ナデシコ外伝 最終話

〜旅立ちの日〜 後編

 

 

幕が開きて 宴は始まる。

曲が流れて 舞い手は踊る。

 

この劇 誰が作りしか?

この曲 誰が奏でしか?

 

舞い手は知らずにクルクル踊る。

観客巻き込みクルクル踊る。

 

歌い踊りて 時、流れ

 

やがて、宴は人の手 離れ。

終幕知るは

 

誰も無し。

 

 

〜サセボドック 地下第三エレベーター内〜

 

サセボの地下は軍のドックになっているため直通のエレベーターは無く、いくつかのエレベーターを乗り継いで行かなければ行けないようになっている。

そんな、所のエレベーターにおかっぱ頭の軍人が乗っていた。

「まったく、上層部は何を考えているのかしら。

 この優秀なムネタケ・サダアキを民間が使う戦艦の制圧なんていう訳の分からない任務につけるなんて。」

チーンと軽快なベルの音がして、地面に押し付けられる軽い抵抗を感じる。

ぶつぶつ言っている間に目的地についたらしい。

鈍い音をたてて、エレベーターの扉がひらく。

エレベーターから出ると、艦首に二本のブレードが中枢ユニットから伸び、船体と比例して大きすぎるブリッチを持つ船が見える。

『機動戦艦ナデシコ』それが、この船に与えられた名前だった。

「バランスの悪そうな船ねえ

出航直前に私たちが艦内を制圧、再建を終えた元火星守備艦隊で包囲して接収する。

たかだか、一隻の戦艦に対して大げさすぎるわ。

優秀な私が信用出来ないのかしら?

まあ、いいわ鮮やかに任務をこなして私の優秀さを見せつけてやるだけよ。」

ナデシコに向かって、そう言う。

「フクベ提督がいるはずだけれど何処かしら?」

フクベ・ジン “第一次火星大戦で唯一チューリップを撃墜した英雄” そのしらじらしい賞賛に耐えられなかった弱い老人。

 

私は、あんなふうには成らない。

 

しらじらしかろうが、何だろうが利用できる物は全て利用して上り詰めてやるわ。

 

見返して笑ってやるのよ、あいつらを!!

 

ふと、目を戻すとナデシコを見つめているフクベ提督が見えた。

ムネタケは、フクベ提督と合流するために歩いていった。

 

〜極東地区  ヨコハマ〜

 

連合軍のマークのついた車がレンガと洋館で出来た街を走っている。

海に目を向ければ極東の万里の長城と呼ばれたバビロン堤防が見える。

「ここは、保護区域に指定されているんだったね。」

車から外の景色をみていた老人が運転をしている若い士官に尋ねる。

「はい、ウワジマ提督。

ここは、2079年に極東遺産として登録されました。

それから街の人たちは、この景色を守ってきたんです。」

若い士官は、車の外に広がる景色に顔をしかませながら言う。

「木星トカゲか・・・・・。

奴らには、美しい景色も人の命も見えていないのだろうな。」

崩れたレンガ作りの家、弾痕の付いた道路、そんな景色を寂しそうにウワジマは見る。

「2079年は、連合政府が成立した年だったな。」

「ええ、連合軍発足の年でもあります。」

「そして、混乱と受難の年でもあった。」

ウワジマは目を閉じ、ゆっくりとシートにもたれ掛かる。

 

2079年から2101年ごろまで、地球圏統一の混乱が各地を襲っていた。

コロニー独立運動から始まり月の独立運動まで、様々な地域で革命運動が起きていた。

原因は、税率の統一から貧富の差が浮き彫りとなり、民衆の不満が溜まっていったこと。軍から州軍へ格下げされた各国の軍の不満が、それと結びついたために起きるものが多かった。

核などによる終末戦争を危惧した、当時の連合政府は「核を使用した革命には殲滅戦をもって応じる。」とした南極宣言をもって革命家たちを牽制した。

技術革新は面白い様に進み、ナノマシーン、重力制御技術、慣性制御技術・・・・。

その当時、夢物語とされていた人型兵器、空を飛び海に潜り宇宙を飛ぶ戦艦、・・・・。異常と言える速度で開発されていった。

そう、まるで常識の外から何かが導くように・・・・。

 

「ウワジマ提督、ヨコハマ司令部に着きました。」

「ああ・・・・ありがとう、ナギハラくん。」

若い士官、ナギハラは、略式敬礼と共に古くからの慣習となっている挨拶を言う。

「提督の良き出会いを祈って。」

「君との良き出会いに感謝を。」

ウワジマも慣習に倣い敬礼と挨拶を返す。

 

老提督は、ゆっくりと空に浮かぶ真昼の月を見上げて呟く。

 

「すまんな、まだ生きておるよ。」

 

〜ヨコハマドック〜

 

ヨコハマは、港町としても有名で、商業用の港だけでなく軍港もあります。

今、極東最大規模の造船場であるニューヨコハマドックには新造船だけでなく修理のために入港している軍艦が多数あります。

ヨコハマドックには、月防衛戦で傷ついた船(第三話参照)が修理のために運び込まれていました。

巨大な台の上に乗せられた艦艇に、巨大なクレーン、ミニチュアのような作業車、キャットウォーク(作業足場)の上から見るドックの様子は、まるで小人が巨人の国へ迷い込んだかのような錯覚を作り出しています。

「カザマ中尉、あれが改装中の機動空母ペルシアーナです。」

案内をしてくれた技術員が改装中の船を指さしています。

簡単な外見は箱を三つ並べた上に板を乗せた感じですかね。

リニアカタパルトを展開している姿は、オールのついたイカダと言う感じです。

「あれが、こんど私が乗ることになる船ですか・・・・」

イツキ・カザマは手摺りから乗り出すようにして自分が乗艦することになる船を見下ろす。

「ええ、パラジュウムリアクター(常温核融合炉)を6基、重力波推進器が3基、搭載できる艦載機の数は、52機、外付けの武装コンテナを増設することで、武装も強化しました。

対木星トカゲ用にリニア対空砲を増設、ミサイルの搭載基数も大幅にアップしています。

艦載機の射出に使うリニアカタパルトは、安全装置を解除すればリニアカノンとしても使用可能です。」

「機動兵器並の大きさの物体を打ち出すレールガンですか?

また、非常識な物を作りましたね。」

イツキが引きつった笑みを浮かべて強化改造されたペルシアーナに向けて言う。

「しかたないですよ。

相手は、こちらの常識を超える防御力を持っているのだから・・・・。」

木星トカゲの兵器は、ディストーションフィールドと呼ばれるバリアーを装備しており、機動兵器も艦艇も光学系の武装がまるで効かない。

物理攻撃は、ある程度効果があるが効き目は薄い。

「これで少しは、まともに戦えるってことですか・・・・・。」

私は、技術員の苦々しげな声にそう答えました。

 

誰もが己の力の無さを嘆き、力を求めています。

しかし、それは正しいことなのでしょうか?

 

〜サセボドック 第二層地下軍用ドック〜

 

サセボドックは基本的に三層構造になっている

一層目には一般の艦船用ドックになっていて、地下に下がれば下がるほど機密度が高くなっていく。

二層目は軍用で、三層目は研究用のドックになっている。

今、二層目では、火星アステロイドベルトの戦いで失った(第一話参照)艦隊の再建が行われている。

火星から月までの戦いで連合宇宙軍は、全艦艇の約半数を失っていた。

その穴を埋めるために少ない人員で動かせる戦艦を大量に増産する必要があった。

なにせ敵の数は、こちらの十倍以上いるのだから・・・。

 

予算は、何処から出たのかって?

 

連合陸軍、海軍、空軍の予算を臨時閣議で削ったらしい。

おかげで、各軍からだいぶ嫌われたようだ。

デュポンティー、ルゴーサなどの火星アステロイドベルトの戦いで失った船はサセボドックで再生され反撃の時を待っていた。

「マツヤマ艦長、旗艦セレスティアの調整は順調です。

この分だと明後日には動かせるようになりますよ。」

「そうか・・・・ようやく戦線に復帰できる。

たしか、今回の新規建造で、レーザー兵器の割合が大幅に減ったと聞いたが。」

マツヤマ・マサキ大佐が機関長のニイハマに質問する。

通常、宇宙空間の戦いは、何万キロメートルもの距離を置いて戦うことを前提とし、艦隊を組んでの戦闘空域は百万キロメートルにも及ぶ。

よって、ミサイルを始めとした実弾兵器は、着弾までに数十秒かかる計算になる。

高速戦闘を基本とした宇宙戦争において、それだけの時間を与えれば、いくらでも防御手段がとれてしまい有効な打撃を与えるのは難しい。

その点、レーザー兵器は、撃ってから着弾するまでの時間が数秒なため有効な防御手段が取られにくいという利点があった。

木星トカゲの新型バリアーとは相性が悪すぎたが・・・・。

「ええ、対ミサイル防御用のわずかな数を残して、対空砲座と主砲、軸線砲はリニアガンに換装されました。

着弾率は落ちますが、まったく効かない武器を乗せているよりましですから。」

ニイハマ機関長は沈んだ声で答える。

「有効打撃を与えようと思えば、近接戦闘を強いられると言うことか・・・・・。」

「連合の作戦司令部は一隻犠牲にする間に二隻落とせれば上等と思っているらしいですよ。

 ネルガルが、敵の装備であるディストションフィールドとグラビティブラストの試作に成功しているらしいですが、どれほどの物か・・・・。」

「試作か・・・・試作でもいいからこっちに廻してくれないもんかねぇ。」

頭を掻きながら、困ったふうにマサキが言う。

「まったくですな。」

次の瞬間、穏やかな空気を破るかのように警戒警報が鳴り響く。

ビービーと布を破るかのような不快な音が木霊し、急げ急げとがなり立てる。

「敵襲か!!」

ドックに設置されたスピーカーから警戒警報が、けたたましく鳴り響く。

「サセボ駐屯地、距離18万2千に未確認艦隊を確認、総員第一種警戒態勢に移行してください。

くりかえします、サセボ駐屯地、距離18万2千に未確・・・・・・・・」

 

「ちぃぃ、まだコッチは戦う準備もできてないってのに!!」

ガンとシートに付属している手摺を叩きマツヤマが怒鳴る。

後の歴史に記される戦いが始まろうとしていた。

 

〜サセボ基地 管制室〜

 

サセボ管制室の巨大モニターに地形と光点が映し出され、『未確認』とか『第二十三重砲部隊 完了』などの戦況を示すカラフルな文字が大画面に小さなウインドウを重ね合わせながら開いていく。

「観測ブイ228Bより、熱源パターン 青を確認!

これより、未確認艦隊を木星トカゲと認識します。」

「観測ブイ258Cを破壊されました。

情報リンク途絶、264Bの感度を二倍に再設定、観測のタイムラグは28秒です。」

オペレーターからの報告が次々とはいり、画面と小ウインドウが更新されていく。

「室長! 基地司令から通信が入っています。」

基地司令に『木星トカゲの本格的な進行あり。』と伝えたのが30分まえ、初動として考えると、この通信は遅すぎる。

通常では、進行が伝えられた時点でリアルタイムで繋がっていなくてはいけない物なのに。

「この忙しい時に今までなにをしてたんだか!!

繋ぎなさい。」

シゲノブ・サリナ管制室長は、怒気を隠さずに答える。

ウインドウが開き、血色の悪そうな男が映る。

『シゲノブ少佐、私はこの事態を連合本部へ報告に行く。

その間、基地の指揮権を君に委譲する。

では、奮闘を祈っている。』

ウインドウの映像が消えた後には、湯気でも出るんじゃないだろうかと思うぐらいに真っ赤になったサリナがいた。

「あの七光り・・・・・・火星上がりだからって馬鹿にして〜〜〜〜〜!」

怒りに身を任せる間にも戦況は変化していく。

「木星トカゲB群より、小型熱源体の放出を確認!」

「259観測カメラより、映像きます。」

映し出されたウインドウにはバッタと呼ばれる敵機動兵器が多数のミサイルを吐き出している。

「対ミサイル用レーザーネット立ち上げ急いで!

出力はマックス、市街地への着弾を許さないで!

第七防衛ラインからの援護はどうなってるの!」

サリナの指示に従いサセボ基地は迎撃体制を整えていく。

基地と海を隔てるようにレーザーの網が展開されていき、第二十一から第二十七までの重砲撃部隊(戦車を含む対戦車砲などの重火器を装備した歩兵部隊)がトーチカを中心に展開される。

「第七防衛ラインより通信!

“我ら三時間まえの前哨戦の傷癒えず、稼動機の準備に後、一時間待たれたし”

以上です。」

正直な話、火力、速力、共に増大した近代戦争において30分も戦闘が続けば決着はすでに決しているといってよい。

復帰に一時間というのはかなり優秀な数字ではあるが、こう叫ばざるを得ない。

「あの役立たずぅぅぅぅぅぅ!」

 

〜サセボドック 第二層地下軍用ドック〜

 

連合は相変わらず木星トカゲに抗する事ができず。

基地直通回線をオープンにしているためドック施設と物理的に繋がっている物から拾える外の通信が聞けるが、その中によい知らせは無い。

「だめだ!

三番ハッチが潰されて使えない!

五番ハッチの方へ行ってくれ!」

「第四通路が崩落したぞ!」

 

『敵襲・・・・・って、敵が攻めてきたってこと?』

 

「第三区画は退避が終了した。 隔壁を下ろす。」

 

「逃げ遅れてるのは、いないか〜〜〜!!」

 

整備員や車両が混乱ぎみに走っている様子は、正に阿鼻叫喚という言葉がふさわしい。

つい先ほどまで活気あふれる造船場は、その活気ゆえの混乱に包まれていた。

「動ける艦艇は、何隻ある?

戦闘は出来なくていい。

動けて、手近な基地までの航行能力があればそれでいい。」

戦艦セレスティアの艦橋で、マツヤマ・マサキ大佐がニイハマ機関長に質問する。

「動ける艦は、二十隻ほどですが落盤に巻き込まれて既に3隻ほどの船が行動不能におちいっています。

乗組員も・・・・・・・・。」

「ニイハマ機関長、この期に及んで言葉を濁す事は無い。

正直なところで何隻動かせる?」

 

30秒に満たない沈黙は重く、この状況では一分一秒が珠玉の価値を持つ。

機関長は決意を固めて口を開く。

 

「整備班の者や基地職員を乗せて動かしてもまともに動ける艦はありません。

まして現状では皆、逃げるのに必死です。

わざわざ狙われやすい船に乗って脱出してくれる人はいないでしょう。」

端的な回答

明確な指揮権を持たない自分が呼びかけた所で出来ることは無い。

明確な事実を機関長は告げる。

「くそっ!!」

だが、外から入る通信からには確かに、そんな余裕は感じられない。

防壁を制御する管制室からの報告が届く。

『だめだ、レーザーネットじゃ、時間稼ぎにもならない。』

わずかなりとも抗する為に塹壕に残り戦う兵士の叫びが届く。

『この! トカゲがぁぁぁぁ!!!』

 

『マスターキーがない。』

 

『・・・・艦の不法占拠を防ぐ為の・・・・・』

 

『艦長は、まだ来ないの!』

 

『アスフォルデ部隊!損耗率23パーセントを突破』

 

『くるな、くるなぁぁぁぁ』

 

最優先の文字が表示されたモニターが展開され、通信の着信を告げるベルが艦橋に響く。

「艦長!

サセボ管制室から通信です。」

「繋いでくれ。」

開いたウインドウには、かつての副官の顔が映る。

全館通信らしく、あちこちに同じウインドウが開いている。

『サセボ管制室長のシゲノブ・サリナです。

基地内にいる人員は、早急に退避してください。

動ける船は自力で脱出を願います。

繰り返します。・・・・・・・・・・・・』

その映像を見るだけで大体の状況は、把握できた。

管制室長が、こんな通信を送っていると言うことは基地司令は逃げたな・・・・・。

 

そして、全権を押し付けられた。

 

上手く切り抜けられれば、それで良し。

だめなら、基地を失った責任を取らせる。

「艦長、どうしました?」

こんな状況だからこそ苦笑いが浮かぶ。

それを不振げにみた機関長が問いかける。

「なに、思い出し笑いさ。意外と余裕があるもんだ」

怒りっぽいわりに意外とお人よしだからな・・・・あいつは・・・・。

笑みがこぼれる。

この戦争が始まってから自分は、ずっとこんな感じだ。

そう思うと、無性に笑えてきた。

「はっはっは!

お互い、こんな所で終りとは、火星会戦からこっちとことん運が無かったな。

だが!一矢ぐらいは報いてやるさ。

ニイハマ機関長、何分で主機関を立ち上げれる?」

「五分ください。

でも動けたとしても人員は半分もいないんですよ。」

ニイハマ機関長は、そう答えつつも機関を立ち上げる操作を続ける。

「砲台ぐらいにはなるさ!」

 

そう、そんな時に聞こえてきた。

 

あの通信が!

 

「私が艦長のミスマル ユリカです  ぶぃ!」

 

「「は?」」

 

その時、意識は真っ白になった。

 

その意識は、男のヒステリックな声に引き戻される。

『とっ、とにかく。艦長がきたんだから、出撃よ。出撃して、木星トカゲを叩きおとすのよっ。』

この声は、ムネタケ少将?

七光りで有名な彼が何故サセボに?

『どうやって?上では木星トカゲが待ち受けてるんだよ?』

『簡単よ。 ナデシコの主砲を上に向けて敵を撃ち落とすのよ。』

オペレーターらしき女性の声にムネタケ少将が答える。

 

ヲイ!

何、考えてやがる! あのキノコ!

 

すると、別の女性の声と先ほどの女性が抗議の声をあげる。

『そんなことしたら上に残ってる軍人さんも巻き込んじゃうよ』

『そう言うの非人道的って言うんだと思います。』

正論に追い詰められたムネタケ少将はヒステリックに言い返す。

『ど、どーせ、もう、みんな死んでるわよ。』

 

ほ〜う言ってくれる。

 

マツヤマ艦長は、こめかみを指で押さえながら問いかける。

「機関長、我が艦の主砲は下に向けて撃てたか?」

「ご命令とあれば、三分で!」

即答で答えた機関長に指示を出そうか本気で思案する。

そんな物騒な会話をしていると通信から落ち着いた老人の声が聞こえてくる。

その声には、聞き覚えがあった。

『艦長は、何か意見があるかね?』

フクベ提督!

その言葉で、ふと我に返る。

火星会戦において英雄と呼ばれ、火星会戦敗北の責任を取って退役した連合屈指の提督。

『どうかな艦長?』

『はい、海底ゲートを抜けて、いったん海中へ。そのあと浮上して、敵を背後より殲滅します。』

艦長? ずいぶん若い女性の声が響く。

ミスマル? ・・・・・そういえば、ミスマルは極東方面軍の司令官の苗字だ。

ミスマルなんていう苗字は、珍しいから身内か?

思考に割ってはいるように機関長の問いかけがかけられる。

「艦長、我が艦の発進準備は整いました。

どうなさいますか?」

機関長から発進準備が整ったことを聞いても正直迷っていた。

ミスマル提督は優秀な軍人であると同時に大の親バカと聞いている。

その娘が、ここにいる。

ネルガル最新の軍艦・・・・ナデシコ。

興味があった。

そして、ここ数ヶ月で磨かれた生存本能が傍観を訴えた。

「いや・・・・もう少し様子を見よう。

ナデシコとやら・・・・・かなり気になる。」

そう答えたとき、それまでの雰囲気をぶちこわすような黄色い叫びがスピーカーから響く。

『あ〜アキト!』

その大声が思考の淵に沈もうとしていたオレの意識を現実に呼び戻す。

「な・・・・なんだ〜?」

「どうやら、話の流れからするに突然の再会を果たしたという感じでしょうか・・・・?」

機関長も呆然とした顔で意見に答える。

そんなオレ達を無視して(こちらから通信を開いていないから当然だが。)事態は進んでいた。

 

正直、ここまでイタイ会話もあるんだなと場違いな感想を持って会話を聞き流す。

『やっぱり、アキトは私の王子様だね。ユリカがピンチの時に、また助けに来てくれたんだもの。』

『だ〜れが王子様だよ。大体、オレはいま逃げてんだぞ。』

『うん!分かってる。逃げる振りして、敵をおびきよせてくててるんだよね!』

『何言ってんだ?おまえ。おびきよせるって・・・・・・・うわぁぁぁぁ!?』

緊張感の無い会話が進み、無情な時間がやってくる。

セレスティアのブリッジモニターには地上に飛び出したピンク色の人型機動兵器が映る。

「これは・・・・噂のエステバリスか!」

半年前にネルガルが発表した最新の機動兵器!

全高六メートルほどの機体で敵と同じか、それ以上のディストーションフィールドを張ることができ、局地戦で多大な戦果を上げていると聞く。

エースになると戦艦でも苦戦する敵の駆逐艦を軽々叩きおとすという。

「やりますね〜。あのピンク・・・。」

「そうだな・・・・あれだけの数に攻められて、よくもつもんだ。」

画面には、こけつまずきながらも敵の攻撃を避け。

反撃しているピンク色の機体が映っていた。

しかし、圧倒的な数の差からじりじりと追い詰められていく。

「艦長! 支援に出ましょう。

たった一機ではもちません。」

「いや・・・・その必要はない。」

海に向かって飛ぶエステバリスを見ながらそう命じる。

「あっ! ナデシコ海中より浮上します。」

オペレーターの報告に答えるかのように白く特徴的な船が海中から浮かび上がる。

「ナデシコ艦首に高重力反応!

収束していきます!!」

敵は、最も派手に動く抵抗戦力に集中している。

その戦力は、海上から浮上してきた戦艦の鼻っ面に集まってきている。

何千キロの距離を隔てた宇宙戦闘の為に作られた船の射程で、これほど近距離の敵を捕らえそこなうなどと言う事は無い。

『目標。敵まとめて、ぜ〜んぶっ!』

その掛け声と共にナデシコから黒い光が伸び木星トカゲの何百という機動兵器を飲み込んでいく。

「これが・・・・・グラビティブラスト・・・・・すごい。」

この圧倒的な火力を見せ付けられたらもうそれしか言えない。

「火星会戦の時にこれがあれば・・・・。」

「機関長、言ってもしかたの無いことだ。」

残念そうに呟く機関長にオレはそう言うしかなかった。

「艦長・・・サセボ管制室より通信です。」

オペレーターも負け続きの戦ばかり見てきただけに先ほどの戦いのショックが抜けきらないようだ。

『マツヤマ艦長、おひさしぶり。

どうやら生きているようね。』

メインウインドウにサリナの顔が映る。

「まあ、なんとかな・・・・・しかし、見たか、あれを・・・・。」

『ええ見たわ、私達の今までの苦労は何?って感じだったわね。』

「まったくだ。これでトカゲどもを押し返せそうな感じだな。」

『ところが、そうも行かないの。

あの戦艦は、実験艦だからネルガルが私的に運用することになっているの。

へたすると、割れるわよ世界が・・・・。』

 

これは希望なのか?

 

それとも混乱の始まりか?

 

サセボ基地の職員に、たとえ様の無い無力感を感じさせたナデシコのデビュー戦はこうして終わった。

 

〜ネルガル本社  企画会議室〜

 

「出航は一週間後ではなかったのか?」

第三支社の専務が突然の報告に眉をひそめる。

『木星トカゲが突然、襲撃してきまして・・・・はい・・・・その・・・』

通信の向こう側にいるサセボの工場長が冷や汗をかいている。

「これでは、計画がだいなしではないか。

ナデシコ級の船を製造する方法は、全てアマツシマ研究所で押さえられている。

我々がいくら連合に工作を行なっているからと言っても連中は無能ばかりではない。」

開発室長が無念そうに唸る。

「そのへんにしておくざます。」

三角めがねをかけた、いかにもなおばさん第三支社の専務を宥める。

「そう・・・・重要なのは、これからどうすれば良いかだよ。」

上等な椅子にどっしりと座った副社長が落ち着いたようすで言う。

「幸い、アカツキ会長はアマツシマ研究所の方に移った。

我々としても自由度が高くなったのだから大胆に動いても良いと思うね。」

 

闇の中で影は躍る。

 

「イレギュラーは、プランを調節すればいいだけさ。」

 

〜ヨコハマ基地〜

 

私は真新しいIDカードを眺めながら歩いていました。

「イツキ・カザマ中尉か・・・・・・なんか実感が湧きませんね。」

私はヨコハマ基地にある、艦隊執務室へ向けて歩いているところです。

通常、艦隊司令部は艦隊の中枢である旗艦に置かれている物ですが。

旗艦及び艦隊全体の再編成、改修作業中など、艦内の施設が使用できなくなった時のために大型工廠のある基地には、艦隊司令のための執務室があります。

基地指令の執務室が近くにあるため戦闘になった時の指揮権に関するトラブルが続出しているそうですけど。

この基地の司令長官は、アズマ中将でたっけか。

宇宙軍嫌いで有名な・・・・・。

大丈夫なんでしょうね此処。

おっと、考え事をしている間に到着したようです。

深呼吸、深呼吸と

 

「極東方面軍 エステバリス部隊所属 イツキ・カザマ

入ります。」

カシューと圧縮された空気の抜ける音がし、モーター音と共に扉がスライドします。

「ようこそ、イツキ・カザマ中尉。」

会議室のような作りの部屋に30人程の艦長達が座っています。

ある種、壮観と言うか、圧迫感のある布陣です。

うぁ・・・大歓迎ですね艦隊首脳陣勢揃いですか。

声を掛けくれたのは一番上座の女性、ルセア旗艦々長。

正直言って、ここまで歓迎されると思ってませんでした。

もしかして虐めですか?

「緊張しているようね。

緊張ほぐしに私たちの現状を説明しておこうかしら。

修理中の艦隊は、もう見たわね。」

緊張・・・ほぐれるんですか?

試されているようにしか思えないけど、とにかく返事をします。

「はい。 ずいぶん火力が強化されているように感じました。」

その答えにルセア艦長は、くすりと笑って答えます。

「火力強化ね・・・・あれでもどれだけ奴らに効くか解らないわよ。

現在、連合陸軍のドックを借りて傷ついた船の修理をしているわ。

各コロニーのドックはコロニー守備艦で、いっぱいらしくて借りられなかったの。」

あっルセア艦長の額に青筋・・・・・・・大気圏を抜けられないぐらい損傷した船以外はコロニー港にも入れてもらえなかったのって本当だったんだ。

「たっぷりと嫌みを言われたけど、ここは受け入れてくれただけ、ましと言った所ね。」

コロニー守備隊とだけじゃ無く陸軍や海軍とも仲、悪いからなぁ・・・宇宙軍・・・。

戦艦が、空飛べたり、海潜れたりするから・・・・・。

「貴方の戦績は、聞いているわ。

この半年で、無人兵器を百、戦艦を1隻、駆逐艦を13隻、見事なものね。」

「いえ、機体が優秀であった幸運からにすぎません。」

私は、直立不動で答えます。

過剰な期待をかけられても困るだけです。

所詮、数の暴力の前には無力なんですから、

この半年、何度死にかけたことか・・・・。

「どんな、名刀も使い手に恵まれなければ駄剣になるわ。

貴方には結構期待しているのよ。

 イツキ・カザマ中尉、貴方を極東方面軍特別編成艦隊、エステバリス部隊々長に任命します。」

「はっ」

凛々しく敬礼をしながら、心の中では頭をかかえます。

 

ううぅぅぅ・・・・私どうなるんでしょう。

 

〜サセボ駅〜

 

ここに、事態をまったく理解していない男が1人サセボの地へ降り立つ。

長い間、椅子に座っていた為に固まった体をバキバキと言わせながら伸ばして広い空間を満喫している。

「や〜っとサセボに着いたか。

今日は宿で一泊してナデシコに乗艦だ。

ガイの奴は一足先に行くって言ってたけど何処いってんだろう?」

街に目を向ければ、あちこちで煙が上がっているのが見える。

「おや? 何があったんだ?」

新幹線に乗って数時間それまでの間に何があったのかは、新幹線の中で、ぐっすり眠っていたこの男の知るところではない。

もっとも、ナデシコに関しては厳しい報道管制がしかれていたが・・・・。

ピピピピと色気の無い電子音が鳴り響く。

電源を入れると通信ウィンドウが立ち上がる。

「はいはい、何だってんだよ一体?」

モニターんは、白髪に黒いバイザーをつけた十歳ぐらいの女の子が映し出される。

『テ〜ルちゃん、やっと出てくれた。 一時間前から呼び出してるのに全然、出てくれないんだもん。』

そう言って怒る彼女は、怖いと言うより、むしろかわいい。

「パールちゃん、そうは言ってもね。

電車の中ではマナーモードにしておくのが社会の常識だよ。」

『も〜〜う、のんきなんだから!!

大変な事が起きたんだよ!』

そう言って、びしっと指を刺してくるパールちゃん。彼女の首にはマフラーのようなものが巻きついている。

“言語機能補助マシーン『通訳君』最終バージョン”これで彼女の言語障害も大丈夫とキタガワ博士が言っていた。

夏は、どうするんだろう?

『テ〜ェルちゃぁ〜ん聞いてるの?』

「聞いてるよ、そんな怖い声ださずにね。」

十歳近く年下の女の子にちゃん付けで呼ばれるのは、どうかと思うがこの際このことは考えない事にする。

『じゃあ伝えるよ!

 ナデシコが出航しちゃって合流は不可能になったから、テルちゃんはアマツシマ研究所に帰ってくること!

ミヤビさんが、もうすぐそっちに着くから早く帰ってきてね♪』

やたらと弾んだ声のパールちゃん。

 

その声が、頭の中に浸透していく。

 

へ・・・・・ナデシコが出航したから帰って来い。

 

「何ですと〜〜〜〜!!!!」

 

なんだか判らない内に全てが始まり俺たちは騒乱の中へ投げ込まれることとなる。

朝が来て夜の訪れを告げる始まりの日だった。

 

 

 

次回予告

ナデシコ外伝 the second

第1話

〜悲しみの日〜

 

アマツシマ研究所に迫り来る連合軍

「極東方面軍第十二艦隊 旗艦 ルセア・ナイセリア 大人しく施設を明け渡しなさい。」

向けられる刃

「白いエステバリス・・・・奴ですね。」

誰が為に人は戦う

「総員第一種戦闘配備」

「そんな! 同じ人が相手なんですよ。」

人知れず謀は進む

「あれの建造はどこまで進んでいる?」

過去に隠されし遺産とは

「当時の資料は、ほとんど残っていません。

手探りで探すしか・・・・・。」

何が待ち、何が起こるのか

神ならぬ人には判らず。

ただ、今を進むのみ。