『 7月12日 曇り』
   遂に地球で、真紅の羅刹の拘束を求める市民運動が始まった。
   それに呼応するかの様に、今日も『何時撮影していたんだ?』と心底尋ねたい様な特別番組が放映されている。
   これほど見事な手際を見せるからには、地球政府だけでなくクリムゾン辺りも一枚噛んでいるのかも知れん。
   だが、この件に関し、俺自身に出来る事は何も無い。
   東提督が有効な打開策を打ち出す事を祈るのみだ。

まさか、プロスさんが洗っても尻尾を掴めないとはなあ。
これは思っていた以上に根が深そうだ。

   シラベナイノ

何時も言っているだろう。本計画に直接関係の無い事に、お前の能力は使用しない。

   サンザン、クダラナイコト、ミタクセニ

五月蝿い。これは人としての矜持の問題なんだよ。
確かに、その方法なら確実に黒幕が判るさ。
だがな、人と人の争いに、神の能力を持ち込むのは不公平だろ?
それに、力技での補正ってヤツは、何時か必ず歪みを生み出す事になる。
言ってみれば、お前の追試は、その集大成みたいなもんだろうが。

   イツモノヤツハ?

神のツケを払うのに、神の能力を使って何が悪い。
第一、お前が追試に落ちたりしたら、歪み所じゃ済まなくなるじゃないか。

   ソレダケ?

ま…まあ、多少個人的趣味に使っている事は認めるが、それは俺が受取るべき正当な報酬…
いや、この件に関った所為で被った損害に対する損失補填の様な物だ。
まあ、計画当初は多少行き過ぎと言うか、その………少々馬鹿な真似もしたさ。
実際あの頃は、便利な能力を得た事で、知らず浮かれていたからな。
だが、今はキチンと線引きをしとる。

   ハンザイシャハ、キマッテ、ジコセイトウカスル

やれやれ。何処で覚えてくるんだよ、そいう減らず口を




『 7月13日 雷雨』
   13日の金曜日。それは、世界で最も有名な凶日である。
   それを証明するかの如く、アイスホッケー面の殺人鬼など及びもつかぬ、
   太陽系最凶の危険人物の来襲を受けた。

   

「……という訳で、木連より親善の印として送られました総計5千体のバッタとジョロですが、労働力として各部署に均等に配備される事に成りました。
 これに伴いまして、近日中にそれぞれ10体づつが、我が部隊にも搬入される事になっております」

判で押した様に淡々としたナカザトの報告に眠気を覚えつつ、何時も通り生返事を返しておく。
まったく、昼行灯を演じるのも楽じゃないな。

「あ、そう」

「尚、それに先立ちまして。東木連中将個人より提督宛に、国交樹立祝いとして新居が届いております」

「国交樹立祝い? 新居?」

予定外の報告に驚き、改めてナカザトを問質す。
だが、その報告内容は、聞けば聞くほど難解の一途を辿っていった。

「はい。材質こそ他のプレハブと同じでありますが、形状及び外観には、かなり手が加えられております。
 端的に申し上げるなら、既存のユニットルームを幾つか繋ぎ合わせて、一戸建て住宅風に改装された物の様です」

「何でまたそんなものが?」

「敵味方に分かれていたとは言え、御二人の間には所属を超えた友誼があった事は、自分の様な若輩でさえ聞き及ぶところ。
 故なくして無聊を囲う提督への、せめてもの心尽くしではないかと推察します」

と言いつつ、一寸良い話を聞いたとばかりに目を潤ませるナカザト。
いったい誰の味方なんだよ、お前は。

「尚、既に完成品として送られてきました為、
 その大きさを鑑み、敷地内に於ける最大の余剰スペースへの設置が妥当だろうとの申請が、フェスタ氏(カントク)より出ております」

「つまり、ナデシコ長屋のド真中か」

「端的に申し上げれば、その通りです」

「判った、許可する。三日以内に其方に引っ越すから、空き部屋の使い道を考えておけ」

「了解致しました」




   〜 20:00 ナデシコ長屋 〜

一日の激務を終え、帰途につく。
この際、2時間ばかり残業していくのが、最近の俺の生活スタイルだ。
7時の前後1時間は、飯場の朝食組と夕食組のピークなので、自然と身に付いた生活の知恵と言うヤツである。
こんな苦役の様な生活も、5日後にサンジェルマンから出向して来る新コック参戦までの辛抱と割切りって耐える俺。
自分でも健気だなあと感心してしまう。
などと、以前ラピスちゃんに付き合って見た、世界名作劇場のナレーションを自ら入れるなどして渇いた心を癒した御蔭で、
惰性だけで動かしていた身体の方も多少は復調。恙無く麗しの新居の前に到着した。

暫し繁々と眺めてみる。
何故か、どことなく地球に居た頃のアカツキの部屋を思わせる、ガッチリとした作りの家屋。
立地条件としては、今後は東、もしくは西館を迂回しなければ執務室や日々平穏に行けなくなった代わりに、部屋数が増えたといった所か。
う〜ん。やはり東提督の意図が見えてこないな。
まあ良い、気にしない事にしよう。

   ガチャ

「おっかえりなさ〜い♪」

新居のドアを開けると、見事な赤毛をポニーテールに纏めた美少女が、今にも抱きついてきそうな勢いで出迎えてくれた。
良いねえ。温かい家庭とはかくあるべき……って、おい!

「し、枝織ちゃん!」

「えへへっ、ちょっと早いけど来ちゃった」

そう言って、天使の様な無邪気な笑顔を浮かべる枝織ちゃん。
だが、同時にそれは、天使特有の残虐性を示すものでもある。
この恐怖は、味わった者にしか判るまい。
当座の安全性だけでも確保すべく、彼女の後ろに立っていた零夜君に声を掛けようとして、更に絶句する。
そう。その顔には、憔悴の跡がアリアリと浮かんでいたのだ。

「申し訳ありません、提督。
 提督の御信頼を裏切り、計画に多大な支障をきたすであろう、この様な仕儀と相成ってしまいました。
 全ては私、紫苑零夜の不徳の致す所。御詫びの言葉もございません」

そう言って彼女は深々と頭を下げた後、懐から一通の手紙を取り出した。
状況から察するに、此処に至るまで散々苦労してくれていた様だ。
木連人の生真面目さに改めて驚嘆しつつ、俺は手紙の封を解いた。




『前略、オオサキ提督へ。

 まずは、すべてが事後承諾と成ってしまいます事を、謝罪させて下さい。
 この非礼は、いずれ幾重にも御詫びします故、今は何も言わずに御尽力頂く事を切に願います。

 さて。此方の事情は概ねTV等で報道されている通りなので割愛させて貰い、御願いしたい事のみを認めさせて頂きます。
 前述の様な経緯を持ちまして、影護北斗・枝織の両名は木連に居場所の無い状況に陥ってしまいました。
 そういう訳で、ほとぼりを冷ます意味も込め、予定より少々早いですが、
 御要望の補佐役として紫苑零夜を同伴させ、其方に送り出したいと思います。
 彼女は私の知る限り、唯一北斗の身の回りの世話を任せられる逸材。
 きっと、貴方のお役に立つものと確信しております。

 御不快な点も多々御座いましょうが、どうか三人の事を宜しくお願い致します。

 PS:頑張ってね。(ハート)』

う〜ん。パッと見はまともな感じだが、良く読むと無茶苦茶な内容だな。
特に、純和風な様式で最後にPSが付く所がなんとも………
なんて事を考えていると、顔に出ていたらしく、紫苑君が更に平身低頭しつつ謝罪してきた。

「す、すみません。
 失礼な文面なのは重々承知していますが、なにぶん舞歌様はああいう方なので、その。
 実を言いますと、優華部隊全員で必死に説得し、半ば無理矢理書き直させて尚その内容なんです。
 最初の手紙は、手紙とさえ言えない内容でして………」

手紙と言えない手紙か。となると、

「出来れば其方も見たいんだが、持っているかね?」

「はい。一応、そちらも持っては来ましたけど………怒らないで下さいね」

おずおずと差し出された手紙を徐に開くと、予測通りその文面には、只一言『預かってて』と記されていた。

ふっ、御約束通りと言った所か。
メセンジャーが枝織ちゃんだったのでイマイチ不安だったのだが、ちゃんと彼女に伝わっていたらしく、既にエヴァにも目を通してくれている様だ。
出来れば、此方の苦しい台所事情も察して欲しかったがね。(泣)

「流石は東提督。此方の意図を正確に掴んでいる様だ」

「あの。ひょっとしてこの手紙には、何か隠された暗号なり読み方なりがあったんですか?」

一転、紫苑君が期待に満ちた熱い視線を送ってきた。
東提督への感謝の意味も込め、リップサビースを兼ねてそれらしいコメントをでっち上げる。

「そんな大層なものじゃないさ。
 まあ、最初から此方を渡してくれた方が話が速かったのは確かだがな」

「そうだったんですか。すみません、私達は余計な事を………」

「おいおい。それを言ったら、謝罪すべきは寧ろ俺達のほうだぜ。
 『敵を騙すには、まず味方から』と言うが、君には説明らしい説明もしていなかったんだから、仕方ないさ。
 それに、この時期に来てくれた事も寧ろ有難い。
 畑違いの仕事だが、是非君らにやって欲しい事があるんだ」

「まあ」

パッと顔を輝かす紫苑君。
すべてが緻密な計算の上で行われていたと思ったらしく、此方を見詰る眼差しにも、そこはかとなく敬意の色が見て取れる。
少々煽り過ぎたかも知れないが、結構気分が良いので敢えて誤解は解かずにおく。
ふっ。汚れちまったもんだな、俺も。

それにしても『預かってて』か。
シンジ少年に対して、俺は相等無責任な事を考えていたらしい。
こうして当事者に成ってみると、如何に無謀な計画だったを痛感させられる。
とゆーか、物理的に痛いじゃ済まないケースさえ予測される程だ。
計画発動まで後9ヶ月か。正に『キミは生き延びる事が出来るか?』の世界に成りそうだな。




『 7月14日 晴れ』
   今日、苦楽を共にした仲間が一人、天に召された。
   まったく、あのゲキガン馬鹿が………




   〜  ナデシコ長屋 会議室  〜  

「………という訳で、これより専用機の封印方法について説明する」

様々な意味で嵐の一夜を過した翌日。
俺は、明日の地球行きに先立ち、専用機の封印手順についての説明を始めた。
一様に憮然とした表情を浮かべるパイロット達。
無理も無い。己の半身とも言うべき愛機が御蔵入りされる事に成ったのだ。
木連との国交成立が正式に決定した今、頭では当然の処置だと判っていても感情がついてきまい。
指揮官の立場の俺でさえ、忸怩たる思いを抱えている位だからな。

「へっ。遂に今日という日が来やがったか! 
 自爆だな! 自爆させるんだな!! それで何時自爆させるんだ!?」

もとい。ヤマダだけは、ハイテンションで叫び捲くっている。
にしても、自爆、自爆って、自ら爆破して如何するんだよ。
実は事態を全く理解して無いだろ、お前? 自分の愛機の話なんだぞ。
内心の苛立ちを抑えつつ、俺は噛んで含める様な調子でヤマダを諭しに掛かった。

「そんな訳無いだろ。
 手元の書類を見れば判ると思うが、各種重要パーツを取り外して、政府指定の倉庫に保管するだけだ。
 お前の仕事は、それを見ているだけ。当然、爆破などしないし爆破してもいけない。判るな?」

「なんだよ、その中途半端な対応は。
 ガンガーは、戦う為に生まれたんだぜ。平和記念館なんかで埃を被る余生を送る位なら、ガンガーだって自爆を望む筈だ。
 苦楽を共にしてきた愛機を、平和への祈りを込め、敢えて自らの手で自爆。燃え盛る炎の中、バックに流れる苦しかった戦いの日々。
 く〜っ、この戦いを締め括りに、もってこいのシュチエーションじゃね〜か!」

只の演出のかよ! 
いやそれ以前に、平和記念館とやらの出品依頼に応じられるわけ無いだろう。
先端技術の塊なんだぞ、お前の機体だって。

「まてよ。平和記念館から盗み出されたガンガーを、ノーマルエステで見事撃墜。
 黒煙を上げつつ墜ちていく姿を見送りながら『これで良かったんだろ? ガンガー』と呟くってのも捨てがたいよな。
 戦闘中の会話としては『機体の性能差が戦力の総てでは無い』ってのは俺のキャラじゃ無いから、
 矢張りセオリー通りに『俺達の熱い魂が込められてこそのガンガーだ!』と叫ぶべきだろうか?」

好きにしろ。別に共倒れに成っても構わんぞ。いや、寧ろ是非そう成ってくれ。

「そういう訳にはいかないんよ、ガイ君。
 私達ってばほら、軍人として御給料貰っているリアル系のキャラだから『上からの命令は絶対』ってなもんだし。
 それにほら、また何時かコノ子達の力が必要になる日がくるかも知れないでしょ?」

おお、流石アマノ君。馬鹿でも判るナイスフォロー。

「そうか!
 ノーマルエステで出撃するも実力が発揮出来ず絶体絶命のピンチに陥った所で、
 政府の決定に逆らい銃弾に晒された長官が、最後の力を振り絞ってガンガー達を射出してくれるんだな!
 安心してくれ長官! アンタの死は決して無駄にしないぜ!!」

誰が長官だよ、誰が。
それにしても、一体如何したんだヤマダの奴は。
大戦中は此処まで酷く無かったような………
はっ、まさかフラッシュバック! ゲキガンガー(正義の味方独善)症候群のぶり返しか!!

「いや、そうじゃなくてね。その…なんて言うか、もっと長期戦になる場合だってあるでしょう?」

「く〜っ! 嘗ての仲間を救出すべく、更なる力を得て颯爽と現れる方だったか。
 そうだよな。アキトが居ない以上、俺が踏ん張るしか無いってわけだ。
 ん、まてよ。そういう展開にする以上、特訓の為の空白の期間ってヤツが無いと辻褄が合わなく成っちまうな。となると………」

「だから、そうじゃなくてね………」

その後も、必死の軌道修正が続いているが、おそらく徒労に終わるだろう。
そう。君の知ってるヤマダ ジロウは死んだんだよ、アマノ君。
後でヤツが生きていた証として、以前ポーカーで巻き上げた、日々平穏特別メニューの食券でも進呈するとしよう。

「つ〜ワケで、俺は次回作の設定を作るべく旅にでるぜ! 寂しいだろうが暫しの別れだ。あばよ!」

   バタン

暫しどころか永遠の別れでも一向に構わない………って、訳にもいかなかったな。
パイロットの頭数が揃わないと、余計な疑念を招く事に成っちまう。
提督としての義務感に突き動かされ、仕方なく俺は、コミニュケでナオを呼び出した。

  ピコン

『なんッスか、提督』

「悪いが、明日14:00時のシャトル出発時までにヤマダを拘束してきてくれ。
 只、一寸暴発してるんで、ガス抜きの意味も含めて、到着は成るべく遅くして欲しい」

『了解。明日、昼飯食ったら捕獲に行きます』

翌日。簀巻きにしたヤマダとパイロット達を乗せ、地球行きのシャトルは予定通り出発した。
ナオの話では、あの馬鹿、この間送られてきた国交記念樹林を、サビ刀で切る練習をしていたらしい。
言葉も無いとは正にこの事である。

さらば、さらばヤマダ ジロウ。




『 7月16日 曇り』
   トライデント計画、発動と同時に致命的な失策を犯す。
   己の思い上がりを見透かされる思いだ。
   些か反則気味だが、2198年の技術で補填させて貰う。
   偽善だと笑わば笑え。俺にはこんな事しか出来ない。

本日、今月のホシノ君の拘束時間を目一杯使って行われた裏工作が功を奏し、大佐の戦略自衛隊への出向と少年兵達の教官への就任が決定した。
経歴は大佐の本来のものを矛盾の無い範囲で模倣したもの。身分は国連出向扱いの特務大佐。
いつもながら、一部の隙も無い見事な仕事振りである。
だが、報告してきたホシノ君の顔は苦渋に満ちたものだった。
それもその筈、既に霧島マナが内臓に疾患を抱える事故が起った後であり、彼女以外にも早急に加療を必要とする者が28人も居るというのだ。
なまじ未来を知っていた事による弊害。『現実とゲームは違う』それを重々承知した上で、この体たらくか。
否。この場合、日の目を見る事無く散っていった27人を救える可能性が出ただけでも幸運と考えるべきだろう。
取り急ぎ、28人の身柄をイネスラボへと運び治療を依頼する。
診断の結果。半数近くの者には後遺症が残ってしまうものの、全員命だけは助けられるらしい。
但し、それは2198年最新の医療の施した場合だ。
2015年の赤十字の技術に則すのなら、治療は不可能。
霧島マナですら、もって三年の命との宣告を受けた。
冷徹な医師の仮面を被り、俺に決断を迫るイネス女史。
無論、俺の答えは決まっている。

1万人以上の将兵を見捨てておきながら、僅か28人の命を救う。
偽善の極みと笑わば笑え。どうせ、俺にとってこれは善行ですらない。
『これを譲れば、それはもう俺では無い』たったそれだけが理由の、我侭の極みの様な決定なのだ。
我ながら度し難い事である。
俺の答えに、僅かに素顔の微笑を見せた後、彼らの治療を行うべく、イネス女史はラボへと戻っていった。
その後姿を見送りながら、俺は祈らずにはいられなかった。
心優しい彼女には、この罪業の累が及ばぬ事を。
………これこそ偽善か。(苦笑)




   〜  翌日 火星駐屯地執務室  〜   

大佐の指揮の下、本日より少年兵達は全員予備役扱いとなり、特殊車輌乗務員訓練生として訓練に入る。
初っ端から躓いた感のあるトライデント計画だったが、これで如何にかスタートを切った訳だ。
内心割り切れぬものがあるが、後の事は大佐とイネス女史に任せる以外に無い。
惰弱な感傷を無理矢理押さえ込み、俺は次の企画の青写真を広げる。
此方側の情報収集の目処が立った以上、次に狙うは、敵側の情報収集の掣肘だろう。
これについては、打ってつけのものがある。
陰陽の理が示すが如く、古来より数多の悪の秘密結社と対となる存在。そう『正義の味方』だ。

情報とは、色を帯びるものである。
多くの場合は無色透明であり、情報を集める人間の主観によって着色されていくのが常だ。
だが、最初から極彩色の色が付いていれば、新たな色が付け難くなるだけでなく、全体像の把握が困難となるだろう。
つまり、知られたくない情報を隠す為に、途方も無い嘘をでっち上げるのが、この計画の主旨という訳である。
とまあ、口で言うのは簡単だが、この『正義の味方』
その性格上、孤立無援の状態で様々な陣営からターゲットにされる、恐ろしく危険な任務なのだ。
おまけに、本計画に於ける華とも言える要素であるが故に、一種のスター性も要求される。
当初はナオがそれを務める予定だったが、予想以上に裏工作をしなければならない案件が多かった為、兼任するのは不可能と判断。
そこで白羽の矢が立ったのが、この男である。




スカウトC ナカザト ケイジの場合

「ナカザト。お前、正義の味方をやってみる気は無いか?」「ありません」

この間0.17秒。上官への受答えとは思えない位、取り付く島も無い。
妙だな。ナカザトが、のっけからこんな態度に出た事は、ついぞ無かった事だぞ。
遂に見限ってくれたんだろうか? もしそうなら、此方としても何かとやり易く成るんだか。
内心の期待を押隠しつつ、俺は立腹を装い不機嫌そうな声で理由を問質した。

「えらく即答するじゃないか」

「その手の事に関しては、素敵な経験を積ませて頂いていますので」

「で、具体的な理由は?」

「ヤマダ中尉の御守りなど、願い下げだからであります」

な、成る程。そういう受け取り方も有ったか。

「自分とて、戦争の後遺症で、己をダイゴウジ ガイなる架空の人物だと思い込んでしまっているヤマダ中尉には御同情致しますが、
 それとこれとは話が別です」


しかも、なんか美談ぽくされちゃってるし。
意外と想像力の豊かな奴だったんだな。単に現実から目を逸らしているだけとも言えるけど。

さて、如何したものかな。
ヤマダが絡んできた以上、『何も言わずに引き受けろ』と言っても無理だろうし。
かと言って、現時点でナカザトに話せる事は限られているし………
う〜〜〜ん。正直この件は、コイツを此方側の陣営に引き込む良いネタだと思ったんだがなあ。
仕方ない、諦めるか。

「やれば出来るじゃないかナカザト。これほど説得力のある理由を聞いたのは久しぶりだぞ」

「はっ、恐縮であります」 

かくて、ナカザトのスカウトは失敗した。
早急に次の候補者を選ばなくては………嗚呼、もうヤマダ位しか思い付かない。
だが、それだけはイヤじゃあ〜!




『 7月20日 晴れ』
   ウエイトレス問題も解決し、日々平穏は通常業務へと戻りつつある。
   新コックは別件に出向することになってしまったが、概ね順調な感じだ。
   だが、好事魔多し。また新たな問題が浮かび上がってきた。
   う〜、頭痛てえ。

「酢豚定食5、焼飯3、ラーメン4、上がったよ」

「は〜い♪ 行っくよ〜、ム〜ちゃん!」

「了解」

ホウメイさんの指示の下、今日も枝織ちゃんは元気に、ムナカタ君は優美に店内を駆け回っている。
初めは戸惑っていた紫苑君も、慣れてきたらしく、調理補助の手際が大分良くなってきた。

ウエイトレス達の退職と彼女達の亡命。
この二つの問題を一気に解決する起死回生の策として打った大博打だったが、結果は上々と言って良いだろう。
前任者とは比較に成らない頼もしい働きぶりを眺めつつ、俺は遅めの昼食をオーダーした。

「(カチャ、カチャ、カチャ)御代わり!」

「あいよ」

14:30。ランチタイムを過ぎて客の疎らになった店内で、今日も北斗が賄い飯をかっくらっている。
働いているのは枝織ちゃんだというのに、その姿には一遍の遠慮すら感じられない。
実はこの一週間、日中に北斗が出てくるのは、こうやって食事の出されている時だけだったりする。
しかも、夜は夜で、枝織ちゃんが貰った給料で、BAR花目子に飲みに行く始末なのだ。

嗚呼、こんな甲斐性無しのヒモの様な生活を送っている男(?)が、嘗て太陽系を震撼させた真紅の羅刹だというのだから泣けてくる。
このままでは、彼は駄目に成ってしまう。それは判っているのだが、俺には何一つ打開策が思いつかない。
相手が相手だけに、成り行きに任せるしか無いのが現状なのだ。

「(カチャ、カチャ、カチャ)御代わり!」

尚も、悠然と食事を続ける北斗。
正直言って、この光景が9ヶ月先まで続くものと、俺は半ば諦めていた。
だが、そんな悪しきルーチンワークの輪を断ち切るべく、

「北ちゃん!」

一人の少女が、その小さな身体に裂帛の気合を込め、敢然と立ち上がったのである。

「ん? 如何した零夜?」

「如何したじゃ無いでしょう。
 黙って見ていればこの一週間、北ちゃんのした事と言えば、食べて飲んで寝るだけじゃない。
 そう! ハッキリ言って、北ちゃんは今、堕落しているのよ!!」

「堕落?」

「そうよ。こんな怠惰な生活を送っていて、今食べているお米を作ってくれた農家の皆さんに申し訳ないとは思わないの!」

余程腹に据えかねていたらしく、ガミガミと捲し立てる紫苑君。
普段の控えめな態度が嘘の様な勢いだ。北斗も、叱られて拗ねる子供の様な表情をしているし。
将来子供が産まれたら、彼女はかなりの教育ママに成ることだろう。
う〜ん、これだから女は怖い。

「そうは言うがな。俺は嫌だぞ、ウエイトレスなんて。
 これが『どっかの誰かを消して来い』って話なら、世話になってる手前、二つ返事で引き受けても良いがな」

「そうか。では早速だが、(ピッ)
 ターゲットの名はナカザト ケイジ。なるべく事故死に見える形で処理して欲しい。報酬は………」

「もう。悪趣味な冗談は止めて下さい! 
 そりゃ、提督にしてみれば、北ちゃんが大人しくしてさえいれば、それで良いんでしょうけど。だからって、こういう………」

ナカザトの写真を突き返しながら、紫苑君は舌鋒の矛先を此方に向けてきた。
どうも、予想以上にお気に召さなかったらしい。
俺としては、誰もが幸せに成れる最良の策だと思ったんだがなあ。
仕方ない、対紫苑君用の必殺技を使うとするか。

「判った、俺が悪かったよ。
 だが、君の北斗に対する態度だって誉められたものじゃないぜ。
 君だって『男装してBARのマスターを勤めてくれ』って言われたら困るだろう?」

「それはそうですけど、何も私は北ちゃんにウエイトレスをやらせたい訳じゃ………そりゃ一寸見てみたい気もしますけど」

「それにだ。君は、真紅の羅刹が、対外的には謹慎中に成っている事を忘れていないかい?
 元々、北斗の出番は来年の3月29日からだったんだから、今少し長い目で見てくれても良いんじゃないかな?」

「そ、それは………いえ、確かに仰るとおりです」

俺の噛んで含める様な物言いに、勢いを失い尻すぼみに成っていく紫苑君。
そう。彼女は一寸笑えるくらい、目上の相手との会話に弱い。
従って、彼女と話す時には、何の根拠も無かったとしても、自信タップリに語るのがコツである。
第一段階の成功を確認した後、俺は、今思い付いたばかりの計画の説明を始めた。

「まあなんだ、俺もこのままで良いと思っている訳じゃない。(コホン)北斗」

「なんだ」

「計画発動までの間、武術の師範をやってくれないか?」

「ちょ、一寸待ってください提督。僅か九ヶ月足らずで武を修めるなんて、絶対無理です!」

北斗の返答を遮って、紫苑君が、悲鳴混じりな抗議の声を上げる。
彼女自身、常識的な範囲での武術の達人なだけに、『北斗が』『九ヶ月で』『技を教え込む』の三要素の結実が容易に想像できるのだろう。
君の反応を見て、俺も改めて怖くなったよ。
だが、此処で動揺した所は見せられない。
慌てず騒がず、成るべく余裕タップリに語らねば。

「判ってる。だからこれには、ある程度下地のある人間を当てるし、最悪、何も身に付かなくても構わない。
 要するに、シンジ少年の教官役を勤めて貰うのに先立って、手加減のコツを掴む為の予行演習とでも思ってくれれば良い」

「は…はあ」

「それじゃ改めて。北斗、頼めるか?」

「ああ。少なくとも、ウエィトレスをやらされるよりはマシだからな」

「良し、決まりだ」

如何でも良いとばかりの生返事を返した後、再び食事に没頭する北斗。
予想はしていたが、彼には物を教えるという行為が、如何に根気と労力を必要とするものか判っていない様だ。
その姿に更なる不安を煽られたらしく、紫苑君が物言いたげに此方をチラチラ伺っている。
だが、表立って反論する気力は無い様だ。
駄目押しとばかりに、彼女にだけソット耳打ちする。

「実を言うと、今、北斗に武術を習うに足る人材を選考している真っ最中なんだ。
 修練場所を含めて今月中には決定するから、もう少し待っていてくれ」

この説明に納得してくれたらしく、漸く安堵した表情を見せる紫苑君。
秘儀『その場凌ぎのハッタリ』成功である。

だが、所詮これは問題の先送りに過ぎない。
場所の方はなんとでもなるが、遊び相手(?)をどうやって確保するか………う〜、頭痛てえ。

「(カチャ)御苦労様です、提督」

「ありがとさん」

食後のコーヒーを給仕しながら、ムナカタ君が労いの言葉を掛けてくれた。
此処に来て一週間。漸く彼女も、こういった私的な会話をしてくれる様に成ってきている。
だが、未だ事務的な口調までは崩そうとしない。
そうだよなあ。この娘の事も何とかしないと………

(うわ〜、凄い口車です。この人、根っからの詐欺師ですね。カスミ的にも、今後は色々気を付けないと)

ん? なんだ今のは。幻聴か?




『 7月22日 曇り』
   今日、難航していた正義の味方候補者が遂に決まった。
   毒食らわば皿までとばかりに、もう一つの難題であった、北斗の弟子役も彼に勤めて貰う。
   はあ〜、碌な死に方しそうにないな、俺。

この所、計画の遅延が頓に目立ってきた。
いや。正確に言えば、先送りにしてきた問題が、いよいよ表面化してきただけなのだが。
意外に思われる向きもあるかも知れないが、ナデシコは、一種の独裁国の性格を持っている。
極端な話、最初に基本方針を打ち出す者がいない事には、何も始まらない………

いや、これもまた語弊があるな。
独自の価値基準を持った者が余りにも多すぎる為、そんな方法でもなければ纏まりようが無いと言うべきだろう。
いずれにせよ、現在アキトの代理を務めているのが、この俺という訳だ。
人類史上、此処まで理不尽な話があっただろうか? いや、あるまい。(反語)
巨大なプレッシャーに押しつぶされ、己の器の卑小さを感じる今日この頃。
なんとなく、これに負けたサイトウの事を思い出す。

ん? 待てよ………そうか、その手があったか!




スカウトD サイトウ タダシの場合

   カラン

「らっしゃい」

という訳で、俺は、某地某所の絵に書いた様な安酒場を訪れた。
ここ2週間程のパターン通り、サイトウが隅のボックス席で酔い潰れてる。
そう。西欧州を発った後の軌跡を洗った結果、奴はあれから半年以上も経つというのに、
今だ一歩も前に進めず、各地を転々としながら飲んだくれる日々を送っていたのだ。
何故そんな甘美な………もとい、見下げ果てた生活を送っていられるかと言えば、皮肉にもMoonNight時代の貯金
(当時、その勢いを維持しようとしてか、破格の臨時ボーナスが出た)が有ったからである。

だが、財布・肝臓共にそろそろ限界だろう。
このままいけば、遠からず路上で行倒れる事に成る。
思えば、サイトウのこの惨状こそが、俺に最後の一押しをしてくれた切っ掛けだった。

「バーボンを」

この手の酒場の定番の酒を頼み、未だズキズキと痛む良心に麻酔を掛けるべく一気に呷る。
思っていた以上に不味い酒だ。
御代りを頼んだ後、改めて、これから行おうとしている悪行を反芻する。
そう。俺は此処に、人身御供を調達に来たのだ。
煮詰まった末の事とはいえ、我ながら度し難いアイディアだ。
だが、偽善を承知で言わせて貰えば、これはサイトウの為を思っての事でもある。
奴に関しては、俺自身思う所も多々有るが、それでも同じ釜の飯を食った仲間。
立直れるものなら立直って欲しいというのが偽らざる本音。
そして、奴の現状を見る限り、可也の荒療治が必要なのも、また確かな事なのだ。
うん。この際、死亡確率の高さには目を瞑ろう。

「なあ、マスター。
 奥の席でガ〜ガ〜五月蝿せえ青瓢箪、何時まで放っておく気だよ。
 商売の邪魔だろ。なんなら俺が叩きだしてやろうか?」

俺が覚悟を決めた直後、マスターの前の席に陣取った、如何にも町のチンピラといった風体の男が、
サイトウを指差しながら、そんな事を言い始めた。
内心慌てたが、バーテンはそれに取り合わず、

「やめとけよ。ああ見えても、ヤツは某組織の一員だぜ」

冷めた声で男を諭しだした。

「げっ。今、噂のアレか」

「ああ。それも、この辺一帯の不良会員を粛清して回った正会員の一人だ。お前の敵う相手じゃねえよ」

「あれが数十人をボコボコにして、軽犯罪法違反者と書かれたステッカー貼って、サツの前に放り出した猛者の一人だってのか。
 人は見掛けによらねえなあ。  だがそんな奴が、なんであんな無様さらしてるんだ?」

「そこはそれ、綱紀を粛正してみたところで、戦神が帰ってくる訳じゃないからな。
 アイツくらい極端な例は珍しいが、あの騒動の後、あんな感じで燃え尽き症候群に陥ったヤツは多いらしいぜ」

ふっ、御約束の説明セリフを有難う。見知らぬバーテンAと常連客B。
計らずも、サイトウ&某組織の現状とサイゾウさんの仇討が実行された事を確認した後、
尚もその話題で盛り上がる二人に背を向け、俺は徐にボックス席へと向かった。

   バシッ

「起きろ、サイトウ」

取りあえず、平手打ちをかましてサイトウを叩き起こす。
次いで、テーブルに有ったミネラルウォータを、半ば無理矢理ガブ飲みさせた。
漸く澱酔状態が覚め、俺を認識しするサイトウ。
だが、俯いたきり此方を頭から無視している。
それに構わず、俺はスカウトに来た事をサイトウに告げ、
次いで、当り障りの無い範囲の内容で、長時間に渡って説得を続けた。




   〜  30分後  〜 

「………過ぎ去った時は戻らないし、お前がやった事も、無かった事には決して成らない」

   ピクリ

良し、遂に反応アリ。
ガラにも無い長口上を続けてた努力が漸く実を結んだ様だな。
そう。こういう時は、兎に角話しかけ続け、リアクションを引出しす事が肝心。
何でも良いから話をさせ、少しずつ問題点の特定を計るのが、こういう自閉に陥った者を説得するコツなのだ。
一気に畳み掛けるべく、俺は反応のあったこの路線で話を進めた。

「だが、やり直す事は出切る筈だ。
 人生の第二章を記す事無く、このままENDマークを付けて終るつもりか? 
 言っとくが、ミリアさんは負けなかったぞ」

   ピク、ピク………

「再来年にはナオと結婚する事に成っている。
 無論、メティちゃんの事を忘れたからじゃない」

「お、俺は……俺はあああっ!!」

その後、文法的に矛盾した謝罪の言葉や意味不明の絶叫を一頻り喚いた後、再び俯くサイトウ。
事、此処に至り、俺は最後の駄目押しとばかりに

「なあ、サイトウ。俺と一緒に、新たな自分の歴史を創らないか?」

そう言って、ゆっくりと右手を差出した。
だが、サイトウは何の反応も見せなかった。

なんとも締まらないそのポーズを、タップリ5分は続けていただろうか?
周りの視線がチクチク痛み、それに負けた俺が、清水の舞台から飛降りる覚悟でヤマダの起用を決意しようとした時、

「…………俺、もう逃げたく無いです」

弱々しく俺の手を取り、サイトウは最初の一歩を踏み出した。




   〜  翌日 火星駐屯地 執務室  〜

「じゃ、そんな訳で30分ばかりしたら向わせるんで、採寸の方を宜しく」

イネス女史にアポをとった後、俺はサイトウの待つ応接室へと向った。
部屋の前まで来ると、安普請の御蔭で何やら争う物音が聞えたので、耳を欹て中を様子を伺ってみる。

「………現れるとはな。だが、あの頃の俺と同じと思ったら大間違いだ。
 自慢じゃないが、今なら俺は、太陽系で五番目に強い自信があるぜ」

「舐めてないし企んでもいない。第一、此処に来たのはシュン隊長に呼ばれたからだ」

「はっはっはっ。中々気の効いた辞世の句じゃないかサイトウ」

やれやれ。相変わらず、ミリア君絡みのネタだと御猪口一杯分の自制心も無い奴だな。
態々時間差をつけて呼び出したってのに、こんな時だけ矢鱈早目に着いてるし。
まあ、災い転じて何とやら。この二人のファーストコンタクト(?)がこの程度で済めば御の字だろう。
いきなり暴発しないだけの余裕がナオにあった事に安堵しつつ、俺は応接室に入った。

  ガチャリ

「やあ、諸君。久しぶりの再開に会話が弾んでいる様だな」

「あっ、提督。丁度良い所へ。  提督がコイツを呼んだってのは嘘ですね。嘘でしょう。良し、嘘に決まった」

何やら三段論法の様なセリフを吐きつつ、愉悦に満ちた表情でサイトウに銃を突きつけるナオ。
実際に手は出さないまでも、精神的レベルで追い詰める気満々の様だ。
だが、この程度の事は覚悟の上だったらしく、サイトウの顔には、左程動揺は見られない。
結構。この半年間、自分を責め続けていた事は、全くの無駄では無かった様だ。
彼の更正が順調に進んでいる事を喜びつつ、俺は二人に事情の説明を始めた。

「いや、本当の事だ。彼にはさる特殊な任務に就いてもらう為に来て貰った」

「ああ、例のアレですか」

別方面で追い詰める機会がある事を察して、ナオはアッサリ矛先を納めた。
だが、サイトウを見詰めるその笑顔は、今もって剣呑なものがある。
ギスギスした雰囲気を和らげるべく、話題転換がてらに、先程聞えてきたセリフに関する素朴な疑問を聞いてみた。

「ところでナオ。太陽系で三、四番に強い奴って誰なんだ?
 北辰が半ばドロップアウトした格好に成っている以上、俺はお前が三番目だと思っていたんだが」

「やだなあ、聞いていたんですか提督。
 いやその…別に五番目って数字に深い意味がある訳じゃ無いんですよ。
 只、新展開で新たなライバルキャラが登場したり、未来からアキトの息子辺りが、ゲストキャラとしてやって来るかも知れないじゃないですか。
 だからその、二人分位は空けておかないと拙いかな〜と」

何かもっともらしい事を言ってはいるが、その言葉は虚しく上滑りしている。
何より、今、ナオの視線は此方を向いてはいないだろう。
サングラスをしていても、それがハッキリ判る程の動揺ぶりだ。

「………ナオ、お前」

「判ってるんです! 
 同情なんていりません。どうせ俺は、ヤムチャな役所の男ですよ。
 畜生。やっぱ、初登場の時点でアキトより弱いってのが拙かったんだろうな〜」

う〜ん。意外と気にしていたんだなあ。年甲斐も無く、床にのの字なんて書いてるし。
だが、本人の言う通り、此処で慰めの言葉を言った所で、かえって傷つけるだけだろう。
だからこそ俺は、ナオの肩を叩きつつ、敢えて止めとなる一言を口にした。

「(ポン)どちらかと言うと、ヤムチャと言うよりクリリンだと思うぞ俺は」

「うぎゃあ〜〜!!」

予想以上に堪える一言だったらしく、朝日を浴びた吸血鬼の如く身悶えするナオ。
妙だな。そこまで嫌がる様なキャラじゃなかった筈なんだが。
要所要所で結構目立つし、美人の嫁さんをゲットする(予定)所も一致するし。
それとも、新たなライバルキャラとやらにミリアさんを奪われたいんだろうか?
そんな展開に成った所で、オリジナル同様、誰も同情する筈ないのに。
まあ良い。何れにせよ、これで暫くは大人しくしているだろう。
素早く復活までの時間を逆算しつつ、俺はサイトウを促し本題を進めた。

「まあ、なんだ。
 ナオとの和解は、いずれもう少し時間をかけてやるとして。
 今は仕事の話をするとしよう。先ずはコレを見て欲しい」

と言いつつ、徐にVTRのスイッチを入れる。

『迫る〜、シ○ッカー、悪魔の軍団。平和をねら〜う黒い影。世界の平和を守るた〜め』

ラピスちゃんに編集しておいて貰った名場面集が、オープニングテーマに乗って流れ出す。
説明しやすい様に、歴代主人公が大見得を切るシーンを繋げたものだ。

「………何です、コレ」

「知らないのか? これこそ変身ヒーロー物の草分け的作品、仮○ラ○ダーだ」

「ひょっとして仕事と言うのは、デパートの屋上でよくあるヒーローショーか何かですか?」

画面を凝視しつつ、サイトウはフラットな口調で尋ねてきた。
どうも、肩透かしを食ったと誤解したようだ。
残念だが、君がこれから行う仕事は、そんな甘いものでは無いのだよ。(ニヤリ)

「それも悪くないが、少し違うな。お前にやって欲しいのはコレだ」

そう言って、俺は画面の中の○面ライ○ーを指差した。

「ヒーロー役ですか?」

「いや、やって欲しいのは『正義の味方』だ」

「はい?」

「だから、正義の味方として悪の秘密結社ダークネスと戦うのが、君の仕事というわけだ」

「ひょっとして………リアルでアレをやれって事ですか?」

顔面を蒼白にしたサイトウが、恐る恐る尋ねてくる。
この後に及んで、なんとも察しの悪い事だ。
引導を渡す意味込め、俺はハッキリと肯定した。

「勿論だとも。その為のスタッフだって既に揃っている。
 お前も聞いた事くらいはあるだろう? かの有名な天才科学者、イネス=フレサンジュ博士………」

「嫌じゃあ〜〜〜!!」

イネス女史の名を出したとたん、身も世も無く逃げ出そうとするサイトウ。
如何やら、根も葉もチョットしか無い悪い噂を鵜呑みにしているタイプらしい。
だが、ドアに辿り着く事さえなく、俺の予測の三倍のスピードで復活したナオに、あっさり捕獲された。
そのまま、イネス女史のラボへの連行………じゃなくて付き添いを頼む。

無論、誤解は解いてやらない。
そう。これからのサイトウに必要なのは、何物をも恐れぬ強靭な意志なのだ。
今後の事を考えれば、この程度の事は序の口でしかない。

「大丈夫だって。ちゃんと脳改造される前に救出してやるから安心しろ。
 ほら、この目を見ろよ。これが嘘を言ってる目に見えるか?  俺としても、そんなアッサリ生前の罪を忘れて貰っちゃ困るんだよ」

珍しくサングラスを外して素顔をさらし、ナオは誠意溢れる説得を行う。
だが、既にサイトウは錯乱しているらしく、聞く耳を持たず、

「ああっ! 論点がズレてる! おまけに生前とか言ってるし」

「はっはっはっ、気の所為だって。それじゃあ逝ってみようか」

「違う! 『いって』の字が違う!」

「んじゃ提督、そういう事で」

   バタン

逃げ様と足掻くサイトウの動きを巧みに封じて担ぎ上げると、ナオは上機嫌で彼をイネスラボへと運んで行く。
二人が出て行く瞬間、何故か応接室のドアが、あたかも修羅の門であるかの様に感じられた。

いや、正にそのまんまだな。
なにせ、奴の地獄は、まだ始まったばかりだ。
明日からは北斗の元、正義の味方らしい体術を身に付ける為の特訓の日々が待っている。
頼むぞサイトウ。ちゃんと生き残ってくれよ。
でないと、計画を基本的な所(シンジ少年の更生を北斗に任せる)から見直さなきゃならんからな。
などと、多少勝手ではあるが心からの祈りを捧げつつ、残りの業務を片付けるべく執務室へと向かうと、
その途中で、この世で二番目に聞きたくない胴間声が聞えてきた。

「皆様に愛される ダイゴウジ ガイ。ダイゴウジ ガイを宜しく御願いします」

思わず回れ右したくなったが、執務室に戻るには、この道を通らなくては成らない。
カヲリ君を呼び出したい誘惑を辛うじて押さえ込み、俺は、普段と一風変わった奇行を演じている馬鹿に話し掛けた。

「何やってるんだ、お前?」

「ああ提督、丁度良かった。なんかこのマイク調子が悪くってよ〜
 それに、イマイチ反応が薄いみ〜てだし。此処はやっぱし、放送室の使用許可をくれよ」

誰かが機転を利かせたらしく、電源が外部接続式のマイクのスイッチを無駄に切りながら、
何故か何時もより爽やかな………いや、上っ面な笑顔を浮かべつつ、更に訳の判らない事を言い出すヤマダ。
不快度指数120%のその攻撃(裏が無い分だけ普段の熱苦しいものの方がマシ)に思わず芽生えた殺意を強引に押さえつつ、俺は再度尋ねた。

「そうじゃなくて! 今、お前は何やってるのかと聞いているんだよ」

「おお! 良くぞ聞いてくれたぜ提督!
 なんでも、五年間使い続ければ、魂の名前に戸籍を改名できるって話でな。
 でよ、それについちゃ〜世間の認知度がポイントに成るらしいんだ!」

だが、予想通りちっとも要領を得ない。
仕方なく、裏技を駆使して前後の事情を探ってみる。

   ………

しまった! 地球にはカグヤ君が居る事を忘れていた。

   ………

くう〜っ。まずアマノ君に接触したのは、一番口の軽そうな人間に渡りを付ける為の布石だったのか。
おまけに、彼女の通訳の所為で、カグヤ君の言葉は都合良くヤマダに伝わっていくし。
嗚呼、そこで笑顔で見送って如何するんだよ。タカチホ君VSヤマダなんて、結果を見るまでもないじゃないか。
畜生! これでヤマダが覚えている範囲の内容は、全て向こうに露見したな。

「良い人だよなリサコさんって。こうして、マイクアピール用の台本まで用意してくれたんだぜ」

アカン。完全にカグヤ君陣営の術中に嵌っている。
これは早急に隔離しなくては………そ、そうだ。

「なあ、ヤマ(ゲフン、ゲフン)じゃなかったダイゴウジ。お前、大事な事を。そう、目の前の問題を忘れていないか?」

「目の前の問題?」

「一週間ばかり前に言っていた『嘗ての仲間を救出すべく、更なる力を得て颯爽と現れる』ってヤツだよ。あれはもう諦めたのか?」

「しまった〜!! 俺は…俺は、なんて事をしていたんだ!」

劇画チックに悔恨のポーズをとるヤマダ。
方向性が間違っているとはいえ責任感だけは人一倍ある方なので、目先の利益に浮れていた自分が許し難いらしい。
何時もなら鬱陶しいだけのリアクションだが、今回ばかりは有難い。
一気に畳み掛けるべく、俺はヤマダの肩を叩き、なるべくシリアスな声色を作りつつ、地獄への片道キップを差出した。

「(ポン)ああ、判っているさ。人間誰しも間違いを犯す。
 問題なのは、それを如何償うかだ。其処でだ、そんなお前に耳よりな話があるんだが………」




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