>SYSOP

   〜 翌日。6月14日 午前7時 〜

「へえ〜、セカンドチルドレンと弐号機が来るんですか」

朝練を終えて朝食を囲む中、久しぶりに定時に起きだして来たミサトの洩らした話に相槌を打つシンジ。
彼的には、只それだけの。偶々、知り合いの仕事内容を小耳に挟んだだけの筈だった。
だが、事態はそんな甘いものではなかった。

「そういうコト。今日中には新横須賀に着くから、アタシとシンジ君で一足先にヘリでお出迎えよン♪」

「ちょ、チョッと待って下さい。聞いてませんよ、そんな話」

「や〜ね、今、言ってるじゃない♪」

昨日付けでエビちゅが解禁になった事もあって、朝からやたらハイテンションなミサトの言に絶句する。
そんなシンジに代わって、

「貴女には計画性というものが無いんですか?」

やや厳しい口調で、零夜がそれを咎めた。
だが、その程度でめげる様なミサトではない。
影護家で寝起きする以上、流石に朝から飲むという暴挙は行っていないが、命の水を取り戻した事で、彼女の内面世界には多大なエネルギーが蓄積されている。
おまけに、此処一ヶ月の健康的な食生活よる体質改善の御蔭か、昨日の殺人的な酒量をして二日酔いにすらならないのだから、チョッとした無敵モードとさえ言えるだろう。
「もう、零ちゃんのイケズ。しょ〜がないじゃない、昨日は何より優先される事があったんだから」

「その前はどうなんです?
 察するに、エヴァの非常用電源ソケットを持って行くついでなのでしょう? その話ならば三日程前にもしていた筈。何故その時………」

「あっ、そうだシンジ君。向うに行ったら可愛い娘を紹介してあげるね。
 何なら、そのままオトしっちゃってもOKよン♪
 なんつ〜かこう、肩に力が入ってると言うか勝気過ぎる所があるから、惚れた弱みっつう感じで、ちょっちしおらしくなってくれた方が、お姉さん的にも好都合だし」

形勢不利とみるや、クルリと転進してシンジに話を振る。
はしゃいでみせる………いや、実際にはしゃいでいるのだが。 そんなミサトの態度に、嘆息しつつも追及の手を収めざるを得ない零夜。
まったくもって得な性分である。ある意味、人徳とさえ言えるかもしれない。だが、

「僕、行くなんて一言も言ってませんが?」

「何故? ど〜して?」

組し易しと見ていたシンジに冷たく返され、慌てふためく事に。

「何でもなにも、僕が行く必然性がどこにあるんですか?」

正論である。と同時に、身に覚えの無い実績を揶揄された事の報復でもある。
確かに、いまだ流され易い所があるが、今の彼は、只それだけの男では無いのだ。

「だって、その………パイロット同士の交流とか?」

「それなら、正パイロットの綾波さんを連れて行った方が良いんじゃないんですか?」

何とか理由らしきものを捻り出すが、アッサリ論破される。
進退窮まるミサト。流石の彼女も『冬月からそう指示されただけ』と、責任を投げっ放しにする様な事は言いたくない。
結果、わたわたするばかりで、何か言おうにも口から言葉が出て来ない。と、その時、中庭に面した窓から救いの手が、

   ガラッ

「(ハアハア)是非とも………是非とも自分も連れて行って下さい、葛城一尉!」

この突発的な小旅行への同行を求めるケンスケが、息せき切って現れた。

「ど…どうして?」

「(フッ)愚問だな、シンジ。
 今日、新横須賀に到着予定の船舶と言えばオーバー・ザ・レインボー。嘗て、最強の名を欲しい侭にしていた、あの太平洋艦隊だぞ!
 男なら、何をおいても見たいと思うのは当然の事だろう!」

いや、そうじゃなくて。『どうして』窓の外から。しかも、前後の事情を知っているの?
そう言いたかったのだが、言い知れぬ迫力に押され口を噤むシンジ。
ともあれ、これで今日の自主休校が決定した。
実際、先程のアレとて、何かとからかわれる事の多いミサトにチョと意地悪がしたかっただけであり、最終的には同意するつもり。
まして、親友の一人がそれを求めるのであれば是非も無い。

「仕方ないな」

確認をとると、北斗は二つ返事で了承。
そして、零夜達を促し、いそいそと出掛ける準備を始めた。

「って、北斗君達も来るつもりなの?」

「当たり前だ。俺はコイツ等の保護者だぞ」

「殺生やで、ミサトはん。まさか、わしだけ仲間外れにするつもりなんでっか?

「クワッ、クワッ!」

三人三様(?)な、その返答に絶句する。
はっきり言って最悪の事態だ。
北斗とアスカ。性格的に、衝突しない筈がない組合せである。
そして、その場合、壊れるのがどちらかなんて、もう考えるまでも無い。

「それじゃ、行ってらっしゃい北ちゃん」

「って、ナニ言っちゃってるのよ、零ちゃん!
 お願い、一緒に来て! そして、北斗君からアスカを。ひいてはアタシを守ってよ!」

北斗の外出着の襟を正しつつ、彼を見送ろうとする零夜の手を、藁をも掴む心境で引っ掴むミサト。
と、その時、更なる救いの神が、

   トゥルルルル、トゥルルルル………

「はい、影護です。…………… 判りました。北斗さん、東という方から御電話です」

シンジから受話器を手渡され、いぶかしみつつも電話に出る北斗。
それもその筈、シンジ関係以外の連絡が。SSSの緊急時以外は使用される筈の無い、木連とのホットラインのベルが鳴ったのだ。
定時連絡では(零夜の私室にはコミニュケが隠してある)それらしい報告が無かっただけに、いきなり戦争とは考え難い。

「おう、舞華か。……… ああ、俺だ。
 ……… えっ、喪服の準備をしてすぐに来い? おいおい、死んだお前の副官の……………あれ?」

「氷室 京也さんよ、北ちゃん」

いち早く情報を掴むべく、彼の横に控えていた零夜が、すかさず小声でフォローを。

「おっ、そうそう。その氷室なんとかの三回忌ならまだ先だろう?
 …………… 違う? それじゃ、お前の兄貴の………………(グシャ)」

気の無い調子で受け答えをしていた北斗だったが、途中、爆発的な殺気を放ちつつ受話器を握り潰し、

「零夜、後を頼む。俺はすぐに木連へ向かう」

怒りも顕に、そう言い放った。
その迫力にビビって、壁際でガクブルなシンジ達。そんな彼等を尻目に、零夜は北斗に事情を尋ねた。

「何があったの北ちゃん?」

「サブロウタのアホが、三姫を孕ませた挙句に逐電したそうだ。取り敢えず殴ってくる」

それは、木連では。否、木連でなくても、あってはならない大不祥事だった。
嘗ての同僚の傷心を思い、心を痛める零夜。
だが、彼女も木連兵士の一人。此処で言うべき事は決まっている。

「そう。それじゃ、私の分もお願いね」

「おう。アレが運良く生き残ったら、もう一発余計に殴っておく」

取り乱す事無く、敢えて自らの怒りを託してくれた零夜の激を受け、言外に『一撃であの世に送ってやる』と宣言する北斗。
そして、いまだ震えていた弟子達を一喝。
それぞれに留守中の課題を与えた後、肩を怒らせつつ、臨時のジャンプを頼むべくカヲリの下へ向かった。

ちなみに、サブロウタは、この数時間後に捕獲完了。
逐電の理由が、式場手配を始めとする結婚の為の根回しだった事と、被害者である三姫の嘆願によって罪一等を減じられ、
嘗ての上司から、優華部隊の面々から、そして、北斗からの祝福の一撃をもって無罪放免となった。
そして、後世この時の故事により、彼は『木連の種馬』と呼ばれ、部下達に蔑まれつつも慕われる事になるのだが、これは、まったくもってどうでも良い話である。



   〜 五時間後 〜

ネルフのマークを付けた輸送ヘリが二機、雲間を縫って飛んでいる。
その内の一機。二人と一羽の客が乗ったキャビンには、離陸と共に張り詰めた空気が漂っていた。

「クワワ〜」

「な…なんやペンペン。ビ…ビビっとんのかい。仕方ないやっちゃなあ」

ついには弱気な鳴き声を上げたペンペンを叱咤するトウジ。
だが、彼の声もまた、緊張から裏返っている。

「そう言うトウジだって、足、震えてるよ」

「ア…アホ言うなて。こ…これは武者震いや」

更に、シンジがツッコミを。だが、彼自身もまた、とあるハウツー本を持つ手が小刻みに震えている。
そう。彼等は等しく、これから行う事になる北斗からの課題を前に、極度の緊張状態にあった。

そして、その前を飛ぶ、もう一機のキャビンでは、

「凄い! 凄い! 凄い! 凄すぎるぅ〜っ! 男なら、涙を流すべき状況だね!」

前方に広がった海上を覆い尽くさんばかりに並んだ大艦隊が作り出す航跡を視認し、デジカメのシャッターを切りつつ歓声を上げるケンスケ。

「いやまあ。そこまで盛大に喜ばれると、コッチとしても悪い気はしないんだけど………」

その狂態に苦笑するミサト。

「にしても、よくもまあ、あんな老朽艦が浮いていられるものねぇ」

「いやいや、セカンドインパクト前のビンテージ物ですよ」

そして、眼下に迫ってきた艦隊に、歯に衣を着せない論評を。
それを耳にした零夜が、

「なんて失礼な事を言ってるんです!」

と、お説教を。それは要約すると次の様なものだった

セカンドインパクト以来、食う為に手段を選ぶ余裕の無い者達が世界には溢れている。
従って、比較的治安を取り戻した先進国を除けば、犯罪率は今も増加中。
取り分け、故郷が海に没した事で、そのまま海賊化する者が急増。
それも、インパクトのドサクサで手に入れた艦艇や兵器で武装した剣呑極まりない者さえ少なくなかった。

そう。海は、前世紀に比べ、確実にその危険度を増しているのだ。
日本の様に、殆んどの資源を海外からの輸入に頼っている国にとって、これは死活問題とさえ言えよう。
つまり、インパクト黎明期に一早く航路を確保し、今現在も海上の治安維持に奔走している彼等の存在こそが、世界の平和を守っていると言っても過言では無いのだ。

「判りますか? 要塞都市やエヴァンゲリオンを建造出来たのも、今日のお米が食べられるのも、あの人達の尽力があったればこそなんですよ」

と、バツの悪い顔を浮べている二人を前に、零夜が纏めに掛かった頃、ヘリは降下準備に入った。



その頃、その着艦先である艦隊旗艦の艦橋では、

「(フン)いい気なもんだ。ガキの使いが、オモチャのソケットを運んできおったぞ」

降下を始めたヘリを双眼鏡で覗いていた初老の艦隊司令官が、忌々しげに毒づいていた。



「いよいよね」

そして、そんな彼とは別の場所。着艦用のスペースに程近いテラスから、ヘリを見上げる人影が。
赤みがかった金髪を風になびかせながら、親の敵でも見るような目でヘリを睨む少女の姿があった。



その数分後。ヘリのローターが巻き起こすダウンウォッシュが未だ収まらぬ飛行甲板に、軽快な動作で降り立つ零夜。
そして、素早く辺りを見回して安全を確認すると、その後から昇降口に現れた、バインダー片手のミサトに手を差し出した。

「あ…ありがと」

先程までとはうって変わった丁重な態度に戸惑うミサト。
だが、良く考えてみれば、今回の総責任者は自分なのだ。
律儀な彼女の性格からして、人目のある場所では、自分を上官として遇する事は充分ありえる。

と、零夜が慣れない仕種でウィンクをしてきた。どうやら正解の様だ。
好意に甘え、その手に掴まって飛行甲板に飛び降りる。
そして、その後も部下らしく振舞う零夜の姿にチョッと得意になりつつ艦橋へと向う。

「ヘロ〜ォ! ミサト、元気してた?」

その先に、立塞がる影が。
友好的な内容の台詞にも拘らず、敵意が剥き出しなその声の主に目を向ける。

(あちゃ〜、こりゃまた予想以上だわ)

胸中で、己の予測の甘さを痛感するミサト。
レモンイエローのワンピース。いかにも勝気そうな、良く整った顔。
そして、腰まで届く赤みかかった髪が、紅蓮の炎であるかの様に見える程の怒気。
どうも、期待の新戦力は、チームの低迷(?)に大変ご立腹な様だ。

「ま…まあねぇ〜、貴女も背が伸びたんじゃない?」

取り敢えず、当り障りの無い返答をしてみる。
だが、これは暴発の呼び水にしかならなかった。

「アタシの身長なんてどうでも良いわよ!
 TV、見たわよ。何なのよ、あの情けない体たらくは!」

「だって、だって、敵がチョー強かったんだも〜ん」

「って、子供みたいな言い訳しないでよ! 大体、アンタときたら………」

かくて、全面降伏するミサトに、これまでの鬱憤の総てを込めて、マシンガンの如く罵詈雑言を言い放つアスカ。
そして、そのボルテージが最高潮に達しようとした時、

「いい加減になさい」

見かねた零夜が、ミサトに人差し指を突きつけたアスカの手を掴みつつ間に入った。

「旧知の仲ゆえ、多少の暴言は叱咤激励として見過ごしましょう。
 ですが、それも度を越せば只の侮辱でしかありません」

な…外せない。 無礼な闖入者を睨みつけつつ、その手を振り解こうとしたアスカだったが、幾ら力を込めても、零夜に掴まれた手はミリ単位すら動かない。
恐怖と共に、多少冷静さを取り戻した頭が異変を。
自身も学んだ格闘技の心得が、目の前に居る女性は見た目通りの人間じゃ無い事を告げていた。

「まして、葛城一尉は、これから貴女が命を預ける相手。
 判るでしょう? これ以上の罵倒は、自分で自分の事を賤しめるだけなのよ」

「(フン)判ったわよ」

渋々と矛を収めるアスカ。
内心では不満タラタラだったが、零夜の言は正論ゆえに従わざるを得ない。
より正確には、現状では、戦っても勝てそうに無い故の戦略的撤退である。
天才少女の名は伊達では無い。小型のミサトともいうべき性格の彼女だが、この辺の見極めは、本家より遥かに上なのだ。

「でも、良い気にならないでよねサード。
 確かに、白兵戦は中々やるみたいだけど、肝心のシンクロ率が30%半ばじゃ話にならないわ。
 これまでは、頭数合わせに前線に出てらしいけど、今後はアタシの足を引っ張らない様、後方支援にでも精をだすのね!」

そして、零夜から距離を取りつつ、負け惜しみの捨てゼリフを。
この辺は、アスカのアスカたる由縁である。
だが、今回のそれは、あまりにも的外れなのものだった。

「その、アスカ。彼女はサードチルドレンじゃないわよ」

「へっ? だって、他に該当者が居ないじゃない。
 そりゃ、14歳にしてはチョッと老けている気もするけど………」

いきなり、おもいっきりスベった事を悟り、しどろもどろになるアスカ。

「自己紹介がまだでしたね。私は、紫苑 零夜。こう見えても、今年で19歳です」

そこへ、零夜の追い討ちとも言うべき自己紹介が。

「そ…そうなの。(コホン)それで、本物のサードはドコなのよミサト? まさか来ていないんじゃないでしょうね!」

わざとらしく咳払いなどした後、アスカは、逆切れ風にミサトに詰め寄った。
にこやかに握手を求める零夜の手は、さりげなく無視。もはや、苦手意識バリバリである。

「えっと。シンンジ君達なら、舳先の方に走っていったけど………」

「ダンケ」

かくて彼女は、短く礼を言うと、逃げる様にそちらへと走り出した。



   〜 数分後。オーバー・ザ・レインボーの舳先 〜

「………何なのアレ?」

人影を見つけ『チョッと、そこの二人!』と話し掛けるつもりのアスカだったが、近付くにつれ、明らかになってきた異様さに言葉を失った。

「兎に角、スクリューに巻き込まれたら一巻の終わりになる。
 幸い、この艦が最後尾みたいだから、まずは全力で真横に向かうのがベストだと思う」

「クワッ」

「そして、これが救命具のスイッチ。押すと浮き輪になる仕組みになってる。『もう駄目だ』って思ったら、迷わず押すんだよ」

「クワッ」

「OK。色々言ったけど、心配は要らない。大丈夫、君なら必ず出来る」

それは、良くは判らない………いや、理解したくない光景。
自分よりやや低い背丈の細身な少年が、頭半分高くガッチリした体格の少年が抱えているペンギンに向かって、真剣に何事かをレクチャーしているのだ。
後ろの少年もまた、同様に真摯な顔をしている所が、更に混乱に拍車をかけている。

「おっしゃあ〜! 気合入れろや〜、ペンペン!」

「クワッ!」

「いっけええええ〜〜〜〜っ!」

そして、呆気にとられている間に、ガタイの良い方の少年が、渾身の気合と共にペンギンを海に投げ捨てた。
もう、何がなんだか判らない。此処は当然、

「って、アンタらバカァ!?」

総てを棚上げし、動物虐待………否、殺害犯の二人の後頭部に、ダブルチョップをかました。

「痛〜っ、ナニすんじゃいワレ!」

「それはアタシのセリフよ!
 どうせ、飼うのに困ったのかなんかしたんでしょうけど、ペットをいきなり海に捨てる、普通?
 一体、どういう神経をしてんのよ!」

そのままキャンキャンと怒鳴りあうアスカとトウジ。
互いの前提条件が全く違う為、その口論の主旨は見事にすれ違っている。
そして、それ故にヒートアップし、ついには泥沼化しようとした時、

「あっ、第一段階は上手くいったみたいだよ」

不意の闖入者との交渉(?)を親友に任せきりにしていたシンジが、
波間に現れた、これから陸地までの永遠とも思える遠水を行うペンペンからのサインを見つけた。

「そっか。(フウ〜)そりゃ良かった」

途端に目の前の少女に興味を失うトウジ。
そして、シンジと二人、習ったばかりの木連式敬礼で………

「って、再びアホか〜い!」

過酷な試練に臨む弟弟子を見送ろうとした後頭部に、再度、アスカのダブルチョップが。

「痛〜っ! 何やもう、ポンポン気安う殴りおって。ワレは吉本の芸人かい!?」

「何よソレ! 全然判らないわよ! 
 ってゆ〜か、説明しなさいよ説明! 一体、何が………」

かくて、先程のシーンをリプレイしたかの様な口論を再開するトウジとアスカ。
そんな二人を尻目に、シンジは着々と準備を進める。
そう。北斗の課した試練に臨むのは、ペンペン一羽だけじゃない。
彼に比べれば難易度は低いものの、命懸けという点では、シンジ達とて同じなのだ。

「トウジ、僕等もやるよ!」

「おおスマン。せや。今は、突発性ツッコミ女なんぞに関わってる暇なんてなかったんや」

「そんな訳で、すみませんけど、僕等は大事な用がありますんで」

そう言って、ペコリと頭を下げるシンジに毒気を抜かれ呆然とするアスカ。
その間に、彼は素人丸出しなフォームで釣り糸を海へ。
トウジも、渡された釣竿でそれに習い、二人は真剣な顔で海釣を始めた。

「って、何なのよアンタ等は〜っ!」

我に帰るのと同時に、シンジの横っ面めがけてビンタを放つ。
だが、これはアッサリとかわされてしまった。
ムキになり、アスカは矢継ぎ早にビンタの嵐を繰り出す。

「あの(ヒョイ)すみませんが(ヒョイ)邪魔しないでくれませんか?
 何か用でしたら(ヒョイ)ノルマを達成次第(ヒョイ)伺いますから」

その総てをかわしながら、アスカに翻意を促すシンジ。
無論、それが火に油を注ぐ結果となっているのだが、彼女とは別の意味でテンパっている彼に、それに気付けという方が無茶だろう。
ともあれ、このままでは、釣竿を持つ事さえままならない。
と言って、丁重に取り押える術など自分には無い。
そんなこんなで、どうしたものかと悩むこと7〜8分後、

「ちょ…チョッとタイム」

全力での扇風機状態だったアスカがバテた。
梅雨時とは思えない強い日差しの照りつける、とある昼時の一コマだった。



その頃、ミサト達はブリッジにてお仕事中。

「オヤオヤ、TVで御馴染みなコメデイドラマのお姉さんが、今日はリポーター役で来たのかと思っていたが、どうやら、こちらの勘違いだったようだな」

不機嫌そうなミサトの顔写真が貼られたNERV発行の身分証明書を確認しながら、軽く嫌味を加味した毒を吐く艦隊司令官。
だが、これを狭量と言うのは些か酷である。
何せ、年齢や体重を始めとする本人確認に必要な記載を、幾つもマジックで黒く塗り潰してある様な、いい加減極まりない証明書を臆面も無く差し出されたのだ。
その場で破り捨てなかっただけでも充分賞賛に値するだろう。

「ご理解頂けて幸いですわ、艦長」

   ピシッ

嗚呼、何て事を。
のっけから爆弾発言をかましてくれたミサトに、眩暈を覚える零夜。
事前に、それとなく注意したのにも関わらず、この体たらくである。

「申し訳ありません。
 提督があまりにお若く見えたものですから、つい間違えてしまいました」

凍りついた場の空気を無視して手続きを続けようとするミサトを制し、深々と頭を下げつつ、零夜は、自分でも苦しい言い訳だなと思いながらも必死のフォローを入れた。
何しろ、目の前に居るのは、少なくとも少将以下の階級である筈がない艦隊司令官。
通常、佐官が勤める艦長と間違えるのは、無礼千万というものだろう。

「ふん。見え透いた世辞を」

と言いつつも、零夜の言に、ちょっと嬉しそうな顔になる艦隊司令官。
そう。本来の彼は、誇り高き海の男。 『これまで海の安全保障を担ってきたのは我々だ』という自信と自負を傷つける相手でもなければ、毒舌を吐く様な人間では無いのだ。

「この度はEVA弐号機の輸送援助、ありがとうございます。こちらが非常用電源ソケットの仕様書です」

「はて? この海の上で、あの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃおらんが?」

「はい。あくまでも、万一の事態に対する備え。そう思っては頂けませんか?」

「その万一に備えて、我々が護衛しておる。
 客人ならば、客人らしくしていて貰いたいものだな」

そんな事もあって、零夜の交渉は、TV版のそれよりは友好的に進んだ。だが、

「解りました。但し、有事の際は我々NERVの指揮権が最優先である事をお忘れなく」

などと、ミサトが横から余計な一言を入れた事で再び悪化。
丁度、孫の様な歳の零夜が、一端の軍人の様な対応をする所を微笑ましく思っていた所へのそれだった所為か、頑なな艦隊司令官の顔が引き攣りだす。

「EVA弐号機及び同操縦者は、NERVドイツ支部より我々が預かっている。君等の勝手は許さん」

「では、いつ引き渡しを?」

「新横須賀に陸揚げしてからだ。海の上は我々の管轄。黙って従って貰おう」

こ…この頑固ジジイが!
『邪魔だから引っ込んでいろ』と言わんばかりの司令官の態度に、腸が煮え繰り返りそうになるミサト。
既に、リツコや零夜からの忠告なんて、完全に頭から飛んでいる。
それを敏感に察すると、

「判りました。それでは、新横須賀港到着まで休ませて頂きます」

暴言発生装置と化したその口を強引に塞ぎつつ、零夜は退室の挨拶を。

「(コホン)そのなんだ。貴官も大変だな」

いかにも申し分けなさそうな顔で敬礼した後、ミサトを引き摺って行く後ろ姿に、わざとらしく咳払いなどしつつ、そう言う司令官。

「いえ、慣れておりますので」

その労いの言葉に、思わず本音が透けて見える事を言ってしまう零夜だった。
背中が、チョッと泣いていた。



「(フン)NERVは、本当に子供を戦わせているようだな」

彼女達が去った後、腹立たしげにひとりごちる司令官。

「時代が変わったのでしょう。議会も、あのロボットに期待していると聞いています」

副長がそれを宥める。だが、彼の不満は納まらなかった。

「気に喰わん! まったくもって気に喰わんぞ!
 本来、軍隊とは、ああした子供達の未来を守る為に存在しているのだというのに!」

そう。アングロサクソンな司令官の目から見れば、童顔な零夜などは、ジュニアハイの生徒にしか見えない。
故に、軍人としての………或いは人としての良心を刺激された彼は、ぶつける事の出来ない苛立ちを吐き捨てずにはいられなかった。



と、その頃、シンジ達の方にも動きが。

「よっと。どうしたんだい、アスカ?」

とある人物の出現により、新たな局面を迎えていた。

「あっ、加持せんぱぁ〜い。サードったら酷いんですよぉ」

丁度、呼吸が整ってきた事もあって、それまでの態度をどこぞにうっちゃり、アスカは、猫撫で声をあげて抱き付きながら、シンジ達の非道(アスカビジョン)を訴える。
それをいなしつつつ、前後の事情を尋ねる加持。

「それじゃ、これは君達の師匠の指示なのかい?」

「せや。なんせ、過去最悪の激怒状態やったからな。  最低でも、センセの分は、美味そうなヤツを確保せんと命が危ないんや」

当初は言葉少なだったが、その話術によって、徐々に打ち解けてゆく少年達。

「そりゃまた大袈裟な」

「大袈裟ですか。(ハア〜)だと良いんですけどね」

加持の甘過ぎる意見に、溜息をつきつつ相槌を打つシンジ。
とはいえ、この会話が不快という訳ではない。
寧ろ、良い気分転換だと思う。あせっても良い結果を得られないと、釣のハウツー本にも書いてあったし。



「よお、葛城。相変らず凛々しいなぁ」

そんなこんなで時間は流れ、ミサト達が合流。

「「(ゲッ)加持〜っ! 何でアンタがココにいんのよ!?」

「彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」

右手に抱きついているダッコちゃん人形状態のアスカの頭を撫でる加持。

「迂闊だわ。充分考えられる事態だったのに」

上機嫌なアスカとは対照的に憮然とするミサト。
迂闊なのは何時も通りだが、彼女的には、正に振って湧いた災難である。

その後ろで、湧き上がる敵意に身を震わせる零夜。
無論、他人の空似なのは判っている。
だが、彼女のDNAレベルにまで敵として刻み込まれている、あの男と同じ声を発する相手に、どうして好感を持ち得よう。
まして、同僚を玩んだ、あの遊び人と似た様な空気を纏っているとあっては、悪即斬の衝動を押さえるだけで精一杯だった。

「葛城一尉。そろそろ御昼時ですし、御友人との積もる話は、食堂の方でなさったら如何でしょう?」

取り敢えず、親切めかして視界からの退去を願ってみる。
彼女らしからぬ姦計だが、もう手段は選んでいられない。

そんな零夜の態度から、かなりの立腹状態だと敏感に察するミサト。
これはもう、一刻も早く加持を何処かへ片さないと、彼の命が。ひいては、自分の命が危ない。
ある意味、北斗以上に好き嫌いがハッキリと顔に出る彼女の事。これはもう、疑う余地が無い。

「そ…そうね。シンジ君達は北斗君の課題で忙しいみたいだから、私達だけで」

「はっ。後の事は御任せを」

かくて、唯々諾々とその薦めに従う。
だが、そんなミサトの気も知らず、

「君も一緒にどうだい? そう悪くないぜ、此処のランチは」

と、スパイの癖に空気を読まない発言をする加持。
いや、無論、初対面の印象が、かなり悪かったのに気付かなかった訳じゃない。
たが、生憎とその理由が判らない。
故に、彼的には、その辺の事情と共に、ミサトの部下っぽい彼女から、現在のネルフ本部の様子を聞き出そうという腹なのだが、いかんせん相手が悪い。

「もう、や〜ねえ加持君ったら。
 零ちゃんには、シンジ君達の面倒をみるっていうチョ〜大事な任務があるでしょ(ホホホッ)」

「ちょ…声裏返して何を言ってるんだ葛城」

「良いからトットと行く!」

かくて、半強制的に嘗ての恋人を連行し、既に臨界点突破寸前な目の間の怪獣娘から逃走を図るミサトだった。



   〜オーバー・ザ・レインボー船内の仕官食堂 〜

数分後、NERV御一行様+1名は食堂へ。
六人掛けのテーブルの一つに、ミサトと加持が向い合って座り、加持の横にはアスカが、
ミサトの横には、+1名のケンスケが座った。

「つ〜ワケだから、アンタ、零ちゃんには絶対に近付かないで」

取り敢えず、彼女の主観を基にした前後の事情を一気に語った後、ミサトは、裂帛の気合を込めてそう言い放った。

「いや、『彼女に近付くな』ってのは、まあ良いんだが………」

困惑する加持。確かに、物凄く強い『真紅の羅刹』なる人物が、ネルフ本部の屋台骨を揺すっているという話は耳にしている。
だがそれは、各支部では、進退窮まった本部が流した只の眉唾話というのが通説なのだ。
何せ、話半分だとしても、ラ○ボーやコ○ンドーの様な、映画の中だけのアクションヒーローよりも強い事になるのだから。

「あのねミサト。ジョークにしたって笑えないわよ、そんな荒唐無稽な話」

困り顔の加持のフォローをしようと、口を挟むアスカ。
そう。何時もの誇大広告にしたって少々かまし過ぎだというのが、二人の正直な感想だった。
もっとも、実際には、ミサトの言をして、寧ろ控えめな表現。
彼等が想像した程度の『真紅の羅刹』では、零夜にさえ勝てなかったりするのだが。(笑)

「えっと、惣流さん」

「何よ」

「取り敢えず、騙されたと思って、そういう仮定の基に行動して貰えないかな?
 ああ大丈夫。多分、本人を見れば、さっきのがジョークじゃないって事が、すぐに判るから」

頃合とみて、ケンスケはミサトのフォローを。
到着と同時に、走り回って激写した各種設備や兵装の画像チェック(おもいっきり軍事機密に触れてます。良い子は真似しないでね)をしていた手を休め、
雇い主から仕入れた、とあるメタな知識を披露した。

「それと加持さん。葛城一尉の言う通り、貴方は関わりあいになるのを避けた方が良いですよ。
 特に、北斗先生が相手の場合、最悪、『おのれ、血迷ったかクソ親父!』ってのが、貴方の聞いた最後の言葉になりかねませんので」

「すまん。かえって判らなくなったんだが」

「ああ。端的に言ってしまえば、極単純な理由。
 単に、貴方の声が、北斗先生達にとって怨敵な人物のそれに非常に良く似ているんですよ」

「……………それだけなのかい?」

「はい。少なくとも今の所は」

おいおい、勘弁してくれよ。
ケンスケの話に、思わず胸中でそう呟く加持。
というのも、実は、噂の『真紅の羅刹』の背後関係を洗うのも、ゼーレより課せられた任務の一つなのだ。
彼にしてみれば、のっけからハンデを背負わされた様なもの。頭の痛い話である。

「何よそれ! 信じらんない、なんて我侭なヤツなのよ、ソイツ!」

憤懣やるかたなしといった風に叫ぶアスカ。

「いや、あくまで最悪の話だよ。
 でも、避けられる危険は避けるに限る。そうでしょう、加持さん?」

その気勢を、どこ吹く風とスルーしつつ、クルリと話を加持にふる。
ここ半年ばかりのスパイ生活の御蔭か、この辺の危機回避能力が大幅に強化されているケンスケだった。
と同時に、今のセリフは心からの忠告だった。
そう。これまで彼は、爆発的に増えた知識から、余計な事を口走った挙句、何度も痛い目に合っている。
そうした経験が教えてくれる。今、探る様な目で此方を見詰めている男性がやっている事は、正気の沙汰とは思えない所業だと。
実際、その経歴を見せて貰った時など、本気で呆れ果てたものだ。

だが、それだけに興味も覚えた。
一体、何がそこまで彼を駆り立てるのか? 
何の価値もない真実。薄々は当人も気付いているであろうそれを、何故に求め続けるのか?
何時か、その辺の事を聞いてみたいと、今では本気で思っている。
故に、雇い主からは『どこで退場する事になろうと自業自得だ。ほっとけ』と言われていたが、ケンスケにはそれが出来なかった。

「ご高説ごもっとも。ところで『相田ケンスケ』君」

軽く肩を竦めて見せつつ、さらりと自己紹介では言わなかった筈のフルネームで呼んできた。
それに合わせ、警戒レベルをトップに上げる。

「そんな情報通の君に教えて欲しいんだが、葛城は、今、付き合っているヤツって居るかい?」

「さぁ? 生憎と俺は、それほど葛城一尉と親しい訳ではありませんから。そういうプライベートな事までは判りませんよ、『加持リョウジ』さん」

「そうか。残念だな、是非とも色々と聞きたかったんだが」

お返しとばかりに、此方もフルネームで呼んでおく。
当然、その意味は判っているだろうに、微塵も動揺を見せない所が心憎い。
相手にとって不足なし。
いや、これは増長が過ぎるな。明らかに格上の相手だ。

「御望みとあれば、近日中にネタを仕入れておきますね。
 もっとも、俺、嘘は一杯つきますよ。た〜まに本当の事も言いますけど」

「チョ…チョッと! ナニ勝手な事を言ってるのよケンスケ君!
 加持も加持よ! アタシの近況が貴方に関係あるわけ? 無いでしょう、全然」

「アレ? つれないなあ」

不機嫌そうにソッポを向くミサトを、加持は楽しそうに眺めている。
何気に良い雰囲気を醸し出した二人を、ムッとした表情で見比べるアスカ。
そんな彼等を見ながら、第一ラウンドをイーブンに持ち込めた事に安堵するケンスケだった。



   〜 数十分後。再び、シンジ達の居る舳先 〜

甲板に上がると、何やら兵士達の歓声が。
何事かと近付いてみれば、シンジ達の課題が最終局面を迎えていた。

「Do your best the boy!(頑張れ、少年!)

「Never release it!(絶対に手を放すなよ!)」

そんな周りの激励に答える余裕すらない二人。
釣り始めて約二時間。ヒットが来てから約十五分。
人生初の釣果を。ひいては、己の未来を手繰り寄せる為の釣竿が悲鳴を上げ出す。

   ピシッ、

ついには、ヒビが入り始めたそれに顔色を失うシンジ。
背後から、持ち手に参加しているトウジもまた青くなる。と、その時、

「貸しなさい」

見かねた零夜が、二人に代わって参戦。
既に耐久度の限界を超えている釣竿に負担が掛からぬ様、まだ見ぬ獲物の動きに上手く合わせつつ、右に左に振り回してゆく。

「いや凄い。釣の心得もあったんでっか、零夜はん?」

予想外な光景を目を奪われつつ、思わずそう尋ねるトウジ。
だが、返ってきた答えは意外なものだった。

「いいえ。釣竿を握るのは、私も初めてよ」

「「え?」」

「でも、力の逃がし方は知っているわ」

「た…確かにそうですけど。
 どう動くか判らない魚を相手にそんな事が………」

自身の知識を基にシンジが尋ねる。

「判るのよ。接触した相手からは、時に視覚以上に行動情報が伝わってくるの。
 憶えておきなさい二人共。これを聴剄と言って、柔術において極めて重要な技能よ」

それに応えて、チョッとした武術講義を行いながらも、巧みに釣竿を操る零夜。
それが、更に10分程続いた所で、獲物に疲弊の色が。

「はい!」

手応えからそれを察すると、気合一閃、彼女は氣を得物に流した。
それによって、鋼鉄並の強度となる釣竿。
と同時に、瞬間的に普段の数倍の力を引き出し、一気に引き上げる。
この辺、本気で釣に打ち込んでいる人間が見たら『なんてインチキ』と抗議されそうではあるが、木連流柔術の達人ならではの妙技と言えよう。

  バシャ、バシャ

引き上げられたのは、30キロはありそうなメバチマグロだった。

「It is a terrible girl. It is powerful where of the small body so!(凄いぜ嬢ちゃん。そのちっこい身体の、どこにそんな力があるんだよ)」

「It is mysteries of the Orient.(まさに東洋の神秘ってヤツだな)」

次の瞬間、ウワ〜ッとばかりに、それを盛大に祝福する兵士達。
娯楽に餓えていただけに、遠巻きに一部始終を見ていた彼等は、目の前で演じられたこのドラマに沸き立っていた。
だが、そんな雰囲気を黙殺し、

「サード、チョッと付き合いなさい!」

色々あってストレスの貯まっていたアスカが八つ当たり気味に。
奇しくも、TV版と同じセリフで、シンジを愛機の前へと連れ出した。



〜 十数分後、特設輸送船オセロー 〜

そんな彼女に強引に引っ張られ、シンジ達は、その場にいた兵士の一人に頼んで。
より正確には、アスカが無理やり飛ばせたヘリで、特設輸送船へと移動。
LCLを満たしたプールに横たわる紅の鬼神、エヴァ弐号機の前に到着した。

「どう! これこそ、実戦用に作られた世界初の本物のEVANGELIONよ!
 所詮、零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ。訓練無しのアナタなんかにシンクロするのがその良い証拠よ!」

何時の間にか弐号機によじ登ると、エントリープラグの挿入部の上で、腰に手を当てて仁王立ちにふんぞり返りつつ、朗々と喋り出すアスカ。
彼女としてば、これだけは言っておかなければならない、もっともアピールしたい事柄である。
だが、満を持してのその演説も、

(なあ、ケンスケ。此処はやっぱり『馬鹿と煙は高い所が好き』とか、言うべきなんやろか?)

(いや。彼女が欲しいのは、そういうボケじゃなくて賞賛の拍手だと思うぞ、多分)

(って、ギャグやのうて素でやってるんかいアレ)

と言った感じに、聴衆の反応はイマイチだった。

「あ…紅いんだね、弐号機って」

親友達が当てになりそうも無いので、取り敢えず合いの手を入れてみるシンジ。
自分でも陳腐なセリフだとは思うが、彼的には他に言いようがない。

「違うのはカラーリングだけじゃないわ! これが、現在唯一の制式タイプなのよ!」

それを受け、アスカは、ここぞとばかりに声高に叫んだ。
彼女にしてみれば、他の二機と弐号機の違いを語ると同時に、正式なパイロットは自分一人だと主張したいのだろ。
もっとも、これは少々的外れな。知識のある者にとっては、首を捻らざるを得ない理屈だった。

「へ〜え、紅いのに量産機なのか」

「って、あんたバカァ!? アタシの話のどこを聞いていたのよ!」

耳聡く、ケンスケの一人言を聞きつけ噛み付くアスカ。
と言っても、別に悪口を言われた訳では無い。それ所か、彼はアスカ自身が言った事を端的にまとめたに過ぎない。
だが、特別なものだと語ったつもりがこのリアクション。
彼女にしてみれば、許しがたし暴言である。

「いや、だって。初の制式タイプって事は、テスト用の複雑な機構をオミットして、整備の手間と汎用性を上げた量産機の雛形なんだろう?」

その気勢を受け流しつつ、ケンスケは淡々と解説を。

「ちが〜う!」

「せや。その理屈はおかしいでケンスケ」

「おお、少しは判ってるじゃないのジャージ! もうビシッと言ってやんなさい!」

思わぬ援軍を得て、何となく苦手意識が出来始めたメガネ………じゃなくてケンスケとの直接対決を避け、トウジをけしかけるアスカ。
だが、彼の主張は、彼女に輪を掛けて明後日の方向を向いていた。

「赤は三倍ってのが世間の相場やろが。これにもきっと、そういう秘密機構があるやで、きっと」

「そう。ホントは1.7倍程度なんだけど、カメラワークを意識した動きで3倍以上のスピードに見せるテクニックを………って、んなワケあるか〜!」

思わずノリツッコミをしてしまうアスカ。

「そうだぜトウジ。それじゃ試作機が一番高性能って事になるじゃないか。
 おまけに、その理屈を通すには肝心な物が欠落している。そう、弐号機にはツノが無い!」

「おお(ポン)」

「って、そんな事で納得するな〜!」

そんなこんなで、シンジを置き去りに繰り広げられる即席トリオ漫才。
そして、そのテンションが最高潮に達しようとした時、

   ドゴ〜ン

船外からの鈍い爆発音し、続いて船体が大きく揺動。
遠目に、今回は偽物のアダムしか乗っていないにも関わらず、律儀に艦隊を襲うガギエルの雄姿(の極一部)が現れた。

   ドゴ〜ン、

そのまま、水面下を走るガギエル。その航跡上の軍艦が次々と爆発炎上してゆく。

「な…なんなんや、一体?」

「使徒なんじゃないかな、多分?」

「十中八九そうだろうな。新種の魚にしてはデカ過ぎるし」

口々に語る三馬鹿トリオ。

「あ、あれが? 本物の!?」

それに遅れること十数秒後。
弐号機から降りて甲板に出たアスカは、使徒を見る為、彼等の居る側の手摺りにかぶり付いた。

   ドゴ〜ン、

その目の前で、また一隻、軍艦が海の藻屑と化す。
それをじっと見ていたアスカは、何かを思いついたのか、ニヤリと小悪魔風な笑みを浮かべた。

「チャ〜ンス!」

私の実力を、コイツ等に思い知らせてやる。
そんな邪な考えを抱きつつ、彼女は愛機の方へ振り返った。



   〜 同時刻。オーバー・ザ・レインボーのブリッジ 〜

「各艦、艦隊距離に注意しつつ回避運動。状況報告はどうした!」

『二番艦沈黙! 目標確認出来ません!』

「くそぅ! 一体、何が起こっているんだ!」

艦隊付近の空間に音波と電磁波が乱れ飛ぶが、いまだ状況が掴めない。
流石に焦りの色を隠せない、艦隊司令官とクルー達。
ブリッジは十数年前の航路確保黎明期の激闘を髣髴させる様な混乱の渦中にあった。

「提督、使徒が現れました!」

と、そこへ、使徒来襲の報を告げる零夜が。

「何だお前は! 此処は子供が入ってくる所ではない!」

それを怒鳴りつけるクルーの一人。
だが、零夜はそれを無視して脇を擦り抜け、艦隊司令官の前に行き、相手が何か言う前に喋り出した。

「葛城一尉よりの伝言です。
 これよりEVA弐号機を起動します。外部バッテリーを接続するこの艦は敵の目標となる可能性がありますので、直ちに脱出して下さい」

ふざけるな!
そう怒鳴り付けようとした艦隊司令官だったが、彼女の真剣な目を見て口篭もった。
そう、歴戦の猛者である彼には一目で判ったのだ。
今、彼女が纏っている空気は、自分に勝るとも劣らぬ激戦を潜り抜けてきた兵士だけが持つ物だと。
同じく、敏感にそれを悟ったクルー達の目が、二人に集中する。
永い………気の遠くなるくらい永い数秒の時が流れる。そして、

「判った。皆を退艦させよう」

艦隊司令官は、零夜の言を認めた。

「急いで下さい。私達が乗ってきたヘリも使って下さい。パイロットの方には、もう話を付けてあります」

その言葉にホッとしつつ、話を進める零夜。
だが、目の前の漢は、彼女の予測よりも遥かに頑固だった。

「ありがとう。だが、この艦を空にする訳にもいかんな」

「残るおつもりですか!?」

「当然だ。司令官が逃げたら、どうやって艦隊の指揮を執るのかね?」

そう言って笑う艦隊司令官の手がほんの僅かに震えるのを、礼儀正しく黙殺する。
この辺は、木連軍人ならば当然の作法だ。
故に零夜は、それ以上何も言わず、黙って彼に敬礼を捧げた。



その頃、艦内の士官用個室では、

「こんなところで使徒襲来とは、ちょっと話が違いませんか?」

ブリッジのものとは逆方向なベクトルのドラマが展開していた。

『その為の弐号機だよ。予備のパイロットと、頼りになる士官も追加してある。最悪の場合、君だけでも脱出したまえ』

「判っていますよ、司令代理」

  チン

薄ら笑いを浮かべながら電話を切る。
そして、窓のブラインドを人差し指で押し下げ、双眼鏡で外の様子を眺めてみた。

   ドゴ〜〜ン

使徒目掛けて、次々と海中に放り込まれる魚雷。
その幾つかは命中している様だったが、目標が弱った気配は無い。

「あの程度じゃ、ATフィールドは破れないか………」

思わず、第三者じみた論評を。と言っても、自分自身もまた当事者であるのだが。
ともあれ、某少年の言ではないが、此処はサッサと御暇すべきだろう。

「さぁて」

苦笑を浮かべた後、傍らに用意しておいた私物を纏めたバッグと、対核仕様のアダム入りのトランクを持って、加持はその部屋を後にした。



   〜 再び、特設輸送船オセロー 〜

「って、どこへ行ったのよアイツは!」

プラグスーツへの着替えを済ませて戻ると、一緒に乗せるつもりだったシンジの姿が見えない事に苛ついて叫ぶアスカ。
キョロキョロと見回せば、人を乗せられるだけ乗せたヘリが離船し、短艇が海面に下ろされようとしている所だった。となると、

「はんっ! 逃げたわね、あの臆病者!」

はい、大正解。
だが、これは非難されるべき行動ではない。
非戦闘員が戦場に居ても邪魔なだけ。寧ろ、その迅速な行動力を褒めるべきだろう。

これで一人。そう考えると、思わず膝が震え出す。
だが、彼女の表層意識は、そんな無様を許しはしない。

「やってやろうじゃないの!」

そう言い捨てると、アスカはエントリープラグへ向かう。

「なっ!?」

そこには、予定の人物以外の。
それも、今、一番見たくなかった相手が立っていた。

「あら、遅かったじゃない」

そう言いつつ、背面装甲をスライドさせ、露出したエントリープラグのハッチを開けるミサト。

「ア…アンタ、何やってんのよっ!?」

その後に続いてプラグ内に乗り込みながら、アスカはミサトを怒鳴りつけた。

「何って、弐号機の発進準備よン」

コンソールを弄りながら、そう応える。
エントリープラグ内の規格は初号機と同じなので、この辺はお手のもの。順調に準備が整ってゆく。

「アタシの弐号機を勝手に触らないでよっ!
 ってゆ〜か、それ以前に、何で乗り込んでんのよ、アンタは!」

「此処からの方が指示を出し易いかな〜って思って。
 それに、アスカってば、これが初陣だし。私は貴女の上官だから」

ミサトの返答に絶句するアスカ。
確かに、言っている事は正論っぽい。自分を心配しての行為だというのも、何となく判る。
だが、それでも尚、この状況は勘弁して欲しかった。

「指揮なら、旗艦からすれば良いでしょ。
 向こうなら、その為の設備も整っているんだし。外部電源の準備だってあるし」

「大丈夫、ソッチは零ちゃんに任せてきたから」

「へえ〜、何時の間にそんな指示を出したの?」

「いや、実は出してないけど。まあ、零ちゃんなら上手くやるわよ、きっと」

「それじゃタダの責任放棄だ〜っ!」

かくして、アスカの波乱含みな初陣が幕を開けた。




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