「奴等はユリカをオトした……」
「え?」
唐突にアキトさんは、そう言いました。
その声には、何の感情も含まれていません。
「草壁の大攻勢も近い、だから……」
「だから?」
「君に、渡しておきたいものがある」
黒いバイザーに隠れて、アキトさんの表情は分かりません。
今、あなたの瞳に映る私は、一体どんな表情をしていますか?
いつか星の海で再び貴方に会えることを私は今も信じている。
BY 九朗
「私、こんな物貰えません!」
『テンカワ特製ラーメン』のレシピ……。
アキトさんが、一年もかけて作った大事な大事なラーメンのレシピ……。
どうして今、こんなものを私に渡そうとするんですか?
コレは、貴方にとって大切なものでしょう?
幸せの象徴でしょう?
「それは、アキトさんがユリカさんを取り戻したときに必要なものです!」
もう一度やり直すために、必要なものです。
ぜったい、ぜったい、必要なものです。
「もう、必要ないんだ……」
「……………………………」
何で、そんな事言うんですか?
「君の知っているテンカワアキトは死んだ……彼の生きた証、受け取って欲しい」
「それ、カッコつけてます」
カッコつけすぎです、アニメの見すぎです。
「違うんだよ、ルリちゃん」
「……………」
何が、違うっていうんですか?
「奴等の実験で、頭の中かき回されてね……それからなんだよ」
「……………っ」
バイザーを外したアキトさんの顔。
眼の、焦点が合っていない……。
「特に味覚がね、駄目なんだよ……」
浮かび上がる、ナノマシンパターン……。
「感情が高ぶるとボォーッと光るんだ、漫画だろ?」
でも、笑顔は昔の優しい私の好きな笑顔のままで……。
「もう、君にラーメンを作ってあげることは出来ない……」
もう、アキトさんは料理が出来ないってこと?
どうして?
なんでこんなことに?
寂しげな、彼の声。
私は、ただレシピを受け取ることしか出来ませんでした。
「……それと、コレ」
長い長い沈黙の後、アキトさんが唐突に取り出したのは……リボンで飾られた小さな箱。
「これは?」
「誕生日プレゼント」
「え?」
「この前、ルリちゃん誕生日だっただろ?」
確かに、つい先日16歳になったばかりですけど……。
「あ、ありがとうございます」
「16歳か……」
「はい」
「二年間、離れてたからなあ」
その口調は、あの頃のままのアキトさんです。
だから、私もちょっとだけ昔に戻って……。
「何処か変わりました? 私」
「うん、奇麗になった」
「えっ」
き、急に何を言い出すんでしょうこの人は……。
唐突過ぎます、心臓ドキドキです。
「ちょっと見ない間に、女の子は変わるよなあ」
「そ、そんな」
多分、私は今、耳まで赤くなっていると思います。
無自覚に、女殺しの台詞を吐く所まで変わってなくて……。
でも、私も彼もあの頃のままではなくて……。
「……………………」
だから、だから、今なら私は……言えるかもしれない。
二年前、言えなかった言葉を……。
ずっとずっと言いたくて……でも言えなかった言葉を。
「ア、アキトさんっ、私っ」
「テンカワ、時間だ」
唐突に向こうから月臣さんが、アキトさんに声をかけます。
「時間だ、俺は行くよ」
「あ……」
もう、さっきまでの決意は、どこかに飛んでいってしまいました。
……どうしようもなく、臆病者の私……。
もう、アキトさんの顔を見ることも出来ません……。
「……ルリちゃん」
「はい」
「一つ、お願いを聞いてくれるかな?」
急に、何を言い出すんでしょう?
「聞いてくれる?」
「え、ええ」
「どうか、幸せになって欲しい」
その言葉に、私は再び顔をあげる。
それは、とてもささやかなお願いで……。
でも、今の私にはとっても、とっても難しいお願いで……。
「……………………」
「辛い事もあると思う、泣きたい事も有ると思う……」
この二年間、そんな事ばかりでした……。
「……………………」
「でもさ、楽しい事や、嬉しい事も必ずある」
嘘です、貴方がいなくなってから私、そんな事感じたことありません……。
「……………………」
「だから……だからさ、君には幸せになって欲しい」
じゃあ、貴方の幸せは?
「……………………」
「俺からのたった一つの願いだ……」
「アキトさん……」
そして、アキトさんは黒いバイザーを再び身につける。
そこには、私の知らないテンカワアキトさんが立っていました。
「さよなら」
そして、私に背を向ける。
その背中が、なぜかとても悲しくて……。
背を向けて、去っていくアキトさん。
もう、彼は二度と私に会うつもりは無いのかもしれない……。
でも、でも彼は一度だけ私に振り向いて笑ってくれました。
だから私は……。
ねえ、知ってます? アキトさん。
私、何をしてもアキトさんがいないと楽しくありません、嬉しくありません。
……………………アキトさんがいないと、笑えません。
わたし、わたし…………………………………………アキトさんがいないと、幸せじゃありません。
私の幸せは、何時も貴方の傍にいることです。
この想いは、彼に何時か届くだろうか?
「ねえアキトさん、私、貴方の事が大好きなんですよ?」
後書きというか妄想
ホシノルリにとって、テンカワアキトはどんな存在だったのか?
『妹』として、『兄』を慕っていたのか?
『娘』として、『父』を慕っていたのか?
或いは『女』として、『男』を想っていたのか?
その全てを含んで、ホシノルリにとってたった一人の『男性』だったのではないだろうか?
そんな事を考えて、この話を書きました。
どうでしたでしょうか?
「おかえりなさい」とは対になっているといえます。
しかし、前作といい今作といいActionの作風からえらい浮いてる気がする……。
やはりオトすべきなのだろうか?
推奨BGMは『電子の妖精』より『Tenderness』