち直ったプロスペクターが、やや驚きを覚えて言う。

火星ならともかく地球では、IFSに対する偏見は強い。

地球でIFSをつけているのはパイロットくらいだ。

それを士官候補生・・・それも、ミスマル家の令嬢が付けているとは思いもしなかった。

 

「ええ。あ、お父様にはナイショにしてくださいね。色々と聞かれちゃいそうですから」

「わかりました。IFSがあれば、艦の運営上の利点は多いですし。

それにしてもユリカさん、艦長として、色々と考えておられるのですな。感心いたしました」

「えっへん。もちろんです。・・・・・・・・・・・え!?・・・ははは・・・・(汗)」

実を言うと、もっと早くに艦長席の改造を進言するつもりだったのだが、すっかり忘れて今に至っていたのだ。

それを棚に上げて、プロスペクターの賛辞に答えていたら、ルリとアキトにジト目で見られてしまった。

 

「それじゃあ、話も終わったようだし、そろそろ僕達は行くよ。エリナ君」

「え!?ええ、そうね」

エリナはようやくユリカのダメージから回復したようだ。

少し生真面目な所のあるエリナにはユリカの攻撃はよく効いたらしい(笑)。

「じゃあ、後のことは頼んだよ」

アカツキとエリナはその場を去る。

ルリたちも自分の仕事をしにもどっていった。

 

一人になったプロスペクターは考え事をしていた。

先ほど、三人の目的を聞いていた時の感覚。

プロスペクターはアキトの実力をある程度見抜いていた・・・・自分ではアキトに勝てないだろうということを。

しかしルリに対する感覚は何なのだろう。

普段の立ち振る舞いからは、普通の人・・・訓練受けていない一般人・・・にしか見えない。

しかし、何か違和感を感じた・・・・あのルリが本心を見せた一瞬。

長年培った自分の感・・・・・というより本能が何かを伝えてくる。

「まあいいでしょう。敵ではないようですから」

プロスペクターは呟き、自分の仕事に戻っていった。

 


あとがき

 

こんにちは、無色です。

『もう一度、あの日々を』第三話をお届けします。

今回はネルガルとの取引の話です。

なぜかアカツキとプロスペクターが目立っています。

エリナはちょっと出番が少ない・・・というより台詞が少ない。

 

アキトたちはほとんどのカードを見せています。

これは、自分達が逆行したことで、歴史の変化が確実となっているため、それに対応できるように自分達が使えるものをそろえておくためです。

決して、作者の都合や趣味ではありません。ええ、ありませんとも。

 

あと、プロスペクターがルリの実力に、気付きかけています。・・・・今はまだ違和感を感じている程度ですが。

プロスペクターの実力が高いために感じ取れているわけです。ゴートなら全く気付きません。

 

それではまた。

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・・軽いんだか重いんだか(笑)。

まぁ、このまま行くのもそれはそれでひとつの作風ですが。

 

ともかくこの三人、逆行者であるメリットのひとつ

「起こり得る事態の予測(というか既知)」はほぼ捨ててかかっているようですね。

新鮮で面白いのですが、難を言えばそこらへんの方針に説得力を与える会話のひとつも

挿入しておいて欲しかったかなと(笑)。