機動戦艦ナデシコ
Phantom of MARS
プロローグ
2186年 火星
そのクーデターは拍子抜けするほどあっさりと終わった。
火星植民政府の樹立と地球連合軍の撤退、その政治的にも軍事的にも空白の時期にそれは起こった。ごく少数による重要施設の占拠。単純だが効果的でもあるこの行動は、確かに一時は成功するかに見えた。しかし、以外に素早い対応をした植民政府軍、そして先鋭で知られる民間企業ネルガルのシークレットサービスの活躍で、この無謀なクーデターはわずか3時間で鎮圧された。
この事件はこれで終わったはずだった。宇宙港とネルガルのいくつかの施設が爆破されたが、事態の収束そして事後処理はきわめて迅速に行われた。被害は最小、それが公式の発表である。
しかし、それでも悲劇は確実に存在する。たとえばこの少年……。
少年にとっては明日は日常の中にあるはずだった。昨日とはちがう明日、だがそれは非日常ではない。毎日のようにつきまとってきていた幼なじみの少女がその日地球へと引っ越していったとしても、明日にはまた昨日とはちがう日常が始まるだけのはずだった。
その日少年は引っ越していく少女を見送るために、両親と共に宇宙港にきていた。
寂しくないと言えば嘘になる。だが、家を出るときから宇宙港までの道筋にシャトルを待っている間の待合室と見送られる少女が大袈裟なほど泣いていたため、見送る側の少年は返って醒めてしまっていた。だから、シャトルが泣いている少女を乗せて飛び立っていった後も、彼は泣かなかった。
それでも少しは寂しさを感じていたのだろう。仕事の関係で宇宙港に残る両親に先に家に帰るように言われても彼は帰らなかった。家に帰っても一人だけ。一方的に騒がしかった少女はもういない。少年は退屈でも宇宙港で両親を待つことにした。
少年にとっては只それだけのこと。日常とは違うそれでもあくまで日常の風景。しかし、クーデターはまさしくその日に起こった。
爆音が轟く。場所は少年がいる場所とは反対側だ。でもそこは、彼の両親のいる場所の近くだった。いやな予感がする。はた迷惑でうるさい幼なじみと遊んでいるときにはしょっちゅう感じていたが、今感じているのはそれとは異質だ。
「父さん! 母さん!」
思考をまとめる前に走り出す。逃げ惑う人々の流れに逆らって少年は走った。二度目の爆発が起きる。その瞬間、重力制御システムが破壊されたのか宇宙港の重力が不安定になる。逃げている人たちが転倒している中、少年はただひたすらに走り続けた。
崩れた建物、燃えさかる炎、もう逃げてくる人はいない。どこに両親がいるかもわからない。それでも不安は消えず、探し続ける。
と。
「おい、おまえ」
突然の呼びかけ。
「そこで何をしている?」
誰もいないはずの場所に人がいる。武装した三人の男性が少年に向かってきた。そしてその後ろには……。
「アキト、何で逃げなかったんだ!」
「アキト、逃げなさい!」
少年の両親がいた。男たちの一人に銃を向けられて、それでもなお息子に叫びよる。
「だまれ!」
銃を向けていた男が銃のグリップで父親を殴る。倒れたところをさらに蹴りを入れようとした男を、もう一人の男が止めた。おそらくリーダーなのだろう。緊張からか興奮状態にある殴りつけた男を諭す。
「我々は無法者ではないんだ。むやみに暴力をふるうものじゃない。テンカワ夫妻、あなた方も我々の言うことを聞いていてくだされば無茶はしませんよ」
そして、倒れた父親に走り寄ろうとして押さえつけられている少年に向かっても言ってくる。
「君も大人しくしてるんだ。安全なところまで言ったら必ず君は解放してあげよう。我々は君の両親さえ──いや、事が終わったら御両親も無事に解放する。だからそんなに暴れないでくれ」
そう言うとリーダーは辺りを見回した。不安定な重力と熱風で炎が複雑なダンスを踊っている。
「急ごう。モタモタしていると我わ……」
リーダーの言葉は一発の銃声によって中断させられた。呆然と血に染まった胸を見てから倒れ込む。
「なっ!?」
残った二人の男が息を呑む。あわてて辺りを見回すと、二人の人影が建物の陰から出てきた。
「くっ!」
男たちの一人は人影の方に、もう一人は人質とその子供の方に銃を向けようとする。だが、人質に銃を向けようとした方は思いも寄らない光景を見て動きを止めた。いつの間にか押さえつけられていたはずの少年がその手を抜けだして倒れたリーダーの所へと駆け寄っていた。そして落ちていたリーダーの銃を取って構える。今まで自分を押さえつけていた、そして今両親に銃を向けようとしている男に向かって。
「なに?」
思わず漏らした男の声に、人影を牽制していた男も思わず振り返ってしまう。それが隙だった。立て続けに銃声がなり二人とも倒れ伏す。
これで終わるはずだった。事実少年はすでに気を緩めて銃を落としてしまっていたし、彼の両親もあからさまにほっとした顔をしている。
「父さん、大丈夫?」
「ああ、おまえも怪我はないか?」
お互いの無事を確かめ合う親子。母親は安堵のあまり床に座り込んでしまっている。
と、三人の男を撃ち殺した人影が近づいてきた。その二人組は無言のまま少年のそばまで近づくと、少年が落とした銃を拾い上げる。その姿に少年は何となく不安な気持ちを覚えた。そんな少年の隣で、知り合いなのか父親と銃を拾わなかった方とが話をしている。なんとなしに聞けば、男たちを撃ち殺したことについて抗議しているようだった。
「だいたいあそこで撃つ必要はなかったんだ。君たちはいつもそうだ。何でもかんでも強引極まる方法で解決……」
さっきと全く同じ展開。一発の銃声による台詞の中断。
「え?」
これは誰の声だろう。少なくとも父親のではない。彼は正確に心臓を撃たれて即死している。
「なんで、どうして……」
母親が呆然と呟く。倒れた夫とまだ硝煙の出ている銃を見比べて、そして何か閃いたようだった。
「アキト逃げなさい」
とっさに少年と銃口の間に体を割り込ませる。だが無造作に響いた銃声にそれも崩れ落ちる。
少年はもはや声を上げることはなく、呆然と両親の死体を見続けながら涙を流していた。
***
2195年 火星
「敵はまっすぐに火星に向かっています。大気圏突入後の予想到達地点は同南極!」
それは木星の向こう側からやってきた。
ピーナッツのような形をした黒い巨大な未確認飛行物体。地球連合宇宙軍はそれを敵性体と断定した。これを迎え撃つのが、フクベ提督率いる連合宇宙軍火星駐屯艦隊だった。
「敵の目的が侵略であることは明白である。奴を火星におろしてはならん。各鑑射程に入ったら撃ちまくれ!」
フクベ提督の攻撃命令、これが第一次火星会戦そして後に蜥蜴戦争と呼ばれることになる戦争の始まりだった。
「敵、なおも前進。有効射程距離まで後20秒」
オペレーターの緊張した声が艦橋の士官たちの間に響く。艦橋が緊張のため一瞬静寂に包まれた。
と、ここにきて状況の変化が起きた。未確認飛行物体の先端がひび割れていく。まるで花のように口を広げたそれは、その口内から光と共に多数の戦艦をはき出した。次々にはき出されて陣形を整えていく戦艦群。そして……。
「てーーーーーっ!!」
フクベ提督の号令と共に戦闘が始まった。
双方の戦艦から幾筋もの光線が放たれる。瞬間、連合宇宙軍が放った光線の進路だけが歪み、あらぬ方向にねじ曲げられた。周りで起きる爆発の閃光が艦橋をてらす中、オペレーターが動揺した声で報告する。
「我が方のビーム、全てねじ曲げられました」
「くっ、重力波か!」
フクベ提督が驚愕の混じった声を上げる。今の連合宇宙軍の戦艦が搭載している核融合炉では、重力波砲を撃つ事が可能なほどの出力は出せない。圧倒的な技術力の差である。
「敵母艦より多数の機動兵器射出!」
見れば雲霞の如く黄色い小型の機動兵器が、戦艦と同じように光の中から出てくる。どこか昆虫を思わせる形のそれは、洪水のように連合宇宙軍に襲いかかる。 それに応戦する宇宙軍。
「レーザー、一斉発射!」
副官のムネタケの命令に、まだ戦闘可能な戦鑑からレーザーが発射される。音もなくただの閃光でしかないそれは、しかし確実に敵を屠るはずだった。だが、それは敵に届く前にフィールドに阻まれて拡散してしまう。
「利かない」
副官の動揺を後ろに感じながらフクベ提督は次の指示を出す。
「各艦に通達。これより実体弾攻撃に切り替える! 奴らの侵攻をこれ以上許すな」
提督の命令を実行に移す戦艦たち。それでも無限とも思える機動兵器たちに次々と沈められていく。絶望を隠した怒りにフクベ提督の顔が歪んだ。
「敵母艦、衛星軌道に侵入。後60秒で火星南極点へ到達」
ここまでだった。艦隊はすでに崩壊し、敵の火星軌道上への侵入を許してしまった。勝敗はすでに決した。
それ故の決断。そして軍人としての誇り故の。
「総員退避! 本艦をぶつける!!」
ただ意地を張っただけのフクベの命令に艦橋はざわめく。
「肉を切らせて骨を断つ!」
そして……艦橋部分を切り離された旗艦の体当たりに敵の母艦──後にチューリップと呼ばれることになる──は侵入角度が変わり、赤熱化し崩壊しながら落下し……コロニーの一つに墜落した。
チューリップ一つをコロニーとその数万の住人の上に落とす。これだけを戦果に第一次火星会戦は地球連合宇宙軍の敗北で終わった。
遠く上の方で爆発の響きが聞こえる。その振動に天井からコンクリートの欠片が降ってきた。
「本部! 本部!!」
必死な顔をした軍人が通信機に向かって叫び続けている。
「ダメなんじゃない」
「は?」
「地上が、だよ。地下がこれじゃ地上は全滅だよ」
誰もが考え、そして誰もが言えなかったことを中年の酔っぱらいが言い放った。軍人は僅かに顔を歪めて言い返そうとしたが、酔っぱらいの相手をしても埒があかないと思ったのかまた通信機に怒鳴り続けた。
地下シェルターは今まさに絶望に包まれていた。地上との連絡は途絶え、宇宙軍の艦隊はいつまでたっても助けに来てくれない。自分たちは──火星は地球に見捨てられたのだという風聞も立ってきている。
そんな中、彼は居た。年齢は16,7歳と言うところだろうか。絶望している風ではなく、だがしかし希望を持っているわけでもない。ただ其処に居るだけ。それが彼の印象だった。
それでも周りの絶望した人たちより話しやすかったのか、一人の少女がそんな彼に話しかけてきた。
「お兄ちゃん、はいこれ」
「え?」
「これあげる」
見れば少女は手に持った二つのミカンのうち一つをこちらに差し出してきている。隣では少女の母親らしき女性が困ったような微笑を浮かべていた。
「おなか空いているんでしょ?」
「あ、ああ」
どうやら少女は彼が空腹だと思ったらしい。こちらの顔をのぞき込んで言ってくる。呆然とした顔でミカンを受け取ると少女はにっこりと笑ってきた。
「わたしね、アイって言うの。お兄ちゃんはなんて言う名前なの?」
「え? ああ、俺の名前は……ツヴァイ。ツヴァイって言うんだ」
彼──ツヴァイはとっさにいつもの偽名が出てこなかった。7歳ぐらいの少女に「妹」の面影を見たからかも知れない。9年前8歳の時に記憶を消されて以来、つい一年前にできた「妹」の存在だけが人間らしさの拠り所だった。
「お兄ちゃんどうしたの?」
少しの間惚けていたらしい。アイが心配そうにのぞき込んでくる。不安がっているように見えたようだ。ふと見れば彼女の母親が笑みをかみ殺していた。
「ごめんなさい。ふふっ、ほらアイ、お兄ちゃん困っているわよ」
そんな状況を忘れるほどに微笑ましい風景に、ツヴァイの口にもかすかな笑みが浮かぶ。
そのことも、ツヴァイにとって軽い驚きだった。意識せずに自然と浮かべた笑みなど、少なくともツヴァイになってからは記憶にない。「妹」といる時でさえ、だ。
「お兄ちゃん、困ってる?」
「あ、イヤ。ごめん。大丈夫、困ってないよ」
のぞき込むようにして言ってくるアイに、ツヴァイは優しい笑顔で答えた。
今度の笑みは、意識して作ったモノだ。仕事の時に警戒されないために浮かべる、作り物の表情。二番という番号でしかないツヴァイという名でも、九年前に消されたおそらく祝福と共に付けられた本名でもない、ただ騙す時に名乗るアラヤ=サダオという偽名を使う時に浮かべる偽りのモノ。
だが、一つだけ違うところがある。それは、今浮かべた笑みが決して偽りだけではなかったということ。そのことも彼にとって有り得ないはずのことではあったが。
「ミカン、ありがとう」
「うん!」
その時、また爆音と地響きが鳴り響く。離れた所にではあるが、天井からかなり大きな岩盤が落ちてきた。アイが小さく悲鳴をあげて、母親にしがみつく。
それを見てツヴァイは少し考えた。
「ねえ、アイちゃん。これをあげるよ」
取り出したのは蒼い水晶のような石だった。何でそんなことをしたのかは分からない。単なる気まぐれ。「アラヤ=サダオ」だったらするであろう行為。それだけのことだ。
「うん、これあげる。仕事先で見つけて貰ってきたんだ」
さすがに、殺した相手から取ってきたとは言えない。
これを一目見た時から気になって仕方がなかった。仕事自体は簡単なモノだった。いつも通りにターゲットがいて、いつも通りに遂行する。ただ、この石だけが違った。何かが懐かしい、遠い昔になくした何かを思い出すような。そんな第一印象を見たとたんに持った。
思えば失われた八歳までの記憶をここまで気にしたのは、失った当時以来だった。もしかしたら、アイに対するらしくない対応はその為だったのかもしれない。
「え、本当?」
とたんに、不安そうな顔を好奇心に満ちたモノに変え、アイが寄ってきた。石を手にとって嬉しそうに掲げてみる。その後ろから母親がすまなそうに言ってくる。
「すみません。こんな高そうなモノを」
「いえ、タダみたいなモノでしたから」
死人から貰ったのだから当然だが。そんなとりとめないことを考えるツヴァイ。
「それにもう一つあるんで良いんです」
そう言うとツヴァイはポケットの上から石を押さえる。石の感触を服の上から確かめて、微妙な安堵を覚える。これがあれば失ったモノを取り返せるかもしれない。
考え込んでいたツヴァイを現実に引き戻したのは、アイの声だった。
「ありがとう、お兄ちゃん! デートしよ」
「ええ?」
「まぁ」
アイのませた発言に素っ頓狂な返事を返すツヴァイに、彼女の母親は思わず吹き出した。
「あのね。アイね。お父さんが帰ってきたら今度地球に行くんだ。だからお兄ちゃんも一緒に地球に行こうよ。地球にはねぇ、海とか遊園地とか楽しい所がいっぱいあるんだって。お兄ちゃんと行きたいな」
そこまでを一気に言って、にっこり笑ってくる。火星から地球に行くことがどんなに困難なことか、おそらく彼女は知らないだろう。となりのコロニーに行くというのとは全く違うのだ。だが、そんなことはほんの少しも気にしていない。
そんなアイを観ていて、ツヴァイは気が付いた。自分がアイに対して感じていた感情、それはおそらくあの青い石に感じていたモノと同じ。彼女はなくした思い出の誰かときっと似ているのだ。だから自分はツヴァイではいられなくなっている。
「……それでね、アイのお父さんはぐんじんさんなんだよ。だから、あんな機械すぐにやっつけて……」
その時だった。爆音、そして爆風。とっさにツヴァイは二人をかばって身を伏せた。
「きゃあああぁぁぁ!!」
悲鳴が上がり、周りの人たちが一斉に逃げていく。ツヴァイはとっさに爆発した方を見た。そこには、一匹の虫がいた。一メートルを超すそれは、黄色い外殻を持ち、赤いカメラアイを光らせ、機械的な仕草でこちらを見る。
悲鳴をあげながら逃げ惑う人たちに、軍人が制止の声をかける。
「ただいま手動で扉を開けています。慌てないでください!」
扉では酔っぱらいを始め市民と軍人たちが、電気が止まって自動ではもはや動かない扉と格闘していた。
「市民の安全を確保せよ」
その命令の元、数人の軍人が虫に向かって機関銃を撃ち込む。しかしそれも大した効果を与えず、虫はじりじりと扉の方へと逃げている避難民の方へとにじり寄ってくる。
誰もが絶望に包まれたその時。
「俺が奴を押さえます。その隙に!」
ツヴァイの右手のIFSコネクターが輝き、それに応えて彼が乗りこんだ作業用トラクターが急発進する。
「お兄ちゃん!」
アイの声を後ろに聞きながら、ツヴァイは虫に向かって突進していく。
不意を突かれたその虫は、シェルターの壁を破壊した背中のミサイルポットを使う暇もなく壁に押しつけられる。トラクターと虫双方の金属がこすれる音、タイヤが空回りする音が響き渡たった。
全く持って自分らしくない。正気の沙汰じゃない。ツヴァイは自分は常に冷静に行動できると思っていた。事実今まではそうしてきた。だが、今この行動はなんだ? まるで単なる熱血馬鹿ではないか。もっとほかに取るべき行動があるはずだ。軍人が持っている銃を奪い、群衆を盾にして……。
そこでツヴァイは気づいた。自分は守りたかったんだ。アイを、そしてそこから感じられる思い出してもいない懐かしい思い出を。それを守りたい。
それはツヴァイとしてはおそらく初めての感情だった。
「くっ!!」
そんな彼の感情に反応してIFSコネクターが光り、トラクターが馬力をあげる。
それに耐えきれなくなったのか、虫のカメラアイが割れついに動きが止まる。壁とトラクターに挟まれ力無く足を振るわせるのみとなった。
後ろの方で歓声が上がる。見れば扉の方に避難した殆どの避難民がこちらを見ている。そして、この小さな勝利に喜色顕わにしていた。
「お兄ちゃん、すごいすごい!」
アイの声も聞こえる。
その時だった。
「よおぉし、開くぞぉ」
扉と格闘していた軍人と酔っぱらいが声を上げた。どうやら扉が開いたらしい。
「いよぉっ……」
と。
爆発音。
「え?」
ツヴァイには何が起こったかよく解らなかった。ゆっくりと振り返ってみる。
そこには、何もなかった。扉の方から侵入してきた多数の黄色い虫も爆発でできた元は扉だった瓦礫もそして大量の血と肉片もそこには存在していた。でも何もなかった。ツヴァイにとって意味のあったモノは全て。
破壊された扉から虫たちが入ってくる。それに呼応したのか、動きを止めたはずのトラクターに挟まれた虫も激しく足をばたつかせる。
「あ……」
ツヴァイは恐怖した。死ぬことに、ではない。もっと得体の知れない何かに、だ。
虫たちが躙り寄ってくる。
「ああ……」
アイに感じた懐かしい感情。守りたかったモノ。それを全て奪われる。
カメラアイの赤い輝きが強く光る。
「あああ……」
そう、九年前のもう忘れていた恐怖。全て、思い出も何もかも奪われる恐怖。生きながら殺された時に感じる恐怖だ。
そして虫たちは……。
「あああああぁぁぁぁ……」
その時、ボケット──青い石を入れていた所だ──が突然光り出す。熱くも冷たくもない光が爆発のように溢れでて、全てを包み込む。
そして、光が消えた後ツヴァイは消えていた。
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