【アキトの平行世界漫遊記D】




オオサキ殿が住まう2199年より、3500年以上も昔の古代中国。殷王朝黎明期の時代。
とある山岳地にて、現在、私が憑依し、その身体を修復中の武道家が、アキト氏を相手に身の上話を語っていた。

「あの頃、私には戦友が居ました。
 共に殷の将軍職にあり、名前を朱氏。
 私より四つ程年上の女で 私と彼女の力は互角でした。
 それ故、私は生涯、彼女と剣を交え競い合う事を望み、朱氏もまた、それを望んでくれました」

「そ…そうなんだ。凄いプロポーズのセリフだね」

「プロポーズ? ああ、求婚の事ですか。生憎、私と彼女は、その様な間柄ではありませんが?」

「……………」

絶句するテンカワ氏。私としても、二の句が繋げない。
嗚呼、上には上が居るものだ。

「ですが、3年程前、王の目に留まった朱氏は、将軍職を辞して第二妃なりました。
 彼女は、さほど美しくはないし、年齢も嵩んでいたのですが、明るく生命力に溢れたしなやかさがそれを補い、魅力的に見せていたのでしょう」

「そ…その発言は、チョッと問題だと思うんだけど?」

いや、まったく。
だが彼は、アキト氏の言葉に、不思議そうに首を捻るのみだった。

「王都に輿入れする日、私は彼女に尋ねました『もう剣は持たないのか?』と。
 『剣は捨てない。自分は戦場でも王の右に居て、一緒に戦う野蛮な妃になる』彼女はそう答えてくれました。
 朱氏は王妃となっても朱氏なのだと知り、少しだけ、その言葉に救われた気がしました」

暫しの逡巡の後、彼はテンカワ氏の問いをスルーし、再び話を続けだした。
諦め顔で黙って拝聴するテンカワ氏。私もまた同様の心境だった。

「その日から、私と彼女の道は違う方向を向かう事になり、それ以後の私は自分を見失っていました。
 朱氏と共に殷を守り戦ってゆくという目標が消えた所為で、何をして良いのか判らなくなっていたのです」

「目標が無いって………それじゃあ、あの無茶苦茶な修行は?」

「あれは修行などと呼べる様なものではありません。
 心に掛かった靄の様なものを振り払う為の無様な足掻き。お恥ずかしい限りです」

そんな理由で、死に至るような荒行をおこなったのかね、君は。
私が甦生させた直後も、全身の4割以上が壊死を起していた程。
いやもう、何と言ったら良いのやら………

苦渋に満ちた顔で押し黙るテンカワ氏。
おそらくは。自身の過去と重ね合わせているのだろう。
だが、テンカワ氏と彼とでは、基盤となる思いが違う。
己の夢と愛するものを、理不尽な理由で奪われたという経緯こそ似た部分が少なく無いが、彼にはその自覚すら無いのだ。
まして、ユリカ嬢を取り戻す事だけを考えていれば良かったテンカワ氏とは異なり、
王都に乗り込んで朱氏をさらって逃げるという選択肢は、己の夢の否定に。
守ると誓った筈の故郷、殷の動乱の引き金となってしまうのだ。

「ですが、それも過去の話。
 貴方に窮地を救われ、その類稀なるお力を拝見した御蔭で、一つの道が見えてきた気がしております」

「道?」

「はい。もはや、朱氏と肩を並べて戦う事は叶わぬ夢。
 ですが、私が戦い続ける事で殷を守る事は出来る」

「…………それで良いのかい?」

「はい。元よりこの身は、殷の礎とせんと定めたもの。
 身勝手な話で申し訳ありませんが、無明のまま散った筈のこの命。
 そして、御指南頂いたこの力を、本来の使命に使わせて貰います」

そう言って、深々と頭を下げる武道家………後の世の聞仲氏。

さて。暫くこの地から離れていた読者諸氏の為に、此処までの状況を掻い摘んで説明させて頂こう。
と言っても、此処までの流れから、既におおまかな部分はご理解して貰えたと思うのだが。
ともあれ、彼の口からこの決意の言葉が出た事で、此処での因果修復は終了した。

本来ならば、あの荒行によって強大化した氣の扱い方が判らず、自滅するしかなかった所なのだが、
テンカワ氏の尽力によって、既にその制御法の初歩を習得済みである。

これによって、聞仲氏は仙人としての第一歩を踏み出し、300年後、殷の最強の守護者として殷周革命に臨む事になる。

読者諸氏にあっては、その結果を知るが故に、義憤に駆られるやも知れないが、これも歴史の流れにおいて必要な過程。どうか、ご理解頂きたい。

ん? この波動は………そうか、オオサキ殿が再びやってくれたか。
聞仲氏の肉体の修復も終っている事だし、早速、テンカワ氏を転移させるとしよう。

   シュッ

さて。次の転移先は……………よ、よりによってあのお方! しかも、既に絶体絶命!

テ…テンカワ氏! 早急に幼き日のあの方の窮地を救ってくれたまえ。
くれぐれも粗相の無い様に! それと、今回ばかりは、その身の女癖の悪さを発揮しない様に!
嗚呼、因果律の関係から、私如きでは、これ以上あの方に近づけない〜!
どうか…どうか頼みましたぞ、テンカワ氏!

今にも己を消滅させそうな不安を抱えつつも、私はテンカワ氏を送り出した。
そして、事此処に至り確信した。
もはや疑う余地が無い。彼はもう………嗚呼、オオサキ殿には、何と言って詫びたら良いのやら。
ともあれ、この次元においてはアークと呼ばれるあやつめの身柄を確保せん事には話しにならない。
この因果律の大幅な狂いは、あやつが原因なのだから。

取り急ぎ、私は2199年へ。オオサキ殿の下へと向かった。