まるで真昼の星のよう。
それを見たルリは最初にそう思った。
どこまでも広い空に白い雲。初夏の風が涼しげに頬を撫で、
流れる髪はくすぐったい。
新婚の二人と月に用事のあった一人の女性を乗せたシャトル
は順調に大空へと上昇し、皆がその飛行機雲を視線で追ってい
た。
ある人は羨ましそうに。ある人は眩しそう
に。ある人は寂しげに。
それぞれがそれぞれの眼差しで見送る中、やがてその光点は
不自然で小さな輝きを放った。
その瞬間、場の雰囲気が少し冷めた。
なぜか心臓の鼓動がやけに大きく聞こえ、周りの音が遠くな
った。頬を撫でる風のそよぎを感じられなくなった。
そんな凍り付いたような時間の中、誰が最初に動き出したの
だろう。とにかく誰かがぽつりぽつりと不穏な呟きを漏らし、
光点のあった場所に黒煙を確認した時、皆がその状況をようや
く理解し始めた。
長い長い時間のように感じられたがそれは
おそらく一瞬のことだったのだろう。やがて腹の底に響く轟音
と衝撃波が空から降り注いだ。
周りの大人達が騒ぎ出す。誰かが叫んで誰
かに何かの指示を与えている。
そんな中、ルリは一人呆けたように空を見上げながらふとそ
んな風に思った。
そう、それはまるで―――――。
「―――――リちゃん?ルリちゃん?」
その声でルリは目が覚めた。
彼女がいるのは畳に障子、ちゃぶ台、テレビ、箪笥、仏壇と
典型的な風土家具の並ぶ居間である。
どうやらちゃぶ台に突っ伏して眠っていたらしい。首と肘、
その他関節の節々が痛い。
顔を上げた視線の先には三角巾を頭に巻き、肩にお盆を担い
だ長髪の女性が立っている。
「あ・・・はい。何でしょう、ユリカさん」
眠い目を擦りながらルリは女性の名を呼んだ。
彼女の名はミスマル・ユリカ。
彼女には彼女とその想い人の家があったのだが、戸籍上死亡
とされた後、取り壊されてしまっていた。その為、現在はホウ
メイの経営する日々平穏でルリと共にウエイトレスを兼ねた居
候暮らしをしている。
「何ってルリちゃんそろそろ時間だよ?」
ちょっと呆れたように腰に手をやりながらユリカは言った。
「え?」
柱時計を見ると針は正午を指そうとしてい
た。約束の時間までもうあまり間がない。
「焼肉定食、火星丼二つ、上がったよー!!」
厨房からホウメイの忙しげな声が届く。
「はーい!!今行きまーす!!じゃあルリちゃん、制服はあそ
こに畳んであるから」
言うが早いかユリカは踵を返して厨房へ向かった。
「・・・・・・ん・・・」
ルリは大きく背伸びをして箪笥の前に畳んである白い軍の制
服へ目をやった。
襖を閉めて服を脱ぎ、制服に袖を通す。襟
に階級章を挿し、フリース状の肩掛けを羽織る。
その時ふわっ、と洗濯粉の香りがした。
どういう訳か、ユリカには洗濯粉にこだわりがあって、彼女
は彼女の認めたもの以外の洗濯粉を使わない。
懐かしい香りにルリは口元に小さな微笑みを浮かべ、最後の
仕上げに手袋に指を通す。
手応えを確かめるように何度か指を握ってからルリは部屋を
出た。
Fantasia 第二話 日々平穏の夕暮れ
東京都心、某日、某所。
晴れ渡った空の青さと白い雲を眩しげに見上げながら、ルリ
は眼前の巨大な建物の門を通った。その門の表札には地球連合
軍日本支部、と大きく銘打ってある。
連合軍日本支部の建物は世界遺産に指定されている広大な庭
園の中に立っており、その他大学病院や公園などもある。そこ
には草木の緑と水の青が溢れていて、ある区画以外のほとんど
は一般人にも開放されている。その為、子供連れの親子や老人
、学生、中には観光客などの姿も多く見受けられて騒がしくも
賑やかな場所である。
ルリはその光景をそぞろに眺めながら目的の建物へと歩いて
行く。
すると、
「や、やあ・・・ルリちゃん・・・」
その中にあってなお目の下のクマが目立つ一人の青年がルリに
声を掛けた。
「ジュ、ジュンさん・・・。こんにちは」
ちょっとたじろぎながらルリも挨拶する。
「ジュンさん・・・。もしかして、また徹夜ですか?」
とりあえず第一印象で言ってみる。
それほどに彼の漂わせる疲労のオーラは色濃かったのだ。
「・・・頭が、ボーっとする・・・」
彼は力ない声で答え、空を見上げて背伸び
した。
ジュンが歩き出し、ルリもそれにならって歩く。
「でも今日は後ミスマル総司令に会いに行っ
て終わりだから。もう一ふんばりだよ」
「え?ジュンさんもなんですか?呼び出し」
「じゃあルリちゃんも総司令に?」
「はい。今日の昼に来るように、と」
「ふーん?僕等がそろって呼び出されるなんて初めてだね。何
だろう・・・?」
ジュンは不思議そうに首を傾げる。
仮にもルリは地球連合軍少佐で、更にジュンは一階級上の中
佐である。その彼等が揃って連合軍総司令であるミスマル・コ
ウイチロウに呼び出されたのだ。
ただの偶然、ということではないのかもしれない。
とは言っても総司令本人の性格上、ただの
気まぐれということもなきにしもあらずだが。
まあ、あまり裏を読もうとしても仕方ない
か。
そう割り切ってジュンは大きく深呼吸をし
、新しい空気を体に吸い込んで、疲れを吐き出す。静かに何度
かそれを繰り返すと、少しずつ思考が透き通っていくのが感じ
られた。
そして隣を歩くルリに振り向く。
「ところでルリちゃん。ユリカは元気?」
ジュンの質問にルリは空を見上げて答えた。
「ええ、とっても」
太陽の日差しが少し眩しかった。
二人はロビーを抜けて、受付を済ませてエレベーターに乗る
。最上階のボタンを押すとエレベーターは体に重みを感じさせ
ない滑らかな上昇を続け、やがて到着のベルを鳴らした。
エレベーターから出てしばらく歩くと、その奥で見るからに
堅牢なドアが二人を待っていた。
ジュン姿勢を正し、そのドアを軽く数回ノックする。
「地球連合軍中佐、アオイ・ジュン。入ります」
「同じく少佐、ホシノ・ルリ。入ります」
ジュンがドアを開けて部屋に入り、ルリもそれに続く。
部屋には前面ガラスから差し込む日光と、それを背にして重
苦しい机に両肘をついて座る男がいた。
地球連合軍総司令こと、ミスマル・コウイチロウである。
「アオイ・ジュン、命令により出頭しました」
「同じくホシノ―――」
「ルリちゃん、楽にしてていいからね。ジュン君も」
コウイチロウはルリの言葉を遮り、彼自身も机についていた
肘を崩した。
「あ、はい」
ルリもそれにならって肩の力を少し抜く。
「さて、ジュン君も疲れているようだし先に用件を済ませてし
まおう。二人共これが今回の命令書だ」
コウイチロウは言いながら机の引出しから二枚の書類を取り
出す。
二人はそれを受け取って目を通す。
そしてジュンから順に呟いた。
「旧アマテラスポイントで」
「情報分析?」
意外そうな彼等の顔を正面から見据えながらコウイチロウは
言った。
「うむ。一週間後、佐世保からナデシコCで
発進。旧アマテラスポイントにてナデシコB
と合流した後、ヒサゴプランに関する情報を収集。分
析。乗組員は追って通達する。以上」
「ふーん、じゃあルリちゃん、そのアマ・・・何とかってとこ
ろへ行くんだ」
夕暮れ時、エプロン姿のユリカが調理場で皿を洗いながら言
った。
「ええ。一週間後だそうです」
軍服から私服に着替えたルリが大きなどんぶりと箸を手にカ
ウンター越しに答える。
「でもなんでナデシコCなんだい?情報収集なら他の艦でもで
きるだろうに」
ユリカよりもカウンターに近い位置に立ち、じゃがいもの皮
を剥いていたホウメイが不思議そうに尋ねる。
「ナデシコCは元々情報戦用の戦艦ですから」
「ふーん」
「それに・・・」
「それに?」
少し言いよどんだルリにホウメイが尋ねる。
「軍は今度の情報分析を最後にクーデターの一件に区切りをつ
けたいみたいですから」
「区切り?」
「はい」
首を傾げるホウメイにルリは簡単に命令の
内容を要約した。
現存する情報機関で代表されるのは次の三つ。
連合軍、宇宙軍、そしてネルガル。
陸海空からなる連合軍からの情報はジュン。戦後処理を受け
持っている宇宙軍からの情報はハーリーがそれぞれ持ち寄る。
ここで問題になるのがネルガルだったのだ
が、意外にもあっさりと軍の要請を彼等は承諾してくれたらし
い。何でも交渉の際に支援を申し出る者達がいたとかいなかっ
たとか。
とにかく、良しかれ悪しかれ一番の問題だったネルガルとの
交渉も無事終わったので軍は仕上げに移ることになったのだ。
「え〜と、つまり連合軍と宇宙軍とネルガル。この三つが持っ
てるヒサゴプランに関する情報を」
ユリカの言葉をルリが続ける。
「旧アマテラスポイントでナデシコCに集めて分析。それで今
回のクーデター一件に事実上幕を下ろす、ということです」
そう言ってどんぶりのタコさんウインナ―をぱくりと頬張る
。
「ふーん・・・。何にしてもこれで一区切りつくならいいんだ
けど・・・」
そこまでの説明を聞いたホウメイが少し遠
い目で言った。
じゃがいもの皮を剥く作業を続けながら、クーデター後のこ
の一年を思い起こす。
ルリもハーリーもジュンも事あるごとに地球に月に火星にと
引っ張りまわされ、傍から見る分にも大変な忙しさだった。
忙殺されそうなほどの戦後処理の中、理解できないこと、納
得できないこと、苦しいこと、悲しいことはそれこそ数え切れ
ないほどあっただろう。
その全てに、というわけにはいかないだろ
うが、せめて心と感情の整理をする時間くらいゆっくり取れた
ら、とホウメイは日々切に願っていた。
まだ彼等にとって重要な『彼等』の行方が未だ知れずにいる
としてもだ。
それとも、もしかしたら今度の作戦で情報を一手に集めれば
『彼等』の居場所に当たりでもつくのだろうか・・・?
「あの・・・ホウメイさん?」
「え?」
ルリの声に現実に引き戻される。
「あ、ああ、何だい?」
「あの・・・ごちそうさまでした」
言われてルリのどんぶりに目を移す。そのどんぶりは既にか
らっぽになっていた。ユリカもホウメイの様子に不思議そうな
顔をしている。
「あ、ああ。おそまつさま」
状況を把握して頷き、料理人のホウメイに戻る。
「よし!!それじゃあ片付けと明日の下準備
といこうかね」
「はーい!!ルリちゃんはこれからいつもの?」
ルリは席から立ち上がりながら頷く。
「ええ。でもそんなに長引かないですよ。すぐに終わらせて先
に休みます」
「うん。じゃあお休みルリちゃん」
「おやすみ」
ユリカ、ホウメイの声にルリは答えた。
「はい。お先、です」
あとがき
ども、CROWです。
多分少しは話が進んだのかな・・・?(=_=;)
ゴールドアームさんの指摘や掲示板での感想
から文体や調子とかをちょこちょこっと見直してみました。
うーん・・・、それなりに日本語が書けてい
るんでしょうか・・・?(=_=;)
その辺りとかをつっこんでいただけるとありがたいです。
短いですが、でわ。
ゴールドアームの感想
全然進んどらん!
いや、まだプロローグでしかないですねえ。
文体その他は、特に引っかかるところもなかったですから、いいのでは。
そんなわけで内容については保留。
でもこのペースだと、短編一回分の話をもったいぶって連載しているだけのような気も。
新聞の連載小説じゃないわけですし。
まあ、今更変えるのも無理でしょうから、参考までに覚えておいてください。
同じ小説でも、連載と一気掲載では書き方が変わります。
連載は、個々の話ごとに小さい山場がないといけないのです。そうじゃないと某雑誌ではないですが、あっさり打ちきられてしまいます。
全体を通しての構成を考えればいいだけの書き下ろしとは、ある意味別物なのです。
これは私の私的な意見というわけではありません。某プロ小説家が、デビューして間もない頃に連載依頼をされたとき、これで非常に苦労したという話を、エッセイで語っています。
連載の締め切りが怖いので、一気に書いて分割して渡せばいいと思っていたら、各話ごとのバランスが取れなくて丸々書き直す羽目になったという……。
これと同じミスを犯しているような感じがします。
いずれにせよ、続きが確実に読めるのは安心です。頑張ってください。
ゴールドアームでした。