〜 ロサ・キネンシス仮眠室 〜
>OOSAKI
ふああああっと。『春眠、暁を覚えず』と言うが、やたら眠いな。
とゆーか、身体の方は、まだ寝ている様だし。
まったく。擬似第四過程だか何だか知らないが、睡眠中でも完全に意識が覚醒するってのは頂けないな。
これじゃ睡眠の醍醐味とも言うべき夢が見れないじゃないか。
ナラ オキタラ
冗談ぬかせ。昨日、俺が如何に多忙だったのかを忘れたのか?
今起きたりしたら、身体に余計なダメージが残っちまう。
ナラ、ネタラ
それが出来たら苦労せん。
自慢じゃないが、自分の意志でレム催眠とノンレム催眠をコントロール出来るほど、俺は器用じゃない。
ヤレヤレ、ニンゲンッテノハ、フベンダネ
喧しい。
え〜い、仕方ない。こうなったら、セルフサービスだ。
つ〜ワケでアーク。昨日の例のシーンを流せ。
アイヨ
かくて、夢と言う名の安らぎの一時を失った代償に得た能力により、
エヴァ第二話Bパートの様な形式で、俺は昨日の使徒戦を振り返った。
〜 8時間前 2015年 第三新東京市 〜
真夜中の第3新東京を駆け抜け、ウイングキャリアは、使徒が進行中の第7再開発地区へと到着。
そのまま高度を500mまで下げた後、使徒の前方約800mの位置に初号機は射出された。
「シンジくん、先ずは歩く事だけ…」
と、葛城ミサトがお決まりのセリフを言い終わる前に、地面に着くやいなやストップモーションで倒れこむ初号機。
いや〜、シュールだね。
「な、何よ。私は倒れろなんて言ってないわよ。真面目にやんなさい!」
無茶な命令。否、理不尽な感想を喚く葛城ミサト。
とゆーか、まさか本気で本番になれば動くと思ってたんか? この馬鹿女は。
「無理言わないでよミサト。彼のシンクロ率は、起動数値かたったの0.11%なのよ」
発令所に流れる『ああ、ヤッパリ』という空気を無視し、尚もシンジ少年に身勝手な激を飛ばす葛城ミサトを、
流石に放ってもおけず、止めに掛かる赤木リツコ。
コレの御守も彼女の仕事の一つとはいえ、御苦労な事だ。
「だから何! 今はそんなこと言ってる場合じゃ…」
「貴女こそ少しは状況を理解しなさい!
シンジ君はエヴァとシンクロ出来ない。
そして、チルドレンとシンクロしていない状態のエヴァは、只の人形。
となれば、置物としては重心の高すぎるエヴァが倒れるのは当然の事よ」
「く〜、なんでそんな役立たずを乗せたのよ!」
「誰が乗せたと思ってるのよ!」
ネエ、
なんだよ。
コレ、ホントニ、チテキセイブツ、カイワ?
俺が知るか。
にしても、流石は葛城ミサトだな。アークを呆れさせるなんて、ヤマダですら出来なかった偉業だぞ。
「何とかしなさいよ。貴女が作った物でしょう!」
ドカ
『うわ〜』
「仕方ないでしょ、シンクロ値が足りないんだから!」
バキ
『ひっ〜』
「プラグに電気ショックを流すなり何なりして、あの役立たずを使える様にしなさいよ。それが貴女の仕事でしょ!」
ギリギリッ
『誰か、誰か助けてよ!』
「そんな事したって、シンクロには逆効果でしか無いわよ!
だいたいエヴァに関するデータは、作戦課にも周っている筈よ。偶には書類に目を通しなさい!」
グシャ
『いやだ、こんなのもういやだ〜!』
と、指揮する筈の人間達が不毛な言い争いをしている間に、本来辿る筈の過程と概ね同じ感じでサキエルにボロクソにされる初号機。
だが、当然ながらエヴァはピクリとも動かず、ゲンドウが期待する暴走も起こらない。
否、起きる筈が無いのだ。
何せ、本来なら此処でヒステリーを起す筈の某女神は、時空を越えた異郷の地にて、今も安らかに睡眠中だからな。(ニヤリ)
ドス、ドス、ドス
バリン
とかなんとか言ってる間にも、初号機は左手に続いて右目を潰され放り投げられた。
そのショックで、本日三度目の気絶状態となるシンジ少年。
うん、そろそろ頃合だな。
エヴァが完全に沈黙し、いよいよ運命の時が来た事を悟った俺は、出陣の音頭を取るべく艦内放送を入れた。
「本作戦に参加してくれた同士諸君。
いよいよ我が新興組織『ダークネス』は、本日只今をもって、エヴァワールドにデビューする。
この一年、本当に良く頑張ってくれた。心から感謝する。(ペコリ)
だが、それに先立ち、俺は敢えて諸君らに苦言を呈したいと思う。
『本作戦に於いて最悪の事態とは何か?』
そう聞かれれば、『アキトの奪還失敗』と諸君らは答えるだろう。
だが、それは誤りだ。
真に最悪の事態とは、俺達が不幸になる事。
そう。アキトが居なければではなく、アキトも居なければ、平和と言う名の幸福を享受出来ないからこそ、俺達はこんな馬鹿げた事を始めたのだ。
『誰もが笑って暮らせる世界を作る』
それこそがアキトの願いであり、また、先の大戦で散った多くの英霊達の願いでもある。その事を常に忘れずにいて欲しい。
さて、少々長くなったが前置きはこれで終わりだ。
それじゃ早速、共にこの御祭りを存分に楽しむとしよう」
かくて、柄にもないスピーチを終えた後、
『戦闘空域へのジャンプ準備完了ですわ』
「よし、ロサ・カニーナ発進!」
戦い前にした者のみが感じる昂揚感に身を浸しつつ、俺は全26話完結で、来年の3月には終結する事が決定している戦場への出撃命令を下した。
シュ
キュイン、キュイン、キュイン
戦闘空域への到着と同時に、先ずはレーザーの三連射によって第三使徒サキエルを黙らせる。
本来こういうケースでは、敵の視界を封じる効果も期待できる分ミサイルの方が有効なのだが、
限られた予算内で遣り繰りせねばならない状況下故、消耗品を避け此方をチョイスした。
所謂、大人の都合という奴である。
無論、本作戦に関する気配りはコレだけではない。
ナデシコ級の武装としてはオマケ同然の物とはいえ、副砲のレーザーでも某陽電子砲を軽く上回る破壊力がある。
ぶっちゃけて言えば、コアの位置が予測可能な使徒ならば、今回の様な奇襲だけで撃破可能なのだ。
だが、我々ダークネスにとって、対使徒戦の目的は使徒の撃破だけではない。
突如現れた圧倒的な軍事力を誇る悪の秘密結社として、その存在を強烈にアピールする事もまた、本来の目的を遂行する上での重要な要素。
それゆえレーザーの出力も、トライデント中隊が集めたデーターを元に、使徒が耐えられるギリギリのレベルまで落としてあったりする。
そう。我々が目指すのは、プロレスラーや特撮ヒーローの様なエンターティナー。
最大効率よりもショーアップの技術こそが必要なのであり、
ゴットマーズやアニレオンの様に、戦闘シーンは必殺技を繰り出すだけの添え物状態など論外である。
よーするに、あまり簡単に勝ちすぎてはイカンのだ。
『私が、悪の秘密結社ダークネスの女幹部、御統ユリカです。ブイ!」
サキエルを沈黙させて稼いだ時間を利用し、白百合ルックの艦長が御得意の自己紹介を決めた。
ネルフ発令所は勿論、全世界の国営放送に、彼女の勇姿が映し出される。
『本日只今をもって、我がダークネスは、全地球政府に対し、宣戦を布告しちゃいます』
当然ながら、これは強制的な割り込み通信であり、この時代の技術力では、差し止めなど不可能。
しかも、このシーンはチャンと生録画中であり、この件が片付き次第、各国政府が受理するまでエンドレスで放送する手筈になっている。
『手始めに、この地球の御柱の一つ、第三使徒サキエルを血祭りに上げちゃいますので、恐れ戦いちゃって下さい。
え〜と、出来ればそれで実力差を理解して、早い段階で無条件降伏なんかして貰えると、ユリカ大感激〜〜♪』
艦長の宣戦布告終了と共に画面を戦場に戻し、サキエルが起き上がるシーンをアップで映す。
この辺のタイムスケジュールも抜かりは無い。
なにしろ今回は、データー収集及びその解析の為の時間がタップリとあったからな。
それを元に、宣戦布告から使徒殲滅に至るまでの完璧なシナリオが出来上がっている。
シュミレーションによるリハーサルだってバッチリだった。
唯一、不安材料を挙げるとすれば………
『大変です提督! ヤマダさんたら、砲戦フレームで発進しちゃいました』
俺の心に一抹の不安が過ぎったのを見透かした様に、本計画の最大の障害が、早速シナリオを崩壊させてくれた。
スガガガ〜〜ン!
バシュ、バシュ
ドゴ〜〜〜ン!
ローラーダッシュで軽快にサキエルの攻撃を回避しつつ、此方の気も知らんと大盤振る舞いな攻撃を仕掛けるヤマダ機。
当然ながら、サキエルには何のダメージも与えていない。
はっきり言って、単に此方の懐が痛むだけの無意味な攻撃………
い…いや、落ち着け俺。この程度の事は、ヤマダを起用した時点で覚悟していた筈じゃないか。
確かに攻撃自体には意味が無いが、映像的には見るべきものがあるし、開店セールって事で派手な演出をしたと思えば………
ビカッ
バキッ
ガシャ〜〜ン
と、俺が必死に精神的再建を果そうとしているのを嘲笑うかの様に、サキエルの熱線砲がヤマダ機を直撃。両足を失い、派手に転倒した。
『提督、アレって………』
「頼む。言わんでくれ艦長」
予想を遥に越えるヤマダの馬鹿っぷりに身悶えする俺とブリッジクルー達。それに止めを刺すかの様に、
『すまねえヒカル。一緒に海には行けそうにない』
と、ヤマダから意味不明な通信が入ってきた。
ビカッ
そこへ、サキエルが追い討ちの熱線砲。
射出したワイヤードフィストをガレキに引っ掛け、これを間一髪回避するヤマダ機。
『ふっ。早かったな、俺の死も』
ビカッ
今度は転がりながら直撃を避け、ディストーション・フィールドで爆風を受け推進力に。
『畜生。ダーク・ガンガーさえあれば………』
え〜い、何をやってるんだサキエル!
トットとあの馬鹿に止めを差さんかい!!
『あ…あの〜、提督。そろそろ空戦フレームを射出してあげた方が良いんじゃないですか?
えっと、きっとヤマダさんも、もう充分反省していると思いますし』
俺が心からのエールをサキエルに送っているのを遮り、艦長が恐る恐る話し掛けてきた。
「艦長がそう思うのならそうしてくれ。
だが、俺の個人的見解を言わせて貰えば、あれは反省している人間の態度じゃない」
『や…やっぱ、そう思います? あはははっ』
「当然だ。なにせ、現在ヤツが陥っている苦境は、100%ワザとじゃないか」
そう。これがパッと見には不自然でなく、アマノ君あたりが
『上手く誤魔化したつもりでしょうけど、私の目は節穴じゃないわよガイ君』とか言って解説してくれるレベルのものならまだしも、
先程のアレは、どう見てもワザと喰らったとしか思えないものなのだ。
『そのまま死んで来い』と、俺が本気で思ったとしても、いったい誰に責められよう。
『艦長、このままじゃガイ君が!』
『後三分。このまま彼が時間を稼いでいる間にレーザーの充填を行い………』
『そんな! ガイ君を見殺しにするつもりですか!』
『………判りました。ダーク・ガンガー、それに荒御霊と静御霊の準備を』
『一寸待ってよ艦長。アレはまだ開発段階なのよ!
ましてフレームの空中換装だなんて、成功確率は………』
『重武装タイプの火力が通じない以上、他に方法はありません』
仕方なく出しだ俺のGOサインに応じ、画面上で、この手の展開に付きものな寸劇を始める艦長&アマノ君&イネス女史。
リハーサルの時よりセリフが棒読みがちだが、これはDFSだけでなく空戦フレームの射出も行う関係上、アドリブで多少セリフを変えている所為だろう。
そう。本来なら、最初から空戦フレームで出撃し、ラビットライフルが通じなかったので……という段取りで事が進む筈だったのだ。
それを、みすみす砲戦フレームを一機、無駄に犠牲にする事になろうとは。
いや参った。ブロスさんになんて言い訳しよう。
『コードB−2378のロック解除。何時でも行けるわよ』
『ガンガー・フレーム射出』
『了解。ガンガー・フレーム射出シーケンス立上げ。ガイ君!』
『任せろヒカル! 必ず決めてやるぜ!!』
と、俺が苦悩している間にも御約束な展開は続く。
ヤマダ機はサキエルの鈍臭い攻撃を振り切りると、アサルトピットを射出し、空中にて空戦フレームに換装。
合体シーケンスのアップ画像が流れた後、画面一杯にダーク・ガンガーの勇姿が現れた。
悔しいが、ヤマダの狙い通り、そのまま発進させた時よりも数段格好良い登場シーンだ。
『続いて、荒御霊と静御霊を射出!』
『了解! DFSシステム、起動シーケンス立上げ!』
漸く本来の流れに戻った御蔭か、明らかにホッとした表情を浮べつつ指示を出す艦長。
それ受け、オペレーター席のアマノ君が、復唱しつつコンソールを叩くフリをする。
ダッシュが画面に高速でプログラムが流れている様子を映し、最後にGOサインを赤く点滅。それに合わせ、
『プログラム、ドラィィィブ!』
ガチャン
彼女はガラスを叩き割って非常用スイッチを押した。
画面が簡易型DFS、『荒御霊』と『静御霊』の射出シーンに切替わり、BGMもそれに則したものへを変更。
言うまでもないが、すべてがハッタリだ。(笑)
さて、これで一段落………ん?
「如何したアマノ君?」
『いや、それがその…ガラス刺さっちゃって、もうイタイのなんのって』
右手をハンカチで抑えつつ、おどけてみせるアマノ君。
その様子からして、たいした事は無さそうだ。
「そうか。仕方ない、次回からこのシーンはカットだな」
『え〜〜〜っ! そりゃないっしょ提督、数少ないアタシの見せ場なのに。せめて別撮りかバンクにしてよ』
「駄目だ。リアリティを出す為に、対使徒戦は総て生放送って決めただろう。例外を作る訳にはいかん」
『じゃ、このまま続けるって事ならイイでしょ。
実際、リハーサルじゃ一度もこんな事おきなかったんだし。
ほら、もう出血だってほとんどしていないでしょ』
そう言って、傷口を見せびらかせつつ、アマノ君は縋るような上目遣いで此方を見た。
眼鏡っ娘属性が無い俺でさえ、思わずYesと言いたくなる様な見事な媚態だ。
だが、此方も引く訳にはいかない。
「それも駄目だ。
万一その所為で漫画が書けなくなったりしたら『ときめき☆クッキング』の続きを待っている読者はどうなる?
君の右手はもう、君一人のものじゃないんだぞ」
なにしろカヲリ君の愛読書だからな。こんな事で打ち切りになったりしたら後が怖い。
『とほほほっ』
頭を垂れつつも、どこか嬉しそうなアマノ君。
矢張り彼女は、パイロットである前に漫画家な様だ。
どれほどパイロット技量が熟達しようとも、こういう基本設定の部分が変わらない辺り、
アキト同様、DNAレベルで刷込みが行われているとしか思えない節がある。
とか何とかやっている間に、使徒戦の方は山場を迎えつつあった。
熱線砲を小馬鹿にした様な動きで避け捲くるダーク・ガンガーに業を煮やしたらしく、積極的に間合いを詰めていくサキエル。
だが、それはヤマダの注文通りの行動だ。
『ダーク・ガンガー、フルバースト!』
チャンスと見て取ったか、ヤマダ………じゃ無くて大豪寺は、かつての専用機同様、暗証コードを叫ぶ事でロックを解除。(此方は本当)
フルバーストによって爆発的な加速を得たダーク・ガンガーを、サキエルに向って突進させた。
『うおおおおっ!』
向かえ撃つサキエルの光のパイル。
それを紙一重で避け、次いで薙ぎ払われた右手に、カウンターになるタイミングで抜刀した荒御霊で逆袈裟に切り飛ばし、
そのまま半回転して、逆手に持った静御霊の刀身を伸ばしてコアを串刺しに。
『回天双鷹撃!』
気合の乗ったその掛け声と共に、静御霊のDFS部分の破壊力が増大。
一気にコアを切り裂かれ、サキエルは仰向けに崩れ落ちた。
それに合わせ、二本の小太刀の血糊を振り払う動作を行った後、如何にもなポーズで、DFSを輝かせ見栄を切るダーク・ガンガー。
半分は演出、半分は例の自爆攻撃対策の残心である。
ちなみに『万一喰らったら、戦死した事にして即降板だからな』と徹底的に言い聞かせてあるので、流石のあの大馬鹿も、これ以上の脱線はすまい。
チャ〜〜〜、チャ、チャ、チャ、チャッチャチャ〜、
チャラララ、チャチャチャチャ〜
鳴り響く宙明節な勝利のBGMに合わせ、徐々にズームアップするダーク・ガンガー勇姿。
その上半身が画面一杯になる位置まで近付いた所で、今度はコックピットで暑苦しい笑顔を浮かべる大豪寺のバストショットが映し出される。
所謂御約束だが、これには演出以外にも重要な狙いがある。
実はこれ、カヲリ君とサキエルの交渉の為の時間稼ぎを兼ねているのだ。
無論、本来なら、こんな事で稼げる僅かな時間に意味等ある筈がない。
だが、交渉を行うのがカヲリ君となると、話はまた変わってくる。
当時はまだダブリスだったカヲリ君をスカウトに行った折、約12時間分の映像データを1分足らずで確認し終えたという事例が示す通り、
足りない脳味噌しか持ち合わせていない俺に合わせて普段は極端に遅くしてくれているが、第四階梯の生命体である彼女は、
地球人のそれとは比べ物にならない思考スピードを持っている。
そして、第四階梯と第五階梯の中間な半精神体であるサキエルのものともなれば更に高速であり、
第二階梯にあたる俺達地球人の約1,800倍に相当するらしい。
差し詰め、『一秒も無限大』ならぬ『一秒が30分』と言った所か。
となれば、今後の人生(?)を決定する重大事とは言え、ぶっちゃけた話『使徒として死ぬか、人間として生きるか』の二択しかない以上、
意思決定までの時間は数秒もあれば充分だろう。
だが、僅か数秒の事とはいえ、使徒殲滅から使徒の魂(?)回収イベントまでに、タイムラグが発生するのは好ましくない。
イネス女史の説明によると、なんでも人間は、五秒以上の静止を、体感的に明確な空白として感じるんだそうだ。
となれば、その不自然さから、ダークネスが使徒に干渉している事に気付く者が現れるかもしれない。
つまりこの勝利のポーズは、演出効果もさる事ながら、自然な形でその空白時間を埋める為の欺瞞工作をも兼ねているのである。
『提督、サキエルさんは此方の申し出を受けてくれたわ。転生に承諾してくれたってことね』
と、言っている間に無事交渉成立の報告が齎され、それと同時に、淡い光に包まれた人間大の光球が、サキエルに向って飛来。
その直上200mの位置に付くと、光球の発光が和らぎ、辛うじて少女と判る人影へと変貌し、
その身を優雅に一礼させた後、華麗な舞を披露しつつ、謡う様に呪文の詠唱を始めた。
『シベティ、シベティ、シンダラ、バシニ、ソワカ』
当然ながら、その正体はカヲリ君。
突如現れた謎の天使として、使徒の魂を回収するのが、その役所である。
『オン、ハンドメイ、シンダマニ、ジンバラ、ウン』
儀式が進むにつれ、呪文詠唱の声は力強さを増し、その舞いもまた、ダイナミックなものへと変化してゆく。
天使をモチーフにしたヒラヒラのドレスが実に良く似合っており、背景にカットインさせたバストショットとのコントラストもバッチリ。
何度見ても、少々演出過多と言われそうなくらい荘厳な出来だ。
ちなみに、この呪文は『浄解も捨て難いけど、転生って言ったら、やっぱりコッチ』と、ラピスちゃんが強力にプッシュしたものを採用。
当然ながら、その内容自体には何の意味も無かったりする。(笑)
『シンダラ、バシニ、ソワカ!』
そして儀式の最終段階。
裂帛の気合と共に、彼女の指先より山吹色の光線が発射され、その直撃を受けたサキエルのコアが激しく明滅。
コアの部分がスッポリと抜け落ちると同時に手の平大の光の玉が出現し、吸い込まれる様にカヲリ君の右手に収まった。
赤く輝くその光球………サキエルの魂(?)を眺め、満足げに頷くカヲリ君。
そして、その身を眩しく発光させた後、
シュッ
「只今戻りましたわ提督。ミッションコンプリートってことね」
俺の目の前にジャンプしてきた。
「よお、お疲れさん。 (ピッ)ハーリー君、例の処理は上手くいったか?」
彼女に労いの言葉を掛けた後、ハーリー君に確認の連絡を入れる。
『勿論です。もっとも、今回も心配されたシーンはありませんでしたけどね』
「だろうな。実際、リハーサルじゃ一度も見つからなかったし。
だがまあ、引き続き続行してくれ。万一に備えての保険だからな」
そう。先程までの飛行&発光現象は、此方で合成した特殊効果などではない。
計画立案の黎明期、使徒との交渉を行う術を摸索していた俺にカヲリ君が、
『要は正体が判らなければ良いのでしょう。それなら、こんなものは如何かしら?』
と言いつつ披露してくれた彼女の新技能で、DNAの一部をホタルのものに書き換えて得た能力だったりする。
初めてコレを見せられた時は、いきなりボソンジャンプをかまされた時以上に驚いたものだ。
まったくもって多才多芸。自由の天使とは良く言ったものである。
だが、そんな彼女にも、当然ながら出来る事と出来ない事がある。
その一つが、DNA制御の限界から、ジャンプと発光&飛行は両立出来ない事だ。
まあ、人間の身体をベースにしている以上、これは当然と言うべき事象なのだが、実はコレ、結構致命的な弱点だったりする。
何故なら、天使モードからジャンパーモードに移行する際、如何してもコンマ数秒分のスキが生まれてしまうからだ。
そして、いきなり現れる出現時は兎も角、離脱の瞬間は、ネルフを始めとする各国諜報部の注目を集めざるを得ない。
となれば、撮影された映像に、コマ送りで1コマ有るか無しかではあるが、素のままのカヲリ君が写っている可能性が生まれる事になる。
故に、大気の状況、彼女に向けられているカメラの角度、最後に放たれる発光の度合い等々を計算し、
不都合が予測される場合にはコレに対処する為、先程ハーリー君に指示した保険が必要となるのだ。
嗚呼、生放送故の苦労。自分でやってみて、初めて判る先人達の偉大さよ………
かの不朽の名番組、○時だよ!全○集合のド○フ○ーズや笑っ○いい○ものタ○リ氏の苦労が忍ばれる今日この頃。
おまけに、志を常に高く持たなくては、容易に堕落への道を突き進む事になる。
本番中に致命的な失敗をしても、相方に責任転嫁したりそのまま開き直ったりする、お○いっ○りTVのみ○もん○など、その典型と言えよう。
『3・2・1………(キュウ)』
『初めましてネルフの皆さん。
私は、対外交渉役を任されている女幹部、金城=エリナ=ウォンです。以後、お見知りおきを。
さて。不躾で申し訳ありませんが、私共ダークネスは、地球への侵略に先立ち、現在地球防衛の先陣を担っている、貴方々との交渉を望みます」
かくて、我がダークネスの初陣は終了。引き続き、計画を第二段階へ。
試験放送を流した後、第一応接室にて待機していたエリナ女史の元へと画面を移す。
此処から先は交渉モード故、双方向回線による通信だ。
そして、この会談(?)の模様も、引き続き世界各国にオンエアされたままっだったりする。
その理由は多々有るが、取りあえず、ネルフをおちょくるのが最大の目的とだけ言っておこう。
「ふざけんじゃないわよ! 交渉の余地なんてあるわけないでしょ。
貴方達ねえ、自分が何をしているのか判っているの!? 速やかに武装を解除して投降しなさい!」
いきなりの急展開に、他の発令所メンバーが呆気に取られている中、真っ先に反応し気勢を吐く葛城ミサト。
流石、脊椎反射で人生を送っている女。結果は如何あれ、このレスポンスの速さだけは特筆すべきものがある。
『あらあら。先程の戦闘を御覧になっていなかったのかしら?
その気になれば、此方は何時でも其方を武力制圧出来る用意がある事を御忘れなく』
「いいから黙って投降なさい! 今ならまだ、命だけは助けてあげるわよ」
『随分と自信のある御様子。何か、余程の秘策でも有るのかしら?
ああ、そう言えば。確かに貴女の立てる作戦は、意外性に関してはもう折り紙付でしたね。
動かない機体で放り出しておいて、『な、何よ。私は倒れろなんて言って無いわよ。真面目にやんなさい!』だなんて、
私の様な軍事の素人には、とてもとても』
マントの裾を玩びながら、尚もエキサイトする葛城ミサトを手玉に取るエリナ女史。
最初は違和感バリバリだった淡いモスグリーンを基調とした百合ルックも、この構図だと正に悪の女幹部って感じで可也良い感じだし、
相手を小馬鹿にしてあしらうその姿は、似合い過ぎてて怖い位だ。
ちなみに、我がダークネスにおいて、百合ルックは女幹部の証。
それぞれのパーソナルカラーによって、その役所が別れるという設定である。
「はん! 大口叩いておきながら、もう一寸でボロ負けしかかったヘボ指揮官に何が出来るって言うのよ!」
『ひど〜い。それはヤマ………じゃなくて、大豪寺さんが勝手に出撃しちゃったからで、私の責任じゃありませんよ、ぷんぷん』
いきなりブリッジから割り込みとは、必死だな艦長。
まあ、葛城ミサトに無能呼ばわりされるなんて、如何に底抜けの寛容さを持つ彼女でも、耐え難い苦痛だろうからな。
「兎に角、その戦艦と機動兵器をコッチに渡しなさい!
確かに武器だけは良い物を持ってるみたいだけど、折角のそれも、アンタ等みたいな脳味噌に簾が入った連中が持っていたんじゃ宝の持ち腐れよ。
私なら、その武装を有効に………って、何よリツコ」
「あ…貴女はもう喋らないで。お願いだから」
漸く我に帰った赤木リツコが、葛城ミサトの暴走を止めに掛かる。
だが、これは既に遅しに失している。
如何に御飾りとは言え、対外的には作戦部長の要職にある者が、交渉の意思無しとしか受け取れない発言を繰り返しているのだ。
ネルフは此方の宣戦布告を受け、既に戦争状態に入ったと、国連諸国が判断するに充分な状況証拠だろう。
それにしても、まさか此処まで強硬な対応になるとは思って………いや、寧ろ当然の結果と言うべきか。
一寸でも彼我の戦力差を認識できる能力が葛城ミサトにあったなら、毎回いきなりエヴァを敵の真前に放り出すなんて暴挙が出来る筈がないわな。
「そうね。交渉なんてまどろっこしい事は、もう止めだわ。
たった今からアンタ等は地球の敵よ! 叩き潰してやるから覚悟なさい!!」
と、言ってる傍から決定的一言炸裂。
『あらあら、何を今更。私共が、既に地球の各政府に対し、宣戦布告を行った事をもう忘れたのかしら?』
「せ、せ、せ、宣戦布告って。何が…何が如何なってるんですか、これは!」
うっわち! 何故ナカザトがこんな所に………
って、そう言えば、昨日から此処の副官席に、ほったらかしにしたままだったっけ。
このタイミングで目覚めるとは、なんて間の悪い。
「落ち着けナカザト、騒々しい。
一寸ばかり奮発して、地球政府を相手に侵略戦争を始めただけじゃないか」
取り合えず、ナカザトを宥めに掛かる俺。いや〜、提督は辛いね。
「一寸ばかりって。貴方は…貴方という人は! 自分が何をしているのか判っているんですか!?」
「勿論だとも。
由緒正しい作法に乗っ取っての宣戦布告に、御約束な派手目のデモンストレーション。
しかも、実際に侵略行為を行うのは、此方の要求を呑まなかった国だけの予定だ。
教科書に載せたい位、フェアで公平でワールドスタンダードだろ?」
「そうじゃなくて! 自分は、何故こんな馬鹿な真似を始めたかと聞いているんです」
「ふっ、良くぞ聞いてくれた。
実はな、大戦中こそ仕方なく、地球を守る正義の味方なんぞに甘んじていたが、本当は悪役の方が好みなんだよ、俺は。
おお、悪漢ウルフよ。怪盗キッドよ。パパチャリーノ=ナナダン伯爵よ。
決して報われぬ事を知りながら、敢然と世の不条理と闘った、我が青春のヒーロー達よ」
「だから何です! 今は提督の歪んだヒーロー象について語っている場合じゃないでしょ!
第一、今挙げた人物達は全員、悪役ぶってるだけのお人好しじゃないですか!」
くっ、何故それを知っている。え〜い、しからば、
「それじゃ、パウル=フォン=オーベルシュタイン提督よ、パタリロ=ド=マリネール八世よ、
天使のなっちゃんこと小早川奈津子よ、に差換えってことで。これなら問題あるまい?」
「それは悪役じゃなくて、只の嫌われ者です!」
ちぃ、一々痛い所を。
っていうか、何故そんな的確な反論が出来るんだよ、お前。さては隠れマニアだな。
「はっ! あ…あれは真紅の羅刹!!
木連の忌むべき悪魔が何故地球側の席に………提督! いったいアレは何処の部隊なんですか!?」
「ああもう、後で好きなだけ『説明を聞かせてやるから』今は黙ってろ!」
思わぬ苦戦を強いられた事もあって、ちょっぴり逆切れ風にナカザトの言論を封殺。
ついでに、対イネス女史用の人身御供第三号に認定する。
我ながら器の小さい事だが、実際、俺は至って小物なので仕方が無い。
そう、今は本番中。目の前の映像に全神経を集中すべき時だ。
俺の所為でこの御祭りが頓挫する様な事にでもなったら、それこそ死んでも死にきれん。
『敵に真紅の羅刹が居る以上、白兵戦は愚の骨頂です。
残念ですが、この場は一旦引きましょう、エリナさん』
俺がナカザトに感けている間に、無謀にも北斗を人質に取ろうとした葛城ミサトが物理的に退場。
交渉は一気に終盤に入り、予定通り物別れに終ろうとしていた。
にも拘らず、トップの二人は沈黙を守っている。
恐らくは何時も通り、『如何する碇。こんな事は俺のシナリオには無いぞ』から始まって、
『老人達が(中略)だ。切り札は総て此方が握っている。問題ない』という結論に達したのだろう。
この辺が、この男の特異な所だ。
これはTV版の行動から推察した仮説なのだが、どうも碇ゲンドウという男は、
自分のシナリオ外の事象を、全てゼーレが仕組んだ事だと思っている節がある。
所謂、陰謀史観というヤツだ。
通常こうした思考法は、疑心暗鬼に駆られ自謀自縛に陥り易い。
だが、この男の場合は逆に、『老人達も死にたくはあるまい』とばかりに、不都合があれば向こうで修正する事を前提に動くのだ。
ある意味、神に使える敬虔な信徒の如く、ゼーレに全幅の信頼をおいているからこその行動とも言える。
そういう意味では、彼が自分の書いたシナリオを絶対視するゼーレのジーサマ連中に見初められたのは、極自然な成り行きだったのかも知れない。
その癖、自分なら老人達を出し抜けると思い込んでいるのだから始末に終えない。
『確かに。この場はそうするしかなさそうね。
それにしても、暫く姿を見ないと思ったらこんな所で会うなんて。
貴方、いったい何時の間に木連から地球に鞍替えしたの?』
「勘違いするな。別に俺はこいつ等の味方って訳じゃない。
此処へは、単に個人的な貸しの取り立てに来ただけだ」
エリナ女史の問いにアドリブな答えを返す北斗。
否。その猛烈に不機嫌そうな態度からして、既に台本自体が頭から消えているとしか思えない。
「そんな訳で、取りあえず、そこの髭親父と先程まで俺の隣に居た女は見逃してくれんか?
その代り他の者なら、皆殺しにしようが、この施設ごと生埋めにしようが、一向に構わんぞ」
オペレータ席に座るロンゲと眼鏡の肩に寄り掛かる様に手を置きながら、北斗が凄絶な笑みを浮べつつ、半ば本気で此方を徴発してきた。
と同時に、彼らの顔から一切の感情が抜け落ちてく。
無論、これは恐怖を感じていないからではない。
もはや演技するだけの余裕が無くなったからなのだ。
此処で、TV版でのこの二人の言動を思い出して欲しい。
先ずは青葉シゲル。
エヴァ視聴者に青葉シゲルに関するアンケートを採ってみれば、
100人中90人は『オペレータのロンゲ』若しくは『ギターを背負ったロンゲ』と答える筈だ。
残りの10人に到っては、単に覚えていないだけだろう。
次に日向マコト。
彼に至っては『いいんですよ、貴女と一緒なら』を取ったら、眼鏡しか残らないと言っても過言では無い。
比較的目立つポジションであり、何度かその実力を発揮するシーンのある伊吹マヤ。
彼女と同じオペレーターでありながら、明らかに格下な端役AとB。それが世間の評価だろう。
だが、その姿がフェイクだったとしら如何だろ?
思い出して欲しい。
劇場版で、戦自が突入してきた時の青葉シゲルの姿を。
そして、彼の直属の上司は冬月コウゾウである事を。
思い出して欲しい。
TV版後半、直属の上司であり、様々な実権を与えられている葛城ミサトが得られなかった情報を、
僅かな期間に次々と仕入れてきた日向マコトの姿を。
少々、不自然ではないだろうか?
最初は僅かな違和感に過ぎず、只の設定ミスだと思っていた。
だが、良く考えたら、今やエヴァワールドは、フィクションではなくノン・フィクションなのだ。
何時の間にか、致命的なまでにアニメに毒された自分に暫し苦笑。
その後、アークに命じて、サードインパクトによって上書きされる前の情報。つまり、本来この世界が辿る筈のシナリオを洗わせてみた。
その結果は驚くべきものだった。
本人にも気付かせない鮮やかな手口で冬月コウゾウを拉致。
その後、用済みとなった加持リョウジを始末。
その外見に似合わぬ卓越した体術を誇る青葉シゲル。
葛城ミサトにベタ惚れ。
だが、お人好しな性格が邪魔して積極的になれない。
その癖、イザとなったら自爆にさえ喜んで付き合う。
そんな愛すべき好青年のペルソナを演じきった後、最後の最後、A−801発動時に於いて、
ゼーレの指示に従い戦自兵突入の手引きを行っていた本物の『草』日向マコト。
そう。この二人の正体は、ゼーレ所属の敏腕エージェント。
ジーサマ達の切り札の一つであり、TV版に於いて示唆されていた『鈴』とは、実は彼らの事なのである。
だいたい、考えてもみて欲しい。
加持リョウジの様に一目で胡散臭いと理解る人間が、本当に腕利きのスパイである筈が無いのだ。
此処で、アダム運搬という重要任務に就いていた例を挙げて反論する向きもあるかも知れないが、
俺に言わせれば、あれはガキの使い以外の何物でもない。
フリーパスで空母に乗り込み、専用の個室を与えられての優雅な船旅。
しかも、有事に備え、戦闘機でネルフ本部まで送って貰う手配までされている。
これで失敗する様なら、スパイ以前に軍人…いや、社会人失格だろう。
おまけに、彼が三重スパイである事は、各陣営にとって公然の秘密ときては、その手腕を期待する方が間違っている。
実の所、彼にアダムを預けたのは『持ち逃げしたところで捌けるだけの技量が無い』というのが、その理由なんじゃないかと勘繰りたくなる程だ。
と、俺が少々長めのモノローグを入れている間に、ネルフとの会談は終了した。
『3・2・1………(キュウ)』
『NO1にならなくてもいい、もっともっと特別なオンリーワ〜ン!』
艦長達の別れの挨拶を終えると同時に、画面をエンディング・テーマに挿しかえる。
曲目は、色々あってオリジナルを作る余裕が無かった為、過去数百年のヒット曲の中から
『花』『平和』『愛』で検索した中から、ある六人組のユニットの曲を選んでみた。
『花屋の店先に並んだ、色んな花をみ〜ていた』
歌い手は、オリジナルに優るとも劣らぬ歌唱力と団結力を誇るホウメイガールズ。
躍動感溢れるダンスで画面狭しと舞い踊る姿は、正に現役アイドルの面目躍如。
まったくもって素晴らしい出来だ。
だがそれだけに、こうして次善の策を選ばなければならなかった事が悔まれる。
そう。実を言うと当初は、ライブ感を出す為に、毎回ロサ・カニーナの甲板特設ステージにて生演奏する予定だったのだ。
だが、彼女達はデビューと同時に大ブレイク。一躍、トップスターとなってしまった。
その御蔭で、ほとんどの使徒戦予定日に出演の都合がつかず、仕方なく、こうして別撮りと相成った訳である。
計算違いは、これだけではない。本来なら、このエンデングが流れる前に、
『かくて、ダークネスは地球の御柱の一つ、第三使徒サキエルを倒した。
だがこれは、世界征服へのほんの第一歩に過ぎない。
使徒のコアを回収していった、あの謎の天使の正体と目的は?
宣戦布告に、今だ沈黙を守る世界各国の動向。そして、此方の要求を言下に退けたネルフの真意とは?
五里霧中、四面楚歌な極限状態。
それでも彼女達は、決して諦めない。
彼女達の主たる闇の王子、天河アキトを取り戻すその日まで、悪の秘密結社ダークネスの戦いは続く』
といった感じで、レイナード君のナレーションも入る予定だったのだが、
本業はもちろんアイドルとしても引っ張りだこな大人気声優、MEGUMIのスケジュールは、常に満杯状態。
しかも、状況次第では全くのアドリブな内容となる事も予想される為、別撮りも不可能。
そんな訳で、この企画は泣く泣くボツとなってしまったのである。
『その中で誰が一番だなんて、争う事もしないで』
ちなみに、こうしてエンデングテーマを流すのは、なにも御約束だからだけではない。
こうしたものの本来の役割通り、出演者(?)の名前を覚えて貰うのもその目的の一つなのだ。
そんな訳で、画面の下部20%程を使用し、
『それなのに僕ら人間は、如何してこうも比べたがる』
ロサ・カニーナ艦長 : 御統ユリカ
対外交渉部門責任者 : 金城=エリナ=ウォン
プロフェッサー : イネス=フレサンジュ
といった感じのテロップを流している。
そして、極めて不本意な事に、
『世界に一つだ〜けの花、一人、一人、違う種を〜持つ』
ダーク・ガンガーパイロット : 大豪寺ガイ
そう。タカチホ君が余計な知恵を付けてくれた御蔭で、あの馬鹿の野望は、一気に現実味を増してしまったのである。
実際問題、自ら堂々と芸名だと名乗り、その名で出演するんだと駄々を捏ねられては、反対の理由は周囲の感情だけとなってしまう。
おまけに、師弟の誼(よしみ)からか、半ば投槍気味にとはいえ、北斗までがヤマダを支持したとなれば、もう退路は無い。
そんな訳で、2015年の世界でダークネスの番組放映中に限り、ヤマダのことを大豪寺ガイと呼ばざるを得なくなったのである。(泣)
また、蛇足ではあるが、俺は顔出しをしない予定なので、
『その花を咲かせる事だ〜けに、一生懸命になればいい』
ダークネス大首領 : ?
無能なその副官 : 中里ケイジ
と、させて貰った。
無論、これは正体の露見を恐れての事ではない。
この方がカッコイイからだ。
『ラ〜ララ、ラ〜ララ、ラ〜ララ、ラ〜〜〜ララ、ラ〜ララ、ラ〜ララ、ラ〜〜〜ラララ』
サビの部分を歌い上げつつ、舞台中央にて寄り添う様に抱き合い、ゆっくりと空を見上げるポーズを取るホウメイガールズ達。
真っ直ぐに見詰めるその視線の先に、満天の星空をバックに微笑むアキトのポートレートを写して無事放送終了である。
「お前、名はなんと言う?」
それに合わせ、漸くシナリオを思い出したらしく、北斗が台本通りの行動を起した。
「お…オレっすか? あ…青葉シゲルっす」
今にも腰が抜けそうなビビリ捲くった態度で返答する青葉シゲル。
此方も大分余裕を取り戻して………いや、これは一寸買いかぶり過ぎか。
門前の小僧のなんとやらで、礼儀正しい木連人らしく、傍若無人を画に書いた様な北斗ですら、普段人と話す時は、必ず相手の顔を正面から見る。
だが、礼節に適ったこの行動も、見られる方にしてみれば超怖い。
半分は確かに演技だろうが、残りは純粋な恐怖だろう。
「ではシゲル。一寸あそこまで道案内をしろ」
と言いつつ指差す画面先には、大破した初号機の姿が。
「あ…あそこにですか? また、いったい何しに?」
「決まってるだろ、シンジを迎えに行くんだよ」
かくて、無人の野を往くが如く、北斗は悠然と現地に向った。
「冬月、後を頼む」
その5分後、御約束のセリフを残し、発令所を去る碇ゲンドウ。
恐らくはゼーレからの召喚であろう。
だが、彼が謁見の場に立つ事は、もう二度と無い。何故なら、
「(ピッ)ナオ。今、ターゲットが動いた。
予定通り、作戦名『ジーさんは用済み 転落人生編』を実行してくれ」
『了解』
此処で消えて貰うからである。
無論、これは『殺す』と言う意味では無い。
文字通り、2015年の世界から『消えて』貰うのだ。
これは個人的………否、ナデシコクルーの総意なのだが、碇ゲンドウの犯した罪は、死んだ位で購える様な軽いものでは無い。
それに、彼が死んだ所で、実務レベルでは何も変わらない。
別の人間がその地位に就き、ゼーレのシナリオ通りに計画を推し進めるだけの事である。
だがこれが、失踪という形だったら如何だろう?
半ば宿木の様な形とはいえ、冬月コウゾウが碇ユイとの邂逅に掛ける執念は、碇ゲンドウに優るとも劣らぬものがある。
計画成功の可能性………この場合は、碇ゲンドウの生存の確率が、コンマ単位でも残っている間は、決して諦めないだろう。
となれば、新司令官の就任は、どんな手を使ってでも避けようとする筈だ。
そして、ゼーレにしてみれば、約束の日までにサードインパクトの準備さえ整うのであれば、
使徒迎撃については、どのような形で行われようと一向に構わないというのが、偽らざる本音だろう。
まっ、要するに、自己肯定の極地な碇ゲンドウを退場させる事で、ネルフが強攻策に出るの封じ、ダークネスの暗躍を黙認させるのが、
作戦名『ジーさんは用済み 転落人生編』の目的なのだ。
ちなみに、北斗の道案内役を青葉シゲルにさせるのは、不確定要素を排除する為だったりする。
無論、幾ら腕が立つといっても、青葉シゲルの実力は所詮常識レベル。
丁度、ミリア君の下僕と化す前のナオ位の腕でしかない。
当然ながら、今現在の。愛する者を守る為、常識を悪魔に売り飛ばしたナオとは比べるべくも無く、誘拐の障害とはなり得ない。
だが、幾つかの偶然が彼に味方すれば『誘拐現場の目撃者』になれる位の技量は持っている。
そして計画遂行の都合上、碇ゲンドウは謎の失踪である事が望ましく、また、ネルフという組織そのものには、余り弱体化して欲しくない。
となれば、裏面での冬月コウゾウの懐刀である彼を消さねばならなくなる可能性は、事前に排除しておいた方が賢明だろう。
此処で『カヲリ君が直接拉致した方が簡単』と考える向きもあるかもしれないが、それでは博打的要素の強い作戦となってしまう。
何故なら、監視カメラの目は誤魔化せても、人間の目までは誤魔化せないからだ。
そう。如何にカオリ君でも、今、碇ゲンドウが歩いている監視カメラが設置されていない区画。
彼女自身が見た事の無い場所へのジャンプは不可能なのである。
そして、体術こそ可也のレベルだが、彼女は諜報活動に関しては全くの素人。
偶然通り掛かった職員に、ジャンプの瞬間を見られる可能性は決してゼロではない。
それになにより、彼女自身の口から、
『すみません提督。出来れば通常の御仕事(ロサ・カニーナのジャンプと使徒の魂を回収)だけにして頂けないでしょうか?
正直申し上げて、短時間に計7回のDNAの書換えと五回のジャンプは辛いものがあるんです。一寸したトライアスロン並の難易度ってことね』
と、駄目出しをされてしまっているのである。
ちなみに、ロサ・カニーナのジャンプに関しては隠すつもりがない。
何故なら、その方が火星からやって来た侵略者っぽく見えるし、戦艦でのジャンプなら、予備知識さえなければ戦艦自体の機能に見えるからだ。
実際、2015年の技術者代表、時田博士にジャンプシーンを見せた所、瞳をキラキラさせてワープ装置を見たがったし、
後でその実体を教えた時なんて、露骨に舌打ちされたものである。
まあ、確かに彼は少々極端な例だろうが、良くも悪くも、2015年で活躍する技術者達は、ワープ航法が出てくるSF物の直撃世代。
カモフラージュ効果は抜群だろう。
『六時の方向より敵機接近中。型式照合………戦自の戦闘機です』
放送終了から20分後。
一段落ついたのを悟ってか、ここぞとばかり喚き捲くるナカザトを如何にか宥めすかし、
イネス女史の特別講座の席に送り出した直後、新たな展開がハーリー君によって報告された。
「調子は如何だいカヲリ君?」
「何時でもジャンプ可能ですわ。でも、そうなさるつもりは無いんでしょう?」
御伺いをたてた俺に、悪戯っぽく微笑みながらそう返答するカヲリ君。
良いねえ、こういう連帯感を実感出来る会話。
まして相手が美少女ともなると、その感動も倍増するね。
それに、戦自の反応も、予想より良い感じだ。
現在ロサ・カニーナは、戦闘空域を離脱しゆったりと航行中。
但し、それはあくまで此方の基準に過ぎない。
戦自側にしてみれば、標準装備された各種ステルス機能の御蔭で、あらゆるレーダ網に引っ掛らず、
しかも、マッハを超えるスピードで飛ぶ、悪夢の様な戦艦なのだ。
視認による補足のみで、この短時間に此方を捉えた手腕だけでも賞賛に値するだろう。
後方から半包囲しつつ、何とか此方に通信を繋げようとしている所も、セオリー通りとはいえ悪くない対応だ。
これが何処かの作戦部長のだったら、何も考えずに攻撃するか、『相手の動きを止めなさい』とか言って、
前方に戦闘機を回り込ませ、自ら有利なポジションを放棄するかの二択………
否、下手をすると、俺の想像すらも越える愚策を行うかも知れない所だ。
思わず感じた身震いを抑えつつ、艦長に大気圏離脱を指示する。
シナリオ外の行動だが、そもそも戦自との交戦自体が予定外の事。
折角迎撃に来て貰っておきながら、あっさりジャンプで消えたのでは少々愛想が足りないし、何より、逃げた様な印象を与えかねない。
それではイケナイ。ヤクザと悪の秘密結社は、世間に舐められたら終りなのだ。
そんな訳で、此処は一発、圧倒的な性能差で振り切って、歯牙にも掛けていない所を見せ付けるべきだろう。
と同時に、これは健闘した彼らへの一寸したサービスも兼ねている。
此処までの手腕を見る限り、可能な限りのデータ収集位は行っている筈。
多分、今後の航行技術発展の足しにしてくれる事だろう。
ゴオオオオオン
急上昇を始めるロサ・カニーナ。
あっと言う間に戦闘機群が小さくなってゆき、次いで眼下の地表が青く輝きだす。
暫しその景観を楽しんだ後、提督席の背凭れに身を預けつつ、計画成功の手応えを反芻する。
些か予定外な事も起こったが、先ずは快調な滑り出しだろう。
早速編集し、関係各所に配布するとしよう。
2199年でアリバイ工作を展開していくれているクルー達への、何よりの土産となる筈だ。
ん? そう言えば、レイナード君は如何しているかな。
何せ、主要メンバーの中じゃ、唯一完全に蚊帳の外になっちまったからなあ〜
腐ってないと良いのだが。
チョッと様子を見てみるか。アーク。
アイヨ
〜 2199年 某収録スタジオ 〜
おっ、やってるやってる。
ジャンルは………あっ! これ、最近ラピスちゃんが嵌っているヤツじゃないか。
何処かで聞いた声だと思っていたら、コレのヒロインをレイナード君が演っていたとは。
いや〜、世間は狭いね。
『提督、後は我々ブリッジクルーだけです』
『そうか。では、諸君らも急いで脱出ポッドに乗りたまえ』
(あ〜あ、また良識派は犬死か。ホント、何時もながらスカよね、この監督の演出って。
こんな事なら、ロサ・カニーナでナレーションやってた方が良かったのかもね)
『諸君らの退艦後、本艦は敵要塞に向け特攻する』
『提督…いったい貴方は何を言って………提督を置いて行ける筈が(ガキッ)ぐふうっ』
(思えば、オペレーター役をヒカルさんに取られちゃったのがケチの付き始めだったわよね。
まあ、パイロットがヤマダさんな以上、仕方ないんだけど)
『手間を掛けさせおって。幾島、悪いがコイツを運んでってくれ。
救い難い頑固者だが、多分これからの戦いに必要となる男だ。
ああそれと、コイツが何時までも駄々を捏ねる様だったら、最後に俺がこう言っていたと伝えてくれ』
(考えてみれば、大戦中の役柄に拘らないのなら、私が艦長役を務めても良かったのよね。
どうせ御芝居なんだし。そういう美味しい役だったら、どんな手を使ってでもスケジュール調整したのに)
〜 場面転換 数時間後の救命ポッド内 〜
『何故だ幾島! お前なら、提督を無理矢理連れ出す事だって出来た筈だ!』
(それに、SF映画の長期撮影の為って事にすれば、お仕事を減らす言い訳には充分だし、
特別先行公開フィルムとか言って、偶に当り触りの無い映像の一つも流せば、寧ろ恰好の宣伝になったかも知れないのに)
『悔しかったら、お前も命令する側の立場に立て。それが提督の最後の御言葉だ』
『提督、貴方って人は………』
(そうよ。総ては、いい加減に配役を決めた提督が悪いのよ。提督の…提督の………)
〜 号泣するクルー達を次々に映し、最後に、ヒロインのアップ 〜
『提督のバカ〜〜〜ッ!』
「カット。OKです、御疲れ様」
うんうん。今日が使徒戦予定日だって事は覚えているだろうに、それでも最高の仕事をする。
俺の心配など、只の杞憂に過ぎなかったな。
流石にプロは違うねえ。一フアンとして、オジサンも嬉しいよ。