ナデシコ外伝 第１１話
〜旅立ちの日〜 前編
貴方は何故、旅をしているの？
人が好きだから、街が好きだから
まだ出会っていない人がいる。まだ見ていない街がある。
わくわくしないかい？
私もいつか旅がしたい。
旅をしていない人などいない。
出会い、別れ・・・・人は変わり、街も変わる。
ただ、そこにいるだけでも旅はできる。
私らしく、君らしく
人生という旅を楽しめばいい。
さあ、出発だ！
〜連合軍 極東司令部〜
極東司令部への出頭命令、それは突然やってきた。
「おかしいですね、私。
何かへまでもしたんでしょうか？」
イツキ・カザマは長い髪を掻き揚げながら極東連合艦隊司令のミスマル提督の執務室へと向かう。
ここのところ妙な事が多い。
まずは、木星トカゲの襲撃。
木星は、コロニーこそ無いものの潤沢な資源に目をつけた一部の企業が採掘権を得て採掘を行っていたはずである。
あんな物がいたのならもっと早い段階で分かってもおかしくない。
最近の連合の様子もどこか変だ。
方面軍同士は仲が良いとは言えないが、窮地を見捨てるほど悪くは無かったはず。
火星と月に対してろくな援軍も出さなかった。
一体、軍の上層部は何を知っているんだろうか？
企業、軍、木星トカゲ・・・・・どうなっているんだか。
「さて、何を言われるんでしょう。私は・・・・・。」
イツキ・カザマは今時、珍しい木で作られた扉をノックする。
コンコンと木琴でも叩いたかのような耳障りの良い音が響く。
「極東方面軍 第２エステバリス部隊所属 イツキ・カザマです。」
「入りたまえ。」
扉の向こうから、渋めの貫禄がある声が入室を促します。
「しつれいします。」
扉を開け入室すると机の上で腕を組み、椅子にどしりと座ったヒゲの立派なオジサン、ミスマル提督がいました。
「作戦司令部からの要請により、ミスマル提督より指示を伺うように聞かされております。」
「うむ、カザマ少尉。
敬礼を解きたまえ、突然の指令で戸惑うのは分かる。
しかし、それは今後の作戦には無用の物だ。
リラックスして聞きたまえ。」
「はっ！」
私は敬礼を解き、直立不動の体勢でミスマル提督に向かい合います。
リラックスしろと言われても、この状況でリラックスできる人がいるなら教えてほしいものです。
「では、指令を伝える前に聞いておこう。
現在における火星方面軍、月方面軍の残存艦隊の処遇がどうなっているか知っているかね？」
「詳しい事は知りませんが、解体再編成を行っていると聞いています。」
ミスマル提督は、その答えに満足したようにうなずくき言う。
「その再編成された艦隊の５０パーセントが極東司令部に配属される。
君は、その艦隊に新設されるエステバリス部隊の隊長として赴任してもらいたい。
それに伴い君を中尉に昇進させる。
詳しい行程は後ほど文章で送るので、そのつもりで行動するように。」
ミスマル提督の言葉によると私には拒否権が無いらしい。
「異動後も極東方面軍の一員であることを忘れず、節度ある行動を取ってほしい。」
「はい！」
私はミスマル提督に敬礼をして命令を拝命した。
どこから私の運命は回り始めたのだろう？
私は、コンテナを背負った白い機体が思い出だしていた。
〜アキツシマ研究所 武道場〜
普段は滅多に使われる事のない武道場に珍しく人の気配があった。
三十畳ほどの畳が敷かれた空間に張り詰めた空気が流れている。
キュッキュと畳をこする音がする。
しゅっしゅっと空気を切る音が断続的に響いてくる。
正拳突きから、回し蹴り、裏拳と、流れるように動く。
素人目にもまるで、そこに敵がいるかのように見える舞だった。
パチパチパチ
入り口の方から拍手が聞こえてきた。
一人で武練をしていた男、“ナナシ”が動きを止め入り口の方に目を向ける。
入り口には男が一人壁に寄りかかり彼を見つめる。
「いや〜、綺麗な型だね〜。
歩き方から強いだろ〜な〜とは、感じてたけどね♪」
「ミヤビさん、いつから其処に？」
ナナシは戸惑うようにメルヴィル・ミヤビに問いかける。
「二段回し蹴りをした所あたりからかな？
体を動かしていて何か思い出した事はあった〜〜〜？」
「いえ・・・・何も。
ただ、体が勝手に動く感じですか・・・・・。」
ミヤビは楽しそうに目を細める。
「歩法が体に染み付いているような人は技の半分以上を体が覚えてるもんだからね〜♪
どう・・・・・組み手でもしてみる？」
ミヤビは、殺気とか闘気とでも言うべきものを纏いはじめる。
ナナシは無言で両腰に拳を構え両足を緩く内股に開いた構えをとる。
「それが君の構えか。」
ミヤビは腰を落とし弓を引き絞るような構えをとる。
引き絞られた足を跳ね上げ、地面を蹴る力を全て前進に変える。
ゆく！！
それは、駆けると言うより飛ぶと表現するのが相応しい。
弓から矢が放たれるようにミヤビが飛び出す。
言葉ではなく意志を込めて拳を放つ。
ナナシは柳のように体を揺らしその一撃をそらすと右腕を掴みミヤビを投げ飛ばす。
ブウウンと空気を裂き、宙を舞う体が風をおこす。
ミヤビは掴まれていない左手を床につき、逆立ちのような状態でバランスを取る。
そして、左手を軸にしてナナシの後頭部に膝蹴りを放つ。
「せぃ！」
足は剣のように鋭く、ムチのようにしなやかに飛ぶ。
ナナシは掴んでいた右手を外し、ミヤビの膝をガードする。
手のひらを打ち合わせたような快音が響き両者の動きが一瞬の間停滞する。
一瞬の後、両者は弾かれたように動く。
ミヤビは、膝を弾かれた反動を使いバク転をして距離をとる。
ナナシは防いだ反動と共に後ろに飛び、距離をとる。
構えを取り、二人はジリジリとすり足で移動する。
将棋の兵が、互いに必殺の間合いを読み。
細かく移動する様子にも似た二人の歩法。
将棋と違うとすれば、両者は瞬時に飛車にもなれれば、角にもなれる点だろう。
しばしの間、にらみ合うミヤビとナナシ・・・・。
千日手に陥った二人の間を分かつように平手による快音が鳴る。
「はい！ そこまで、そこまで〜！」
武道場に入ってきたカタオカが手を叩きながら戦いを止めに入る。
「ちぇ、 いい所だったのに〜♪」
「やな気配、撒き散らしながら甘えた声だしても説得力ない！
けが人を挑発するな！！」
「いえ、自分は健康ですから・・・ミヤビさんをそう責めなくても・・・・。」
カタオカはナナシの方を向き言う。
「火星時代から少しでも強そうな人を見ると喧嘩をふっかけてたんだから、このくらいは言わないと何時までたっても直らない。」
「あの〜〜〜〜〜。」
「なんです？」
「ミヤビさん、逃げてしまいましたよ。」
正に神速、ミヤビは飛ぶように駆け抜け、廊下の遥か先で点になっている。
「まてぇぇぇぇ、私の話を無視しようとは良い度胸だ！！」
武道場に廊下を駆け抜けていくカタオカの叫びが響いた。
〜サセボ ナデシコドック〜
薄暗い造船所に特徴的な形をした白い船が浮かび上がっている。
その船は箱型の中央ブロックの上にシャトルの様な形をした艦橋が付いている。
（実際、緊急時には艦橋が乗組員全てを乗せてパージ出来るように作られている。）
そして、後部には双発式の重力波推進器が二基付いており、艦首の方には剣のようなブレードが二枚伸びていた。
船の大きさに対して大きすぎる艦橋部分が頭のように見え、船と言うより生き物のように見える奇妙な船である。
コソコソ、そう表現するのが正しいだろう。
闇に紛れ、その船に近づいてくる男がいた。
「これが、ネルガルの最新型か・・・・・奇妙な船を造ったものだ。」
男は、小型カメラを片手に船に近づく。
カシャ、カシャと今時には珍しい感光フィルムを使った撮影音が無音の静寂の中で響く。
そんな、彼に友人に対してかけられるような気安い声がかけられる。
「おやおや、いけません。
ここは、撮影禁止ですよ。」
男は突然わいてでた気配に動揺し、勢い良く振り返る。
「な！」
手に銃のような物を持った男が、そばにいる。
プスっと首筋に当てられた銃のようなものが音を立てる。
力の抜けていく手からカメラを落とし、首筋にかすかな痛みを感じると男の意識は闇に沈んでいった。
ちょび髭に赤いベスト、どこか人の良い笑みを浮かべた中年のおじさんプロスペクターとどこか不機嫌そうな顔を崩さない黒スーツの男ゴート・ホーリーが侵入者をはさんで話している。
「これで本日５人目ですか。
いや〜〜、同業者の強引なリサーチには参った物ですね。」
「それを防ぐのが我々の仕事だ。」
「ふむ、私の仕事は会計監査役なんですがねぇ。」
手に持った注射器を懐にしまいながらプロスペクターが言う。
「監査役は船の危険や不正を見抜く為にいる十分仕事の範囲内だ。
貴方には十分その力があると思うが。」
「買いかぶりすぎですよ。」
プロスペクターは、視線を上げてナデシコと名付けられた船を見上げる。
「建造開始から半年・・・明日には、艦長と主なクルーが集まりますね。」
「ああ、人の出入りが激しくなる分、警備を厳重にしなくてはならない。」
「おやおや、出費はできるだけ押さえて欲しいのですが・・・・・。」
「必要経費だ。」
そう言うとゴートは背を向けてドックから出ていく。
味気が無いと思いながらも、そういった種の人間も必要であると理解する。
視線を戻せば、美しく塗装された白い船。
「あと、一週間で出航ですか・・・・・・いそがしくなりますね。」
未だ生まれぬ船を見上げ飄々と男は呟く。
〜ゴコク神宮 慰霊碑前〜
ナカムラは、菊の花束を手に墓参りに来ていた。
日本風の墓石が碁盤状に並んでいる。
墓場の中央に伸びている広い道、その先に三メートルほどの石碑がある。
石碑には、こう書かれている。
『月の英雄ここに眠る。』
盛大に放送された記録を見た。
虚飾と誇張、ほんの少しの真実。
美しく彩られたソレが、自分の中にある事実と擦れ合う。
そこへ向かって行く自分の心を落ち着かせるためにゆっくりと歩いていた。
ギャップは熱を帯びて、自分の事実すら磨耗する。
自分は正しく、あの時を認識できているだろうか？
自分こそが彼らを美化して罪を誤魔化している罪人ではないのだろうか？
石碑の前にあるお供え物の中に花束を納める。
しゃがんで慰霊碑に手を合わせる。
「すまない、来るのがだいぶ遅れて・・・・・・
招待されていたんだが、テレビの前に出るような気分じゃなくてな・・・・。」
月守備隊の葬儀は、盛大に行われた。
市民へのアピール・・・・
軍のメンツ・・・・
そして、下士官に死後も手厚く保証をするという茶番。
そんな策謀めいた葬儀には行きたくなかった。
「今度、火星に行くことになったよ月へは、まだ行けそうにないけど・・・・・。
そのうち行くから」
しばらくの間、慰霊碑に向かって喋り続ける。
何か、もう自棄だったのだろう。
ぐだぐだと考えて煮詰まっていたのだろう。
それでも口に出すことで気は晴れていく。
いまの仲間のこと、仕事のこと、ほとんど愚痴に近かったが・・・・。
人の気配を感じた。
実際、見られると思うと気恥ずかしく誤魔化すように話し続けタイミングを失っていた。
その気配には覚えがあった。
ジャリ、靴が砂をかむ音が一際大きく響く。
「貴方、
気持ちは分かるけど墓に向かって話し続けてるとただのあぶない人よ。」
連合軍の制服を着た女性が、くすくすと笑っていた。
「艦長・・・・。」
独り言が挨拶に遮られ、ボクはようやく後ろに振り向く。
「おひさしぶりね。
元第１２４部隊々長ナカムラ・テルアキ殿」
「おひさしぶりです。
機動空母ペルシアーナ艦長ルセア・ナイセリア殿」
二人は略式の連合敬礼をすると二人で笑い出した。
「ふふふふ・・・・・。」
「くくくく・・・・・。」
なんとも、滑稽で笑いをこらえるなと言う方が無理だった。
「「あっはっはっは・・・・・」」
意味の無い笑い、緊張感とソレを外されたが故に沸き起こる笑い。
笑い終わり、心地よい静寂が辺りに広がる。
空が青かった。
墓場は閑散としていたが、貫けるような青空の下では、どのような場所であれど陰鬱に移ることは無い。
静かな沈黙の中、自分のような下っ端ならともかく。
艦隊を率いる立場にある彼女が暇な訳が無い。
暇が無い人間が此処に居ると言う事は何か用事があるという事。
「で、用件は何でしょうか？艦隊司令様」
ルセアは肩をすくめると静かに喋り始める。
「ナカムラくん、今・・・ネルガルにいるそうね。」
「ええ、馬鹿だけど気のいい奴らですよ。」
苦笑いを浮かべるナカムラにルセアは少し寂しげな顔をする。
「月と火星の生き残りの多くは極東方面軍に配備されたわ。
近く、大きな作戦があるのかもしれない。」
「極東？」
ナカムラは怪訝な声で聞き返す。
「そう、極東方面軍よ。
戦況でいえば西欧と南アメリカの方が激戦区なのにね。」
「チューリップの降下によって先進国の主要都市を含む１０００近くの都市が壊滅してどこも余裕が無いのは一緒ですけどね。」
ルセアは石碑の縁に腰掛けてナカムラを見上げる。
「それでも民間の企業が合併と吸収を繰り返してどうにか需要は賄っているらしいわね。
スケープゴートにされた火星と月の方面軍は英雄半分、非難半分・・・・・どこに行っても風当たりは強いから堪ったもんじゃないわ。」
「どこも規模の拡大、市場の拡大・・・か。
不幸に群がる亡者の多い事で・・・で、僕に何をしろと？」
ルセアは、瞳に強い光を宿して言う。
「ただ、私の敵にならないでいてくれたら、それでいいわ。」
「・・・・・いいですよ。
裏切れ・・・とかは御免ですけどね。」
あっさりとしたナカムラの返答にルセアは笑って答える。
「裏切れるような人は、こちらからお断りよ。
それと、ナカムラくん・・・・・・連合に居残った者としての忠告よ。
連合もネルガルもどこかきな臭いわ。
仲間と思っている人間にも気を抜かないほうがいい。」
とても軍人の言葉ではない。
だから、これは彼女個人の感想による忠告。
何のことは無い。
結局、彼女は生き残った数少ない同胞に忠告しきにきただけなのだ。
少しの沈黙の後、ナカムラが呆れたように言う。
「世知辛い世の中ですね・・・・。」
ため息をつきながらルセアはそれに応じる。
「まったくね。」
ナカムラが空を見上げ、ルセアも視線を追って空を見上げる。
青い空には一筋の飛行機雲。
見上げた空は青いけれど人の心は曇っているように感じた。
〜ネルガル本社 会長室〜
「それで、エリナ君。
現状はどうなってるのかな？」
アカツキは会長椅子に深く腰掛け、膝の上で両手を軽く組んでいる。
「都市圏では品不足、生産地では物が余っているのが現状ね。
主な理由としては木星トカゲ来襲によっておきる都市圏の生産活動が停止、もしくは低下が上げられるわ。
木星トカゲの地域占領に伴う大型輸送機関の輸送経路が縮小してしまったため物が必要な所に届かなくなったと言うのが現状になるのわね。」
「ふう〜ん、で！
うちの取っている方針はどのくらいの成果をあげているのかな？」
現状説明をするエリナにアカツキは、楽しげに質問する。
「エステバリスの護衛は、好評。
マドリック社からの提携契約や各輸送機関との護衛契約も順調に進んでいるわ。
それと、中小企業が吸収合併を畏れて手を組み始めたから、しばらく静観した方がいい感じかしら。」
「クリムゾンとアスカインダストリーの動きはどうだい？」
「アスカは、月工場や火星支店を失ったダメージが抜けきってないから、地盤固めに徹しているわ。
注意しなければならないのは今のところクリムゾンの方ね。」
そう言いながら、手元の資料から目を上げる。
アカツキは笑みを崩さずにエリナに言う。
「そう言えば、明日からアキツシマ研究所の方に移るけど、準備はできてるかい？」
「できてるけど、あそこに移る意味はあるの？」
「僕としては、うるさい重役達の顔を見なくてすむようになるのは十分なメリットだけどね。」
「会長！！」
何処に目と耳があるか分からない不用意な発言は自らの首を絞める。
怒るエリナにアカツキは、肩をすくめながら言う。
「冗談だよ。
あそこ以上に安全で危険な所はないからね。
最高責任者が出向くのは当たり前じゃないかい？」
「だからと言って会長自ら行くことは無いじゃない。」
「その方が、面白そうじゃないか。」
ニヒルな笑みを浮かべる彼は悪戯を思いついた悪がきのソレだ。
楽しそうに笑う会長とため息をつく美人秘書が対照的な会長室だった。
〜アマツシマ研究所 中央司令室〜
戦艦の艦橋で言うならば艦長席に白衣の男が座っている。
「付近を航行していた船舶に行方不明者、海への落下者の報告は無しか・・・・
厄介事に巻き込まれて海に沈められたなら浮かないように処理されるだろうし・・・
工作員が潜入作戦中に事故を起こしたと言うのなら間抜けだな。
あとは陸地から流れてきた可能性・・・・・。
ヒトコトヌシ、ここ最近の事件は何がある？」
キタガワ博士の問いに先行試作型オモイカネ“ヒトコトヌシ”が答える。
［研究所近辺の陸地から研究所に漂着する可能性は状況にもよりますが平均を取ると２５ﾊﾟｰｾﾝﾄ程ですね。
なお、ナナシさんの漂着する数日前にバビロン城壁に突き刺さったチューリップにエネルギー反応が示された以外に大きな事件報告はありませんでした。］
「ゼロでは無いが高くも無い。
それよりは、チューリップのエネルギー反応か・・・・・・増援でも連れて来たか？」
モニターの薄明かりが顔を照らし逆写しの文字がほほに浮かぶ。
顎に手をあてて考えているとヒトコトヌシが入室者の情報を伝える。
［ニイミヤ医務室長が入室きましたよ。 どうします？］
「入室を拒否する理由は無い。
おまえにとっても親みたいな人だしな。」
［は〜い。］
電子音がしてロックが解除される。
カシュウと空気の抜ける音がしてドアがスライドする。
中枢コンピューターの置かれた重要区画だけあって扉も対爆仕様の分厚いものだ。
ガコっという固定音と共に扉が開かれる。
「あらあら、キタガワくん。
何か悪巧みでもしていたの？」
「ナナシくんの事で調べ物をね。」
ニイミヤは手近な壁にもたれかかりながら興味深そうに尋ねる。
「ふ〜ん・・・何か面白い事でも解った？」
「いや、何も解らない事が解ったよ。
彼の立場は今のところ保留だね。
それより、彼の記憶喪失・・・・・・・演技じゃ無いだろうね？」
「あら、心外ね。
私は虚偽も見抜けないほど間抜けでは無いわよ。
彼は心因性健忘性よ。
よほど怖い事があったみたいね。」
オモイカネの感情をプログラムした彼女は自信たっぷりに言う。
「脳外科のスペシャリストを疑う気はないけど状況が怪しすぎるからねぇ。
しかし、怖いこと・・・・。
世の中、怖い物だらけだよ。」
キタガワの言葉にニイミヤは、楽しげに答える。
「あらあら、その怪しい人を受け入れると決めたのは貴方でしょ。」
「よく解らない物は投げ捨てるより近くで観察する方が落ち着ける性格でね。」
キタガワは苦笑いを浮かべながら答える。
「貴方らしいと言えば、貴方らしいわね。
ヒトコトヌシ貸してもらって良いかしら、治療プランを立てたいの。」
「ああ、かまわないよ。
僕の調べごとは、終わってるからね。」
キタガワは席を立つとそのまま外に出ていく。
「あんまり抱えこんでるとパンクするわよ。」
「気をつけるよ。」
後ろ手に手を振って挨拶をすると扉を開けるパスコードを手早く入力する。
カシュッとニイミヤ女史の入ってきた時と同様に重厚な扉は音を立てて開かれる。
「調子が悪くなったら何時でも来なさい。
入院させてあげるから」
誰にも合わせることなく休ませてあげる。
言外に含まれた意味に感謝しつつ部屋を出る。
キタガワは扉が閉まるのを確認するとため息と共に呟く。
「ようやく償いが始まるよ。」
次回予告
ナデシコ外伝 最終話
〜旅立ちの日〜 後編
連合は相変わらず木星トカゲに抗する事ができず。
「第二十三、重砲部隊全滅しました。」
これは希望なのか？
それとも混乱の始まりか？
「出航は一週間後ではなかったのか？」
さまざまな思惑を乗せ船は行く。
「これでは、計画が・・・」
誰が何を思うのか？
「イレギュラーは、プランを調節すればいいだけさ」
「私が艦長のミスマル ユリカです ぶぃ！」