>SYSOP
時に、2015年6月14日。
丁度、第六使徒との戦闘が終了した頃、戦略自衛隊空軍長官である鳥坂中将は、
インパクトによる震災にも奇跡的に倒壊を免れた数奇屋屋敷の縁側にて、日本茶を啜りつつ、まったりと寛いでいた。
久しぶりの休日。それも、ゴルフ等の接待が無い日は本当に稀な事であり、彼にしてみれば貴重な命の洗濯の時。
だが、そんな安らかな一時も、長くは続かなかった。
「この大馬鹿者〜!(バシッ)」
突如、背後よりハリセンの一撃が。
何事かと振り返れば、そこには彼の義父が、何時も通りの偉そうな態度で立っていた。
「いい加減、こういう大人気ない真似は止めて下さい、お義父さん」
後頭部を擦りながら抗議の声を上げる。
正直、最近は本気で拙い。
唐突に殴られるのにはもう慣れっこだが、丁度、抜け毛が心配な部分なのだ。
だが、その直後に語られた義父のセリフは、そうして物理的なもの以上に。
精神的に、更なる脱毛を加速させるものだった。
「そんな覇気の無い事でど〜する。
私が若い頃は、常に向上心を忘れなかったものだ。
そう、あれは199X年。世界はセカンドインパクトの炎に包まれ………」
やれやれ、また始まったか。
胸中でそう毒づく。これが始まると長いのだ。
要約すれば、当時は一介の東京都職員だった義父が、混乱期をいかに生き抜き、軍部に一大派閥を作り上げたかというもの。
その過程はダイナミックの一言であり、下手な偉人の伝記よりも余程支持を得易く面白いもの。
小さな子供が聞けば、きっと瞳を輝かして、小さなその胸に大きな大志を抱く事だろう。
だが、既に四桁を超える回数を無理やり拝聴させられている彼的は、既にソフトな拷問でしかない。
しかも、こうした繰言を語るだけで終るならまだしも、その直後に、『そんなお前の為に』とか言いながら、無理難題を押し付けてくるのだ。
【たっだいま〜】
さて、今回の御題は?
そんな事を考え出した頃、背後から聞きなれた………出来れば聞こえたくは無かった声が。
「おお、帰ったか小夜子。して、首尾はどうだ?」
【バッチリよ。なんせ鰯水君ってば、学生時代からやってる事が全然成長しないんだもん。
えっと。これが、頼まれていた裏帳簿の写しでしょ。んでもって、コッチが例の愛人との密会現場♪】
嬉しそうに、時代遅れなアナログのカメラで撮影されたと思しきフィルムの束を差し出す、二十台半ば程の女性。
だが、喜々としたその身体からは生気が感じられず、その声も、特定の人間にしか聞えない。
それもその筈、彼女はもう肉体という物が無い。
何に執着しているのかは知らないが、この世に留まり続けている浮遊霊。おまけに………
「いい加減、成仏する気にはならいんですか、お義母さん。
とゆ〜か、もうそれは諦めましたから、せめて現世の事に関わるのは止めて下さい」
そう。彼女は、本来なら出会う事さえ無かった筈の彼の義母。
それも、夫同様に悪巧みが。
取り分け、今や次の総理に最も近い男と目されている西園寺防衛大臣の椅子を揺するのが大好きという、傍迷惑極まりない存在なのだ。
正直、何度、強制的に成仏させようと思った事か。
だが、現実は厳しい。
漫画の様に、超能力さながらな能力を持った修験者やエクソシストなんて存在しない。
それ所か、義母を見る事さえ出来ない者がほとんどだったのだ。
いきおい、鳥坂中将が無神論者になったとして、一体誰に責められよう。
【酷い…酷いわ。所謂、『バアさんは用済み』ってヤツなの?
これまで、散々面倒を見てきてあげたのに。流石、20も年下の女の子を誑し込んだ男は言う事が違うわね、この鬼畜〜】
そう言って、さめざめと泣き出す小夜子。
もっとも、これが嘘泣きなのは疑う余地が無い。
何度となく騙された経験が、それを教えてくれている。
「(コホン)判りました。それで、私に何をさせるつもりです?」
それでも、咳払いと共に降伏宣言をする鳥坂中将。
実際、義母に恩があるのも確かな事。
おまけに、妻の事を持ち出されては、彼としては抗い様が無い。
「ま〜かして。今回はとっても良い話なのだ」
「そう言って、6年前、いきなり引退したのは誰ですか!?」
とはいえ、無条件に要求を飲むなど愚の骨頂。
取り分け、このセリフが出た時は要注意だ。
そう。あの後、新型戦闘機の導入を巡っての上層部と派閥争いを強制的に引き継がされた自分が、いかに大変だったか。
何しろ、当時は一介の佐官。そりゃもう、義母のえげつないサポートが無ければ、第二芦ノ湖あたりに浮かんでいたかもしれない様な厳しい戦いだった。
そんな修羅道を、『飽きた』の一言を残して勝手に押し付けやがったのだ、目の前の義父は!
「過去に縛られていては、人間成長せんぞ」
「過去から何も学ばなければ、只のアホです!」
【まあまあ、二人とも。今からツノを突き合せなくても良いでしょ、ど〜せ何時になるのか判らない話なんだし】
義父の言い草に思わず激昂するも、義母の取り成しに冷静さを取り戻し、己を叱咤する。
そう。所詮、自分は目の前の二人(?)と違って只の凡人。
無能なのは仕方ないが、堕落だけはする訳にいかない。
常に現実に目を逸らす事無く、クレバーに対処しなくては。
「(コホン)それで、その『ど〜せ何時になるのか判らない』話とは?」
「うむ。実は、今度ネルフがボロ負けしたら、その指揮権をお前に譲る様に捻じ込んできた」
「……………はい?」
そんな決意をつかの間、義父の言葉に我が耳を疑う。
次に、何時もの冗談だと思う。
【いや〜、もう大変だったんだから、この話を纏めるの。実はコレ、最初は獅子王の所の馬鹿息子に打診が来てたんだけどさあ………】
だが、現実は常に過酷だった。
足が無いのに仁王立ちをしながら偉そうに苦労話を語る義母の姿を見詰めながら、胸中にて懊悩する。
一体、自分はどこで道を間違えたのだろう?
そうだ。セカンドインパクトの直後、偶々配給所で知り合った迷子の少女を、済し崩しに親元まで届けるに事になった、あの珍道中。思えば、あれが始まりだった。
まさか、それが今の義父達の娘だったとは。
それも、当時はまだ8歳だったあの少女が、『私、お兄ちゃんの御嫁さんになるの』と言うもんだから、
つい『詩織ちゃんが大人になったらね』とか言ってしまった所為で、彼女が16歳になると同時に本当に結婚させられる事になるなんて………
「は〜い、ごはんですよ〜」
と、まだ防衛大を出たばかりの新米少尉だったあの運命の日に思いを馳せていると、台所から愛妻の能天気な声が。
それに応じ、諸問題を一時棚上げし食卓へと向かう。
どこにでもある、磯○家にも負けないくらいアットホームな雰囲気。
そんな中で、副菜の芋の煮っ転がしを摘みながら、胸中にて改めて再確認する。
そう。自分は、決して義父達が嫌いでは無い。
なりゆきではあるが、妻の事も愛している………と思う。
そして、鳥坂家の人々も、自分を愛してくれている。
只、も〜ちょっとで良いからその愛情表現を手加減して欲しいと切実に願う、鳥坂中将だった。
オ チ コ ボ レ の 世 迷 言
第9話 瞬間、心、重ねたつもり
前回のラストから少々時間を巻き戻し、零夜が炊き出しの準備を始めていた頃。
ネルフ本部の総司令官執務室に、冬月は一人の客人を迎えていた。
「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ」
補完計画の要ともいうべきアダムの運び人たる加持である。
「まさか、海のど真ん中で使徒に出くわすとはね」
軽口を叩きながら自分とトランクを繋ぐ手錠を外し、それを執務机の上に置くと、厳重にロックされた鍵を一つ一つ解除。
そして、ゆっくりとトランクを開けて中身を確認すると、トランクを半回転させて差し出す。
その中には、琥珀色の透明な物質で封じられた人の胎児と酷似したモノが。
艶やかなその表面には 『SAMPLE−A01』 と記されていた。
「やはり、コレの所為ですか?」
一応は疑問系で尋ねているが、これは只の事実確認。
この辺の事情は既に知っているし、『自分が知っている』事も相手は知っている。
云わば、牽制を兼ねた枕詞に過ぎない。
「既にここまで復元されています。硬化ベークライトで固めてありますが、間違い無く生きています」
その言葉に誘われ、覗き込む冬月。
握り拳大のその身体には大きすぎる剥き出しの赤い眼球もまた、ギロリと琥珀越しに彼を見る。
一瞬、目が合う。だが、そんな事で動じたりはしない。
非常識なモノには慣れている。特に、此処最近は。
「人類補完計画の要ですね」
「その通り。最初の人間、『ADAM』だよ。
NERV特殊監察部所属のセカンドチルドレン担当ガード兼、日本政府内務省調査部所属の特別内部監察官。
そして、SEELEのエージェントと、三足草鞋の加持リョウジ君」
加持の韜晦には付き合わず、冬月は公然の秘密を語る事で単刀直入な話に持ち込んだ。
駆け引きを楽しんでいるらしい彼は悪いが、そんな実利の無いモノに時間を取っている暇など無い。
やるべき事は無数にあるのだ。
「……………知ってらしたんですか?」
「当然だろう。この程度の事を調べるなど造作も無い事だよ」
「やれやれ。なんとも自信を無くすお言葉で」
「すまんが、これ以上のお惚けは無しにして欲しいね。
何しろ、隠蔽工作は無いも同然。元々、君は隠すつもりが無かったのだろう?」
憮然とした顔になった加持に、追い討ちとも言える事を言い放つ冬月。
この一言が止めとなり、
「判りました。それで、俺は何をすれば良いんです?」
加持は白旗を揚げた。
そう。相手はトリプルスーパーコンピューターシステムMAGIのオリジナルと、
その扱いにもっとも熟達している赤木リツコを擁するネルフ本部。隠そうとした所で隠しきれる筈が無い。
そして、碇ゲンドウは、利用出来るか否かだけで他人を判断する人間。
ならば、最初からある程度手札を晒す事で、利用出来る相手と思わせた方が良い。そう考えたが故の戦術だった。
だが、目の前の老人は、そんな『互いに見て見ぬ振り』をしてはくれないらしい。
表面上は平静を装っているが、内心は戦々恐々とする。
そんな彼に下された命令は、更なる混乱をもたらすものだった。
「君にやって欲しいのは他でもない。君の任務を本来の形で行なってくれたまえ。それも、最優先でだ」
「はい?」
意表を突かれ、加持は思わずマヌケな声を上げた。
だが、これは無理無い事だろう。
てっきり、他のバイト先の情報を求められると思っていた局面。
それも、一通り聞き終えた後の背後からズドンを、どうやって回避するかを摸索していた所へのこのセリフなのだ。
「ふむ。そう言えば、君は今回の使徒戦の顛末を、まだ知らないのだったね」
「え…ええ。あの後、何時も通りダークネスが参戦して、その一部始終を放送したんでしょうが、
生憎とマッハで飛ぶ戦闘機の中でTVを見られるほど器用じゃないもので」
「では、結果だけを語ろう。
弐号機は使徒との交戦中に大破。赤木博士の見立てでは、修復はまず不可能。
直すよりも新しく作った方が簡単なくらい、手の施し様が無い状態らしい。
セカンドチルドレンもまた、弐号機を失った事で、多大な心理的ダメージを負っている事だろう。
そんな彼女の心の傷をケアするのが、君の仕事であり、現在の最優先事項だ。
無論、タダでとは言わない。成功の暁には、他の二つの任務を掛け持ちするのに目を瞑ろう」
冬月の補足説明に、かえって混乱する加持。
一体、何時からネルフは、こんな人道的な組織に鞍替えしたのだろうか?
ひょっとして、外ン道………じゃなくて、ゲンドウが居なくなった所為で浄化された?
いや、いくらなんでも無いだろう、それは。
「………この際ですから単刀直入に聞きますが、その命令を実行する事で、一体、どういうメリットがあるんですか?」
仕方なく、直球勝負で尋ねみる。
そう。弐号機が失われた以上、アスカが生贄の子羊となる可能性は、ほぼゼロになったと言って良い。
おまけに、表向きの理由でも、もはや戦力外。となれば、もはや彼女に拘る理由は何一つ無い筈なのだ。
それなのに何故?
「では、私も単刀直入に答えるとしよう。私は私の身が可愛いからだよ」
「はい?」
「知っての通り、セカンドチルドレンは、エヴァに固執する様に仕向けて育てられた少女だ。
これは、エヴァとのシンクロ率を高めるのに有効なので用いられた教育方針だが、
それと同時に、イザという時、その心を砕くのに都合が良いというい理由で行なわれていた」
困惑する加持を尻目に、語りに入る冬月。
仕方なく、前後の事情確認を兼ねて、それを一通り聞く事にする。
内容は極めてブラックなものだが、目の前の初老の男は、何故かとても嬉しそうな顔。
そう言えば、元は大学教授。案外、この手の説明をしたくてウズウズしていたのかも知れない。
「今が正にそうした状況。おそらくは、その自我意識は崩壊寸前の状態にあるだろう。
だが、肝心の弐号機が既に無い。或いは、再建造する事も可能かも知れないが、前後の状況から見て、弐号機のコアが無傷である可能性は甚だ低い。
そう。セカンドチルドレンの乗機は、エヴァでありさえすれば良いという物では無い。
本来の目的を果す為には、イザという時、彼女を守れるスペックを引出せる、惣流=キョウコ=ツエッペリンが眠る物でなくては意味が無いのだよ」
そんな事をつらつら考えている間も、冬月の講義は続く。
胸中で、それを吟味する。その内容は、これまでの調査に合致するし、推論自体も的を得ている様だ。
「極論するならば、既にセカンドチルドレンの存在意義は失われたと言っても良いだろう。
本来ならば、このままドイツ支部に送り返すのがベストと思われるのだが、
事もあろうに、彼女の父親であるラングレー司令官自身が、今回の敗戦に関する査問会を開く事を求めてきている」
あの似非紳士の言いそうな事だな。
舌打ちを堪えながら、胸中でそう毒づく。
正直、妻と娘の七光りで出世した癖に、自分を偉いと思い込んでいるかの司令が、加持は好きにはなれなかった。
もっとも、彼のネルフでの役職は、その好きになれない御仁の使い走りなのだが。
「それなりに筋も通っている要請ゆえ、頭から無視する訳にもいかない。
だがこれは、平たく言うならば、此方の都合で戦いを強制した少女を、よってたかって小突き回そうという話。到底、納得してくれそうも無い人物が居る」
と、此処で冬月は話を切り、期待に満ちた顔に。
その物欲しそうな雰囲気に負け、加持は合いの手を入れた。
「真紅の羅刹ですか?」
「その通りだよ。
幸い、彼とセカンドチルドレンとは面識が無い故、この件を秘密裏に強行する事自体は難しくない。
だが、彼は義侠心溢れる性格であり、と同時に、此処には彼の愛弟子が、サードチルドレンとして予備役ながら登録されている。
査問にかけた挙句に自我崩壊に追い込んだとなれば、まず間違いなく激怒するだろう。
そして、彼を敵に回すという事は、ネルフ本部の壊滅と直結してしまう。それも物理的かつ短時間でだ」
一気に残りの部分を捲し立てる冬月。
昔とった杵づか。教鞭をとっていた頃を彷彿させる、中々の話術である。
だが、彼の情熱と話の内容は、加持に伝わっていなかった。
「兎に角、まずはセカンドチルドレンのメンタルケアに全力を尽くしてくれたまえ」
「判りました」
神妙な顔で拝命する加持。
だが、その胸中における本件の優先順位は甚だ低かった。
三足の草鞋は伊達では無いのだ。そんな瑣末な事までやっている暇なんて無い。
まして、真実に近付く為、トラブルは寧ろ歓迎する所。仮に冬月取り越し苦労が図に当ったとしても、上手く立ち回る自信はある。それが、彼の見解だった。
無論、これは、あらゆるリスクを回避する事に腐心すべき現実のスパイにあるまじき選択である。
なまじ優れた才能に恵まれたが故の甘さ。プロに徹しきれないのが、加持という男の最大の欠点だった。
そんな擦れ違ったままの会見が終了した数時間後。
冬月が、セカンドチルドレンと弐号機の残骸の返還を公式に要請すべきかどうか熟考し始めた頃、
シュッ
唐突に、ネルフ本部の資材搬入口上空にロサ・フェティダが登場。
外部スピーカから流れる掛け合い漫才と共に、前回の様な手順で、一つのパラシュート付きコンテナを投下する。
ドスン
遠隔操作によってコンテナの中身が顕に。
そこには、弐号機の残骸と小さなブレハブハウスがあった。
『本日も、ミラクル宅配便をご利用頂きまして有難う御座います。
またの御指名を、スタッフ一同、心よりお待ちして………って、今回はツッコまないのかよシンゴ』
『ああ、もう諦めた』
漫才じみたアナウンスを残し、飛び去ってゆくロサ・フェティダ。
それと入れ替わりになるタイミングで、受取人たるリツコが現場に到着した。
「(ハア〜)酷いものね」
コンテナを前に嘆息する。
正直、弐号機のダメージは予想以上だった。
これでは修理など夢のまた夢。中のコアすら絶望視される程の致命的な損壊だった。
もっとも、此処までは想定の範囲内。寧ろ、最悪の事態だけは回避できた事を喜ぶべきだろう。
そう。目の前のケレンミたっぷりな演出が、パイロット達の無事を教えてくれているのだ。
早速、死地から生還した二人を出迎えるべく、プレハブのドアに手を掛ける。
だが、そこで彼女の動きは止まった。
背後から聞えた保安一課の面々が立てた撃鉄を上げる音が、己の職務を思い出させたのだ。
自分は、彼女達を拘束に来たのだと。
逡巡するリツコ。正直、二人に。特に、アスカに掛ける言葉が無い。
おまけに、自分は断罪する側の人間なのだ。
これでは、何を言ってもおためごかしにしかならないだろう。
ガチャリ
と、リツコが迷いを払えずに立ち尽くしている間に、ドアは内側から開かれ、真っ赤なブラウスを纏った、赤み掛かった金髪の美少女が現れた。
「随分と熱烈な歓迎ね」
向けられた無数の銃口を睨みつけながら、不敵な軽口を叩く少女。
その姿は、彼女が良く知るセカンドチルドレンそのもの。
傲岸不遜なまでに、惣流=アスカ=ラングレー以外の何者でもなかった。
「それで、手錠は必要かしら?」
理解出来ない。一体、誰なのよコレは?
予想外の事態に、更なる混乱をきたすリツコ。
その口ぶりからして、此方の意図は察している。
つまり、現実逃避はしていない。弐号機が破壊されたのを認識しているという事だ。
にも関わらず、何故、彼女は絶望しないのか?
それ所か、本来なら庇護されてしかるべき相手に銃を向けられて尚、『撃てるものなら撃ってみろ』と言わんばかりの堂々とした態度。一体、何故?
自問を繰り返すが、答えの糸口さえ掴めない。
その間に、問題の少女は、保安部員の一人に拘束され『ミサトなら、中でまだ寝てるわよ』と言い残し去っていった。
「………何故、ミサトの拘束に向かわないの?」
苛立ち紛れに、保安部員の一人に聞いてみる。
かえって来た言葉は、少女の立場の理不尽さを物語るものだった。
「拘束命令が出ているのは、命令違反を犯したセカンドチルドレンのみです」
沈痛な顔でそう語る保安部員。
彼自身も納得はしていないらしく『彼女の拘束は、ドイツ支部司令からの命令です』と、小声で裏事情をそっと教えてくれた。
どうやら、敗戦の糾弾をしたい彼の人としては、アスカに余計な知恵を付けさせないつもりの様だ。
内心、呆れ果てる。
確かに、既に彼女は本部所属となっている。
だが、だからと言って。実の娘を矢面に立たせてまで、本部の失態をあげつらいたいのか、あの男は!
ガタン
「ミ〜サ〜ト!」
簡素な応接セットが整えられたプレハブ内に突撃し、ソファーで惰眠を貪っていた親友の胸倉を引っ掴む。
半ば八つ当たりだが、コレを起すのに手加減は無用だ。
「(ムニャムニャ)もう食べられない………」
「ああもう。暢気にステロタイプの寝言なんて言ってる場合じゃ………」
「………のシンちゃん? 仕方ないわね、私が食べてあげる」
「誰も捻れと言った訳じゃないわよ!」
そんなこんなの奮闘の末、再起動を果したミサトに事情を問い質す。
それによると、敗戦中に気絶。目が覚めたら此処に居たとの事。
アスカの異常性についての情報は、何一つ得られなかった。
そんな事だろうとは思っていたが、予測通りの展開に舌打ちするリツコ。
だが、今はそれに構っていられない。
返す刀で、此方の事情を説明する。
そう。幸いにも、アスカがアスカのまま帰って来てくれたのだ。
それを、組織のエゴで潰されるのを座して見ている訳にはいかない。
「確かに、査問会だから、いきなり実刑判決が下される事はまず無いわ。
だけど、向こうの狙いが本部の糾弾である以上、これはもう最悪の形式ね。
軍法会議と違って弁護人をつけられない分、心無い悪意に直接晒される事になるもの」
「そ、そんな………」
理不尽極まりない現状を聞かされ愕然とするミサト。
父親を失って以来、家族愛を神聖視する傾向の強い彼女にしてみれば、到底許容出来ない話である。
此処は当然、お得意の激昂を、
「兎に角、明日の査問会に出席出来る本部の人間は、同じく被査問席に座る貴女だけなの。
判るわね! 死んでもアスカを守りなさいよ!」
しようとした出鼻を挫かれる事に。
そう。彼女の親友は、彼女以上に、この件に激怒していたのだ。
「……………ハイ」
シオシオと力無く頷く。
もはや、事はアスカの将来だけで無く、己の生命にも関わっているのだと悟り、冷水を浴びせられたが如く背筋が寒くなるミサトだった。
〜 翌日。相田邸、ケンスケの私室 〜
特殊な機材を用いて、指紋認証と各種パスワード入力をパス。
パソコンが立ち上がると同時にデータの吸出し作業を行なう。
だが、これが上手くいかない。どうやら二重に。それも、かなりやっかいなセキュリティシステムを組んであるらしい。
所詮は子供と侮っていただけに内心チョッと驚きつつ、必要と思われる情報をその場にてチェックする。だが、
「なんだこりゃ」
思わずそう呟く加持。
それもその筈、苦労して開いたフォルダの内容は、重度の軍オタとカメラ小僧を足してそのまんまにした様な内容。
バレたらチョッと問題となりそうな機密部分を写した各種軍事兵器の写真と、あからさまに盗撮風な、彼の通う学校の女生徒とおぼしき少女の写真で一杯だったのだ。
それでも、これがフェイクである可能性も否定出来ない。
一応、HDにあった物は総て検査ツールに落としつつ検証。画像データも一つ一つ確認する。
それは、一言で言えば玉石混淆だった。
他愛無いものからグレーゾーンのもの。果ては、おもいっきり真っ黒なもの。
これから調査しようと思っていたネルフの極秘情報や、ちょっと好みのタイプな女教師の丸秘映像まで入っていた。
色んな意味で興味深い情報に、しばし時を忘れてそれらを見入る。
そして、窓から夕日が差し込み始め、この部屋の主がバイト先から戻る時刻が迫ってきた頃、
「You get mail」
いきなり、回線を繋いだ訳でもないのにメールが送られてきた。
不審に思いつつも、一応、それも確認する。すると、
『3・2・1。ドッカ〜ン、わ〜い。なぜなにダークネス特別編集版』
軽快なメロディと共に、SD風にディフォルメされた白衣の美女とマントを纏った少年のアニメ画なアイキャッチが現れた。
『はい、今回は特別版。とある人物の為だけに作成された非公開映像よ』
『凄いや。正にコレクターズアイテムですね、イネス先生』
そして始まる某教育番組風の映像。
『という訳で、一ヶ月程前から、葛城ミサトは無遅刻無欠勤と優等生な出勤状態にあるの』
『わあ。零夜さんって、本当に凄い人なんですね、イネス先生』
『ええ。でも、流石の彼女も、最近はちょっと苦戦気味。
葛城ミサトが、元の重役出勤を始めるのも、もう時間の問題でしょうね』
その内容は、彼が良く知る女性の生態だった。
思わず頭を抱える。だが、再生を中止しようとしても、ロックが掛かっているらしくてプログラムを中止出来ず、番組は順調に進んで行く。
『あれあれ。エビちゅだけじゃなくて、今度はブランド物を買い漁ってますよ。大丈夫なんですか、イネス先生?』
『うん。良い質問ね、カズヒロ君
確かに、葛城ミサトは、いまだ減棒中。あと3ヶ月間は30%の給料カット状態にあるわ。
でも、各種手当てが増えたし、食費を始めとする生活費がまるまる浮いているから、懐があったかなのよ』
『それじゃ、3LDKの官舎は、今や丸々物置なんだね』
無論、この映像の意図は判る。
自分がダークネスの関係者である事を明かしつつ、これ以上踏み込んでくるなら容赦はしないという意味だと。
だが、それでも。それも、自分自身が頼んだ情報なのだが、
「勘弁してくれ」
見るに耐えないかつての恋人の醜態の数々に、思わず涙する加持だった。
その頃、加持から一本先取したケンスケは、
「お〜い、ごはんだよ」
芍薬の103号室。日暮ラナの私室にて、副業であるホームヘルパー業に勤しんでいた。
「う〜ん。あ〜と〜35秒〜」
「いや、そこまで細かく定刻に拘らなくったって。とゆ〜か、たった35秒でも寝ていたいわけ?」
「わ〜た〜しと、35秒以上〜、戦う〜自信ある〜?」
「なるほど。こりゃ俺が悪かった………って言ってる間に時間だよ」
お腹が空いてても面白い〜、お腹が一杯ならなお面白い〜
かくて流れ出す、オープニングのBGMと歌声。
それに合わせ、ラナはむっくりと万年床から起き出し、ケンスケの用意したほかほか弁当の箸を取った。
『イズミです。リョーコやアカツキ君と比べたって、それほど劣った腕じゃなかですのに、私には模擬戦参加のお呼びが掛からんかったとです』
「それにしても、どの辺りが気に入ってるのコレ?
俺には、何度聞いても、どこが面白いのか判らないんだけど?」
「別に〜、好きとかじゃ〜なくて〜、単に〜、従姉妹が〜、出てるから〜、視聴率稼ぎ〜」
TVを見ながらの世間話。
一見、極普通の食事風景に見えるが、実はコレ、偏にケンスケの努力の賜物だったりする。
ぶっちゃけて言えば、ラナがこれほど多弁になる相手は、対外的には従姉妹という事にしてある姉妹達を除けば、彼一人だけなのだ。
『イズミです。昔、トリオを組んでいた娘の一人が、美味しいポジションをゲットしたとです。彼女の登場シーンを観る度に、羨ましくて、思わず涙が出ます』
『イズミです。本編に入って以来、ずっと裏方で出番待ちをさせられているイツキさんよりはマシだと思って、自分を慰めています』
「従姉妹って、コッチじゃないよね?」
ふと気になって、ケンスケは、気だるげなBGMに合わせて愚痴風味な漫談をボソボソと語る、スーツ姿の女性を指差した。
「え〜と〜、弟子の方〜」
「ふ〜ん、あの可笑しな喋り方をする金髪さんの方か」
と言っている間にも番組は進み、イズミが画面から一時退場。そして、
『フ〜〜〜ォ! どこからルックしてもハード・レズで〜す!』
ボンテージルックに身を固めた金髪の女性が、微妙な動きで腰を振りながら登場してきた。
「随分と〜、芸風変わったね〜 遠い〜、親戚の〜、お姉さん」
「従姉妹じゃなかったの?」
「チョッと〜、距離を〜、おきたくなったの〜」
話の合い間にムシャムシャと弁当を頬張りながら、ふと、路傍の小石の如く、頭から無視されていた頃に思いを馳せる。
そう。こんな風に、ラナが自発的な会話をしてくれる様になったのは、ごく最近の事なのだ。
『嗚呼、大分打ち解けてきたんだなあ』と、胸中にて感慨に耽るケンスケだった。
〜 二日後、ネルフ本部にある官舎の一室 〜
「やれやれ、やっと終ったか」
あてがわれた私室のベットに倒れ込みながら、思わずそう愚痴る。
不満はあったが、たった三日で。それも、事実上の放逐程度で済んだのだ。御の字だと自分を慰める。
ストレスは臨界点にあるにも関わらずこの静けさ。
これまでなら、私室に致命的なダメージを与える様な癇癪を起こしていたアスカとは思えない、実に大人な対応である。
そう。母親との邂逅を果たした事で、彼女は変わったのだ。
余裕の生まれた今の視点から見れば、あの査問会は茶番そのものだった。
取り分け、議長席に座る自身の父親が、小賢しくも中立に徹し、口撃は取り巻き共に任せる様には、失笑を堪えるのに苦労したものだ。
実際、アレは本部の失態に、大喜びで付け入っただけの事。
ふって湧いた幸運に飛びついただけで、自分で何かを画策した訳じゃない。
前後の状況が見えていない御粗末な追求が、それを証明している。
嗚呼、愛すべきかな我が父親よ。
極東の悪魔とまで呼ばれた碇ゲンドウなどに比べれば、彼の人は善良な男で通るだろう。
もっとも、『善良』の部分には秋○透先生の小説の如く『小物』とルビが入るのだが。
兎に角、査問会は終った。
下された判決は、パイロット職の解雇だった。
以前ならば、発作的に自殺していたかも知れないが、今となっては、どうでも良い事。
もはやセカンドチルドレンの座でさえ惜しくない。
頭くらい、いくらでも下げてやる。どうせタダだし。
くだらないプライドになんて、しがみ付いてる場合じゃない。
自分には、やらねばならない使命があるのだ。
この、ママから貰ったペンダントに誓って!
「アスカ〜、居る〜?」
と、気分が盛り上がってきた所で、それに水を差す絶好のタイミングでミサトが来訪してきた。
出来れば居留守を決め込みたかったが、この部屋は監視されているだろうから意味が無い。
舌打ちしつつも、これを出迎える。
「何よミサト? 中学校への編入の話なら了承したでしょ。正直、時間の無駄以外の何物でもないとは思うけど」
「いやその………」
「ああ。本部への各種条件の方?
それを飲んだのはアタシじゃなくてアンタ。それの相談なら、自分の上司とやってくんない?」
「そうじゃなじゃくて………その、落ち込んでるんじゃないかな〜って」
機先を制され、シドロモドロにそう宣うミサト。
その言葉に、一瞬、この三日間、散々足を引っ張られた事を忘れる。だが、
「アタシの心配なんてしている暇があったら、自分の心配でもしたら?
査問会で言われた事を忘れたの? 今度ボロ負けしようもんなら、確実にクビよクビ!」
声を荒げつつ、追い出しに掛かる。
そう。これ以上、この女を見ていたくない。
「(フウ〜)またやっちゃったか」
ミサトが去った後、先程の態度は大人気なかったと反省しつつ、ゴロンとベッドに横になりながらその理由を反芻する。
いまだミサトを前にすると、どうしても感情の爆発を抑えきれないのだ。と言うのも、あの夢の中で………
『えっ!? ア…アタシとミサトが姉妹!?
そんな………そんなの嘘よ。嘘だと言ってよ、ママ!』
『そうね。概念的には、姉妹と呼ぶのは暴論でしかないわ。
でも、生物学的にはそうじゃない。貴女達は、葛城教授の父とする異母姉妹よ』
『なんで…なんでなのよ!?』
前置き無しの爆弾発言に、呆然としつつも詰問する。
だが、返ってきた言葉は、さらに衝撃的だった。
『理由? う〜んと………まあ、色々あるんだけど。
ほら、私とアスカちゃんのお父さんって、政略結婚だったもんだから、夫婦仲が至って疎遠だったし。
おまけに、彼ったら結婚前から愛人がいたものだから、実は夫婦の営みが全然なかったからというのが、最大の理由かな?
でもって、『どうせ作るなら最高のものを』と思って、精子バンクの管理システムをハッキングして一番良さそうなものを選んだら、
南極に旅立つ前に登録していたらしい葛城教授のものだったという訳なのよ』
あっけらかんとそう宣うツェッペリン博士。
ちなみに、精子バンクとは、望めば誰のものでもくれる訳では無い。
不妊治療や将来の家族計画の為に登録しておくものであって、一部のものを除けば、登録者とその家族以外は引き出せない事になっているのだが………
まあ、この辺は、言うだけ無駄だろう。
『そんな、くだらない理由で………ふざけないで! アタシは…アタシはママの人形じゃ無いわ!』
『勿論よ』
『え?』
『確かに、私は私の自己満足の為に貴方を産んだ事は否定出来ないわ。
でも、それは最初の切っ掛けに過ぎないの。
貴女は、私の持てる技術と知識の総てを注ぎ込んだ最高傑作。
そして、それがハッキリと娘に。自分以上に大切なものに変わるまで、さして時間は掛からなかった………』
ハッキリ言って、思いやりの欠片も感じられない自己中な理屈だ。
思わず耳を塞ぎたくなる。だが、不思議と心に染み渡ってくる。
そう。いまだ13歳の身であるが、似たような孤独を知っているからこそ判る。
目の前の女性が。自分の母親が、誰か愛するという事にどれほど餓えていたのかが。
『生まれてきてくれて有難う、アスカちゃん。
私は、貴女の御蔭で人間に。母親になる事が出来たのよ』
だからアスカは、そう言って自分を抱きしめる母の手を振り解く事が出来なかった。
(姉妹と名乗れとは言わないわ。でも、お姉ちゃんを見捨てないであげて。彼女は復讐に囚われているだけなの………か。
まったく、ママも無理難題を押し付けてくれたものだわ。まあ、自分に出来ない以上、アタシに期待するしかないのも判るけど)
回想を終えると同時に、胸中でそう愚痴る。
気分転換を兼ねて、シャワーでも浴びる事にする。
シャー(キュッ)
「ふう」
軽く身体を洗った後、鏡に映った己の姿を見詰めてみた。
我ながら見事なプロポーション。以前は、やや胸のボリュームが足りないと感じていたが、今思えばこれくらいで充分だろう。
14歳という年齢を考えれば豊かな方だし、あまり大きくなり過ぎても、将来ママの様に(ゴホンゴホン)いや、その。
と…兎に角、『アスカちゃんこそは、私の最高傑作にして本当のファーストコー○ィネーター。
先天的な能力に溺れた挙句、自分の置かれた立場さえ理解出来ずに自滅した、どこかのトッチャンボウヤなオッサンなんてペペペのペエよ』
と、ママが豪語するだけあって、自分の身体は実にハイスペックだ。
御蔭で、ダイエットや一夜漬けの試験勉強と言った、俗な苦労とは無縁でいられた。
まあ、さも嬉しそうに自分の設計図とその後の成長記録を見せられた時には流石に凹んだが、これまで無意識に教授してきた恩恵を考えれば充分黒字だと思う。
そんな事をつらつら考えながら、一頻りポーズを取った後、いよいよ本命。
ママから『生身では無理よ』と言われていたが、念の為、自身の切り札が使えるが否か試してみる。
右手に意識を集中する。
収束されてゆく力の脈動。それが限界まで高まった所で、
「やっ!」
気合一閃、一気に解放つ。
だが、あの夢の中で過ごした日。ママの前では自在に使えた絶対無敵の紅き盾は、現世に顕在する事は無かった。
「やっぱ無理か〜」
判ってはいた事だが、これでイザという時、自分の身を守る手段が無い事が確定した。
故に、早急に味方を作らなくてはならない。そして、その第一候補者はミサトなのだが………
「(ハア〜)足を引っ張られるだけよね、多分」
御免ねママ。せめて最初の一人はアテになる相手にさせて。でないと、身動きがとれなくなれそうだから。
胸中にてそう謝罪した後、アスカは、もう一度シャワーを浴びて汗を流すと、その日は早々に床に着いた。
〜 翌日。ネルフ本部の赤木ラボ 〜
バタン
「大変よリツコ!」
「ふ〜ん。それで、一体どうしたの?」
いきおいこんでやって来た親友に、気の無い合いの手を入れる。
当然ながら、ノートPCで報告書を作成している手は片時も休んでいない。
ミサトの『大変』は、もう耳にタコが出来ているリツコだった。
だが、そんな彼女をして、
「アスカが退舎届を残して出ってちゃったのよ!」
今回のコレはシャレにならなかった。
「そんな! パイロット登録が抹消された時でさえ、欠片も動揺しなかったあの娘が何故!?」
それどころか、それとなく聞き出した話を総合するに、査問中、目の前の親友が飛ばす失言の尻拭いまでしていてくれたらしい。
これまでのアスカならば、考えられない事………
まさか、己の人格すら見失うくらい情緒不安定だったの!?
嗚呼、私は馬鹿だ。これを『弐号機が無くなった事で憑き物が落ちた』等と楽観視していたななんて。
「それで、原因の目星くらいはついているんでしょうね?」
胸中で激しく後悔しつつも、リツコは冷静さを装って実務レベルの話を行なう。
そう。今は暢気に己の所業を悔いている時じゃない。あの娘の無事を確保する事が先決だ。
「それがね。ほら、査問中、痛くも無い腹を探られまくってたでしょ。それも、実の父親に。
チョッち心配だったもんだから、アスカの私室の監視カメラの映像を見せて貰ったんだけど、どうも様子がおかしかったの」
「なるほど、最初から兆候はあったのね。それで、貴女はどうしたの?」
「うん。それで、さっき会った時、『なんか悩みがあるんでしょ?』って問い質したら、すっ呆けるもんだから
『嘘おっしゃい。昨日、風呂場の鏡の前で、似合いもしないセクシーポーズをとったり、額に青筋浮べてウンウン唸ったりしてたでしょ?』って言ったら、
何故か『信じらんない、そこまでやる普通!』とか怒鳴り出して、気付いたら私の目を盗んで、そのまま外に出ってちゃったのよ」
「そこまでやれば当たり前よ!」
思わず、声を限りに絶叫するリツコだった。