抜けるような青空、そこに浮かぶ巨大な光玉、眼下には広がる緑の森林、そこに走る一本の林道を駆ける三つの人影があった。


一人は蒼銀、もう一人は桃銀、最後の一人は金髪と、色取り取りの髪が走る動作に合わせて揺れ、光を反射する。


蒼銀の髪をした少女、ホシノ・ルリ、桃銀の髪の、ラピス・ラズリ、金髪は、ジュリス・ラード、


その三人は現在、ダイオスの屋敷周辺の林道を一定のペースで走っていた。


ルリとラピスは訓練の一環として、ジュリスはそんな二人に付き合い、アキトに稽古をつけてもらうようになってからの毎朝の日課である。


三人はそれぞれ、薄手の運動し易い格好をしており、今は流れる汗で所々身体に張り付いている。


これはさんさんと照りつける太陽にも責任があった。


季節は、もうこれでもかというくらい、夏真っ盛り。


早朝にも関わらず、すでに気温はかなりの数値を誇る。


さらに森の各所からは虫の鳴き声が聞こえ、その存在を盛大にアピールしている。


だがまあ、この三人にとってはいつものことなので、取立て気にすることもなく、黙々と走り続ける。


と、軽いカーブを抜け、屋敷が見えてきた辺りでジュリスが残りの二人に話しかける。


「明日さ、ジェイク兄さんが研究機関の発表会に行くんだよ。それで、私たちもついていかない?」


走りながらなため、苦しそうにしながら話す。


それに残りの二人も、僅かに息を乱しつつも、なぜ研究の発表会に自分たちも行くのか尋ねる。


それに対してのジュリスの説明は、


その発表会は、グラウン大陸の西海岸にある、有名なリゾート地である【ジュエルシティ】で開催される。


ここはリゾート地であると同時に、研究機関が多く集まっており、たびたび研究成果が外部にも発表されている。


今回は、ナノマシン関係の研究成果が披露されるため、ジェイクはそれに出席することにしたらしい。


どうやら一緒についていって、バカンスを楽しもうという腹のようだ。


ちなみにジュリスの畑は機械関連なため、今回の発表はあまり関係ないらしい。


あのイメージリンクユニットも、リンクの制御部分はジェイクが担当したが、残りは全てジュリスによるものである。


その後は、アキトのブラックサレナや、ユーチャリスも暇なときに弄くっているなど、関係ない話に飛んで行った。


なにやら、ブラックサレナに至っては、分解してそのままほったらかしにしてあるなど、アキトが聞いたら怒りそうなことも口にしていたが、その辺りを詳しく話す前に屋敷に到着したので、話はそこで終わりを迎えた。















その翌朝、キャミルに見送られ、車で出発するアキト、ルリ、ラピス、ジェイク、ジュリスの姿があった。


ちなみに今回はアキトが運転を担当している。助手席にはルリが座り、助手席後ろにラピス、真ん中にジュリス、


そして運転席後ろではジェイクが黄昏たように外を眺めていた。


その口からは僅かな酒の匂いがし、目には涙を浮かべている。





今日は短めにした早朝のジョギングから、ルリたちが帰って少し後、昨夜から帰ってなかったジェイクが帰宅した。


出発の日に堂々と朝帰りをかましたジェイク、


何をやってるのかとジュリスが怒鳴ろうとしたが、その背中が煤けて見え、口を閉じる。


そこで何があったのか聞くと、


「……俺さ、あんなに欲しいものは買ってやったのに、他によ…………信じられねえ。これは夢か? 夢だといってくれ……」


もうそれには、他の者たちも何も言えず、


男性陣は、元気出せよ、と慰め、


女性陣も朝食をジェイクの好物にしてやった。



皆の優しさが目に染みる、


「ぅ、ありがとうよ」



こうしてジェイクの青春のメモリーに、新たな一ページが刻まれた。












何とも言えない雰囲気のまま車は、ダイオスの屋敷近郊のファージの街に到着した。


だがその頃にはジェイクも、少しは元気を取り戻していた――空元気かもしれないが。


車をボソンゲートステーションの駐車場に止め、それぞれ車から降りる。


と、ここでルリとラピスの瞳について説明したい。


現在、ルリの瞳は黒、ラピスは橙と、本来の色である黄金とはかけ離れた目の色をしている。


これは以前の事件で、瞳が黄金ということで攫われたため、以来外出時はそれを避けるためカラーコンタクトをするようにしているのだ。















今は世間も長期休暇の時期なため、アキトたちのようにバカンスに赴く人々で駅内はごった返していた。


一行は、他の大勢の人たちの群れに加わり、大型のボソンゲートに向かう。


今回の目的地であるジュエルシティは、この時期のジャンプ比率として上位に入るため、駅側としてもそれ用のボソンゲートを設置しているのだ。


ジュエルシティ行きのボソンゲートには結構な長さの列が出来ていたが、とにかく一行はその後ろに着く。





「これじゃあ、大分かかりますね」


背伸びして前を確認しながら、ルリがそう洩らす。


続いてラピスも列を離れて前を見ようとしたが、それを止められ、何となく面白くなさそうな顔でアキトを見上げる。


すまんすまん、とラピスを適当にあやしながら、アキトもルリと同じような感想を抱いたが。


だが、結局三分も待たないうちに彼らの順番が回ってきた。


アキトたちが見ているなか、思った以上の早さで、前のグループが次々とジャンプしていくのだ。


以前ジュリスの説明であったように、この早さでジャンプが行われるなら、ボソンゲートの数も現状で足りているのだろう。



大型のボソンゲートも、小型の方と変わらない造りだったが、アキトたちが入り、さらに後ろから何人か入ると電子音が鳴り響いた。


これは定員人数に達したことを知らせるもので、この音が鳴った後は、警告に続いてゲートは閉じられる。


機能的にはもう少し人数が増えても問題はないが、あまり詰め込みすぎても利用客の負担になるため、内部のスペースに程ほどの余裕があるくらいの定員数になっている。


どれくらいの余裕かというと、その場で回転しても隣の者とぶつからないくらい、といったところである。


まあそうこう解説している間に、ゲート内は光に包まれアキトたちはジュエルシティへ旅立った。

























ジュエルシティ。


グラウン大陸の西海岸部に位置する街である。


この街は各大陸に僅かに存在する中立の都市の一つで、企業の影響をあまり受けずにいられるため、研究者たちが大勢集まり、今ではありとあらゆる分野の研究機関が存在する。


また、研究機関が集中する以外にリゾート地としても有名で、


特に、澄み渡った翡翠の如き海の美しさは、訪れた人々の心に深い感動を呼ぶ。


そんな美しい観光地であるジュエルシティをアキトたちは訪れた。










ジュエルシティのステーションにジャンプアウトした一行、


「こっちも晴れててよかったねー!」


ジュリスの言うとおり、空は青々と晴れ渡り、照りつける太陽が眩しい。


気温は高いが湿度は低く、カラッとした大気が気持ち良い暑さを感じさせる。


全員通気性の良い、薄手の服装を着ているため、じめじめした不快さとは無縁である。


ホテルはもう予約してあるため、


このまま発表会の会場に直行するジェイクとここで別れ、アキト、ルリ、ラピス、ジュリスは早速街を観光することにした。










ジュエルシティの内陸側は研究機関の施設が集中し、高層建築物が軒を連ねている。


だが、アキトたちが赴いた海岸線には、照りつける陽射しに輝く緑の森林、白を基調とした石造りの街並みが広がっている。


他にも観光客がちらほらと見受けられ、それにアキトたちも加わり、土産物屋などを見て回る。










「あれ、これは私の髪飾りの貝と同じですね?」


幾つも立ち並ぶ商店の一つに置かれた、大きな貝がふとルリの目に止まった。


それは光を浴び、刻一刻と色を変える特殊な貝で、現在ルリが着けている髪飾りの貝と同じに見えた。


「うん? ああ、これか。そりゃこの貝はここの特産品だから当たり前だよ。世界中でここの海でしか取れないんだ」


少し離れたところで色々物色していたジュリスが、そう説明する。


その説明に、そうなんですか、と感心し、疑問が解消されたのでルリも他の土産物に目を向ける。


ラピスもそんなルリの近くで興味深そうに、色々な商品を手に取ったりしていた。


今ラピスは銀色のラピスの腕くらいの長さの棒に関心を向けている。


それを手に取ると、先端がぐにゃぐにゃ曲がる。


――これは何?


とにかく曲がるなら、いけるところまでいってみようと、


さらに曲げ先端同士をくっつけてみたら、突然くるくる回り出し、ラピスの手から離れ空中に浮き出した。


驚いてただ浮き上がる元・棒を眺めていると、ラピスの頭上で銀円は止まり、そのままラピスが動いても常に頭上についてくる。


――天使の輪?


おそらくは、そのような商品なのだろう。


もう商品棚に戻そうと、


まるで天使の輪のようなそれを掴み取り再び先端を離すと、初めと同じただの棒に戻った。



また、店の反対側ではアキトが、床に置かれたケース内に幾つも在る、掌に収まるサイズの黒く丸い物体をしげしげと眺めていた。


何やら怪しげなその丸い物体は、グニグニと微妙に動き、生きているようにも思えた。


――これは何だ?


あまり気持ちの良い見た目でもないが、気になって仕方がない。


危険な予感もしたが、好奇心が勝ち、手を伸ばす。


と、手が触れるか触れないか辺りで、突如、黒丸物体が真ん中から二つに裂け、


内部から鋭い牙を剥き出し、奇声を上げた。


「うぐっ!」


その奇声は、ガラスを引っかいたような音で、生理的嫌悪を引き起こす。


至近距離でそれを浴びたアキトは、思わず耳を押さえて後ずさる。


その音は店内に居た他の客にも被害を与えたようで、皆嫌そうな顔で耳を押さえている。


「お客さん困りますよ」


慌てて店員が駆け寄ってくる。


「直接手を触れないで下さいって、紙が貼ってあったでしょ?」


「……いや、どこにもそんな紙はないが?」


「え? ……ああ、すいません、剥がれてましたね。申し訳ありません」


店員は申し訳なさそうに頭を下げ、離れた所に落ちていた紙を拾って来て、ケースに貼り付ける。


紙を貼り終えると、もう一度店員はアキトに頭を下げ謝罪する。


そんな店員に、構わないと答えつつもアキトは、この丸い物体が何か尋ねる。


「これはパグといいまして、この辺りに生息している生物なんですよ。ケースから取るときはこれで摘んで取るんです」


そう言いながら、店員はゴミ拾いにでも使いそうな、安っぽい銀色のはさみを取り出した。


さらに、お一ついかがですか、と商人(あきんど)の目で語りかけてくる。


しかし、この生物はどんなことができるのだろう? アキトにさらなる疑問が生まれる。


「これは、何かの役に立つのか?」


「いえ、何の役にも立ちません。この辺りにいる生物ってだけの土産ですね」


「……………………………………」


どうやらただの害虫のようだ。


幾らなんでも、見た目が悪く、奇声を上げ、役にも立たないような物を欲しがるほどアキトは酔狂ではない。


謹んでお断りを入れる。


すると店員は残念そうな顔で、カウンターに戻っていった。






















そんなこんなで色々な店を巡っていたら、不意にジュリスが声を上げる。


「ん? もしかしてあれディオスさん? ――おーい! こっちこっち!」


ジュリスの向いてる先では、一人の男性と二人の女性がアキトたちのように土産物を物色していた。


その三人の内の一人、唯一の男性がジュリスの声に驚いたようにこちらを見返してくる。


だがジュリスはそんなことには構わず、彼らの方へ駆け寄る。


そして、何やら元気良く話し始めた。


ジュリスに遅れつつも、アキトたちもまた彼らに歩み寄る。


現在ジュリスが話しているのが、ダイオスの息子で、現在のグラウン会長であるディオス・グラウン。


焦げ茶色の髪を後ろで縛り、深い蒼の瞳と、力強さを感じさせる端正な顔、引き締まった細身な身体の青年である。


服装はアキトたちと同じ、通気性の良さそうな薄い服装。ついでに他の二人の女性もそんな格好だ。


年は三十代前後といったところだが、傍目からは二十代前半にしかみえない若々しさを保っている。


近づく一行、ただアキトだけはディオスから不思議な威圧感とでもいうべきものを感じた。


それはいつもティングルから感じているものと同じようにも思えたが、とりあえず気にしないことにする。


「ああディオスさん、あの三人はダイオスさんの屋敷に新しく住むようになった新入りよ」


冗談口調で楽しげにアキトたちを紹介する。


世話になっている屋敷の主の息子とあって、アキトたちも居住まいを正し、自分たちから自己紹介を始める。


「初めまして、テンカワ・アキトといいます。あなたのお父上には大変なお世話になり、感謝しています」


最近のアキトのぶっきらぼうさが全く感じられない、礼儀正しさだ。


ジュリスは、変だねー、と内心笑っている。


「ホシノ・ルリです。よろしくお願いします」


こちらはいつも通り、礼儀正しく頭を下げる。


アキトがダイオスへの感謝を伝えたので、これ以上繰り返すのはむしろ失礼かと考え、簡素な挨拶だけに留めた。


そして、最後はラピス。


何かもじもじとして、躊躇っているように見える。


だが覚悟を決めたのか、しっかりディオスたちを見て挨拶をする。


「ラピス・ラズリ……です。よろしくお、お願いします」


慣れない口調で所々詰まりながらも、最後まで言い切る。


そんな一生懸命さがディオスにも伝わったのか、微笑ましいものを見たように、柔らかく笑う。


「ディオス・グラウン、あなたたちが今住んでいる屋敷の息子です。堅苦しいのは嫌なので、普通に話さないかい?」


軽く笑い、砕けた口調に変えながら、アキトたちにそう提案する。


アキトたちも向こうがそう言ってくれているので、普段どおりに話すことにする。


「ああ、わかった。ディオスさん、そちらの二人は?」


それでも『さん』付けだったが、年が離れているのでこんなもんだろう。


まあそれは置いといて、ディオスの方も連れの二人の女性を紹介する。


「こっちは僕の秘書を務めてくれている――」


そうディオスが言うと、今まで黙って静観していた女性が一歩前にでる。


黒髪を腰まで伸ばし、青い瞳、整いすぎるほど整った顔、


年は二十歳前後だろう、背はその年代の女性の平均を僅かに下回り、バストは標準程度、細く引き締まった腰、華奢な身体が儚い印象を生む。


その顔は無表情で、アキトたちは冷たい印象を受けた。


「タチバナ・カザハ、ディオス様の秘書を務めさせていただいております」


事務的な挨拶で、姿勢正しく礼をする。


それにはディオスも苦笑し、もう少し砕けて話せよ、と注意した。


すると自分の主に咎められたためか、その無表情が崩れ、僅かに感情が顔を覗かせる。


浮かんだ感情、それは羞恥だろうか?


だが、一瞬のことでアキトたちには良く分からなかった。


「失礼しました。――どうぞ、よろしくお願いします」


今度はほんの微かにだが、その口元に笑みを浮かべながら、再び挨拶を繰り返す。


その笑みが纏っていた冷たい雰囲気を和らげ、アキトたちが感じていた妙な緊張感も薄れた。


「そしてこっちが――ほれフウカ、挨拶しなさい」


とりあえずカザハが態度を改めたのを見て、ディオスがもう一人の連れに声をかける。


そのフウカと呼ばれた女性……いや女性と呼ぶのはどうだろうか。


ディオスの影に隠れているその姿は、まだほんの少女だった。


おそらくラピスと同じ年頃だろう、カザハと同じく腰まで届く黒髪を一本に束ね、瞳は同じ青、顔も同じくどこにも文句のつけようがないほど整っている。身長はラピスと同じか、ほんの僅かに下回っている程度だろうか。


その少女は今、不安そうにディオスやカザハを見上げている。


そんな少女に、ディオスは柔らかく笑いかけ、カザハもそっと背を押してやる。


二人に後押しされ、おずおずと前に進み出てきた少女は、


「……タチバナ・フウカ」


それだけ言うと黙り込んでしまった。


「ははは、すまない。人見知りの激しい子でね。この子はカザハの妹なんだよ」


咄嗟にディオスがフォローを入れる。


それに、構わないとアキトも答えつつも、何か既視感を覚えた。


何か身近にいる者と似ているような感覚。


その答えが不意に頭に浮かぶ。


――そうか、ラピスに似ている


さらに、そこから思考を進めると、


カザハもどことなくルリに似ているようにも思えた。



アキトがそんなことを考えていた一方で、ルリもまたカザハとフウカに違和感を感じていた。


何かがおかしい、


それがどこか分からず、もう一度彼女たちを良く見る。


するとその違和感の正体が分かった。


――髪を染めている?


二人の髪は一見元から黒だったように思えるが、本当に注意して見るとどこか不自然に思え、それが違和感として感じられたのだろう。


「髪を染めてるんですか?」


それを尋ねると、カザハが答えてくれた。


「ええ、私たちは生まれつき黒髪ではなかったんですが、家の都合で染めているんですよ」


「そうですか」


何やら事情がありそうなので、それ以上は聞かずにこの話は終わりにする。


と、今まで珍しく黙ってアキトたちの自己紹介を眺めていたジュリスが、再び口を開く。


「でもさ、ディオスさんたち何でこんなところにいるの?」


普通は観光に決まっているだろう、と突っ込みが入りそうだが、


ディオスはこの世界において絶大な影響力を持つ、四大企業の一翼を担うグラウンの会長である。


それがこのようなところにいるのは、おかしい。


そうジュリスは聞いているのである。


ディオスはそのジュリスの質問に苦笑する。


「確かに暇な身じゃないな。ここには仕事で来ててね、今日も午後から仕事があるんだ。だがスケジュールに少しは余裕が出来たから彼女たちと観光でもどうかなと思ってね」


そんな説明を受け、へー、とジュリスは納得する。










そして、そんな会話が行われているころ、ラピスとフウカはお互いをちらちらと窺っていた。


ラピスにとって初めて接する同年代の少女であり、それはフウカにとっても同じだった。


お互い相手に興味があるのだが、どうすれば良いのか分からず、話しかけることも出来ずにいた。


そのため周りの二人の後押しをしてやることにする。


「フウカさん――実はラピスは同年代の友達がいないので、出来たら友達になってくれませんか?」


ルリが微笑みを浮かべフウカに話しかける。


続いてカザハも援護に回る。


「そうね、フウカ。あなたも同じ年頃の子と接するのは初めてでしょう? ラピスさんともっとお話してみなさい」


カザハがフウカに優しく語りかけ、その後ラピスに、友達になってくれませんか? と続ける。


さらにアキトやジュリス、ディオスもそれに加わる。


どうだ? さあ行け、頑張れ、とそれぞれの言い方で後押ししまくる。


そんな風に周りに言われたら、二人としても従うしかなく、また初めから話したいと思っていたので勇気を出して話しかける。


「その……私はラピス、……え、と、よろしく」


「……カザハ、……よ、よろしく」


お互い改めて自己紹介し合い、アキトが傍から、握手してみたらどうだと提案したので、その通りにする。


触れ合う手から相手の暖かさが伝わり、何か繋がりのようなものが感じられ、


二人は互いに笑みを浮かべる。


「あの……友達になってくれる?」


ラピスが恥ずかしそうに尋ねる。


「……うん、友達になって」


それにフウカも嬉しそうに笑い、ラピスもまた嬉しそうに微笑んだ。










楽しそうに話し合うラピスとフウカに、周りの者も暖かな目を向ける。


アキトとしても、ラピスが同じ年頃の子と接した経験がないことを心苦しく思っていた。


だが今、同年齢の少女と楽しそうに語り合っている姿を目にし、心にあったわだかまりが薄れていくかのようだ。


ルリも同じように思っているのか、嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。


ジュリスもまた、朗らかに笑い、語り合う二人を見詰めている。


そして、フウカの側である、ディオスやカザハも喜びを表情に出している。


ディオスは、優しげに二人を眺め、


カザハはその無表情を崩し、微かに微笑んでいた。


と、ディオスが二人から目を外し、アキトたちの方へ顔を向けてくる。


「アキト君、君たちは明日もここにいるのか?」


どういう意図で聞いているのか分からないが、アキトたちは今夜はホテルに泊まり、明日もまたジュエルシティで過ごす予定なため、そのように答える。


「そうか――なら明日また会ってくれないか? フウカにもっとラピスちゃんと仲良くなってもらいたいからね」


それはアキトとしても望んでいたことだ。


しかし、仕事の方は良いのだろうか?


だが、そう尋ねるとディオスは軽く肩をすくめる。


「構わないさ。一日くらい休暇を作っても、後で取り返すことは出来る」


そんなことより、フウカの方が大切だ。


口には出されなかったが、それはアキトたちにも伝わる。


「ああ、こちらこそお願いしたい」


だからアキトも、手を差し出す。


「よろしく頼む」


ディオスも差し出された手を取り、ぐっと握り締める。


そのまま互いに、二ッと笑みを浮かべる。


と、そんな男二人に、傍から声がかかった。


「ディオス様、そろそろ時間です」


「ああ、わかった――フウカ、行くぞ」


カザハからの報せにディオスもアキトの手を離し、ラピスと今も話をしていたフウカを呼ぶ。


近寄ってくるフウカの顔は残念そうだが、何か期待をもっているようにも思えた。


「ディオスさん……明日も会えるんでしょ?」


どうやらアキトとディオスの会話を聞いていたようだ。


それなら説明する手間が省けて良かったとばかりに、明日また会える、とディオスはフウカに頷いてやる。


一方ラピスも同じことを確認し、アキトも、そうだと教えてやる。


「じゃあ明日の昼頃、『ロビン』ていうレストランでどうかな?」


するとディオスから明日の待ち合わせ場所が提案される。


このロビンとは、海岸線から少し離れ、森林近くにあるレストランで、


あまり知られていないため観光客は寄らないが、地元の者にとっては隠れた名店として知れ渡っている。


こんな店を知っているとは、意外とこの街に何度か足を運んでいるのかもしれない。


とにかくそのようなことを、アキトたちに説明する。


アキトたちとしても、特に問題があるわけでもなく、


ついでに地元の者しか知らない名店というのも、バカンスに来ている身として興味を引かれたのでそこに決定した。










「また明日」


「うん、また明日ね」


ラピスとフウカが別れを言い合う。


ディオスたちはこれから仕事があるため、ここで別れることになった。


アキトやルリ、ジュリス、


ディオスやカザハも別れの挨拶をし合う。


そうして、去っていくディオスたちをアキトたちは見送った。






















「それじゃあ、私たちはまた観光に戻りますか」


とりあえずジュリスがそう声を上げる。


何となく寂しさを感じていた一行だが、そのジュリスの言葉にまた辺りを見て回ることにした。










「ラピス、嬉しそうですね」


「ああ」


ルリが言うように、どことなくラピスの足取りは軽く、顔にも微かに笑みを浮かべている。


やはり、初めての同じ年頃の友達というのは特別なのだろう。


明日を楽しみにしているのが、傍目にも分かる。


「そういえばさ、ディオスさんとか護衛の人がちゃんとついているのかな?」


と、また色々物色中のジュリスがそう洩らす。


それにはアキトが答えてやる。


「ディオスさんがいれば、護衛は必要ないさ」


「へ? それってディオスさんが強いってこと?」


「ああ、あの人は間違いなく強い」


「はー、そうなんだ。それってどれくらい?」


「さあな」


「えー、ちゃんと教えてよ」


「本当に分からん。強いとは分かるが、それがどの程度かまでは分からん」


「ふーん、でもそれじゃあ護衛が要らないか分からないんじゃないの?」


「護衛が必要ないくらいに強いとは分かる――まあ、離れた所に護衛がいた可能性もあるがな」


そこでアキトも話を終える。


何やら、むー、とジュリスは納得しかねていたが、アキトもそれ以上は答えなかった。


この時アキトは、本当にディオスの力が分からなかった。


強いとは思える。だが霞みかかったようにその力の大きさまでは分からない。


そしてそれはティングルも同じだった。


あの二人から同じように感じる、不思議な威圧感。


以前、他の者にティングルからそういう威圧感を感じるかと聞くと、全員から分からないと答えが返ってきた。


さらにティングルに直接尋ねると、


「アキトさんには素養があるようですな」


と訳の分からないことを言われ、さらに質問してもそれ以上教えてもらえなかった。


――あれは何なんだ?


だが考えても分かるはずもなく、


その疑問は棚上げにして、アキトもまた観光を楽しむことに戻っていった。




















ジュエルシティにあるホテル。


現在、その宿泊予定のホテルにあるレストランで、アキト、ルリ、ラピス、ジュリスに加え、ジェイクも一緒に今日の出来事を話している。


「へー、ディオスさんがいたのか。それで明日もまた会うってわけか。だが俺はまた明日も無理だな」


ジェイクがアキトたち、主にジュリスの話を聞き、少し残念そうに返す。


「残念だったね兄さん。――そういえばそっちはどう? 何か面白そうなのあった?」


ジュリスがジェイクの出席した、発表会の内容を尋ねる。


それにはジェイクは腕を組み、何やら難しそうな顔をした。


「うーん、面白いかどうかはともかく……アキトたちに関係することで新しい考察があったな」


何? と自分たちに関わると言われ、アキト、ルリ、ラピスは揃ってジェイクへ顔を向ける。


そんな三人に、少し躊躇ったが、隠すのも良くないとジェイクは発表会の内容を話すことにする。


ジェイクが話したのは、リンクに関わる新たな考察。


それは、長期間に渡りリンク状態を続けると、仮に体内のナノマシンを除去してもリンク状態が続く可能性があるといったものだった。


リンクはナノマシンを通じてとはいえ、精神が繋がっている状態だ。


この精神とは心、または魂といってよいもので、


これが長期に渡り他の魂と繋がりを持つと、あるいは魂自体に別の魂への回路が生まれる可能性があるとその考察では述べられていた。


ただまあ、仮にそのままリンク状態が続いたとしても、身体に異常が出るわけでもなく、今まで通りの状態が続くだけらしいが。










だが、その内容はアキトに強い衝撃を与えた。


もしかしたら、このままリンク状態が続くと、そのままリンクの解除が出来なくなるかもしれない。


それを聞かされ、アキトの心に締め付けられるような罪悪感が生まれた。


このままでは二人は、一生自分に縛り付けられることになる。


これは今更なことだろう、


しかし、アキトはもし二人が自分から離れたくなったとき、リンクを解除してもらって構わないと考えていたのだ。


――だがそれも出来なくなるかもしれない……それで本当に良いのか?


アキトの迷いは外界にも現れ、その表情を歪める。


――だめだ、やはり二人のためを思うなら、たとえ再び暗黒の世界に戻っても……。



闇。


何も聞こえない、感じない。


立っているのか、横になっているのか。


今が昼なのか、夜なのか。


起きているのか、眠っているのか。


……生きているのか、死んでいるのか。


何も分からない。


――あそこにまた戻る……?


魂に刻まれた恐怖、


それはアキトを慄かせる。



――それでも、二人のためなら……。



だが、不意に両手から暖かい感触が伝わる。





《アキトさんが、何を考えていたのか一目で分かりましたよ。……こんなに汗も掻いて》


ルリからの心の声は苦笑でもしているかのようだったが、


同時に柔らかく包み込むような肌合いを感じさせた。


《初めから、覚悟は出来てますよ。この先アキトさんの命ある限り、私は共に生きたい。だから……一緒に、傍にいさせて下さい》


伝わる心が、暖かく染み渡る。


《アキト、私も一緒にいたい。だから今のままで良い?》


ラピスから伝わる心は、必死に、まるで離れることを恐れるよう。


それは思っていた以上、ルリとラピスの想いの深さを、アキトは見損なっていた。










アキトは、愛されるということに慣れていないのだろう。


そのため二人は、他に頼る相手がいなかったから、リンクがあるから一緒にいる、そう思え、本当に自分に愛情が向けられているのか不安だった。


愛されているか分からないから、相手に負担をかけているという罪悪感が存在した。


だが、二人は共に生きることを望み、アキトを支えたいと心から望んでいる。


それをアキトは、このとき初めて理解したのかもしれない。



「……ありがとう」


添えられていた二人の手に力が篭められる。










そんなアキトたちの様子を眺めていたジェイクは、上手くまとまったか、と安堵し、


その後は、軽い調子で場を盛り上げ、ジュリスもそれに続いた。


アキト、ルリ、ラピスもそんな兄妹の思惑に乗っかり、再び明るい雰囲気が戻ってくる。


運ばれてきた食事に舌鼓を打ったり、冗談を言いあったりとその後は楽しい時間が流れた。















しかしこの時、アキトの心にモヤモヤとしたものが生まれた。



二人は、自分を男として愛してくれているのだろうか。


もしそうなら、


自分はどうだろう……。


二人を女性として見ていただろうか?


家族としてしか見てこなかったのではないだろうか。


その考えに至ったとき、


唐突にアキトの脳裏に、ユリカ、かつての世界で妻だった女性の顔が浮かんだ。


もう二度と会うことはないだろう、女性として愛した妻。


もう会えない、


そのことに切なさを感じる。



未練、





今はまだ分からない、


この先、二人を女性として愛することになるのか。



ただ、アキトの心に確かな変化は生まれた。



それがいかなる結果を生むか、


まだ先の話。









あとがき


今回は、旅情風味、色々伏線ありの話です。


このままま、ジュエルシティ二日目に話は続きます。


ただ、まだ書いてないので、あるいは変わる可能性も……。





感想代理人プロフィール

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代理人の感想

無理して女性としてみる必要も無いとは思うんですけどね(笑)。

親にとっては幾つになっても子供は子供ってこともありますし。

 

後、異世界のフレーバーを入れようと努力しているのは分かりますが、

もう少しさりげなく(かつ量も少なめ)にしないと、本筋の邪魔になりますのでご注意。