>SYSOP

   〜 数時間後。2015年、第一中学校最寄のカラオケボックス 〜

体育祭も無事(?)閉幕し、学生達が三々五々家路につき帰宅した。
或いは、それぞれの仲の良いグループにて打ち上げに流れ、その宴も酣となった頃、

「生けてちゃイケナイ〜、くらいに〜、嫌われてるの知らなかった」

チョッと広めの。大人数向けのホール型なカラオケルームにて、みやむーボイスによる歌声がメドレーで流れいた。

「貴方の冷たい〜、瞳が〜、胸に突き刺さる〜」

軽快でありながら、どこか哀愁の漂うメロディ。
それは曲本来の持ち味か? それとも、アスカの現在の心境を反映したが故のものだろうか?
それを察してか、責任を感じ恐縮しているシンジを筆頭に、他の友人達とグラシス会長御一行もまた、
既に9曲目に突入したにも関わらず、まんじりともせず静聴している。
だが、それを打ち壊しにする形で、

「いや〜、なんや絶好調やのうアスカは」

のほほんと呟かれた、その一言がトリガーとなった。
悲しみを歌にブツケル事で辛うじて保たれていた均衡が崩れ、大量分泌されたアドレナリンが体内を駆け巡り、アスカの中に棲む獣を呼び起こす。
トウジの発するお気楽な空気を感じた………彼女は、そのニオイが大嫌いだった。
あの不当な決定をアッサリ受け入れた。反省はおろか悔しさすら欠片も感じられない、他のユーゾムーズなクラスメイト達と全く同じニオイ!
アスカは思った。『コイツのニオイを消してやるッ!』と。

アスカの逆鱗、それは敗北の二文字。それを肌で感じた瞬間、彼女はブチ切れる!
怒気に染まった輝く蒼い瞳! 逆巻く茶色掛かった金髪! 二本の角と見紛うばかりな紅いヘッドセット!

これが! これが〜〜〜っ!!

「ジャ〜〜〜ジィ!!」

そいつに触れる事は死を意味する。
これが、惣流=アスカ=ラングレーだ!

   ド〜〜〜ン!!

「アンタねえ、どの口がそれを言うのよ。
 そもそも鳴り物入りで登場しておいて、あの結果はナニ! 私を涙の敗軍の将にしてからに〜!」

「そないなこと言われたかて。
 そりゃ試合には負けたかもしれんが、勝負には勝っとった………」

「何の役にも立たないわよ、そんな勝利!」

「いや、お陰でセンセにドヤされんで済んだし」

「うが〜〜〜〜っ!!」

胸倉を引っ掴みガクガクと揺さぶりつつ激昂する、アスカ。
もしも、ワザと怒らせ、自ら鬱憤の捌け口になっているのだとしたら。
狙ってやっているのだとしら賞賛に値するのだが、彼に限ってそれは無い。間違いない。
まあ、手を上げる事無くされるがままになっているだけでも、委員長ちゃんの見立て通り『優しい』と言えるのだろうが。

ともあれ、これで漸くステージが空いた。
その隙を狙って、イズミとアニタのコンビがマイクを取り、開発中の新ネタを披露。

   デンデンデデン、デデンデ、デンデン

「体育祭準優勝おめでとう」

「セイしたユーはチャンピオンクラス」

「「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン。レッツゴー」」

「アンタ等ね〜〜〜っ!!」

「「アウチッ!」」

そんな二人に必殺技の贈り物。
ジャンプ一番、滞空時間の長いウ○トラ・キック。二本の足がそれぞれの頭部へ綺麗にヒットする。
今日もアスカは元気一杯だった。



   〜 同時刻。2199年では早朝。地球、ホシノ ルリが通う中学校への通学路 〜

その日、ルリは憂鬱だった。
それもその筈、今日は彼女にとって鬼門とも言うべきイベント、体育祭の日だった。

重い足を引き摺る様にダラダラと歩きつつ、チョッと眠い目を擦る。
先程まで2015年に。ダークネスの秘密基地にて第一中学校の体育祭を観戦していた所為だ。

時差の関係で向こうは既に終了しているが、此方はまだ生徒達が登校し始めたばかりの時刻。
自分もまたその一人なのだが、周囲からかなり浮いている気がする。
周りの生徒達の様にはしゃぐ気にはなれず、寧ろムカムカする。
夜更かしによる睡眠不足と心理的忌避感からか、先程からチョピリお腹に鈍痛が走っているが、それを理由にズル休みなどしようものなら後がコワイ。
既に自分は前科者。再犯ともなれば、今度こそミスマル叔父様は何をするか判ったものでは無い。
だが、天秤のもう片方に乗っているモノもまた、それに勝るとも劣らぬくらいキツイものだった。

当初は、勝っても負けても点数に左程影響が無く、比較的短距離であり、しかも、100m走の様な花形競技と違ってあまり目立たない。つまり、幾らでも手が抜ける。
そんな理由から、ルリ自身は200m走を希望していたのだが、体育祭委員の。
親友だと思っていたアユミさんの裏切りによって、なんと障害物競走に出る事に。

そんな彼女を問い詰めた所、『艱難辛苦に立ち向かう、ルリ。萌える展開じゃない』という、まるで某組織の人達みたいな事を囀ってくれた。
思わず眩暈を覚える。確かに、運動オンチな女の子にその手の競技をやらせて四苦八苦させるのは、バラエティ物の定番なネタ。見ている其方は楽しいかもしれない。
だが、実際にやらされる此方は溜まったものではない。
ましてや、身内には、そんな醜態を克明に撮影せんとしている者達が多数居るとなれば尚更である。
当然、猛烈に反対した。でも、クラスの満場一致にて自分の言い分は却下された。
民主主義のありかたとその欠陥について再考させられる事象だった。

(ハア〜)

思わず溜息を一つ。
これまでに作った貸しの幾つか(序章参照)を使用して某同盟の人達の参加は完全シャットアウトする事が出来たが、生徒とその父兄にまでは手の出し様がない。
そんな訳で、これからの事を思うと、どこかの超ネガティブ思考な教師っぽくチョッと死にたくなる。

(さて、恥をかきに行きますか)

覚悟を決めて校門を潜る。 だが、そこで彼女を待っていたのは、そんな気骨を打ち砕くのに充分なモノだった。

父兄席の辺りに、昨日までは無かった筈の巨大な建造物が。
何事かと目を凝らせば、そこには無駄に豪奢な。僅か数時間で組んだ急造の物とは思えぬシッカリとした骨組みな矢倉が。
その中心部に設置された桧造りの瀟洒な座椅子には、ミスマル叔父様が場違いなまでの貫禄を誇示しつつ座っている。
そして、その横。右側には応援用のボンボンを持ったユリカさんとラピスが。
左側には『頑張れルリ姉様』と書かれた横断幕を広げた五つ子ちゃん達が。
その後ろでは、グルグル眼鏡の女の子がドン臭くオロオロしている。

迂闊だった。これは充分予測された事態。
しかも、止めさせようにも聞く耳は持ってくれそうもない。
アレは絶対、グラシス中将と張り合ってやっている事。間違いない。

「あの、ホシノさん。あの人達の事なんだけど………」

気付けば、担任の先生が恐る恐る。
縋る様な目をしつつ、オブラートに包んだ表現でアレを如何にかする様に言ってきた。
だが、世の中、出来る事と出来ない事がある。

「すいません、私にも如何にもなりません。
 後で良く叱っておきますので、今日の所は見逃してあげて下さい」

痛む頭を押さえてそう答えつつ、思考をマルチタスクに。
あれこれとオシオキのプランを練るルリだった。



   〜 数時間後。地球、ネルガルの会長室 〜

シュン提督の懸念に反し、何事も無かったかの様にギャグ漫画の世界よりアッサリ生還。
その日、アカツキは、珍しくシリアスモードで一つの報告書に目を通していた。

「(パサッ)そうか。矢張り、プロス君の所で情報が止められていたのか」

読み終えたそれをデスクに投げ出しつつ、沈痛な声音でそう搾り出す。
無理もない。既に半年以上前から極秘裏に進められていたプロジェクトが、長年腹心と頼み信頼してきた部下の手で妨害されていたのだ。
正直、やりきれない思いだった。

「カスミちゃんの話では、件の人物の特定には今少し時間が必要だそうです」

そんな己の御主人様に、ラシィは補足情報を。
そして、声を潜め、恐る恐るな声音で、

「あと、工作資金の事なんですが………」

「ソッチは君の判断に任せる。例の口座からならば幾ら引き出してくれても構わない。
 ああそれと。相手が相手だ、慎重の上にも慎重を期す様に伝えてくれたまえ」

「了解しましたです!」

一転して元気良くそう言うと、ラシィはペコリと一礼した後、弾かれた様な勢いで会長室を出て行った。
本当に、彼女は良くやってくれている。
こういった謀略事には向かない性格だし、事実、これまでの成果は余り芳しいものでは無かったが、今となってはそれも無理ない事だと思う。
何しろ、彼女が競っていた相手はプロス君だったのだ。それを考えれば、寧ろ、かなり善戦していたとさえ言えるだろう。
今となっては、唯一といっていい頼みの綱。幾ら感謝してもしたりない。

ゆっくりと席を立ち、窓に掛けられたブラインドに指を掛け、外の様子を伺う。
そこには、何時もと変らぬ人々の営みが。
しばしそれを眺めた後、本棚に隠しておいた秘蔵のブランデーを取り出し、

「もうすぐ………そう、もうすぐなんだ。
 ラシィ君も頑張ってくれている。遅くても来月の11月中には、僕の生き別れの弟が見つかる筈。そうなれば…………」

静寂に包まれた室内にて、一人、そう語散た後、アカツキは己のデスクを。
いずれこの席に座るであろう、まだ見ぬ弟の姿を幻視しながら『未来の会長に乾杯』と言いつつ、グラスに注いだその美酒を飲み干した。

そして、そんなハードーボイルドな漢から、直線距離にして約150mほど真下。
ネルガル本社の地下の一室には、

「(ハア〜)とうとう尻尾を掴まれちゃったか」

ナイショで設置した超小型監視カメラからその一部始終を眺めつつ、嘆息する会長秘書の姿が。
彼女もまた、この件では彼の敵の一人だった。
それも当然だろう。会長の椅子は飾りでは無い。ましてや、アカツキ個人の都合で勝手に譲渡されて良いものでは無いのだ。
だが…………

   カキ〜ン!

『『あ〜〜れ〜〜〜!(で〜〜すぅ!)』』

   キラッ

今日、体育祭にて披露されたこの醜態には流石に幻滅する。

正直、いっそ彼の生き別れの弟に。
本史とは異なり、社会的な地位が確立していた分だけ信用があった事もあって、桃色髪の少女よりも先に衝撃の事実を告げられ、現在、自分の向かいの席にて完璧に茫然自失中な。
まだ伸び代が残っている分、この不幸な少年少尉殿に期待した方がナンボかマシなんじゃないかという気がしてきているエリナだった。



   〜 同時刻。木連、ナデシコ荘の保健室 〜

その日、フィリスは、顔には出さないものの憤慨していた。
否、より正確には『もうやってられません』という心境だった。
無理も無い。何せ“あの”ナカザト中尉に恋愛事の相談を受けていたのだから。
しかも、アレコレと事情を聞く内に判った事を吟味するに、呆れた事に『どういう風に付き合ったら良いか?』という遥か以前の段階。
一方的な一目惚れであり、相手はまだ、中尉に懸想されている事はおろか、彼の名前すら知らない状態らしい。
これにはシュン提督も不安を覚えたらしく、アレコレ手を打ち、取り敢えず、件の女性のプロフィールを探ったり、
さり気なく、仕事を減らしたり、休日を増やしたり、更にはアドバイスっぽい事までしている様だ。

そこまで色々と気に掛けて貰っておきながら、提督の一体何が不満なのかしら?
思わずそう言ってやりたいくなるが、そんな内心の愚痴はおくびにも出さずに、さも同情している風を装いつつ適当に相槌を打つ。
この辺、職業柄、多くの人の身の上話を聞いてきた医師ならではの処世術である。

「提督は『花だ、ナカザト。花でオチない女はいない』などとおっしゃいましたが、
 何と言いますか、何時もの稚気溢れると言いますか。あまりにもウソ臭い雰囲気だったもので………」

「まあ、方向性自体は間違ってはいないでしょうけど、少々暴論なのも確かよね」

と、カウンセラーの仮面を被りつつ適当な。外面こそ誠実そうだが、その実、半ば投げ遣りな相槌を。
何だかんだで既に小一時間。そろそろ、ナカザト中尉の愚痴を聞くのにも飽きてきた。
なんでも、彼女と一緒に居た。親しげに話していた男と言うのが、厳つい顔の中年男でありながら数々の実績を誇る名うてのプレイボーイ。
あのミナトさんすらオトした事があるスゴ腕だという話だが、正直言って、如何考えても提督に担がれているというか、危機感を煽る形でハッパを掛けられているとしか思えない。
取り敢えず、懸念されていた様な事態(第9話参照)には。目の前のコレが安牌確定になったのは有難いのだが、正直言って鬱陶しい。

『そんなに好きなら、とっとと告白するなりなんなりすれば?』
と、イマイチ積極的になれない自分の事は棚に上げつつ内心で嘆息する。
東提督も同行していたので気後れしてしまったが、矢張り、この間の旅行(?)に、無理矢理にでも付いて行くべきだったのだろうか?

延々と続くナカザトの愚痴を聞き流しつつ、そんな“たられば”な事を物思う。
そう、何せ相手は国家元首。ライバルと呼ぶには余りにも強大過ぎる相手だ。
救いと言えば如何見ても本気では無いことだが、とても楽観は出来ない。
恋愛と違って、結婚は愛など無くても可能な事。
そして、木連にとって有益と判断すれば、彼女は躊躇い無くそれを実行に移せる人間なのだから。

「そうだ。一応、フィリスさんの耳にも入れておいた方が良いでしょうね」

そんな内心鬱々としていた彼女に、それまでの態度を改め。
普段の軍人モードに戻ったナカザトは『コレは内密な話なのですが』と、声を潜めると、赤面してチョッと躊躇いつつも顔を近づけ、

(実は、此処半年ほどの間、シュン提督の個人情報を。特にスケジュール関係のそれを重点的に探っているハッカーがいるみたいなんです)

と、冷や汗ものの裏事情を耳打ちして来た。

「(コホン)この件は絶対に御内密に。
 無論、此方とて何の対策もしていない訳ではありません。
 提督の御指示の下、春待三尉がログの洗い直しをすると共に逆探用のトラップを作成。
 セキュリティレベルを上げるよりも、犯人の特定を優先する形で対応しておりますので解決は時間の問題かと。
 ですが、犯人がネットレベルでのハッキングを諦め物理レベルで。機密文書を狙って、この保健室へと潜り込んでこないとも限りませんので………」

どうにかポーカーフェイスを保つ事に成功したが、内心は戦々恐々だった。
どうやら自分は、表の仕事が忙しいハーリー君が不在の時ならばと油断していたらしい。
なおも『暫くの間、これまで以上に戸締りには気を付けて下さい』などとクドクドと注意事項を並べ立てるナカザトの繰言を聞き流しながら、
ユキミちゃんの実力を侮り過ぎていた事を実感するフィリスだった。



と、その頃、そんな彼女が強くライバル心を覚えた女性達はと言えば、



   〜 同時刻。2199年、木連首相官邸 〜

「ね〜、千沙」

「何でしょうか、舞歌様」

「私と結婚してくれない?」

「……………御戯れを」

「ん〜、結構本気なんだけど。
 だってほら、例の二人とはドッチとも上手くいっていないみたいだし、今だって貴女は、私の腹心と言うより嫁みたいなもんだし。
 このまま嫁ず後家にするくらいなら『いっそ責任を取ろうかな〜』って思って」

「自覚があるのでしたら、それを改善する努力を………
(ハッ)まさかとは思いますが、そんな面白半分な理由で、今度の国会で同性婚を認める法案を通す気ではでしょうね!」

「や〜ね〜、幾ら私でもヤらないわよ、そんな馬鹿な事。
 何せ、そんな法案通しちゃった最後、それこそウチはガチ○モばっかに………」

「兎に角! そんな事をしたら、舞歌様を殺して私も死にます! 如何かそのお積もりで!」

「はいはい、判りました。
 東家の名に掛けて誓います。私、舞歌の目の黒い内は“木連では”同性婚を認めません。これで良いかしら?」

と、何時もの書類仕事の片手間に、さりげなく、先日の小旅行で出会った折に密かに同盟を結んだ、神の勅命を受けし某少女より持ちかけられた計画の根回しを進めていたり、



   〜 同時刻。2199年、木連のナデシコ荘 〜

『………という訳で、添付ファイルの動画の内容が示す通り、本日、お姉さんが貴方にナイショで出掛けた理由は、東提督のお忍びに同行する為なので心配は無用です。
 それでは、お身体に気を付けて。また、お会い出来る日を楽しみにしています』

   ピッ

「(フゥ)千里君へのメールはこれで良しっと。
 次はAからCのログ検索ルーチンの見直し………いえ、イセリナ王女への返信の方が先ね」

そんな独り言をブツブツと呟きつつ、再三のお誘いを謝辞する為の文面を考える。
これは彼女の気が緩んでいるからではない。完徹三日目な所為で、流石に集中力が低下している所為である。
そう。生来の根が真面目な性格故に、厄介事を多数抱える事に。
本業である中隊指揮の任務に加え、他の重要情報には目もくれずにシュン提督の個人情報ばかりを収集してゆく、何が目的なのか良く判らない謎のハッカーの探索。
更には、私信メールの返事にも追われ、春待三尉は色んな意味で追い詰められていた。



   〜 翌日。2015年、芍薬の中庭 〜

その日は訓練メニューを一部変更。早朝より、散打(組手)となった。
例の特訓後、初の対戦である。

その内容は、これまでのそれとは一線を画すものだった。
以前は、トウジが打ちかかり、シンジがそれをいなしてカウンター。
基本的にはそれの繰り返しだったが、この立場が逆転する形に。
トウジがドッシリと構えて“待ち”の体制に。
シンジがその制空圏ギリギリにそって、その周りをグルグルと回り、隙を伺うといった展開となった。

そう。体感時間的には約三ヶ月に渡ってシミュレーターに揺られ、どこかの地下競技場の少年チャンピオンの如く、ありとあらゆるシチュエーションでの試合を。
偶に暴走し過ぎて明後日の方向に。あからさまに武道でも何でもない、SAGA版の前哨戦とばかりにギャルゲーっぽい事までやらされたり、
時には、生来の人の良さがアダとなり、茶飲み話がてら惣流博士にアスカの近況を根掘り葉掘り聞かれたりと言った、
今振り返ると苦笑を禁じえないエピソードもあったりするが、桃色髪のコーチの課す密度の濃い特訓を積んだ経験は伊達では無い。
数々の戦いを経て、これが自分にとってベストな戦法であるとの確信が、トウジの中で確立していた。

   シュッ!

焦れたシンジが、ついに射程内に進入。接近戦を挑みに行く。
その瞬間、全く同じタイミングで。まるで、それが発射スイッチだったかの様なレスポンスで、トウジは右冲捶を。

これまでよりも明らかに鋭い、矢の様な一撃。
とは言え、如何に速くとも、牽制も無しに出したパンチが防御カンの良い彼女に当たる筈も無く、余裕を持って躱され、アッサリ懐に潜り込まれる。
だが、これは想定の範囲内。否、寧ろ“してやったり”な展開だった。

「ふん!(ドン!)」

飛び込んでくるシンジよりも更に早く、右足を軸に左肩口から踏み込み間合いをゼロに。
顎先へのカウンターを狙っていたフック気味の右掌打が繰り出し辛い。
有効打の打つ為の発射距離の無い密着状態に持ち込み、そのまま震脚のエネルギーをショルダー・タックルとなる形で開放する。

無論、シンジの方も黙ってそれを貰った訳ではない。
だが、至近距離からの点ではなく面の。回避が困難な体当たり系の攻撃。

「(クッ)」

何とか浮身で後方に飛んだものの、自身も飛び込んだ所へ貰った事もあり、ダメージを完全には消しきれない。
しかも、身体は宙に。自由落下に身を任せるしかない死に体に。

「おりゃ!」

そこへ、止めとばかりにトウジの右上段突きが。
回避不能。浮身によるダメージ軽減も不能な為、防御も無意味。
それでも、反射的に捌きに。その軌道を逸らそうと試みる。

しかし、捌き切れない。
只でさえ非力な身。しかも、大地の利の得られぬ宙にあっては当然の結果ではあるが、両手を使ってもなお完全に力負けしている。

トウジの拳が胸元に飛び込んでくる。
正中線ド真ん中。背中に冷たいものが走る。
あと5p…3p…1p………拳が触れ、衝撃が襲ってくる。

  バン!

(えっ?)

気付いた時には、更に宙高く舞っていた。
身体は………動く! ダメージは軽微。良く判らないが、あのまま直撃を貰った訳では無いらしい。
体制は伸身前方宙返りの途中に酷似した逆立ち状態。
下方に目を向ければ、丁度、右上段突きを放った体制のトウジの頭上部が見える位置だった。

と、状況把握に努めているを間に上昇エネルギーを使いきったらしく、身体が自由落下をし始める。
慌てて体制を修正。伸身から屈伸の前宙に切り替えて滞空時間を稼ぎ、トウジの身体を飛び越す形で。
背中を見せない様に半捻りも加え、その背後に着地する。

拳を突き上げた体制のままキョロキョロと首を振る、トウジ。
どうも、彼の方は此方を見失っているらしい。
目の前には隙だらけなガラ空きの背中。流れる数瞬の空白。

「えい」

かくて、『良いのかなあ?』とチョッピリ逡巡したものの、気付かれぬ様にゆっくりと。
仕掛ける瞬間のみ素早く、右手をトウジの首に巻きつけスリーパーホールドに。
彼我の身長差を利用し、体重を乗せそのまま一気に締め落とす。
戦いに情けは無用。勝機は決して見逃さない。
この辺、北斗の薫陶の賜物である。

だが、哀しいかな、シンジには決定力が無かった。
如何に女性化したとは言え、心と技の成熟に比例してあまりにも非力だった。
絶好のチャンスを得ながら結局落としきれず、必要以上にトウジを苦しめた挙句、結果、最後は『これ以上は危険』と判断され、お情けの判定勝ちに。



「(ケホッ、ケホッ)かあ〜〜っ、また負けてもうたか」
「(フン)ツメが甘過ぎだ。“とどめ”を前に気を緩めるなど愚の骨頂だぞ、この馬鹿者め」

そんなトウジと北斗のやりとりを眺めつつ、苦笑いを。
そう。一応、勝つには勝ったが、地力では完璧に負けていた。

勝利の鍵となった、例の無意識の動き。
先程の北斗の話によれば、あの瞬間、胸元擦れ擦れにまで迫っていた右上段突きに、
受け流すと言うより下に突き飛ばす様に双掌打を合わせ、その際の反発力を利用して大きくジャンプ。
跳馬の前転跳びの如く、トウジの身体を跳び越す様に宙に舞ったらしいのだが、あれはもう本気で主人公補正………じゃなくて大まぐれ。
もう一度やれと言われても、絶対に出来そうも無い。

それにしても、この10日足らずの間に、親友は本当に強くなったと思う。
振り返るに、最初の冲捶。アレが罠だった。
あれは此方を懐に誘い込む為のフェイント。本命は二撃目、震脚からの馬歩衝靠(ショルダー・タックル)。
冲捶に合わせたカウンターを更にカウンターで返される形に。
それも、踏み込んだ体勢からの溜めが、これまでよりも長い。最後まで手筋を読ませない一撃だった。
今回は互いに踏み込み超至近となったが故に馬歩衝靠となったが、おそらくは、もう少し距離が離れていれば別の技が。
近距離ならば外門頂肘か独歩頂膝(膝蹴り)が。バックステップして間合いが開けば、崩拳もしくは裡門頂肘が飛んで来たと思われる。

背筋にゾッと冷たい物が走る。
この三択は、総て震脚を踏んだ体勢から発生する技。
相手の動きに合わせて技を適切に選ぶ事で、中間距離から超至近距離まで隙の無い体制。
謂わば、これまでは一定の間合いが必須な長距離戦オンリーだった大砲が、射程距離を選ばないオールレンジ対応な砲弾に変わった様なものなのだ。

と言って接近戦を避けても。アウトボクサー宜しく、足を使って遠間からパンチを纏めた所で意味が無い。
非力な自分の攻撃ではダメージの蓄積など到底望めない。
何発入れようと無意味、精々牽制くらいの効果しか見込めない。
従って、後の先を。カウンターを狙うしかないのだが、トウジはこれまでの先の先。
短打を連打する事で常に先手を取っていたスタイルを捨て、先の後を。
自分から仕掛けるのでは無く、相手を懐に呼び込んで攻撃を誘い、その際に生まれる一瞬の隙を狙ってきている。

これは実に厄介な戦法だ。
共に相手の技を見てから、それに対応する技を出す“待ち”の戦法だが、その実態は似て非なるもの。
此方の方が圧倒的に不利だったりする。
と言うのも、シンジの方は相手の攻撃を回避しつつ攻撃しなければならないのに対し、トウジの方はその必要が無い。
相手が飛び込んでくる動きに合わせて、相打ち上等で。その絶大な攻撃力に物を言わせ押し潰すだけ。
これはもう、ジャンケンに例えるのであれば『最初はグー』の時に『パー』を出す事が認められている様なものである。

「まあナンだ。正直、俺が、あれだけ口をすっぱくして教えたにも関わらず一向に身に付かなかったものが、
 出稽古中に形になっているのはチト業腹だが、良くぞ間合いの理合いを習得した」

「押忍、アリガトさんです」

「欲を言えば、あの場合、馬歩衝靠を繰り出すのは大纒(敵の攻撃を受け流しつつ、その身体を抱き付く様に拘束する技)で絡め取ってからにするべきだったな。
 あれだけ深く呼び込んでおきながら、それを狙わないのは少々勿体無いぞ」

そんな自己分析の傍ら、聞くとはなしに聞いていた北斗によるトウジ用のアドバイスに。
その的確かつ苛烈な内容に、思わず胸中で『ゲェ』と呟き顔色を失う。
確かに、あの状況から大纒崩捶を。浮身で衝撃を殺せないショルダータックルなんて喰ったら、その時点で完璧にアウト。
お世辞にも丈夫な身体とは言えない自分がアレを直撃で貰ったりしたら、KOどころかそのままポックリあの世逝きという事になりかねない。

だが、事態はそんなシンジの驚愕すらも上回るものだった。

「え〜と。ぐ…具体的にはドウするんでっか、センセ?」

  シ〜〜〜ン

恐る恐る紡がれたその一言によって、一瞬、空気が凝固したかの様に時間が制止した。
一秒、二秒………そして、再び時が動き出す。

「あ〜ナンだ、チョッと大纒と小纒の套路を………いや、この際、別のものでも。教えた歩法をどれか一つでイイからやって見せろ」

一縷の望みを託し、乾いた声でそう命じる北斗。
勿論、結果は惨憺たるものだった。



「そうだな。考えてみれば、間合いの詰め方と小八極の錬度が大幅に上がっている以上、それ以外の事などやっている筈がないよな」

あまりの事に痛む頭を抑えながら。
自分自身を納得させる様にそう述懐した後、

「こうなった以上、仕方ない。このまま亀仙流の鍛錬法で行くとしよう」

【亀仙流鍛錬術】
世界三大武道会の中でも随一の規模を誇る、事実上の世界最強決定戦とも言うべき天下一武道会に、数多くの本選出場者を輩出してきた名門中の名門であり、
かつては、世界最強の武道家と呼ばれた武天老師がその創始者と言われる、亀仙流に伝わる伝説の修行法。
その要諦は『先ず力ありき』であり、常識を頭から無視した殺人的な鍛錬を積み重ねる事で、超人的な身体能力を修得するという、
オーバーワークの弊害が叫ばれる現代トレーニング理論とは真っ向から対立するものである。
無論、そんな無茶すれば、たちどころに身体を壊すのがオチなのだが、稀にそうした限界を越える者が現れる。
そうした超越者を作り上げる事が、この流派の極意なのである。

尚、余談ではあるが、亀仙流の苛烈な修行は、かつてボクシング界を震撼させた偉大なるチャンピオン、マホメド=アライにして衝撃的だったらしく、
流派の高弟達が苛烈な鍛錬の果てに限界を超えていく様を見て『スゴイね、人体』と驚嘆の声を洩らしたと言われているが、真偽の程は定かではない。

民明書房刊『跳躍英雄列伝』より。

「って、朝やってるアニメに出て来るヤツじゃないですか、ソレ!」

「うむ。路線としては丁度あんな感じだ。
 この際、歩法や防御は後回しに。そっちは、肉体面の成長が頭打ちになってからにする」

折角の解説をガン無視したシンジの突っ込みに、北斗は悪びれる事無くそれを肯定。そのまま今後の方針を告げた。

「無茶ですよ、そんなの。碌に防御の仕方も知らずに戦える訳ないじゃないですか。
 11月の下旬には試合なんでしょう?  相手は正規の訓練を受けた武道家達なんでしょう!? とっても強いんでしょう!!」

「(フッ)攻撃は最大の防御やで、シンジ」

「トウジは黙ってて!」

これには黙っていられず、自分の置かれた状況がイマイチ良く判っていないっぽい。
当てにならない当事者の戯言を切って捨てつつ、北斗に詰め寄り激しく翻意を促す。
そんなシンジの何時にない強硬な姿勢に閉口しつつ、

「判った、判った。ったく、最近めっきり零夜に似てきやがって」

と小さく愚痴った後、

「(コホン)まあ、亀仙流云々は冗談だが、基本的にはそんなに変わりは無いぞ。
 と言うか、いまだ三才歩すら修得出来ていない有様ではそれしか。相打ち覚悟で打ち合いに持ち込むしかない」

「それじゃ、なおさら防御が必要じゃないですか!」

「いや、お前の言いたい事も判らんではないが、それは寧ろ逆だぞ。
 付け焼刃な防御など、出来損ないの盾も同然。半端な防御力に頼った挙句、肝心な所で壊れるのがオチだ。
 だから防御は捨てる。乾坤一擲、勝つにせよ負けるにせよ一撃でケリを付けに行く。
 それが多分、最も勝率の高く、且つ、お前が心配している、つまらん怪我をせずに済む確率も最も高い戦法だ」

そう語った後、これでこの話は御終いとばかりに、朝連の終了を告げつつ背を向ける。
そんな北斗に、まだ言いたい事が幾つもあったが、これ以上は過保護の謗りを。
ある意味、武道家としてのトウジを侮辱している事になりそうなので、何も言えずモゴモゴと押し黙る。

かくて、委員長ちゃんが知ったら猛烈に危機感を覚えそうなイベントが終了。
シンジの世話女房化フラグがまた一つ立つと共に、改めて、来月末に行われる木連最大の武術大会、天空雷台祭へのトウジの参戦体勢が整った。
なお、恋愛関係のフラグは立っていない。今はまだ。

「クワッ」

と、此処で第三の弟子。ペンペンが声を上げた。
それに呼び止められ北斗が振り向く。
目と目が合う。そこに、先程のやりとりとは別種の緊張感が走る。

「クワワッ!」

「そうか。判った、任せておけ」

勿論、如何に北斗でも、ペンギン語が判る訳ではない。
弟子達同様、普段は鳴声の調子や巧みなボディランゲージから彼の意図を察しているに過ぎない。
だが、今回はその一言だけで北斗には充分だった。
師弟の。武道家同士の種族を超えたシンパシーだった。

   ジーゴロ、ジーゴロ

その想いを受け、居間にある黒電話のダイヤルを回し、緊急時用の木連へのホットラインを繋げ、

「………ああ、千沙か。俺だ。次の雷台賽の事なんだが……………今更だぞ。それに、元はソッチが。舞歌が仕組んだ事だろうに。……………違うぞ、三つ必要だ。
 ……………ええぃ、そんな事はドウでもイイ! 兎に角、どんな形でも良いからペンペン用の出場枠を作れ! スグにだ!!(チン)」

かくて、真紅の羅刹の肝煎りにより、その弟子達三人(?)全員の出場が正式に決定した。



   〜 数時間後。午前10時、某ファミレス 〜

「それでは、お先に上がらせて頂きます。お疲れ様でした〜」

更衣室にて着替えを終えると、先輩達に別れの挨拶を告げ店を後にする。
だが、モモセの仕事は、これで終わった訳ではない。寧ろ、此処からが本番である。
そう。昼間の時間帯がフリーになる様、積極的に深夜から朝までの夜番のシフトを入れて貰っているのは、偏に本業の都合からなのだ。

此処で『それならウエイトレス業なんてやらなければイイじゃん』という突っ込みが入りそうだが、さにあらず。
これもまた、本業にとって欠かせない事だったりする。

何しろ、自分の感覚では二世紀も前の。
最初なんて、本気で右も左も判らなかった未知の時代なのだ。
そんな訳で、軽く聞き耳を立てているだけで、黙っていても雑多な知識を得る事が出来るコッチの仕事もまた、彼女にとっては大きなウェイトを締めている。
そう、総ては情報収集の為。決して趣味じゃ、『この制服カワイイ』とか思ってないんだからね!

閑話休題。与えられたセーフハウスに到着と同時に気持ちを切り替え、それまでデフォルトだった接客業用の満面の笑顔を消し、無表情に。
そのままファミレスへの通勤用のラフな私服から、本業用のチョッと値の張るブランド物のスーツ姿に。
更に、姿見用の鏡でチェックを入れつつ新たな顔を。 それまでのカワイイ系を狙った十代後半用のメイクを落とし、シックな二十代前半用の薄化粧に。
口元にも軽く営業用スマイルを浮かべ、やり手のキャリアウーマン風の容貌を作り上げる。

此処から先は、バイトで学費を稼ぐ苦学生の山崎モモセではなく、大神官ゴート様直属のエージェント、神官モモセの時間である。
もっとも、これは彼等の計画の尻馬に乗る為の。
己の夢を叶える為の擬態であり、彼女自身は、神の威光はおろかその存在すら欠片も信じてはいないのだが。
とゆ〜か、もしも神という存在が本当に居るのであれば『絶対に私の敵だ』と確信できる。
何せ、幾ら対外用のカバーストーリーとは言え、“あの”ヤマサキ博士の養女だなんていうイヤ過ぎる設定を押し付けてくれたのだから!

……………パシッ!

両手で己の頬を軽く叩き、暴走しかけていた思考をリセット。
とある特殊能力を駆使する為に鍛え捲くった精神力を駆使して、強引に気持ちを切り替える。

手帳で今日のスケジュールを確認する。
気合を入れよう。今日のスカウト先は重要度SSS。
ヤマサキ博士より絶対に口説き落とす様に厳命されている高円寺のおばさんだ。



   〜 数時間後。中国、とある町外れにある料理店 〜

その日も、アカリの店は大忙しだった。
そう。最初は如何なる事かと思ったこの無謀な試みも『案ずるより生むが易し』な結果に。
開店してまだ間もないにも関わらず、既に贔屓にして下さるお客様が何人も居るのだ。
目の前のカウンター席にて、今や遅しと待ち侘びている二十歳を幾らか過ぎた位の年恰好の。
この辺一帯の駐在役を務めている警察官たるザンバラ髪の男性もまた、そんな常連さんのお一人。
万が一にも失態は許されない。

   ジュワ〜〜

薄切りの牛モモ肉300gを強火で一気に。
ホウメイさん直伝のナベ振りの妙技にて均等に。総ての肉が、赤身からほんのり桜色になる所まで火を通す。
そして、その変わり始めの一瞬を見逃さず、すかさずオイスターソースを絡める。
それを大盛ご飯の丼の上に。その上に、香り付けの薬味を乗せれば、

「はい。特製牛丼、一丁です」

  モグ、モグ、モグ……

注文通りの。それも、わりと会心の手応えの一品だった。
その証拠に、何時もは何か一言言わずには居られない煩型のこの人が、珍しく欠点を指摘する事無く黙々と食べてくれている。

だが、そんな彼の隣の席にて異変が。
徐にメニユーをご覧になっていた40絡みの年恰好のお客様が、それまでのダンディーさを捨てドワ〜とドン引きに。
『コイツ、なんちゅうものを食ってんじゃい』と言わんばかりな驚愕の表情を浮かべつつ大きく仰け反っている。
おかしいな。一体、何がいけなかったのかな?

「お〜い。コッチも早く頼むで〜」

それをお尋ねする前に、手が止まっていた事を見透かされたらしく、その左隣の席のお客様より催促の声が。
取り急ぎ、既に焼き上げて盛り付けるだけの段階に入っていたご注文の品を仕上げ、

「はい。特製お好み焼き丼、一丁です」

香ばしいソースの香りが食欲を誘い、その上に振掛けられた青海苔も目に鮮やかな珠玉の一品。
事実、常連客の一人。日々の部活で日焼けしたと思しき浅黒い肌をした近所の高校の学生さんも、『待ってました』とばかりに顔を綻ばせて丼の中身をパクついている。

だが、何故か隣の席の。先程の小父様が『なんなんだ、この店は。ヘンなヤツばっかりだ!』と言わんばかりに再びドン引きに。
更には、その右隣の席の常連さんまでが箸を止めると、その職業通りの厳しい顔付きで、

「ふむ。少々すまないが、そこの学生君。そう、君だ。
 幾らなんでも、ソレはチョッとヤンチャが過ぎるじゃないのかな。
 此処は多くの人が一時の安息を求めて訪れる憩いの場。
 それを、そんな悪趣味な物を目の前でムシャムシャと食べられては、他のお客さん達の迷惑だとは思わないかね?」

と、幼子を嗜める様に優しい声で駄目出しを。
しかしながら、その内容は結構容赦無いもの。
思い入れのあるお気に入りにメニューを、そんな風に貶されたとあっては『適当に頷いておく』等と言った大人な対応など出来るはずも無く、

「だったら、テメエが席を外した方が得策じゃないのか。
 ンな偏食丸出しな。コレステロールの塊みたいモンを好んで食う様なイカレた味覚のヤツに定食屋に来る資格は無えって〜の」

外見通り熱く。青少年の主張っぽいノリで反論。
ソレを冷笑をもって応じつつも、

「(フッ)太古の昔より、肉食こそが食文化の華とされてきたのを知らないのかね?
 人体に必須なアミノ酸の摂取に最も適した食材。分けても、牛肉はその基本となるもの。
 これは、そうした先人達の知恵が生み出した。1800年前程前に広東省にて産声を上げた元祖牛丼のレシピを今に受け継ぐ物。
 そう。米食民族である日本人に迎合して作られた、某大手チェーンの大量生産品とは歴史の重みが違うのだよ」

その気勢に感化されてか、これまた熱く語る若き駐在さん。
無論、学生さんの方も負けてはおらず、

「お前こそ、お好み焼きが本来ご飯のオカズとされてきた事を知らね〜のかよ。
 ンでもってコイツはな〜、昔、オコノミーナ夫人が、研究の片手間に食事を採っている所為で食べるのが異常に遅くて、
 何時も肝心のソースを鉄板にコゲ付かせていた旦那の為に、保温性が高く且つ手軽に食べられる様にと考案した内助の功な。
 その健康を気遣って、肉・野菜・ご飯がバランス良く一度に食べられる正に完全食とも言うべき一品。
 ソッチの席の、引っくり返すのをしくじった広○風みたいなヤツとは格が違うんだよ、格が」

民○書房刊から引用した様な如何にもな薀蓄を。
だが、コレが不味かった。

「って、チョッと待ちなアンちゃん。黙って聞いていれば『格が違う』とは何や。
 ワシのソバ飯かてなあ、昔、ご飯と焼きそばを別々に食うのがタルかったソバババーン将軍が作り出した由緒正しき食べ物なんよ。
 そういう事はソッチの席の。飯の上に厚切り肉を乗せただけなんて適当丸出しなモン食うているヤツに言えや」

「(ハア〜)やれやれ、何を的外れな事を。
 これはステーキとライスをバラバラに食べる手間を惜しんだジャック=バルバロッサ=バンコラン少佐が考案した。
 美食家でありながらエネルギー補給に時間を掛けない主義という、彼の人の無茶な要求を満たした珠玉の一品だというのに。
 そういう事は、ソコのカウンター席で、ジャンクフードを模した握り飯などという理解に苦しむ食物を食い散らかしている無作法者にでも言ってやるのだね」

「(モグモグ)食い散らかしているとはなんだよ(モグモグ)。
 確かに、コイツはお上品な食いモンじゃないかも知れないが、手軽に食べられる合理主義の粋。
 米と肉と根野菜がバランス良く食える、かのライスバーガー国防長官が、現役時代、その活力の源にしていたとソウルフードだぜ。
 少なくともソッチの。(モグモグ)わざわざ特注で煮込み過ぎたおでんを頼む様な悪趣味なヤツよりはマシだっつうの」

「(フッ)敢えて煮崩したガンモドキの。溢れる出し汁と茶飯との絶妙のハーモニーが理解出来んとは。
 これだから濃い目の大味しか知らない、きょう日の若造は困るんだ。
 何より、真に悪趣味と言うのはソコの。定食屋に来てまで猫まんまを食している様な者の事を言うのだよ」

「猫まんま言うな〜!   コレは深川鍋の亜流。アサリと葱でダシをとった味噌鍋のオジヤや。
 向かいの席の。ラーメンの残り汁に、ご飯にぶっこんだだけのモンとは違うんや〜」

「それは俺のセリフだぜ。
 コッチじゃ、こういうラーメンライスの方が、ずっと一般的だろうが。
 とゆ〜か、お前等みんなワガママ言い過ぎ。メニューに無いモンばっかり注文してんじゃね〜よ」

「そう言うお前だって、メニューに載っていない。矢鱈具沢山な石狩鍋風味噌ラーメンじゃんか」

「ソレはソレ、コレはコレ。鮭と味噌のコラボこそ最強の味。これは世界の公式見解だ」

喧々囂々。それぞれが一家言のある常連客が揃っていた事もあって大混乱に。
だが、そんな彼等とて店に迷惑を。今も厨房より『アウアウ』口篭りつつも、如何にか収拾を図ろうとしている自分達の良き理解者。
未だあどけなさえ感じられる容姿の、チビッコな女店主を困らせるの事は本意ではない。
それ故、各人の頭が冷えると共に沈静化の方向へ。
そして、場の落とし所として尚もドン引き中の中年男。
今日、初めて此処に訪れた新人の動向に注目が集まる事に。
そう。今はまだ、一人一党とも言うべき混沌状態にあるが、彼の注文する物によっては。
ぶっちゃけ、自分と同盟を組み得る相手であったなら、この店の勢力図が大きく塗り替えられる引き金となる可能性を秘めているのだ。

とは言え、下駄を預けられる方は堪ったものではない。
しかも、空気の読める苦労人。その苦悩は深かった。
悩んで、悩んで、悩みぬいて………最後にはもう如何でも良くなり、

「天ぷら蕎麦。盛りで、熱燗も付けて」

ふと、仕事の都合で日本に行った時の事を思い出し、そんな無茶な注文を。
彼にしてみれば場を和ませる為の冗談であり、ある意味、逃避行動だった。
だが、周りは勿論、店主である少女もそうは取らなかった。
今にも泣きそうな顔をされはしたが、何故か恙無く注文の品。
帆立の貝柱の掻揚げを中心とした天ぷらの盛り合わせとお銚子。
そして、流石に蒸篭までは無かったらしく、深皿に盛られた十割蕎麦がカウンター越しに差し出された。

かくて、退路は断たれた。
ええぃ! こうなったら、もうヤケだ。

「なんと! この昼日中から蕎麦前(蕎麦を食べる前に飲む酒の事)で熱燗だと!?」

「しかも、肴の天麩羅を蕎麦汁に浸さず塩で食すとは。
 あきらかに、最後に蕎麦だけをツルリと粋に啜る体制。コヤツ、さては池○厨か!?」

こうして、一見さんへの通過儀礼は恙無く終了し、新たな常連さんが誕生した。

ちなみに、アカリの店は、その後もそれなりに繁盛を。
中国B級グルメ誌に“一応”メニュー表はあるのだが、誰もそれに書かれている料理を注文しない。
『メニューの無い料理店』として紹介され勇名を馳せる事になるのだが、これはまた別のお話である。



   〜 同時刻。日本、ネルフ本部、赤木ラボ 〜

その日、赤木リツコは、昼下がりのコーヒーブレイクがてら某鑑定番組の再放送を視ていた。
そう。母さんが復活して以来、色々振り回される事も多いが、こうして仕事に余裕が出てきたのは本当に有難い。
ホンの一時の。それも、ミサトが非番の日にだけ許される数少ない娯楽。
だが、リツコ的には結構満ち足りた気分になれる命の洗濯だった。

それも、何時もは何も考えない空白時間を楽しむ為の。
単に見るとはなしに見ている程度のものだったが、今回は別格。
鑑定を依頼された物はチョッと大きめのサイコロ大だが、そこに施された細工は只事ではない。
前後左右どの方向からみても此方を見詰め手招きをしている猫の姿が見れるという、素人目にも名人芸と判る至高の一品。
彼女の興味を大いに引くものだった。

『いいか、オメーはマンモーニ(ママっ子)なんだよ!
 ビビってんだ! 甘ったれてんだ! 判るか? え? オレの言ってる事が?
 心の奥の所で、オメーにはビビリがあんだよ!
 成長しろ! 成長しなきゃあオメーは『栄光』を掴めねえ。希望の大学には受からねえ!」

スポンサーの一社。外国人講師による徹底したスパルタ方式で知られる。
行き過ぎた体罰で何度か問題になっているにも関わらず何故か評判の良い、此処最近なにかと話題な予備校のCMが終り、いよいよ鑑定額が提示される。

『一、十、百、千、万、十万…………(テッテテッテ)』

表示された金額は12万円だった。

『夜鳥みどり作 妙技『六方招き猫』。本物に間違いありません。
 いや〜、相変わらず良い仕事をしてますねえ』

鑑定士達のリーダー格である眼鏡を掛けた初老の男が、定番の口上で作品を褒めちぎる。
その内容に反して、お値段の方は思った程ではなかったが、この手の物は製作者が没してからが勝負な所がある。
まして、その相手が早熟の天才。いまだ20代前半の女性ともなれば、評価が辛口となるのも無理からぬ事だろう。

『これは作者が最も得意とする構図で、習作として作られた物が数多く存在するんですよ。
 そうした理由から、お値段が今一つに。
 これが別の物。例えば、半年程前に製作された『眠り猫』とかでしたら、最低でもこの十倍は下らないのですが………』

前言撤回、充分評価されているっぽい。
事実、見本として画面下に映るそれは、溜息が出そうなくらい素晴らしい物……………あれ? どこかで見た様な気が。

リョウちゃんから貰った卓上の置物と見比べてみる。何故か良く似ている。
持ち上げて底を見てみる。そこには、TVに出ていたそれにソックリな書体で『夜鳥』と落款が押してあった。

「まさか…よね?」

ありえない。少なくとも、間違ってもお土産として貰う様な物ではない。
婉曲なプロポーズ。給料三ヶ月分を溜めての、婚約指輪の代わりというのであれば可能性もゼロではないだろうが………

と、リツコが己の価値観で。
他人にはあまり理解して貰えそうも無い推論を立てていた時、

「先輩〜! 大変、大変ですう!」

直属の部下であるマヤが、ミサト張りの勢いで乱入。
いい歳こいて幼子の様に泣きべそをかきつつ何事か訴えてきた。
それを適当にあやしつつ、重要と思われる単語を拾い出し、頭の中で再構築を。

「なんですって!?」

導き出されたその内容に絶句する。
マヤがもたらした凶報。それはネルフの屋台骨を揺るがしかねない、あってはならない不祥事だった。



   〜 数時間後。ネルフ本部内、作戦部執務室 〜

   ピピッ ピピッ

「う〜〜〜ん」

その日の夕刻、日向マコトは、腕時計のアラームにて目を覚ました。
作戦部の片隅にある来客用のソファで二時間程仮眠をとり(当人的には)心身共にリフレッシュ。
手探りで掴んだ愛用の眼鏡を掛け直すと、新たな仕事を始める為の準備を整える。

いまだ溜まりに溜まっている己の上司の書類仕事に対応すべく、前日の深夜から僅かな仮眠をとるまでの時間帯を丸々サービス残業した挙句、そのまま夜勤に突入。
そんな、訴えられても文句の言えない殺人的なスケジュールではあるが、
当の本人は、それに不満を覚えるどころか“やりがい”すら感じているので全く問題はない。
問題があるとすれば、もっと別の。改善される見込みの無い部分だろう。

閑話休題。壁に掛けられた小さな姿見様の鏡で身嗜みを整えた後、マコトは本業であるオペレーター業務を行うべく発令所へと向かった。
そこで彼を待っていたものは―――――

   ポロ〜〜ン

予想外の展開に思わず絶句する。
この時間帯には大抵此処に居る筈の、己の上司とその親友である金髪の技術部主任はおろか、
同僚である童顔の女性や、自分の代理として来ている筈の眼鏡仲間(?)なメルキオールの主任オペレーターの姿も見えず、
ネルフの心臓部であり、最低でも二人以上の職員が常駐する事が義務付けられている筈のこの場所に、一人しか人が居ない。
しかも、その一人の格好というのがまた、頭を抱える様なものだった。

「……………なあ、シゲル。如何したんだ、その格好は?」

恐る恐る、全身黒ずくめなタイツ姿の上に、真っ黒なマントを付け特大のサングラスを掛けた。
ダークネスの女幹部達に見られたら最後、第一級の殲滅対象に指定されそう出で立ちの同僚に誰何の声を掛ける。
だが、帰ってきた返答は更に訳の判らないものだった。

「シゲル? (フッ)そんな男は死んじまったよ。
 (ポロ〜ン)そう。あの極寒の地で、俺のハートは凍てついちまったのさ。
 もう、お前の為に、自慢のコイツで『エリーゼの為に』を引いてやる事も出来やしない」

いや、答えになってないって言うか。
そもそも、お前にそんな事をして貰ったことなんてないし。
ああもう、どこから突っ込めば良いのやら。

「(コホン)それで、葛城さん………じゃなくて、伊吹さんと最上さんは何処に行ったんだ? この時間はまだ此処に居る筈なんだが」

取り敢えず、一番聞きたい事を(当人的には)韜晦しつつ聞いてみる。

「(ポロ〜〜ン)あの娘達なら地獄さ。もう帰ってくる事は無い」

「そ…そうか。良く判った。判ったから、取り敢えず、一々ギターを鳴らすのは止めてくれ」

「(フッ)そうだな。既にロック魂を失った男の奏でる音色など、只の雑音に過ぎないよな。………すまなかった」

かくて、要領を得ないロンゲの同僚との当座の意思疎通を諦めると、何やら酷く落ち込んでいるっぽい彼の醜態を黙殺しつつ、マコトは差し当たっての急務を。
予想通り滞り捲くっていた、三人分のオペレーター業務を開始した。



   〜 同時刻。ネルフ本部内、司令部区画 〜

周囲を一瞥し安全を確認した後、司令部専用の直通エレベーターに乗り込む。
ブシュッと扉が閉じる。だが、すぐには目的の階のボタンを押さない。
懐から『如何にも』な感じのチェックマシンを。
それを周囲に翳して最後の安全確認を終えた後、今度は徐にIDカードを取り出し、表示板の下にあるスリットに差し込む。

「ちゅうちゅうタコかいな………とっ」

更にカチャカチャと階数ボタンを押しパスワードを。
全部足すと666となる数字の組み合わせを入力し終えると、カシャとスライド音が。
表示板の下のパネルが開いて目的の物が出現する。

「(ヒュ〜)ビンゴ」

口笛と共に、此処数週間のお仕事の成果。
更なる地下階を示すその階数ボタンを押し、まだ見ぬ最下層へと向かう。

   ウィーン

降下してゆく静かな駆動音だけが狭いボックス内に響き渡る。
現在の階数を指し示す表示は、表向きの最終階で止まったままだ。
そんな状態が10分程も続いた後だろうか?

   ガコン

長い長い降下を終え、エレベーターはネルフ本部の最下層に到着した。

「ターミナル・ドグマ………教理の終着点か。どちらかと言えば地獄の底ってな感じだけどね」

そんな軽口を叩きつつ。 だが、決して油断する事無く、非常灯のみが辺りを照らす薄暗い通路へ。
用意してきた小さなペンライトが放つ僅かな光量を頼りに、その奥へと突き進む。

普段のソレとは違う警戒の歩調。
そのまま、矢鱈入り組んだ迷路の如き構造の廊下を20分程進むと、目の前に大金庫を連想させる堅牢さを誇るブ厚く重い金属扉。
その横に、これまたお約束の品。カードスロットとパスワード入力用のテンキ−が。
そして、如何にも感じで『LOCKED』とゴシック体の赤い文字が表示されている。

これもまた偽造IDで。
この数ヶ月間、決して遊んでいた訳ではない証拠。なけなしの勤勉さを総てつぎ込んだ自慢のチート・アイテムで突破に掛かる。
と、その時、

「(カチャ)手を上げなさい、ゆっくりとね」

安全装置を外す音と共に、背後よりホールドアップの声が。
投げかけられたその言葉に従い、両手を小さく上げつつゆっくりと振り返る。
そこには予想通りの人物。険しい顔で此方にベレッタの銃口を向けている、ミサトの姿が。

「よう、良く此処に入れたな」

窮地を前にしてなお、平然とした口調で合いの手を。
何の動揺も感じていない風を装う所が味噌な、牽制の一手だ。
この辺が自然に出来るか否が、エージェントの必須技能たるハッタリの極意である。

「コレって俗に言う所の内部監査ってヤツ? それともバイト先からの御指図かしら?
 NERV特殊監察部所属のチルドレン担当ガード兼、日本政府内務省調査部所属の特別内部監察官の加持リョウジ一尉?」

「どちらでもない。只の趣味さ」

「(フン)どうだか」

「そんなにツンケンするなよ。俺と葛城の仲じゃ………
 っとと、判った。俺が悪かった。だから、引き金に力を入れるのは止めてくれ。生きた心地がしない」

一転、過剰なまでに怯えて見せるが、コレとて本当に怖がっている訳ではない。
少なくとも、相手にはそう思わせなくてはならない。

「しかし、なんだな………やっぱバレバレだったか?」

「まぁね。とゆ〜か、隠す気が無かったでしょ、アンタ」

そんな具合に、銃口を向けたままのミサトを前に何時も通りの軽口を叩きつつ、さりげなく、ゆっくりと彼女に近付いてゆく。

此処も重要なポイントだ。 相手は射撃に関しては一流で通る腕。10mが2mになった所で、命中率に大した変化など無い。
ならば、寧ろより近い方がベターなのだ。 流石に素手の間合いまで招き入れる様な愚を冒すとは思えないが、
それでも、互いの顔がハッキリと見える位置まで近付く事には、こうした心理戦に於いて重要な意味を持つ。
そう。敢えて生殺与奪権を譲渡する事で。この時点で、敵ではなく捕虜として認識される事に。
逆説的に言えば、此方が大人しくしている限りは警告抜きに撃たれる危険性は最小限なものとなる訳である。
ましてや、自分と彼女の仲ともなれば、ほぼ皆無と考えて良いだろう。

「……………何時から、こんな事を?」

「さぁ? もう忘れちまったな。それより、これは冬月司令代理の命令か?」

「私の独断よ。警句するわ。これ以上バイトを続けると、死ぬわよ貴方」

硬質なミサトの声。
だが、その表情には迷いが。此方への確かな慈しみの情が。
かつては恋人と呼んだ事もある自分には、もう丸分かり。
今にも『こんなバカな事はもう止めて!』との内心の声が聞こえてきそうな程だ。
最近、蚊帳の外と言うか、十杷一絡げな扱いだっただけにチョッと感動する。

かくて、思わず胸中で『グッド・ジョブ』と絶賛するも、それを、おくびにも出さずに。
と同時に、この勢いを駆って計画を前倒しに。
ぶっつけ本番で、この時の為に暖めていたシナリオを実行する事に。

「司令代理は俺を利用している。まだいけるさ。
 ただ、葛城に隠し事をしていたことは謝るよ」

「昨日、例の会議を途中で抜け出す段取りを整えてくれたお礼って事でチャラにしておくわ。それより………」

  ピッ、ピピピ………………

本格的に説得に掛かってきたミサトの口上を遮り、素早くIDカードをスリットに通し暗証番号を入力。
まずはビジュアルで度肝を抜き、話の主導権を取りに行く。

   ゴゴォン!!

操作に従い、表示版の赤文字が『OPEN』の緑に。
と同時に、重々しい音を立てながら扉が上下に開く。
そのすぐ裏側に内扉として控えていた物もまた、外扉と連動して左右に開くいてゆき、
その奥には、周囲が薄暗い事も合間ってとても奥までは見通すことの出来ない広大な空間が。

そして、その中央部に巨大な十字架に武骨な鉄杭で磔にされた。
下半身はなく無数の小さな脚が生えた、七つ目の仮面を付けた白い巨人の姿が。
その身体から赤い液体を垂れ流す、世界で最も有名な宗教画の冒涜とも言うべき光景が現れ、

『これはエヴァ? いえ、違う……………まさか!?』

『その『まさか』さ。司令代理もリッちゃんも、まだ君に隠している事がある』

『そのようね。(フッ)甘くないわね、ネルフは』

と、あのセカンドインパクトの真実を知る者にしか判らない謎に纏わるシリアスな展開になるハズだったのだが………



   チャ〜〜〜チャラッチャチャ、チャ〜〜〜チャラッチャチャ

薄暗い中に浮かび上がる白い巨体というホラー系の演出とは真逆なコンセプトで鳴り響く荘厳なパイプオルガンの音色。
広大な部屋を。否、いっそ会場と呼ぶべきそこを埋め尽くす、何百人もの人影。
某有名テロリスト集団の被り物の上に某吸血鬼製造マスクをプラスチックで模倣したかの様な感じの仮面を付けた怪し過ぎる集団が、一糸乱れぬ綺麗な整列を。
その先。会場の奥に設置された壇上では、彼等と同じ仮面を被った真っ赤なスーツ姿の。
何故か直立不動で立つその姿が妙にハマっている、この団体の指導者と思しき男の姿が。

そして、そんな彼の鳴らした指パッチンの合図に合わせ、天井よりスルスルと、黒い十字架に磔にされたツンツン髪の男が。
そのまま、その全身が見える位置まで下ろされた所で宙釣りとなり、それに合わせて、パイプオルガンの音量が絞られ、曲調もまた優しいものに。
そして、その静かな音色をBGMに、赤いスーツの仮面の男が徐に語り出す。

「親愛なる同士諸君。本日は、とても残念な告知をせねばならない。
 先日の運動会に於いて、あってはならない由々しき事態が。
 北斗君と交した公約を破る者が出てしまった。真に遺憾な事だ。
 幸いして発見が早く。また、対処が迅速だった事もあってか、いまだ先方からの苦情は来ていない。
 だが、だからこそ、我々はこれに安堵してはならない。
 今回の不始末をしでかした人物に対し、断固たる処罰を下さなくてはならない。
 それが、今回被害にあった少女達に対する最大の謝罪であり、我々が誇りを取り戻す唯一の方策である」

その内容は決して覆る事の無い判決を下す裁判官の如く厳粛で。
それでいて、その声音は、最後の祈りを奉げる聖職者の様な慈愛に満ちた声音だった。

「我等が同士、岩田ノリクニよ。安らかに眠りたまえ。
 君の魂は遥か宇宙の彼方へと召され、我々の力の及ばぬ所で光となり、永久に刻まれる訓戒となるのだ」

「え、え〜と………」

どうやら言ってる意味が良く判らなかったらしく、?マーク付きの怪訝な顔となる被告人。
その愚鈍さを哀れむ様に、嘆息と共に僅かに肩を竦めて見せた後、そんな彼にも一発で理解できる様に、

「君に与えられた灯火は只一つ。それは!」

「「「地獄の炎!」」」

「君に与えられた快楽は只一つ。それは!」

「「「地獄の苦しみ!」」」

「君が行った非道の数々、それは地獄の底で存分に報われるであろう。それが、この宇宙の掟である。
 我々は、今日という日をノリクニの記念日とし、この教訓を永遠に歴史に残すものとする」

「「「ワァアアアア〜〜〜ッ!!」」」

紅いスーツの男の演説に大歓声が巻き起こる。
そして、事此処に至り、漸くツンツン髪の男にも己の置かれた状況が飲み込めたらしく、
『って、チョッと待て〜〜〜!』だの『幾らなんでも、そりゃナイだろ!』と叫びつつジタバタと暴れているが、周りの反応は冷ややかだった。

「お〜い、そこのド○えもんチックに真ん丸なヤツ。お前、住吉だろ?
 ンでもって、その隣にいるのは渡辺と斉藤なんだろ? 頼む、助けてくれ〜!」

(住吉? はて、知らない名前やな)

「ああ。俺だって、渡辺なんて好青年とは縁も所縁も無い男だぜ」

「えっと。件の斉藤君には、先輩の個人PCのHDは、チャンと物理破壊による証拠隠滅を行う様に伝えておきますので、安心して、どうか安らかに眠って下さい」

「オマエ等な〜〜〜!!」

頼みの綱の友人達にもアッサリ見捨てられる結果に。
他にも『無様ね』とか『不潔』とか、ナンか聞き覚えのある声も。
ソコは正に地獄絵図だった。

「……………確かに、ウチは甘く無い様ね。
 シンちゃん達のファンを刺激しない様、私も今後はもう少し自重しないと」

ゴクリと唾を飲み込みつつ。額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、搾り出す様にそう呟く。
そんな此方の意図とは全く別の形で畏れ入るミサトに『違うんだ〜!』と胸中で絶叫する。
かくて、嘘と真実に。より正確には、嘘よりもなお嘘臭い真実に翻弄され、只、流されるしかない加持だった。




次回予告

シミュレーションでアカツキを抜き、遂にトップに踊り出るガイ。
だが、増長した彼はディラックの海に取り込まれてしまう。
ダーク・ガンガー全てのエネルギーがゼロに近づいてゆく。
恐怖、孤独、虚感がガイを包み込む。
そして、生きる為に残された僅かな時間が彼に絶望を教える。

次回「笑うしかない現実、そして」

病んだ魂は闘いに安息を求める。




あとがき

『謎の議会の決定で、タ○ポの導入を決定(き)めてくれた〜、そ〜さあ〜、あの日から〜、ウチはめっきりカメラ屋さん』

………嗚呼、一年近くも間を空けてしまった挙句に、こんな二番煎じなネタを。
もはや謝罪の言葉も見付からない、でぶりんです。
何せ、例の法律の制定以来、本業の方がチョッと。
コレ、本気でヤバイです。自販機、まったく売れません。
おまけに、地方なので首都圏より数ヶ月早い導入です。
確かに手売が急激に増えましたが、多忙になっただけで相対的には売り上げ減った上に、これまでの様に、店番中のヒマな時にネタを考えるという事が出来ない有様。
更には、デジカメでタ○ポ申し込み用の証明写真も撮らねばならず、それに付随する手続き作業を円滑化する為に、自腹でコピー機も導入する事に。
嗚呼、この半年で、累計でいけば数百人分の申し込み作業に携わったのに。
しかも、この悪条件の中、近々、煙草税を上げてから消費税を上げるというBF団でもそこまではやらない様な悪夢のコンボが行われるとの噂。
私はもうダメかもしれません。(泣)

『胸に〜、秘めた非情のさ〜だめ〜、
 さらば〜、Action(友)よ、誓いのAction(と〜も)よ〜、
 私は只一人、私は只一人〜、不況下(荒野)を〜、走〜る』

それでは、もったいなくも毎回御感想をくださる皆様に感謝すると共に、再びお目に掛かれる日が来る事を祈りつつ。来年も宜しくお願い致します。(平伏)

PS:(グスッ)良かった、これで漸くスパロボの新作が出来る。(喜泣)
   さあ、今年中にクリアを目指ぞ!(爆)そして、第16話を来年中に書こう!(大爆)




オマケ

 







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代理人の感想
・・・・何を拾ってるんだ冬月(爆)。

にしても、本当に男に戻るんだろうなシンジ。
妙に適応してきてるような、むしろ適応しすぎてるような気がひしひしと。

>六方招き猫
懐かしいなぁ。w
この世界にもいるのか、やつらは。
個人的には正義側よりむしろ悪側のキャラが好きな作品でしたねー。
わからない人は「閃光戦隊ジュエルスターズ」でどうぞ。



>スパロボの新作が〜
おめでとう(ぱちぱちぱち)
おめでとう(ぱちぱちぱち)
おめでとう(ぱちぱちぱち)
おめでとう(ぱちぱちぱち)
おめでとう(ぱちぱちぱち)


寺田Pにありがとう。
ノルマに、さようなら。
そして全てのロボットアニメ制作者に、ありがとう(ぉ


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