Grim
Reaper
第壱話
人の集う場所
「上手くいったのかな?やっぱり、虚数空間を使えば他の並列世界にも行けるみたいだ。」
そう呟いたのは、かの少年、碇シンジである。
今、彼がいるのは人の手により造られたであろう部屋の中。
鉄のような物で造られた無機質な空間。
「どこかの部屋みたいだ。まずい所に出ちゃったかな?」
そう言いながら、彼は達観した様に辺りを見回す。
「とにかく情報を集めよう。まずはそれからだ。」
おもむろに彼は、近くにあった機械を操作し、それにより流れ始めた膨大なデータを読み始める。
目にも止まらぬ速さで流れるデータを、一字一句逃さず見ているその姿は、いかに彼が人間離れ
しているかを語るのに十分なものを持っていた。
「人は、何処まで行っても人でしかない。そう言うことなのかな。」
端末に流れる全てのデータを熟読した後、彼をそう呟く。
端末のセキュリティをクリアした先にあったものは、”ネルガル”と言う大企業の裏側であった。
なによりも、その中で一番彼の目を引いたのは、”マシンチャイルド”と言う言葉とその意味。
微生物くらいの大きさの、ナノマシンなる超小型コンピュータを人体に注入することで、
人を超えた力を手に入れる。
その研究の結果、生まれ出でた異端者達の総称らしい。
彼らの境遇、そしてその呼称が彼の記憶を呼び起こす。
”チルドレン”、そう呼ばれていたあの頃の自分。
大人により仕組まれ、躍らされた結果、滅びの道を行ったあの世界。
また、木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ、及び他衛星小惑星国家間反地球連合体
(略称:木連)、と連合軍の戦争もまた、彼がそう言うだけの意味を持っていた。
「一つのことで判断するの早いな、その結果があの世界なんだから。」
とにかく、今が2196年であり、ここが”ナデシコ”と言う名の機動戦艦の中だということは分かった。
そして、木連と連合軍が戦争中だという事も。
「ひとまずは、この世界の戸籍と、自由に動けるようにしよう。」
そう言いつつ端末を操作すること数秒、その短時間でナデシコのメインコンピュータである
”オモイカネ”は、シンジにより掌握された。
ズゴーン
シンジが、これからの行動について考察している最中、突如、轟音と共に振動が起こった。
木連の無人兵器(別称:木星蜥蜴)が攻撃して来たであろうことは、易く理解できる。
不審者が動き回るのには好都合と、彼はこの部屋を後にした。
騒がしい人の声が聞こえる。
数名の者が椅子に座り何かの操作をしている。
その少し上では、髪の長い女性がウィンドウに向け騒がしく何かを言っていた。
ここは、ナデシコのブリッジである。
戦闘中なのだろう。
皆そちらに意思を向けているため、シンジの進入に気づく者はいなかった。
傍目から見ても、かなり個性的な人の集まりであるのは一目瞭然だろう。
何より、その場に漂う雰囲気が、戦闘とはあまりに違いすぎた。
(これでも、一流の人達なんだよね?)
どうにもそれが納得できず、首を傾げてしまう。
「グラビティー・ブラストの発射準備、完了しました。」
そんなことを考えていた彼の耳に、澄んだ鈴のような声が響く。
その声は彼女、マシンチャイルドの一人、ホシノ・ルリのものだ。
瑠璃色の髪をツインテールにまとめ、どこか冷たい感じのする少女。
金色の瞳は、今何を見つめているのだろう。
(人の闇の現れ、人により創り出された存在。そしていつかは、人により消される者。
人は、何処まで無情になれるのかな。)
思い出されるのは彼女の姿。
蒼銀に煌く髪は、どこか儚さを感じさせる。
深い紅色の瞳は、妖精のような、天使のような真摯な光を称えていた。
そして、なにより彼女の纏う雰囲気が、彼女の心を現していた。
空虚でありながら暖かい想い。
哀しみを与えられながら、消えることのなかった純粋さ。
彼が求めた少女。
彼に生を与えることのできた少女。
(いるんだね。やっぱり、何処の世界にもいるんだ。汚されたのに、その心を失っていない。
君も同じなんだね。)
ホシノ・ルリを見つめ、シンジは微笑んだ。
その時、風が吹き抜ける。
涼やかに、暖かさを秘めた風が舞う。
彼女の心を包み込むように、彼の想いを届けるように。
名も無き風は全てを包み、心を癒す。
風は彼の想い、求めるは人の心。
「グラビティー・ブラスト、発射!!」
そんな、彼の感傷を遮るように女性の声が響いた。
それに答えるように、戦艦が反動により僅かに後退する。
恐らく、今の一撃で勝負がついたのだろう。
皆、思い思いに動き始める。
「プロスペクターさん、ちょっといいですか?」
その合間を縫って、眼鏡をつけた細身の男性にシンジが声を掛けた。
それに反応してブリッジ内全員の視線が集まり、彼の容姿に驚きを露にする。
灰銀の髪に紅色の瞳。
ただそれだけを見れば、外見の違う人でしかない。
だが、彼の瞳の中の光が、彼の放つモノがそれ以上の何かを感じさせる。
神々しさ、そう言えないこともない。
しかし、そう言うにはあまりにも鋭く、冷たすぎた。
「誰ですかな、あなたは。」
「碇シンジと呼んでください。それより、ネルガルの会長と話をしたいので、
回線、開いてくれませんか?」
周りの視線を意に介さず、あくまでも要件のみを告げる。
そんな彼の言葉に、明らかにブリッジの雰囲気が変わった。
「見ず知らずの人に、そう言われましてもねぇ。」
プロスペクターの言葉にシンジは苦笑を浮かべる。
まあ、当然と言えば当然だろう。
素性の知れない者にいきなり現れてこんなことを言われて、素直に応じる者などそうはいまい。
「あと、この機動戦艦ナデシコは、既に僕の制御下にありますよ。」
「どう言うことですかな?」
「言葉どおりですよ。御出で、オモイカネ。」
その言葉と共に、開かれたウィンドウに皆は驚愕を露にする。
外見を別にすれば、彼は少年にしか見えない。
そんな彼に、メインコンピュータを落とされたのだ。
驚くなと言うほうが無理だ。
「貴様!何者だ!!」
大柄な男が、シンジに銃器らしき物を向け叫ぶ。
「開いてくれませんか?」
シンジはそれを軽く流し、改めてプロスペクターに聞く。
語調を聞けば質問だろう。
だが、そこに含まれるものは強制。
禍禍しく、冷たい瞳が拒否することを許さなかった。
「わかりました。」
シンジの言葉に従い、プロスペクターはネルガルへの通信ウインドウを開いた。
従うしかなかった。
純粋に怖かったのだ。
理性や論理、それさえも超え。
人が、そして動物が、心の深層に常に持つ想い。
恐怖、それがそれ以外の行動を取らせなかった。
「どうかしたのかい?」
その言葉と共に、ウィンドウに現れたのは長髪の男性だった。
「ネルガル会長、アカツキ・ナガレさんですね。」
「そうだけど、そう言う君は誰だい?」
怪しげに、しかし悟られないように振舞う。
「碇シンジと呼んでください。僕がこれから行うことは、脅迫です。」
シンジの言葉で、アカツキの眼に警戒心が浮かんだ。
「あらかじめ言っておきますが、貴方方に拒否権はありません。
拒否はそのまま、ネルガルの破滅に繋がります。それを前提に、決断してください。」
そう言う彼の瞳に映るのは、あまりにも深く先の見えない闇。
彼を取り巻くその闇は、彼以外の全てを恐怖させ、拘束する。
どれほど生きればそんな目をできるのか、どんな想いをすればこんなことができるのか。
そこにいた者は皆、彼の瞳に、彼の纏う闇に、目を奪われていた。
「わかった。要求を聞こうじゃないか。」
いち早く立ち直り、アカツキが先を促した。
「僕の要求は三つ。」
静かに、淡々と無機質な声が響く。
「一つ、僕の戸籍を作る事。その時、僕の名前は”碇シンジ”にしてください。」
静かでありながら冷たいその声は、聞く者に死を感じさせる。
「二つ、僕をパイロット兼コックとして、ナデシコに搭乗させること。
ただし、僕は誰の命令にも従うつもりはありません。」
その声により刻まれるカウントは、死の宣告さながらの恐怖を聞く者に与える。
「三つ、僕についての情報を一切公開しないこと。以上です。」
彼の要求が終わっても、一分弱、誰一人として言葉を発する者はいなかった。
言霊、精霊を宿した言葉、または力を持った者が発した言葉には、強い力が宿るという。
それを、まざまざと見せ付けるかのように、彼の発する言葉は聞く者全てを凍り付かせた。
「もし拒否した場合は?」
「してくださって構いません。その時は、木星蜥蜴の正体や遺伝子改良の結果。
それらについての情報を、この世界全てに流します。」
平静を装っていたアカツキは、その言葉に驚愕した。
それら全ては、ごく僅かな者にしか知らされていない極秘情報だった。
その情報が人目に触れれば、ネルガルは世界の全てを敵にまわすことになるだろう。
そして確信する。既に自分達に選択肢は無いのだと。
「わかった。要求を呑もう、だが一つだけ聞いていいかい?」
「いいですよ。」
アカツキの目を見つめ、静かに答えを返す。
「ナデシコをどうするつもりだい?」
「特に何かをする気はありません。ナデシコを動かすのはクルーの方に任せます。
また、進路についても、ネルガルの方で決めてくださって構いません。
僕はただ、ここにいるだけです。」
そんな彼の言葉に、アカツキは考えを深める。
(妙だね。乗っ取りにしては遠回し過ぎるし、スパイにしては目立ち過ぎる。
どっちにしろ、今は様子を見るとしよう。)
「わかった。用件はそれだけかい?」
「はい、それでは以後よろしくお願いします。」
軽やかに会釈するシンジを見るより早く、ウィンドウが掻き消える。
それを確認し、彼はクルー全員を見渡せる位置に立つ。
彼を取り巻いていた闇は四散し、彼等に向けられるのは彼の瞳のみ。
「それから、皆さんにも言って置きたい事があります。
先程も言ったとおり、僕はみなさんに危害を加える気はありません。
ですから、みなさんは今までどおりにしてください。
僕に関する質問などは、各自聞きに来てください。
僕のいる場所は、オモイカネならいつでも見つけられますから。」
用件を伝え終え、怪しむクルーを一通り見回すと、彼はブリッジを後にした。
ここからが僕の始まり。
世界は変わり始めた。
この世界を変えたのは僕であり、支えるのは人。
見せてください。
貴方方の力を、そして貴方方の心を…
世界を決めるのはこの世界の人。
その世界に何があるのか。
貴方方の心に何があるのか。
そんな想いを抱きながら、彼は微笑んでいた。
第弐話
後書き
第壱話、いかがでしたでしょうか?
初作品で、連載物、行き当たりバッタリで書いているため、至らぬ点も多々あると思いますが、
気軽な気持ちで読んでくれると嬉しいです。
それでは、前に感想の掲示板で書いたここでのシンジ君の性格についてですが、
根本的に、ここのシンジ君は人を一歩引いた場所から見ています。
人と関わりたくて世界を飛んだわけじゃないですし、それに前の世界での体験故に、
ある意味、人間不信と言うレベルを超えています。
とは言っても、他人を嫌っているわけではなく、他人に期待するのを止めている。
そういう感じでしょうか?
これ以外にもまだあるのですが、これ以上はストーリーに差し支えるため御教えできません。
ですが、少しでも多くの方に読んでいただける様、精進しますので、皆様宜しくお願いします。
代理人の感想
・・・・・・・・・・・・自分から行動しないなら、何しに出てきたんだこいつは(苦笑)。
見るだけなら姿を隠すなりなんなりして黙ってみてれば良さそうなもんなのにねぇ。
まぁ、人と関わりたくないなどと言いながら人の前に姿を現すあたり、
自分で自分の事(人と触れ合いたいと言う欲求)がわかっていないのでしょうが。