〜 翌日。第三新東京駅のホーム 〜
実の所、その立地条件や人員数に比して、ネルフ本部に設置されている洗濯設備の数は極端に少ない。
と言うのも、当初の試算の甘さからか、本来の予定人員の5倍近い職員が、常時本部に詰めているからだ。
使徒戦に突入して以降の。
『畜生、今日も徹夜か〜』『オメエはまだマシさ。俺なんてもう三日連続だぜ』と言った整備員達の愚痴が珍しくも無くなった現在では、軽く10倍を越えるかも知れない。
当然ながら、各部署から度々改善要求が出ていたのだが、それが通る事は無かった。
その理由は、設備設置の際に工事作業員を装ったスパイの進入する可能性がある為。
同様の理由から、クリーニング業者を雇うという選択も却下されている。
だが、それが表向きの。体裁を取り繕う為の建前である事は、多少頭の回る職員にとっては公然の秘密。真の理由は、そんな予算が無いからだった。
此処数ヶ月の間に、先進国の年間国家予算の何倍もの資金が投入された組織とは思えない、なんとも世知辛い話であるが、これは紛れも無い事実である。
エヴァの修繕費の工面だけで精一杯。職員の生活水準向上の予算を組む余裕など無いというのが、冬月司令代理の偽らざる本音と言ったところだろうか。
いずれにせよ、日々発生する大量の汚れ物は、運良く帰宅出来た際に、地上のクリーニング業者やコインランドリーに持ち込む事で対処されている。
そんな訳で、とある環状リニア内では、マ○クリーニングや美○館といった大手チェーン店のロゴの入ったビニール袋を下げたネルフ職員の姿など珍しくも無い光景だった。
偶々ホームで居合わせたリツコ、マヤ、シゲルの三人もまた、御多分に洩れず、白衣や制服の詰ったそれを持参していた。
数分後。やって来たリニアに乗り込むリツコ達。
その車内に、日経新聞を読み耽る冬月を見付け挨拶を。
「あら、副司令。おはようございます」
「「おはようございます」」
「うむ、おはよう」
少しだけ新聞から顔を上げ、挨拶を返す冬月。
「今日は早いんですね」
「ああ。これから評議会の定例で上の街だよ。
市議選も近いとあっては、出席しない訳もいかなくてね。
いやもう、身体が幾つあっても足りん。これでMAGIがなかったら、お手上げだな」
「そう言えば、もう選挙運動期間中でしたね、市議選」
「困った事にその通りだよ」
回りを取り巻く厳しい状況からか、世間話のつもりが、ついつい愚痴まじりに。
そんな冬月の窮状を察してか、『いずこも同じね』と胸中で嘆息しつつ、彼同様、やや暗い顔となるリツコ。
「あの。どうして、市議選が『困った事に』なんですか?」
と、此処で、敬愛する先輩の顔を曇らせた事を抗議する様に(ゲフン、ゲフン)じゃなくて、今の話に付いてこれなかったらしいマヤから、何気ない質問が。
「って、マヤちゃん。新聞とか読んでる?」
「私、そんな暇ありません(泣)」
世情を知らない事を窘めるシゲルに、今にも泣き出しそうな顔になるマヤ。
そう。彼女は、この使徒戦によって最もワリを食った職員の一人だった。
その激務たるや、もう殺人的。昨日の様に自宅に帰れたのは、ほぼ一ヶ月ぶりな程である。
と言っても、隔週ペースとはいえ一日休暇が貰える分だけ、年中無休で多忙な冬月やリツコよりはマシだったりするのだが。
「えっと。本来ならば、前任者を引き継ぐ形で、その後継者と目されている高橋
ノゾム議員が、無風で当選する筈だったんだよ。
でも、何故か療養中の西園寺防衛長官の奥方が、急遽立候補してきてね。
しかも、結構な支持を獲得。今やドッチが勝つかは、蓋を開けるまで判らない接戦になっているんだ」
「御蔭でアチコチで一悶着あってね。それに比例して、私の雑務も増えているという訳だよ」
顔にオドロ線でも出そうな雰囲気のマヤにビビリつつ、シゲルが、しどろもどろに状況説明を。
それを受け、冬月が問題点を語った。
「なるほど、そうだったんですか」
感心した顔で、コクコクと頷くマヤ。
「まったく、どういうつもりなのやら。
此処の施政は、事実上すべてMAGIの仕事。市議会など、その決定に従うだけの形骸に過ぎないと言うのに」
「そうですね。3台のスーパーコンピューターの多数決による合議制。
良く言えば、無駄が少なく効率的な。悪く言えば、最もドラスティックな民主主義体制とも言うべき此処第三新東京市の市政事情を、
件の西園寺さんが理解してくれると良いのですけど」
その可愛らしい仕草につられてか、冬月とリツコの口から、つい本音が。
だが、その『利権を求めるのであれば、おかど違いな地区だ』という言外な批評は、マヤには伝わらなかった。
「ああ、そっか。カスパー、パルタザール、メルキオールによる三権分立。
そう考えれば、MAGIはその基本設計自体が、きちんと民主主義の基本に則った採決システムですよね」
と、再びコクコクと頷いた後、
「凄い! 流石は世界最先端の技術を誇る街、第三新東京市。まさに科学万能の時代が生んだシャングリラですね!」
少し興奮気味に、そんな事を熱く語るマヤ。
だが、普段なら場を明るくする彼女の天然な仕草も、冬月達の微笑を誘うには至らなかった。
機せず、『科学万能』とう言葉に、三人揃って虚しさを覚える。
そう。彼等の胸には、目の上のタンコブな人物が。科学などでは到底御し得ぬ、大災害の化身と言うべき某赤毛の教師の不敵な笑顔が浮かんでいた。
〜 10時間後、司令代理の執務室 〜
碇ゲンドウのそれとはまた違ったベクトルな西園寺まりい女史の押しの強さに辟易しつつも、幾つかの案件の折衝は、予定より早めに無事成功。
かくて冬月は、久しぶりに、ゆったりと夕食を摂る事が出来た。
「うむ、美味い」
只の仕出し弁当。それが、心のあり方一つで、こうまで美味くなるものなのか。
そんな感慨を抱きつつ、ふと彼は、部屋のPCを弄ってTVを付けてみた。
無論、そんな習慣などは。贔屓の野球チームやドラマがあるわけではない。
言ってみれば、心の空白が生み出した衝動。大学教授をやっていた頃の様な猥雑さを、無意識の内に求めたのである。
『マーベリック、マーベリック、夢のマ〜ベリック〜』
「おや、そう言えば」
苦笑と共に、今日の曜日と時刻を再確認。
日付の感覚が無くなる生活なので忘れていたが、今日はダークネスによる週一の海賊放送の日だった。
「(モグモグ)今頃は、赤木君も一息吐いている時分かな?」
現在放送中の7番組は、当然ながら参考データとして全て保存している訳なのだが、その内の一つで、たしか『なぜなにダークネス』とか言う番組が、彼女の贔屓だった筈。
そして、これは『メイド部隊のテレビ投資信託』とか言ったか?
と、食事を続けながら、そんな事をつらつらと考えている間にも、画面内では、メイド姿の三人娘による他愛無い前フリのトークが終り、商品の紹介部分に。
『………と言うわけで、今回ご紹介す商品は、無作為に詰め込まれました証券セット。名付けて『メイド部隊の福袋』。
7月24日の今日現在の資産価値は、販売価格の最低でも2倍。最大で、なんと5倍以上。日頃の御愛顧に感謝して、赤字覚悟の大サービスで〜す♪
(ホントは先日の資産凍結の煽りでダブついてる銘柄の叩き売りなんですけど、黙っていれば判りっこないですよね)』
『って、黙ってね〜だろオマエは!(バシッ)』
それを言ったら御終い的な失言を洩らした、一番派手な格好をした縦ロールの娘を、三人のリーダーらしき金髪の娘がハリセンでド突く。
その隙に、ウエーブの掛った黒髪の娘が補足説明を。
『なお、総ての商品に、あの伝説のラ○ブドア株をお付けして。
更には、抽選で1名様に、姉○設計事務所が手掛けた一戸建て住宅を、土地の権利書付きでプレゼントさせて頂きます』
『おお、これは凄い! まさにコレクターズアイテム&超豪華プレゼントですね。
(と言っても、大暴落して紙切れ同然な株券と、売れれば結構な値とはいえ、転売の難しい欠陥住居なんですけど)』
『って、ハッちゃんのフォローを無にしてんじゃね〜!(バシッ)』
『ううっ、酷いですエクセル先輩。ミルクが裏番組に引き抜かれちゃった穴を埋めるべく、カスミはこんなに頑張ってるのに〜
(とゆ〜か、この番組自体が、カスミの人気でもってる様なものですよね。先輩ってば、やっぱりカスミの人気を妬んでるんだ)』
そんな、コントの様な調子で商品(?)の紹介がなされていく。
それをつらつら眺めながら、もの思う。
正直、発想自体は面白いと思う。
昔、冬月が極普通の大学教授をやっていた頃などは、株券とはとても高価なものだった。
特に、N○T株や国債だのといった著名な投機対象は、1口が300万円から500万円はしたもの。それも当時の金額でだ。
それが、今や数口がセットの福袋で5万円。昨今のPC並の価格破壊である。
肝心の内容も、そう悪くはない。
色々あって株価が不安定な時期ゆえ、大暴落して紙切れ同然に銘柄も少なくないだろう。
だが、それだけに当たればデカイ。少々高価な宝くじとでも割り切るならば、配当率はかなり高い筈である。
無論、彼自身は、性格的にこういう博打的なものに手を出す気にはなれない。
だが、絶えず新たな市場の開拓に挑み続ける、かの会社のこうした営業努力(?)は見習うべき点が少なくないと思う。
「ウチも、何か考えるべきかも知れないな」
使徒戦以来、超赤字経営に苦しんでいる所為か、ふと、特務機関の司令代理らしからぬ事をアレコレと思索する冬月だった。
その結果……………
〜 翌日。午前9時、リツコのラボ 〜
「えぇぇ〜〜〜っ! スカーレット・トマホークを使っちゃ駄目!?」
その日、親友の下を訪れたミサトは、彼女自身の執務室とは比べようも無い清潔度を保っている(シンジの上げた戦果は既に食潰されている)
応接セットのテーブルを叩きつつ絶叫した。
そう。リツコから申し渡された通達は、彼女にとって到底許容出来ないものだった。
「どうしてっ!?」
「予算が無いからよ」
「そんなの聞いていないわよ!」
「そんな訳ないでしょ! ほとんどのエヴァ関連の報告書に記載されている事だし、何より、私が何度その事を貴女に話したと思っているのよ!」
逆切れ風に叫び出したリツコの剣幕に言葉を詰らせるミサト。
何せ、最近では会う度に挨拶代わりに『予算が無い』と言われ続けていただけに、流石の彼女も『私は知らなかった』とは主張し難い様だ。
そして『先立つものが無い』という状況下では、幾ら駄々を捏ねても、どうにもならない事も『一応』理解している。
「具体的には、どの辺りが拙いの?」
そんな訳で、荒ぶる感情をどうにか押さえ込むと、ミサトは作戦部長っぽくタフな交渉の道を選んだ。
「スマッシュ・ホーク一本の製作費が、ソニック・グレイブの約15本分な所よ。
ついでに言えば、前者の作成にはレア・メタルが使用されている関係から、この格差は更に広がる可能性が高いわね」
つまり、『そんなバカ高い物を、使い潰すのを前提にするな』ってことか。
胸中でそう呟きつつ、その主張を『仕方なく』認める。
「多少性能落ちても構わないから、廉価版的な物は作れないかしら
あの技は、対使徒戦のメインウエポンにと考えていた物なの。
実際、破壊力は折り紙付きでしょ? 無茶を言ってるは判るけど、『使うな』と言われても『はい、そうですか』って、ワケにはいかないのよ」
そして、それを前提にした上でスマッシュ・ホークの重要性を語り、リツコのゆさぶりに掛る。
そう。まずは相手の妥協点を探る事が、交渉事のキモなのだ。
これは、その道のプロであるカヲリちゃんに教えて貰った事。間違い無い。
「無理ね。アレは叩き割る事を目的とした武器よ。充分な強度と重量がなければ意味が無いわ。
いえ。そもそも、現状でさえ強度が足りていないでしょ? それを更に削ったりしたら、今度は当たった瞬間に砕けるわよ」
「ソニック・グレイブの技術を流用出来ないの?」
「もっと無理よ。
プログレッシブナイフにリーチを付ける為のだけの。
しならせて衝撃を逃がす事を前提にしてる、強化グラスファイバー製のソニック・グレイブの柄とでは設計思想からして全然違うわ」
「いっそ剣状にするとか?」
「(ハア〜)貴女ねえ………縦横と厚みのある斧の刀身でも無理なのに、細長く引き伸ばしてどうするのよ。
単に、黎明期の西洋剣の様に、ポキポキ良く折れるだけの欠陥品になるだけじゃない」
そろそろ苦しくなり、場当たり的なってきたミサトの言に嘆息した後、リツコは淡々と問題点を指摘。
「ついでに言っとくけど、日本刀みたいに細身でも耐久力をある物は、もっと無理だからね。
刃筋を通す事が前提な、あの刀身の粘りをエヴァサイズで再現したら、自重だけで『ヘの字』に曲がるわよ」
更には、次のセリフを先回りしての立て板に水な反論に、八方塞がりとなるミサト。
え〜と。こういう場合は………『確約を避け、どちらとも取れる言葉でお茶を濁して戦略的撤退。後日、有効なカードが手に入ってから再挑戦』か。
「判ったわ。それじゃ、この件はアスカとも相談してみるわね」
リツコの目に触れない様に、さりげなく手帳に書かれたアンチョコを頼りに方針を決定。
ミサトは、相棒を出汁に話しを打ち切った。
「………まあ良いわ」
らしからぬ引き際の良さに不審を覚えつつも、それに応じるリツコ。
無論、何となく物足りなさを感じている訳ではない。ええ、決して。
「それで、アスカは? たしか、今日から夏休みだから、もう来ている筈よね」
「来てないわよ。何でも今日は、『人生の関サバ』だとかで、午前中は学校だって」
学校? とゆ〜か関サバってナニ?
予定が狂った事にやや憮然としつつも、その理由を摸索する。
………ああ。そう言えば、あの娘、『なんでアタシが赤点なのよ!』とか『このままじゃ命に関わるわ。とゆ〜か既に絶対絶命?』とか言って、この二〜三日ずっと騒いでいたような。
「ひょっとして『人生の関ケ原』の間違いじゃないの?」
「ああ、そうソレ。なんか知らないけど、今朝なんて『人生五十年〜』とか言いながら、零ちゃんの伴奏でトウジ君と敦盛を踊ってたわよ」
「…………そう」
最高学府って、一体なんなんだろう?
既に大学を卒業している筈の二人の体たらくに、そんな疑問を胸に覚えるリツコだった。
〜 4時間後 とある歩道 〜
「うん。手応えはバッチリ。少なくとも、3教科全部50点は固いわね」
そんな、苦労して予測問題を編集したカヲリが聞いたら泣くかも知れない事を自慢げに語りつつ、
戦いを終えたアスカが、友人達を引き連れて意気揚々と家路についていた。
「羨ましいのう。わしなんて、もう不安で不安で。
何とか足切り点(公立中学なので、学年平均から20点下の点数)を超えてくれてへんと、マジに命が。つ〜か、平均点高過ぎやで、今回の英語」
その隣を歩くトウジが、アスカの言に応じる。
今、二人は稀有な深さで判り合っていた。
周りの人間が会話に入り辛いくらい、独特な空間がそこには生まれていた。
「にしても、とうとう最後まで来なかったわね、ウミの奴。やっぱ、向こうで死んだのかしら?」
「せやな。何せ敵前逃亡やしのう。
もっとも、わしにはアイツがアッサリおっ死ぬ所なんて、と〜て〜想像できへんのやけど」
「アハハッ、そりゃそうね」
ほがらかでありながら、何気に物騒な。
死を日常として受け入れている戦人っぽい会話を続けるアスカとトウジ。
そこへ、その毒を薄めるべく、ケンスケが強引に乱入。
「いや。俺が聞いた話だと、例の超スパルタらしい授業に出席『だけ』はしたんだけど、
最初の10分くらいで音をあげて教室から逃亡。そのまま、向こうの食堂に就職していた親戚のツテを頼って追っ手を振り切り、現在もなお行方を晦ましてるらしいぜ」
「そうなんか。いや、相変わらずダイナミックな人生送っとるのう、アイツ」
「ってゆ〜か、その根性と行動力を、なんで勉強に生かせないのかしら?」
前言撤回。単にトリオと化しただけだった。
そんなこんなで、さりげなく距離を取りつつ後ろを歩くレイとマユミが(ケンスケ同様、教え子の付き添い)を置き去りに、何気なく三人が交差点を渡ろうとしていた時、
ヴオヴオヴオ〜〜!
キキキッ〜〜〜ッ!
『皆様に愛される西園寺まりい、西園寺まりいを宜しくおねがいしま〜す!』
その鼻先を、街中にも関わらずタイヤを抉る様な四輪ドリフトで曲がってきた選挙カーが。
ビビった三人組みを尻目に、お約束な選挙宣伝をドップラー効果で残しつつ走り去った。
「って、ドコに目を付けてんのよ! 市長を目指してるクセに信号も守れない………アレ?」
激昂するも、徐々に尻すぼみに。怒りよりも先に疑問が込み上げて来るアスカ。
それもその筈、彼女が見上げた信号機は、青、黄、赤、のいずれも点灯していなかった。
〜 同時刻。ネルフ第二実験場の管制室 〜
「主電源ストップ! 電圧0です!」
「リツコ………アンタ、とうとう何かヤッたわね」
「そんな訳ないでしょ! 私の所為じゃないわよ、コレは!」
薄暗くなった管制室内の目という目が集中する中、非常灯の照明を真横から浴びつつ、必死に己の無罪を訴えるリツコ。
だが、奇しくも『彼女がスイッチを押した直後に停電』という状況証拠もあってか、その言葉を信じる者は、愛弟子であるマヤも含めて、その場に存在しなかった。
「まあ、ヤっちゃったものは仕方ないとして」
「って、何を言ってるのよ、ミサト。私は無実だって言ってるでしょ!」
「はいはい。もうそれで良いから、チャッチャと復旧させてくれないかしら?
済崩しに犯人に確定され、流石のリツコも焦る。
実は、思い当たるフシがゼロで無いところが、その焦燥を助長。
結果、有効な反論を紡ぎ出す事が出来ない。
と、その時、
プルルル〜
「(ガチャ)はい、赤木です。……………なんですって!」
天の助けとばかりに、非常回線の受話器を取るリツコ。
だが、告げれられた凶報に、更に顔色を失う事に。
そう。停電は此処だけでは無く、ネルフ本部全体と、その直上の都市部にまで及んでいたのだ。
〜 同時刻。ネフル発令所 〜
ネルフ全域をカバーする発電設備のシステムダウン。
当然ながらその余波は、心臓部とも言うべき発令所にも及んでいた。
もっとも、こうした不測の事態への備えは万全。
MAGIによるシミュレーションを元に、その為のマニュアルだって用意されている。
そんな訳で、すぐさま冬月はそれを指示した。
だが、返ってきた青葉シゲルからの報告は、明らかに想定外な。この停電が、何者かによって周到に仕組まれた計画的なものである事を証明するものだった。
「駄目です! 予備回線に繋がりません!」
「そんな馬鹿な! 生き残っている回線は!?」
この異常事態に、流石の冬月も焦りを隠せない。
司令塔最上部から身を乗り出しつつ、下に向って声を張り上げる。
「全部で1.2%! 2567番からの旧回線だけです!」
「生き残っている電源は、全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ!」
「全館の生命維持に支障が生じますが!?」
「構わん、最優先だ!」
かくてネルフは、久しぶりに絶体絶命の窮地に陥った。
「このジオフロントは、外部から隔離されても自給自足が出来るコロニーとして作られた。その全ての電源が落ちるという状況は理論上あり得ない」
数十分後。リツコ達が合流し、復旧作業を開始。
そんな静かな喧騒に満ちた発令所の中、蝋燭の明りに照らされた冬月が言わずもがなの事を口にした。
「誰かが故意にやったという事ですね」
丁度、マヤへの指示を終えたリツコが、それから導かれる事を確認するように応えた。
「目的はおそらく、此処の回線の調査。復旧ルートから本部の構造を推察でしょうね」
「そんな所だろうな」
「取敢えず、MAGIにダミープログラムを走らせます。
ある程度の情報流出は避けようもありませんが、全体の把握だけは困難になるでしょうから」
「頼む」
かくて、別系統からその作業をすべく、踵を返し発令所を去るリツコ。
「本部初の被害が、使徒では無く同じ人間の仕業とは。なんとも、やりきれんな」
その後ろ姿を見送った後、冬月は溜息混じりに愚痴を漏らした。
だが、此処で『所詮、人間の敵は人間だよ』と応える筈の髭の司令官は居なかった。
代わりにシゲルが、
「やだなあ司令代理。初体験の相手は葛城さんッスよ」
と、彼が忘れてしまいたかった古証文を。
三ヶ月以上前の、ミサトの初号機初搭乗の顛末を持ち出した。
苦笑をもって、それに応える冬月。
ちなみに、初の人的被害は第三使徒戦のドサクサに誘拐されたゲンドウだった事は、二人共、素で忘れていた。
〜 再び、交差点のアスカ達 〜
プルルル〜 プルルル〜………
「(チッ)ビンゴか。やっぱ、ヤバめなアクシデントがあったみたいね」
十数回に及ぶコール後も繋がらない携帯に、舌打ちするアスカ。
あり得ない事だけに、焦燥感が募って行く。
「どういうこっちゃ?」
「ここ第三東京市は使徒迎撃都市。万一に備えて、ライフラインの類は、正、副、予備の三系統から同時に電力供給されているのよ。
リツコやミサトがどんなバカをやったとしても、それが全部同時に落ちるなんて事は、まずありえないわ」
トウジの問いに、いまだ灯りの付かない信号機を指差しながらそう答え、
「おまけに、チルドレン専用の非常回線まで繋がらない。
これはもう、本部で何かあったとしか………ジャージ、北斗先生に連絡とって!」
アスカは、最悪の事態を想定して動く事に決めた。
「って言われても、わし、携帯持ってへんし」
「これを使いなさい!」
「いや、別に自分で掛ければイイんや………」
「早・く・す・る!」
それが出来れば苦労はしないわよ!
胸中でそう絶叫しつつ、メンチを切ってトウジをどやし付けるアスカ。
そう。北斗の行動は、感情によって多分に左右される。
それ故、アスカ自身が掛けた場合、『そうか。まあ、頑張れや。(ガチャ)』という事になりかねないのだ。
「わ…判ったわい」
『ナニも、そない青筋立てて怒らんでもエエやろに』とボヤキつつ、北斗に連絡を入れ出すトウジ。
その手付きからして、携帯の扱い自体には慣れがある様だ。
それもその筈、中一の頃は。半年ほど前に父親に取り上げられるまでは、彼は暇さえあればイジっていたクチなのである。
その顛末は、本編とは全くの無関係ゆえ割愛するが、取り敢えず『アダルトサイト』とだけ言っておこう。
『皆様に愛される西園寺まりい、西園寺まりいを宜しくおねがいしま〜す!』
「(チッ)また、さっきの選挙カーか」
数分後、少し先の駄菓子屋の前で。指定した待ち合わせ場所に近付いてくる選挙放送に舌打するアスカ。
だが、先程同様、無意味なまでの高スピードで通り過ぎると思われたそれは、急速接近と共に目の前に停車。中から北斗が現れた。
「な、な、な、何で北斗先生が選挙カーなんかに乗ってるのよ〜!」
「浮世の義理だ」
驚愕するアスカに『相変わらず五月蝿いヤツだな』と言わんばかりの一瞥をくれた後、
「それより、一体何の用だ?」
北斗はトウジにそう尋ねた。
だが、彼の弟子には、それに答える余裕が無かった。
その目は、選挙カーの上のお立ち台に居たウグイス嬢に釘付けだったのだ。
「オ…オマエ、そないな趣味があったんか?」
「違うよ!」
声を限りに絶叫する、一見、美少女風な少年。
それは彼の親友、碇シンジの変わり果てた姿だった。
「……………(プハハハッ)」
そんなこんなで数分後。ネルフ本部へと向かう車内にて、アスカは、なおもピクピクと身体を震わせ、声にならない笑い声を上げている。
その姿を憮然とした顔で見詰めるシンジ。
「何も、そんなに笑わなくったって………」
「大丈夫。私にとっては、その姿の方が好意に値するわ」
「綾波さん、僕には君が何を言ってるのか判らないよ」
「心からの賞賛よ。さあ、その姿をもっと良く見せて」
そんなレイの慰めの言葉も、彼の傷心を癒すには至らなかった。
幸か不幸か、鏡を前に『こ…これがボク』とか呟く様なメンタリティの持ち合わせは、シンジには欠片も存在しなかったが故に。
「そもそも、何でそんなフザケタ格好をしてるのよ?」
更に渋面となったシンジに、漸く立直ったアスカがそう尋ねる。
「この私が、彼の才能を見初めてスカウトしたからよ」
「んでもって、シンジがコレのゴリ押しに負けて承諾しちまったもんだから、保護者として俺も付き添っているという訳だ」
それに答えたのは、彼女の向かいの席に座る美貌の熟女と北斗だった。
思わず『って、止めて上げなさいよ、この不良教師!』と突っ込みそうになるアスカ。
だが、良く考えてみると、同じ状況に居合わせたら自分も悪ノリしそうな気がしたので、敢えてスルーしておく。
「だいたい契約違反ですよ、西園寺さん。最初は選挙応援の『声だけ』って約束だったのに(泣)」
「何を言ってるのよ、シンジ君。
たしかに、最初に惹かれたのは、独特の響きを持った貴方のその緒方恵○ボイスだけど、
折角、中性的な顔立ちをしているのに、それを生かさない手は無いでしょ」
ついには泣き言を言い出すシンジを叱咤する、美貌の熟女改め西園寺まりい。
その態度は、正に倣岸不遜。無意味なまでに、自信に満ち溢れていていた。
さて。此処で、西園寺まりいサイドの、此処までの経緯について少々語らせて頂こう。
事の起こりは、今日の午前10時頃。ここ連日の無茶なスケジュールによって、車とその運転手の双方がダウンした事に始まる。
これが学生時代であれば『この軟弱者!』と、ヒステリーの一つも起こしていただろうが、そこは歳の功。
丁度、ビジネス街だった事もあり、すぐさまレッカーサービスと代車を。
運転手にも謝罪や労りの言葉と共に、それなりに高額な見舞金を持たせ、救急車を手配した。
そんな差し当たってのフォローを終えた後、打開策の模索に入る。
と、その時、何故か古川○志夫ボイスで、
『どうしたの、おじょ〜さん?』
声のした方へと振り返ると、二十代後半位のやたら軽そうな雰囲気の男が、美人ウグイス嬢(21)を口説いている所だった。
原色バリバリなスーツ姿という非日常的な格好ゆえ、素で街中に立つのを恥かしがっていた彼女だったが、
彼の猛アタックを前に、そんな事を気する余裕は無くなっている様だ。
『ある意味、凄い度胸ね』と感心しつつ、レッカー車が来るまでの暇潰しがてらに何となく眺める。
だが、これは人事では終らなかった。
『何か御困りの様ですね、マダム。俺で良ければ相談に乗りますよ』
なんと彼は、ウグイス嬢に脈が無いと悟るや、今度は自分を口説き出したのだ。
正直、呆れ果てる。頭から無視して立ち去りたい所だが、今は此処を動く訳にはいかないし、何より、この手の馬鹿は、下手に扱うと後で間違いなく祟る。
この辺は、学生時代に培った経験が教えてくれている。
そんな訳で、話を合わせて素性を聞き出してみたところ、彼の名は鷲爪マサキ。
『日夜、下は20歳から上は50歳の美女達に、博愛主義のなんたるかを教え説く愛の伝道士』にして、
昨今急成長を遂げている証券会社マーベリック社の『重役出勤中の運転手』らしい。
挙句の果てに、『どうです、このまま二人で海の見えるホテルでランチなど?』などと、既に無断欠勤する気マンマンな事を言い出す始末。
ハッキリ言って、勤務意欲は限りなくゼロに近いとしか思えない。
こんなのを何故クビにしないのか?
自分の経験から導き出される答えは一つだった。
普段は全くの役立たずだったとしても、手放すには惜しい人材だという事だ。
『そうねえ。ランチはまた今度という事にして、チョッと私の仕事を手伝ってくれないかしら?』
そんな経緯で、彼女は代理の運転手をゲット。その結果は驚くべきものだった。
『目立つ様に、なるべく派手な運転をして頂戴』という此方の注文に200%で応えるドライビング。
呆れた事に、お立ち台の上でアナウンスを行うウグイス嬢の足元を揺らす事無く、
失速寸前まで速度を落とした直線ドリフト(直線上でドリフトに持ちこみ、車体のフロント部が曲がる方向を向いた状態のままコーナー侵入する技)を選挙カーで実行するという、
某とうふ屋のオヤジも真っ青な公道パフォーマンスを、コーナーの度に………じゃなくて交差点の度に連発して見せたのである。
正に嬉しい誤算と当初は喜ぶ西園寺さん。だが、この技には致命的な欠陥があった。
お立ち台に立つウグイス嬢は、所詮一般人。
それ故、いくらコップの水が零れないくらい安定していたとしても、目まぐるしく変わる風景に三半規管が持たなかったのだ。
かくて、『もう許して』と、涙と涙以外の物で顔を濡らしながら懇願するウグイス嬢の訴えを前に、どうしたものかと打開策を模索していた時、
『こんの馬鹿弟子が〜! 折角の特訓が、まったく実を結んどらんじゃなか!』
『無茶言わないで下さいよ、北斗さん。
三日間プール掃除をしたくらいで、水で濡らした半紙を破らずに歩くなんてトンデモ武道マンガみたいな事、出来る様になる筈が無いじゃないでですか〜』
『言い訳するな未熟者! ええい! 矢張り、俺の教え方は甘過ぎる様だな。今後は、もっとシメていかんと』
『うわ〜〜〜っ! それだけは…それだけは勘弁して下さい〜〜〜っ!』
目の前の、学校のプールらしき施設から、そんな素敵なやりとりが。
『コレだ!』と思い、ただちにスカウトを。
結果は上々。思惑通り、厳しい鍛錬を積んでるだけあって、ウグイス嬢が10分で悶絶した激務も難なくこなしてくれている。
まあ、相手が男の子だったのは誤算だったが、選挙演説の要である声質はかなり良いし、充分使用に耐えるルックスなので問題なし。
何より、今にも泣きそうな彼の倒錯した姿を愛でるのは楽しいし。
そんなこんなの約3時間後。
西園寺さんが、趣味と実益を兼ねた選挙運動を行なっていた所へ、トウジからの連絡があったという訳である。
「良いこと! 古来より、選挙というものは『ウケれば勝ち』なのよ!」
(((嗚呼、第三新東京市の未来は暗い)))
それを言ったらお終いなセリフを躊躇いも無く力説する西園寺さんを前に、機せず、胸中でそうハモるチルドレン達だった。
〜 15分後。ネルフ本部、第七ルート入り口 〜
バキッ
非常時における緊急マニュアルに従い、手動開閉式のドアを『必殺! 選挙カーブレイク』で強引に押し通り、
「にしても、ホントに良かったんですか、まりいさん? ゲートを打っ壊しちまって」
「当然よ! 国防の要の一つであるチルドレン達への助力を惜しむなんて選択肢、私には無いわ」
「さいですか。まあ、デートの約束さえ守って貰えれば、俺的にはそれで全然OKなんッスけど」
なんて、チョッとズレた会話をする美貌の熟女と軽薄ナンパ男を前に、
『協力なんて求めるんじゃなかった』と、アスカが後悔しまくっている間にも、チルドレン達を乗せた選挙カーは、ネルフ本部へ向けて順調に驀進した。
だが、鷲爪のクレージーな技量を持ってしても、車体の幅よりも狭い道は流石に通れない。
送っていけるのは此処までである。
「え〜と。色々言いたい事もあるけど取り敢えず棚上げして………ご協力感謝します」
虚ろな瞳のまま、棒読み口調で感謝の意を示すと、『義理は果した』と言わんばかりな態度で、アスカは振り返る事無く先へと進み出した。
その後ろへ、『さよなら』『じゃあな』と、更に素っ気無く述べたレイと北斗が続く。
そして、そんな彼女達とは質量共に比較にならない感謝の言葉を。
継いで、協力の約束を途中で放り出す事を謝罪したシンジが、既に後ろ姿が見えなくなっていた三人の後を駆け足で追っていった。
台風一過。辺りを静寂が支配する。
「さ〜て、帰って選挙活動を続けないと」
一瞬の虚脱から立直ると、わざとらしい口調でそう宣う西園寺さん。
しかし、相手はそれで誤魔化されてはくれなかった。
「シンジ君抜きで、どうやってですか?
ひょっとして、俺をお払い箱にして、普通の運転手とウグイス嬢を臨時で雇いなおしてですか?」
「い、いやその………」
始めて見るシリアスチックな言動に言葉を詰らせる。
「良いんですよ、俺は。ただ、その胸で泣かせて貰えさえすれば!」
その隙を狙って、擬態を捨てギャクモードへ。ルパンダイブを敢行するマサキ。
だが、不二○ちゃんでもなければ美○令子でもない一般人(?)な彼女では、その野獣の様な動きに対応出来そうにない。
『やられる』と反射的に目を瞑る西園寺さん。
………
……
…
何時まで経っても、予想された衝撃はやってこなかった。
恐る恐る、目を開けてみる。すると、
「まことに失礼。私共の所の社員が、とんでもない粗相を致しました」
そこには、慇懃に謝罪してくる、いかにも安サラリーマンといた感じの七三分けの男が。
その足元には、首がチョッぴり不自然な方向に曲り、口からイイ感じに泡を吹いて転がっているマサキの姿があった。
「え…え〜と?」
「暫く。あいや、暫く。何も仰らずに。仰らなくても判ります。
ですが、どうかこの件は御内密に。他言無用に願いませんか?」
状況が理解できない西園寺さんの恐る恐るな問い掛けを、芝居がかった仕種で制すと、
「無論、タダでとは申しません。
甚だ些少ではありますが、気持ばかりの慰謝料を御用意させて頂きました。どうか、御笑納下さいませ。
そして、今日の事など一刻も早く忘れて。
間違っても、『この馬鹿の所在をどうやって特定したのか?』とか『どうやって、此処までやってきたのか?』等という些細な疑問なんて、お持ちにならない様に。
この通り、伏してお願い致します」
土下座せんばかりの勢いでペコペコ頭を下げつつ、小振りなトランクを差し出してくる七三髪の男。
その勢いに飲まれて、つい受け取ってしまう。
すると、彼はパアッと顔を綻ばせ、
「有難う御座います、西園寺様。
それでは、お嬢様を(ゴホン、ゴホン)じゃなくて、上司を待たせていますので、私はこれで。
次にお会いした時は初対面という事で。くれぐれもお願い致しますよ」
そう言って、再度ペコリと頭を下げた後、七三髪の男は、マサキの身柄を引き摺り去って行った。
呆然と、その後ろ姿を見送る西園寺さん。
数分後。我に帰り、運転代行サービスの依頼を始めとする各種の手配を。
そして、好奇心から件のトランクを開けてみる。
そこには、一千万円の現金と、贈与税等の税処理を済ませてある事を示す何通かの書類が同封されていた。
「ラッキー、これで足が出ちゃった選挙資金の穴埋めが出来るわ」
トラブルに対応すべく、次々と人材の取り替えっこをした末に財を掴む。
チョッとした藁しべ長者な、西園寺まりい市長候補だった。
その頃、カスパー、パルタザール、メルキオールの三台が設置されている、MAGIコントロールルームでは、
「んじゃリツコ、後を頼むわね」
「え? どこへ行くのよミサト」
唐突に部屋から出て行こうとする親友に不審を覚え、問い質すリツコ。
『此処だけは空調が効いているから』という理由で、猫の手どころか明らかな足手まといにも関わらず、MAGIの回線変更作業に参加。
その挙句、先程まで折りたたみ式の椅子にグテ〜と座り込み『出来ればソファーが欲しい所よね〜』と愚痴っていたミサトが、
既に全面サウナ風呂と化している外へと出ようというのだ。
彼女ならずとも、首を捻る行動だろう。
「エヴァの発進準備を進めておくのよン」
「どうやって? いえ、それ以前に何故?」
更に訳が判らなくなり、つい、らしからぬ脊椎反射的な問いを。
そんなリツコの質問に、自分でも自分の行動の理由を良く判っていなかったらしく、暫し沈思黙考した後、
「え〜と。発進の方は、緊急用のディーゼルを使って手動で。
何故そうするかと言えば………なんとなく、『使徒が来そうな気がするから』かな?」
イマイチ自信無さげに、ミサトはそう返答を。
それでも、止めるつもりはないとばかりに、サッサと部屋を出て行った。
「ううっ。チョ〜あつ〜い(泣)」
その僅か五秒後には、泣き言を言い出すミサト。
だが、実際に行動を起こした事によって、胸の中のモヤモヤは明確な形を取り始め、いまや彼女の中では『これで正解だ』という確信が生まれていた。
「(パシッ)さ〜て、一丁やりますか!」
両頬を自分で叩いて気合を入れ直すと、ミサトは足早にゲージへと向かった。
そう。ネルフが誇る作戦部長は、自身の親友とは真逆のベクトルに特化された存在。
故に、外部情報が完全に遮断された状態にも関わらず、日々磨かれている野生のカンだけで、己の宿敵の来訪を予期していたのだった。