おかえりなさい

 

          BY 九朗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドから抜け出し、彼は服を身に着け始める。

 行為の終わった後の気だるさ等、何処かに吹き飛び、私も身を起こす。

「……もう、行くの?」

「ああ」

 そう答えた彼の顔は、漆黒のバイザーに包まれ、もはや表情は窺えない。

「まだ、いいじゃない」

 酷く甘えた声に、私は自分でも驚いた。

 どんな顔をして、こんな台詞を言ったのだろう。

 いつの間に、こんな女になってしまったんだろう。

 いつの間に、男に縋る様な女になってしまったのだろう。

「すまない、ラピスの所にも行ってやりたいんだ」

 私の煩悶に気付きもせず、彼はそう言った。

「………そう、いってらっしゃい」

 今私は、どんな表情をしているだろう?

「………いってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュン

 ドアが閉まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、私は独り。

 彼は、振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もあの人はソコへ往く。

 暗く光すら差さない闇の底へ…。

 手を汚し、

 血に濡れ、

 罪に塗れ、

 心を壊し、

 魂すら歪んでいく。

 それでも、彼は其処へ行く。

 けして、引き返せない道を、独り往く。

 けして、私の手が届かぬ所へ、独り往く。

 

 

 

 

 …………………………………………………何処かに居る筈の、彼女を求めて。

 

 

 

 

 彼女を、羨ましく思ったこともあった。

 ………いつも、笑っていられる、その無邪気さを。

 彼女に、嫉妬したこともあった。

 ………彼と怒鳴りあい、笑いあい、見詰め合う、その関係を。

 彼女に、怒りを覚えたことも………ある。

 ………遺跡に取り込まれ、幸せな夢を見ているだろう………今。

 

 

 

 

 彼女は今、どんな夢を見ているのだろう?

 

 

 

 

 …………………………………………………そして、彼は今、どんな想いで彼女を追い求めているのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テンカワアキト

 元・機動戦艦ナデシコのコック兼パイロットにして、火星出身のA級ジャンパー。

 けれど今は、闇に生きる復讐鬼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が彼をああ迄駆り立てるのか。

 妻を救えなかった自虐?

 人体実験をされた憎悪?

 妻を救おうとする愛情?

 彼はけして語ろうとはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃人同然の彼を救出して一年半。

 自暴自棄になった彼と体を重ねるようになって一年四ヶ月。

 彼がヒサゴプランコロニーの襲撃を始めて一ヶ月。

 

 

 

 

 今回の襲撃コロニーは『アマテラス』。

 今までの四つの襲撃したコロニーに彼女はいなかった。

 ならば、おそらくは彼女は其処に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼のかつての義娘・ホシノルリも視察に訪れるという情報が入っている。

 今回の襲撃で遺跡を奪還できれば良し、しかし、それがかなわなかった場合はホシノルリを巻き込むことになる。

 

 

 

 

 ………彼は、それを望まないだろう。

 

 

 

 

 おそらく、相当な決意を持ってアマテラスに向かうのだろう。

 今回の襲撃で何があろうと彼女を取り戻すつもりだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終局は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、終わる。

 全て、終わる。

 彼の、アキトの、苦痛と、屈辱と、絶望と、憎悪と狂気と、ありとあらゆる悲哀に満ちた二年間が、終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、私の恋も終わる。

 全て、終わる。

 「好き」とも「愛してる」とも告げることが無かった。

 身体を重ねても、心が重なることが無かった。

 私の、初恋が終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が此処に帰ってくる時、それがどんな結果になっているかは、分からない。

 いいえ、どんな結果でも構わない。

 彼が、ただ無事に帰ってきてくれれば、私はそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから私は、彼の帰りを、彼の無事を、ただ、祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、彼が帰ってきたら何時もの様に、こう言おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いかないで」とも、「愛してる」とも、言えない私にたった一つ言えるコトバ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おかえりなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一言、そう言おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからお願い、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に此処へ、帰ってきて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死なないで生きていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………アキト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後書きというか戯言

 

「好きだから、吸わない」
 ある同人ソフトのヒロインの台詞です。
 泣きました。
 好きだから、愛しているからこそ、絶対にしない事、けして言わない想いがあるんでしょう。
 この話の『彼女』はそんな女性です。
 わざと話の中で、名前を出しませんでしたがバレバレですね。
 劇場版の彼女は、出番ほとんどありませんでしたが、健気でいじらしかったです。
 願わくば、彼女には幸せになって欲しいですね。

 
 ということで、初めまして九朗(くろう)と申します。
 ナデシコSS初挑戦です。
 短編です。
 どうだったでしょう? 最後はオトすつもりだったんですが、刺されそうな展開になるので辞めました。
 読んで損したと思われなければいいのですが…。
 では。 

 

 

 

代理人の感想

綺麗にまとまっていますね。

彼女(一応伏字(笑))のセリフにはジンと来ました。

 

好きだから模倣するのはある意味当然ですが、その表面的要素ではなくて本質を模倣する、

というのは当たり前なようで意外に思い至らない点です。

 

次回を期待しています。

 

 

 

>最後で落していたら

まず誰より先に私が刺します。(核爆)