ナデシコ外伝 第3話
〜流星の落ちる日 前編〜
嵐は突然、現れて
多くの物を薙ぎ倒していきます。
しかし、予兆を感じることのできる人もいます。
でも、その人は逃げることも防ぐこともできません。
何もできないと解っていても
人は、足掻き続けます。
無駄と解っていても
生きていることを示すために
一握りの稲穂を未来に残すために
「木星蜥蜴何するものぞ、そんな物ただ、火星の守備隊が無能だっただけよ。
敵の数は多い。しかし、たかが石くれ何するものぞ」
月総司令の大将エバンス・グローリーは、火星守備隊を酷評する。
これから、己の身に降りかかることは、己の無能がゆえに。
「まったく、ワシにかかればそんな物、たちまち蹴散らしてやるワイ。」
状況を正確に把握できぬ者は、常に事態を見誤る。
「司令、チューリップの反応が多数向かってきています。」
「おお、全艦発進!
連合宇宙軍の真の強さを見せてやる。」
月から発進した艦艇、駆逐艦、巡洋艦、戦艦、合わせて約200隻
ダミーバルーン300個、無人突撃艦100隻
対するチューリップは、約3125個
数の上でも戦力差には大きな開きがあった。
−戦艦ルゴーサ 艦橋−
戦況を理解しつつ、喚き、足掻く者もまた然り。
「こんなの勝てる訳がない。撤退するべきよ。
火星でこの百分の一にも勝てなかったのよ、勝てるわけがないじゃない。」
ムネタケ准将は、ブリッジの艦長席で喚きたてている。
「なあ、どうする?」
後ろ喚きたてる上官の声を聞き流しながら操舵士が通信士の女性士官に声をかける。
「転属願いならもう提出済みよ。
もっとも、目の前の脅威から生き延びないと話しにならないけね。」
ブリッジクルーは、宇宙を埋め尽くすように展開している、チューリップを見つめ諦め口調で言う。
「月基地の重要情報を運ぶ名目で、かなりの数の軍専用シャトルが民間シャトルの前に飛び立つらしい」
「えっ民間機を押しのけて地球行きのシャトルを飛ばしてるの」
このネットワーク時代世界中の何処にいても情報は飛ばせるもの、いくら重要な情報とはいえ、この非常時では勘ぐりたくなるものである。
「乗り組み員はどうなってるか分かる?」
「見事に高級将校と家族だな。本部は月には見切りをつけているようだ」
忌々しげに操舵士が呟く。
―旗艦エスカペイド 艦橋―
逃げる事はできない、戦況を正確に見据え潔いものもいる。
「なあ、聞くけど良いか?」
戦艦エスカペイドのナミカタ提督は副官のヤマギワに聞く。
「いいですけど、たぶん提督と同じだと思いますよ。」
「勝てんな、この戦・・・。」
疲れたように呟く。
「月の住民が逃げる時間ぐらいは稼がないといけませんね。」
「司令は烈火のごとく怒るだろうな。」
呆れた様に呟く。
「なに、状況が分かれば、真っ先に逃げ出すのは、あの人ですよ。」
「じゃあ、戦線が混乱しないようにしとかないといかんな。」
月軌道上の攻撃衛星が約500、月基地で攻撃支援が出来る所が24
タイミングを合わせて攻撃できるチャンスは一度それが最大の攻撃
それでどれだけ数をへらせるかが、勝負所になる。
「全拠点とのリンクが完了しました。作戦開始まで、あと320秒」
「各拠点との通信が繋がります。」
ナミカタ提督は、制服の襟を正してモニターを見据える。
「この一戦に全てが掛かっていると言っても言い過ぎではない。
各員、奮闘して月の住民の逃げる時間を稼いでくれ。
初めの一撃に参加したのちは、逃げてくれてかまわない。
人々のために命を掛けて道を作りたいと想う者だけ残ってくれ。
では、航海の無事を祈る。
グッドラック。」
旗艦の通信モニターが次々と消えていく。
どこか、満足げなナミカタ提督。
「いいのですか提督・・・あんな放送して、誰も残らないかもしれませんよ。」
「それなら、それで良い。無駄死には一人でも少ないほうが良い。
それに私達は残るんだ。それで、時間は稼げるさ。」
ヤマギワは、怪訝な表情をする。
「それは、出航前に積み込んでいた物騒な代物のことですか。」
「そうだよ。君も逃げてかまわんぞ、こんなオッサンの無駄死に付き合うことは無い。」
「この船にそんなことを言う人は少ないと思いますよ。」
少し笑いながらヤマギワはナミカタに答える。
「酔狂なものがいるものだ。」
ブリッジに静かな沈黙が落ちる。
悲壮感を漂わせる訳ではなく、絶望に打ちひしがれている訳でもない。
ただ、自らの成さねば成らない事、自分の役割を決意した。
静かな沈黙だった。
「総攻撃十秒前、七・六・五・四・三・二・一」
「撃てええぇぇ」
ナミカタ提督の号令と共に数千のミサイルと艦隊の一斉射がチューリップに伸びる。
巻き起こる電磁波で全てのセンサーとレーダーがブラックアウト、又は焼付けを起こしてホワイトアウトする。
「命中率88.7パーセント。衝撃波がまもなく、本艦に到達します。」
ミサイルの衝撃余波が、エスカペイドの船体を軽く揺らす。
センサーが回復するための数十秒の間・・・・先ほどとは違う緊張感を伴う重苦しい沈黙に月全体が包まれる。
磁気嵐が収まる頃合を読んで指示を出す。
「詳しい戦況を報告せよ。」
「チューリップ、2945個を確認、数百個は潰せたようですが・・・。」
オペレーターが、冷静に報告を返す。
これだけ、桁違いな戦力差だと逆に実感がわかないのだろう。
「艦隊、及び拠点からの離脱表明はいくつ来ている?」
「今の所、戦艦ルゴーサが離脱を表明、その他の艦隊、及び拠点は、ギリギリまで付き合ってくれるそうです。」
ナミカタは、嬉しそうに笑い、指示をだす。
「残ってくれる艦隊に伝令、“ありがとう。だが、無理はするな。”」
「第2次攻撃開始!
やつらの艦隊展開を阻止せよ。」
エスカペイドの全兵装の安全装置が解除される。
「最初のミサイル攻撃よりは、落ちますよ。」
「やれる所まで、やるさ。
無茶する気になった人間をなめるなよ!」
−戦艦ルゴーサ 艦橋−
シャトルの護衛として後方で待機している船は飛び立つ軍用のシャトルを見守っている。
不測の事態に備えて高級将校を乗せた軍用シャトルが全て安全圏に到達するまで待機することになったのだ。
船のレーダーは軍用シャトルが発進した後、慌ただしく発進する民間シャトルをとらえている。
「大佐、いいのですか?
私たちだけ、逃げるようなまねをして?」
通信士シルビア・ラインホートが、居心地が悪そうにムネタケ大佐に意見する。
「あら、オペレーターが私に意見?
いい度胸ね。 でも、覚えておきなさい。
あんな行為は、役にたたないわ。
狡賢い誰かに利用されて終わるのが落ちよ。
それに提督は、逃げていいって言ったのだから、これは私の落ち度じゃないわ。
命令に従っただけですもの。」
「せめて、民間シャトルが全て飛び立つまで止まってはどうでしょう?」
ムネタケの後ろに控える副官が意見具申をする。
「いいのよ、軍のお偉方が全て飛び立ってから護衛として付いていった方が覚えはいいわ。
こんな所で犬死にする気は無いの」
「了解いたしました」
不承不承で副官が引き下がる。
ムネタケは、引き下がる副官を横目にしてモニターに写る戦況を見据える。
「本当!馬鹿よね。正義なんて何処にもないのに」
その呟きを聞く者は、誰もいなかった。
−機動母艦ペルシアーナ−
「デルフィニュウム隊、ナカムラ・テルアキ いっきま〜す。」
半ば自棄とも取れる。元気さで機動母艦ペルシアーナから発進していく。
「敵のデーターを転送してくれ。」
「了解、敵艦隊総数 約4万6千隻、敵機動兵器ジョロタイプ約46万6千機 バッタタイプ約48万9千機です。」
「・・・・・・・・・」
20代後半ぐらいの艦長、ルセア・ナイセリアは勤めて明るく。
「逝ってきてください。」
「こんな仕事やめてやる〜。」
デルフィニュウムは増槽ブースターを全開まで上げながら、雲霞のごとく迫ってくるジョロ、バッタ合わせて約95万5千機の大軍に突撃していく。
「大丈夫、一人で逝かせるつもりはありませんから。
全機デコイ放出、ありったけのパワーで奴等に電子妨害をかけなさい。
デルフィニュウムを無駄死にさせるんじゃないわよ。」
出来るだけのことは、やっておかないと死んでも死に切れない。
ルセアは矢継ぎ早に指示を出す。
「シールド準備、回避機動用意!」
「敵の数が多すぎます。」
これが同数による機動戦ならば十分敵を幻惑できただろうが数が多すぎる。
半分を幻惑できたとしても正確な情報を得た機体からの補正情報で、こちらのジャミングを無効化される。
「これだけ数がいるのだから、敵の指揮態勢は相当鈍いはずよ。ありったけのデコイをばらまきなさい。」
戦闘空域にばらまかれたプロープから、ほかの艦隊からのミサイルや主砲による攻撃が観測される。
撃墜が確認できない訳ではないが、こちらがばら撒く弾丸や消耗率から考えても少ないと見るしかない。
「ろくに効いていないか・・・・。」
ルセアは、呻く。
もともと数が多すぎて変化の分かりにくい標的ではあるが、開戦当初と比べてたいした変化があるようには見えない。
「艦隊の何パーセントかの撃沈には成功しているようですが」
詳しい情報の解析を終わらせた副官のオギヤマが報告する。
「これだけ撃ち込んで薄皮はがしただけという感じね。
敵のシールド、一点集中攻撃で突破できると思う?」
「敵のシールド特性がはっきりしていません。実弾が有効なようですが、その下の装甲がどれだけ分厚いかわかりませんな。
何より、緒戦のミサイル攻撃は目標が消滅してもおかしくない熱量を叩き込んでいます。
それだけの熱量をうけて平然と行動している所からどれだけ有効な攻撃ができるか・・・。」
相手の正体が分からない以上、最悪の事態を想定しておく必要がある。
「敵艦隊よりエネルギー反応!」
「艦首シールド出力全開!反射体放出!!全力回避!!!」
宇宙空間が、真昼のような光で満たされる。たとえるならばカメラのフラッシュだろうか?
衝撃が、ペルシアーナを襲う。
赤い非常灯が艦橋を赤く染める。
「なにが起きたの?」
「数千以上の艦艇による全方位同時攻撃ですな。」
ジャミングで特定しきれない艦艇を全て狙おうという短気極まりない攻撃だが実際さらされるほうにとって見れば溜まったものではない。
「第二波が来ます。」
「早すぎる!奴等はいったい何処からエネルギーを得ているのよ!!」
こちらのエンジンでは、一斉射すれば暫くの間はチャージに専念しなくてはならない。
初めの攻撃に参加していない艦艇が行っているにしてもチャージが早すぎる。
「戦艦シンパが本艦の楯に・・・・!」
戦艦シンパは、何本もの敵の攻撃にさらされ、防御フィールドが紙ふぶきのように散らされボロボロになっていく。
「シンパより入電!」
「繋ぎなさい!」
スクリーンに燃え上がるブリッジと頭から血を流す初老の男が写る。
「こちら、戦艦シンパの艦長デイズ・ロードネスだ。
無事かね?」
転びそうになった孫を心配するような好々爺の笑みを浮かべ尋ねてくる。
「はい! 無事です。
デイズ艦長! 早く脱出をしてください。デルフィニューム隊が支援します。」
「お嬢さん。
そんなことに貴重な戦力を使ってはいかんよ。
それに、こちらはもうだめなのさ・・・艦橋にいくつか直撃してね。
さきほどキングストンベンを抜いた。」
「そんな!」
老艦長は、苦しげにしながらも笑みを浮かべて言う。
「生きなさい。死人は何もできない。
だから、生きなさい。明日の子等を守るために。」
「艦長・・・・!」
小爆発を繰り返しながら敵艦隊へ向けて突き進む戦艦にペルシアーナ全乗組員及び、約千機のデルフィニュームは略式の敬礼を送る。
戦いは開始30分ですでに混迷を極めていた。
「敵、機動兵器が迫ってきます。」
「デコイ散布、無人囮艦隊を前面に展開せよ。」
ナミカタ提督が、そう命じると2百隻程のダミーバルーンと無人輸送船団が前面を縫うように展開される。
「デルフィニュウムとアスフォルデは有人艦隊の防御を最優先に行動せよ。」
次々と虫が獲物にたかるように艦隊に張り付いてくる。
「発破かけろ。」
ヤマギワ副官が命じる。
バルーンが爆発し、中に詰められていたコロニーの外壁を修繕するための補修剤がジョロやバッタを巻き込みながら、艦隊の壁になるように広がり固まっていく。
輸送船団の装甲表面でも次々と小爆発が起きる。
爆発自体は、バッタやジョロのフィールドを貫けないが、装甲の中から飛び出してくる瞬間接着剤がジョロやバッタを捕まえる。
「約2千機の敵機動兵器の捕縛に成功、後続の機動兵器も足並みを乱しています。」
「よし!コロニーの外壁補修剤による“虫取り紙作戦”成功!!」
艦長席でガッツポーズをとるナミカタ提督。
「誰が考えたのですか?こんな作戦。」
やや呆れ顔でヤマギワが尋ねる。
「中央戦略部諜報課に勤めている友人と二人で考えた。
さて、あとどれ位で脱出が完了する?」
「月総合宇宙ステーションからの通信によると、あと一時間は耐えて欲しいそうです。」
「難しい注文を出してくれますね。」
たしかに、虫たちの足止めには成功したが数が圧倒的に違う。
こんな策では、稼げて数分だろう。
「全艦、反撃しつつ後退!
艦同士のフィールドを重ね合わせて厚くせよ。
置き土産を忘れるな!」
「この手数で持久戦をやるつもりですか?」
ヤマギワはナミカタに問いかける。
「時間をかせぐには、死ねとしか命令できない無能な将でしかない。
・・・すまん。」
「生き残れたら皆で飲みにいきましょう。提督の奢りで!」
「123番シャトル、カウント開始、5・4・3・2・1・発射。」
管制室の無数にあるモニターには発射を待つシャトルや貨物船が何百と写っている。
「24番管制システムの処理力がダウンしています。」
「ヒューストン、36番シャトルの管制処理を委任する許可されたし。」
「貨物船に人が入りきらない?
椅子を取り除けてスペースを作れ、一日ぐらい立ちっぱなしでも死にはせん!」
ステーションは開港以来の大忙しだった。
10秒ごとに地球行きの宇宙船が出発している。
ザザザザアーー
とモニターが砂嵐に覆われる。
「23、25〜40モニター、ブラックアウトしました。」
恰幅の良い女性、中央管制室長マリア・ノースライトは声を荒げる。
「なにが起きたんだい!」
「連合宇宙軍が、核を使用しました。」
「あの馬鹿ども!そこまで追い込まれちまったのかい!
進行の遅れはどうなんだい?」
手もとの端末を操りながら状況を調べる。
「132,139、145番シャトル、19、24番貨物船が影響を受けています。」
「150、180、185番シャトル、32,35番貨物船を繰り上げな!」
一日でいいから時間が欲しい、そう思い。マリアは、爪を噛む。
悪い癖だとは理解しているが止められない。
「さあ、一機でも多く上げるよ!
気を引き締めな!」
「月艦隊は、壁から押し寄せる敵に核を使用したようです。」
ムネタケは爪を磨きながら、つまらなそうに答える。
「ふ〜ん、ジリ貧みたいね〜。
まっ、私には関係ないわね!
早く観測データーをまとめなさい。」
「艦長!」
「あら? 私に意見するつもり。
逆らうと営倉行きよ!
わかったら早くデーターをまとめて地球へ向かいなさい。」
むしろそうしてくれた方がよほどましと思いながらシルビアは仕事をこなしていた。
耐え難い罪悪感と戦いながら。
―日本 極東本部基地―
新しく配備された機体を見て、イツキ・カザマは、眉をしかめる。
カラーリングや細部は違うが、半月前にネルガル本社ビルの前で戦った機体にそっくり(二話参照)なのである。
上官にこのことを問い詰めると、先日の戦いは極秘の性能テストで合格したので配備したというのだ。
これは、よく考えれば、おかしな事である。
「テストとは言え、有人機のテストに実弾を使うかしら?」
疑問は格納庫の闇の中に消えていった。
確実に時は、動き始めていた。
ゆっくりと、止まらない時代の連鎖を巻き上げながら・・・。
連合議会の議員とカイゼル髭のオジサンがモニターを介して睨み合っている。
「援軍を出してはいけないとは、どうゆうことですか!」
「言葉のとおりの意味だよ、ミスマル提督。」
その返答に怒りを隠さないミスマル・コウイチロウの怒声が響く。
「このままでは月は確実に占領されます。
それをこのまま放っておけと言われるのですか!」
「月への増援ならば、半月前すでに送っている。
それに敵が降下して来ると言うならば、地上にこそ戦力が必要だ。
少々の戦力を今更送ったところで無駄になるのは目に見えている。
そんなことに貴重な戦力を使うぐらいならば、地上に降りてきて薄く展開された敵勢力の各個撃破に使う方がよほど理にかなっている。」
「しかし!」
「ミスマル提督、これは議会の決定なのだよ。
あきらめたまえ。」
そう、言い残してモニターの電源が切られる。
ドン!
「くそ!」
暗い闇が部屋を支配する。
出口はまだ見えない。
時はまだ、2195年・・・ナデシコ完成まで、まだ半年以上の時を必要としている。
予告
ナデシコ外伝 第4話
敵の数は百倍を軽く超える大艦隊
月を脱出するための船を支援するため
逃げられない戦いを強いられる連合艦隊
心ある者から死んでいくのが戦場のつね
「人が死ぬのはどんな時か知っているかい?」