>OOSAKI
〜 2199年10月5日。 木連、ナデシコ荘内、提督室 〜
その日、一通の招待状を前に、俺は途方に暮れてた。
畜生、何だってこんな危険物が。コレなら時限爆弾でも送りつけられた方が、まだマシだ。
古き良き時代の。あの演出効果を狙っているとしか思えないアナログ式の時計に直結された『如何にも』なヤツだった日には、
此見よがしにカチカチ鳴って時を刻むその姿に安らぎすら覚えたかも知れん。
……………いかんな、暢気に現実逃避なんぞしている場合じゃない。
そう。この場合、俺が採るべき選択肢は、
@
ナイスミドルな名提督オオサキ シュンは、突如、起死回生のアイディアを思いつく。
A
俺の窮地を察して駆けつけてくれた頼もしい仲間達が助けてくれる。
「Bの『如何にもならない。現実は非情である』です」
「うおっ! ……………って、ナカザトか。
にしても、どうやって俺の懊悩を? 何時の間にテレパシー能力に目覚めたんだよ、お前?」
「テレパシーも何も、おもいっきり口走ってらっしゃったじゃないですか」
う〜ん、ベタだな。ベタ過ぎる展開だな。
此処までくると、もうサ○エさん世界だ。
「(コホン)それはそれとして、そんなにお嫌でしたら、お断りしたら如何ですか?
『公務が忙しい』なり何なり、口実でしたら幾らもありますし。
と言いますか、その辺りの事は態々自分が意見具申するまでも無い。提督の18番だと思っていたのですが?」
そんな感慨に耽る俺に、さも不思議そうにそう尋ねてくるナカザト。
相変わらず考えが甘いな。
いや、ひょっとするとコレもネタ振りの一環。所謂、テンプレートと言うヤツなのか?
そんな事をつらつら考えつつ、
「無論、俺とてそれを考えなかった訳じゃない。
とゆ〜か、相手が政府高官とかだったなら二つ返事でそうしていたんだが………」
「しないで下さい!」
「って、自分で振っておいてそれはナイんじゃないか?」
「そうではなくて! 自分が言いたいのは、一民間人からの要請に。
それも、明らかに私的な物と思われる招待に応じる必要など無いという意味です。
仮も、対外的には火星駐屯地の司令官にして外宇宙軍の副司令。所謂VIPなんですよ、貴方は」
言外に『そんな暇があったら仕事しろ』と言わんばかりな態度でそう言切る。
ホンに、良くも悪くもマニュアル通りな男である。
と同時に、予想通り何も判っちゃいないのだと再確認する。
そう。今回、ナカザトの言う所の一民間人とは、コイツが想定している様な可愛らしいものでは無い。
コレは、長い物には巻かれる。状況次第で主義主張の変わる政治屋共とは真逆の存在。
時の女神クロノスの加護を受け、恙無く忘却の泉へと沈めようとしていた俺のトラウマを、
僅か十数行の文面の手紙で無理やりサルベージしてくれた、あの娘からの『お願い』なのだ。
嗚呼、その内容たるや、思い出すだけで震えがくる。
正味の話、いっそホシノ君張りに脅迫チックだった方が、まだダメージが少なかったかもしんない。
しかも、『行かない』という選択肢も採り辛い。
そんな事をすれば、春町三尉の二の舞に。
何時ぞやのピースランドへの御招待(弟13話参照)を『今は使徒戦に集中したいので』なんて下手に誤魔化そうとした所為で、かえってプレッシャーが増す事に。
折に触れ、ホシノ君からも督促状………じゃなくて、お誘いのメールが届くようになり、ついにはフレサンジュ印の胃薬の御世話になるという、
あの四面楚歌な状況に追い込まれかねない。
とゆ〜か『戦争が終わったら結婚するんだ』ならぬ使徒戦が終わったら両親に御挨拶(無論、この場合はハーリー君の養父母の事ではない)というのもマズイ気が。
なんかもう、あからさまに死亡フラグが立っちゃってる様な……………ん? まてよ。
「はあ〜い、提督♪ この度は、お招き下さって有難ね〜♪」
と、俺が逆転のヒントを掴んだ瞬間、まるでそれを読んでいたかの様なタイミングで聞き慣れた。
この木連で最も有名な美女の声が。
「私、実は本物の海を見るのって初めてなの〜♪」
常ならぬキャピキャピした声でそんな事を言いつつ、旅行鞄を振って見せる東提督。
どうも『連れて行け』という催促らしいが………
嗚呼、そうか。俺が思いついた逆転の策ってのは定番のアレ。
適当に臨時の恋人役をデッチ上げて『俺には心に決めた人が居るんだ』ってな感じに、アクア君に見せ付けるって事だったのか。
言われて初めて気付いたとゆ〜か、なんか取り残されている様な気分だ。
とゆ〜か、こういう先手の打ち方もど〜よ。
俺の方は、まだ策として纏まる前の。漠然としたアイディアの状態だったのに。
畜生、これが才能の差ってヤツか。だから天才って嫌いさ。
「あっ。ひょっとして、私じゃなくてフィリスさんを誘うつもりだったの? ひど〜い、舞歌、泣いちゃうから」
と、ヨヨヨとばかりに袖口で顔を覆う。
あからさまな嘘泣きをして見せる東提督を前に、状況を再検討してみる。
なるほど、それも一つの手だな。
彼女には色々とカリが溜まっている事だし、安全が保障されているのであれば、それも悪くないのだろうが………
いや、やっぱ駄目だな。アレは常識が通じる相手じゃない。
矢張り、イザと言う時には自分の身は自分で守れる人でないと。
そういう意味じゃ、東提督だって危ない。とゆ〜か、その立場を考えれば寧ろ論外だ。
とは言え、俺に出来るのだろうか? 既に行く気になっている彼女の説得なんて。
「…………取り敢えず、出直して来て貰えませんか。正直、そのままだと落ち着きませんので」
「え〜〜〜 折角、こうして二人だけの心の窓が開いたのに、それを『閉じろ』って言うの?」
「ですから、『ベランダから窓越しにそういう事を口走るの止めて下さい』って言ってるんです!」
「そう。それじゃ、このまま窓から失礼を。
無作法で御免なさいね。でも、降りるのは簡単だけど上に登るはチョッと難しいものだから」
そう言いつつ、器用に身を屈め窓越しに此方へとやってくる東提督。
その口振りからして、どうも屋上から柵を乗り越え、そのままベランダに飛び降りたらしい。
畜生。折角、権力者っぽく最上階に居を構えたってのに、それがアダになろうとは。
ホンに油断もスキも無い女傑である。
〜 五時間後。テシニアン島、船着場 〜
何故か直接の来訪をアクア君が嫌がったので、ワンクッションを入れて。
例のケンちゃんとかいう若造が操る出迎えの小型船へとジャンプした後、そのまま20分程、優雅な船旅を。
蒼い海と潮風とを満喫した後、現代の魔境テシニアン島に到着。
そう。結局、如何にもなりませんでした。
いや、俺は必死に頑張ったよ。各務君だって良くやってくれたよ。
でも、勝てないモンは仕方ないじゃないか。
相手は生粋の策士にして、初対戦とはいえカヲリ君すら誤魔化しきった。
その御蔭で、心配無用とばかりに『お帰りの際にはまた御呼び下さいね』とか言い残して帰っちまった様な、超一流の猫被りなんだぞ。
それでもなお俺達を非難するってんなら、代わってくれよ、是非とも。
「と〜ちゃく」
と、胸中で非建設的な愚痴を零しつつ、上機嫌でタラップを降りてゆく東提督の後に続く。
そんな船着場の直ぐ先の砂浜。そこで、思いもかけない先制パンチが。
出来れば、次に会うのは是非とも遺影にしたかった人物が、相も変わらず訳の判らない事をやっていた。
「潮風に、頬を染め、裸足で〜駆けてく〜、振り向けば、白い砂、わたし〜の、あしあ〜と」
南国らしくチョッと薄手な。なんとなく下着を連想させる純白の貫頭衣の裾を翻しつつ、歌いながら踊る金髪の美少女。
俺の天敵その3、アクア=マリン(旧姓クリムゾン)その人である。
無論、その1その2が、それぞれ誰かは言うまでも無いだろう。
ちなみに、天敵その2な某大神官のその後の動向を探るのも、此処に来た理由の一つだったのだが………
なんか声を掛けたくないと言うか、早くも挫けそうです姉さん。
いや、俺には姉なんて居ないんだけどさ。
「お久しぶりです、タオ。それと、始めまして、東提督。さあ、冷たい水をあげましょう」
そんな、思わず現実逃避している間に一通り踊り終えたらしく、此方の方へ。
如何にも『良い汗をかいた』と言わんばかりな澄んだ笑顔を浮かべつつ、マジシャンの如く後ろ手からコップと水差しを取り出してみせる、アクア君。
取り敢えず、勧められるままにその水を飲んでみる。
無論、アナライズで調査済み。正真正銘の只の水だ。
一口飲むなり東提督が顔をしかめたのも、単に不味いから。
俗にミネラルウォーターと呼ばれる類の物ではなく、この島名産の溜めておいた雨水を濾過した自家製水道水だからに過ぎない。
実際、俺的にも少々カルキ臭がキツ過ぎだと思うが、この際、毒物が混入していないだけマシである。
「(フッ)貴女、何も判っていないのね」
そんな弱腰に流され捲くっている俺を尻目に、一歩前に。
東提督が反撃開始。この壮大なボケに突っ込みを。
「え〜〜っ、ダメですか〜?
前回、親密度向上を狙っての軍服姿からのチョッと強引なアプローチが失敗しちゃったんで、
それを教訓に、今回は南の島独特の開放的な雰囲気の中、清純派で。
所謂、健康的なお色気を狙ったんですけど。コレも、外してました?」
「当然でしょ。少しは自分の容姿と歳とを考えなさい。
どうしてスパッツよりずっと機能性に優れたブルマが絶滅したと思っているの?
その路線が許されるのは第二次性徴を迎える前の小学生まで。
今の貴女がやっても、イケナイお店のコンパニオン。もしくは、桜○路 蛍の体操着姿でしかないわ」
「そ…そんな………」
俺には良く判らない理屈なれど、先程までの寄行を真っ向から論破されたらしく、顔に縦筋を浮かべ動揺するアクア君。
とは言え、コレがこの程度で怯む様なタマである筈も無く、
「そんな、『フ○ーネにしては美人過ぎる』だなんて。東提督ったら冗談ばっかり♥」
都合の良い部分しか聞こえない、お得意のアクア・イアーを発動。
って、序盤からコレかよ。チョッと、ハードルが高過ぎなんじゃないか?
とゆ〜か、最終回(?)には、この無人島(普段は人以外の『何か』しか棲んでいないので誤字にアラズ)チャンと故郷に帰れるんだろうな、おい?
〜 二時間後。アクア=マリンの別荘のリビング 〜
昼下がりのお茶会。他愛無いお喋り。
こうなると、もはや御婦人方の独断上。男の立場など一ミクロンもありはしない。
しかも、こういう時に話題となるのは、大概が何の意味も無いであろう内容な話だったりする。
大戦中、しばしば訪れた空白時間に交されるウチの女傑達のそれを聞くとはなしに聞いていた時も、
よくそんなど〜でもイイ話を延々と続けられると思っていたものだが………
「でね、折角ナイショで地球に行かせて上げたのに、あの子達ったら一番肝心な所はソッチのけ。
『幻の聖地を見付けた』とか言って、そりゃあもう得意気に等身大ナナコさん人形を持って帰ってきたのよ。酷いと思わない」
「うわ〜キモッ! 人として完全にアウトって言うか、ある意味、女性に対する侮辱ですよ、ソレ」
「そうね。電○男の時代までよね、ああいうのが許されるのは」
今、俺の目の前で展開しているコレに比べれば百倍はマシだろう。
とゆ〜か、知らん間にドコまで暗躍しとるんだ、この女傑は? 油断もスキもない。
やっぱ、東提督の下にもA級ジャンパーが居るってのは危険過ぎるな。
とは言え、この件で御剣君を非難するのは。ましてや、ジャンプ拒否を強要するのは全くの筋違いだし…………う〜ん、如何したものやら?
そんな事をつらつら考えつつ、五杯目のハーブティーを頂く。
正直、コッチもそろそろキツイ。
せめて、これが紅茶であれば。否、この際、ブランデーの小瓶が付いてさえいれば、まだ少しは救いがあるのだが………
いや、別に俺だって彼女達の会話に混じる努力をしなかった訳じゃないんだが、
流れから話を振られた折に、本来、彼女役を務めて貰う筈だったフィリス君について聞かれたので、
『俺に気があるんで、事あるごとにチョッカイを掛けてくる可愛い娘』と、チョッピリ見栄を張ってフカしてみたら、
二人揃ってあからさまに生暖かい目で見られちゃったもんだからチョッと。
そりゃあ、昨今では不良患者とその主治医という関係がメインだし、
今や彼女が俺を見る目は、グウタラなお父さんって所が精々だけどさ、別に全くの嘘じゃないって言うか。
出会ったばかりの頃は、まったくの誇大広告って程じゃなかったんだぜ。只、後が続かなかっただけで。
………べ、別に『チョッと惜しかったな〜』なんて思ってないんだから! ホントだからね!(プィ)
う〜ん、イマイチ。やっぱ、ツンデレって難しいや。
ああもう、いっそ大地震とか起きないかな〜
とゆ〜か、この際、謎の刺客でも。この状況を如何にかしてくれるものなら何でも良いや。
ドゴ〜〜〜ン
と、俺が運動会を前にしたスポーツ全般が苦手な某眼鏡の少年の様な事を考えていた時、ソレは起こった。
「(シャリン)君見ずや、黄河の水、天上より来るを。奔流海に到って、またかえらず
」
錫杖を打ち鳴らす音と共に、そんな雅な漢詩の一節を口ずさみつつ。
崩れた壁が巻き上げる白煙の中より現れる、編み笠を目深に被った爬虫類顔のあの男。
「ほう。久しいな、舞歌………否、木連が首相、東殿。
この様な所で。我が主の仇たる賊軍の首魁、オオサキめの首級を挙げんとした先にて再会しようとは。まこと縁とは異なものよな」
って、チョッと待て!
ナゼ!? どうして!? WHY!? 此処はバーチャル空間じゃなくて現実世界だぞ!
とゆ〜か、ナンでそんなに若々しい。二十台半ば位の若造の年恰好をしてるんだよ!?
俺とタメかチョい上くらいな歳の筈だろ、お前は。
しかも、ターゲットが俺って、ナニ!?
こんな窓際提督を殺したって何も変わらないってゆ〜か、草壁の釈放を狙ってのテロなら、他に狙うべき相手は幾らも居るだろうに。
ああもう、ドコから突っ込んだらイイのやら。
「(クッ、クッ、クッ)太平の世に浮かれし愚者共よ。
うたた寝で観た夢は心地良かったか? その悦楽に溺れたまま、永久の眠りにつくが良いわ」
とか言ってる間に、木連人のお家芸とも言うべき口上が終わり、
「滅!(シャリン)」
鋭い踏み込みと同時に、俺の脳天目掛けて北辰の錫杖が振り下ろされる。
此処は当然、クロック・アッ〜プ!
ピタッ
(フッ)時は静止する。
いや、冗談こいてる場合じゃない。この状況を如何したものやら。
気分はもう『ピンチになったら現れる〜』とか口ずさんだ挙句、故郷が全滅した某赤毛の少年。
しかも、俺には絶体絶命の所で助けてくれる偉大なお父さんのアテも無い。
嗚呼、仮初にも『この際、謎の刺客とかでも』なんて考えるんじゃなかった〜
(タ〜〜〜〜〜〜オ〜〜〜〜〜〜)
と、絶望に嘆く俺の下に届く、やたら間延びした声………じゃなくて思念波。
相手はアクア君。どうも、コレに関しては俺の方に分があるあらしく、不完全な形でしかこの空間内には入ってこれないらしい。
仕方なく、時間の流れを多少早く。
呆れた事に、既に超スロー特有のカクカクとした動きを見せ初めている北振の人外な実力に冷汗を流しつつも、思考スピードをアクア君のペースに合わせ話を聞く。
(こんな事もあろうかと。近い将来、タオが御造りになります理想郷建設を快く思わぬ愚民共の愚かなる反乱に備えまして………)
と、それでもなお要領を得ない彼女の話を要約するに、なんと俺の座っていたソファーの床下に脱出用の地下通路への入り口があるらしい。
渡りに船とばかりに、能力をデュエル・ファイトに変更。
俺に初撃を避けられ、その爬虫類顔に驚愕の表情が浮かびつつある北振を置き去りに、
ある種、定番なシチュエーションにチョッぴりワクワクしながら隠し扉を開放。
この技の適正が無いらしくて自分では動いてくれないアクア君と、多分、状況の認識すら出来ていない東提督を両脇に抱え、何故か綺麗に舗装された。
下水の臭いすらしない。充分な照明設備までが整っている無駄に立派な地下道へと身を躍らせた。
「……………トンネルを抜けると、そこは異世界でした」
いや、マジで。
およそ200m程の道行を走破した後、安全確保の為、出口付近の物陰に御婦人達の身柄を安置。
外界と溶け込ませるべく外壁が巧妙に岩石にカモフラージュされていた扉を開くと、そこは俺の知るテシニアン島の姿では。
南の島特有のジャングルでは無く、殺風景な。まるで、特撮物の決戦場として定番な某採石場にソックリな場所だった。
変だな。さっきエマージェンシーを送ったカヲリ君が到着したにしては早過ぎるし、
(時空間の突破には、ジャンパー自身の体感時間は一瞬でも若干の時差が。ぶっちゃけ、2015年から此処まで来るには、どうしても五分位は掛かる)
何より、こんな悪趣味なジョークを彼女が飛ばすとは思えないし………
「地獄の一丁目へようこそ、オオサキ提督」
そんな訝しがる俺に、逃亡の為のアドバンテージを稼ぐべく使い続けていたデュエル・ファイトを解くと同時に掛けられた、男にしてはヤヤ甲高い。
全盛期の堀○亮を彷彿させるハニーボイス。
「誰だ!?」
と、誰何と共に声のした方へと振り返ると、そこには編み笠を被った、見知らぬ少年の姿が。
はて? 格好からすると北辰配下の六連っぽいが、あんな線の細い身体の。
それも、どう見てもティーンエージャーな年恰好のヤツなんて居たっけ? また二軍クラスか?
「我が名は烈風。貴公の命、頂きに推参」
って、北辰に続いてもコイツもかよ! 一体何が如何なってるんだ!?
「旋風乱舞、風の太刀。(チャキ)列!」
そんな俺の困惑を他所に、その華奢な体躯には明らかに不釣合いな。
優に5尺(約1.5m)を超える。あからさまに規格外な長さの刀身を誇る野太刀を振り上げるや否や、裂帛の気合の声と共に切り掛かって来る、ヤング烈風(?)。
と…取り敢えずデュエル・ファイト。既にSPが心許無いから、なるべく節約モードで。
シュッ
これが間一髪だった。
何と言うか、素人臭い矢鱈と大振りなモーションだった癖に、途中からコマ落ちでもしたかの様な。
能力を使ってさえ尚、回避するのが精一杯な鋭い一撃。
畜生! 判ってはいたつもりだったが、まさか此処まで地力に差があるなんて。
格ゲーだったらもうクレーム必死な、最悪なゲームバランスじゃんか。
シュッ
と、胸中で悪態を吐きつつも、燕返し風に逆袈裟に繰り出された二の太刀も如何にか回避。
そのまま、バックステップで距離を取る。
この辺りで、ヤング烈風(?)の顔に驚愕の色が。
まあ、彼にしてみれば、まさか俺に躱されるとは思ってなかったんだろうな〜
実際、素の実力だったら、反応すら出来たか如何か怪しい所だし。
「なるほど。流石、かの漆黒の戦神の手綱を握っていた将。
神算鬼謀なその知略だけでなく、武の心得までお有りだったとは。いや、見事に騙されました」
そんな的外れな事を言いつつ、右四十五度の角度から意味ありげな流し目を送ってくるヤング烈風(?)。
止めれ、気色の悪い。それはミスリアスな美女専用の武器。
男でソレを使っても良いのは杉様だけだ。
シュ、シュ………
と、胸中で現実逃避気味な抗議の声を上げつつ、バックステップを。
逃走………じゃなくて、戦略的撤退を前提に更に間合いを広げようとした瞬間、突如、こめかみの辺りに衝撃波が。
咄嗟に時間を止めると、丁度、小さなブーメランっぽい物が、それまで俺が居た辺りを飛び去ろうとしている所だった。
うわ〜、正に間一髪。
「無粋だぞ闇月」
憮然とした顔でそう宣う、ヤング烈風。
その視線の先には、何時の間にやら編み笠を被った。
これまた何故か歳若く、二十歳前後と思しき青年の姿が。
「此れはしたり。何時から我等は、戦いに美学を持ち込む様な、お上品な集団となったのだ?」
「私の邪魔を。手柄を横から掠め取る様な真似をするなと言っているんだ」
「お主の都合など知らぬのう。
ましてや、敵の首魁オオサキシュンの首級ともなれば、竜神の宝玉にも勝る価値が。むざむざ見逃す手はあるまいて」
苦笑を浮かべつつヤング烈風にそう反論すると、六連の一人っぽい青年は徐に手をズボンのポケットっぽい所(何せ例の格好なので確証は無い)に突っ込む。
こ…これはまさか、例のアレか!?
シュ、シュ………
殺気を感じると同時に、デユエル・ファイトを発動させつつ横っ飛びに回避運動を。
予測通り、それまで俺が居た位置に。その頭部を狙ったコースを飛来する二枚の黒塗りの小型ブーメラン。
いや、何となく嫌な予感が。
奴さんの雰囲気と言うかキャライメージから逆算してのヤマ感だったが………
能力を使っていなければ。素の実力だったら、多分、やられていたな。
我ながらナイスな判断だった。
だが、これで状況は更に厳しくなった。
何せ、素手を装いながら銃弾顔負けのスピードの飛び道具と、不意打ちには持って来いな技。
元ネタに比べれば、身に纏った貫禄は勿論、その破壊力も微々たる物っぽいが、
中の下レベルな兵士の実力しかない俺にしてみれば、それでも十二分に脅威だ。
さて、どうしたものやら?
シュ、シュ………
と、善後策を練る間も無く追加のブーメランが。
俺の側頭部を狙って、スローにしてさえ結構なスピードで飛んでくる。
ダッキングと言うにはやや無理のある無様な動きで、如何にかソレを回避。
シュ、シュ………
それにホッとするスキを狙う様に、先程、飛び去った筈のブーメランが弧を描いて。
現実ではあり得ない。ほとんど漫画並みの御都合主義的な軌道で、再び俺に向かって飛来して来る。
畜生、これじゃ、まるでファン○ルも同然な攻撃じゃんか。
これを破るとなると………矢張り、コッチもニュータイプなピンポイント攻撃をやるしかない。
覚悟を固めると共に、残りのSPを総て注ぎ込み再度デュエル・ファイトを発動。
今度は、可能な限り時の流れを遅くする。
弧を描きながら、此方を囲む様に。大リー○ボール三号の如くゆっくりと四方から迫り来る四つの小さなブーメラン。
その必殺の矛先を、懐から取り出した拳銃で打ち落としに…………
チュインチュイン、チュインチュイン
ゴメン、やっぱ無理でした。
とゆ〜か的が小さ過ぎ。正直、静止してても当たる気がしない。
畜生。絶対サギだぜ、某新世紀の『ガ○ダム売るよ』な主人公がニュータイプじゃないって設定は。
と、胸中で毒吐きつつ打開策を模索していた時、
「秘術、影法師!」
そんな必殺技っぽい掛け声と共に、スルリと伸びてきた影が、まるで実体を持っているかの様に俺の身体を拘束。
碌に抵抗も出来ないまま3m程垂直に。チョッと見晴らしの良い位置まで、一気に持ち上げられる事に。
その御蔭で、迫り来るブーメランを回避出来たのは良いのだが、身動きの出来ないこの状況はかなり拙い。
苦し紛れにジタバタと足掻きつつ辺りを見回す。
すると、ヤング烈風(?)とブーメランの青年との中間地点の三角形を描く場所に。
夕日と呼ぶにはやや早い。暮れ様としている太陽を背負う位置に立つ、これまた編み笠を被った。
切れ長の瞳より鋭い眼光を放つ、ややウエーブの掛かった艶やかな黒髪をなびかせた少年の姿が。
そして、そんな彼から伸びた影が俺に重なる形に。
客観的には、まるで巨大化したその影法師が、俺を抱え上げているかの様な格好だった。
って、何だよコレは! 新手のス○ンド攻撃かよ!?
つ〜か、何故に北辰のオマケの六連如きが、こんなに強い!?
しかも、この圧倒的なビジュアルの差はナニ?
あたかも、敵の怪人をフルボッコにしている戦隊物のヒーローの如く、三人掛かりで甚振られているってのに、なんか俺の方が悪役みたいじゃんか。
畜生! やっぱり、この世は顔か!?
プリンス・オブ・ダークネス顔負けの大規模テロを働いても、正気に戻るや否や何事も無かったかの様にその罪過がアッサリと黒歴史と化した、
あの某アラブ系大富豪様な美少年の法則と同じなのか!?
『ルックスで善悪をジャッジメントしない』っていう、某自動車会社戦隊の赤い人の名台詞も、所詮は富める者の。
某惑星国家の第一王女をモノにした勝ち組の余裕から出た戯言に過ぎないのか〜!?
「(チッ)邪魔をするな、光琳!」
「左様、若輩者は引っ込んでおれ」
「これは異な事を。我等のお役目は、歳で成すものではありますまいに。
何より、我等が求めるは、かの提督の首級一つ。ならば、この場は『早いもの勝ち』が順当かと」
「ぬかしたな、己の影に頼らねば禄に戦えもせぬ未熟者の分際で。その大言壮語、高く付くと知れ」
「(フッ)なんとでも。既に彼の将は我が掌中にあり。今更、渡しはしませんよ」
おまけに、そんな如何にも仲が悪そうな言い争いをしつつも、相互に連携の取れた動きで。
コッチは全く動けないというのに油断する事無く、三方向から取り囲む様にジリジリとコッチに迫ってくるし。
ヤバイな。デュエル・ファイトを連発した所為で時間の感覚が少々アテにならなくなっているが、それでも、まだ早過ぎる。
カヲリ君が到着するには、もう1〜2分は掛かる筈。
何とかそれまで。最悪でも、東提督とアクア君が救出されるまでは時間を稼がなくては………
尊い犠牲があった。
数多の戦場を駆けた歴戦の将。だからこそ、勝てない事は誰よりも判っていた筈なのに。
『大丈夫、俺は殺しても死なんよ。問題なのは君等の方さ。
とゆ〜わけで、東提督の事は頼んだぜ、アクア君。
何せ、彼女の方が何かあった日には木連は………(ゴホン、ゴホン)まあその、色々と大変だし』
それでも彼は、何時もの様に軽口を叩きながら、まるで遊びに行くかの様な自然な足取りで絶望的な戦いにその身を投じて行った。私達を逃がす為に。
そして……………奇跡は起らなかった。
ドゴ〜〜〜ン!
『嫌ぁ〜〜っ! 如何して………如何してですか、タオ!!』
遠くから聞こえてきた爆発音。
そんなもの聞くべきではなかった。
そうすれば、気付く事は無かったかも知れないのに。
そう。彼は、二度と彼女の所に帰る事は無かった。
でも、きっと………否、絶対に、彼は後悔していないだろう。
愛するこの世界を守る為に、その身を奉げたのだから。
何より、これで総てが終わった訳ではない。
彼の黄金の精神は、彼がこれまで導いてきた者達によって受け継がれてゆくのだ。
彼が最後に残した、アクアの胎内に宿る新たな命の様に………
って、チョッと待てぇえええええええええ!!
ドゴ〜〜〜ン!
遠くで何やら爆発音がした様な気がするが、今はそれどころでは無い。
キッパリと事実無根だ! 今世紀最大の濡れ衣だっ!!
「ど…如何されたんですか、提督?」
気が付けば、目の前には心配そうな顔で此方を見詰めているカヲリ君の姿が。
見回せば、そこは東提督とアクア君が談笑していたリビングであり、件の二人もまた、此方の様子を伺っている。
え…え〜と、え〜と………
「あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!
『北辰配下の六連っぽい奴等の襲撃を受け絶体絶命になったと思ったら、その直後、とても口では言えない様な、おぞましいナレーションを付けられていた』
な…何を言ってるのか判らねぇとは思うが、俺も何をされたのか判らなかった。
頭が如何にかなりそうだった………
作者が使徒娘唯一の美少年にする筈だったゼルエルのキャラ設定に失敗した余波だとか、
腐女子層の取り込みを狙ってのテコ入れ工作だとか、
そんなチャチなものじゃ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ」
「……………要するに、悪夢に魘されてただけなのね」
「しかも、カヲリちゃんを呼び出しちゃったりもしたんですか?」
「(フゥ)何事も無くて重畳でしたわ。
先程の思念波は、かつて無いくらい強力且つ切羽詰ったものでしたので。気が気では無かったことね」
嗚呼、その優しさがイタイよ、カヲリ君。 いっそ、東提督やアクア君の様にジト目で非難してくれた方が、オジサン気が楽だよ。
「(コホン)まあ、それはそれとして。先程の爆発は一体何だったんだい?」
と、この良くない流れを断ち切るべく、咳払いなど入れつつ話題の転換を試みる。
とは言え、これは単なる誤魔化しの一手では無い。
丁度、俺の座っている位置からは、窓越しに離れの倉庫から黒煙が上がっているのが見えていたりする。
つまり、良き目覚ましとなってくれた件の爆発音は、決して悪夢の中の産物では無い。
従って、これは当然の質問でもあるのだ。
「ああ、あれですか」
そんな俺の質問に、アクア君は少しだけ憂い顔を浮かべつつ、
「ほら、ウチのケンちゃんてば寂しがり屋で甘えん坊なものだから。
チョッと私が構って上げなくなると、すぐ癇癪を起こして。よく、ああいう“おいた”を………」
「って、誰が甘えん坊ですか!?」
そんな彼女らしい独特なボケに、タイミング良く突っ込みが。
別室より怒鳴り込んでくる噂の男。
「あら、ケンちゃん。駄目じゃない、あんな危険な火遊びなんてしては。夜、おねしょしても知らないわよ」
「この期に及んで、まだそんな事を言いますか、Missマリン?」
「ノンノン。『私の事は、アクアちゃん。もしくは『お嬢様』って呼んで』って、何時も言ってるじゃない」
「うが〜〜〜っ!」
い…良い様に遊ばれてるな〜
なまじ呼吸が合っているだけに、より救いが無いと言うか。
ナチュラルボーン漫才体質と言うか。
とは言え、このまま二人だけの世界を続けさせておく訳にもいかない。
「そう怒るなよ、ケンちゃん。無差別爆発魔と思われるよりはナンボかマシだろう?
まっ、それはそれとして。ほっといて良いのか、アレ? 二次爆発とか起こらないか、このままだと?」
それとなく彼のフォローに回る。
そう。ボケキャラの宿命とはいえ、アクア君に任せていた日には何時まで経っても話が進まない。
故に、こういうマジな状況の時は、彼女に主導権を渡してはイケナイのだ。
「(コホン)その点ならば問題ありません。
もともと耐火耐震性に優れた設計の家屋だった事もあって周囲への飛び火も無く、被害は出火元のワンフロアーだけで済みました。
今、其方の窓から見えてる黒煙も、その部屋の換気が終了次第収まるかと」
そんな俺の気遣いを察したらしく、これ幸いとばかりに雇い主をアウト・オブ・眼中に。
ナカザト張りに事務的かつ強引に状況報告をする、ケンちゃん。
どうやら、予想以上に苦労しまくっているらしい。
うんうん。初対面の印象は最悪だったが(第11話参照)思ったより悪い奴では。
出会ったばかりの頃の我が副官殿とドッコイな感じの男な様だ。
此処は一つ長い目で。いずれ一皮剥ける日が来る事を期待するとしよう。
幸い、俺がチョッカイを出すまでも無く、試練には事欠かない環境に居る事だし。
にしても、あの規模の火災の消火を………
一人でやったにしては、ヤケに早い対応だな。
「ご機嫌麗しゅう、タオ」
と、内心でいぶ訝しむ俺の前に、突如その答えが。
ノックと共に、何故か消防士ルックな俺の天敵その2。
アクア君への人身御供として差し出した所為か、更に遠くの世界へ逝ってしまったっぽいゴート=ホーリーの姿が。
これだけでも充分最悪なのだが、その後ろに更に俺の神経を逆撫でする。
一瞬の期待の後、激しい怒りを伴うものが。
「OK、ケンカを売ってるんだな。
良いとも。丁度、ムシャクシャしていた所だ。高く買ってやるぜ」
そう啖呵を切った後、俺は全身黒尽くめな。
在りし日のアキトを髣髴させる黒百合ルックな男に殴り掛かった。
……………その次の瞬間、俺の意識は綺麗に刈り取られた。
〜 30分後、再びアクア邸のリビング 〜
「で、結局の所、何処の誰なんだい彼は?」
顎の痛みに顔を顰めつつ、話を最初に戻す。
そう。あの後、カウンターを貰ってアッサリKOされちゃいました。てへ♪
「す…すいません」
俺の言を遠回しな非難と受け取ったらしく、恐縮しつつ的外れな謝罪をしてくる、対面に座る長身痩躯な二十代半ば位の年恰好の青年。
ちなみに、今は黒百合ルックでは無く、動き易そうなシャツにジーパン姿と、ありふれた服装に着替えている。
その所為か、少々頼りなさげと言うか、まるで黒アキトと黄アキトくらい印象が違って見える。
「いや、アレは俺が悪かった。
正当防衛だ、気にする必要は無い。とゆ〜か、寧ろ俺の方が謝罪すべき事だな。済まなかった。(ペコリ)」
いや、マジで。
幾らあんな事があってイラついていたとはいえ、アレは失敗だった。
これじゃあ、今年のコスミケでアキト絡みのコスプレを禁止しようと画策したラピスちゃん達を笑えない。
ましてや、そんな彼女等を叱った身として立場が無い。
「いえ、俺の方こそ無神経でした。
でも、ホント他意は無いんです。何て言うか、あのバイザーを掛けると度胸が付くというか………その………」
「ああ、もう良いんだ。君には君の事情があるんだろう? 主に雇い主絡みで。
まあ、それはそれとして。改めて、君の素性を聞かせてくれないか?」
「え…え〜と」
俺の理解溢れるセリフに、何故か曖昧な笑みを浮かべる青年。
そんな屈託した彼を押しのける形で、アクア君が、
「(フッ)彼の名はスー○ージェッ○ー。
未来の国から来た、知恵と力と勇気の子。流○号、応答せよ、流○号」
「で、本当の所は?」
「デロリ○ンに乗ってバック・トウ・ザ・フィーチャーしてきたマー○ィ=マ○フライことマ○ケル=J=フォッ○ス」
「そういうヨタ話はもう良いから」
「悪の秘密結社が作った改造人間とか。愛する少女を救う為に復讐鬼と化した男、ブラックサレナでも良いわね〜」
「だから、そういうんじゃなくて。スパッと単純明快に言ってくれないか?」
「いやですわタオったら、ご冗談ばっかり。こんなに判り易く丁寧に御説明しているのに♥」
そう言いつつ、コロコロと笑うアクア君。
どうやら、その真意同様、まともに答える気は全く無いらしい。実に困ったもんだ。
チラっと、事の当事者に目をやるが此方もアテになりそうもない。
何と言うか、先程の対応からして荒事には慣れているみたいなのだが、バイザーを外すと本気で小心者っぽい。
今も、俺とアクア君のやり取りにハラハラしながら。
動揺し捲くって、無意識のまま機械的に。目の前のカップに、もう何杯目になるかも判らないくらい砂糖をブッ込んで………
しかも、それを平気で飲んでやがるし。
正味の話、過日行なわれた料理対決の後遺症から最近は甘党の味覚にも理解のある俺だが、流石にアレはあり得ない。
大丈夫かよ、コイツ。成人病になっても知らね〜ぞ。
「それではタオ、彼の事を宜しくお願いしますね」
そんなこんなで5時間後、実りの無い馬鹿話に終始したものの、新たなアクシデントも無く。
東提督とカヲリ君が居てくれた御蔭か、今回は薬物な料理も出る事無く、夕食会も恙無く終了。
俺達は無事帰途に着く事が出来た。
別の意味で、色々と大事なものを失った気がするが。
その最たるものは、俺の天敵2号の動向によるもの。
名目上はアクア君の護衛のクセに、テシニアン島にはほとんど居着かず、彼女のポケットマネーで優雅に世界中を旅して。
その途上で『コレは』と目を付けた神の使徒の卵を有無を言わさずスカウトするという傍迷惑な生活をおくっているらしい。
んでっもって、件の超甘党な青年は、栄えある(?)その犠牲者第一号っぽい。
無論、相手がゴートとアクア君なので、その話は要領を得ないものと言うか、ほとんど俺の意訳なのだが、大筋の所は間違ってはいまい。由々しき事だ。
ちなみに、互いに二言目にはフザケタ寝言を。
『総てはタオの御創りになられる理想郷の為に』と、あからさまに事実を捻じ曲げた妄言をほざいていたりするが、これも何時もの事なのでスルーする。
とっても嫌だけど。
ともあれ、この状況を放っておく訳にもいかない。
何故か、俺の所への出向の打診があったので、コレ幸いと二つ返事でそれを受けておいた。
表向きは俺の新たな側近だが、実質的な彼の身の振り方は帰ってから要相談と言った所か。
実際問題、彼には今度の事は野良犬にでも噛まれたと思ってサッサと忘れて、第二の人生を力強く歩んで貰わなくてはならない。
そう。この因果な連中の片棒を担いでいる俺としては、その責任を取らねばならんのだ。
おっと、一つ大事な事を忘れていた。
「それで、結局、貴方のお名前なんて〜の?」
「……………出来ればカインと呼んで下さい。一応、それが本名ですので」
何かを諦めた様に呟く青年に。
カインに『まあ、仲良くやろうや』と言いつつ、ポンポンと肩を叩く俺だった。
>SYSOP
〜 30分後、再びアクア邸のリビング 〜
「(ケホ、ケホ)いや〜、酷い目にあったね〜」
「仰りたい事とその意図は良く判りました。それはもう“イタイ”程に。
ですから、ドクター。その特大のアフロは止めてくれませんか? いい加減」
と、ワザとらしいコントをやっている危険人物に“一応”苦言を呈しておく。
無駄だという事は嫌になるくらい良く判っているが、これも給料の内である。
とゆ〜か、そうとでも思わなければ、やっていられない。
「おや、似合わないかね?
これは、あの森○子さんも愛用した。かの大爆笑の流れを組む、由緒正しき正統派スタイルなんだけど」
「正統でも異端でも構いませんからサッサと脱いで下さい。鬱陶しい」
そう切って捨てると同時に、己の雇い主とマンツーマンの体制に。
背中越しに『高かったのに、コレ』とかイジけている中年男の怨嗟の声が聞こえるが、そんなものは当然の如く黙殺して。
Missアクアの『あらあら、雅を解さないなんて。ケンちゃん、背中が煤けてるわよ♥』とかいう、何時もの戯言も聞き流しつつ話を進める。
「本当に、これで宜しかったんですか?
確かにXデーまで既に3ヶ月を切っていますので、そろそろタイミングを計る必要が。
そのキーマンであるオオサキ提督の動向を逐一掴んでおきたい気持ちも判りますが、例の計画の実行に向けて、人材確保もまた急務の筈。
この状況下で、その最大の戦力とも言うべき彼の離脱は些か拙いのでは?」
既に何度目になるか判らない苦言を。
正直、この辺が限界。これまでは、のらりくらりと話をそらされ煙に撒かれて来たが、今度と言う今度はその真意を聞き出さなくてはならない。
「離脱って?………ああ、今回の出向の事ね。
それなら大丈夫よ。大神官様ならカヲリちゃんにコネがあるから、ある程度は便宜を図ってもらえるし、
今回の会談中に、タオにはナイショで東提督の黙認を取り付けたから、今後は木連の方の根回しも上手く行くでしょうし。
ど〜しても彼の協力が必要な時は、チョコッとだけ帰って来て貰えば済む事………」
「じゃないでしょ!
彼がジャンパーである事は、まだ誰にも知られていないからこそ万金の価値を持つと言うのに。そんな事をしたら一発でバレますよ!」
「それも大丈夫。その辺を上手く誤魔化す算段は立っているから♪」
そんな、此方の気勢を何処吹く風とばかりに。
それでも、伏せていたカードを漸く見せる気になったらしく、アクアはチョッと得意げな微笑みを浮かべつつ、己の同士達に事の説明を促しだした。
「それで、お望みの結果は得られたかしら、ヤマサキさん?」
「うん。期待以上のものだったよ、アクア君。
アレの御蔭で、漸く三次元レベルでの干渉空域を得る算段が立った。
まあ、予想以上の負荷が掛かった所為で例の試作機は爆発しちゃったけど、
こんな事もあろうかとデータはリアルタイムで逐一バックアップを取っていたから問題なし。
後は微調整によって制式機の精度を上げていくだけ。楽園への扉の鍵は、もうこの手に握られているも同然だよ」
「それは重畳。
だが、此度の様なレベルでの。タオに気付かれぬ様に気を配りつつの異能力の行使となると、如何に我等でも、それを維持し得る時間は限られるぞ」
「その問題も既に解決済みだよ、大神官殿。
そう。もうすぐ、貴方やアクア君の助力が無くても、タオの居られる場所を何時でもヘブンに変えられる様になる」
「そして『きたる決起の日には彼の地にて』ということね」
「(フム)それで、具体的にはどの様にそれを行うのだ?」
「いやそれが、とってもエコロジーと言うか、棚ボタ的幸運と言うか。
実は、今回調べてみて判った事なんだけど、アクア君や大神官殿が発する例の思念波ってヤツ。
アレの力が、我等がタオはもう桁外れに強くってね〜
何て言うか、普段から何気なく発しているっぽいソレのオコボレ。
そのホンの一部を、某管理局の白い魔王の必殺技っぽく流用するだけでエネルギー充填率400%。
大量過ぎて困るくらい。もう幾らでも使いたい放題だったりするんだね、コレが」
「まあ、なんて心強い♥」
「うむ、流石はタオ。
我等が持つ異能力等及びも付かない事は重々承知していたが、よもやそこまでに強大な力を内包されていたとは。このゴート、正に感嘆の極み」
そんな三人三様な良く判らない………とゆ〜か判りたくない世界が目の前で展開している。
正直、後ろも見ずに逃げ出したい気持ちで一杯だが、立場上そうもいかない。
気力と脳味噌を振り絞り、先程のアレな会話を意訳する。
どうやら、ボース粒子等については。機械的な観測に関しては、上手く誤魔化す算段が整っているらしい。
となれば、それが意味する事は一つしかない。
「要するに、オオサキ提督の動向を探らせるだけではなく、それと平行して、これまでと同じ仕事もやらせるつもりなんですね」
「う〜ん。ひょっとして、アメリカ海兵隊式に言うとそうなるのかしら?
私としては、そういう軍人さん特有の潤いに欠けた言葉のやりとりは、あまり好きではないのだけれど」
「足りないのは潤いではなく、人として最低限の常識と情でしょう。鬼ですか貴女は!?」
「や〜ね〜、ケンちゃんたら冗談ばっかり♥
お仕事を沢山回すのは、カインさんなら大丈夫だって信じているから。云わば信頼の証なのに〜
それにほら、そんな頑張っているお父さんの為に扶養手当も弾んでいるし〜
二人のお子さんだって、今回の単身赴任に合わせて、後顧の憂いが無い様にチャンと信頼出来る所に。
一流私立校の“お受験”なんて問題にならない超難関の。某侯爵夫人主催のエリート教育機関に預けたし〜」
「………訂正します。Missアクア、貴女は鬼です!」
「まあ、確定形ね♥」
万感の思いを込めたイヤミも軽くスルーされ欝な。
胸中で『地獄に落ちろ、このパラノイヤ共』と呟くのが精一杯………
「(クスッ)その時は、当然ケンちゃんも一緒よね♥」
「謹んで辞退させて頂きます!」
「あらあら、地獄だってそう捨てたものじゃないのに♥
やっぱり、固有名詞から受けるイメージが良くないのかしら? 如何にも、罪人の巣窟って感じだし。
私個人としても、どうせなら『背徳の都』とか『堕天使達の花園』とかの方が。
せっかくなんだから、寧ろそういうキャッチコピーの方がもっと一般受けすると思うんだけど。この辺、ケンちゃんは如何思う?」
「知りません!」
何時もより、更に感情の制御が効かない。
これまで苦楽を共にしてきた同僚が目の前から消えた事でチョッピリ弱気になり、とある研究所から彼が保護した子供達にさえ嫉妬する有様。
こんな生活と縁を切れるのであれば、いっそ子供に。
イツキちゃん達位の歳の頃に戻りたいと切実に願う健二だった。
そして、丁度その頃、そんな彼と同じ星の下に生まれたっぽい少女達もまた、遠く離れた異郷の地にて、
〜 同時刻、ネルフ中国支部、黄 八雲司令のオフィス 〜
「それで、あれからアカリ君の様子は如何なっているかな?」
激務の合間に偶然生まれた、エアポケットの様な空白時間。
それを利用し、黄司令は己の秘書に客人の近況を尋ねた。
「それなら、もう心配無用でしてよ、お兄様。
正気を取り戻して以後は、前向きに。来月の試験に備えて、今も黙々と料理の訓練を積んでいますもの。
そして、その技量も中々のもの。実際、私の目から見た限りでは、最初の関門たる五級(調理師免許の事)程度ならば、落ちる要素が何一つ見付かりませんわ」
控え目な性格の彼女にしては珍しく、自信タップリに合格を断言する、黄 舞歌。
ここ数日、師匠より『調理師免許を取るまで帰ってくるな』という意味らしい事を電話越しに申し渡され、
半分魂が抜けた様な状態にあったアカリの面倒を診ていた事もあってか、
現在進行形で理不尽な運命に翻弄されている彼女の立場に同情して。
また、同じ料理を志す者として、贔屓のスポーツ選手の応援でもするかの様な感覚で、今度の一件にかなり感情移入している様だ。
だが、黄司令の口から語られた見解は、その真逆。
アカリの本質的な弱点を見抜いての。そして、それに気付かず、寧ろそれを助長してしまっている、入れ込み過ぎな妹の事を危惧しての修正案だった。
「そうか。それでは、矢張り彼女には、此処を出て行って貰うしかないみたいだね」
「なっ! どうしてですか、お兄様!?
確かに、既に合格して当然の技量があるとはいえ………
いえ、それ以前に。あんな気の弱い少女を、いきなり世間の荒波の中に放り出そうだなんて!」
「舞歌、舞歌、そうした前提が既に間違っているのさ。
確かに、与えられた運命の中、アカリ君は精一杯頑張っているのかもしれない。
でもね、盲目的な努力というものは、時に何もしないよりも性質が悪いんだ。
そう。彼女は前向きに困難に立ち向かっている様でいて、実際には逃げているんだよ。
己を取り巻く厳しい状況から目を背け、『諦めなければ、何時か今の努力が報われる日が来る』と、自己暗示を掛ける事でね。
その証拠に、彼女からは『何故こういう状況に追い込まれる事になったのか?』という点に対する反省の意思が全く感じられない。これじゃ駄目なんだ。
このままでは、あの娘は何度でも同じ過ちを繰り返すだろうね、この先も。
少なくとも、今の様に事の主原因から目を背けている間は、ほぼ確実にね」
激昂して詰め寄るも、筋の通った。未来を見据えた兄の言に諭されシュンとなる、舞歌。
そう。常に己を律する事を旨としている黄司令は、滅多な事で声を荒げたりはしない。
唯一の肉親である妹に対してさえも同様であり、嗜めたり叱ったりする折に、その名前を繰り返して呼ぶという癖に、僅かにその片鱗が見える程度なのだ。
ちなみに、今、彼が語った症例を『ポリアンナ症候群』と言い、同名の主人公が活躍するアニメが放送されていた当時より徐々に患者を増やしている。
昨今では、その代名詞であった『前向きな努力』の部分すら省略され、総ての問題を棚上げし、刹那的な享楽にのめり込んでしまうという心の病の事である。
(民明書房刊:エッセイ集『どんな時にもよかったを探さなきゃね』及び『泣いたらお日様に笑われちゃうもん』より)
「勿論、私とて彼女を着の身着のままで放り出す気など毛頭ない。そこで、こんな物を用意してみた」
少々言い過ぎたと胸中で反省した後、黄司令はムチを引っ込めアメを。この話の本題を切り出した。
彼が舞歌に差し出した書類の束。それは、町外れにある最近潰れたばかりの小さな食堂に関する一切の権利。
土地や施設は勿論、コッチの世界では戸籍すら存在しないアカリでも使用可能という特殊な営業許可証までが添付された『君も今日から一国一城の主』なセットだった。
「今、彼女に最も必要なのは生きた経験。多くの人と触れ合う事だよ。
そして、これならば、来るべき来月の試験への特訓にもなると思うのだが、如何だろうね?」
と、書類を確認している妹が気に入りそうな、もっともらしい理由も付けておく。
(コホン)いや、その。これはチョッとした言葉のアヤというもの。
誤解の無い様に敢えて釈明させて貰えば、この話は、黄司令もまた純粋にアカリの将来を案じての事。
特に他意がある訳では。最近、あの娘の世話にかまけて舞歌が構ってくれないので寂しかったからとか、
体良く厄介払いする為の口実&手切れ金だとかいった愚劣な意図など微塵も存在しないので、そこの所を決して勘違いなされない様に。
〜 同時刻、ダークネス秘密基地内、イネス博士のラボ 〜
「身長118.3p、体重17.5s。この年代の少女としては明らかに体脂肪が低過ぎだけど、前後の事情を鑑みれば無理もない事なんで敢えて異常無し。
血液採取によるDNA鑑定によれば、ベースは漢民族だけどチョッとだけイギリス人の血も流れている。
その所為か、一般的なモンゴロイド人より肌と髪の色素がやや薄いけど、充分許容誤差範囲内。
そして、肝心の瞳はと言えば、左右共に視力2.0で、反応速度も良好。
視界がやや狭く、緑内障の初期症状が出ている事を除けば異常な点は見られず。
同症状に関しても、食事療法による自然治癒が可能なレベル。
ぶっちゃけ、只のビタミン不足ね。コッチに居る間に、生野菜をタップリ食べさせないと。
バイタルパターンとアストラルパターンは………これも他とあんまり変らないわね」
「まらはふんれふか〜? ほう、ほるもんはへんふほったはふへふよ(まだヤルんですか? もう採るものは全部採った筈ですよ)
調べ上げたデータに目を通しつつディスカッションを続けるイネスに、クランケAが。
先日、とある事情から中国から拉致って来た御招待した少女、鈴音が抗議の声を上げる。
だが、身体の自由を完全に奪われ、各種装置が妖しげな光を放つ検査用ベットの上に磔にされた。
そんな、後は脳改造を施すだけだと言わんばかりな状態からでは、既に遅きに失した。俗に言う所の『無駄な足掻き』でしかない。
「おまけに、霊感の類もゼロっぽいわね。
折角、近隣の心霊スポットを一通り回らせたっていうのに、心霊写真一枚撮れない体たらく。
(ハア〜)てっきり霊視が可能な。自縛霊とかと普通にコンタクト出来る逸材だと思っていたのに。期待外れも良い所だわ」
「ほ…ほらほうへふほ。はへ、はたひはどほにへもいふ、ふふうのほうほよへふ(そりゃそうですよ。だって、私はドコにでも居る普通の少女ですし)」
ましてや、筋弛緩剤を投与された。
まともに喋れないもんだから『止めろショッ○ー!』と定番なボケに走る事さえ出来ない。
そんなパーペキにまな板の上の鯉状態とあっては、もう何を言わんやである。
「だから、素直に『投与するのは麻酔薬にしましよう』って言ったのに」
と、同情心から“つい”ボソッと呟く、イネス博士の助手Aこと、
【薬師カズヒロ】医師免許取得の代償に、常にマントの着用を義務付けられた看護兵で階級は一曹。
読者諸氏に配慮したダッシュが、さりげなくそんなテロップを流すくらい久々の登場だった。
「いや、気持ちは判るが、矢張り全身麻酔は拙いぞ、カズ。
患者の年齢を考えると、アナフィラキシー(薬物過敏症)が心配だ。
抵抗力の低さから、術後、神経麻痺等の後遺症が残る可能性さえ否定出来ない」
「そうね。本音を言えば、散瞳薬(括約筋を弛緩させ瞳孔を広げる為の薬品)の点眼投与も控えたかったけど、瞳の調査が主目的である以上、これは仕方ないし………」
耳聡く聞きつけたらしい、ヒカルとドクターが。
ナデシコサイドの人間としては比較的登場シーンの多い、自分と違って勝ち組な二人が口々に反論を。
それに、どうしても賛同出来ない。
無論、カズヒロとてズブの素人ではない。
血の滲む様な思いで身に付けた医療知識もまた、ドクター達の言っている事が正しいと告げている。
だが、如何に医療目的でも。私心無く純粋に、只々正確なデータを採る事だけが目的だったとしても、
身体中を弄くり回すという明らかに屈辱的な行為を、患者が意識を保った状態で行うは如何なものかと思ってしまう。
まして、相手は幼子。気丈にも、これまで一度も泣き出したりはしなかったが、それでも一生物のトラウマになるのは必至なんじゃないかと………
いや、これは未熟の証明とも言うべき恥ずべき感傷だろう。
こんな下世話な事など思い付きもしないであろう目の前の二人に比べ、
検査作業中、チラッと『ケイタには絶対見せられない光景だな』と考えてしまった自分などは、医師としては破廉恥な部類の人間なのかもしれない。
と、カズヒロが自分の世界に埋没。
まるで『ひとつめのくに』の主人公の様な懊悩を抱えつつアレコレ思考を巡らしていた時、それは決定した。
「(ポン)というワケで、彼女の右手の治療は貴方に任せるわ。
術式は任せるけど、クランケの意思を尊重する形で。
リハビリ期間を含めて半年以内に武術を学べる様にしなさい」
と“一応”患者に配慮したらしく、ヒカルが当座の検査を終えた鈴音を隣室の普通のベットへと運んでいったのを確認した後、軽く右肩を叩きつつ己の師が告げた一言。
それは、今回の患者である少女を襲った数奇な運命に勝るとも劣らないくらい、唐突かつ理不尽極まりない命令だった。
「ど…ど…ど…ど…」
「初のオペにしては少々難易度が高過ぎませんか?」
混乱してドモるだけの自分に代わって、戻ってきたヒカルが今一番言って欲しかった事を。
そう。本編では全く目立たないその裏で、数多の手術例を。
ごく普通の縫合に始まり、虫垂炎を初めとする良くあるものを経て、
最近では心臓のバイパス設置や脳腫瘍の摘出と言った高難度の手術を擬似的に経験している身ではあるが、所詮、シミュレーションはシミュレーション。
まして、彼女の右手の完治は、ネルフ中国支部に集められた医療チームが匙を投げた難症例。
(幸か不幸かは横に置いて)如何に2199年最先端の医療技術を学んだ身とはいえ、明らかに手に余る。
ぶっちゃけ、如何したら良いかの、その方向性さえ定められない。
「(フッ)技術者が己の道を進むのに、早いに越した事はないわ。
人に先んじて前に進み、より深く極める。少なくとも、私はそうやって今の技術を身に付けたのよ」
「そういう御題目ではなく、本当の理由は?
いえ、この際ハッキリお聞きします。科学者としての立場に徹する事で、あの少女との間に精神的に距離を置こうとしているのは何故ですか?」
「ん〜〜〜と。何となく、あの娘が嫌いだからかしら?」
「お戯れを。いえ、寧ろ『他人とは思えない』の間違いではありませんか?
実際、彼女がシンジ君と再会出来る様、アレコレと過剰なまでに手をお打ちになって」
「あら、別に『嫌い』だというのは嘘じゃないわよ。
少しばかり変則的だけど、白馬の王子様的な幻想に溺れている所が特に腹立たしいわね。
ええ。この娘は将来、頭は良いけど只それだけな。自分の都合でしか動かない様な、とんでもない利己主義者になるわよ、きっと。
その捻じ曲がった根性を叩き直してやろうにも、既に手遅れなのが残念でならないわ」
「そうですか? どちらかと言えば、誰よりも優しいからこそ“そういう”悪役を演じたがる、少々素直ではない女性になると思いますよ、俺は」
そんな二人のやりとりから、カズヒロにも何となく判ってきた。要するに、近親憎悪というヤツなのだと。
そして、それを自覚しているからこそ、嫌っていても便宜を図るのに吝かではない。
多分、ドクター的にはそういう路線の事を主張しつつ空回りしているのだろう。チョッと萌えである。
だが、だからと言って、この状況は。照れ隠しで難題を押し付けられた身としては、堪ったものじゃない。
「フ〜ンだ。訳知り顔で“いい人”ぶっちゃって。
そういうのは美形どころがやるからウケるんであって、三白眼で愛想無しな貴方がやってもモテたりしないんだから。
寧ろ、別の方面で貧乏籤を。『考え無しに暴走しまくる猪武者な少年と、複雑な家庭環境の所為で素直になれない年上のお姉さん』という感じな。
そんなラノベ病丸出しで破綻し捲くった設定のバカップルの面倒を一生みるハメになっても、私は知らないんだからね!」
貴女は幾つですか、ドクター。
ヒカルもヒカルで『つまり『家事全般は俺がやる』って事ですか?』なんて冷静に切り返して。
それじゃ、煽っているのも同然だっての。
胸中でそう呟くも決して声には出さず、目の前の現実を。
時折、こんな風に理不尽なツンデレ少女化をするドクターと、それを明らかに助長させているヒカル。
そんな二人が自分の命綱を握っているだという事実を噛み締め、言葉無くそっと涙するカズヒロだった。