>OOSAKI
〜 同時刻。2199年では午前11時、地球の某ゴルフ場 〜
先日、某大型量販店にてとってもディスカウントな値段で買ったばかりのクラブセットの一本。
チタン製フレームのドライバーを握り、大きくテイクバックを。
そして、限界まで捻った全身の筋肉を運動エネルギーに変えて一気に開放。
ティーアップされている白いゴルフボールをぶっ叩く。
カコーン!
狙い違わず、ボールはスィートスポットへ。会心の当たりにて、大空へと舞い上がった。
うむ。ざっと250ヤードは飛んだか。この日の為に、激務の合い間を縫ってゴルフセンターに通った成果は如実に現れて………
「提督、おもっきりOBです」
「てへ♪ 失敗、失敗。さ〜て、練習はこの辺にして………」
「可愛い子ぶって誤魔化そうとしても駄目です」
と、俺の相方を務めているナカザトを相手に掛け合い漫才を。
此処だけの話だが、ギャラリーの目を意識して、いつもより余計にネタを振っている。
そう。今回の俺のミッションは接待ゴルフ。
そして、そのターゲットは、一緒にラウンドを回っているA提督とB提督。
つまり、現在の俺が道化を演じているのは、これまでナカザト経由でせっせと送っている昼行灯のイメージを、彼等を通して更に強固にする為の苦肉の策なのだ。
嗚呼、やってみて初めて判る世のサラリーマンなお父さん達の苦労よ。
出来れば知りたくなどなかったが、そこはそれ、いずこの世界も同じ。
上からの圧力に逆らえず、まったくの素人でありながら、『宇宙軍と統合軍の親睦の為……』とかいう御題目の元に、本日、こうして某有名ゴルフコースを回る事に。
ちなみに、俺ってば、初めてゴルフクラブを握ったのは、つい三日前の事。
唐突に地球に呼び出され、何故か当然の様に参加を義務付けられてからだったりする。
正直、文句を言いたくても言えない我が身が恨めしい。
特に『マイクラブを用意してこい』ってお達しが痛かった。
まったく。一セット幾らしたと思ってるだよ、このブルジョワ共め。
とゆ〜か、もうイジメの領域だよね、コレって。
「………だいたい、155ヤードPAR3のショートホールで、何が哀しくてドライバーを使われるんですか?」
と、胸中で述懐している間もナカザトの繰言は続く。
しかし、ほとんど素だなコイツ。芸人としては失格………いや、これはこれで良いのか。
昨今では、天然系という分野も完全に確立している事だし。
「いえ。それ以前に、ルールをキチンと把握しているんですか、提督は?」
「勿論だとも。今日という日の為に、チャンとプロゴ○ファー猿を全巻熟読してきたぞ」
「それでですか! それが全ショットをドライバーで打つ理由なんですか!」
「そんな青筋立てて怒らんでも。
とゆ〜か、人の事を言えた義理じゃないだろう?
お前だって、ドライバーとスプーンの区別もつかないド素人じゃないか」
「アイアンとパターの存在を知っている分だけ提督よりマシです!」
それじゃ目くそ鼻くそだぞ、オマエ。
なんて、つい素で突っ込みたくなる様なシーンもあったりもしたけれど、そこはグッと堪えてスルーし、芸に徹する。
そんな必至の努力の甲斐もあって、公演(?)は概ね好評な形で。
ナカザトの奮闘(ルールが二人一組のパートナー制なので、主にリカバーショットを担当して貰っている)もあって、
下から数えた方が早いスコアながらも、無事に午前のラウンドを終了した。
「さ〜て、メシやメシ」
「ですから、そういう悪ふざけを止めて下さいと申し上げているんです」
と、クラブハウスに入る際に飛ばした掴みのギャグは、我が副官殿には何故か甚だ不評だった。
う〜ん。矢張り、俺には才能が無いと言うか自分に無い部分を演じるには少々演技力が足りなかった様だ。コイツは要反省事項だな。
ともあれ、スベっていようが何だろうが、今日の所はこのまま押すしかない。
そう。チョッと冷たい視線を浴びたくらいでメゲる様では芸人失格………って、俺は芸人じゃねぇって!(ビシッ)
と、自分の胸に小さく裏拳を。胸中で一人ノリ突っ込みなどして無理矢理テンションを上げつつ最寄のテーブルへ。
そして、あからさまに暴利を貪っているとしか思えない金額の並ぶメニューから、何やら分不相応な名前が付けられている日替わり定食っぽいものを注文する。
ついでにナカザトの分も同じ物を。無論、コレはオゴリであり、参加資格が佐官以上のこの催しに、俺の相方として休日出勤させた分の日当を兼ねている。
「(ハア〜)しかし何だな。思ったより好待遇になっちまったな」
「何の事でしょうか?」
キョトンとした顔で、つい洩らしてしまった俺の愚痴について尋ねるナカザト。愚鈍な事だ。
宜しい、良い機会だ。この世間知らずに、チョッと現実というヤツを教えてやるか。
「ついさっき運ばれてきた、この豪勢な昼食の事だよ」
と、目の前に鎮座している。
松花弁当風に重箱に入ってはいるが、その質と量はコンビニ弁当並に御粗末なモノが、日々平穏の日替わり定食の15倍以上の御値段な。
御歳暮で贈られてくる高級マスクメロン“モドキ”とドッコイなモノである事を教えてやる。
「えっ? (パサッ)ああ、本当だ」
「って、何故ソコで、隣のテーブルのメニューを持ってきてまで確認するんだ、オマエは?」
「この手の事では、日々貴重な経験を積ませて頂いておりますので」
(チッ)そう来るかよ。
なら。コッチも、もうチョイ粘って。
「(コホン)まあ、それはそれとしてだ。
どうだ感想は? 好待遇だろう? 何せ中々無いぞ、今時こんなに日給を出してくれるバイト先なんて。まあ、現物支給なんだけど」
と、コチコチの保守派であるナカザトの口から、現体制に関する批判を引き出せそうなネタを振ってみる。
だが、返ってきたセリフはと言えば、
「はい。本日は、思わず苦笑が洩れる様な楽しい催しに誘って頂いたばかりか、こうして昼食まで御馳走になりまして。もはや感謝の言葉もありません」
うわ〜い、何てイヤミなヤツ。
顔色一つ変えていない所が、また憎たらしいぞ。
ドコの面従腹背系な部下キャラだよ、オマエは。………って、そう言えば、コイツってば実はそのマンマだっけ?
と、改めて再認識した複雑怪奇な人間関係に、俺が驚愕と共にチョッピリ不安を覚えていた時、
「あら、提督。お久しぶり」
大戦中の改造制服とは似ても似つかない、TPOに合わせた健康的なゴルフルックの。
それでも尚、現役教師という事が信じられない。やや艶っぽ過ぎる気がする容姿と声音を兼ね備えた美女。
困った事に、いまだにハルカ君と旧姓で呼べてしまう、ハルカ ミナト君が声を掛けて来た。
その隣りには、この手の大会の定石を知らないらしく、若手佐官でありながら現在第2位という高順位に付けているジュンが。
その彼を挟んで右隣には、一見ペアルック風でありながら、ハルカ君の物にややアレンジの入った。
彼女のそれとは対照的に、さり気無く中学生らしい清純さをアピールするデザインなゴルフルックのユキナちゃんの姿が。
いやはや、両手に花とは羨ましい事で。
「お久しぶり、ハルカ君。
んっでもって、おめでとうジュン。正直、お前にこんな才能があるとは思ってなかったぞ」
と、半分、やっかみを兼ねた挨拶を。
だが、苦笑したハルカ君は兎も角、ジュンとユキナちゃんには俺の意図が正しく伝わらなかったらしく、
「やだなあ、提督。珍しく、チョッと運が良かっただけ………」
「もう。そんな覇気の無い事でどうするのよ、ジュンちゃん。
元々ジュンちゃんはスポーツ万能だし、しかも、パートナーはハルカさんなのよ。
これ位は当然の結果。ってゆ〜か、後半は更にチャージを。優勝を狙わなくてど〜するのよ」
さよならブラックジュン、君の事は忘れないよ。
嗚呼、チョッと涙が。ってゆ〜か、何時の間にこんな前回の歴史準拠な間柄になったんだか。
しかも、今回のパートナーがユキナちゃんじゃ無いって事は………
「うむ。仮初にとは言えミナトさんと組んでいるのだ。 それ位は当然の事。万一、不様を晒す様な事があれば………」
「白鳥さん」
「(コホン)と…兎に角、午前の好結果に浮かれる事なく、午後も悔いを残さぬ様に全力にて当たれよ、ジュン」
やっぱり居たのか、この男も。
にしても、ジュンより存在感が無いってのも、ど〜よ。
そりゃあ、ぶっちぎりでドベともなると、性格的に穴があったら入りたいと言うか、穏行術を使ってでも身を隠したくなる気持は判らなくも無いが。
「え〜と。まあ、なんだあ。確かに、チョッと残念な結果だが………
仕方ないじゃん。君等兄妹ってば全くの初心者(国土の問題もあってか、木連じゃゴルフは極めてマイナーなスポーツらしい)なんだから。
ほら、『練習無くして勝利無しっていうし』って言うし」
「(クッ)かたじけない」
いやその、こんな『取り敢えず言ってみました』的に適当に並べたセリフに、そんな如何にも『人の情けが身に染みる』的なリアクションを返されても困るんだが。
とゆ〜か、変わらないなあ白鳥少佐は。
既にパーペキに地球人と言うか。どちらかと言えば、君より寧ろハルカ君の妹にしか見えなくなってきているユキナちゃんとはエライ違いだ。
「それじゃ、提督。またお会いしましょうね」
その後、二〜三の世間話を交わした後、ハルカ君は別れの挨拶を。
そのまま、尚も車田風に漢泣きしていた白鳥少佐をあやしながら少し奥の方の席へ。
経済観念も発達している彼女らしく、此処にしては比較的割安な多人数用のセットメニューを頼める区画へと去っていった。
そして、彼女達と入れ替わりになる形で、
「あっ、提督。こんにち…じゃなくて、お久しぶりです!」
と、チョッとばかりボール気味なセリフを強引にストライクに修正しつつ、艦長が元気良く挨拶を。
その隣りには、当然の如くミスマル中将の威容が。
その少し後ろには、珍しい取り合わせ。木連が誇る異才の夫婦、秋山大佐とその奥方の姿があった。
此方とはほとんど面識が無い事もあって、暫し社交辞令的な挨拶を。
だが、その僅かなやり取りだけでも、彼が稀代の大物である事を伺わせるには充分なものが。
取り分け、『式典と聞いたので』という理由で紋付袴を着込み、周囲から浮き捲くっているのに全く気にしていない所が何とも言えない。
しかも、掲示板のデータを信じるのであれば、こんな動き難い格好のまま、ドラコン(ドライバーによる飛距離競争)で、彼は目下ぶっちぎりのトップを走っているのだ。
俺には絶対に真似出来ない。(無論、肉体を限界まで強化すれば、神様からギフトを貰った某少年の様に400ヤード以上かっ飛ばす事も不可能ではないのだが)
仮に出来たとしても、良識が邪魔して実行出来ない荒技である。
この辺が、器の違いと言うものなのだろう。
正直、嫉妬よりも感歎が先に来てしまう。
嗚呼。俺が現在陥っている苦境は、本来はこういう人物こそが何とかすべき事だという気がヒシヒシとする。
とゆ〜か、今からでも良いから代わってくれないもんだろうか?
と、そんな事をつらつら考えていた時、
「あげないわよ」
さり気無く近付いて来た、彼の奥方が。
元優華部隊のミセス飛厘が、底冷えのする声音でボソっとそんな事を呟いてきた。
まいったな。そこまで物欲しそうな顔をしていたのだろうか、俺は。
とゆ〜か、見せ付ける様に腕を組まんでも良いんじゃないかい、別に?
しかも、次の瞬間には、ワザとらしいオーバーアクションで。
たった今、白鳥少佐の姿を見つけたかの様なフリをして、そのまま旦那を強引に引っ張っていっちゃたし。
やれやれ、随分と嫌われたもんだなあ。
「それで、お嬢さんとのゴルフの調子はどうですか?」
内心で苦笑しつつ、今度はミスマル中将に話しを。
それも、今、最も誰かに聞いて欲しいであろう話題を振ってみる。
「うむ。順位的にはちと芳しく無いが、ユリカも私も全くの初心者故、まあ上手くやっている方かな。
特に、5番ホールでユリカがバンカーから打ったボールが見事チップインしてバーディを取ったところ等は、
君にも見せたかったと言うか、映像記録をして残せなかったのが返す返すも残念な程だよ。
いや。無論、只の偶然なのは判っているんだが、アレはプロでも中々出来ないであろう見事な………」
狙い違わず、喜色満面に娘の自慢話を始めるミスマル中将。
しかし、此処で少々奇妙な事が。普段ならエンドレスで続きかねないそれが、俺がさり気無く止める前に何故か尻すぼみに。
そして、やや顔を曇らせると、
「だがね、如何に若く才気溢れるユリカと言えど、私の様な足手纏いが付いていては、上位入賞は望めないだろう。
嗚呼、どこかにアキト君とは別の形で。私に代わって、頼れる上司としてユリカを守ってくれる人材が居ないものだろうか?」
って、そう来るかい!
畜生! 流石、やり口が汚い。とゆ〜か、グラシス中将と大して変わらないじゃないか、策の基本路線が。
ああもう。どうしたものやら………ん? そうだ!
「中将、此処だけの御話なのですが」
「ん? 何かねオオサキ君?」
声を顰めてナイショ話モードに。
若干声を弾ませつつ、それに小声で応じるミスマル中将。
嗚呼、なんて物欲しそうな顔なんだろう。
先程の俺も、丁度こんな感じだったんだろうか? チョッと自己嫌悪で鬱になるな。
だがまあ、これならイケそうだ。
「何と言いますか。中将が期待を掛けて下さっている事は薄々承知しておりましたが、ハッキリ申し上げて、自分には分不相応と言うか、明らかに荷の重い話です。
そこでですね。もっと若くて才能のある者をジックリと育てみるというのは如何でしょう? たとえばそう、秋山大佐とか」
「むっ。君の言い分も判らなくは無いが………彼では少々若過ぎないかね?
正直言って、フリーマン君の様な異例な抜擢は、あまり前例を作りたくは無いのだが」
「な〜に。そこはそれ、遅くても十年もすれば中将の好みに合致する様に………」
と、話が纏まり始めた事もあって、此処で漸く周りの視線を感じ取る。
「ん? どうしたんだナカザト、白目剥いて?
艦長は艦長で、何かおもいっきり引いてるし?」
って、ゆ〜かナニ?
その生暖かい。どこか遠い世界に旅立った者を悼むかの様な目は?
オジサン、チョッと傷付いちゃうよ。
「て…提督、さっきからチョッと変です。
なんか凄く如何わしい雰囲気って言うか、とってもエロアダルトです」
って、こらアカン。
何となくアマノ君を彷彿させる目の光を帯びたまま良く判らない事を宣う艦長を前に。
ぶっちゃけ、事実無根な濡れ衣を着せられているっぽい事を肌で感じつつ、クロックアップで時間稼ぎをしつつ、慎重に釈明の内容を模作する俺だった。
とゆ〜か、艦長。実の父親をネタに、そういうのを期待するのは如何なものかと思うんだが。
嗚呼、例の大野さんの名言は、案外この世の真理なのかも知れん。
「(プ〜ウ)つまり、お父様ったら、ナイショで引退を考えていたんですね。
そんな大事な事を、どうして相談してくれなかったんですか? ユリカ、もうプンプンです」
「おお。そんなに怒らないでおくれ。
今の連合の微妙なパワーバラスを前にしては、おいそれと洩らす訳にはいかなかったんだよ」
「だからこそです。親子なのに、水臭いです。(プィ)」
「いやその。許しておくれユリカ、パパだって辛かったんだから………」
そんなこんなで問題のすり替えに(?)成功。
その結果、中将達はと言えば、隣の席にて(まるで幼子の様に)拗ねる艦長と、それを(バカ親丸出しで)必死に宥める中将という、
二人にとっては、もはや定番な会話のループに入っている。
正直、チョッピリ鬱陶しいが、只それだけの事。
先程までの良くない流れに比べれば遥にマシである。
(フッ)俺の話術も、まだまだ捨てたもんじゃないな。
そんな手応えを感じつつ、徐に食事を再開する。
と、その時、
「ヘロォ〜、アドミラル、オオサキ」
此処2199年では聞える筈の無い、みやむ〜ボイスの挨拶が。
恐る恐る顔を上げる。ソコには、予想通り、何故か此処に居てはイケナイ少女の姿が。
その後ろから、何故かカヲリ君の押す車椅子に乗った、如何にも好々爺然とした風貌の。
だが、ミスマル中将が同席しているこの状況では、正直、彼女以上に厄介な御仁。グラシス中将が現れた。
んでもって、その後ろにはフリーマン准将の姿が。
その顔色はかなり悪い。普段からレイちゃん並に青白い肌の男だが、今日はもう漂白剤でも使っているかの様に生気が感じられない。
どうやら、午前のラウンドだけで、その生命力の大部分を削られる“何か”があったらしい。
「おお。オオサキ君、久しぶりじゃな」
そう言いいつつ、当然の様に俺の隣のテーブルに。
丁度、ミスマル中将を挟んで反対側の位置に座るグラシス中将と、その御一行様。
ちなみに、カヲリ君とフリーマンは、席に付く前に如才なくミスマル中将と艦長に挨拶をしているが、グラシス中将の方はメニューに目を通すのに忙しい状態。
どうやら、アウトオブ眼中で通すハラらしい。
まったくもって、大人気ない態度だ。
否、大人気ない態度なのは、実はコレだけではない。
中将ときたら、午前のラウンドだけでアンダー6とプロ顔負けの。
二位であるジュンに3打差を付けての、ぶっちぎりのトップだったりするのだ。
大方、散々駄々を捏ねて。パートナーであるカヲリ君に無理を言い撒くって作らせた記録なのだろう。
全くもって困ったモンである。
「(コホン)また会ったなジジイ。
にしても、午前の部の暫定とは言え、お前が一位とはな。一体幾ら積んだんだ?」
って、言ってる傍から。何も、のっけからそんな喧嘩腰に話さなくても良いでしょ、ミスマル中将。
「(フッ)これだから軍事バカは困る。
スポーツマンシップという言葉を知らんのか? まして、ゴルフは『紳士のスポーツ』と呼ばれるくらい競技者のモラルがモノをいうモンじゃぞ」
ええ。実際、その気になれば、スコアって捏造しようと思えば簡単ですしね。
でも、貴方がやった事は、ある意味、それ以上に悪質でしょうが。
たかが親睦会で勝つ為に、わざわざ一流の女子プロを(そう。良くも悪くも、カヲリ君はヤレば何でも出来てしまう完璧超人な少女なのだ)雇った様なもんですよ。
「(クックックッ)モラルか、良い言葉だな。では、それに乗っ取って正直に答えて貰おうか。
お前、何回クラブを握った? ぶっちゃけ、自分で打った回数は幾つだ?」
「10回じゃ」
「ほう、随分と少ないな。『パートナーと交互に打つ』という大会のルールは都合良く忘れたのか?」
「いや、それなんじゃが。情けない事に、最近はもう足腰が言う事を聞かんでのう。
仕方なく、高齢&障害者用の特別ルールの方を利用させて貰らったわい。つまり、わしがやったのはパットだけじゃ」
って、汚ったね〜
ワザワザこれ見よがしに車椅子に乗っているのは、そういう理由かよ。
(あの。そういう事は、当人達にハッキリと言ってあげた方が宜しいかと。胸中で呟くだけでは、何も伝わらないってことね)
無茶を言わんでくれ、カヲリ君。とゆ〜か、俺の苦しい立場も察してくれ。
(あら。私とて、思念波として発しただけで、口には出していませんわよ。
それより、お爺様達が御二人だけの世界を構築している間に、アスカの御話を聞いて貰えませんかしら。とても重要な案件ってことね)
だろうね。何せ、君がタブーを犯してまで連れてきたんだから。
(ハア〜)何だか知らないが気が重いや。
〜 2時間後、第13番ホール 〜
「秘打、燕返し!(by隼人18番勝負)」
掛声も高らかに、独特のフォームから繰り出すドライバーが円月殺法の如く真円の弧を描く。
良く知らんが運動力学的にはそれなりに理にかなっているらしいそれによって、これまでのそれを大きく上回る飛距離を稼ぎ出す。
フェアウエーを飛び来えて深めのラフに突っ込んだが、その辺は気にしない。
元より、行き先なんて度外視な。チョッピリ目立ちたくて、打倒秋山大佐を狙っての一打。OBでないだけマシというモノだ。
ちなみに、ビリは既に白鳥少佐組に確定済みなので、何気にブービー賞も狙っていたりする。
「提督〜!」
「おう、悪い悪い」
半泣きでボールを捜しに行くナカザトの背に、形ばかりの謝罪の声を。
そして、その後をゆっくりと歩きながら、胸中にて先程のアスカちゃんの話しを反芻する。
それは、一言で言えば借金の申し込みだった。
そう。只でさえ慢性的な資金難に喘いでいたネルフは、先の使徒戦におけるソニック・グレイブの大盤振る舞いによって、絶体絶命の窮地に立っているらしいのだ。
此処で『TVの使徒戦の方が被害が大きかった』という事実を元に首を捻られる方も居るかもしれないが、それは前提条件自体が違う故に起った疑問に過ぎない。
平たく言えば、先の使徒戦のそれは只の切欠に過ぎない。
ネルフが予算不足に陥った最大の原因。
それは、マーベリック社の台頭&ナオの地道な工作によって、委員会ことゼーレの権勢が、一年前のそれとは比べるべくも無いくらい。
取り分け、第八使徒を利用してのA−17発動の際の資金運用の失敗以後は、見る影も無いくらい凋落した所為である。
それでも、総司令が碇ゲンドウのままであれば、これは大した問題では無かっただろう。
と言うのも、腐っても一年前までは世界を完全に牛耳っていたゼーレの事。
無理を通せば。具体的に言えば、いまだ勢力化にある小国の2つ3つも潰せば、予定の資金を用意するのもそう難しくは無いからだ。
だが、今のトップは冬月コウゾウ。
数百万人単位の餓死者を出すであろうその方針に『はいそうですか』と同意は出来まい。
この辺は、現在のネルフの苦境がそれを証明している。
とは言え、そこはそれ、本質的には碇ゲンドウとドッコイな彼の事。
本気で首が回らなくなれば、悪魔の契約書にサインするのを躊躇いはすまい。
つまり、生かさず殺さずネルフを追詰めるというコレまでの方針は、この辺が潮時。
いよいよ、一年以上も掛けて張ってきた伏線を回収する時が………じゃなくて、作戦名『ネルフ民営化計画』を第二段階に移す時が来たという訳である。
そう。何だかんだ言った所で、トップスリーと加持リョウジの様なエージェント以外は。
終盤時に日向マコトが独自に調べ上げる(葛城ミサトは単に指示しただけ)までは、ゼーレは、その存在すらまともに知られていないネルフの上位組織。
従って、大部分の者達は。取り分け、一般職員達は、自分達は国連から給金を貰っていると信じて疑っていない。
そして、第一線に立っているがゆえに、現在のネルフの苦境を熟知して。
ある意味、冬月コウゾウ以上に肌で感じている者も少なくないだろう。
そんな折、どこかの島国の郵政局の様に、政治家共の利権漁りの結果、無為無策のまま財政破綻していたという事実が発覚したとしよう。
元々、首脳陣を除けば、理想を持って今の職場に居る者が大多数なネルフの事。
前例も幾つかある事故、スポンサーが大手の会社に移り、自分達の身分が国家公務員ではなくなるとしても、それ程大きな抵抗は。
それを理由に退社(?)したりする者は、左程多くは無い筈だ。
要するに、作戦名『ネルフ民営化計画』とは、マーベリック社の資金力をバックにネルフを乗っ取り、人類補完計画を初めとする後々の混乱を回避。
ついでに、アフターEOEのネルフ職員達の生活を保障しようというモノである。
とは言え、これは口で言うほど簡単では無い。
ゼーレの庇護から離脱した事実を隠蔽する為にも、少なくとも使徒戦が終了するまでは、資金提供の事実がバレる訳にはいかないのだが………
まあ、その辺の事は、俺ではなくネルフのトップが考えるべき問題だろう。
ぶっちゃけて言えば、これから冬月コウゾウには、目の前に悪魔の契約書を二枚並べて、どちらを取るかを選んで貰う事になる。
そして、ゼーレの方を選んだ場合は、裏工作によって司令官代理の職を辞任。最悪の場合には、この世からも退任して貰う事になるのだが………
出来ればそうなって欲しくは無いものである。
無論、これは人道的な理由によるものでは無い。
単に、かのジーサマの犯した罪業は、アッサリ楽になるには重過ぎるモノだからだ。
極論すれば、彼には罪の償いをEOE後にタップリして貰わなくてはワリに合わない。
少なくとも、俺はそう思っている。
閑話休題。兎にも角にも、そうした裏事情など全く知らない筈なのに、先んじてマーベリック社に借金を申し込んできたアスカちゃんの直観力には、正直恐れ入る。
実際、此方としては裏工作の手間が省けたと言うか、渡りに船な話なのだが………
ど〜して、その辺りの決定権を持っているのが俺だという設定になっているんだろう?
そりゃあまあ、いきなりマーベリック社名義での資金提供があったりしたら、ゼーレの疑惑を煽る結果になるんで、
『カヲリ、チョッとお金貸してくんない?』
『(クスッ)ええ、良くってよ。
そうですわねえ。慢性的に足りなくなっている予備部品とソニック・グレイブ18本分の補填となると………ざっと5000億円程で宜しいかしら』
『う〜ん。新兵器の開発とかもしたいから、出来ればもう3000億円くらい頂戴』
なんて何かのギャグみたいな事を勝手にやられても困ってしまうのだが、何かが違うと言うか、問題のすり替えが行なわれている様な………
しかも、アスカちゃんてば、借金申し込みの筈なのに、やたら高圧的って言うか、ドッチかと言えば、寧ろその取り立てっぽい態度だし。
フリーマンを疲弊させている主原因でありながら、何故か彼女自身は接待っぽい事をしているつもりだし。
済崩しに、俺が渋る様な態度を取ったもんだから、最後には北斗の名前をチラつかせだすし。
要するに示威行動。
ナオなりカヲリ君なりに伝言を頼むだけでも充分なのに、ワザワザ2199年乗り込んできたのは、俺に直接カチ込みを掛けるのが目的なのは判るんだが………
もう少し穏便な策は取れなかったんだろうか?
とゆ〜か、同じ直接交渉にしたって、こういう時はまず、カヲリ君との交友度を。
『頼めばコッチに連れて来て貰う事だって出来るのよ』って感じの事をアピールして、そのリアクションを見るべき局面だと思うぞ。
それを、いきなりあんな態度を取って。もしも俺が怒り出したら如何するつもり…………って、ひょっとして、俺ってばシンジ君並に組し易い相手だと思われてるの!?
チョッと首筋が寒くなる。
正直、我ながら考え過ぎだとは思うが、用心するに越した事は無い。
今日の事例を教訓に、今後、アスカちゃんへの態度はシメてかからねばなるまいて。
そんな事をつらつら考えつつ、ナカザトと共に、鬱蒼と茂る草群の中に落ちたマイゴルフボールを探す。
そう言えば、もうとっくに五分は過ぎている様な………
だが、これまでの定番な。
人の悪い笑みを浮かべながら『おやおや。またロストボールの様ですな、オオサキ提督』と、事あるごとに絡んで来たA提督の嫌味声が一向に聞えてこない。
それを止める様な態度を取りつつも実際には寧ろ煽っている、B提督のクグもりがちな低い声も同様だ。
ついに此方の挑発を諦めたのだろうか?
そう言えば、当初、午前のラウンドで一緒になった直後は、わりと敵意に満ちていた目が、
午後のラウンドに入って以後は、そこはかとなく生暖かいモノに変わった様な。
俺の御寒いギャグでも、時々、義理っぽく笑ってくれたりもしていたっけ。
そう。何と言うか、悪党ぶってるんだけど悪役に徹しきれないと言うか、どこか憎めない所があるんだよね、あの狐顔と狸顔のコンビは。
嗚呼、人は判り合えるのかも知んない。
コツン
と、そんな高尚な気分に浸っていた時、理想に浮かされた頭に冷水をぶっかける様な事態が。
足下に転がってきた異物。それは、今しがた味方に付けられるかもしれないと夢想していた、A提督とB提督の生首だった。
咄嗟に悲鳴を上げなかったのは、これまで数多の死線を潜り続けて来た御蔭だろう。
そして、辛うじて冷静さを保っていたからこそ、
シュッ
その直ぐ後に襲ってきた異形の襲撃者の、必殺の一撃を回避する事が出来た。
そんな、九死に一生を得た事で過剰なまでに高まっている胸の鼓動を押さえ込みつつ、この突然の襲撃についての前後策を練る。
相手はドーベルマン。それも、ほとんど物音を立てる事無く無く襲ってきた。
しかも、気が付けば、周りに十数頭の群れが半包囲体勢を構築しつつある。
奇襲の失敗を踏まえて、確実に此方を仕留めに来るハラらしい。
此処で、こういう時のお約束を。威嚇を兼ねて吼えまくってくれたりすると、必然的に周囲にもこの異常事態が伝わるので有り難いのだが、
キチンと訓練を施された猟犬らしく、唸り声すら洩らす様子は無い。
対する此方は、中の下レベルの兵士。しかも、実質的な実戦経験がゼロな足手纏い付きだ。
さっき、カヲリ君にエマージェンシーを送ったが、直接ジャンプで来る訳にもいかない状況故、救援が到着するのは、まだ大分先だろう。
正直、かなりヤバイ。
「ど、ど、ど、どうなってるんですか、提督!?」
合流した(呆れた事に、まだボールを探していた)ナカザトが、どもりながら繰言を。
そんな新兵以下のリアクションに呆れつつ、
「見ての通りだ。敵に囲まれた。突破はほぼ絶望的だ。救援が来るまで粘るぞ」
心の中の考課表にマイナス点を付けながら、端的に指示を出す。
「ちょ…チョッと待って下さい。此処には軍の高官の方達が揃って………
しかも、何の関係も無い民間人だって多数居るんですよ! 敵は何を考えてるんですか!?」
「おいおい。授業で習わなかったのか?
テロってヤツはなあ、基本的に無関係な人間を巻き込む事を前提に行なうものなんだよ。
とゆ〜か、たいていの場合は、もっと積極的に。その『無関係な人間』とやらが連中の盾なの。
でなきゃ、小規模な戦闘集団が国家を相手取れる訳がないだろう」
「そんな………卑劣です!」
「卑劣で結構。世の中ってのは、勝てば官軍なの」
何せ、最近は各種格闘技の試合ですら『いかに効率よくルールを利用するか?』
もしくは『いかに試合前に相手の戦力を殺ぐか?』といった戦略レベルでの采配が勝敗を決する頭脳ゲームになりつつあるからな。
そういう意味じゃ『御互いに正々堂々フェアープレー』なんて幻想が成立する戦闘は、もう個人レベルでの喧嘩くらいしか残っていないのかも知れない。
「とゆ〜か、グチってる暇があったら身を守る努力をしろ! そら、来たぞ!」
バキ!
ガン!
と、激を飛ばしつつ、手に持ったドライバーを駆使して(軍高官の集う親善試合だったもんで参加中は帯銃不可だった)
俺はスリーマンセル(?)で襲ってきたドーベルマンAの鼻先を痛打。返す刀(?)でBも打ち落とす。
「やあああっ!(ドス!)」
それに応じて、ナカザトもまた7番アイアンでCを撃破。
OK。いまだチョッピリ呆けた顔なのが些かアレだが、弛まぬ訓練によって刷り込まれた兵士の本能はチャンと機能している様だ。
「良し! このまま森に逃げ込むぞ! 遅れるなよ!」
6時の方向、50m程の位置。
OB地区に指定されている森林地帯を指差しながら、俺は新たな指示を。
一斉攻撃のチャンスを伺っている猟犬達を警戒しつつ、慎重に後退り。
途中、何度か襲来した牽制の小隊を先程の要領で撃退していなしつつ、ブッシュへと敵の群れを誘導。持久戦に持ち込む形へ。
だが、苦肉の策でとったこの展開こそが、正に敵の思うツボだった
シュッ
トン!
正直言おう。コレを避けれたのは完全に運だった。
本来ならば。ナカザトが切り株に足を取られてコケるなんてベタな事が起らなければ、飛来した短刀を眉間に貰って一巻の終わりだった所。
そう。本命の敵は、最初から森にて待ち伏せしていたのだ。
シュッ、シュッ、シュッ………
トン! トン! トン!………
その後、セカンドアタックに雨アラレと降ってきた短刀も、肉体を強化して如何にか回避成功。
だが、いまだ転んだままのナカザトと分断される形に。
そこへ、襲撃者の配下であろうドーベルマン達の一斉攻撃が。
「(ゴロ、ゴロ、ゴロ……)えいっ!(ドス!)」
それを転がって回避。そのまま、柔道の前回り受け身の要領で立ち上がると、再度襲ってきた先頭の一頭に一撃を。
火事場のなんとやらか、意外に良い動きだ。
とは言え、多勢に無勢。木々の合い間を縫っての包囲ゆえ、いきなりフクロにされる事こそないが、あのままでは遠からず殺られる。
「ナカザト!」
「無茶です。自分に構わずお逃げ下さい、提督!」
………チョッと待て。何だそりゃあ。
姿無き狙撃者をもモノともせずに救援に駆け付けようとしている上官に対するセリフか、それが!
畜生! 久しぶりにトサカに来たぜ!
「馬鹿野郎! 今、無茶をしなくて何時ヤルんだよ!」
「提督………」
って、この阿呆が! ンな呆けた顔してるヒマがあったら生き残る努力をしろっつうの!
と、胸中で悪態を吐きつつ感覚をクロックアップに。
と同時に、肉体を限界まで強化する。
能力の同時使用となる為、俺の精神力では平行処理が追いつかず、どちらも不完全な形で発動。
感覚的には、丁度、バー○ャファ○ター2のボーナスステージを更に緩慢にした様な感じになる所からデュエルファイトと名付けたソレにて、ナカザトの救助に向かう。
一歩目、二歩目、三歩目………よし、13歩目でドライバーの射程に入る。
状況から見て右手を食い千切られる寸前だが、ギリギリ間に合った。
シ〜〜〜ュ〜〜〜ッ
シ〜〜〜ュ〜〜〜ッ
って、このタイミングで短刀が飛んで来るかよ。
おまけに、どちらも急所への直撃コースだし。
え〜と。コレをドライバーで弾く事は出来るが、それだとナカザトの方が間に合わなくなる。これは確定。
んでもって、回避しようにも、眉間を狙ってる方は兎も角、心臓狙いの方はバックステップしないと避けられないから、やっぱり間に合わなくなる………
って、もう詰んでるぞ、コレ! どうする、俺!? どうすんのよ、俺!?
混乱しつつも気力を振り絞り、一歩でも、いや1pでも多く。
兎に角、前進する形で短刀を回避出来る様に、無理矢理に足掻く。
だが、世の中そう甘くは無く。少年漫画の御約束、キレてレベルアップとか言うワザには年齢制限があるらしく、一向に前に進んでくれない。
そんな今にも泣きそうな気分での絶望的な疾走を続け、それが予定の半分も進んだ頃だろうか。
突如、鼻に異臭が。と同時に、レモン汁が飛んだかの様に目が染みだし視界が混濁。
そして、その(体感的には)十数秒の間に、ナカザトを襲わんとしていたドーベルマン達に劇的な変化が。突如、苦悶の表情を浮かべ、身体を痙攣させ始めたのだ。
その後もその異常は続き、チェックメイトタイム直前には、ほとんど戦意喪失状態に。
うむ。何があったかは知らないがもっけの幸い。
痛む目鼻を抑えつつ、目の前まで来ていた短刀をドライバーで叩き落すと、そのまま手近な木の影へ。
自身の安全を確保した所で、デュエルファイトを解いて現実空間に復帰する。
いやその。状況確認の為と言うか………SPの残りも、そろそろ心許無いし。
ドス! ドス! ドス!………
と、そんな二重の意味で涙のチョチョ切れそうな俺の前で、ナカザトを囲んでいた八匹のドーベルマンの首が、景気良く血飛沫を上げて撥ね飛んだ。
「御依頼により助太刀に推参」
動物愛護団体にバレたらクレームが付きそうなくらい、何の躊躇いもなく振るわれた2本の小太刀。
血糊ついたそれを目の前の草叢に向かって構えつつ、すぐ後ろでヘタれているナカザトにボソっとそう呟く、カスミ君。
うむ。文字通り、待ってましたと目に涙だな。
一別以来と変わらぬ。チョッピリ世間様のTPOを無視したくの一ルックが、今日ばかりはとっても頼もしいよ。
「(ヌッ)これは春花の術(毒薬等を風上から撒き散らして風下の敵を一網打尽にする技)か!?」
「その通り。居場所を悟られぬよう、安易に風下に陣取ったのが御主の不覚よ」
って、ドコの白○三平漫画だよ。
と、己が張った罠が破られた事もあってガサガサと草むらの中から姿を現した編み笠の男と、カスミ君との間で交された時代錯誤な会話に胸中で突っ込む。
頼もしい助っ人が来たし、敵のお里も知れた。もはや余裕のヨッちゃんである。
(フッ)我ながら現金なモンだ。
「やってくれたな、女。だが、コレで勝ったと思うなよ」
と言いつつ、編み笠の男は犬笛らしきものを口に咥え、人の耳には聞えぬメロディーを。
それに応じて、伏兵として配置してあったと思しき新たな猟犬の一団が。
そのまま、短刀にてカスミ君を牽制しつつ、その後ろへ。
「餓琉布雄得度流操犬術、魔真巌怒津狗。もはや往く事も退く事も叶わぬと知れ」
「(フッ)笑止な。犬の影にコソコソ隠れる臆病者の分際で、技の名だけはご大層に」
「ほざけ!」
示威行動を兼ねてのセリフを鼻で笑われて逆に激昂。
そのまま、おそらくは奴さんの切り札な。幅狭く密集した鋒矢陣形を引かせていた十数匹のドーベルマン達を跳躍&突撃させての。同士討ち覚悟な一斉攻撃を。
だが、この時点で彼の敗北は決定した様なものである。
そう。正直、犬使いと言う彼のファイトスタイルは、御世辞にも隠密行動に向いているとは思えないし、
体がサイボーグ化していないって事から見ても、大方、某六連では二軍クラスな奴だった思われる。
実際、俺の見立てじゃ、その体術と言い飛刀術の精度と言い大した事の無い。
人格は兎も角、腕だけは超一流だった北辰とその御一行様とは比べるべくも無いレベル。
ハッキリ言って、カスミ君の敵じゃない。
「火遁の術!(ブボ〜〜〜ッ)」
まずは十重二十重な状態で飛び掛ってきた犬達に合わせてジャンプすると、
某九人の戦鬼の6人目の如く、口から勢い良く放たれた火炎放射にて進行方向の敵をミディアムレアに。
そのまま、犬達の攻撃に紛れての攻撃を狙っていたっぽい編み笠の男に肉迫。
「何い!?」
驚愕しつつも、攻撃の失敗を悟り逃走に掛る編み笠の男。
だが、体術では。取り分け、空中戦ではカスミ君の方に分があった。
接敵の際、奴さんが苦し紛れに放たれた短刀もアッサリ避わすと、
「秘術、飯綱落し!(ガッシ)」
ショルダータックルからのベアハッグの様な形でしがみ付くと同時に、空中にて半回転。編み笠の男共々、頭から急降下を。
そして、激突するその瞬間、
ドス!
投げっぱなしのジャーマンスープレックスの如く相手を地面に叩きつけながら、その反動を利用して緊急離脱。
そのまま身伸宙返りにて綺麗に着地を。
「ゆるせ」
既に物言わぬ身となった編み笠の男の亡骸に近寄ると、小声で。だが、真摯な祈りを捧げるカスミ君。
その後、何事も無かったかの様な態度で徐に此方に振り返ると、
「大事御座いませんか……提督?」
と、何故か此処で、いきなり一転して赤面状態に。
クール系のキャラらしからぬ態度でドモリつつ誰何の声を。
「い…依頼料は、その。し…指定の口座の方に振り込んでおいて下さい。
そ…それでは、私はこれで失礼を。こ…光遁の術!」
そのまま、アタフタしながら別れの挨拶を。
手した小太刀の切っ先から溢れ出た白煙で綿菓子状の雲を作り出すと、ソレに乗って、まるで逃げる様に飛び去っていった。
はて? 一体どうしたのだろう?
(御無事ですか、提督)
と、此処で、思念波によるカヲリ君からの連絡が。
それによると、他の各ホールでも、突如、ドーベルマンが乱入する騒ぎが起っていたが、既に無事沈静化。
向こうの方は陽動だったらしく、数人の軽傷者を出しただけで済んだらしい。
だが、此方の方は………
訃報を告げ、グラシス中将の名で事態を収拾してくれる様に依頼した後、胸中にて事の踏ん切りを付ける。
さよなら、A提督、B提督。もっと早く君達と出会えていたら、或いは………
と、暫し、ひょっとしたら友達になれたかも知れない男達の為に黙祷を捧げる。
そして、長居は無用とばかりに、この場から立ち去ろうとした時、
「て…提督、どうしたんですか、その格好は?」
「ん? どうしたって………お前こそどうしたんだよ、ナカザト!?」
隠れていた草むらから目の前に出てきたナカザトの姿に。次いで、我が身を省みて絶句する。
なんと、俺達の格好は平たく言えば半裸。それも、辛うじて局所部だけが隠れていると言った状態だったのだ。
どうも、元々避け損なったドーベルマンの牙によって、所々衣服が破られていたところへ、
彼女の春花の術(アナライズで調べた所、例の溶解液の濃度を人体に無害なレベルまで落としたものらしい)によって徐々に溶かされ、止めを刺されたらしい。
なるほど。カスミ君が逃げていった理由はコレか。
いや、ヤケにスースーするとは思っていたんだが………
「お前、この状態でカヲリ君に来て貰う度胸があるか?」
「………ありません」
「俺もだ」
そんなこんなで20分後。
衣服を求めて三千里(?)。漸く目的の場所が見えて来た。
「よ〜し。ターゲットは射程内に入った。
後は、首尾良くこのガケを下りられれば、裏口からクラブハウスに侵入できるぞ、多分」
「って、無茶ですよ提督〜」
取っ掛かり部分の少ない30m程の高さの。
チョッとばかり垂直に切り立った岩肌を前に、泣き言を並べ立てるナカザト。
嗚呼、なんて情けない。いや、それ以前に、
「馬鹿野郎! 今、無茶をしなくて何時ヤルんだよ。
とゆ〜か、仮に命は助かっても社会的には死ぬぞ、こんな格好で人前に出たら。
それ所か、なまじお前が一緒に居るもんだから、下手すりゃ『死んだ方がマシ』って誤解すら受けかねん!」
と、現状の危険性も交えて叱咤する。
だが、何故かナカザトは溜息など吐きつつ、
「(ハア〜)何と言いますか。その『無茶』という言葉の資産価値が、自分の中では猛烈な勢いで急降下しましたよ」
「HAHAHA。つまり、底値を打ったって訳だ。
ノーブロブレム。別に構わないだろ? どうせ、安全第一がモットーの俺には似合わない言葉だし」
「……………そうですね。たとえほんの少しでも、貴方を見直した自分が馬鹿でした」
そんな心温まる。チョッと小粋な上司と部下の会話をしていた時、
ズルルル〜、ズルルル〜………
頭上から、何やら重い物を引き摺る物音が。
見上げれば、あの後、逃げていった。
某編み笠君がお亡くなりになった事で統制を失い、早くも野生化したらしい数頭のドーベルマンが、丸々と太ったガマガエルっぽい物体を引き摺っている所だった。
「大丈夫かね、アレ」
自分でも些か偽善チックとは思うが、彼等には。あの犬達自体には怨みは無い故、思わずそう呟く。
いやだって。何だかんだで、猟犬ってのはある意味じゃ箱入りな存在。
いきなり、あんなモンを食べて、腹を壊さないと良いだが。
「そんなツマラナイ事を気にしている暇があったら、我が身の現状をこそ憂いて下さい」
「(フッ)任せておけ。何せ、俺はロッククライミングの達人だからな。
自慢じゃないが、コレとドッコイの条件で、三倍以上の高さの絶壁を制覇した事だってあるぞ」
「はいはい。戯言はその辺にして、一緒に別のルートを探して下さい。
提督だって、墜落死の挙句に犬のエサにはなりたくは無いでしょう?」
チエッ。100%ホントの事(第十一話参照)なのに。信用無いなあ〜
一頻り胸中でそう毒吐いた後、俺は『ほら、もう行きますよ』とか、まるで駄々っ子を急かすお母さんの様なセリフを残してサッサと歩き出したナカザトの背中を追いかけた。