機動戦艦ナデシコ
Phantom of MARS
第三話 例えばこんな『さよなら』
地球連合軍が臨時総会を開いたのは、十二月の半ばのことだった。陸軍・海軍・空軍・宇宙軍の各将官以上の地位にある者たちが、軒並み顔を揃えている。作戦行動中で直接参加できない者たちも、双方向の通信システムを使って参加していた。現在の連合軍総司令は、アメリカ合衆国出身のウィリアム=カリーだ。その彼が今、壇上で熱弁をふるっている。
「ナデシコ、許すまじ」
彼はその強引な手腕で賛否両論がある人物だった。だが、火星での敗戦で前総司令が辞任した後、地球が戦線を維持できたのは彼の存在が大きいのもまた事実だ。長年反目してきて戦闘すらしばしばあった月独立勢力を、対木星蜥蜴ということで地球連合指揮下におくことに成功し、地球連合軍を名実ともに人類の軍隊に位置づけることができたのは、彼によるところが大きい。
「国家対国家の紛争が終わった今、地球人類は一致団結して木星蜥蜴と戦うときだ」
そんなカリー総司令が、拳を振り上げて演説している。
今議題にしているのは、つい先日軍との交渉をうち切ったネルガルに所属している機動戦艦ナデシコについてだ。当初は民間企業が私的に戦艦を使用するとはいっても、あくまで地球圏内でのものであり、軍との協力関係の上での話だと見なされていた。
「だがナデシコは火星に向かうという」
そんな軍の思惑を、ネルガルは完全に裏切った。地球はおろか月ですらなく、火星に行くという。確かに、そのような成功率の低い自殺行為に、最新鋭戦艦を使用させるわけにはいかないということもある。しかし、それ以上に一企業が勝手に戦艦を作って戦力を保有し、その上連合軍の指揮下から外れるというその事実の方が問題だった。
「こんな勝手を許していては、地球はどうなる」
地球人類と地球連合軍は、正義のため人類のために一致団結しなくてはならない。少なくても、軍の建前としてはそうなっている。
ネルガルはそれを平然と踏みにじった。これは許されることではない。
そう気勢を上げるカリー総司令の演説を、彼の秘書官が遮った。
「総司令……」
「何だ?」
僅かに苛立ちを含んだ返事を返すカリー総司令。秘書官は困惑した顔をしている。
「緊急通信です」
カリー総司令は、眉を寄せた。秘書官に目で続きを促す。
「その……ナデシコからです」
「なに?」
総司令もまた、苛立ちを困惑へと変えたようだった。
「……繋げてくれ」
抑えた声で促す。
総司令の前と議会の正面スクリーンに、ウインドウが開かれる。
『あけましておめでとうございまぁす』
そこから流れてきたのは、ミスマル=ユリカ・ナデシコ艦長の心底無邪気な笑顔とこの挨拶だった。その日本語の挨拶に似つかわしい日本の着物を、彼女は着こなしていた。議会の厳粛な雰囲気と緊張が、瞬く間に吹き飛ばされる。画面の中では、ミスマル艦長の後ろで、フクベ元宇宙軍中将が慌てたように彼女に忠告している。
『艦長、君は謹聴しているように!』
『外人さんには日本語わかんないし、愛きょう出した方が……』
総司令が黙っていられたのはここまでだった。怒りを理性で最大限に殺しながら日本語で皮肉を言う。
「君はまず、国際的なマナーを学ばれるべきだな」
『へ?』
ミスマル艦長は、フクベ提督との問答に割り込まれたことが意外だったらしい。キョトンとした声を出した。が、すぐに気を取り直して言ってくる。
『あらご挨拶どうも。そちらは国際法は学び直されたようですね』
一ヶ月前の軍人による海賊行為について軽く皮肉ってから、ミスマル艦長は姿勢を正した。
『せっかくですが時間がございませんの』
そして、両手を目の前で合わせる。これが、彼女のお願いのポーズらしかった。上目遣いをしながら言ってくる。
『あたしたち三時間後に地球を出たいんですけどぉ。でも、このままだとバリア衛星を破壊しなくちゃいけないの。ナデシコも傷ついちゃうしぃ。で、悪いけどビックバリアを一時開放してくれると、ユリカ感激!』
まともな英語だ。文法も形式も間違えていない。だが、ミスマル艦長のふざけた――総司令にはそうとしか見えなかった――態度で、それは正式な要請と言うよりも例えば女子大生のおねだりのようにしか聞こえなかった。
「ビックバリアを開放しろだと? 盗人に追い銭か。ふざけるな!」
総司令はもはや怒りを隠そうとはしなかった。目の前のウインドウに向かって怒鳴りつける。
現在、地球は七つの防衛ラインで防衛されていた。第一防衛ラインには、核融合炉を搭載したバリア衛星によるビックバリア。第二ラインには、各種無人武装衛星による迎撃。第三ラインには、有人ステーションとそこから出撃する有人機動兵器。第四ラインには、地上からのミサイル。第五ラインは、地上発進の宇宙戦艦部隊による迎撃。第六ラインには、有人スクラムジェット戦闘機の迎撃。そして、最終ラインにはジェット戦闘機による迎撃がある。これらをもって、木星方向から飛来するチューリップの侵入を防いでいた。
これらは当然、地球連合軍の管轄であり、そのため地球と月・宇宙ステーション間の流通の深刻な影響が指摘されていた。また、ナデシコのパイロットがそうであったように、軍による恣意的な交通規制――戦闘区域外でのだ――もまた問題にされている。
ともかく、軍としてはビックバリアをたかだか一企業のために開放するなど、絶対に認めるわけにはいかないところであった。面子に関わる。そしてそれ以上に、連合軍はナデシコの正当性を認めていない。違法行為に手を貸す義理などはない。
『じゃあ、無理矢理通っちゃうもんねぇ』
だが、ミスマル艦長はあっさりとそう言ってきた。まるで軍の意向を考慮に入れていない。手を振りながら、気楽に言ってくれる。
「これでハッキリしたな。ナデシコは地球連合軍の敵だ」
「あらそう。ではお手柔らやかに――」
不敵な笑みを浮かべナデシコ艦長が慇懃無礼なお辞儀をしてきた。そして、そのままウインドウは消え、後には怒りに肩を震わせる総司令だけが残った。
総司令は怒りのままに宣言する。
「もはやこれは極東方面軍だけの問題ではない! 全軍を持って当たらねば、秩序はない!」
総会出席者たちの大半は、総司令の言葉に賛成のようだった。ただ例えば、火星の現状に同情的な旧月独立勢力からなる宇宙軍月面方面軍や、ネルガルと繋がりの深い極東方面軍などには、この発言に幾ばくかの反感を持った者もいた。そして、彼らを代表してというわけではないだろうが、極東方面軍司令のタナカ=サブローが発言してきた。
「しかし、あれを撃沈すれば最新鋭戦艦を失うことになります。それに、クルーの七割は日本国籍ですし……ミスマル提督あなたからも何か……」
最後まで言うのは憚れたのだろう、隣に座っているミスマル提督に話をふる。彼は実際にナデシコの捕獲に向かい、そして失敗している。また、ナデシコ艦長ミスマル=ユリカの父親でもある。スケープゴートにはもってこいだ。異論は挟みたい。だが、対立はしたくない。そんな極東司令の思惑を知ってか知らずか、ミスマル提督はおもむろに立ち上がった。そして言い放つ。
「いや……我が子ながらとんでもない女ですな。振り袖姿に色気がありすぎる」
天然か意図してかはわからない。それでも、うまく肩透かしを食らわせて躱してしまった。議会を脱力した雰囲気が支配する。
結局、総会は総司令のナデシコに対する攻撃宣言を採択して終わった。
ナデシコのブリッジは何ともいえない雰囲気になっていた。ついさっき、地球連合に宣戦布告――と言うより喧嘩を吹っ掛けただけだが――を突きつけ、今まさに第四防衛ラインのミサイル攻撃にさらされている。そんな中で、その当の本人である艦長は、振り袖姿で指揮にあたっているのだ。先ほどの連合軍総会にこの格好で通信した理由は、本人の言うところによると「お正月には宇宙に出ちゃうから、お父様に挨拶するのは今しかないし」とのことだった。要はせっかく持ってきた振り袖を着てみたかったのだろう。
ミサイルがディストーションフィールドに着弾するたびに、ナデシコは激しく揺れた。そんな中での作戦会議だった。
「宇宙船部隊はバッタと交戦中。スクラムジェット戦闘機の航続高度は突破してますから、後はターミナルステーションからのデルフィニウム部隊が当面の問題ですな」
プロスペクターが現状を整理して説明している。
彼の言葉の通り、第五第六第七防衛ラインは事実上突破していた。特に第五防衛ラインは、ナデシコ撃沈のために一斉に――といっても将官が軒並み総会に出席していたのでとても迅速とはいえなかったが――出撃してきたが、それに刺激されたのか各地の木星蜥蜴の活動が活発になり、とてもではないがナデシコ追撃に戦力を廻せる状態ではなくなっていた。
従って、当面の問題は第三防衛ライン・有人機動兵器デルフィニウムに絞ることができる。デルフィニウムの攻撃力では、ナデシコのフィールドを破ることはできない。だが、現在の第四防衛ラインのミサイルや、第二防衛ラインの衛星軌道からのミサイルのことも考えると無視できるものではなかった。第二防衛ラインのミサイルの威力はデルフィニウムの攻撃力の比ではないし、フィールドに負荷のかかったままではビックバリアを突破するのは難しい。
「めんどくさいね。びゅーんと一気に宇宙まで出られないの?」
「そううまくはいかないんだなぁ」
素人意見を言ってくるメグミをミナトが諭している。
メグミの感覚は、一年前まだ防衛ラインを引かれていないときのものだ。いまでは、政治的には様々な手続きを、実務的には幾つもの段階を踏まなくてはならない。ナデシコの場合、政治的な手続きを幾つか省いているため、実務面での面倒が増えているのだ。防衛ラインをいちいち強行突破していかなくてはならない。
「地球引力圏脱出に必要な速度は、秒速11,2q。ビックバリアで減速させられるから、それまでに最低でも秒速15qは必要なの。ビックバリアを破るためにはフィールドも必要だから、フィールドを張りつつその速度を出すには相転移エンジンを臨界までもっていかなくてはならない。でも、相転移エンジンは大気中では出力が落ちるという特性を持っているから、より真空に近い高度じゃないと臨界にもっていくことはできないの」
ブリッジの前方の床にあるスクリーンに図を出しながら説明するルリ。それをユリカが引き継ぐ。
「相転移エンジンの臨界点は高度二万キロ。でも、それまでに第二第三防衛ラインを突破していかなくちゃならないから……」
一拍置いてから続ける。
「第二防衛ラインのミサイルは防ぎようがないから、問題はデルフィニウムのみということになります。第二防衛ラインまでに相転移エンジンを臨界点にまでもっていかないとフィールド強度が足りずにナデシコにダメージが届いちゃうかもしれないし、消耗が激しくてビックバリアを突破できない可能性もあるの。だから、せめてデルフィニウム部隊の攻撃は……キャ!?」
衝撃に和服姿のユリカが転倒する。ゴートは顔をしかめた。
「またディストーションフィールドが弱まったな……」
見渡せば、ユリカ以外はみんな転んだりはしていない。
「艦長、着替えたらどうかね?」
提督の言葉にユリカは頷いた。
「ハーイ。でもその前に……」
いいことを思いついた。そう言いたげな顔で、ユリカはポンと手を打った。
この一ヶ月の間に、ヤマダ=ジロウという男はアキトにとってかけがえのない友人になっていた。少なくてもアキトにとってはそうだったし、ジロウの方も相部屋ということも手伝って、当初の見せ場を奪った男という認識を改め、友人として認めているようだった。
この、自称ダイゴウジ=ガイを名乗る男は、アニメに異常に心酔しているとか思い込みが激しいなど様々な欠点があるにせよ、確かに有能だったし何よりも「いい奴」ではあった。
今、アキトはジロウと自室で「ゲキガンガー3」を見ていた。第四防衛ラインの攻撃で部屋が揺れ続けている中での上映会だ。加速とフィールドにエネルギーのほとんどを使っているナデシコは、慣性制御にはあまりエネルギーを割り振っていなかった。ミサイル着弾の衝撃が、そのまま振動となって部屋を揺らす。
「あんまり揺らすなユリカ!」
「しょうがねえって。元々ディストーションフィールドは木星蜥蜴のグラビティブラスト用装備。実体弾による攻撃じゃ多少のダメージもあらぁな。わかったか?」
揺れるスクリーンを押さえながら蘊蓄を語るジロウ。さすがに本職のパイロットだ。自分の乗っている艦の基本的なことは知っている。
アキトは映写機の方を押さえながら聞き返してきた。
「あ、でもいいのかよ? 出撃しなくて」
「はあ? おまえ本当に何も知らないんだな……。ロボットでミサイルを打ち落とせるかよ。ロボットはやっぱり、ロボット対ロボットの肉弾戦さぁ」
ジロウは拳を振り上げてポーズをつける。
「てぇこたあ、俺様の出番は第三防衛ラインさ」
そしてそのまま、アキトに指を突きつけた。
「今度こそ、コックにゃ良いカッコさせねぇぜ」
「勝手にすりゃいいじゃん」
別にカッコをつけていたつもりのないアキトは、気のない返事を返す。その言いぐさが癇に障ったのか、ジロウは勢いよく顔を近づけてきた。
「よーし。それじゃあ、絶対に俺の邪魔すんなよ。もし邪魔したら……二十七話からは見せん」
いきなりビデオを消されて、アキトは焦った声を出す。
「え、二十六話が最終回じゃないの?」
「ばーか。その後時間帯が移動して最終クールがあったんだよ」
「ええ? 見せて見せて、お願い」
手を合わせて頼み込んでくるアキトに、ジロウは勝ち誇ったように立ち上がると指を突きつけてきた。
「ふっふっふっ。じゃあ誓え。今後、二度と俺の邪魔はしないとな」
勢いに負けたということだろうか。アキトは無言で頷く。首を何度も縦に振るアキトに、ジロウは満足したようだった。勝ち誇ったように笑うと、またビデオ再生を再開した。
「ゲキガンガー3」は今まさに二十六話、アキトが最終回と勘違いした回だった。敵司令官の乗った女性型のロボットと、主人公が乗っているゲキガンガーが戦っている。
それを見ながら、アキトはぽつりと呟いた。
「なぁガイ。もしだよ。もし正義の戦いだったらさ、人を殺しても許されるのかな?」
目の前のスクリーンでは、主人公達が一度は学友になった敵司令官と「殺し合い」をしている。
「あん? 何だよ、いきなり」
「いや、だってさ。その第三防衛ラインのロボットって……ええっと……」
「デルフィニウム」
「そう、そのデルフィニウムってさ、人が……乗っているんだろ?」
爆発、振動。画面の中と合わせるように、ミサイルが着弾してナデシコも揺れる。
「何だよ? そんなこと気にしてたのかよ。大丈夫だって。今の機動兵器の安全設計って並じゃねぇんだ。コックピットに直接攻撃したり、脱出ポットを攻撃さえしなければ、滅多なことじゃあ死人なんて出やしねぇよ」
ジロウはまるで気にしていないようだった。自分が人を殺すかもしれないということを全く考えていない。
もっとも、これはこの木星蜥蜴との戦いが始まってから兵役についた殆どの者にも言えることだった。無人兵器との戦闘、軍が完全に正義の味方になり得る戦い。戦争ではなく、正義の戦い。少なくとも、この戦いでは人は人とは戦う必要はないのだから。戦闘機をはじめとする機動兵器に乗っている者にとって、人を殺すための道具を使っているという感覚は、限りなく希少になっている。
だが、アキトは違った。アキトは人を殺している。それも限りなく直接に近い形でだ。人へ向けて撃った銃の反動は、肉を切り裂く感触と大差はない。
「そうなんだ……」
どこか安心したような声色に、ジロウは怪訝そうな顔をする。
「お前、そんなこと心配してたのか?」
「ああ。もしかしたら平気なのかもって」
殺すことが。
が、どうやらそうではなかったようだ。ただそこまで考えていないだけ。それだけのことだった。
それ自体は別に悪いことではないのだろう。彼は人を殺すためにパイロットをしているわけではない。人類の敵である木星の無人兵器と戦うためにである。
アキトにはその無邪気さが羨ましかった。
「大丈夫だって。俺様は正義の味方、ダイゴウジ=ガイ様だぜ。俺の熱い正義を込めた拳で戦えば、連合軍の奴等だって改心するはずさぁ」
改心する前に死ぬかもしれない、とは思わないのだろうか。アキトには少し疑問に思うところではあった。苦笑を返すアキトに、ジロウはさらに饒舌になったようだ。
「くぅー、燃えるシチュエーションだぜ。一対一のタイマン勝負。芽生える友情。殴り合った後には、親友になってなきゃ嘘だよなぁ」
「ケンとジョーのように?」
「そうそう。夕日をバックに喧嘩して、友情を確かめる。これこそ男のロマンだよなぁ」
話がゲキガンガーに絡み出した。こうなると、アキトもそれに乗ってしまう。
結局、堅苦しい話題はそれまでだった。
ナデシコの通路は人気がなかった。警戒態勢中の現在は、職務のあるものは職場に、ないものは各自の部屋に待機しているはずだ。
その無人の通路をユリカは歩いていた。軽い足取りで鼻歌を歌いながら、いかにも機嫌の良さそうな雰囲気を辺りにまき散らしている。
「どぉもこの間からしっくりこないのよねぇ」
着物の裾を捲りながら独り言を言うユリカ。僅かに眉を寄せて悩んでいるような様子を見せるも、全体的な雰囲気がそれを裏切っている。
確かにこの一ヶ月の間、ユリカはアキトに避けられていた。理由はわからない。幾つか推測できるが、アキトが直接教えてくれなければ、それはただの想像にすぎなかった。
ユリカは気合いを入れた。せっかく着物を着たのだ。アキトだって大好きなユリカが綺麗になっていれば喜ぶだろう。それで元気になってもらいたい。
ミサイルの着弾による揺れで何度か転びそうになりながらも、ユリカはアキトの部屋の前についた。彼の部屋は、パイロットのヤマダ=ジロウと同室だ。現在、作戦行動中である以上ジロウは格納庫の方で待機しているはずなので、部屋にはコックであるアキトが一人でいるはずだった。
ユリカはマスターキーを取り出す。アキトが同室のヤマダ=ジロウと共にプロスペクターにユリカのマスターキーでは自分の部屋の鍵を開けれないようにしてくれるように頼んでいたのは知っていたが、艦長権限で却下しておいてある。従って、問題なく開く。
扉を開けてまず聞こえたのは、何かの嗚咽だった。それも一人のではなく二人のものだ。
「な、何やってるの?」
驚いて部屋に飛び込むユリカ。
部屋の中では、アキトと居ないはずのジロウがいた。二人で泣きながら抱き合っている。二人ともユリカが来たことには気付かず、二人だけの世界に入ってしまっていた。
「ありがとう、ありがとう。こんないいものを見せてくれて!」
「そうか! おまえにもわかるかぁ! そうだよな! やっぱ男ってのはこうゆう死に様じゃないとな!」
正面のスクリーンには、ジロウのような暑苦しい格好をした男のキャラが長髪の男を抱えて号泣している。アニメ──題名は知らないが──のクライマックスのようだ。アキトとジロウの嗚咽に混じって、やはり暑苦しい音楽が流れている。
これもユリカの最近の不満の一つだった。アキトは自分を避けるだけではなく、こんなアニメに熱中していっている。こんなにかわいい彼女がいるのに!
「アキト、だめー!」
男同士が抱き合っているという状況に、思わず二人を引き離す。
「ユ、ユリカ?」
「艦長、男の友情に口出ししないでくれ」
戸惑ったような声を出すアキトと、あからさまにいやそうな声を出すジロウ。だが、ユリカは気にせずに、アキトの手を引いてジロウから引き離す。
「ヤマダさん。いまは警戒態勢のはずです。すぐに格納庫に行ってください。今すぐにです!」
「ちっがーう! 俺の名はダイゴウジ……」
「いいですね!」
「お、おお」
指を突きつけて叫ぶように言うユリカに、さすがのジロウも面食らったようだった。素早く立ち上がると、そのまま走っていってしまう。
それでもう、ユリカはジロウに関心がなくなった。アキトを正面から見つめる。
「な、何だよ、ユリカ?」
「アキト、答えて!」
アキトの頬を両手ではさんで、真剣な目で詰め寄るユリカ。アキトは思わず顔を引こうとするが、ユリカはそれを許さなかった。
「アキト……。正直に答えてね」
「だから何だよ?」
「アキトはヤマダさんと私、結婚するならどっちがいいの?」
「……は?」
「だから、アキトはヤマダさんとユリカのどっちが好きなの?」
「あの、ユリカ? 何を言って……?」
「答えて!」
唐突と言えば唐突なユリカの問いに、アキトは目を白黒させた。確かに、今の時代の法律では──地球ではともかく火星のものであれば──男同士でも結婚は可能だ。性差廃絶の名の下に、結婚の条件に性別は考慮しなくても良くなっていた。だが、アキトにそのような性癖はない。従って、答えは一つしかない。
「そりゃ、ユリカ……かな?」
「本当? やっぱり。アキトは私が好きなのね」
そんなことは言っていない。だが、ユリカはそれで満足したようだった。何の邪気のない笑顔を浮かべると、アキトを解放した。
「アキトも男の子だもん。ちょっとは浮気もしてみたくなることもあるかもしれないわ」
アキトが勘違いをただす前に続ける。
「でもね、同性愛は非生産的よ」
「なにがだよ!」
年上のお姉さんぶってずれたことを言ってくるユリカに、アキトは思わず叫び返す。
「ただガイとゲキガンガー見てただけだろ。あーあ、いい所だったのに」
「ゲキガンガー?」
ユリカが首をかしげて聞いてくる。
「オレが子供の時にやっていたアニメだよ。その時のも再放送だったらしいけど。今やってたのはさ、『壮烈!! ゲキ・ガンガー炎に消ゆ!!』って言うタイトルで、主人公の一人のジョーが死んでしまう回なんだ」
嬉しそうに解説するアキト。だが、アキトが嬉しそうに話せば話すほど、ユリカの表情は不機嫌なものになっていった。
「私の方がいいのに……」
「え?」
「私の着物姿の方が絶対にいいのに!」
「ユリカ、おまえ何言ってるんだ?」
突然癇癪を起こすユリカ。何を言っているのかわからないために、アキトは何を言えば良いのかもわからなかった。困惑するアキト。が、救いの手は虚空から現れた。
『艦長。早くブリッジに戻ってきてくださいよ』
プロスペクターだ。苦り切った顔で、ウインドウを開いている。
『第四防衛ラインは抜けました。そろそろ第三防衛ラインに接触します。艦長が居ないとどうしようもないんですから』
ユリカが着替えるために艦橋を出てから、確かにかなりの時間が経っている。まかりなりにも戦闘状態に、艦長が長時間艦橋に不在なのは問題があるのだろう。
「すみませぇん」
ユリカは慌てて立ち上がった。
「すぐにいきます。……アキト、アニメばっかり見てないで私も見てよね」
そういってユリカは急いで部屋から出て行った。急いで向かっているのだろう。自分の部屋へと。なぜなら、彼女はまだ着替えていなかったからだ。
「おーい、ユリカ?」
後には、ユリカについていけず白けたアキトと、惰性で流れ続けている「ゲキガンガー」だけが残った。
彼、アオイ=ジュンは、デルフィニウムのコックピットハッチが閉まるのと同時に覚悟を決めた。
彼はこの一ヶ月の間、ミスマル提督と共にユリカの軍復帰のために尽力してきた。それは決して不可能なことではなかった。ユリカは軍を退役していたとはいえ、この非常時は常に軍は人手不足だ。有能な人材には多少の融通も利くし、何よりミスマル提督の力もある。ナデシコを手土産にすれば、軍管轄上であってもナデシコ艦長のままでいられるかもしれない。
そんな目算での働きかけは、ナデシコが勝手に出航してしまったことでご破算になる。副艦長の自分に連絡がなかったのは、おそらく自分が軍と連絡を取り合っていたからであろう。……まさか忘れられたわけはないだろうし。
ナデシコが出航してからのジュンの行動は、さすが有能と言われているだけあって迅速なものだった。宇宙用装備を積んでいないことから宇宙に出る前に補給することを予測して、補給場所の可能性のある場所をある程度目星をつけておく。そして、出航直後の航路からそれを特定する。その後には、そこから宇宙に出るためのルートを計算し、その場合のナデシコを迎撃する第三防衛ラインの有人ステーションの場所を調べる。ジュンはここまでを僅か一時間ですました。
後は交渉だ。彼は直接有人ステーション「サクラ」へと赴いた。元士官候補生、しかも宇宙軍極東方面軍の提督の紹介付きとあっては、そう無下には扱えない。話は意外にスムーズに進んだ。
ナデシコの迎撃、ジュンはこれをナデシコの説得に変えることに成功した。自らデルフィニウム部隊を率いてそれに当たることにする。
実を言えば、当初これを聞いたミスマル提督と「サクラ」の司令官たちは驚き、そして彼を必死になって止めたのだ。デルフィニウムのパイロットになるということは、ナノマシン処理を受けるということだ。火星ならともかく、地球ではナノマシン処理に対する抵抗は大きい。優秀な士官候補生をつまらない偏見でつまずかせたくない。そういうことなのだろう。だが──。
「何てことありませんよ。これがなければパイロットにはなれないんですから。それに──」
ナノマシン処理を受けるときに、ジュンはそういって周りを説き伏せた。もっとも、彼の一番の本音は、最後の一言はほとんど呟くような独り言になっていたので、誰の耳に届くこともなかったが。
「それに、あの男だってしていることですから」
ともあれ、彼が部隊の指揮官になってナデシコの説得に当たることになった。与えられたデルフィニウムはジュンのための指揮官用も含めて九機だった。パイロットたちは意外に若かった。ほとんどジュンと同じくらい、一番年長であってもせいぜい二十五歳ぐらいだろう。この木星蜥蜴との初期の戦いによって、ベテランといえるパイロットはほとんど戦死していた。従って、これでも現時点では十分に先鋭といえる。
「増槽付けときましたんで一時間は確実に飛べます。ベクトル失敗しなければ落下することはまずないんで、とにかくここまで帰ってきてくださいよ──」
デルフィニウムに乗り込み計器ののチェックをしているジュンに、整備士の一人が話しかける。道を誤った愛しい彼女のためにエリートコースを外れる。そんないかにもな話は「サクラ」のスタッフにも広がっている。そのため、ジュンはこのぶしつけな越権行為の割には、きわめて好意的に接せられてきた。
「それじゃ、御武運を……」
彼、アオイ=ジュンは、デルフィニウムのコックピットハッチが閉まるのと同時に覚悟を決めた。
「……さよなら」
目を閉じる。わかっている。ユリカが一度決めたことは、自分が説得した所で翻したりしないということぐらいは。それでも……。
目を開ければ計器はすべて正常に作動しており、全天に外界が映し出されていた。他の八機の部下たちも用意は済み、カタパルトも正常だ。ジュンは息を吸った。
「目標──機動戦艦ナデシコ!」
デルフィニウムの迎撃のために、ジロウは格納庫でエステバリスに乗っていた。足を怪我して以来整備士たちが乗せてくれなかったため、実に一ヶ月ぶりのエステバリスになる。それまではシミュレーションで代用するしかなかったのだ。
そのために、ジロウは異様にテンションが高い。「ゲキガンガー」の主題歌を歌いながら、エステバリスを操縦している。ウインドウが開いてゴートとセイヤが何かを言っているようだが、彼は気にも止めなかった。
「博士、研究所のバリア開けてくれぇ」
ゴートの通信が終わったのを見計らって、ジロウはセイヤに呼びかけた。
『誰が博士だ!』
『あれ? 班長こーゆうの好きそうじゃないですか』
要らないことを言ってくるタダシを殴って黙らせると、セイヤは続けてきた。
『だいたい、テンカワはどうした?』
「あーあいつ? あいつなら、部屋で艦長に捕まってたぜ」
『なんだとぉ!』
「んなこたぁどーでもいいから、早くバリア開けてくれ」
どうしてあんな奴がもてるんだとか何とか言っているセイヤに、ジロウが促す。
うずくまっているタダシを軽く蹴りつけて起こすと、セイヤはてきぱきと作業を開始した。それを見届けると、ジロウは機体を重力カタパルトへと移動させた。空戦フレームでの出撃はこれで二回目だ。前回のことをふまえて、彼には一つの秘策があった。
「いいぜ。出してくれ」
こちらの準備はすべて整った。そして――ジロウは出撃した。
「あいつわかってんのか?」
勇んで出撃しているジロウを見ながら、セイヤは誰にでもなくぼやいた。
エステバリスは従来の機動兵器とは違い、オーバーテクノロジーを使った特殊なエネルギーシステムを採用している。
従来の機動兵器は、一般的には増槽つまりバッテリーを使用している。これは経済面でも技術面でも利点は大きいが、機動可能時間が短いという欠点があった。また近年になって開発された技術に、別にエネルギー炉を置いてそこからマイクロ波あるいは重力波でもって機動兵器へとエネルギー供給をするというものもある。これはエネルギー切れという欠点は克服できたが、供給ターミナルから距離を置くとエネルギーは途絶えるという欠点が新たに生じた。また、途中に障害物やバリアがあると途端にエネルギーが途絶えてしまうことになる。
そこでエステバリスに採用されたのは、情報やエネルギーの転移現象を応用したものだった。転移現象は半世紀ほど前に発見された現象だ。ある一定の条件を満たすと、ごく小さい量のエネルギーや情報が距離を無視して振る舞う。とはいえ、現代の技術でもその転移させられるエネルギー量は、ごくごく小さいもののはずだった。それをネルガルはどこから手に入れたのか、はるかに進んだ技術でもって克服していた。機動兵器を動かし、そして単独でディストーションフィールドを張れるほどのエネルギーを転移させる。その間の障害物は関係ない。これは後百年はかかると言われた技術だ。
といっても欠点がないわけではない。距離の問題はマイクロ波や重力波を使ったものと大差はなかった。理論上は距離を無視できても、現実はそう簡単にはいかない。起点と終点、この間の距離を無視することができても、距離が広がれば起点から終点を特定できなくなる。そうなれば、当然エネルギーを送ることはできなくなる。純粋に技術的な問題だが、決定的だった。
「あんまり離れるとエネルギーラインが切れるからな!」
もう一度だけジロウに通信を開いて怒鳴りつけるが、彼は聞いた様子はなかった。完全に浮かれている。
「ったく……」
とりあえずはあの熱血馬鹿は放っておくことにした。テンカワの機体の準備や戦闘の後のための準備もある。やることはいくらでもあるのだ。あの熱血馬鹿も底なしの馬鹿というわけでもないだろう。
「あのー、班長?」
「……何だ?」
見ればタダシが格納庫の一角を指さしている。心なしか呆然としていた。
「なんだよ……って、は?」
そしてセイヤも目を丸くした。
そこには確かにジロウの機体に装備させたはずの武器が置いてあった。ラピットライフルはもちろんイミディエットナイフまで置いてある。ワイヤードフィストがあるとはいえ、これではほとんど非武装に近い。
「な、何考えてるんだ? あいつは」
底なしの馬鹿だった。あの熱血馬鹿は絶対に単なる馬鹿だ。そんな認識をしたところで現状が変わるはずもなく、その馬鹿は九機の敵機に向かって特攻を仕掛けてるところだった。一対九ではラピットライフルを使わなければ到底勝ち目がないというのに。
「あの馬鹿!!」
『オッケーオッケー!』
あわてて通信を開くも、ジロウは憎らしいほどの余裕の表情を見せていた。彼の機体がデルフィニウムから発射されたミサイルへと突っ込んでいく。ギリギリまで引き寄せ、そして急下降をして避ける。たいした腕だった。
『今だウリバタケ! スペースガンガー重武装タイプを落とせ!』
「…………」
「ヤマダさん何か言ってますよ?」
「人の話なんか聞いてねぇ奴のことなんかほっとけ」
『だから、重武装タイプを落とせ』
無視されたジロウが焦った声を出す。
「ここにはガンガーだかアストロだか知らねぇけど、そんなのはねーんだ!」
「1−Bタイプのことじゃないですか?」
1−Bタイプとは、空戦フレームにグレネードランチャーやミサイルランチャー、火炎放射器、吸着地雷を搭載した重武装タイプのことだ。確かにこれを装備したら、この戦いは有利になるだろう。
「ったく。あいつ前の戦いで合体の味をしめやがったな――しょうがねぇな。おい、サイトウ。準備してやれ」
「はい、班長」
あわてて走っていくタダシを横目で見ながらセイヤは嘆息した。あの馬鹿わかってるんだろうな。この作戦は失敗しても成功しても空戦フレームが一つ犠牲になるんだからな。
自分を追ってくる八機の敵。ジロウは自分の作戦の成功を確信して笑い声をあげた。
「ふっふっふっ。作戦通りだぜ。まず俺が敵をおびき寄せる。敵は俺は武器を持っていないと思う。そして空中で重武装タイプと合体。敵をやっつける。名付けて、ガンガークロスオペレーション!」
ヒーローたるもの必殺技は観客に解説してやらなければならない。ジロウはチャンネルを全方向に解放してこの作戦を説明した。
「ふっ、ついてきた、ついてきた」
そして、ナデシコから無人の空戦フレーム重武装タイプが射出された。セイヤ謹製「変形合体プログラム」に従って飛行してくる。
『受け止めろよー』
「よっしゃー! ガンガークロスオペ……」
重武装タイプが爆発した。デルフィニウムからの攻撃だ。
「な!?」
ジロウには理解し難いことだった。奴らは人間だ。木星蜥蜴ではないのだから、お約束は知っているはずだ。それなのに、キョアック星人ですらやらないような合体変形中の攻撃をするとは……。
『あのー。もしかして作戦失敗ですか……?』
艦長からの無情な通信が入る。
『おいヤマダ。てめーなんてことしてくれたんだ! あれはなぁ、オプションでワイヤードフィストにドリルをつけた特別製なんだぞ。それをなぁ……。サイトウ、てめーも何でわざわざあれを出したんだ。重武装タイプは奥の方を出せって言ってあったろうが!』
なにやら錯乱しているセイヤからも通信が入ったが、これは無視しておく。
「な、なんの! 根性!!」
急旋回をかけ、追撃してきている敵機に突っ込んだ。殺しきれないGに骨が軋む。先ほどの重武装タイプを落としたことによって、ジロウは完全に無力だと思っていたのだろう。あっけなく懐に入り込めた。
「ガァイ・スウゥパアァ・ナァパアァ!!」
コックピットを巧く避けた会心の一撃が、デルフィニウムを貫く。ジロウのエステバリスとデルフィニウムのコックピットがその場から離脱した瞬間、デルフィニウム本体は爆発した。
「だーはっはっ。こいつはいけるぜ!」
勝ち誇って高笑いをあげるジロウの機体を、ジュンを除く残った七機のデルフィニウムが包囲していた。
「ヤマダ機完全に囲まれました」
ルリの報告の後に艦橋から聞こえてきたのは、誰かの吐いた溜息だった。あるいは誰もが溜息を吐いていたのかもしれない。
それもそうだろう。彼、ヤマダ=ジロウは非武装で出撃したあげく作戦を全方向に――つまり敵にも――わざわざ説明して失敗し、そして今一機を倒したのは良いとしてその油断から囲まれている。個々の行動からは有能さが伝わってくるが、全体を見れば馬鹿以外の何者でもない。
「彼も無人兵器を相手にしているときは十分まじめにやるんですが……」
呟くようなプロスペクターの言葉も、フォローになっているかは微妙なところだ。むしろ、自分に言い聞かせたいのかもしれない。
「テンカワは至急格納庫にて待機。繰り返す、テンカワは至急格納庫にて待機」
ゴートがアキトを呼び出している。アキトが正規のパイロットではないとはいえ、現状では当然の処置だろう。
「馬鹿」
ルリが呟く。とりあえず、誰も反論してこなかった。
外の戦闘は今は膠着状態になっていた。とはいえ、長引けば結果は見えている。数で勝るデルフィニウム部隊が、技量の勝るジロウを絡め取ろうとしていた。
と――。
『ユリカ! ナデシコを地球に戻すんだ!』
ウインドウが開く。その向こう側では、ジュンが悲壮な表情でいた。
「ジュン君!」
『今ならまだ間に合う。ユリカ、ナデシコを……』
「ジュン君、何でそんな所にいるの?」
『……え?』
心底不思議そうなユリカに、ジュンは顔を強ばらせる。
「あーどこかで見たことがあると思ったら副艦長の人。……乗ってなかったんですか?」
「そう言えばいなかったわねぇ」
「馬鹿ばっか」
『くっ……』
艦橋三人娘の容赦のない言葉に、さらに顔を引きつらせるジュン。
そんな艦橋をよそに、ジロウの戦闘はここで決着を見る。もう一機の撃墜には成功するも、やはり多勢に無勢だ。ついには捕まってしまう。二機のデルフィニウムに両腕を掴まれて、エステバリスがもがいていた。どうやら殺す気はないらしい。
残りの四機がナデシコに向かってミサイルを撃ってきた。説得と攻撃を同時にする。これが軍というものかもしれない。
着弾の衝撃の中、何とか立ち直ったジュンの声が響く。
『ユリカ。最後のチャンスだ。ナデシコを地球に戻して』
「ジュン君」
「君の行動は契約違反だ……」
ゴートは無視。
『ユリカ……。力ずくでも君を連れて帰るよ。抵抗すれば、君は第三防衛ラインの主力と戦うことになる』
ゴートの方も最早ジュンの方を見ずに、出撃準備の終えたアキトにウインドウ越しに何事かを言っているが、ジュンはこれに気づきもせずに続けた。
『僕は君と戦いたくない!』
「どうします? 艦長?」
プロスペクターが、ユリカに聞く。戦闘中は社命よりも艦長の権限の方が上位にある。ユリカの判断を今は信じるしかない。
「ごめん、ジュン君。私ここから動けない」
『え?』
そう言う彼女の顔は迷いもなく、いっそ晴れ晴れとしたものだった。つき合いの長いジュンが、彼女の意志の堅さを知るほどに。
『そんな……僕と戦うというのかい?』
「ここが私の場所なの。ミスマル家の長女でも、お父様の娘でもない――私が私でいられるのはここだけなの」
『ユリカ……』
「それにね、ジュン君。やっぱり火星は私にとっても故郷なの。私も火星を助けたい。アキトと私の故郷を木星蜥蜴から取り戻したい。それが無理なら、せめて火星の人たちだけでも助けたいの……」
そこには、ミスマル=ユリカがいた。ミスマル家の長女でも、ミスマル=コウイチロウの娘でも、あるいはナデシコ艦長ですらないミスマル=ユリカの素顔が見える。
ジュンが顔を伏せた。
『やっぱり……』
小さく呟く。
『あいつが良いのかい?』
「え?」
ユリカが首をかしげた。話がかみ合っていない。
『ユリカ、わかったよ』
ジュンは顔を上げると、ジロウの機体へと銃口を向けた。
『では、まずこの機体から破壊する!』
『くそー。はなせー』
ジロウのエステバリスがもがく。しかし、二機がかりで押さえつけられていて、逃れることができない。
ジュンが彼を撃とうとしたその瞬間――。
『やめろー』
一機のエステバリスが出てきた。ジロウを押さえつけているデルフィニウムの片方に、不意打ちで体当たりをして破壊する。これによりエステバリスの左手が自由になったジロウも、驚き隙ができたもう一方に左手でパンチを放ち完全に自由になる。
「アキト!」
ユリカのその嬉しそうな歓声は、ジュンに殺意を覚えさせるには十分なものだった。
「止めろよ、そんなの! こないだまで仲間だったんだろ、オレたち」
全く見覚えのない男だったが、今まで聞いていた会話の流れから、ナデシコクルーだったと推測してそう言うアキト。
アキトは今までのユリカとこの青年士官との会話を聞いていた。ハッキリと自分の考えを持っているユリカ。――自分はどうだろう。一年前に気がついて以来、何か自分の意志で行動を起こしただろうか? そして、記憶のない十年間は、本当に自分らしく生きてきたのだろうか? きっと違う、漠然とだがそう思う。きっと自分は、亡霊のような生き方をしてきたのだろう。だから、あんなにもユリカが眩しく見えるのだ。ゲキガンガーの熱血のように!
『あくまで立ち塞がるというのなら――』
目の前の機体の青年士官が、なにやら言ってくる。
『僕と戦え! テンカワ=アキト!』
「な?」
『一対一の勝負だ。僕が負ければデルフィニウム部隊は撤退させる』
一前線指揮官の権限を越えた提案だ。とても信じられるものではない。
が――。
『いけーアキトー。それでこそ男の戦いだぁ』
ジロウは信じていた。恐らく彼は、人間が相手であれば根本的に信じられるものだと思っているのだろう――アキトとは違って。だからこそ、彼はアキトの親友なのだ。
「そんなのやれるかぁ」
やればたぶん殺せる。そんな確信がアキトを戦いから逃げさせる。無感動に人を殺せた自分が怖い。
『行くぞ。テンカワ=アキト!』
そんなアキトの思惑はきっぱりと無視して、ジュンは攻撃してきた。
戦うわけにはいかない。アキトはジュンから放たれるミサイルを避けながら、とりあえず逃げ出した。
残りのデルフィニウム四機がジュンに加勢しようとする。が、そこに立ち塞がったのはジロウのエステバリスだった。
いっそ邪魔された方がマシ、そう思いながらアキトは逃げ回った。
「待てよ、待てよ、待てよ。おまえ絶対何か勘違いしてるだろ」
後ろでは、ジロウが次々とデルフィニウムを落としている。七機を相手にして不覚をとっていたが、四機では全く問題ないらしい。うまく牽制している。
『勘違いなんてしていない。だいたい僕はそんな個人的なことで戦っている訳じゃない。ナデシコは地球に必要なんだ!』
連合軍の主張。それを繰り返すジュンは、まさしく地球連合軍の軍人だった。
アキトの頭に血が上る。
「そんなに――」
『え?』
「そんなに、火星を見捨てたいのかよぉ!」
逆加速をかけて振り向く。減速したアキトと加速しながら追いかけているジュンが、衝突するようにぶつかる。
『違う! 僕は正義の味方になりたかったんだ。連合宇宙軍こそその夢を叶える場所だと信じているんだ』
エステバリスとデルフィニウムの力は拮抗している。
『地球は今戦ってるんだ。ナデシコがあれば地球は助かる。生きている人がいるかどうかもわからない火星よりも、今確実に地球を助けるべきなんだ。正義を貫いてみせる。地球をこの手で守ってみせる。一時の自由に踊って、理念と誇りを忘れたくない!』
叫ぶようにそう言ってくるジュン。それを聞いて、アキトは切れた。
拮抗している押し合い、これにまずアキトの方が自分から引いた。勢い余って体勢を崩すデルフィニウム。
「ばっかやろおぉ」
そこにエステバリスの拳が、デルフィニウムのちょうど喉のあたりに突き刺さった。
「ほお……」
勢いよく弾かれていくデルフィニウムを見ながら、プロスペクターは感嘆の声を漏らした。
膠着状態からの反撃。逆上しながらにしてはやけに鮮やかだった。
「ミスター……」
「なんです? ミスタ・ゴート」
ゴートがどこか唖然としたように言ってきた。
「あれは……死んでるな?」
アキトの攻撃は、正確に急所に命中している。つまり、デルフィニウムが人体だった場合の急所だ。これが人間だったら、喉を潰されて死んでいただろう。
「ええ……。やはり監視は必要ですな……」
近くの艦長には聞こえないように小声で答えるプロスペクター。その艦長は、思い人の活躍で完全に恋する乙女になっている。
『おお、やっぱ男のタイマンはこうでなくっちゃな!』
高価な空戦重武装フレームを無意味に空の塵にしてくれた正規パイロットが何かを言っているが、それは聞かなかったことにする。
『そんな好きな女の邪魔をする正義の味方になりたかったのかよ? そんなことのためにここまで来たのかよ?』
『好きな女だから――地球の敵になるのが耐えられないんじゃないか!』
アキトとジュンは互いに譲らない。ジュンの方も完全に激高してアキトに体当たりなどをしてきている。
「若いですなぁ」
プロスペクターはそんな二人に僅かな羨望の呟きを漏らすと、艦長の方を向いた。ユリカはその時にはもう、艦長の緊張した顔へと戻っている。その理由はすぐに知れた。
「第二防衛ラインの武装衛星、ナデシコを捕らえました」
メグミの報告。それは時間切れを意味していた。すぐにエステバリスを回収しなければ、ディストーションフィールドを張ることもできない。
『大体、地球の敵ってなんだよ? 火星を助けると地球の敵になるのか? それじゃ、火星のみんなはどうしろって言うんだ!』
『そんなことは言っていない! ただ、今やるべきことがあると言ってるんだ』
『ユリカの邪魔をすることが、今やるべきことなのかよ? それがおまえの正義なのか?』
ジュンが言葉に詰まる。
と、そこにジロウが割り込んできた。
『そうだぜ。そんな正義はないぜ。やっぱ、正義の味方なら敵との戦いで死ななきゃ』
ジロウはすでに残りの四機のデルフィニウムを倒していた。プロスペクターはそのことに軽い驚きを覚えたが、すぐに納得した。
デルフィニウムはバッテリー式だ。そろそろエネルギーの方も限界だろう。そうなれば、派手に動いて消耗することは避けなければならない。そして、動きの鈍ったデルフィニウムなど、ジロウにとっては容易い相手のはずだ。何だかんだ言ったところで彼は腕だけは良いのだ。
『ったく、これだから素人は困るぜ。大体、正義のために死ぬって奴は笑って死ぬもんだぜ。おまえみたいに迷ってますってな顔をしてるうちは、正義じゃないんだよ』
『そ、そうだよ。あんただって戦争なんかしたくないんだろ? 地球人同士が戦うなんてばかげているよ。好きな女を守りたいんなら隣で一緒に戦えばいいじゃないか』
『おまえは、僕にナデシコに戻れというのか……?』
『そうさ。それに、あいつのナイト役だって空いてるんだぜ』
ジロウとアキトの説得に、ジュンの目が揺れる。そんなジュンを急かすように、ルリの報告が響いた。
「武装衛星、ミサイル発射。ナデシコまで後一分できます」
「アキトもジュン君も早く戻って」
艦長も慌てたように言っている。ミサイルを防ぐためにはディストーション・フィールドを張る必要がある。だが、当然フィールドを張れば、エステバリスを収容することが出来ない。そうなれば、エステバリスはミサイルに迎撃されることになるだろう。エステバリスのフィールドでは、対チューリップ用のミサイルを防ぐことは出来ない。
『ったく。しょーがねぇなぁ』
これに行動を起こしたのは、三人の内ごく自然に艦長に無視された形でいた唯一の正規パイロットだった。
ジュンのデルフィニウムもすでにエネルギーが尽きかけているはずだ。このままナデシコに来なかったら、ステーションに帰ることも出来ずに墜落してしまう。そのせいで焦ったのか或いは他の行動を取ろうとしたのか、アキトの攻撃でもげそうになっている頭でアキトに対して頭突きをしてくる。しかし、それはあまりに隙が大きすぎた。
難なく避けるアキト。ジュンはそのまま大きくバランスを崩した。そこにジロウが割って入ってくる。
ジロウはデルフィニウムの右手部分を掴んだ。反射的にそれを振り払おうとするジュンに逆らわず、と言って手を離しもせずに、巧みに体を寄せていく。ジュンはそれを振り払おうと大きく体を振った。そのベテランのパイロットなら絶対にしない隙だらけの動作を逃さずに、ジロウはデルフィニウムのコックピットと下方のロケット部分との間に拳を叩き込んだ。緊急用の脱出システムが働く。デルフィニウムの本体部分を勢いよく下へと蹴り捨てると、ジロウはジュンの乗っているコックピットを抱え込んだ。
プロスペクターは安心した。的確な判断、正確な敵機の知識、そして迅速な操縦。これは前半の馬鹿げた行為を補って余りある有能さだ。少なくとも、自分の目に間違いがなかったことは確信できた。少なくともそう思いこんでおきたい。
アキト、ジロウ、そしてジロウに抱えられてジュンが帰還してくる。彼らがフィールド領域に完全に入ったとき、艦長がおもむろに頷いた。
「行きましょう」
ナデシコクルー達がそれに答えていく。
『エンジン稼働率、順調に上昇中。後三十秒で臨界点まで行くぜ』
整備班班長。
「相転移エンジン正常。ディストーションフィールド出力最大」
オペレーター。
「エンジン出力最大へ。いいわよ」
操舵手。
「ビックバリア接触まで後一分三十秒です。みなさん、衝撃に備えてください」
通信士。
彼らの報告はすべてが順調なことを示している。艦長は再び頷くと、大きく息を吸っておもむろに言ってきた。
「全システム出力最大でお願いします。これよりビックバリアを突破して火星へと向かいます。それでは――しゅっぱあつ」
それと同時に、第二防衛ラインのミサイルが着弾する。しかし、それもすでにディストーションフィールドを最大にまで張ったナデシコにはさほどのダメージもなかった。光すらも歪めるフィールドを張っていても尚、ナデシコのテクノロジーは艦橋の全天に外界を映し出すことを可能にしていた。さながら花火のように目の前でミサイルが爆発している。十分なエネルギーを確保できるようになったために慣性制御も正常に働いている。そのためか、爆音も振動ももたらさない眼前の光景は、殺傷兵器がもたらしたものとは思えないほど幻想的なものだった。
「ナデシコのバリア突破を許すな! 核融合炉が壊れてもかまわん!」
カリー総司令がヒステリックに喚いている。それも当然だろう。第七から第五までの防衛ラインは全くの役立たず。第四防衛ラインは牽制にしかならず、第三防衛ラインにいたっては指揮官の勝手な行動でナデシコを取り逃がしている。そして――忌々しいことだが――第二防衛ラインにいたっては、フィールドを最大で張っているナデシコには牽制にすらなっていない。第四防衛ラインのミサイルとは、威力において比ではないというのに、だ。
ナデシコは今まさにビックバリアを突破しようとしていた。元々ビックバリアは、フィールドなどを張っていないチューリップ用の防衛システムだ。ディストーションフィールドを装備しているナデシコには、少々役者不足だと思われている。
「バリア衛星の出力120%突破。これ以上は持ちません」
「かまわん。近くの宙域から衛星を回せ!」
「無茶です。これ以上バリア衛星を失えば、地球は木星蜥蜴に対して防衛ラインを維持することが不可能になります」
オペレーターが悲鳴のような声をあげる。それでも、カリー総司令は聞く耳を持たなかった。
「武装衛星を反転させろ! バリア突破に手間取っているナデシコを後ろから挟撃するのだ!」
「は、はい」
すでに事は軍の面子の問題になっていた。それだけに、連合軍としても単純な損得勘定では引けなくなっているのだろう。総司令はいかなる手段を講じてもナデシコを火星に行かせるつもりはなかった。
だが――。
「……ナデシコ、ビックバリアを突破しました」
たった一つの報告でそれも無駄になる。散々喚いていた総司令が、ピタリと口を閉ざした。武装衛星からナデシコを映していた映像も、今では砂嵐に化けている。
「バリア衛星、二機大破。……爆発しました。残り三機も中破。しかし、爆発の影響で近域のバリア衛星、武装衛星が操作不能になっています」
ブラックアウト。核融合炉の爆発に伴う衝撃波と強力な電磁波によって、広範囲の電子機器に致命的なダメージを与えた。恐らく、あの直下の地上では多大な被害が出ていることだろう。
ネルガルのせいで? それとも連合軍のせい? マスコミはどちらに責任をかぶせるだろうか。ネルガル系列の、或いはネルガル陣営に入っていなくともネルガルの影響から逃れられないマスコミは――。カリー総司令は力無く椅子に腰を下ろした。
「しかし普通、一隻のフィールドに五機掛かりのビックバリアが負けるかぁ?」
「今度の第一防衛ラインはネルガル製になるんだろ。クリムゾン製じゃなくってさ」
そんな軽口をたたいている部下達は、カリー総司令の肩書きにすでに「元」の一文字を付けていた。
ビックバリアは突破した。ナデシコクルー達もひとまず息を入れていた。ビックバリアの突破は予想以上に手間取っていた。いや、それは正確ではないかも知れない。クルーの手間が増えたわけではない。ただ、シミュレーションより若干バリアの抵抗が強かったのだ。尤もそれは、メグミの「なーんだ。無理してただけなんだ」との言葉の通りに、しなくてもいい負荷をバリア衛星に掛けさせていたというだけだった。
艦橋では今は二人のパイロットと一緒に入ってきた一人の男に、皆の注意は集中していた。つまり、投降した敵兵、契約違反の副艦長、恋の負け犬、そんな立場にいる男だ。
「ユリカ……ごめん」
ジュンはしおらしく頭を下げた。とは言ってもここはナデシコ。軍隊ではない。
「ううん。ジュン君はなーんも悪くない」
艦長はこのような対応だ。
「ジュン君は私のためを思ってこんな事をしたんだよね」
「え……いや、あの、その……」
「アキトもありがとぉ。大切なお友達を傷つけないでくれて」
「え?」
ユリカはジュンからいきなりアキトの方へと向いて彼の手を取った。アキトは慌てたように言ってくる。
「いや、だからさ。別にユリカの友達だから助けた訳じゃないよ。それにジュンを助けたのはガイだし」
が、ユリカは聞いていなかった。嬉しそうにアキトの手を両手で包んで振り回した。
「わかってる。アキトは私のために戦ってくれたのよね。やっぱりアキトは私の王子様!」
「いや、だから、おまえなあ……」
一方的なユリカにアキトが黙り込む。そこにプロスペクターが割り込んだ。
「で、どうします、艦長。副艦長の処分は」
いくらナデシコが軍隊ではないと言ったところで、さすがに副艦長自ら自艦に攻撃をしたというのはまずい。したがって、何らかの処分をすべきだと暗に言っているのだ。もしかしたら、高価な重武装タイプを破壊したことを根に持っているのかも知れない。
「えー、ジュン君はユリカの大切なお友達だし……」
「……お友達」
不満げなジュン。
「ジュン君はジュン君なりにナデシコのためを思ってやったことだし、あんまり厳しいこと言いたくないな」
「わかりました。このことはお給料の方で償っていただくということで、処罰はしません」
ふう、と息をついてそう言うプロスペクター。彼とて本気で副艦長をどうこうしようとは思っていなかったのだ。それに、なんというか見ていて気の毒になってきたというのもある。
「ユリカ、ありがとう」
「ううん。ジュン君はユリカの大切なお友達ですもの。このくらい当然よ」
ユリカが話すたびに情けない顔になっていくジュンに、さすがに同情したのだろう。ミナトが口を挟んできた。
「艦長ぉ」
「なんですか? ミナトさん」
「アオイ君は艦長のためにここまで来たのよね? それなのにただの友達なの?」
「そんな、ただの友達だなんて。そんな訳ないじゃないですか」
「ユリカ……」
それを聞いてジュンが嬉しそうな声を出す。
「ジュン君は大切なお友達ですよ。ただのじゃありせん」
そして奈落へと突き落とされる。
「まあまあまあ、そんなことはどうでも良いから。おまえ、今日これからオレ達の部屋へ来いよな。ゲキガンガーの上映会をしてやるから。本当の正義がどんなモンか教えてやるよ」
手に持っているものをヒラヒラと振りながらジロウがジュンに話しかける。或いは奈落の底から救ったのかも知れない。
「あー、ゲキガンシールだ」
後ろから見ていたアキトが歓声を上げる。
「七機も落としたんだぜ。俺のスペースガンガーに貼らなきゃ」
見せびらかすようにゲキガンシールを振ると、ジロウは艦長に聞いてきた。
「もう格納庫に行っても良いんだよな?」
「あ、はい。それじゃ皆さん持ち場に戻ってください」
一人の青年士官の純情とともに、事後処理は終わった。
整備班班長特製の重武装フレームをドブに捨てたパイロットが撃墜マークを付けに行った際に格納庫で整備班から心のこもった「お礼」をされたのと、ヤマダ=ジロウの怪我でアオイ=ジュンの歓迎ゲキガンガー上映会がお流れになったという以外、恙なくナデシコは防衛ラインを突破したのだった。
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