機動戦艦ナデシコ Last Hope
プロローグ オワルセカイ
ネルガル本社ビル屋上、そこに薄桃色の髪の少女――ラピス・ラズリ――がいた。
ラピスは落下防止用のフェンスの外側に座り、特に何をするでもなくただ空を眺めていた。
何かが抜け落ちたような、空虚な表情で。
火星の後継者によるクーデターから既に3年の月日が流れ、ラピスは14歳になった。あと半年ほどで15歳になる。
3年という時は、ラピスを幼い子供から美しい少女へと成長させていた。今はまだ幼さが残るが、数年後には引く手数多となるだろう。
だが、本来その成長を見守るはずのテンカワアキトの姿はここには――否、この世界にはもはや存在しない。
ラピスの14歳の誕生日、その日に死んだ。
ラピスの誕生日を祝う祝福の言葉と、幸福を願う祈りの言葉。それが、テンカワアキトの最後の言葉だった。
火星の後継者のクーデターを鎮圧してからの二年間、テンカワアキトはラピスを普通の少女として育てようとした。
小学校にも通わせたし、遊園地や動物園に連れて行ったりもした。
結果としてテンカワアキトへの依存心こそ変わらなかったものの、徐々にではあるが人間らしく、もしくは普通の少女らしく成長していった。
中学校に進学し、ほんの数人ではあるが友達と呼べる人もできた。
だが、それももう過去の話になってしまった。半年前から、テンカワアキトの死んだ日から1度も通っていない。
初めのころこそラピスの心配をした友人からの連絡もあったが、最近ではそれもなくなった。
小学校に通い始めて以来、マシンチャイルドとしての身体的特徴である金色の目を隠すためにカラーコンタクトを、ナノマシンインターフェースを隠すために両手に薄手の手袋をするようになった。
それがほとんど意味を成さなくなった今でも続けているのは、それを提案したのがテンカワアキトだったからだろう。
およそ1年前、ミスマルユリカが死んだ。
火星の後継者より救出されて以来、イネス・フレサンジュを筆頭に旧ナデシコAのクルーたちの必死の看病にもかかわらず、彼女は次第に衰弱していった。
その日、テンカワアキトが始めてミスマルユリカの病室に現れた。
そして、守れなかったこと、救出が遅くなり苦しい思いをさせたこと、今まで来なかったことなどを謝罪した。
ミスマルユリカはそれらを全て微笑って赦し、再会を喜び、それから数分間、2人きりで話し、そして静かに逝った。
最後は、最愛の夫テンカワアキトの腕の中で、「愛している」の言葉を残し、息を引き取った。
その翌日、テンカワアキトが倒れた。そして半年後、ミスマルユリカの後を追うように死んだ。
ネルガル本社ビル屋上、そこに薄桃色の髪の少女――ラピス・ラズリ――がいた。
ラピスは落下防止用のフェンスの外側に座り、特に何をするでもなくただ空を眺めていた。
何かが抜け落ちたような、空虚な表情で。テンカワアキトの遺品、一振りの刀を抱えて。
――――あなたは、何を望むの?――――
不意に声が響いた。ラピスの周囲に人影はなく、まるで何もない虚空から声が響いたかのようだ。
だが、その不可解な問いかけをラピスは自然に受けれていた。
――――あなたは、何を願うの?――――
「……もう、逢えないの」
ラピスは、その問いかけに答えるように、静かに、少しずつ言葉を紡ぐ。
「優しい人なの、大切な人なの。でも、もう逢えないの」
ゆっくりと、思いの全てを打ち明けるように。
「温かい人なの。人形でしかなかった私に、心をくれた人なの。暗闇しか知らなかった私に、光をくれた人なの」
大切な想いを、言の葉にのせて。
「あの人に出会って、世界に色彩があふれた。温もりを知った。幸せを知った。でも、居なくなってしまった」
ラピスの頬を、涙がつたう。
「あの人が居なくなって、孤独を知った。温もりも、幸せも、失ったものが多すぎて、あの人と出会う前よりも、今は寂しい」
――――あなたの願いは、その人に会うこと?――――
その問いかけに、ラピスはただ一言、そう答えた。
――――おいで、その人に会いに行こう――――
その声に誘われるままに、ラピスは虚空に身を投げ出した。
そして、白い光に包まれ、少女はこの世界を捨てた。
――――ラピスちゃん、これからの未来で、幸せになってね――――
――――あなたの幸せ、それがアキトの最後の願いだから――――
後書き
初めまして、素人物書きのクロスといいます。
少し前にナデシコSS読み漁ってる途中でこのActionにたどり着き、ちょうどTV版と劇場版を一通り見終わったので、書こうと思い立った次第です。
なんか短いですが、プロローグですしこんなもんでしょう。
拙い文章ですが、最後まで書ききるつもりなのでそれまで応援していただけるとありがたいです。
後期が始まるまでは週一の投稿を目標としつつ、幕。