「テメエー!」
「殺してやる!」
そういって二人の極道はドスを構え向かい合う。
「やめてー! 私のために争わないで!」
売春婦のタマエはドスを突き出す二人の間に身体を投げ出す。
ドシュ!
「「タマエー!」」
二本のドスに身体を貫かれ、崩れ落ちるタマエ。
流れる血に体温を奪われ、霞む意識に二人の姿を捉える。
「やめてよ……私たち、男子校時代は中の良い親友同士だったじゃない」
ニューハーフの売春婦タマエ。
「生まれ変わっても……また、三人……会えたらいい……ね」
最期の言葉を愛する二人の男に残し、ニューハーフの売春婦タマエは息をひきとった。
「「タマエーーーーーーーーーーーーーーーーー!」」
悲しみも、苦しみも、すべて白く覆い隠そうと、空には白い雪が舞い始めていた。
終わり
「はい良く出来ました。うんうん、アキトも文字の方も大分出来るようになってきたね」
ジュリスがアキトを褒める。
屋敷にある一室、この一月の間その部屋はアキトたちがこの世界の言葉の勉強をするために使われていた。
「……なぜ言葉の勉強の教材にこんな本を使うんだ?」
アキトの口からジュリスたちと同じ言語が話される。
勉強机に腰掛けジュリスが持ってきた本を声に出し読んでいたアキトは、ある程度文字が読めるようになってから何度も尋ねていることをまた質問する。
「そのほうが面白いからよ」
「……………………そうか」
それに対するジュリスの返答も今までと同じ。いい加減もう気にしないようにするべきだろう、とアキトは心に決めた。
現在アキトはもうバイザーを着けていない。着ている服も感覚補助用のボディスーツではなく、キャミルが用意してくれた室内用のラフな服装をしている。ルリとの新たなリンク、そしてラピスとのリンクが復活し、二人のリンクの相乗効果によりアキトの五感はかつてより遥かに戻っていた。
味覚などは料理人として通用するほどの繊細さは取り戻せてないが、それでも普通に食事を味わう程度はでき、そのことは食事のたびに苦しんでいたアキトにとっては救いとなり、今では再び食事を楽しむこともできるようになっていた。
今この部屋ではアキトの他にもルリとラピスが勉強をしている。だがこの二人はアキトよりも言葉を覚えるのが遥かに早く、すでに勉強の必要もないくらいだった。そのためジュリスはアキトの教育に専念しているのである。
ソファに腰掛けルリはこの世界の小説、まともな、を読んでおり、ラピスもそんなルリのとなりに座りアキトの勉強風景を眺めていた。
ラピスはアキトに視線を向けたままテーブルのジュースに手を伸ばしたが、手元を誤りコップを倒してしまう。
「あっ――ルリ姉さん、ジュース溢した」
「ラピス、そういう時は自分で拭きなさい」
「うー……わかった」
仕方なく布巾を取りに立ち上がるラピス、そのラピスが通り過ぎる傍で床に直接座ったジェイクと、かつてユーチャリスでも使われていた無人機のバッタに似た機械が将棋を指していた。
『王手』
将棋盤の上に浮かぶモニタ。
「げっ、ダッシュちょっと待った!」
『ダメ』
「くそー!」
ジュリスにより小型の端末に移されたダッシュが、屋敷で雑用や清掃に使用されているバッタを操って将棋を指しているのであった。
とにかくそれぞれが好きなこと、アキト以外、をやっていると、キャミルがお菓子を持ってやってきた。
「はいーどうぞ、あっアキトさんにも差し入れですよー」
お菓子にラピスは顔を輝かせ、布巾も放り出し駆け寄る。
「あらあら、ラピスさんのはこれですよ」
「ありがとう――」
「はい、こっちがルリさんのです」
「うん」
トテトテ、とルリの分のお菓子も持ってソファに戻る。ルリもそんなラピスに微笑みお菓子を受け取るが、
「ですが、ちゃんと拭かないとダメですよ」
注意することは忘れなかった。
「うー」
しょんぼりと、またラピスは布巾を取りに行く。
「そういえばティングルさんは?」
ルリがキャミルに尋ねる。
「ティングルさんは、ダイオス様の御付きでお出かけですー?」
ダイオスとはこの屋敷の主であり、アキトたちの滞在を許可した人物である。
「どこに行ったの?」
テーブルを拭き始めたラピスも尋ねる。それにキャミルは少し寂しそうに答えた。
「――お墓参りです」
空は雲に覆われ、その眼下に無数に並ぶ墓石たちが物悲しさを感じさせる。
いまその墓石の群れの一つに、二人の人影があった。
一人はダイオス・グラウン
アキトたちが滞在している屋敷の主である。
白髪が混じった焦げ茶色の髪。深い蒼の瞳。皺に覆われた顔は、だが未だ生気を失っていない。年を経て尚も衰えぬ覇気をその身に宿した男だった。
もう一人はディオス・グラウン
そのダイオスの実の息子であり、ダイオスの部屋にあった写真の男性があと幾年か年を経ればこのようになるだろう。
焦げ茶色の髪を後ろで縛り、思量深さを感じる瞳は深い蒼、端正な顔には覇気が宿り見るものを惹きつける。細身だが力強さを秘めた身体をスーツで覆い、父であるダイオスの持つものを正しく引き継いだかのような青年だった。
そして二人がいる墓石にはディオスの妻であるシルヴィアと、娘のシリアが眠っている。否、ここに遺体はない、だがそれでもここは二人の墓であった。
「父さん久しぶりですね」
「ああ」
「家に窺えなくてすみません。仕事のほうが忙しくて」
「聞いている。無理はするな」
苦笑しつつもディオスは返す。
「俺がやらなくてはいけないことです。そんなこと言ってられませんよ」
「かつて私がやっていたことだ、知っている。だがそれだからこそ身体には気を使え」
「――わかりました」
それから二人は暫く無言で墓に目を向けていた。このとき彼らの心にどんなものが到来したのかは彼ら本人にしか分からない。
だがダイオスによってそれは終わりを告げる。
「ボソンジャンプに関連していることでお前が何かを行っていると聞いた」
「――そうですか。それは間違ってませんよ、ボソンジャンプについての研究は行われています」
「何のためにだ?」
「第一は、シルヴィアとシリア、かつてのような事故が二度と起こらないようにするためです」
「今でももう事故は起こってないだろう」
「俺たちはまだボソンジャンプについて殆ど知りません。ただ使えているだけです。またあんなことが起こらないとも限りません。それに――」
一度止め、墓から視線をダイオスに向け続ける。
「ボソンジャンプには可能性がある、今はまだ装置間でしか行えないボソンジャンプを自在に行えたら――あれは人類の未来にとって必要なものです」
「――そうか、それならかまわない、だがそれは本当にお前の本心か?」
「父さんは俺を信頼できませんか?」
「――私はお前を誰よりも信頼しているとも、だからこそ間違った方向には行くな」
「肝に銘じておきます」
それからは再び会話もなく、死者たちの寝床は鎮魂の静寂に包まれた。
再び屋敷の勉強部屋。
今そこに大きな地図が運ばれてきた。
その地図を壁一面に貼り付け終えると、ジュリスは一同に振り向く。
「では次は地理と歴史の勉強の時間です。全員着席」
今まで立っていたアキト、ルリ、ラピス、ついでにジェイクは用意された机の席に着く。
全員が席に着くとジュリスはバンと大きな音をたて地図を叩く。
「はい、まずは地図を良く見る」
赤くなった手をプラプラ振りながらも地図を見るように命令する。それに素直に従う三人と、寝ている兄。
ジュリスはとりあえず懐からハンマー、十トン、を取り出しながらダッシュに声をかける。
「ダッシュ、授業の前に頼んでおいたことしといて、その間に兄さんやっちゃうから」
ピンポンパンポーン
【作者の言葉:ダッシュ】
『作者から二つ手紙が届いたので紹介します』
― 手紙1 ―
『遺跡などナデシコに登場した名称はそのまま使用します。この世界の言語でそう話していると考えてください。これは分かり易さを追求し、読者のことを考えた配慮ですのでご了承ください』
― 手紙2 ―
『あーしっくりくる名前が思いつかねー! ていうか、ぶっちゃけ名前考えること自体面倒くせー! もういいやそのまま使っちまえ』
『尚、この二つの手紙のどちらが作者の本心かは分かりかねます』
「ありがとうダッシュ」
ジュリスはそう言い、ハンマーを再び懐に戻す。そのの背後には頭から煙を上げ倒れ付す兄の姿があった。
そんな光景を見ていた三人はそれぞれ感想を洩らす。
「あの二人、仲が良いんですよね?」
「多分な」
「ばか」
とりあえずジェイクのことは忘れて再び勉強は開始された。
地図には、まず真ん中に大陸が一つあり、さらにその大陸を囲むように、東北、東南、西南、西北に四つの大陸が描かれていた。
無論、他にも小さな島々はあったが今において肝心なのは大陸が五つあることだ。
「まずは大陸が真ん中に一つと周囲に四つあることが分かるでしょ。周囲の四つの大陸は企業が管理しているの。それぞれ、
東北の大陸はグラウン、この屋敷の主であるダイオスさんが創設して現在は息子のディオスさんが引き継いでいるわ。
東南の大陸はテラー、
西南の大陸はカラム、
西北の大陸はサイジン、
これらの企業が大陸を治めているの」
「なぜ企業が治めているんだ? 国はどうした?」
「昔は国が治めていたんだけど、遺跡が降ってきてそれを巡って戦争が起こったの。その戦争で国が疲弊していって今じゃ企業が行政も行うようになったんだ」
「では企業が国と考えてもいいんだな」
「少し違うわ司法機関は別にあって、そして各企業とその司法機関の話し合いによって定めた法律に基づき企業が治めているの」
「その機関とはなんですか?」
「それはこれから説明するわ」
そう言ってジュリスは残りの中央の大陸を指差す。
「この中央の大陸に遺跡があるの。そして裁きを行う機関である大法院もここに本部を構えている、大法院は企業とは繋がりがない独自の機関なの」
「ではその大法院が企業の上に立っているのか?」
「上下関係じゃないわ。ただ企業が治めている以上、企業を裁ける機関が必要だったのよ。大法院の支部は各大陸にあり、民間の裁判も行っているわ。それに大法院の役割は遺跡の管理者でもある」
「……遺跡か」
遺跡はアキトの人生に関わり彼の運命を大きく変えた。そのため遺跡に対するアキトの思いは複雑だ。
「そう遺跡、遺跡が降ってきた当時の私たちの技術力はアキトたちの世界より劣っていたわ、そこに遺跡によるオーバーテクノロジーがわんさか投入された。それまでとは戦争のやり方まで変わってしまい、止め時も分からず世界中を巻き込んだ。だからこそ遺跡は厳重に管理され現在では遺跡の調査も大法院の許可を受け、さらに大法院の立会いの元でなければ行えない――いえ、許可は当分降りることはないでしょうね」
「なぜですか?」
「急激に技術が進むのは危険だと戦争によりわかったからよ。今は各企業も戦争の時代に遺跡から吸い出された技術を元に新たな技術開発を行っているわ。だけど遺跡にはまだまだ未知の技術が残されている、もしそれが今ある技術を大きく超えたものならその技術を得た企業がまた戦争を始めるかもしれない。だからこそ直接的な武力を持ってない大法院が管理し、また各企業に互いを牽制させているの。ああそれと大法院には遺跡の調査をする権利はないわ、また遺跡の状態は各企業も協力して監視しているから抜け駆けは無理ね」
アキトたちは今の話を理解するため黙り込む。
「今回のことで覚えなければいけないのは、大陸を企業が治めていて、司法は大法院が行っている、遺跡は大法院が管理している、これくらいのものよ」
墓地にて互いに黙って墓石を見詰めていた二人だが、不意にディオスが顔を上げる。
「父さん、ではそろそろ帰ります」
「そうか、気をつけてな」
「はは、子供じゃありませんよ」
「ふっ」
ディオスが墓地から出ると、こちらへ車が走ってくる
車はディオスの前で停止し、そこから一人の女性が出てきた。
黒髪を腰まで伸ばし、青の瞳、その顔は整いすぎるほどに整っている、スーツを華麗に着こなし傍目にも有能そうに見えるが、どこか冷たい空気を纏っていた。
だがそんな空気もディオスが声をかけると、零れる嬉しげな笑みにより霧散する。
「ああカザハ、出迎えありがとう」
カザハは車のドアを開け、ディオスが乗り込むと自分も運転席に座る。
「会長よろしいですか」
「うん、行ってくれ」
車で去るディオス、それをダイオスは見えなくなるまで見送っていた。
それから少しして、ティングルが現れる。
「ダイオス様、お迎えに上がりました」
「ああ、ありがとう――屋敷の様子はどうだ?」
ティングルはにこやかに、そして楽しそうに答える。
「ええ、いつも通り仲良く騒いでおられますよ」
ダイオスは思わずフッと笑いを洩らす。
「そうか――ああ、もう帰ることにしよう」
騒がしい勉強部屋。
「はいアキトここ、とここ、間違ってるよ」
「くっ」
アキトは今度は書き取りの勉強中だ。
「ダッシュ! ちょっと待ってくれ!」
『NO』
こちらの二人、一人と一機、もまた将棋をやっている。
「アキト頑張れ――あっ」
「ラピス、また溢して……」
さらにラピスはまたジュースを溢す。
「うーん、今夜の夕食は何にしましょうかー?」
「あっ! そこも待ってくれ」
『やれやれ』
「何だと――ゲハッ!」
突然椅子が飛んできて、ジェイクを弾き飛ばす。椅子が飛んできた先には、額に青筋を浮かべ鬼の形相のアキトがいた。
「うるさい――集中できないだろうが!」
「だ……からって、椅子を、投げる……な……ガクッ」
だがジュリスは気絶する実の兄に目もくれない。この兄妹仲は良好なのか疑いたくなるところだ。
「そろそろアキトたちも言葉を覚えたし、街に連れてってあげようかな」
「ラピス、ちゃんと拭きなさい」
「うー」
あとがき
何かジェイクのキャラが分からない今日この頃、というかオチ役が彼に回ってしまったのか。
もういい加減、言葉が通じないままでは話が進められないため時間を進めました。一月で言葉を十分に覚えられるかというと、それだけに集中してやろうと思えばできなくはないのかな? むしろルリとラピスとっては長すぎで、問題はアキトだけですね。
今回はとりあえず世界の紹介。企業が国の代わりになってるとかどっかで聞いたことのある設定です。ですがこの先、企業の上に国がいてはやり難かったのでこういう設定になりました。とにかく司法と立法と行政は分けなくてはいけないんですが、なんか分け切れてない状態の世界ですね。
本編中でもありましたが、遺跡の名称ですがなにかしっくりこなかったのでこの先は遺跡で統一します。他にナデシコの世界にあったものの名前はそのまま使用します。まあこの世界の言語でそう話していると考えてください。分かり易いし良いですよね?(ビクビク)
それと始めのアキトが読んでいた本ですが、あれはなんか変な電波が来たせいです。はっきり言って要りませんが、でも電波という怪物には勝てなかったのです。仕方なかったんです(必死)
しかし色々ごちゃまぜにしたせいで、混沌としたまとまりのない話になってしまった……この【あとがき】さえもまとまりがないとは(吐血)
代理人の感想
キャラクター同士のショートコントは程ほど、ストーリーを進める合間の息抜き程度にした方がよろしいかと。
コントだけ見せられても楽しめない事が多いんですよね。
(コントだけで間を持たせられるようならそれはもう一流です)
読者が見たいのはやはり大きな話の流れ、その中で動くキャラクターたちであって、幕間ばかり見せられても詰まらんのですよ。
今回なら冒頭から「――お墓参りです」の部分だけで良かったと思います>コント
>かつてより遥かに戻っていた。
「遥かに」は「戻る」にかかる種類の副詞ではありませんね。
「遥かに高いレベルで回復していた」などがよろしいかと。
>「少し違うわ司法機関は別にあって、そして各企業とその司法機関の話し合いによって定めた法律に基づき企業が治めているの」
ここは「少し違うわ。司法機関は〜」と、句点を入れなきゃダメでしょうね。