>OOSAKI

「畜生! またバックをとられちまった。
 おうシンゴ。早く右旋回して割り込め。このままじゃ良い様に落されちまう」 

レーダーに映った敵影を睨みつけつつ、焦った声で指示を出す鷹村二曹。
実は彼、戦闘機小隊のリーダーだったりするのだ。
本来これは、年上であり、15歳とはとても思えない貫禄と冷静さを兼ね備えた、朝月キョウシロウ二曹が勤める筈だったのだが、
『故人曰く、栴檀は双葉より芳し』
(良い香のがする栴檀は、双葉の芽が出たときから既に芳香を放つ。つまり、大人物というものは、幼い頃から既にその兆候が見られるということわざ)
と言って、彼自身が鷹村二曹を推挙したが故の人事である。

と、表面上の事だけ捕らえて語ると、チョッと美談ぽい話であるが、
よ〜するに、考え無しの猪武者な彼を、責任のある立場に就ける事で、軽すぎるその腰に重りを付け、
尚且つ、姐さんこと春待三尉の尻に敷かれる役を押し付けようというのが、その狙い。
クールな外見とは裏腹に、世渡り上手な参謀向きの資質を持った子である。

「無理言うな。コッチは小回りがまるで効かないんだ。
 ってゆ〜か、この巨体で空中戦に参加しようって事自体が無茶だっつうの。
 普通輸送機ってのは、制空圏が確保された所を飛ぶもんなんだぞ」

無理難題を吹っ掛ける鷹村二曹に反論している彼は、鈴置シンゴ二曹。
他の三人に勝るとも劣らぬ操縦技術を誇りながら、ジャンケンで負けた所為で輸送機のパイロット役に決まった、
浅利三曹の次くらいに運の無い子である。
もっとも、この両者の間には、アキトとナオの実力差よりも、高くて分厚い壁があったりするのだが。(笑)

「贅沢ぬかすな。ウチには戦闘機が3機しか無いんだ。
 盾代わりに使える機体を遊ばせておく様な余裕なんざ無え!」

「お前なあ。俺がコケたら中の9人も道連れだって事、実は忘れているだろ?」

「それについちゃあ、ドッチもドッチだろうが!
 ぶつくさ言ってる暇があったら、トットと突入コースを確保しなヒヨッコども」

かくて、女性が絡まなければ頗る有能な鷲爪大尉の指導の元、彼らの飛行技術は着実に向上。
難関だったパターンF(強襲着陸)も、本日、無事成功した。

一頻り彼らに労いの言葉をかけた後、さりげなく鈴置二曹を連れ出しカウンセリングを行う。
最初は誤魔化そうとしていた彼だったが、辛抱強く促す俺の前に、遂には重い口を開き、

「あの機体って、的になり易い巨体、最高速度遅い、小回りが効かないの三重苦でしょ。
 強力なバリアに護られているんで、集中打を浴びない限り大丈夫なのは判っているんですが、
 それでも、訓練の度に良い様にボコボコにされるってのがチョッと」

と、最近、沈みがちだった理由を語った。

「身贔屓かもしれませんが、俺の操縦技術って、シノブ達に負けていない筈です。
 アレの操縦なら、ヒカルにだって出来ることですし、何とか、元のポジションに戻して貰えませんか?」

口を割った事で踏ん切りが付いたらしく、改装されたトライデント中隊専用戦闘機、YF10改めYF11への配置転換を熱く求める鈴置二曹。
その熱意は認めよう。だが、それは出来ない相談である。

2199年の輸送艦ヒマワリを改装して作られた、トライデント中隊専用強襲揚陸艦ロサ・フェティダ。
最初こそ全くの偶然による人事だったが、今ではもう、この艦のパイロットは彼以外に考えられない。
これは、決して意地悪でもなければ、紫堂一曹の腕が悪いからでもない。
鈴置二曹が上手すぎるからなのだ。
何せ、現時点でさえ、彼のダメージコントロールの技能は超一流。
過日行われたパターンE(単独戦闘)でも、ノーマルエステ(空戦フレーム、格闘戦無し)のスバル君を相手に、
3分近くも逃げ回るという快挙を成し遂げた程である。
これはもう、天性の才能とでもしか言いようが無い。
そんな訳で、傷ついた彼のプライドが癒されるよう、その辺りの事情を説明。そして、

「それになんだ。将来巨大ロボットを操る事にでもなったら、この経験は確実に生きるって。
 どうだい、このまま2199年に来る気は無いか? 歓迎するぜ」

半分冗談混じりの勧誘。が、残り半分はまったくのマジである。
ハッキリ言って、喉から手が出そうな程だ。
だが、『俺は、この時代の人間ですから』と、軽くかわされてしまった。
だがまあ、初期の目的は果たせたのだから良しとしよう。

かくて、些細なトラブルから………
否、俺の見通しの甘さから、かなりの遅れの出たこの計画、作戦名『イッパツマン』も、戦闘機小隊はギリギリセーフ。
戦車小隊も、一回遅れを覚悟すれば、実戦投入の目処が立った。
これはひとえに、今は亡きナカザトが、その身を省みず尽力してくれた御蔭である。
そう、あれは今から二週間前………



   〜  2015年 4月8日 ダークネス秘密基地  〜

絶望的な戦いを辛くも乗り切った俺が、その後遺症に苦しみ絶不調だった頃、
とある事情で不在のハーリー君に代わって、停滞していた作戦名『イッパツマン』は、ラピスちゃんの手によって進められていた。
その際、秘密基地全域に、

『ハ〜トに火が着くぜ。燃え上がるぜ。邪悪のゴ○マをキャ〜ッチしたぜ』

件の歌声が、エンドレスで流れ続けたのである。
後で聞いた所によると、自衛隊が戦隊物を演る以上、BGMはこれでキマリなんだそうだ。

これだけならば、まだ良い。
基礎訓練中に、一般教養としてGガ○ダムを全話強制視聴させられた事もあるトライデント中隊の子達が、この程度の事で挫ける筈がない。
ある意味、お約束で済む話だ。だが、

「チ○ンジ、ペ○サス!」

基地の至る所で画像データまで流すのは、明らかにやり過ぎだろう。その結果、

「伊吹隊長(ポッ)」

「だ〜あ! しっかりしろ、サラ」

隊員達の情緒面に、少なからぬ悪影響が出たのである。

「(フルフル)すまないシノブ。助かったよ。もう一寸で、洗脳完了ってトコだった」

二〜三度頭を振った後、漸く焦点の合った目を取り戻し、鷹村二曹に礼を言う山本三曹。

「おう。なんか、俺らのそれとは何かが違う様な気もすっけど、兎に角、正気に戻って良かった」

こんな悲喜交々の光景が繰り返されていたらしいのだが、その光景を生で見る事は出来なかった。
繰り返すが、当時の俺は絶不調。自室にて療養中の身だったのである。

かくて、ラピスちゃんの天下が続き、トライデント中隊の子達が、彼女色に染められようとしていた、
各専用機改装後の転換訓練開始三日目の昼下がり、

「何を弛みきっているんだ、貴官達は!」

既に壊滅寸前だったトライデント中隊に向かって、ナカザトが、金切り声で駄目出しを連発。
何時もながら、回りの状況が見えていない男である。

「申し訳ありません、中尉殿。
 ですが………自分達とて、好きでこの様な醜態を演じている訳ではありません」

だが、何故か、そこから先の対応が違った。
何か言う度にグダグダと文句を垂れる俺の時とは異なり、春待三尉が弱々しく発した反論に真摯に耳を傾け、しかも、それに同意し始めたのである。

「うんうん。貴官らの苦労は良く判る」

30分後。今や『同病相憐れむ』といった顔をしつつ、しきりに頷くナカザト。
さながら、時代劇か何かで、年貢に苦しむ農民の窮状を聞かされる新任の侍の様な態度だ。
そして、その後のリアクションまでもが、それを踏襲。
なんと、トライデント中隊の子達の訴えを一通り聞き終えた後、

「よし、この件は自分に任せておけ」

などと、無謀極まりない事を言い出したのである。

『どうせ駄目モト』とばかりに、その決意を煽ろうとする連中を黙らせた春待三尉が、必至にその愚行を止めようとする。

「安心しろ。自分は、理不尽な上官の扱いに慣れている」

それを笑顔で制すと、意味も無く胸など叩きつつ、彼らの前では自信タップリにそう宣い、
その裏で、『それこそ、気が狂いそうな程な』等と、ボソっと呟くナカザト。
強気なのか弱気なのか良く判らない態度である。

かくて、元凶であるラピスちゃんに意見具申すべく、彼は士気も高くミスマル邸へと向かった。
そして、その翌日より、例のBGM&画像攻勢はパッタリと止んだ。
どんな素晴らしい………あるいは、えげつない手段を使ったのか? 是非とも知りたい所である。
だが、聞き出そうにも、その相手はもう居ない。
学校側に苦情を捻じ込みに行くPTAのオバちゃん達の様な、なんとも逆らいがたいオーラを撒き散らしているにも拘らず、
何故か、やけに煤けて見えた後ろ姿。
それが、俺が見たアイツの最後の姿だった。



   〜 再び、2015年のダークネス大首領室 〜

一頻りの回想を終えた後、自室に飾ってある、その遺影を前に一人語散る。

「アイツが死んで、もう二週間か。結構良い奴だったよな、今思えば」

「勝手に殺さないで下さい!」

俺がふと漏らした独り言に、律儀に突っ込む引きつった蛙の様な声。ま…まさか、

「おおっ! 生きていたのかナカザト。心配させやがって、コノヤロウ」

「心にも無い事を言うのは御止め下さい。白々しい」

ハッハッハッ。相変わらず無礼な奴だな。
だが、それが良い。そんなお前だからこそ、俺も気兼ね無く………

「何やら不穏当な事を御考えの様ですが、敢えて内容は御聞きしません。それよりも提督………」

俺の内心のモノローグをぶった切る形で、事務的な説明を始めるナカザト。
何から何まで、これまでと変わらぬ展開だ。
だが、決定的に違う事がある。
あれはそう、イネス女史の説明を生き抜いたアイツが、病床の俺の元を訪れた時、



   〜  二週間前。シュン提督の自室  〜 

精神的外傷に苦しむ俺の元にイネス女史からのメールが届いたのは、ついに病の床に就いてしまった日の夕方の事だった。
やたらと長いその内容を、何時も通り当たりを付けて読み飛ばし、内容を類推する。
どうも、ナカザトに対する説明が、つい先程終了したとの報告らしい。

いやはや、何だかんだでつい忘れていたが、足掛け一週間に渡って彼女の講義を受け続けたのかよ、アイツ。
よくまあ生き残ったもんだ。
多分、二〜三週間は寝込むな。とゆ〜か、最悪、再起不能?
そんな風にタカを括ってると、

「失礼致します」

当分は顔を合わす事も無いと思っていたナカザトが、俺の自室を訪問。
驚愕する俺を尻目に、つい先程まで地獄の底を流離っていた事を感じさせない何時も通りの態度のまま、切り口上にこう言い出した。

「提督。イネス博士の微に入り細を穿つ様な丁寧な御説明の御蔭で、
 自分の様な無骨者にも、提督が御立てになった漆黒の戦神奪回計画の骨子は理解できました。
 正直、この一年の提督の御奮闘には、頭が下がる思いです。
 ですが、それでもなお自分には、この作戦は無謀極まりないものとしか思えません」

「そうか」

「お止め下さる気は」

「無い」

「………判りました。この事は、計画の終了と同時に、然るべき筋へと報告させて頂きます」

沈痛な表情で頷きつつ、そう宣うナカザト。
この時俺は、イネス女史による説得が失敗したと判断。
仕方なく、いまだ鈍ったままの頭をフル回転させ、彼を排除する為の方策を模索し始めていた。だが、

「それでは提督。思う所も多々ありましょうが、後もう一年の間、宜しく御願い致します」

事、此処に至り、漸く俺はナカザトの真意に気付いた。
全く。どうに病床にある身とはいえ、ボケ倒しも良い所だな。
にしても、『計画の終了と同時に』に『後もう一年の間』とは。意外とシャレた事を言うじゃないか。
こうなると、普段はうっとおしいだけだったコイツの敬礼姿が、妙に輝いて見えるから不思議だ。



   〜  再び、大首領室  〜

といったやり取りを経て、あの日より、彼、ナカザト ケイジは、期間限定付きとはいえ、名実共に我が陣営の幕僚の一人となったのである。
当然ながら、俺的には、件の限定に関する暗黙の了解を遵守する気など欠片も無い。
その辺りの事は、今後の一年間で、じっくりと洗脳………じゃなくて、誠意を持って説得すれば、何とかなる筈だ。

ちなみに、本人だけは今でも模範的な軍人なつもりの様だが、後生大事に抱えていた筈の常識やモラル等、とっくの昔に無くなってる。
何せ、既に完全にイネス女史の舎弟と化している紫堂一曹と薬師一曹の両名ですら六時間が限界な特別講義を一週間に渡って耐え抜き、
既に暴走状態にあったラピスちゃんの野望さえも止めてみせたのだ。
これはもう、このナデシコに在って尚、指折りの実力と言えよう。
そう。彼こそは、太陽系五大魔境の二つを踏み越えて立つ、漢の中の漢なり。
直属の上司としては、頼もしい限りである。

「って、聞いているんですか、提督!」

「聞いているとも。よ〜するに使徒が出たんだろ?」

まったく。たったそれだけの事を言うのに、長々五分以上もかけやがって。
暫定的にとはいえ、今や名実共に仲間となったんだ。
少しは、此処の流儀に合わせてくれても良いだろうに。
そうまでして、『決して馴れ合わない孤高な自分』ってのを演出したいんだろうか、コイツは。

「その通りです。先程、南太平洋海域にて第四使徒を確認しました。
 威力偵察の為に、取り急ぎ、トライデント中隊に出撃命令を出して下さい」

「ああ、それ今回はパスな」

「なっ! 一寸待って下さい、提督。
 愚行極みとも言うべき戦歴を重ねる予定のネルフに対し、戦略・戦術の何たるかを示すのも、本作戦に於ける重要な要素だった筈。
 いえ、それ以前に、敵の情報を全く得ないまま戦端を開くなど愚の骨頂。
 戦場を目隠しをしたまま歩く様なものですよ」

俺の返答に、血相を変えて抗弁するナカザト。
だが、これは既に決定事項である。と言うのも、

「いやそれなんだがなあ、
 今この時点で交戦状態に入っちまうと、第三新東京市の市民にも避難勧告を出さないと拙いだろ?
 そうなると(チラ)本来のそれよりも三時間近くも早くシェルターに入る事になるんで、例の『お前を殴らなアカン』イベントが潰れちまうんだよ。
 だから今回は、使徒上陸までは史実通りの展開で行く事にしたという訳さ」

ちなみに、『数日前に救出された某少年兵が、ロリコン疑惑を掛けられ散々からかわれた所為で、再起不能寸前な状態だから』とか、
『トライデントΓが戦自に接収されてしまったんで、件の彼が乗るべき新たな機体をデッチ上げている際中だから』といった、
雅を解さぬコイツには理解出来ない重要な理由もあるのだが、敢えて語りはしない。
こういう、部下の特性に合わせた二枚舌外交をせねばならないのが、管理職の辛い所である。

「だがまあ、お前の懸念はもっともだ。
 戦自が迎撃を始めたら、データ収集は念入りに行うとしよう」

「了解致しました」

タイムスケジュールを確認しつつ出した俺の指示を、引きつった顔で拝命するナカザト。
おそらくは、『それがどうした』と声高に叫びたいのを、必至に耐えているのだろう。
結構、結構。優等生を自認するだけあって、予習は完璧。
あのイベントの重要性も、正しく認識している様だ。

「さて、今回の戦闘方針はこれで良いとして。
 どうだ、一緒に実写版のエヴァでも観ないか? 開戦時間まで、まだ間がある事だし」

「悪趣味ですね」

苦虫を潰した様な顔でそう言いつつも、ナカザトは、俺と共に備え付けのソファーに座った。

   ピコン

「ハーリー君、例のヤツを頼む」

『了解。システム掌握完了。個体識別、碇シンジを確認。
 以後、周辺の監視カメラの映像を、彼を中心に映させます』

徐に出した俺の指示に従い、例のイベントを観る為の視聴環境を整えていくハーリー君。
2199年でなら、流石にやや間延びした物になる筈の状況報告も、ハッキングに掛かる時間がコンマ以下な御蔭で、流れる様にスムーズだ。
かくて数秒後、限界まで引き伸ばされたプロジェクター風のコミニュケにシンジ少年のアップが映り、
次いで、ややロングとなり、その周囲の状況がリアルタイムで流れ出す。

『お前か! お前が事故を起こしよったパイロットか!』

あれ? まだ四時間目が始まる前だというのに何故?
とゆ〜か、何で教室内で始めてるんだ?

「どうも、件の話を聞かされると同時に、いきなり激昂したみたいですね。
 ですがまあ、本来のそれと違い、今回は100%パイロットの責任。
 こういう展開となったとしても、おかしくはないでしょう」

と、俺の疑問に答えるが如く、状況を分析してみせるナカザト。
実の所、コイツは何にでもイチャモンを付ける癖に、いざ事が始まってから後のノリは結構良い。
ある意味、ツンデレな性格の男でなのである。

「ネルフがフォ−スの情報を職員にさえ公開しなかった所為で、事の顛末を現地工作員に吹聴させられなかったのが、此処にきて響きましたね。
 それにしても、事の当事者達にまで前後の事情を伏せていたとは。全く、度し難い組織ですな」

と、その解説が些か鼻につき始めた頃、四時間目開始のベルが鳴り、かったるそうな顔をした北斗がやってきた。

『何をしているんだ、お前ら』

騒ぎに気付くと、一変して嬉しそうな表情を浮かべつつ割って入る北斗。
一見、止めている様に見えながら、その実、煽る様な態度と語調な所が味噌である。

『止めんといて下さいセンセ。コイツの…コイツの所為でお父んが!』

頭に血が上っている所為か、アッサリとそれに乗るトウジ少年。
そのリアクションに、"してやったり"ばかりの人の悪い笑みを浮かべた後、

『別に止めやせんよ』

と言いつつ、北斗はシンジ少年の胸倉を掴んでいたトウジ少年の手を払う。

『だが、喧嘩には作法という物がある。やるなら、それに相応しい舞台が必要だ』

そして、抗議しようと振り返った彼を右側に、
いきなり激しく揺さぶられた所為で前後不覚な状態のシンジ少年を左側にと、二人の身体を両脇に抱え、

『四時間目は、予定を変更して道徳の時間にする。全員、校庭に出ろ』

2Aの子達に指示を出しつつ、悠然と歩き出した。
はて、いったい何をするつもりなのだろう?

『放しといてやセンセ。わしはコイツを殴らなアカン。殴らなアカンのや!』

お約束なセリフを吐きつつ、捕まった野良猫の様にジタバタと足掻くトウジ少年。
『またか』と言わんばかりの達観した表情を浮かべているシンジ少年とは、対照的な姿である。
当然ながら、北斗はそれらを無視。そして、グランドに出た後、足で擦って直径7〜8m程の円を描き、

『全員、この線にそって整列!』

2Aの子達に円陣を組む様に指示し、その中に二人を放り出した。

『準備は出来たぞ。さあ、好きなだけ殴り合え』

と、北斗が促すも、トウジ少年は、毒気を抜かれ唖然とした顔で突っ立たまま。
シンジ少年も以下同文だ。

『………そ、そのなんや。次からは、もっと足元に気を付けとかんかい』

数十秒後。色んな意味で我に帰ったらしく、やや赤面しつつ、シンジ少年に捨て台詞を残して、トウジ少年は円陣を出ようとする。

    ドス

だが、北斗はそれを許さず、彼を突き飛ばして円陣へと戻す。
起き上がりざまに抗議の声を上げようとするトウジ少年。
しかし、北斗と目を合わせた瞬間に意気消沈し、モゴモゴと口篭もる。
まあ、無理もないわな。

『そこから出たければ、喧嘩を終らせてからにしろ』

『そ、そんなん………』

この状況から逃げるべく、終った事にしようとするも、
『嘘は許さん』という北斗の視線の前には、虚偽の発言など出来る筈も無い。
実際、いまだ彼の胸には蟠りが残っていよう。

『終ってはいまい?』

一転して優しげな物となった声に促され、頷くトウジ少年。
それを満足げに見詰た後、北斗は他の子達に、『コイツ等が一人で円陣から出ようとしたら、先程の要領で押し戻せ』と、軽く殺気を込めて指示。
ガクガクと頷く2Aの生徒達。(無論、カヲリ君と綾波レイは除く)
特に、想い人の行く末が関わっているだけに、委員長ちゃんの顔面は蒼白となっている。
かくて、退路絶たれ、再び対峙するシンジ少年とトウジ少年。

『おんどれがドジこいた所為で、お父んは全治三ヶ月の重傷やで!』

   バキッ

『それを謝りにもこんで。金を出せば、それで良いってもんや無いやろが!』

   ドガッ

ギャラリーの目を気にしてか、自らの正当性をアピールすべく、説明ゼリフを吐きながら殴るトウジ少年。
反撃はおろか、避ける事さえままならないまま、シンジ少年はボロボロになっていく。
彼に戦闘訓練を施している教官達が見たら、涙するしか無い様な展開である。

「一体どういうつもりなのでしょう、真紅の羅刹は?
 既に勝敗は決しています。これ以上は、只の私刑ではありませんか」

一方的なその展開に不平を洩らすナカザト。
だが、対紫苑君対策に、木連の風習を備に学んだ俺には判る。
これは多分、幼き日の月臣中佐が、頻繁に行っていたというアレだ。
まさか北斗が………

いや。考えてみれば、寧ろ自然な成り行きだな。
何せ、在りし日の彼には、絶対に出来なかった事。
一種の代償行為として、シンジ少年にやらせてみたとしてもおかしくはない。

「黙って見てろ。もうすぐ、お前好みの展開になる筈だから」

そう。此処は何としても、彼に踏ん張って貰わねばならない。

頑張れシンジ少年!
今、君の双肩には、誇張抜きに太陽系の未来が掛かっているんだ。
それも二重の意味で。

『それに何や、バケモンとやりおうた時のあの有様は。
 おんどれがチャンと闘ったとったら、ケイタかて御尋ね者にならんで済んだかも知れんのやで!』

   ゴスッ

そして、ついにカヲリ君がいる方向に倒れるシンジ少年。
彼女の姿を見て取ったらしく、TV版のそれさえも上回るヘタレ顔で助けを求め出す。
嗚呼、なんて情けない!

いや、それ以前に、この展開は拙すぎる。
このままじゃ、バットエンデングまっしぐらじゃないか。
畜生! この勝負方法でなら、絵に描いた様な猪武者の月臣中佐でさえ、三桁を超える戦歴のうち1勝もしていないからと思って油断していた。

   ドサッ

『マユミ!』

『ご…ごめんなさい。何故か偶然、足が絡まってしまって』

と、俺が苦悩している間に、カヲリ君はシンジ少年を抱き起こすと、何事か耳元で囁いた後、彼をトウジ少年の居る方に送り出す。
その様子に嫉妬したらしく、さり気無くその軸足を払い、再び彼を転倒させるマユミちゃん。
いやはや、ホントに性格変わったね、この少女。

『情けないやっちゃなあ、お前』

嘲るトウジ少年。だが、既に彼の纏う雰囲気は、かなり軟化しており、その内容とは裏腹に、声色には幾分同情の響きが混じっている。
もっとも、色んな意味で追い詰められたシンジ少年には、そんな細かいニュアンスまで伝わる筈も無く、その嘲笑が起爆剤となったらしく、

『勝手なことばかり言うな!』

と、叫びながらトウジ少年に殴り掛かる。
だが、そのパンチは、これまでダメージの影響もあってスローなもの。
それも、ただ振り回すだけのダダッ子のパンチだ。
文字通り『蝿も殺せない』その拳を避け、反撃するトウジ少年。
偶然にも、その一撃は綺麗なカウンターとなった。

これまでのそれよりも強烈な攻撃によるダウン。
トウジ少年はもとより、その場に居るクラスメイト達も、これで決まったと思った事だろう。
だが、それはシンジ少年を嘗め過ぎである。
そう。彼の真価は、この様にキレてから発揮されるのだ。

『(ハア、ハア、ハア………)』

どうにか立ち上がり、荒い息を吐きながらも、手を出し続けるシンジ少年。
ネルフが用意した御座なりなものとはいえ、この三週間の間に受けた戦闘訓練により、持久力は確実に向上している様だ。
今や、トウジ少年は防戦一方。
その破れ被れな気迫に押されてか、反撃の手はパッタリと止まっている。そして、

   パス

シンジ少年の拳が、僅かにトウジ少年の頬を捉える。
それに満足したのか、彼は、そのまま力尽き倒れ込んだ。

『………何やねんコイツ。言いたい事があるなら、ハッキリ言えば良いじゃろうに』

ボロボロなその姿を見下ろしながら、ボソッとそう呟くトウジ少年。
此処までの経緯から、感覚的に、シンジ少年が事故に関わっていない事を悟った様だ。
そして、それを補足する様に、北斗の口から真相が語られた。




『なんやわし、めっきり悪モンやなあ』

かくて、ほぼ理想的な形で二人の喧嘩は決着。
カヲリ君がシンジ少年を手当てする姿を横目で眺めながら、そう言って暫し不貞腐れた後、

『つ〜かセンセ、人が悪いで。先に言うてくれてれば、こないな真似せんで済んだのに』

『そうか? あの時点じゃ、聞く耳なんて持っていなかった様だったが』

『あた〜っ、それ言われるとツライわ』

開き直った様に、サバサバとした表情で語るトウジ少年。
実際、ここまで『やってしまった』後では、少々の事など気になるまい。
そして、こうした蟠りの無い心理状態を作り出す事こそ、………いや、よそう。
俺は心理学者なんかじゃない。そして、これは考えるのではなく感じるものだ。

『どうだ、シンジの拳は痛かったろう?』

『………まあ、なんちゅうか。確かに痛かったわな。ホッペタ以外の場所やけど』

突如、真顔で尋ねる北斗。
その問いかけを、トウジ少年は照れくさそうに肯定した。

『それで良い。魂の籠もった拳は、まず心に響くものだ。
 例えそれが、女の平手にも劣る威力だったとしてもな。良い喧嘩だったぞ』

北斗の賞賛に、益々照れるトウジ少年。
何時の間にか、最終回のオメデトウな感じで、二人を拍手する2Aクラスメイト達。
かくて、木連尋常小学校の名物とも言うべきワンシーンが、2015年の地球でも再現されたのである。

   フォー、フォー

その直後、その感動を打ち壊しにする無粋なサイレンが。
いや、本来のそれよりも早い段階で迎撃を開始したんだから、その事自体は賞賛に値するんだろうけど。

『がんばれよ』

『大丈夫。戦うのは僕じゃないし』

『アホ。無事に帰って来いって言うとるんじゃい』

などと、すっかり親友モードの入った別れを告げた後、黒服達に連れられネルフへと向うシンジ少年。

「さあて、コッチも出番だ。気合入れていくぞ」

それを合図に、俺はナカザトを促しつつ席を立った。

「我々の仕事は、只の裏方ですけどね」

俺のモチベーションを下げるのが本当に上手いな、お前。



    〜 1時間後、ロサ・カニーナ提督室 〜

「司令は未だ行方不明。シンジ君はシンクロ不能。追加予算の見通しも無し。
 無い無い尽くし無い尽しなまま、第四の使徒襲来か」

「しかも、前は十五年のブランク。今回は、たったの三週間。正直、厳しいですね」

「こっちの都合はお構いなしか………女性に嫌われるタイプね」

出撃のタイミングを計るべくネルフ発令所を覗いてみると、葛城ミサトと日向マコトが、多少アレンジの入った掛け合いをしている所だった。

「税金の無駄使いだな」

冬月コウゾウが、全くダメージを与えられない戦自の戦闘機による攻撃シーンに、やれやれといった感じで呟く。

「まったく、酷いものですな。
 いかに軍事は素人と言っても、物には限度というものがありましょうに」

憤懣やるかたなしと言った顔で、その不見識をあげつらうナカザト。
このセリフが出る事が判っている癖に、改めてイチャモンを付けるのだからタチが悪い。

「まあそう言うな。コッチの登場の前フリをしてくれたんだと思えば腹も立つまい?」

と、此方の注文通り、八方手を尽くして『司令官代理』の役職に就いてくれた事に対する礼の意味も込め、フォローを入れてみるテスト。
そして、かの老人の認識を改めるべく、予定通り、この段階から口だけは出しておく。

『お茶の間の皆さん、お待たせしました。
 悪の秘密結社ダークネス女幹部、御統ユリカ再び登場です。ブイ!』

「誰も待ってなんかいないわよ! 
 撃ち落されたくなかったらトットと消えなさい!」

俺のGOサインに合わせ、艦長が高らかに名乗りを挙げ、
それに突っ込む形で、葛城ミサトが悪態をつく。
凄いな。完全な不意打ちだった筈なのに、まるで入念に打ち合わせをしてあったかの様なレスポンスだ。

『あのあの。まだ私達は、戦闘空域に居ないんですけど』

「だああ〜〜っ、紛らわしい!
 じゃあ何の用だってのよ? 降伏の申し出ってんなら後回しよ。コッチは今、立て込んでんの!」

前回同様、彼我の戦力差を無視した強行姿勢をとる葛城ミサト。
『幾等なんでも、今回は交渉らしい事をしてくるだろう』
という、大佐の予測の右斜め上を行く、相変わらずの馬鹿指揮官っぷりである。

『えっと。その〜、実際に侵略活動を始める前に、
 前回の使徒戦同様、有益な情報を提供して下さった戦自の皆さんに、一言お礼を言いたくて、少々早めに御邪魔させて頂きました』

やや相手の剣幕に押されがちではあるが、それでも、艦長は自分のテンポを崩す事なく語る。
それが気に食わないらしく、ますます剥きになる葛城ミサト。そこへ、

『ATフィールドの強度が、第三使徒の約1.7倍か。此方の想定よりもかなり強いな。
 艦長。これは早急に、布陣の再検討をするべきだ』

台本通り、シルエットの中から、あの男が艦長に声を掛けた。

『はい。戦自の皆さんの御陰で助かちゃいましたね。
 飛行形態のままでも攻撃出来ると、現段階で判ったのもラッキーでした』

『うむ。それと、逃げる機体に対しては、攻撃を行っていない点もな。
 おそらく奴は、自身の武器の弱点を正しく認識しているのだろう。
 知性の無い怪物だと思っていたら、痛い目にあっていた所だ』

と、対話形式で伝えるべき………
より正確には、初心者向けの軍事指導を行いながら、闇に包まれた画面後方から徐々に艦長の側へと近寄って行く大佐。
最後に、後方からスポットライトが当てられ、露になったその素顔がバストアップで画面に。
さあ驚け。

「誰よアンタ!」

覚えてないんかい! 
第三使徒との前哨戦中、『引っ込めロートル』だの『アンタなんか御呼びじゃないのよ蛸入道』だのと、散々悪態を吐いていたクセに。

「横から出てきて訳の判らない事をグチャグチャと。
 さては、此方を混乱させてその隙に乗じるのが狙い………って、何よリツコ!」

「貴女は黙って………じゃなくて。彼等との交渉は私達がやるから、貴女はエヴァの発進準備を進めていて頂戴」

と、俺が内心で突っ込みを入れいる間に、赤木リツコが葛城ミサトを抑えに掛かり、

「さて。それでは御話しを伺いましょうか、元トライデント中隊司令官ボナパルト大佐」

本命の相手である冬月司令官代理が、その後の交渉を引き継いだ。




『それでは、ネルフ諸氏の健闘を祈ります』

数分後。それまでのイザコザが嘘だったかの様に、大佐と冬月コウゾウの会談は和やかに終了。
些か有利過ぎる条件のもと、対使徒戦の先攻は、ネルフ側に譲られる事になった。
半分、此方がワザと譲っているとはいえ、大した交渉人ぶりである。
言い分は概ね妥当な物であり、その語り口も、予め推敲してあった文章を読み上げているかの様に淀みが無い。

いや。或いは、彼が葛城ミサトの愚行を止めないのは半ばワザとで、
彼女が場を引っ掻き回すのを、考えを纏めるまでの時間稼ぎに利用しているのかも知れない。
実際、なんかもうあのビヤ樽女が相手だと、『どんな馬鹿を言っても当たり前』とゆ〜か、責任能力を問うても虚しいだけって感じだし。
ホント、煮ても焼いても食えないジーさまである。



  〜 20分後、再びネルフ発令所 〜

ダッシュの完璧な隠蔽工作のもとに、今回も42.195%にてシンクロ成功。
充電・各種兵装等の補充が終わり、発進準備の整った初号機が、カタパルトへと搬送されて行く。
そのシーケンスを見詰めながら、赤木リツコは最終確認を出した。

「ミサト、準備は良いわね」

「何時でもOKよ………って、あれ? なんかコレ、いつもとチョっち形状が違うみたいなんだけど」

それに二つ返事を返すも、初号機の右手に持たされた銃の異常に気付き、それについて尋ねる葛城ミサト。
拘束されていない頭部で小首を傾げるその仕草は、イネス女史と班長が『倫理観に目を瞑るなら最高のOS』と揃って太鼓判を押すだけあって、
シンクロ率が半分以下の現状でさえ、パイロットの癖を正確にトレースしている。
おそらくは、葛城ミサトを良く知る者であれば、パイロットが彼女である事を推察するのは容易な事だろう。
………やなシステムだよな、色んな意味で。

「ええ。突貫作業でどうにか間に合わせた試作品よ。仕様書は読んであるわね?」

「ア…アタシはパレットライフルの方が好みかな、な〜んて」

「(ハア〜)読んでないのね。
 それじゃ、要点だけを掻い摘んで言うから良く聞きなさい。
 その銃の最大弾数は6発………」

「ちょ、チョッと何よ、そのしみったれた弾数は!」

「貴女ねえ、その弾が、いったい幾らすると思っているの。
 弾丸状にカットしてある状態とはいえ、全部350カラット以上の人工ダイヤで、
 一発辺りの値段が、下手なICBMよりも高価な物なのよ!」

と、俺が厭世的な気分に浸っている間に、どうも新兵器らしい銃をネタに掛け合い漫才を始める両者。
どうでも良いが、予め話を通しておけよ、そういうのは。
まあ、赤木リツコの方には、そんなヒマが無かったのは判るけどさあ。

「あと、電磁レールで打ち出すぶん薬莢式より多少マシとはいえ、相手は炭素の結晶。
 飛距離が伸びれば伸びる程、空気摩擦によって質量が焼失し、着弾時の破壊力が落ちる事になるわ。
 加速距離が足りなくなるからから、零距離射撃も避けて頂戴」

「だあ〜〜〜っ! 何だってそんな欠陥品を寄越すのよ!」

「劣化ウラン弾じゃ有効打を望めないからよ!」

ほう、それが判ったのか。
しかも、不完全とはいえ、それをカバーしうる新兵器を用意するとは。
策士としては二流以下だが、科学者としては、思ってたより優秀な様だ。

「兎に角、よ〜く狙って、3q以内の距離で2発以上コアに直撃させて。
 ダークネスが送ってきたデータから期待値で算出した限りでは、それで使徒を倒せる筈よ」

「OK、三発に一発当てればイイのね」

「私は『無駄弾を撃つな』って言ってるのよ!」

と、俺が一寸感心していると、二人の会話は再びズレだし、

「エ、エヴァンゲリオン初号機発進!」

これ以上は無駄と判断したらしく、作戦部長代理の日向マコトが、流れをぶった切る形で発進指示を出した。

   ドシュ

かくて、多少まごつきはしたものの、初号機は戦場へと射出された。
無論、今回はパイロット自らの意志で。

    ガコン

「よっしゃあ、いくわよ!」

拘束具が外れると同時に、掛け声も勇ましく駆け出す初号機。
だが、肝心の使徒が、その視界に無い。

「って、なんでこんな山の中に出すのよ」

『落ち着いて下さい、葛城さん。
 第四使徒は今、そこから10時の方角、約8kmの位置に。
 戦闘形態のまま、毎分700m程の速度で、ネルフ本部にゆっくりと接近中です。
 今から約15分後に有効射程内を通過しますので、そこを狙って下さい』

意味も無く喚く葛城ミサトを諭した後、日向マコトは、縋る様な声音でアンブッシュ(待ち伏せ)からの狙撃を指示した。

まあ、自陣で戦うんだから、普通はこうするわな。
ありきたりな策だが、未知の生物を相手に奇を衒ってみても仕方がないし。



   〜 絶対強羅境界線付近の山中 エヴァ初号機の潜伏場所 〜

「ねえリツコ。結局のトコ、誰だったのあの真空管ハゲ。
 なんかこう、どこかで見た様な気もするんだけど、思い出せないってゆ〜か。
 あんな連中に知り合いなんていない筈なんで、チョッち気になるんだけど」

出撃から5分後。早くも待つのに飽きたらしく、雑談を始めようとする葛城ミサト。
指揮官に向いていないのはよ〜く知っていたが、やはりパイロットにも向いていないらしい。
まあ、このビヤ樽女がど〜しようもない事なんて、本計画においては折込済みの事。
これから先、現場の視点から戦争を見詰める事で徐々に成長………すると良いなあ。

『あれは、前回の使徒戦で、前哨戦の指揮を執っていた元国連軍の大佐よ』

ダダッ子をあやす様な調子で、葛城ミサトの相手をする赤木リツコ。
ちなみに、全世界に向け放送しているのは、山林の陰に隠れている初号機の姿だけで、発令所とのやりとりまでは流していない。
このコントを俺達だけで楽しむのは少々申し訳ない様な気もするが、計画の都合上、ネルフの信用が下り過ぎても困るのだ。

「げ〜っ、遂にあの連中のトコに寝返るヤツまで出ちゃったの?」

『………まあ、概ねそんな処かしら。
 兎に角、今はそんな瑣末な事を気にしている場合じゃないでしょ。目の前の使徒戦に集中しなさい!』

「は〜〜〜い」

そんなこんなで更に10分後。初号機の視界に使徒が出現。
この時、一つの計算違いが起こった。

「ちょっと! 何でコアが見当たらないのよ!」

標的たる使徒が、周囲を威嚇するかの様に顎部を突き出していた所為で、
それが傘になって、初号機の位置からではコアが隠れた格好になっていたのである。
日向マコトは、ただちに兵装ビルによる攻撃を指示。
だが、使徒に立ち位置を変えさせる為に放ったミサイル郡は、
その目標を中心に半円を描く形で縦横無尽に展開した光の鞭によって撃墜され、只の煙幕と化した。

と、此処までは良い。
確かに作戦は失敗したかもしれないが、これを日向マコト一人の責任とするのは些か酷だろう。
何より、この時点ではまだ失地回復の可能性が。
初号機を回収し、再び別位置にて待機させ、セカンドチャンスを狙うという選択肢があった。だが、

「でやあああ〜〜〜っ!!」

突如敢行された初号機の突撃により、その機会は永遠に失われた。
いや、流石は葛城ミサト。折角忍者屋敷顔負けの設備が整っているのに、毎回、敵の真ん前にエヴァを射出させていただけの事はある。

    バキッ

と、俺が別の意味で感心している間に、煙幕によって不意を突かれる格好で攻撃を受け、折角の新兵器は、一発も撃たれること無く大破。

   ブン!

「うわあ〜〜〜っ!」

TV版のシンジ少年をも下回る経緯のもと、華麗に宙を舞う初号機。
って、一寸待て。あの先には、トウジ少年達の代わりに、功を焦った報道カメラマンが居た筈だぞ!

   ギュルル
             キキ〜ッ

緊急事態に焦る俺。
と、その時、連中を回収する為に、予め向かわせていたトライデントαが現場に到着。
マニュピレータ内で待機していた赤木士長とワークマン士長が、ポカンと馬鹿面を下げて落下シーンを見上げていた、
カメラマン三人の襟首を引っ掴んで退避させ、更にそれを庇う位置にトライデントβが。

   ブワッ

初号機の落下によって起こった衝撃波をモロに食らい、トライデントβの盾が軋む。
だが、どうにか最悪の事態は回避する事が出来た様だ。

いや、危ない危ない。
大佐の助言に従って、戦闘区域周辺にパトロール車を出しておいて正解だったな。

土埃を払いつつ立ち上がる彼等を画面越しに見詰めながら冷や汗を拭う。
あっ。ちなみに、事が好転した今だから言えるどうでも良い話だが、TV版でエヴァ初号機の落下地点に居合わせた二人の少年達が無傷だったのは、
ATフィールドが落下エネルギーを中和して衝撃を緩和した御蔭らしい。
つまり、葛城ミサトの操る初号機では、あのままなら三人とも確実にあの世行だったという訳である。

「いったい何を考えているんだ君達は!
 世紀のスクープを収めたカメラを回収し忘れるなんて!」

「まったくだ! 無能にも程がある!」

と、俺が一息ついている間に、命の恩人である二人に対し、何故か、礼を言うどころか不平を並べ立てるカメラマン達。
まあ、功を焦って、のこのこ戦場に出て来る様な輩。
まともな知性なんて期待していなかったが………本物のアホだなコイツ等。

「いいかね。君ら軍人には、民間人の命とその財産を死守する責務があるのだよ。これは憲法によって保障された正当な権利………」

「生憎と、今の俺達は、戦自の兵士じゃなくて悪の秘密結社の戦闘員でね」

と、アホの馬鹿口上を遮りつつ、後ろ手に通信機を入れ、コールサインにて抹殺許可を求めてくる赤木士長。
その要請に答え、俺は即座にGOサインを出した。

「今、上でオマエらの処分が決定された。判決はギルティ(有罪)、刑の執行はたった今だ!」

   ガン、ガン、ガン

有罪宣告を発するのと同時に、彼は腰を落したいかにもなオーバーアクションで銃を引き抜き、愚か者共の胸に麻酔弾を打ち込んだ。
ストップモーションで倒れ伏し、いい感じで屍と化す馬鹿たれ三人組。

「恨むなよ、地獄の本屋でまた会おうぜ。(ストン)」

いや、もうノリノリだな。
徐に銃をホルスターに収める仕草といい、意味の良く判らん勢いだけの捨てセリフといい、他の子では、照れが入ってこうはいくまい。
当然ながら、彼の期待に応えるべく、この名演技は、余す事無くリアルタイムで放送されている。
それも、情報収集を目的とした機体であるトライデントαによる撮影。
ネルフの画一的な監視カメラによるものとは、送られてくる画の質が違うし、アングルだって自由自在だ。
ホント、大正解だったなこの布陣は。祝杯も兼ねて、後で大佐に一杯奢るとしよう。

   ガシュ

おっ、初号機が動き出した。
頃合だな。この後の展開なんて、どうせアレだろうし。アーク。

   アイヨ

出番が近い事を察した俺は、カヲリ君に連絡を入れ、そのついでに、シェルター内の様子も見てみる事にした。

   スゥ〜、スゥ〜

特殊能力の方で第一中学校指定の避難場所を覗くと、思い思いの格好で寛ぐ2A生徒達のすぐ横で、北斗が寝息を立てていた。
その足元には菓子パンの空き袋が転がっており、到着してから結構な時間が経っている事を窺わせる。
どうやら、ウチの現地工作員は、良い仕事をした様だ。

「ん? どうしたカヲリ」

食い入る様にノートパソコンを見詰めている噂の彼の後ろを、忍び足で通り過ぎようとするカヲリ君に、唐突に目を開けた北斗が誰何の声を掛ける。

いや、彼にしてみれば、自分の生徒が出歩こうとしていたんで、何の気なしに呼び止めてみただけなんだろうけどさあ。
オジサン、ちょっと困っちゃうよ。

「そ、そのですね………」

返答に窮し、口篭るカヲリ君。それに追い討ちをかける様に、

「ああ便所か。まあ、ゆっくり捻り出してこい。どうせ暇だし」

「北斗先生、その発言は嫌悪に値しますわよ。デリカシーが無いってことね」

珍しく声を荒げてそう言い捨てると、彼女は逃げる様に通路奥へと走り去り、

   シュッ

その数秒後、此処、ロサ・カニーナの提督室に現れた。

「まったく。一体どういう神経をしているのかしら、あの方は!
 悪気が無いのは判りますけど、それだけに救い様がありませんわね!」

羞恥と怒りで頬を赤く染め、プリプリと憤慨するカヲリ君。
それを宥めるべく、今回かなり見せ場を作った、彼女の意中の相手の話題など振ってみる。だが、

「何時まで『シンジ少年』なんて突き放した呼び方をなさるおつもりですの。
 確かに『これまでは』提督がお気にめさない様な振る舞いが多かった事は認めますけど、『これからは』違う筈ですわよ」

と、怒りの矛先を向けられる事に。
打開策を失い困惑する俺。その間にも、外の使徒戦は進み、

   ドシュッ
           「ぎゃあ〜〜〜っ!」

発令所の命令を無視して突撃した挙句、アッサリ返り討ちにあう初号機IN葛城ミサト。
光の鞭で両足の膝を貫かれており、もはやTV版の様に刺し違えに持ち込むのも無理っぽい。

「(クスッ)どうやら出番の様ですわね」

それを合図にしたかの様に、普段通りの優雅さを取り戻すカヲリ君。
だが、その涼やかな笑顔が、今回ばかりはチョッと怖い。
まあ、此処まで予測通りに醜態を演じられると、俺としても、もう笑うしか無いって感じだけどね。

さて、此処からが本番だ。

   シュッ

『現時刻をもって、エヴァ初号機は戦闘不能と判断しました。
 機動戦艦ロサ・カニーナ、只今参上です!』

戦闘空域に到着と同時に発せられた艦長この宣言に対し、沈黙を守るネルフ発令所。
無論、唯一文句を言いそうな人物とは通信を繋げていない。
そこまでサービスしてやる義理なんて無いし。

『それでは、のっけからダーク・ガンガー発進です。
 チョッとスケジュールが押してますんで、一気に決めちゃって下さいね、大豪寺さん』

『へっ、まかせな艦長。大豪寺ガイ、出るぜ!』

    キュ〜〜ン

かくて、バンクシーンを全て取っ払ったかの様な唐突さで発進し、第四使徒シャムシエルと対峙するダーク・ガンガー。
軽快な旋回飛行と、諸般の事情から標準装備となった小太刀型簡易DFS、『荒御霊』と『静御霊』で光の鞭を巧みに牽制し、

『ダーク・ガンガー、フルバスート!』

双方の鞭を左右に弾いて抉じ開けたコアへの一本道を、フルバスートで一気に加速。
注文通りに、速攻で勝負を決めに行く。
だが、『決まった』と思ったその瞬間、信じられない事が起こった。
なんと、光の鞭が無数に枝分かれし、左右から包み込む様に襲い掛かって来たのである。

『う、よ、や、は、なんと!』

ド素人の俺には視認すら困難なスピードで小太刀の操り、辛くもそれらを叩き落し離脱するダーク・ガンガー。
いやはや、『盾としても使える剣』と聞いてはいたが、素直に凄いと感心するしかない妙技だ。

「ふん! ふん!」

だが、此処で攻守が完全に逆転。
回遊する鰯の群れの如く、流麗な動きで絶え間無く攻めたててくる光の鞭の前に、
ダーク・ガンガーは一方的な防戦を強いられ、再び懐に飛び込むチャンスを見出せない。

拙いな。殴った物を問答無用で消しちまえるブラックホール・フィストなら強行突破も可能だろうが、
総エネルギー量の関係から、実際に『切る』事を前提にしているあの小太刀では、チマチマと何本かづつ切り飛ばしていくしか方策が無い。
このままじゃ、相手とのウエイト差………いや、単純な物量差で押された挙句、時間切れで負けちまう。

「大佐、YF11を出撃させて下さい」

と、俺が危惧を抱いたのを見透かした様に、打開策を打ち出す艦長。
流石に打つ手が早い。

「うむ。だがそれは、タイミングが命となる策。此処はYF10を出すべきだ」

即座にその意図を察した大佐が、艦長の案を推敲する。
だが、一部変更されたその内容は、かなり危険な物だった。
一瞬、顔を顰める艦長。だが、すぐに大佐の言の正しさを認めたらしく、

「判りました。ブラストからの一撃でド〜ンとやっちゃいましょう」

「(フッ)そうだな」

安全策から一転し、一発勝負を選んだ彼女に苦笑する大佐。そして、

「戦闘機小隊発進。第四使徒の鞭を牽制せよ。
 フォーメーションは『ブラスト』だ。出来るな?」

『当然だぜ!』

大佐の下した命令に、鷹村二曹が威勢良く答え、
それを合図に、発進準備を整え一斉に飛び立ってゆくYF10。

   ド、ド、ド、ド、ド、ド……

まずは、四機揃って機銃の一斉掃射。
使徒の注意を己に向けさせ、ダーク・ガンガーが体勢を整えるまでの時間を稼ぎ出す。
そして、散開し各々光の鞭を避け、急速離脱。
大きく旋回して距離を取った後、

『行くぜ、大豪寺さん!』

『おう! トドメは任せろ!』

再び密集隊形を執り、四機………
否。後方にダーク・ガンガーを従えた、五機一丸となって突撃を敢行。

   シュ、シュ、シュ、シュ、シュ………

迎え撃つ無数の光の鞭。それを限界まで引き付けた後、先行したYF10は光の鞭が追って来れるギリギリの速度で急上昇。
弾けたホウセンカの実の如く、それぞれが上空へと散っていく。
それにワンテンポ遅れる形で時間差を付け、ダーク・ガンガーは一気に急降下。
計算通り、総ての鞭をYF10の撃墜に差し向けたシャムシェルの足元へと飛び込み、大地を蹴って反動を付け、

『落葉鷹嘴撃!』

もはや御約束とも言うべき技名の絶叫と共に、両手で重ねた小太刀でコアを突き刺し、そのまま、勢い良くドテッ腹を突き破った。
ゆっくりと前のめりに倒れ込むシャムシエル。
それを見下ろしながら、左右の小太刀を振り廻し見得を切るダーク・ガンガー。
かくて、予想外な苦戦を強いられた第四使徒戦も無事終了した。
だが、俺が安堵したのを見透かした様に、このすぐ後に、とんでもないトラブルが待ち受けていたのである。