【アキトの平行世界漫遊記F】



此処は幾億千の亡者達が住まう黄泉の国。
だが、彼等が放つ濃密な陰気すら圧倒する鮮烈な神氣が、今、放たれた。

「我、万殺万生の理を体現せんとする者なり! 今、此処に、一刀万殺を現さん!」

七星剣によるその凄烈なる剣舞には、第7階梯の精神生命体である私ですら圧倒されるものがある。
本来、武具などという無粋な物は、あの方が持つには相応しくないのだが………
この圧倒的な破邪の法を前にしては、その様な事、もはや口の端に上せる事すら出来はしない。

「我、今、一刀にて万物を殺めたり!」

裂帛の気合を込めた七星剣が振り下ろされる。
その圧倒的なまでの荒魂の奔流を受け、黄泉の国の総ての命が。
既に亡者となった者達の魂魄さえもが死に絶える。
世界は色を失い、あの方の剣舞の音だけを残して、絶対なる静寂が辺りを包み込む。

「我が殺めし総ての命よ、蘇れ!」

再び振り下ろされた七星剣の極限まで高まった清冽なる和魂を受け、虹が天空を染め、登る事なき地平に日の光が。
今、この死者の国にあってなお、総てのものに生命が宿る。
かくて、此処に万殺万生の儀は成った。
これにより、今、黄泉の国に居る者は、亡者であると共に生者の特性も備えている。
いずれは生気を使い果たして元に戻るのだろうが、初期の目的を果たすには。
伊邪那岐命(イザナギノミコト)殿が伊邪那美 命(イザナミノミコト)殿を連れ戻そうとした折の悲劇を避けるには、これで充分だろう。

「我、今、一刀万殺、一刀万生を得たり!」

その宣言を終えた後、流石に荒い息を吐かれる各務様。
テンカワ氏が、その身体を支えようとする。
だが、あの方はその手を振り払い、

「貴方には、他に成さねばならない事がある筈です」

そう諭すと、『私との約定、お忘れ無き様に』と言い残し、その場を去った。
その後ろ姿は、神々しいまでに厳然とした……そして哀しいものだった。
かつて己の中の神と崇めたテンカワ氏を拒絶し、苦言をも呈せねばならぬその胸中は、如何許りか。
私に涙腺が在ったならば、きっと滂沱していた事だろう。
彼と再会し、その目的に力を貸す際にかわした御言葉、

『人に迷惑を掛けるのがそんなにお嫌なら、今後は自分を守る努力をなさって下さい。
 私は、恩人の窮地を前に、何も出来ない様な人間にはなりたくありませんので』

敢えて冷たい態度を取られ、盲目的な庇護や信頼など甘えと変わらないのだという事を諭された、各務様の御心情。テンカワ氏には、何所まで伝わっただろうか?
……………まあ、多くは望むまい。
ともあれ、此処から先は、テンカワ氏よりも寧ろ夏樹氏の仕事。
彼が一条氏を連れ、上手く黄泉比良坂を渡りきってくれる事を祈るとしよう。

おっと。今の話だけでは、何の事だか判らないだろうね。
それでは、暫くこの地から離れていた読者諸氏の為に、此処までの状況を掻い摘んで説明させて頂こう。

今回の転移先は、前回より80年程の年月が経過した京の都。
その地にて、各務様に何もしてやれなかった事を悔み落ち込むテンカワ氏。
彼の呟きを漏れ聞くに、唯一の慰めは、万一に備え、あの方に携帯用食料(一粒で一食分)をあるだけ持たせておいた事だけと言ったところの様だ。
なお、全くの余談なのだが、この事は後の世にてとても役立った。
彼の渡したそれが、天上界を旅する際にあの方達の命を繋ぐ糧となるのだが、これはまた別のお話である。

そんなこんなで、傷心のテンカワ氏は、フラフラと近くの寺を訪れ、奇しくも小角殿が見せた方便の様な構図で、各務様の幸せを祈願。
そこへ、今にも死にそうな顔をしていた彼を心配して、(テンカワ氏の服装は、先の村で用意して貰った故、それほどTPOから外れた物ではない)
帝の蔵人(天皇の側で働く者の事)を務める、大江夏樹(おおえのなつき)氏が声を掛けてきた。
御人好しを絵に書いた様な彼の人徳に引かれ、気が付けば事の一部始終を残らず話してしまうテンカワ氏。
そう。呆れた事に、自分が未来人である事を含めて一切合切をなのだよ。

だが、これをテンカワ氏の非とするのは些か酷だろう。
何しろ相手は、女性と見れば見境なしな彼をも凌ぐ豪の者。老若男女貴賎を問わずな人誑しなのだから。
………些か偏見が入った様な気もするが、大筋では間違っていないだろう。(汗)

ともあれ、そんな夏樹氏の口利きにより、テンカワ氏は、彼の親友である陰陽師、一条氏の所に厄介になる事となった。
そこへ至るまでの会話を聞くに、先の身の上話の内容はほとんど理解出来なかったが、
そのニュアンスから、彼が異邦人であり、あおえ氏(役目をしくじって冥界から追放された馬頭鬼)の様に、人界に修行に出された口だと判断したらしい。
ある意味、全くの間違いでは無いところがミソである。(苦笑)

それから10日程の間は無難に。
あおえ氏と式神達が常駐している為、物の怪屋敷として名高い一条氏の屋敷に更なる箔が付く事になりはしたが、
テンカワ氏の基準で語るのであれば、実に平穏な日々が続いた。
だが、そんな矢先。あおえ氏と共に留守番をしている中、とある事件に巻き込まれ、一条氏が死亡したとの知らせが舞い込む。
親友を失い、失意に暮れているだろう夏樹氏を慰めようとするテンカワ氏達。
だが、予想に反し、彼は落ち込む所か、途方も無い事を計画している真っ最中だった。
なんと、冥界へと赴き一条氏を連れ戻してくると言うのだ。

自分でさえ無茶だと思う様な事を言い出す夏樹氏に呆れるテンカワ氏。
だが、目の前に(元)地獄の極卒がいる以上、可能性が零でない事に気付くと、一転、自分もその企てに手を貸すと言い出した。
この辺が、テンカワ氏のテンカワ氏たる由縁。義侠心に厚いと賞賛すべきか、規則や倫理観よりも感情を優先させ過ぎだと諭すべきか悩む所である。

いずれにせよ、原典では夏樹氏一人にも勝てなかったものが、二人掛りの説得に勝てる筈も無く、

『夏樹さん、なんだか怖いっ。いつもの優しい夏樹さんじやないっっ』

と、蒼い浄眼にポロポロ涙を零しつつ、
鳥辺野の六道珍皇寺の涸れ井戸(実は冥府に続いている、鬼達が使う現世への通用門)の封を解き、冥府へと案内させられる、あおえ氏。
今は亡き一条氏では無いが、彼は本当に地獄の馬頭鬼なのだろうか?
思わずそんな疑問を覚えざるを得ない光景だった。
ともあれ、そんな過程を経て、冥界へと赴くテンカワ氏達。
そこで彼等は、運良く一修験者として完成の域にまで成長した各務様と出会う。

その氣に打たれ、各務様が自分など及びも付かない様な高みにいる事を知って、驚くテンカワ氏。
各務様もまた、テンカワ氏が、別れた時とまったく変わっていない事から、かつて天上界を旅していた時、帝釈天によって示唆された事が事実であると悟られた御様子。
かくて、あの方の長すぎた初恋は終わりを告げた。そして、

失敗する筈だった一条氏の救出も、各務様が夜魔殿(閻魔大王)に話しを通された御蔭で、
夏樹氏と一条氏が、昨今問題となっている反魂の術(死者を現世に召喚し、仮染めの生を与える術)を使用する術者を捕らえる事を条件に、
特例として認めて貰える事になった。

後は、冒頭で述べた通りの展開という訳なのだよ。

ん? この波動は………そうか、オオサキ殿が再びやってくれたか。
此方の方も、丁度、夏樹氏が黄泉比良坂の途中で"つい"後ろを振り返ってしまい、
亡者モードの一条氏に叱責されるイベント(勿論、各務様の秘術の加護がなければ、伊邪那美 命殿の故事と同じ事になっていた)が無事終了した所。
早速、テンカワ氏を転移させるとしよう。

   シュッ

さて。次ぎの転移先は…………… 鞍馬寺か。
となると、次ぎの修復内容は、天狗殿の代わりを務める事だろうな。
何と言うか、いきなり平凡になったというか………少々不安を煽られるくらい幸運な内容だね。
この反動で、2199年の方で良くない事が起こっていなければ良いのだが。

そう言えば、半年ばかり前に、次元の狭間で擦れ違った同僚の●●●●が、何やら深刻そうな波動を発していた様な………
いや、きっと考えすぎだな、うん。
アークめの事例から、私は少々疑り深くなっている様だ。

それでは、頼むぞテンカワ氏。 貴公に演技力を求めるのは些か無理がある様な気もするが、なんとか頑張ってくれたまえ。