>OOSAKI
〜 三日後 木連外周部の宙域を航行中のロサ・キネンシス提督室 〜
「そう言わんでくれ。コッチにだって偶には参戦せんと、アリバイとして成立しなくなる……………
判った、その件の判断は貴官に任せる。但し、派遣期間は最長でも二週間以内にしてくれ。
知っての通り、次の使徒戦は6月14日。日時の変更はきかない。その旨、先方にも良く言い聞かせておいてくれ」
ピコン
まったく、この忙しい時に。
怪我の功名で、あの猪娘の落ち着き先が決まったと思ったら次はコレかい。
ホンに、この世は騒動だらけだ。
ピコン
『提督、そろそろ交戦予定時刻………って、どうしました?』
「なに、チョッと駐屯地の方がトラブってただけだよ。
それより、本日のメインイベンターの様子はどうだ?」
イラついた顔をしていた所を見られたらしく、ちょっとヒキ気味に報告をしてきたジュンに、意を正し状況確認をする。
『以前として動きを見せません。
どうも木連側は、真正面から真紅の羅刹をぶつけてくる気のようですね』
俺が素に戻った事に安心したのか、実務的な口調で話を進めるジュン。
その姿は、まるで軍人の様………って、当たり前か。(笑)
いかんなあ。勝って当然と言うか、演出重視な戦闘ばかりやって所為で、だいぶ気が緩んでいる様だ。
今回は、久しぶりに実力が拮抗した。否、明らかに格上な相手とのガチンコ勝負。
こんな弛んだ心理状態では、戦うから前から負けているも同然だ。
「それで、それに対するお前さんの腹案は?」
気合を入れ直すと、俺は徐に先を促した。
無論、臆病風に吹かれた所など、表面上はおくびにも出さない。この辺は、提督の必須技能である。
取り分け、オールラウンダーだが芯の弱い所のあるジュンの前では、弱気な所を見せるのは自殺行為だ。
覿面に動揺し、本来の実力など発揮しようも無くなってしまう。
『これまで向こうが使っていた策をそのまま流用します』
そんな必死の演技が実を結んだらしく、緊張した面持ちながらも攻め気な態度を崩す事無く、彼は作戦を語り出した。
「出来るのか?」
『やるしかないでしょう。
正直、素直に引っ掛かってくれるとは思えませんが、艦が一隻しかない以上、他に手はありません』
まあそうだろうな。
何せ、物量的には此方が圧倒的に不利。従って、確実視出来る陽動作戦など取りようがない。
おまけに、向こうには、まともに戦ったら絶対に勝てない最強の切り札が居るのだ。
となれば、ソイツが切れない様にする以外に勝機は無い。
そして、ジュンが選んだのは、先の二戦でアカツキがまんまと乗せられた策。
主戦場から離れた場所に誘き出して、蚊帳の外に居て貰うというものなのだが、
「何か適当なエサがあるのか?」
『取り敢えず、スバルさんに挑発して貰い、アリサさんと共に迎え撃って貰おうかと』
「おいおい。それだけじゃ、チョッと不十分だろう」
そう。意外に思われる向きもあるかも知れないが、俺の見る所、北斗の戦術眼はかなり高い。
それも、普段は忍耐力の『に』の字も無い癖に、獲物を狩る為なら、確実に仕留められる機会を虎視眈々と狙い続けられる生粋の狩人のそれなのだ。
これが個人戦ならば、『売られた喧嘩は大人買いでコンプリート』とばかりに、安い挑発にも乗ってくれるかも知れないが、
事が木連の名誉に関わる戦だけに、それを期待しても無駄というものである。
『ええ。ですから、二人の初期配置はナデシコへの進行方向に。
北斗の目に目標への障害だと映る様な形を取らせ、彼女達が時間を稼いでいる間に、
予め迂回コースで発進させた新兵の駆るエステ五機を敵旗艦に特攻させ、一気に殲滅を狙います』
「………おもいっきりの欲目で見ても運頼みの特攻だぞ、ソレ。ハッキリ言って」
『確かに、成功確率は殆どゼロ。
ぶっちゃけて言えば、半ばヤケクソな作戦ですよ。でも、やるしかないでしょう』
吐き捨てる様にそう言った後、『せめてアカツキが本調子なら』と愚痴るジュン。
らしからぬ捨て鉢な態度だが、これは仕方ないだろう。
負け戦と判っている戦いをせねばならない指揮官程せつないものは無い。
たとえそれが模擬戦で、部下や己が戦死する可能性は殆ど無いと言っても、この辺の心理は同様なのだ。
「やはり、アカツキの参戦は無理か?」
『ええ。いまだ此方の呼掛けに無反応。腐った魚よりも死んだ目で呆けています』
となると、どうしても戦力不足だな。
仕方ない。やりたくはないが、アノ手を使うか。
「なあ。アリサ君達の代わりにアカツキを北斗にぶつけて、二人を特攻組に回すと形なら、少しはマシになるか? それとも作戦自体が変更って事になるのか?」
『その場合はアカツキを特攻させますよ。
何だかんだ言っても、土壇場での対応力はヤツが一番優れているし』
「いや。悪いがコイツは、副作用バリバリのカンフル剤みたいな手なんでな。
ヤル気は兎も角、そういう冷静さまではどうにもならん」
「う〜ん。それじゃあ、スバルさんにアカツキのフォローを御願いして。
新兵達にガードさせてアリサさんが特攻………
いや、彼等のカスタムエステではルナの最大スピードについて行けないから、寧ろ一機駆けの方が良いでしょうね。
今回は北斗が参戦する分チューリップが無くて陣容も薄いので、遠距離戦と近接戦闘のどちらもこなせる彼女なら、
二人が接敵から五分以上時間を稼げれば何とかなるかも………
でも、本当にアカツキをシャンとさせる方法があるんですか?」
俺の言を受け、素早く作戦を修正した後そう聞き返してくるジュン。
その顔は、不安と期待が入り混じった複雑なものだ。
「まあ、任せておけ」
正直、上手くいく確率は3:7程度なのだが、安心させるべく調子良く成功を請け負うと、
噂の生ける屍に復活の呪文を唱えるべく、俺はジュンを伴って奴の個室へと向かった。
「は〜い。御主人様、お口をア〜ンして………あっ。駄目ですよ、チャンと飲み込んで下さいです」
5分後、アカツキの個室に到着。
ドアを開けると、丁度ラシィ君に傅かれて、重度のア○ツハイマー病患者の様な食事を摂っている所だった。
彼女は、主人の世話が出来る事が嬉しくて仕方がないといった満面の笑顔を浮かべているが、
下に敷かれたテーブルクロスに飛び散ったスープの汚れが、その苦闘を物語っている。
一瞬、この馬鹿にはもったいない娘だと本気で思う。
だが、冷静に考えれば、相手は何時爆発するか判らない爆弾みたいな存在。
矢張り、これがベストな人選なのだろう
おっと、今はそれ所じゃなかったな。
目の前のチョッと良い感じな光景に和んだ心を引き締めると、俺は徐に独り言を。
アカツキに聞かせる為、声高にそれを語り始めた。
「いや。ついさっき、各務君と開戦前の挨拶をしたんだが、どうにもおかしかったな彼女」
ピク
良し。矢張り、この名を出せば反応する様だ。
手応えを感じつつ、更に押す。
「なんかこう、まるで何日も泣きはらしていたか様な、腫れぼったい目をしていたっけ」
ピク、ピク
此処で、その顔が此方へ向き、あからさまに聞き耳を立て始めた。
それに合わせ、俺もアカツキに話しかける形に話術を変える。
「そう言えば、お前、各務君にプロポーズしたんだってな。いや、残酷な事をしたもんだ」
「………残酷?」
弱々しい口調ながら質問の声が。
此処が勝負所だ。畳み掛けるべく、残りのネタを一気に捲し立てる。
「おいおい。今度の模擬戦の事を、各務君が知らない筈がないだろう?
それを『これからは、この新天地で平穏な。愛に満ちた生活を送ろうじゃないか』とか言ったそうじゃないか。
彼女にしてみれば、愛する男のそんな情けない。自分の所為で、戦う牙を失った姿なんて見たくなかった筈。
お前を拒絶した時の笑顔。その下では、きっと血の涙を流していたんだろうなあ。
でも、そんな心を鬼にしての気遣いも徒労に終る事に………」
「おやおや。提督、貴方ともあろう人が、何を見当違いな事を言っているのかな」
かくて、俺の予想を遥かに上回り、お湯に浸した乾燥ワカメをも凌ぐスピードで、アカツキはアッサリと復活した。
「所詮は血塗られた我が人生。戦うことしか出来ない不器用な男さ」
「格好良いです、御主人様! 高○健も真っ青なくらい渋い独白です!」
「(フッ)よしてくれ。こんなヤクザな生き方をするのは、僕一人で充分だよ」
何時の間に用意したのか、後方から紙吹雪を撒き散らしながら囃し立てるラシィ君のおだてに乗って、ナルシー気味に調子に乗るアカツキ。
正直、取り返しのつかない事をやってしまったと言うか、別の意味で処置無しとなった気もする。
だが、取り敢えず戦わせる事は出来るし、この際、贅沢は言っていられない。
「それじゃ、後の事は任せる」
と、一言ジュンに声を欠けた後、俺は提督室へと引っ込んだ。
些か無責任な様だが、これ以上の口出しは、彼の成長を阻害しかねない。
その将来を考えれば、実務レベルの事は総て任せるべきだろう。
そんなこんなで15分後。
『それじゃ二人とも、僕の足を引っ張らないでくれよ』
『うわ〜、マジでチョーシくれてやがるぜコイツ。
おいアリサ、手早く決めちゃってくれよ。正直、コッチは心元無えや』
『任せて下さいリョーコさん。
2199年組にとっては数少ない見せ場。此処は死ぬ気で勝ちに行きますとも』
第三回目の模擬戦の幕が切って落とされた。
〜 翌日。午後4時、木連迎賓館のとあるテラス 〜
その日の昼下がり………と言うには少々下がり過ぎた感もあるが、俺は午後の御茶を楽しんでいた。
琥珀色の薫り高いモカを一口含む。ほろ苦い、それでいて舌を刺す酸味が堪らない。
一杯のコーヒをインスピレーションの源と呼んだのは、確かギリシャ人だったか。
嗚呼、ブリリアントな黄金の一時。
「何をやってるんです、提督」
と、その時、静寂を破る無粋な声が。
慌てず騒がず、ゆったりとそちらへと振り返る。
「何ですか! あんな事があったばかりだと言うのに、弛みきったその態度は。
貴方の辞書には、反省という言葉が載っていないのですか?」
そこには予想通り、キャンキャンと騒ぐナカザトの姿が。
このまま放って置くのも近所迷惑なので、仕方なく何時も通りに諭しに掛かる。
(フッ)こんな理不尽な事柄にさえ慣れてしまった自分が怖いぜ。
「まあ、そう言うなよ。
良いじゃないか別に。チョッと一回負けたくらいで、そんなに目くじら立てるなよ、大人気ない。
ほら、『どんな天才でも100戦して100勝する事は叶わない』って言うだろ?
1度の敗北は1度の勝利で補えば良い。そして、そのノルマはもう果たしたじゃないか」
「昨日のアレを勝利と主張なさるお積もりですか?」
「勿論だとも。自慢じゃないが、自分でも会心の弁舌だったと思っているぞ」
此処で、ナカザトはパクパクと深呼吸を始めた。
いやはや。これしきの会話で息切れするとは。意外と心肺機能の弱いヤツだ。
「良いでしょう。自分も軍人のはしくれですから、提督の言わんとしている事も前半部分は判ります。
実際、戦力比的に見て、昨日の模擬戦の敗北は、順当な結果だと言っても過言では無いでしょう。
ですが後半部分。アレを勝利と呼ぶ事………否、各国の代表が集まった席上で、あんな大風呂敷を広げた事だけは到底許容出来ません。
胸に手を当て、良くお考えになってから御答え下さい。貴方は一体どういうつもりなんですか、本当に!?」
もち直すと同時に、一気にそう捲し立てるナカザト。
取り敢えず、言われた通り胸に手を当てて、昨日の事を反芻してみる。
え〜と。確か昨日のアレは、模擬戦開始の信号弾が上がると同時に一気にロサ・キネンシスにむかってきたダリアが、
まったく減速せずにDFSですれ違いざまにジャッジを膾切りにして進軍。
そのまま後詰のスバル君との切り合いに持ち込み、二〜三合打ち合った所で、マルスの右手を、その最大の武器である専用DFS赤雷ごと切り飛ばして無力化。
動揺する彼女を置き去りにして艦の前まで詰め寄り、ブリッジにDFSを突き付けゲームオーバー。
交戦時間、僅か2分54秒。素人目にもハッキリと判る位、完璧な敗北だったけ。
いや、まさか此処までボロ負けするとは。俺の目を持ってしても見抜けなかった事だ。
実はあの後、その予想外な強さの秘密を探るべく、終戦後の北斗の過去を洗ってみたのが、これが驚くべきものだった。
なんと、おもいっきりダラけていた様に見えた火星駐屯地に来たばかりの頃は勿論、シンジ君達の面倒を見ている現在も尚、
夜な夜な一人起きだしては、静かな、それでいて、大戦中の彼を彷彿させるオーラを放つ、鬼気迫る修練を積んでいたのだ。
おそらくは、きたるべきアキトとのリターンマッチに備えての事だろう。
無論、スバル君達とて日々鍛錬を怠ってはいなかったが、所詮は常識の域を出ていない。
極論すれば、腕を錆付かせない事が前提のもの。アカツキに至っては正に論外。
そう。実力差は、縮まる所か更に大きく開いていたのだ。
『流石は北斗、俺達とは向上心と危機意識が違う。普段ダラダラしているのは、寝不足を補う為の擬態だったのか』と、感心したものである。
とまあ、此処までが模擬戦の結果とその反省っと。
んでもって、その後、前回までは比較的和やかに終わっていたパーティ前の懇談会が紛糾。
トチ狂った政治家の一人が北斗の危険性を声高に叫び、その身柄の拘束を求めてきたんだよね。
『姿を見せない』と言っては文句をつけ、現れたら現れたで、今度は『危険だから引き渡せ』と要求する。
いやもう、本気でどこまでも身勝手な連中である。
仕方が無いので、予定をおもいっきり前倒し。
本来ならば、アキトが帰ってきた時に発表する予定だった、『戦神はどこで何をしていたのか?』という疑問の声に対する為にデッチ上げたネタを披露した。
曰く、『現在、漆黒の戦神は、外宇宙からの侵略者と戦っている』という衝撃の事実の暴露。
その証拠品として、それ用に前半部分と音声をカットして編集し直した第三使徒戦の映像を提出した。
幸か不幸か、現在のヤマダは剣状のDFSを使用しているので、アキトの上っ面な情報しか知らない者の目から見れば、漆黒の戦神が戦っている様に見える筈。
つまり、大破した(最終決戦時の映像と共に、そういう風に報告してある)ブローディアの代わり、ダーク・ガンガーを駆っている様に見せるのがその狙いなのだ。
無論、前述以外の加工は一切していない故、その道のプロが調べても充分証拠物件だと判断しうるチョッと自慢な一品である。
結果、各国の代表に送った映像データ。謎の外宇宙生命体という触れ込みの異形なエイリアン、サキエルの反響は大きかった。
それに、即興の事にも関わらず、事情を察してくれた東中将が、
『今まで黙っていて御免なさい。
アイツ等は今、木連プラントの土星側外周部に攻めてきているんです。
一年前のあの運命の日、一早くそれを知った戦神が迎撃に。
事が事だけに、太陽系規模での混乱を避ける為、この事実は伏せておくように言い残し、雲霞の如く押し寄せてきた敵の只中に。(泣き真似)』
といった感じの泣き芸を見せたかと思えば、
『実は、北斗もこの戦いに参戦中でして。今日は皆様の御要望に御答えする為に、無理を言って来て貰ったんですのよ。(艶笑)』
次の瞬間には、『非は地球側にあります』と言外に語る政治ショーに繋ぐコンボを決めるといった具合に、手変え品変えの熱演でフォローしてくれた御蔭で、
疑問の声を完全に封じる事が出来た。
実際、これは駄目押しだった。
懇談会中の彼らの青ざめた表情からして、おそらくは、それぞれの国に帰った後、外宇宙からの侵略者の事を声高に吹聴してくれる事だろう。
そして、相対的に、その脅威を未然に防いでくれているアキト達の立場は強化されるという寸法だ。
ちなみに、この二人の指揮官役は、最近はもう完全に本業をほったらかしにしているグラシス中将が勤めている事になっている。
これぞ、作戦名『南部博士』
新作の冒頭、世界各国の首脳陣の前で、解散した筈のガッチャマン達が、実は訓練施設に篭っていただけだとヌケヌケと語った彼の博士にちなんで、
つい先程、テラスで寛いでいる時に思いついて名付けたものである。
いやだって、作戦実行中は殆どがアドリブで、そんな事まで考えている暇なんて無かったし。(笑)
「う〜ん。今、思い返してみても、アレは我ながら良くやったと、自分を褒めてやりたい様な快挙だったな。叶う事なら、常に昨日の様な働きをしたいものだ」
「………判りました。もう四の五の申しませんとも!
いずれ地獄に落ちた後も、そうやって鬼や悪魔をペテンにかけて生きてゆくんでしょうね、貴方は。うらやましい限りですよ、まったく!」
やれやれ。何を怒ってるんだ、この男は?
折角注文通り、懇切丁寧に昨日を振り返ってその感想を述べたってのに、何が気に入らないのやら。
サッパリ判らんな。これが世代の差というヤツなんだろうか?
おっと。とかなんとか言ってる間に、もうこんな時間じゃないか。
「いい加減機嫌を直せよ、ナカザト。
ほら、そろそろパーティ開始の。お前の大好きな、タダ酒の飲める時間だぞ」
「ああもう、わざと二人称と一人称を取り違えて語るのはお止め下さい!」
〜 二時間後、木連迎賓館のパーティ会場内 〜
という訳で三度目の。模擬戦の無事終了を記念した、両惑星間の親善パーティが開かれた。
両者の仲はお世辞にも良いとは言えないが、地球の代表達が体裁を取り繕う事に慣れている御蔭で、この時ばかりは割と穏やかな空気が流れる。
だが、ハッキリ言って、俺的にはこの時間帯がもっとも激戦だったりする。
「それでは、どうあってもナカザトさんをお貸し頂けないのですのね。このカグヤのお願いでも」
「そう言われると心苦しいが、こればかりはなんとも。
何せ、俺はコイツが居ないと、手足をもがれたも同然でしてね。一時たりとも手放せんのですよ」
「まあ。提督ったら、意外と独占欲が強くていらっしゃるのね」
「そう取って貰っても結構。
ほら。親子は一世、夫婦は二世、主従は三世と言うでしょう」
「「ははははっ(ほほほほっ)」」
とまあ、死力を尽くして舌戦を痛み分けに持ち込み、彼女の隙を見て、ナカザトの腕を強引に引っ張り戦略的撤退を慣行。今回は運良く成功した。
そう。明らかに不利だと判っている戦線を維持するなんて愚の骨頂である。
「あの。別に構わないんじゃですか、此処に居る間のエスコート役くらい?
提督は何時も自分勝手に………いえ、御自分の事は何でも御自分でする独立独歩なライフスタイルですし」
僅かに顔を赤らめつつ、そんなうわ言を宣うナカザト。
ガグヤ君とその取り巻きの美人軍団を前に、鼻の下を伸ばしている事が丸判りな態度である。
ますますもって危険な状態。これはもう、俺が側についていてもヤバイかも知れん。
「そうだな。良い機会だから、今、言っておこう。
良いか、これは何時ものおふざけやギャグじゃない。本気と書いてマジな忠告だ。
カグヤ君が目の前に居る時は、一瞬たりとも油断するな。北斗と同じ。いや、それ以上に危険な相手だと思え。
でないと、お前みたいな甘ちゃんは、頭からバリバリと食われるぞ」
「そんな、大袈裟ですよ提督。
そりゃあ大企業の御孫さんですから、交渉事に関しての才も豊かでしょうけど、それだけで悪意があると決めつけるのはどうかと思いますよ。
それに、オニキリマル大佐は、木連との親善大使も立派に果たされた実績もある方じゃないですか。その様なお疑いは杞憂だと愚考致します」
ホンに愚考だなナカザト。
だがまあ、既に彼女の術中に落ちていると判っただけでも御の字だ。早急に隔離するとしよう………
ん? そう言えばカグヤ君の取り巻き。何時もより頭数が多いのに主要メンバーが。タカチホ君とムラサメ君が居なかったな。
知的なお姉さん系で、いかにもナカザトが好きそうな容姿の。しかも、交渉事に長けたタカチホ君を外すなんて、どういう意図からなんだ?
その辺の表面的な情報は、とっくに分析されている筈………
しまった! 彼女は、技術力は高いが脱線しがちなムラサメ君の御守役でもあったけ。
そんな二人が不在って事は、現在進行形で、何らかの裏工作が行われてるというサインじゃないか。
アーク! パーティ開始からのロサ・キネンシスの映像をダイジェストで流せ、大至急だ!
アイヨ
かくて、パラパラと早送りで、格納庫内の各重要ブロックの様子を分割画面でチェックする。
例の二人を見付け、その画面をズームに。
ガサガサと提督室や俺の私室が家捜しされる過程を、頃合を見て標準モードに切り替える。
『だあ〜、も〜イヤだ!』
『(シ〜ッ)声が大きいわよ、カオル。それに、時間はあまり無いの。急いで頂戴』
よ〜し。丁度、ムラサメ君がダレて愚痴り始めた………状況説明っぽいのが始まった所。我ながらベストタイミングだ。
とゆ〜か、なんか最近、この手のカンが怖いくらい冴えているな。
その内、刻の涙でも見えるんじゃなかろうか?
『ンなコト言ったってさ〜
唯一見つかった手掛かりっぽい個人用PCも、中身は殆ど真っ白け。
碌にソフトも入っていない上に、表示時刻まで狂ってるんだぜ。
こりゃ〜どう見ても、まったく使ってないとしか思えないよ。
いくらアタシでも、データのデの字も無いんじゃナンも判らないって』
『提督室の記録はどう?』
『ソッチは、もう完全にお手上げ!
流石は本家マシンチャイルドが組んだセキユリティ。
相応の機械を持ち込んでジックリ時間を掛けない限り、データの吸出しは絶対無理。
この短時間に。それもハンディパソコンなんかでじゃ手も足も出ないよ』
『そう………困ったわね』
なるほど。ナカザトへのアタックは『将を射んとすれば、まず馬を射よ』に見せかけた只の陽動。
本命は、俺の行動を押さえている間の家捜しか。
やはり一筋縄ではいかんな、あの娘は。
だが、生憎とその手は通じん。(ニヤリ)
何せ、アキト奪還計画に関するデータは、1ビットたりとも2199年には残していないからな。
情報統制は正に完璧。あえて懸念材料を上げるならば、小学生よりも騙し易い我が副官殿だけ………
何せ、計画の進行状況をリアルタイムで見ているからなあ。(嘆息)
今思えば、成り行きとはいえ、各種部署への連絡役に。
俺の下で、放送を統括する役職に就けたのは失敗だったかもしれん。
今後は、コイツの身辺にも注意を払わんといかんな。
『それで、プランBの方はどうなっているかしら?』
『ああ、ソッチは順調だよ。
コッチで提供した例の事前情報を元に、R夫人はM少年の拉致に成功。今頃は、『例の趣味でお楽しみ』って所かな』
ん? R夫人? M少年? 一体誰の事………って、しまった!
そう言えば、パーティ開始からもう一時間以上も経つのに、いまだハーリー君が会場に来ていないじゃないか!
畜生! 模擬戦のデータ整理の関係で遅れてくる予定だから思って油断していたぜ!
「ナカザト、後は任せた!」
と言うが早いか、手早く帰り仕度を整える。
「『任せた』って、一体何処へ行くんです提督!」
「許せ! とある少年の未来を守る為の、ど〜しても外せない急用なんだ!
ああそれと。さっきも言ったが、カグヤ君に言い寄られても絶対に気を許すなよ。判ったな」
俺の突発的行動を非難しキャンキャン喚くナカザト。
だが、今はそれに構っている暇は無い。
「おや。何処へ行かれるんです、提督?」
「まさか帰る気じゃネエよな?」
「おお、丁度良かった。二人共、コイツをカグヤ君から守ってやってくれ。頼んだぞ」
と、その時、運良く連れだってやってきたアリサ君とスバル君にナカザトを託す。
(フゥ)これで唯一の懸念材料もクリアだ。
この二人なら、カグヤ君の危険性を熟知している。間違っても、彼女の口車に乗ったりはしないだろう。
「待ってください提督。私達を見捨てて行かないでください!
提督が居ないと、遠回しなイヤミを言いに来る人の、私達への割り当てが増えてしまいます!」
「まったくだ。俺なんて直接対決でボロ負けしたもんだから、余計肩身が狭いっつうのに!」
「いえ。それ以前に、真っ先に帰途に着くなんて許される筈がないでしょう! 貴方は主賓の一人なんですよ!」
そんな三人の温かい声援に見送られつつ、俺はダッシュでハーリー君の救出に向かった。
〜 30分後。木連の高級住宅街にあるラズボーン侯爵夫人の別荘。
通された客間にて待つ間に、この先の対策を練る傍ら、彼女のプロフィールを改めて確認する。
グリューネワルト=フォン=ラズボーン侯爵夫人。
イギリスの名門、ラズボーン侯爵家の直系で、来月には38回目の誕生日を迎えるややトウの立った御歳ながら、
いまだ20代後半にしか見えない瑞々しいお肌と艶やかな黒髪、更には抜群のプロポーションを誇る、美しき有閑マダム。
12年前に両親を。8年前に夫と娘を亡くし天涯孤独の身の上ながら、その不幸に負けない気概の持ち主。
社交界を裏から牛耳る影のドンであり、また、経済に関してもかなり明るく、ネルガルと明日香の二股を掛ける有力な株主でもある才媛。
そんな敬意に値する実力と実績を誇る女性なのだが、世間の評判はあまり芳しくない。
と言うのも、一つ、とても困った悪癖があるからなのだ。
実は彼女、その道ではとびきりの有名人。
知らぬ者はモグリとまで言われるくらい悪名高き『真性のショタ』で、
しかも、『美少女も大歓迎』という、青少年保護条令に真っ向から対立する性癖の持ち主なのである。
それでも、侯爵夫人のこれまでの振る舞いを、『悪』と断じる事は俺には出来ない。
無論、これは双方に合意があるからではない。
純真無垢な少年少女の篭絡など、百戦錬磨な彼女にしてみれば、籠の中の鳥を撃つよりも簡単だろうから、そんな事はあまり意味がない。
俺が彼女を非難出来ないのは、かの女性が、自分の行動に責任を持っていると言うか、
某少年の場合は、親の残した借金を代わりに返済し、その生活を保障。
某少女の場合は、娼館に売り飛ばされそうになっていた所を身受け。以下同文。
某少年の場合は、彼の夢である絵画を学ばせるべく留学費用を援助。
といった感じに、逢瀬を楽しんだ愛人達(?)へのアフターケアには、かなり気を使っているみたいだからである。
だが、今回のターゲット。ハーリー君は流石に拙い。
ああ見えて意思は極め強固と言うか、総ての価値基準がホシノ君にあるので、流石の侯爵夫人も手を焼き、おそらくは初黒星を喫する事になるだろう。
とまあ、此処までは良い。そのまま、その誤った生活信条を改める切っ掛けとなってくれれば万々歳である。
問題は、彼女が普通でない………まあ、出発点からしてマトモじゃないんだが。
と…兎に角、相手の意思を無視した行動に。ソッチ系の人間の最終兵器、媚薬等の使用に踏み切った場合だ。
これはかなり拙い。人としての倫理は勿論、政治的にも経済的にも大問題である。
そう。太陽系に僅か三人しか居ないマシンチャイルドを欲しがっている陣営は無数に存在するのだ。
たとえ侯爵夫人の意思が何処にあろうとも、一度そんな前例を作ってしまったら最後、ホシノ君達が社会生活を送る事は不可能になるだろう。
ついで言えば、ハーリー君は地味に本計画のキーパーソン。爛れた生活にかまけて、本来の職務が御座なりになっては困るのだ。
………いや。よ〜く考えてみると、少々色眼鏡で見すぎなのかもしれないな。
確かに、自然の摂理におもいっきり造反している特殊な趣味の持ち主ではあるが、それ以外の部分は敬意に値する女傑。
意思薄弱者がやる様な性犯罪に走るとは思えない。
う〜ん。その辺の事実を確認する意味でも、チョッと彼女の逢瀬を洗ってみるかな。
人としてかなり拙い行為ではあるが、前述の様な犯罪行為が行われているかどうか、冒頭部分だけをチェックする位なら許されるだろう。
スキモノ
違う! これは太陽系の平和の為にやっている事だ。
決して、『怖いもの見たさ』だとか、『興味本位な野次馬根性』等という、おぞましき事実は無い!
ソウカイ? ジャ、ソウイウコトニ、シテオコウカネ
かくて、アークの言われ無き誹謗中傷にもめげず、第一幕目を………あれ? おかしいな何故に?
気を取り直して第二幕を………って、コッチもかよ!
そのまま第三幕、第四幕と見続ける。
だが、相手の美少女が変わるだけで、どれも第一幕目と同じ展開に。
そして第7幕目。相手が美少年となった時、総ての謎が氷解した。
な〜んだ、心配して損したな。
かくて、問題は解決した。
紅茶と共にテーブルの上に供されていた、香り付け用のブランデー入れの中身を残らず頂戴して祝杯をあげる。
ガタン
その十数分後。俺が寛いた客間に、明らかに装飾過多な衣装を纏った可愛らしい美少女が、息せき切って飛び込んできた。
キョロキョロと回りの様子を伺う仕草が、小動物の様で実に愛らしい。
まったく、普段とはえらい違いだ。
「おやまあ、化けたもんだな。良く似合ってるぞ。正直、怖いくらいだ。
いっそこのまま、2199年の南ちゃんを目指したらどうだい?」
「なんだか判りませんが、猛烈に良くない事みたいなので嫌です!」
涙目で抗議の声を上げるドール人形の様な美少女………いや、正確には美少年。
その正体は、実はハーリー君なのだ。
ハッキリ言って、その外見は完璧に別人である。
予備知識がなければ、まず判らなかっただろう。
侯爵夫人のメイク技術の確かさを窺わせる、素晴らしくもイジりたくなる見事な出来映えだ。此処は当然、
「そうかなあ? まあ、そんな事はどうでも良い。
重要なのは、今回のこの劇的なクラスチェンジさ。
おめでとうハーリー君。これで君も、名実共に萌えキャラの仲間入りって訳だ。
打倒アキトを狙って、日々精進してくれたまえ」
「こんな事で勝っても嬉しくありません!
とゆ〜か、何しに来たんですか提督は!? 僕を助けに来てくれたんじゃないんですか!?」
「君を笑いにきた。そう言えば、君の気が済むのだろう?」
「済みません! もう提督ってば、最近ラピスに毒され過ぎですよ!」
いや。瞬時にシャ○ネタだと判る時点で、君も同類だと………いや、ク○トロネタなのかな、この場合?
「あらあら。この私の楽しみを邪魔するなんて、どんな愚か者かと見物にきてみれば、貴方でしたの」
と、俺がハーリー君の身体を張ったネタ振りに応えていた時、そんな事を言いながら、この館の主が入室してきた。
貴族特有のやや尊大な物言いだが、彼女には、それが実に良く似合っている。
その立ち振る舞いも、痺れる程に優雅華麗だ。
滑る様な静かな足取りで背後からハーリー君を拘束した時の動きなんて、一流の武道家も顔負けな見事な体捌きである。
人に歴史ありと言うか、生粋の大貴族である彼女が、ど〜やってこんな技術を身に付けたのか?
あまり考えたくないものがある。
「失望したわ。もっと賢い方だと思っていましたのに。少々眼鏡違いだった様ですわね」
「いいえ。失望したのは俺の方ですよ、マダム」
いや全く、色んな意味で。
嘗てないくらいマニアックでアダルトな展開になるのかと思いきや、
何十人もの少年少女を毒牙に掛けてきた妖女の正体は、亡き愛娘の面影を追っての代償行為を繰り返す哀しい母親だったなんて。
侯爵夫人の愛人達(?)の事を考えれば、ほぼ最良のオチなんだろうが、チョッと裏切られた気分だ。
「あら。この上、何を語るお積もり?」
スゥっと目を細めつつ、先を促す公爵夫人。
と同時に、彼女からのプレッシャーが増大していく。
それに気圧される事無く、俺は用意していた説得のネタを披露した。
「グリューネワルト=フォン=ラズボーン侯爵夫人、貴女は間違っている。
幸薄い、弱った草花の様な少年少女達に、愛という名の水を与えてきたその行為は賞賛に値する。
だが、野の花は野にあってこそ輝くもの。それを手折る権利は誰にも無い!」
参考資料であるド○ン=カッ○ュ風に一気に捲し立てる。
此処は、勢いで押し切る事が寛容。その理屈が正しいか否かなんて二の次なケースである。
何故なら、プライドの塊である彼女に、正論による説得など無意味だからだ。
まして、『お母さんがやりたいのなら………』等とウッ○少年の様な事を言うのは愚の骨頂。相手の逆切れを誘うのがオチである。
ならばどうするか?
答えは発想の転換。その主張を頭から否定するのでは無く、その行動を改める大義名分を与えてやれば良いのだ。
丁度、スパロボ版の。フラグ立てに成功すれば、心強い味方になってくれる東方先生の様に。
そう。必要なのはハーリー君を開放する意思だけで、その主義主張まで改めて貰わなくても、俺的には全く構わないのである。
いや、だって。彼女のやってる事って、結果的には少年少女達のパトロンみたいなものだし。
「それで御終い?」
冷ややかな口調で、そう宣う侯爵夫人。
やはり、この程度の説得は何度か経験済みらしい。
だが、俺には更なる秘策がある。
「良いでしょう。百聞は一見にしかず、その証拠をお目に掛けよう」
と言いつつ俺は、過日、偶然撮影したモノを。
いまだ手元のコミニュケに残っているハプニング映像を、スクリーン風に拡大して上映した。
「って、コレは! や…止めて下さ(モガ)」
俺の意図を悟って中止を叫ぼうとしたハーリ君に、さり気無く取り出したレースのハンカチで猿轡をかます侯爵夫人。
彼のリアクションを見て期待が高まったらしく、その目は爛々と輝いている。
よしよし。やはり、彼女はコチラ側の住人の様だ。これなら何とかなるだろう。
〜 6日前、第五使徒戦終了の翌日 ダークネス秘密基地のトライデント中隊専用格納庫 〜
「叛逆者共に告ぐ。貴方達は完全に包囲されているわ。速やかに人質を解放して投降しなさい!」
拡声器を使い、廃材等を利用して組まれた簡易バリケードの外から中の者達に呼び掛ける春待三尉。
その口調は極めて攻撃的であり、言葉の内容とはうらはらに、説得の意志を放棄しているとしか思えないものがある。
だがまあ、これは当然の事だろう。
これまでずっと面倒を見てきた部下の一部が叛乱。それも、ハーリー君を人質に取って立て篭ったのだ。
これで彼女が怒らない筈が無い。
「シロー、いい加減諦めなさい。今なら首謀者の貴方も、安眠コースの三連発で勘弁してあげるわよ」
そんな訳で、本来なら懐柔のセリフが入る場面でも容赦が無い。
ちなみに、彼女が口にした安眠コースとは、大佐が考案した一風変わった罰ゲームの事。
手足が動かなくなるまで延々と匍匐前進を行わせるというもので、力尽きた被罰者が、そのまま安らかな眠りにつく事が、その名の由来らしい。
「断る! 俺達は、最後まで諦めはしない」
「此方の要求は既に告げた。
それを呑むか? それとも全面対決か? 二つに一つだ」
「そんなあ。歩み寄りの努力を放棄しないで下さいよ〜
ってゆ〜か、普段は全然喋らないのに、何でこういうキナ臭い状況になった時だけ饒舌になるですか、キリコ先輩は?」
阿間田三曹が勢い良く、郷谷三曹が厳然と、その呼掛けを拒絶。
それを、オロオロしながら諌めようとするヴィヴィ三曹。
いやはや、最年少はツライね。彼にしてみれば『何で僕まで』と言った所だろう。
とまあ、此処までが叛乱の初期メンバー。
その要求は、現在の編成の変更と、先の使徒戦での命令違反を不問に伏す事である。
彼等に言わせると、スタンドプレーを得意とする郷谷三曹に協調性を求める方が間違っているのであって、
彼と浅利三曹のポジションを交換し、戦車小隊Bチームは砲撃戦メインの火力小隊とするのが正しい配置なんだそうだ。
ある意味、的を得ていると言えなくもない主張である。
だが、当然ながら、これは却下せざるを得ない。
浅利三曹が現在のポジションに居るのは、何もその特技故の事では無い。
彼の利用し易い(ゴホン、ゴホン)じゃなくて、柔軟な対応力を買っての人事なのだ。
そういう意味では、残念ながら郷谷三曹は、もっとも不適切な人材と言えよう。
そして、この三人以外にも、
「うるせえぞヴィヴィ!
弱気になったら負けって言うだろうが。コッチには人質が居るんだ、もっとデーンと構えてやがれ!」
現在、追詰められたが故のハイテンションとなっている鷹村二曹と、
「へっへっへっ。まったく、ふるい付きたくなるくらいイキのイイ獲物だぜ」
蓑虫状態のハーリー君の頬をペタペタとコンバットナイフの腹で叩いているその表情からして、
精神がかなりアブナイ所まで逝ってしまっているっぽい赤木士長の二人が、その尻馬に乗って叛乱に参加していた。
ちなみに、この二人の要求は、某組織運営のとあるHPへのアクセス権である。
トライデント部隊に正式配属されると同時に入会したは良いが、肝心のその特典が得られない事が、以前から不満だったらしい。
いや、これを知った時はチョッと驚いたもんだ。
まさかあの連中に、18歳以下の少年少女には、21世紀初頭に問題になった、
某ファイル共有ソフト並に大容量を誇るあのサイトへのアクセスを禁じる様な倫理観があったとは。
意外や意外………って、あれ? じゃあ、なんでハーリー君は?
と、その後も平行線を辿る交渉を眺めながら、そんな事をつらつら考えていると、
「まったく。そろそろ、ドクターの昼食を作らねばならない時間だというのに………」
「って、何を言ってるのよヒカル! 人質が。ハーリー君がどうなってもイイって言うの!」
「姐さんこそ、落ち着いて良く考えてくれ。人質に危害を加えられる訳が無いだろう。
あの連中にだって馬鹿じゃない。彼が参戦不能になったら、困るのは自分達だって事位は判っている筈だ」
「あっ。(ポン)そう言えばそうよね」
紫堂一曹に諭されることで、頭に血がのぼっていた春待三尉が、漸く冷静に。
そして、この叛乱が、最初から叛乱軍の敗北が決定しているど〜でも良いものだという事に気付いた。
やれやれ。普段の彼女なら言われるまでも無い事だったろうに。
まだ若いから仕方ない部分もあるが、こういう感情的になりやすい所を直すのが今後の課題だな。
「それじゃ、各自捕獲用の弾頭を準備。サッサと片付けて昼食にするわよ」
かくて彼女は、これまではハーリー君の安全を第一に考え、使用を控えていた強攻策を指示。
ガチャガチャと用意をする隊員達。そしてネット弾が装填された12本の大筒が叛乱軍に向けられた。
「ちょ、チョッと待った! 人質がどうなってもイイのかよ!」
「あら? 一体、彼をどうするって言うの?」
制止の声を叫ぶ鷹村二曹に、勝ち誇った顔でそう宣う春待三尉。
「そ、それは……………そうだ! このボウズにネコ耳を付けるぞ!」
「それだけじゃない。一枚一枚、衣服を脱がしていくぞ!」
「トドメとばかりに、裸の上にエプロンを着せるぞ!」
進退窮まり、意味不明な脅し文句を口走りだす叛乱軍達。
コレに対する春待三尉の返答は、
「是非ともやりなさい!」
シ〜〜ン
瞬間、世界が凍りついた。
そして、誰もが思考を停止したその間隙を狙って、
「発射!」
彼女の号令に従い、条件反射的にトリガーを引く隊員達。
かくて勝敗は決した。参加した両陣営の兵士達の心に、深い傷跡を残して。
「あの、さっきのは冗談ですよね?」
助け出されたというのに怯えた表情で尋ねるハーリー君。
「も…勿論よ。アイツ等の意表を突く為に言った方便に決まってるじゃない」
無論、春待三尉のこの返答を信じる者は皆無だった。
〜 再び、ラズボーン侯爵夫人の別荘 〜
「どうです? 天然自然の状態だからこそ、こういうオイシイ事件が起こるんです。
これに比べれば、貴女のやっている事なんて人形遊びも同然!」
俺の言い放った言葉に、おもいっきり悔しそうな顔で沈黙する公爵夫人。
そして、プライドの高い彼女にしてみれば、精一杯の敗北宣言を。
「ずるいわよ、貴方。こんな良い子達を、仕事にかこつけて囲っているなんて」
そう呟いた後、手の平を返したかの様に、トライデント中隊とハーリー君のこれまでを聞きたがった。
それも、ハーリー君の開放し今後も過度の拘束はしないという条件と共に、女の武器をちらつかせての交渉である。
この辺、経験から来る老獪さと言うか。転んでも只では起きないしたたかさと言うか。もう、流石としか言いようが無い。
かくて俺は、侯爵夫人を相手に、事実は小説より奇なりな長い長い物語を、重要部分をぼかしつつ語って聞かせた。
その席中、『他の人には内緒よ』と妖艶に微笑みつつ彼女が振舞ってくれたワインの味に絶句する。
いやはや。イギリス人は、本当に美味い酒は他人に飲ませないと、風の噂に聞いてはいたが………
このコネは命懸けで死守しようと誓う、とびっきりの美酒と美女が揃った甘美な酒宴だった。
〜 翌日。午後十二時、木連のとある高級レストラン 〜
ふあああっと。まだチョッと眠いな。
昨日の朝帰りのダメージが昼になっても消えんとは。俺も歳をとったもんだ。
そんな訳で、コンディションは最低な状態。
だが、西欧州軍の屋台骨を支える人物からの御呼び出しとあっては応えない訳にはいかない。
いまだアルコール漬けの身体を引き摺る様に、待ち合わせの場所へと赴く。
ガチャ
「この様な急の御相談に応じて頂き有難う御座います。良く来て下さいました、オオサキ提督」
高級店ならではの、防諜対策が施された密談用の個室に入ると、フリーマン准将が、ジェントルマンな立ち振る舞いで出迎えてくれた。
直接会うのはまだ三回目だが、通信機越しでは割りと懇意に。
いや、グラシス中将がコッチの世界ではアテにならなくなった今となっては、運命共同体とも言うべき間柄なのだが、
彼は中将に紹介して貰った時と同じ、こうした慇懃な態度を崩そうとはしない。
正直、この辺にはチョッと閉口しているが、こういうキャラクターなのだと割り切って付き合う分には充分好意に値するし、
司令官代理としての実力も確かな頼もしい人物である。
「御相談したいのは他でもありません。西欧州における明日香インダストリー台頭の件です」
一通りの挨拶を終えた後、淡々と事情を語りだすフリーマン。何時も通りのスタイルである。
だが、今回ばかりは、そのクールな表情とは温度差の激しすぎるホットな内容だった。
その事情説明によると、最初のうち明日香は、司令官代理である彼を傀儡とし、
西欧州軍の物資を一手に仕切り、それを足掛りに、市場でのシェア拡大を狙っていたらしい。
だが、俺が注意を喚起するまでも無く、その辺のきな臭さを。
明日香のエージェントが語る巧言令色に、前述の様な意図を感じ取ったフリーマンは、それに応じなかった。
当時の状況を聞くに、見事なまでに慇懃無礼な態度を貫いて、接触してきたエージェント達を撃退した様だ。
とまあ、此処までは良い。
問題なのは、彼の懐柔を諦めた明日香が、信じ難い強攻策を取ってきた事。
なんと、札束を砲弾にするかの様な超大判振る舞いで、各部署の担当者達を次々に買収し始めたのだ。
はっきり言って、これは回避不能な必殺技である。
司令部の通達を無視した形で明日香に肩入れする者が出た場合、
それが一人、二人であれば、その行為を問題として、なんらかの処分を加えれば良い。
だが、これが群れをなしてとなると事情が変わってくる。
物資の流通は、経験とコネがものを言う職場。
いきなり担当者が変われば、双方が慣れるまでに相応の月日が掛かる。
まして、それが大人数となれば、作業効率は大幅に低下するだろう。
しかも、これだけ大規模な事をやっている以上、次の担当者が再び明日香に篭絡されない保障なんて無い。
つまり、明日香の息の掛かった者達を排除しようとすると、それは自分の足元を掘る結果となってしまうのである。
無論、この絶対無敵な策略にも弱点が無い訳じゃない。
人間の欲望には限りが無い。まして、横の繋がりが出来て、『赤信号、みんなで渡れば怖くない』とばかりに気が大きくなれば尚更である。
従って、これを実行すると、相手の要求が際限なく増大してゆき、恐ろしく高い買い物となってしまうのだ。
改めて、カグヤ君が怖くなる。
そう。これは、只の商人には絶対に使えない、損益分岐点を無視した手。
多大な犠牲を覚悟してでも敵本陣への橋頭堡確保を狙う、武人的な思考による戦術なのだ。
ハッキリ言って、これはもう、完全に俺の手に余る問題である。
下手な意見を述べても逆効果。
寧ろ、このまま『各主任達の意見をある程度まで認めつつ、情報の漏洩といった犯罪行為に手を染める芽を育てない様に目を光らせる』
という、彼自身の再懐柔策を推し進めた方が効果的だろう。
その旨を正直に告げ、相談相手としてエリナ女史への連絡先を教える。
我ながら些か無責任な話だが、他に方法が無い。
「グラシス中将、速く帰って来て下さい。
そうで無いと西欧州軍は、つまらない者達のつまらない行いを許してしまいそうです」
一通り話が終った後、俺の心情を察してか、フリーマンが、珍しくネタを振ってきた。有難く、それに甘え、
「フリーマン。俺は君の友達にはなれない」
「そうですか。正直、とても残念です」
俺のライトニングな返答に、何故か気落ちした顔でそう宣うフリーマン。
………そうか。先程のアレ、ネタじゃなくて只の愚痴だったのか。
いやはや。ハーリー君の言う通り、確かにチョッと毒され過ぎの様だ。
軽率な言動を胸中で深く反省した後、俺は誤解を解くべく彼に謝罪した。