>SYSOP
時に、2015年5月20日。本編の時刻を四半日程巻き戻した午前9時。
ラミエルの来襲を数時間後に控えた第三新東京市の一角にて、それに先立ち、別の理由で大ピンチに陥っている者達が居た。
それは、本来ならば戦争とは無縁の存在たる、新東京電力の職員達だった。
「最高気温、記録更新止まりません! 都内電力消費量、依然として上昇中!」
「ちいっ。なんて暑さだ、まだ五月の下旬だというのに!」
オペレータ席からの報告に、機関部の調整を行っていた技師の一人が舌打ちする。
それでも、作業の手は一時も休む事は無い。他の職員達とてそれは同じだ。
そう。彼等の胸は、均しく使命感によって燃えていた。
自分達が、この第三東京市の土台を支えているのだという自負があった。
だが、そんな必死の努力を嘲笑うかの様に、状況はなおも悪化してゆく。
「旧箱根原子力発電所、メルトダウンにより電力供給停止!」
「なんだって! ついに寿命が来たのか。それも、よりによってこんな時に………」
止めの一打ちとも言うべき報告に、指揮を取っていた古代主任の胸に絶望感が広がってゆく。
職員達の信頼も厚く、若くして要職に就いた彼だったが、その彼をして、手も足も出ない状況だった。
「何をしておる。己の職務を放棄するつもりか!」
そんな打ちひしがれた背中に叱責の声が。
それは、新東京電力総司令、沖田電力長のものだった。
「すぐに松代水力発電所の電気を回せ。旧御台場に設置したソーラー発電所の物もだ」
「そんな! 御台場は、まだ試験運転中のもの。
いえ、これは兎も角、松代のそれはネルフ直轄の………」
矢継早に出された沖田電力長の指示に、必至に反論する古代主任。
それらは、彼自身も考えなかった策では無いだけに、その無謀性が良く判る。
そう。総ての予備電源を………それも、第三新東京市の頭脳とも言うべきMAGI用の物まで投入したとあっては、後々只で済む筈がないのだ。
「かまわん、責任は総てワシがとる!」
沖田電力長は、それを一喝。
「判りました。ですが、電力長一人に責任を押し付ける訳にはいきません。自分も………自分もお供します」
「馬鹿もん! この国の異常気象は、これが最後という訳ではない。
何時かまた、今日と同じ決断を下さねばならぬ日が来るやも知れん。
辞表はその時までとっておけ! そして、後事を託しうる者を育てろ! それがお前の使命だ!」
「電力長、貴方って人は………(グスッ)確かに、私にはまだ、貴方の後を追う資格が無い様です。ですが、何時か必ず!!」
流れ落ちる涙を振り払い、不退転の決意と共に現場指揮へと戻る古代主任。
かくて、彼等の戦いは、新たな局面を迎えていた。
その頃、2199年では、マッハ・バロンことサイトウ タダシが、白鳥沢少年を見舞うべくイネスラボを訪れていた。
「いよいよ今日ね」
あれから5日。一向に意識を取り戻さない少年を見詰めるサイトウに、イネスが声を掛けた。
「ねえ、本当にやるつもりなの?
考え直さない? 今ならまだ間に合うわよ。提督だって言ってたじゃない、『無理はするな』って。
マッハ・バロンは只の愉快犯。それで良いんじゃなくて?」
翻意を促すイネス。だが、サイトウの決意は固かった。
「例のヤシマ作戦。アレの被害者って、多分、ハンパじゃない数になりますよね?
TV版では、それについての描写が全くされなかったから、多分知らないまま終ったんだと思いますけど、今回は絶対に無理です。
そして、知ったら最後、一生後悔すると思うんですよ、俺と同じ様に」
「そう? 案外、全く気にしないじゃないかしら?
貴方も知ってるでしょう、アレが復讐という大義名分の元に、どこまでやったかを。
これだって、多分『仕方ない』の一言で終ると思うわよ」
サイトウの返答に、イネスは嫌悪感も顕にそう言い捨てた。
らしからぬ感情的な態度だが、それも無理からぬ事だろう。
そう。不完全ながら、前回の歴史の記憶を持つ彼女にとって、復讐とは神聖なる誓いと同義語のもの。
本音を言えば、ミサトの様な人間が、それを口にする事だけでも耐え難い苦痛なのだ。
「確かに彼女はあんな性格ですけど、それでも………
いえ。だからこそ、俺には悪い人間だとは思えないんですよ。
実際、先輩達も良く言ってます。『アレで悪意があったらどうしようもない』って」
「それは誉め言葉じゃないでしょうに」
呆れつつもそう宣うイネス。
だが、それこそがサイトウの言いたい部分だった。
「ええ。でも、それだけに揺ぎ無い事実でしょう?」
「(ハア〜)確かに。責任能力の無い相手に怒っても無駄と言えば、それまでな話よね」
嘆息と共に、一本取られた事と、自分の目が悪意に歪んでいた事を認める。
そして、交錯する感情に折り合いをつけると、
「マッハ・スーツ及びその着用者の定期検査は総て終了したわ。オールグリーン、何時でも行けるわよ」
イネスは、笑顔で彼を送り出す事にした。
「有難う御座います」
力強くそれに答えるサイトウ。否、正義の味方マッハ・バロン。
最後の戦いとなるやも知れない戦場への出陣。だが、その胸には一片の憂いも無かった。
オ チ コ ボ レ の 世 迷 言
第6話 決戦! 新生トライデント中隊
「ぐわ〜〜〜っ!」
広域放射された加粒子砲の直撃を受け、溶けてゆくダーク・ガンガー
「ガイ〜〜ッ!!」
そして、オペレーター席の、どこか女剣士を思わせる外見をした少女が絶叫するシーンを最後に、
山場を迎えた一昔前のロボットアニメの様なヒキで、ダークネスの放送は終了した。
だが、スクリーンの前に陣取る発令所スタッフにとって、これは始まりに過ぎなかった。
そう。交戦が終了した以上、此処から先はネルフの管轄。
戦わねばならないのだ。これまで憎たらしいまでの無敵っぷりを誇っていたダーク・ガンガーを破った、あの使徒を相手に。
「「「……………」」」
沈黙に包まれる発令所。誰の胸にも、均しく絶望感が圧し掛かっていた。
「おっしゃあ! 待ちに待ってた出番が来たわね!
此処でイッパツ、世間の評価ってヤツを逆転させてやるわよ!!」
前言撤回。作戦部長兼エヴァ初号機パイロット兼真紅の羅刹対策主任だけは、常と変わらず意気軒昂だった。
〜 30分後、作戦部・第一分析室 〜
「………以上が、ダークネスが送ってきたデータと、こちらでも採取した物を統合した結果です。
目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推測されます」
30分後。漸く精神的再建を果した日向マコトから状況報告を受けるミサト。
その瞳は、先程の威力偵察の再現映像を凝視していた。
「射程内に入った途端、100%の狙い撃ちってカンジね」
「はい。一定距離内の外敵を自動排除しているものと推測されます。
そして、あの大威力。ハッキリ申し上げまして、EVAによる近接戦闘は危険過ぎます」
「そうね。ATフィールドはどう?」
「健在です。位相空間を肉眼で確認出来る程強力なものが展開されています。
誘導火砲、爆撃などの、生半可な攻撃では泣きを見るだけですね」
「攻守ともにパーペキ。まさに空中要塞ね」
親の敵でも(まあ、彼女にとっては正にそのまんまなのだが)見るような険しい瞳で睨みつけつつも、素直に敵の強大さを認めるミサト。
その姿に、マコトは心底驚いていた。
嘗て無いほど冷静な態度。『指揮官であれば当然』と言ってしまえばそれまでなのだが、
これまでの彼女を知る身にとっては、別人と見紛うばかりの変わり様なのだ。
「それで、招かざるお客さんは、今どうしてる?」
呆けた顔を浮かべたその姿に不審を覚えつつも、ミサトは、敢えてそれには触れずに先を促した。
「現在は我々の直上、第三新東京市0エリアに侵攻。
直径17.5mの巨大シールドによってその身を固定した後、そのままジオフロント内のNERV本部に向かい、穿孔中です。
おそらく此処、NERV本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりと思われます」
その声に我にかえると、マコトは事務的な声で状況説明を再開した。
そう。今の自分は、彼女の副官に徹しなければならないのだ。二重の意味で。
「へ? 例の、鏡の乱反射ビームで一気にババ〜ンじゃないの?」
「はい。どうも、地上30m以上への上昇は不可能の様です」
「え…え〜と? それで終わりなの?
報告って言うのは、もっとこう、5W1Hをハッキリさせるもんでしょ?」
嗚呼、やっぱり葛城さんなんだなあ。
素直に『言葉の意味が判らない』と言い出せず、上手く誤魔化すつもりで、かえって墓穴を掘っている。
何時も通りの愛すべき上司の姿に安堵しつつ、マコトは補足の解説を入れた。
「失礼しました。(コホン)鉄壁の防御を誇るかの使徒と言えども、自身の武器である荷粒子砲のバックファイアは怖いようですね。
それに、データを見た限り、アレは総熱量こそ変わりませんが、収束が甘くなる分、威力そのものはレーザー掃射よりは上という程度の物。
長い目で見れば、現在とっているもの方が、作業効率が良いのでしょう」
「なるへそ、敵さんも色々考えているって事か。それで、到達予想時刻は?」
「明朝、午前00時06分54秒に、22層の装甲防御を総て貫通。NERV本部へ到達するものと思われます」
「あと十時間足らずか」
チラリと時計に目を遣り呟く。
「状況は芳しくないわね」
「白旗でも上げますか?」
「ナ〜イスアイデア。って、言いたい所だけど、賛成しかねる策ね、それは。
バッ○フランみたく、降伏の証とは受け取って貰えないかも知れないでしょ?
異文化コミニケーションを舐めたらヤケドするわよ」
部下の軽口を軽口をもって制すと、ミサトは、『チョっち、やってみたい事があるの』と言いながら、TV版と同じ作戦の草案を語った。
「まだ、諦めてはいないですね」
この絶望的状況下でも希望を失わない強靭さに舌を巻く。
呟いたマコトは勿論、データ作成に携わった他の部下達もだ。
そう。作戦部におけるミサトの評価は、嘗てないくらい高まっていた。
「当然でしょ。私は負けられないのよ、使徒にもダークネスにもね」
それに頓着する事無く、瞳には映らぬ使徒とロサ・カニーナの幻影を指差しながら、彼等の上司は不敵に笑った。
「葛城さん………」
その両者が居るのは逆の方向です。
などと、胸中で御約束のツッコミを入れつつも、その姿に感動するマコトだった。
〜 30分後、ネルフ司令室 〜
「目標のレンジ外、超々長距離からの直接射撃かね?」
「そうです。いまだ任意でのATフィールド展開に成功していない私では、敵の強固なそれを中和するのは、まず不可能。
故に、中和そのものを諦め、高エネルギー収束体による一点突破を計るこの方法しか策はありません」
驚きと呆れが半々な表情をうかべる冬月に、ミサトは、自信満々といった顔でそう答えた。
「MAGIの回答は?」
一体、その自信は何処から湧いて出てくるのかね?
そう尋ねたい衝動をどうにか押さえ込みつつ 実務レベルでの話を進める冬月。
矢張り自分は、司令官の器ではない事を痛感する今日この頃な彼だった。
「賛成2、条件付き賛成1でした」
「(ハア〜)勝算は11.3%。
それも、これから行われる零号機の機動実験が成功し、防御支援が可能となる事が前提でこれかね」
あまりにも低い数値に、つい溜息が漏れる。
彼の常識に当て嵌めるのであれば、これはもう『机上の空論』と呼ぶべき作戦だった。
もしも、ミサトに狙撃の心得がある分だけ、本来辿るべき歴史よりは多少マシな数値だと知ったら、一体どう思う事だろう?
「最も高い数値です」
そんな冬月の胸中に頓着する事無く、自信を持ってそう宣うミサト。
この絶望的な状況下でも尚、微塵も揺るがぬ強気の姿勢。
ある意味、現場指揮官として得がたい資質である。
実際、過去の歴史を紐解けば、優れた武人とは皆、彼女の様な激しい気性の持ち主だった。
彼等もまた、絶体絶命の状況下にあっては起死回生の策を編み出し、それを気合で成功へと導いたのだ。
まあ、多くの者が、最後には自らの策に溺れ、戦火の中に散る事となるのだが。
そう。歴史に残る数多の奇手奇策。その殆どが、実は失敗する確率の方が高いものなのである。(笑)
「判った、各方面との交渉は此方で行おう。やりたまえ、葛城一尉」
「はい!」
難題だった案件がアッサリ片付いた事もあって、ミサトは上機嫌でその場を立ち去った。
その靴音が遠ざかるのを確認した後、引き出しから愛用のトランキライザーの瓶を取り出す。
目分量で取り出した錠剤をポリポリと噛み砕きながら、もはや全く当てにできなくなってる伝家の宝刀、
『イザとなったら暴走させれば良い』が、いかに甘い考えだったかを痛感する冬月だった。
〜 15分後、赤木ラボ 〜
「しかし、また随分と無茶な作戦を立てたものね、葛城作戦部長さん」
渡された書類を読み終えた後、リツコは呆れ顔で率直な感想を述べた。
「無茶とは失礼ね。残り9時間以内で実現可能。おまけに最も確実な作戦よ」
「コレがねえ………
私の記憶が確かなら、確実という言葉をパーセンテージに換算すると、100%若しくはそれに類する数値に値する筈なんだけど?」
「だから、『現時点では』よ。
ゲームと違って、相手の動きは常に未知数。数式通りって訳にはいかないわ」
「………正論よね、確かに」
そう。今回ばかりはミサトの言が正しい。
どんな僅かな勝算だろうと、勝つ事を前提に作戦を展開するのが現場指揮官というもの。
退却という選択肢が存在しない以上、これは尚更である。
リツコが現在感じている憤りなど、只の迷いに過ぎない。
そんな異常な考えがまかり通ってしまう所が、戦争が狂気の産物と言われる由縁なのだ。
だが、それでも敢えて言わせて頂こう。
成功率11.3%を『確実』と言い切れるのは、後にも先にも葛城ミサト唯一人だと。
そう。普通なら、どんな豪胆な指揮官でも、此処まで成功率が低いと『任せておけ』とは言い辛い。
80年代のロボットアニメでさえ『いっちかばっちか』とか『乾坤一擲』といった枕詞が付き、『俺に命を預けてくれ』という展開。
客観的視点に立つのであれば、この作戦を示す適格な言葉は『無謀』あるいは『自殺行為』であろう。
「まあ、その件は見解の相違って事で横に置くとして。肝心の高エネルギー収束体はどうするの?
言っとくけど、ウチのポジトロン・ライフルじゃ、この大出力には耐えられないわよ」
「決まってるじゃない。借りるのよン」
リツコの質問に『もう、判ってるくせに』という表情でそう返答するミサト。
「借りるって………まさか!?」
「そ、戦自研のプロトタイプ」
らしからぬ察しの悪さに戸惑いつつも、ミサトはそう言った後、話は終ったとばかりに出て行った。
残された親友の困惑を置き去りにして。
きっと、彼女には生涯理解出来ない感情の流れなのだろう。
リツコは『判らなかった』のでは無く、『判りたくなかった』のだという事は。
〜 20分後、戦自研格納庫 〜
「以上の理由により、この自走陽電子砲は特務機関ネルフが徴発いたします」
雲一つ無い、抜けるような青空を思わせる笑顔を浮べつつ、ミサトは書類を差し出した。
だが、抜けているのは笑顔だけではなかった。
「葛城さん。徴発じゃなくて貸与依頼です」
小声で訂正するマコト。
「あっ。そうそう、そうだったわね。とゆ〜訳で、アレ、チョっち貸して下さい」
そう。既に彼女の中のベクトルは、総て使徒を倒す事のみに向かっている為、それ以外のものが普段以上に欠けていた。
失言に失言を重ねる上司の姿に、思わず溜息を吐く。
だが、暢気に意気消沈などしている暇など彼には無い。
作戦実行の為には、石に噛りついてでも、戦自の協力をとりつけなければならないのだ。
「可能な限り原形を止めて返却できるよう努めますので」
そんな健気な決意を固める彼を無視し、尚も駄々を捏ねる戦時研の担当官に向かって、ミサトは更に言い募る。
彼女にしてみれば、こんな所でもたついている暇など無い。
レイの起動実験の立会い→自分の起動実験→陽電子砲の改装と各種装備のチェックと、午後7時までに行わねばならない事は山程あるのだ。
だが、対外交渉の担当官である大河二佐も負けてはいない。
自走陽電子砲を作成した作業員達とは、プロジェクト発足以来の仲である彼としては、此処で折れる訳にいかないのだ。
かくて、理性よりも感情に重きを置いた両者の口論が硬直し、只の水掛論になりだした時、
「宜しい、陽電子砲をお貸ししよう」
それまでずっと、ミサトの提示した書類とニラメッコを続けていた獅子王中将が、唐突にそう言い放った。
「マジ? いや〜、アリガトさん………」
「って、中将。一体どういうつもりですか?
計画書を良く御読みください。
成功確率は、僅か11.3%。しかも、陽電子砲が戻ってくる可能性は殆どゼロの作戦なんですよ!」
その言葉に、礼を言って話を進めようとするミサトを強引に制し、翻意を促す大河二佐。
だが、獅子王中将の返答はにべもなかった。
「確立など只の目安に過ぎん。足りない分は勇気で補えば良い」
「足りない分が多過ぎます。義経の『屋島の荒波越え』だって、もう少し確率が高かった筈ですよ!」
上司の暴論に、大河二佐は、声を荒げて反論。
ちなみに、屋島の荒波越えとは、1185年に義経軍が行った、平家が防衛戦線を広げた事を逆手に取った策。
渡部(大阪)から勝浦(徳島)に瀬戸内海を渡海。
その後、陸路を激走して、手薄となっている敵の高等司令部を一気に殲滅するという奇襲作戦の事を指す。
作戦決行日、天気は大暴風雨。
だが、義経軍はこれを逆に利用し、通常なら2日はかかる航路を、暴風雨を追い風に利用して僅か六時間で到着。
正に疾風迅雷の奇襲を成功させた事がその名の由来である。
蛇足を承知で更に言わせて頂けば、これは『鹿も4足、馬も4足。鹿に通れて馬に通れぬ筈もなし!』
と叫んで兵達を鼓舞し、自ら先頭に立って崖からの突撃を敢行した『鵯越の逆落とし』と並び、
彼の苛烈な気性を如序に表わした、ある意味、無謀極まり無いとも言える策である。
しかし、こうした奇抜な発想の転換と、それを成功させうる行動力と強運こそが、後世の歴史家達が声を揃え、義経を戦術の天才と呼ぶ由縁なのである。
「失礼ね。現状では、もっとも確実な作戦よ。
てゆ〜か、そっちの屋島じゃなくて、八州。日本中から力を借りるっていう意味で付けた作戦名よ、これは」
「まったくだ。
どうせ屋島の合戦の引き合いにだすのなら、此処は那須与一宗高の扇の的射ちをあげるべきだろうに」
「…………」
もはや何を言っても無駄と悟り、絶句する大河二佐。
ちなみ、このエピソード。的となった例の扇は、本来は神事に使われる物であり、平家の守護神たる厳島明神から『おん勝利の為に』と贈られた一品。
つまり、この当時に良く行われた合戦前の占いの一種であり、『落とせるものなら落としてみよ』と言う平家の側の挑発だったのである。
そして、この時の源氏側の場景を、平家物語では、
『射おほせ候はん。ことは不定に候ふ。
射損じ候ひなば、長き御方の御疵にて候ふべし。一定仕らんずる仁に仰せつけらるべうや候ふらん』
義経、大きに怒りて、
『鎌倉を立って西国へおもむかん殿ばらは、義経が命を背くべからず。少しも子細を存ぜん人は、とうとうこれより帰らるべし』
と、記している。
つまり、大河ドラマ風な美化を取り外して現代風に意訳するならば、
『これを外せば源氏末代までの恥。私には無理です! どうか、この大役は他の人に命じて下さい』
と、尻込みする那須与一に対して義経は、
『鎌倉から此処まで戦い抜いた猛者のクセに情けない事をぬかすな!
俺の命令が聞けないというなら、トットと田舎に帰りやがれ!」
と、どやしつけた訳なのである。
そういう意味で語るのであれば、確かにこの作戦は、件のそれに酷似していると言えよう。
「いや〜、助かりました獅子王中将」
「ふん、礼などいらん。これを見ろ」
「なっ!?」
渡された計画書の斜め読みし、その内容に絶句するミサト。
それもその筈、その概要は、エヴァを運用する部分を除けば、彼女自身が考え出した原案とほぼ同一の物だったのだ。
「そう。本来ならば、俺自身がやっていた事。
単に、お前等のものの方が確率が良いからソッチに回しただけだ」
「中将………」
「ええい、しおらしい顔などするな!
らしくないぞ。第三使徒戦当時、俺に啖呵をきった時の威勢は何処へやった!
つまらん事を考えている暇があったら、目の前の戦いに集中しろ」
「はい!」
何やら意気投合している上司達の姿を遠巻きに見詰めながら、
なんとなく、那須与一が25歳の若さで病死した原因が判った様な気がしてきた、マコトと大河ニ佐だった。
〜 一時間後、再び赤木ラボ 〜
「………そう」
馬鹿って、何処にでも一人は居るのね。
ミサトの説明に、内心でそう感想を述べつつ、リツコは運ばれてきた陽電子砲を見上げた。
「なんにせよ、後は此方の仕事ね。
ジェネレーターと放熱装置と増設、それに初号機を通してMAGIに繋ぐコネクターの設置………三時間以内には何とかするわ」
「(チラ)18:00か。時間的には問題ないわね。
それで、零号機に持たせるSSTO製の耐熱シールドは?」
時計を確認しつつ、ミサトはもう一つの装備について尋ねた。
その答えは、色々あってハイになっている彼女のテンションをもってしても、痛恨の一撃と言わざるをえないものだった。
「既に完成しているわ。
もっとも、肝心の零号機の方が使えそうも無いけどね」
「って、失敗しちゃったの、レイの起動実験!?」
「起動自体は成功したわ。
でも、シンクロ率が目も当てられない数値で、まともに歩かすのも困難な状態なのよ。
そんな訳で、将来は兎も角、本作戦への投入は絶望的。無理に使っても、足手纏いにしかならないわ。
ハッキリ言って、初号機自身が盾を持った方がなんぼかマシね」
「あちゃ〜」
ネガティブな報告に落ち込むミサト。
これで成功確率は、二桁を割り込む9.4%である。
それでも、本来の歴史のものより若干高いのだが、絶望的な数値である事に変わりは無い。
「で、どうするの?
今回はパスして、ダークネスのリターンマッチに期待する?」
諦観と共にそう宣うリツコ。
自分達が駄目でもなんとかなるアテがある所為か、彼女は、もう半ば匙を投げていた。
だが、此処で黙っている様なミサトでは無い。
「そんな訳ないでしょ!
今回は、強敵(とも)の想いを背負っているの。私一人の戦いじゃないのよ!」
そう。彼女の辞書には、『諦める』などという惰弱なものは載っていない。
類似語として『馴れ合う』という言葉があるのみである。
まあ、ぶっちゃけ載っていない言葉はコレだけではなく、悪質な落丁本としか思えないくらいページ数が。
特に、常識に関しする部分のそれが、かなり足りていない。
だが、それ故のシンプルさこそが、ミサトの最大の武器なのだ。
「前回は勿論、その前だって、貴女一人の戦いじゃ無かったわよ!」
「ソレはソレ、コレはコレ。
その辺はもう、適当に意訳って言うか、都合の悪い部分は削除して聞いてよ。私とリツコの仲なんだし」
「出来るわけ無いでしょ、そんな器用な事!」
御約束の暴言にツッコミを入れた事で、多少復調するリツコ。そして、
「そう言えば、日向君はどうしたの?」
冷静になった事で、漸く気付いた事について尋ねた。
「彼? ………えっと、実はその〜」
それまでの勢いは何処へやら。
痛い所を突かれたとばかりにオロオロし始める。
ミサトのその姿に悪い予感を憶えつつも、
「私を相手に言い淀んだって仕方ないでしょ。
今更、少々の事じゃ驚かないから、正直に言いなさい」
と、リツコは、悪さをした幼稚園児に接する保母さんの様な笑顔を浮べつつ、先を促した。
「なんと言うか、その〜
命令書は正規の物だったんだけど、現場主任が石頭なオッサンでさあ。
そんでもって、一緒に来た大河二佐ってのがその肩を持つもんだから色々揉めちゃって。
で、気が付いたら、何故か日向君ってば、私と陽電子砲の晴れ姿を作業員達と一緒に観戦する事になったらしくて………
って、この辺で判って貰えたかな?」
「ええ、大筋くらいは理解したわ」
要するに、陽電子砲を借り出す為の人身御供にしてきた訳ね。
ミサトの要領を得ない説明を分析し、胸中でそう当りを付ける。
と同時に、もはや組織的な作戦行動は不可能になった事を悟る。
「それで、零号機と日向君抜きでもやるつもりの?」
かくて、新たに匙を投げ直した後、今回の使徒戦を、純粋にミサトの私闘と位置付けたリツコは、実務的な部分に話を戻した。
そう。此処で一議なく協力してしまう所こそが、リツコのリツコたる由縁。
極論すれば、彼女がこうやって甘やかすから、ミサトは成長しないのかもしれない。
「………いいえ、此処は最後の手段を使う時よ」
リツコの問いに、暫し沈思黙考した後、ミサトは覚悟を決めた顔でそう言い切った。
「最後の手段?」
「零号機を動かせる可能性のあるもう一人の人間。シンジ君に助っ人を頼むわ」
「………正気なの、貴女?」
余りの事に思考停止。それでも、リツコは辛うじてそう尋ねた。
この辺、頭では無く身体に染み込んだものだと言っても過言ではあるまい。
「そりゃ、ヤバイ策だってことは、骨身に染みて判ってる。
でも、どうせ死地へと赴く身。危険なんて、一つや二つ増えたって大して変わらないわよ。
やれる事を総てやっとかなかった所為で、イザって時に悔いを残すなんて、私は絶対に嫌。
そんな無様を晒す位なら、いっそ彼の手に掛かって死んだ方がマシよ」
親友の問いに、落ち着いた声で。
だが、これまでのそれよりも更に純度を増した決意を秘め、彼女はそう言い切った。
「ミサト………」
予想外な覚悟のセリフに顔色を失うリツコ。
「まあ、な〜んて言っても、素直に死ぬつもりなんてサラサラ無いんだけどね」
蒼白な顔となった親友の顔に喋りすぎた事を悟り、それまでと打って変わった、おどけた口調でそんなセリフを吐く。
「つ〜わけで、私はこれからシンジ君達の所へ頼みに行って来るから、準備の方よろしくね!」
それでも前言を翻す事無く、威勢良くそう言い残し、ミサトは彼等の居るシェルターへと向かった。
その後ろ姿を見送りつつ物思う。
確かに、北斗の性格を考えれば、彼女自身が直接出向いて頭を下げるのが最低条件となるだろう。
だが、はっきり言って望み薄である。
それ所か、揉めに揉めた挙句、小康状態である彼との関係が悪化。
その怒りの矛先が、ミサト一人に納まらず、ネルフという組織全体へと飛び火する可能生さえ少なくない。
それだけの事を、既にやってしまっているのだから。
「(ハア〜)これはもう、辞世の句でも用意しておいた方が良さそうね」
溜息と共にそう呟く。それでも、ミサトの依頼通り、起動実験の準備を始めるリツコ。
ある意味、何度挫折しても夢を追い続ける駄目オヤジと、それに振り回され苦労しながらも、せっせと内職して生活費を稼ぐ健気な女房のオマージュな関係の二人だった。
〜 20分後、第215号シェルター 〜
「つ〜わけでシンジ君。お願い! 何も言わずにウンと言って!」
「こ…困りますよミサトさん。
何の事かは判りませんが、兎に角、頭を上げて下さい」
唐突にやってきたと思ったら、いきなり無茶な要求をしてくるミサトに困惑するシンジ。
彼女が深々と頭を下げている事も、この場合はマイナスでしかない。
只でさえ、カヲリの事で色々からかわれている身の上。
漸く学園生活が軌道に乗り始め、後はひっそりと静かな余生を送ろうと決めている彼としては、これ以上の噂の種は避けたい所である。
「あの、出来れば前後の事情も聞かせてくれませんか?」
「あ、ゴメン。実は、レイが零号機の起動に失敗しちゃって………」
と、無意識にツカミのギャグを入れて2A生徒達の注目を集めた後、ミサトは事の次第を説明した。
「………どうしましょう?」
一通り話しを聞き終えた後、シンジは、自身の保護者にそう尋ねた。
これまでの馴れ合いとは異なり、明らかに契約違反な話。
北斗の機嫌を損ねてまで協力する義理は無いというのが、彼の偽らざる本音である
「お前の好きにしろ」
気の無い返事を返す北斗。
「つまり、契約を盾に断っても良いし、その逆でも構わないってことですね?」
探る様な調子で、再度そう尋ねる。
彼らしくない韜晦や、直接的な返答を避ける時は、自分で考えて決めろという意味。
といった感じに、もはや北斗の言動の癖は完璧に把握している。
それでも、つい確認をとってしまうのがシンジの限界だった。
「そういう事だ。
例の契約はもともと、お前の自由意志を守る為の手段に過ぎん」
かくて確認完了。下駄を預けられ、沈思黙考するシンジ。
どうも、ミサトには、もう後が無いらしい。
心情的には同情する。だが、極論すれば只それだけの事でしか無い。
何しろ、これが駄目でもダークネスが居る。
しかも、素人目に見てさえ、ネルフより数段上の実力を持った組織なのだ。
無理に作戦を行う必要性は薄いと思える。しかし、
「判りました。契約内容は、第三使徒戦の時と同じでお願いします」
それでもシンジは、この話を受ける事にした。
「よっしゃあ、良く言ったで!」
「って、何を言ってるんだトウジ!」
その決意を賛美するトウジを、此処最近の彼としては珍しく激昂しつつ制すケンスケ。
そして、そのテンションのまま、
「考え直せよシンジ。
判ってるのか? いきなり実戦に放り出されるんだぞ。それでも良いのかよ」
友人の蛮行を諭しに掛かった。
本来の歴史であれば、一緒になって歓声を上げるか、あわよくばを狙って自分を売り込むシーン。
別人の様に異なる態度である。
だが、彼の中では全く矛盾していない。
何故なら、違うのは行動の基盤となっている知識のみであり、
どちらの世界でも、友の身を案じるその心情に変わりは無いからだ。
「うん、そうだね。正直、馬鹿げてると自分でも思う。
でも、やるよ。サードインパクトが起こったら地球が危ないのは確かだし、ダークネスだって、100%勝てる保障がある訳じゃない。
だから、『後悔したくないから出来る事は総てやる』っていう、ミサトさんの主張は正しいと思うんだ」
その剣幕に押されつつも、シンジは、静かにそう言った。
思わぬ考えを聞かされ、言葉に詰るケンスケ。
反論したいが、上手いセリフが出てこない。
「それに、ネルフは父さんが作った組織。僕も全くの無関係って訳じゃないしね。
まあ、チョッとばかりハードな親孝行をしに行くんだとでも思ってよ」
気落ちするケンスケを安心させるべく、おどけた調子でそう言ってみる。
「なら、止めておけ。あの髭オヤジに孝行なんて勿体無さ過ぎる」
だが、このセリフは、別の。それも、最も危険な人間の胸腺に触れてしまった。
「それじゃ、零夜さんに『良いですかシンジ、義を見てせざるは勇無きなりと言って………』
って感じの説教を受けるのが嫌だからに変更という事でどうでしょう?」
「確かに言いそうだな。何せ、最近のアイツときたら、お前にまで小言を連発し出したからな。
おまけに、『お前は教育ママか』って言ったら、もう目茶苦茶怒り出す始末。手が付けられん」
ジョークのつもりで言ったセリフをまともに受け取られ困惑。
「そうですね。僕も以前、『お母さんって感じがする』って言った所為で散々叱られましたよ」
だが、怯む事無く更に押す。
その必死のボケの甲斐もあってか、『判った、頑張れよ』と、ケンスケも折れてくれた。
そんなこんなで、ミサトに連れられネルフへと向かうシンジ。
「ラナ」
その後ろを歩きながら、北斗は、彼の前に居る時だけは辛うじて目を開けている少女に声を掛けた。
「は〜い」
「俺はシンジに付き添う。後を頼む」
「OK〜」
「待って下さい。そういう事は私が………」
二人のやりとりに割って入るカヲリ。
だが、北斗の返答はにべもなかった。
「良いから、お前はまだ寝てろ。
どうせ他の事には役に立たん奴なんだ。不調な時くらいはアレに任せておけ」
そう。のべ200時間を超える不眠によって、流石の彼女も遂にダウン。
現在、マユミの膝枕で、暫しの仮眠を取っている最中なのである。
「そうですよ。何だか良く判りませんけど、此処は彼女に任せましょう」
そっと押さえつけ、起き上がろうとする動作を封じつつ、マユミもまたそれを支持する。
困惑するカヲリ。だが、二人の主張ももっともな事。
実際、まだ身体が思う様に動かず、肩に置かれた手を振り払う気力も無い。
今のコンデションでは、既に数時間後に迫っている出番にさえ支障がでるだろう。
仕方なく、渋々ながらも、彼女は再び目を閉じた。
それを見届けた後、先行したミサト達を追って出て行く北斗。
ラナもまた、出入り口付近へと移動。そして、
「さ〜て〜と。怠け者の〜、節句働き。普段は寝てる口実作り〜と。(シュルリ)」
ドアの前に正座すると、左右のおさげを解いて、ウエーブの掛かったロングヘアに。
と同時に、起きている時でさえ半開きだった垂れ目が、切れ長の鋭いものへと変化した。
「げっ、あんな顔も出来たのかよアイツ」
「何だか良く判らんが、兎に角不気味な光景だ」
遠巻きに囁きあうクラスメイト達。
本邦初公開のシリアスモード。髪を下ろして真剣な表情をしたラナの姿は、何故か甚だ不評だった。
〜 一時間後、ネルフ第二実験場の管制室 〜
「主電源、全回路接続開始」
「主電源、接続完了。起動用システム作動開始」
まさか成功するとは思って居なっただけに、多少のもたつきはしたものの、起動実験は開始された。
マニュアルに従い、プロセスを進めるオペレーター達。
日向の席には、当座の代理として、メルキオール主任オペレーターの最上アオイが就いている。
ちなみに、この人選に大した意味は無い。単なる眼鏡繋がりである。
「システムフェイズ2、スタート」
「シナプス挿入、結合開始」
「パルス送信」
その後ろで、気配を消して佇む北斗。
だが、その気性と実力を知る者にとっては、彼がそこに居るだけで、猛烈な心理的プレッシャーとなる。
故に、この気遣いは、余り実を結んでいなかった。
「全回路正常。初期コンタクト、異常なしですう〜」
「マヤ、報告は明瞭に行いなさい」
「す…すみません(グスッ)」
今にも泣き出しそうな声での報告に苦笑しつつも、リツコは開始の指示を出す。
「まあ良いわ。これより最終段階に移ります。シンクロ開始」
「了解。神経回路を開放」
「絶対領域まで後、0.5、0.4、0.3………」
順調にグリーンへ変わってゆく神経接続のモニター表示。
それに、こんな状況ながらも安堵を覚える。
そう。この時点で、既に神経接続には成功済み。
動く動かないを別にすれば、シンクロ可能だという事が、これで証明された訳なのだ。
『こんな事なら、零号機の方も拘束期間中に試しておくんだったわね』と、胸中でぼやくリツコ。
だが、そんな心の隙を狙うが如く、
『パルス逆流!』
既にレイで成功し、問題点の洗い出しは終了した筈の零号機が暴走。
再び人の制御を離れ、拘束具から逃れようともがきだした。
『シンクロカット。零号機の電源を落して』
ありえない事態に、リツコは青い顔をしながらも指示を出す。
だが、前回同様、零号機は停止信号を受け付けず、
ガン! ガン! ガン!
あたかも三ヶ月前の暴走事故を踏襲するが如く、管制室の強化ガラス付近を殴り始めた。
「コンセントをパージ、急いで!」
「駄目です! 信号が届きません!」
「マニュアルによるボルトの爆破は?」
「同様です!」
「なんてことなの………」
矢継早に支持を出すも、その総てが徒労に終り焦るリツコ。
と、その時、背後に居た修羅が動いた。
「あ…あのね北斗君。貴方が怒るのはもっともだと思うんだけど、今はそれ所じゃ………」
ゆっくりと歩を進め、必死の弁明を始めたリツコのスルー。
そして、既にヒビが入り始めた強化ガラスの前に立ち、
「静まらんか、この未熟者が!」
それまで抑えていた闘気を開放し一喝。
その気迫に押されたかの様に後退する零号機。そして、
『……………えっと、北斗さん?』
スピーカ越しに、シンジのやや間の抜けた声が響き渡った。
『僕は一体………
嗚呼! ひょっとして、これ僕がやったんですか!? あの…あの…』
「ええい、いいからまず落ち着け!」
砕け散る寸前な目の前の強化ガラスを前に焦る零号機の醜態を制すと、北斗は前後の事情を尋ねた。
それに対し、たどたどしい口調で、
『途中で、いきなり殴られた様な衝撃がきて意識が遠くなった』
『何故か、幼い姿をした綾波さんが見えて『綾波レイが妬ましい』と言っていた様な気がする』
『綾波さんの妹だと思って『駄目だよ、お姉ちゃんと仲良くしなきゃ』と言ったら、
『どちらかと言えば、姉は私の方』と意味不明な事を言いつつも、微笑んで頷いてくれた』
『それ以外にも色々見えた様な気がするが、断片的で良く判らない』
といった内容の話を語るシンジ。
前述は要約されたものであり、実際にはミサト並に要領を得ない語り口だったのだが、あんな事があったばかりゆえ、これは仕方ないだろう。
「という事らしいが、他に質問はあるか?」
一通り聞き終えた後、北斗は、後ろのネルフスタッフの方に振り返り、硬直していた彼等に意見を求めた。
「いいえ」
首を横に振るリツコ。
呆気にとられていた所為でつい聞き入ってしまったが、今のシンジの証言は、裏面の事情を暴露しかねない危険なもの。
これ以上は、聞きたくても聞けない。
「そうか。では、後は任せる」
その返答に満足したらしく、北斗は、オペレータ席の後ろにある一角。最初に立っていた場所へと戻った。
「………さっきのって、零号機が北斗君にビビッたのよね、絶対」
事が一段落したのを悟ってか、ミサトは恐る恐る親友にそう尋ねた。
「ええ。私の目にも、そういう風に見えたわ。信じ難い事にね」
やや呆然とした状態のままながら、そう答えるリツコ。
彼女としては信じられない………否、信じたくない事象なれど、目の前でおこった事を否定する訳にもいかない。
「そして、精神汚染を受けていたシンジ君が正気を取り戻したのは、かの師弟の結び付きの強さ故。
いずれにせよ、ロジックじゃないわね。(ハア〜)何かもう、自分が要らない人間の様な気がしてきたわ」
嘆息と共に、そんな分析を語っておく。
この辺、科学者としての最後の矜持である。
「それで、シンクロ率の方はどうなの?」
そんな微妙な感情に頓着する事無く、ミサトは要点のみを尋ねた。
元々、経験則だけで物事を判断する傾向が強い彼女には、科学的根拠に関する拘りなど全く無い。
「32.8%。正直、実戦に出すのはやや不安な数値よ。
だけど、この場合は、ほぼベストと言って良いわね。
例の計画の性格上、下手な高シンクロ率は、単に苦痛が増すだけって事になりかねないもの」
「よっしゃあ! これで反撃体制が整ったわ」
良いわね貴女は、切替えが早くって。
先程まで自分の影に隠れていた事を指摘してやりたい要求と共にその言葉を飲み込むと、
「そうね。取り敢えず、恰好だけはついたと言った所かしら」
年甲斐も無くガッツポーズを取るミサトに辟易しつつ、消極的ながらも相槌を打つリツコ。
「大変です! たった今、急報が。
柏崎刈羽原子力発電所を、マッハ・バロンと名乗るテロリストが占拠したそうです」
だが、好事魔多し。アオイの口から、計画を根底から覆す事態発生の報告が。
「なんじゃそりゃあ!!」
管制室内に、松田○作張りなミサトの絶叫が響き渡った。
その頃、戦自の作業員控え室に監禁されていたマコトに、
「………任務了解」
否、ゼーレが誇る異能集団アルテミスの一人、0089号の元に新たな命令が下されていた。