>SYSOP
〜 同時刻。テニシアン島 〜
その頃、使徒戦の後、劇場版のアキト張りに何処へとも無くジャンプで消えた噂の男はと言えば、
「……………遅い」
別荘の地下を改造して作られた私設の手術室の前にて、盛大にイライラしていた。
彼が睨み付けている重厚なドアの前には『手術中』の赤ランプが。
その奥では、今も彼の愛妻である天津京子が処置を受けている。
と言うのも、彼女は百華のそれと同じ暗示を施されていたのだ。それも、十年以上も前から周到に。
実行犯は、山崎の父親………と言えば、如何いったレベルのモノかは説明するまでもないだろう。
御剣万葉、王百華、そして天津京子の三人が育った孤児院。
実は其処は、優人・優華部隊の為の実験施設であり、ごく幼少時の頃より、彼女達は深層意識に暗示を施す実験を受けていたのである。
その過程において、万葉は生体跳躍の素質を見出され、その後は変に精神はイジられなかったが、京子と百華の精神にはその頸木が。
その結果、先の大戦の終結間際に百華が離反した事は、今も記憶に新しい。
そして、それと同じ事が。
どうやら、今も裏面で燻っているらしい草壁派の連中が、これを利用して。
来るべき蜂起の折には、舞歌殿を狙っての暗殺を仕掛けるとの匿名のタレコミがあった。
そう。今回の月臣中佐の暴挙の理由は、そんな彼女を救う事だったのだ。
ポ〜ン
それから更に数十分後、ついに赤ランプが消えた。
ガチャリとドアが開き、主治医が経過を報告してくる。
「やあ。残念だけど、やっぱり無理だったよ」
「ヤ〜〜マ〜〜サ〜〜キ〜〜ッ!!」
「ちょ…チョッと落ち着こうよ、月臣君。 ロープ、ロープ! ロープ・ブレイクだってば!」
「五月蝿い! 訳の判らない事を囀っているヒマがあったら、打開策の一つも提示して見せろ!
出来ないのなら死ね! たった今、この場にて死んで詫びろ! 話はそれからだ!」
「う゛ぉおおおおおおぃ!」by若本ボイス
そんなこんなの攻防の末、
「(ハアハア)兎に角、暗示を解くには、それを。最低でも一度は、裏の人格を発現させるしか手は無いのだな?」
「(ハアハア)大筋ではそんな感じだね。(ハアハア)トリガーって言うか(ハアハア)暗示を発現させる引き金が(ハアハア)彼女の主人格の(ウェップ)」
「ええぃ! 待っていてやるから息を整えてから話せ、鬱陶しい!」
ヤマサキ博士の色んな意味で命掛けの説得が功を奏し、月臣中佐は現状を理解した。
正直、言葉も無い。勢いに任せての悪手と思われたあの強奪が、今となっては唯一無二の方策だった事を悟る。
如何に草壁派として纏まっているとはいえ、盟主を欠いた状態では到底一枚岩とは言えない。
もしも、どこかの勢力が勇み足を。例えば、舞歌殿か海神殿辺りを人質にとって、草壁春樹の釈放を求めたら……
そんな事を考えるとゾッとする。
そうなれば、おそらくは一般的な法解釈は適用されない。
公なものであるが故に、内々な処理を。百華の様に、ほとぼりが冷めるまでドコかに高飛びさせる事もできない。
操られていた事など黙殺に。当人の責任能力云々よりも結果が重視され、京子は極刑を免れなかっただろう。
そして、今もその危険が消えた訳では無い。
これからも彼女の中で燻り続けるのだ。何時か爆発するその時まで―――――
「元一朗様」
と、その時、背後より京子の声が。
目で『今の話をしたのか?』とヤマサキに尋ねると『勿論だとも』と全力で肯定の返答が。
眩暈を覚える。情けない事に、彼女に何を言って良いやら判らない。
だが、そんな彼の屈託に頓着する事無く、
「私をお斬りになりますか?」
「なっ! 京子、何を言って………」
「お隠しにならなくても良いんですよ。
泣いて馬謖を斬る。木連の未来を憂う者ならば………木連軍人であれば当然の決断ですよね。
ですが、私は………『あいどる』などという歌舞音曲に現を抜かしている内に、私はすっかり我侭になってしまいました」
淡々と。それが当然であるかの様な自然な仕種で懐の懐剣を抜き放ち、
「そんな愚かな私の、無理を承知の最後のお願いで御座います。
どうか、お手打ちではなく陰腹(目立たない部分を切る切腹の型)をお許し下さい。
そして、この命果てるまでの暫しの時を………元一朗様と共に居させて下さい」
躊躇う事無く己の下腹へと突き刺そうとする、京子。
だが、満を持しての。万感の想いを込めた行為だったが故に、僅かに隙が………
「(バシッ)馬鹿なマネはよせ!」
我に返った月臣中佐が、手刀で懐剣を打ち落とす。
間一髪、その暴挙を止めるのが間に合った。
「馬鹿は元一朗様です!
如何して止めたりしたのですか! 私は…今の私は、何時爆発するとも知れない爆弾も同然なのですよ!」
「それが如何した! え〜〜〜と。え〜〜〜と。
そ…そうだ! これは以前、九十九から聞いた話なのだが、百年前の月の独立戦争の折、あれだけ火星にバカスカ打ち込んだにも関わらず、
地球には、未だにその地表を60回以上も焼き払えるだけの核兵器が残っているらしいぞ。
ソレに比べれば、大した問題じゃない。
精々地雷原程度の脅威。仮に信管の除去が不可能だとしても、打つ手は幾らでもある。
ボタンを押さないICBMが、場所を取るだけの無用の長物である様に、要は被害にあいそうな人間を近づけなければ済む事だ」
「な…何を言っているのですか?」
「案ずるな。幸い、既に再就職先は決まっている。
暫くは、少しばかり不自由な生活となるだろうが、それも来年の四月までには解決する。否、必ずしてみせる!」
困惑する京子を他所に、一気呵成に捲くし立てる、月臣中佐。
思いつくまま勢いのままに。自分でも半分くらい何を言っているのか良く判っていないが、此処が押し所と、彼の類稀なる勝負カンが告げていた。
そして、その想いは正しく報われた。
彼の必死の説得と情熱とに絆され、京子は自害を思い止り、
「私、生きていても………これからも、元一朗様のお側に居ても構わないのですか?」
「ああ、勿論だ!」
「………………嬉しい」
そっと月臣中佐の胸元に縋り付く、京子。
もう言葉は要らなかった。
「ごゆっくり」
そんな二人の邪魔をしない様、ソッっと静かにその場を立ち去る、ヤマサキ博士。
今はまだピュアな心を持つが故に、ほんの少しだけだが空気の読める彼だった。
そして、そんな彼等の頭上では、
「(グシュ)ううっ。良かったね、京子ちゃん。(ブシュ)あ、ケンちゃん。それチョッと貸して頂戴」
自室にて、まるで感動モノの映画を観たばかりの感受性豊かな少女の様に涙して。
少々流し過ぎて、自前の物では足りず、丁度、報告書を携えてやってきた健二のポケットより強奪したハンカチにて、己の顔をゴシゴシと豪快に拭くアクア。
何と言うか、何かが色々と打ち壊しだった。
〜 同時刻。2015年では午前10時、某ファミリーレストラン 〜
従業員控え室を前に、ナカザトは静かだった。
数日前からの電話攻勢による下準備と、当日の粘り強い交渉によって店長さんから許可を取り付け、漸く此処まで来た。
思えば、長い道のりだった。
瞼を閉じれば、苦しかったあの戦いの日々が思い起こされる。
外宇宙軍副指令官の副官兼悪の秘密結社の大首領の副官という激務の重なる二重生活の中、この休暇を勝ち取る為に、随分無茶な事もした。
『提督。自分は、この戦いが終ったら結婚するつもりなんです』
『って、死亡フラグだぞソレ。とゆ〜か、せめて告白してからにしろよ、そういうセリフは』
と言った風に、自分を追い込む為に決意表明をした事や、
『HAHAHAHA! 俺は…俺は書類仕事をヤメて寝るぞ、ナカザト〜〜〜〜っ! GUUUUUU〜〜〜!!』
『提督ぅ! 自分は(ドスッ!)提督が(バキッ!)起きるまで(ボコッ!)殴るのを(ズキュ〜〜ン!)止めないっ!!』
なんてカンジに、熱く拳で語り合ったりしたの、今となっては良い思い出である。
ナニか大事なモノを失った様な気もするが、後悔はしていない。
そう。何かを得るという事は、何かを失うという事に他ならないのだ。
「(ス〜〜〜ハ〜〜〜)さて」
一頻り深呼吸などして気持ちを落ち着かせる。
その手には、提督の助言に従い、チョッと豪勢な花束が。
朝一番で近所の花屋にあったソレを全部購入しようとしたものの、店主におもいっきりイヤな顔をされたので半分だけ譲って貰った黄色いバラが、
視界を覆い隠さんばかりの物量にて、その存在を誇示している。
ちなみに、黄色は今日のラッキーカラー。
朝の占いでやっていた。問題ない。
「(コンコン)失礼する」
満を持して、ノックと共に部屋に入る。
しかし、此処で予想外のアクシデントが勃発。
何と、意中の人物は。モモセさんは不在だったのだ。
思わず胸中で舌打ちする。どうりで比較的簡単に許可を出した訳である。
だが、この程度の事でメゲている様では、シュン提督の副官など到底務まらない。
発想を転換し、この状況を奇貨とする策を。
既に無用な小道具と化していた花束を、そのままその場に居たウエィトレス達にプレゼント。
それによって、多少は好感度がUPしたっぽい彼女達から、モモセさんの情報を“それとなく”聞き出しに掛る。
「う〜ん。夜番のシフトばっかで、この時間帯は。昼時は大抵居ないのよね、あの娘」
「多分、この時間は学校の方にでも行ってるんじゃない?」
「えっ? 学生だったの、あの娘。ドコの学校?」
「さあ? でも、それっぽいよ。
こないだも、休憩時間中にレポート用紙広げてウンウン唸ってたし」
更に突っ込んで聞いた所、親兄弟の話を聞くと猛烈に辛そうな顔をするので、
彼女達の間でも、詳しいプロフィールを聞くのは暗黙のタブーになっているんだとか。
察するに、両親に早くに先立たれ、バイトで学費を稼ぎながら何処かの大学に通う。所謂、苦学生というヤツらしい。
此処で、ナカザトの胸に度し難い。奸智とも言える一つの策謀が生まれた。
必死に頭を振り、その馬鹿な考えを振り払う。
そうだ。将来的には。懇意となってからならば兎も角、今の段階で彼女に援助を申し出るのは明らかにマズイ。
足長おじさんが人格者っぽいのは、ハ○ス食品・世界名作劇場の中だけ。
ジュディの手紙からプロファイルするに、原作の彼は人としてかなり間違っている。
あの特異なスタンスは、あの当時だから許されるのであって、現代の常識に当て嵌めるのであれば………紳士は紳士でも、頭に”へ”の付く方?
「あの、どうしたんですか? なんか顔色が悪いみたいですけど」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
こうして、彼の恋物語は、いまだ意中の相手に認識さえされていないにも関わらず、新たな局面へと突入していた。
〜 5時間後。2199年では午後7時 〜
その日、御剣万葉に招待され、アマノ ヒカルは彼女の叔父の道場へと訪れていた。
「「「御剣道場へ、ようこそ!」」」
「お客人、どうぞ此方へ!」
「押忍、お注ぎします!」
玄関口に勢揃いした門下生達による挨拶に始まり、そのまま引き摺られる様に奥の間へ。
半ば無理矢理上座に座らされ、気付けば、右手には既に祝杯用のコップが。
注がれたばかりのビールが、シュウシュウと泡を立てている。
これが噂に聞く、体育会系のもてなしというヤツだろうか?
「えっと。コレって、新手のホストクラブ?」
と、取り敢えず軽口など叩いてみたが見事に滑った………と言うか、それどころでは無かった。
この席が設けられた名目は昨日の使徒戦の祝勝会だった筈なのに、主役であるガイ君の姿がない。
周りはマッチョメ〜ンがズラリと並び、如何にも此方に気を使っている風に見せ掛けて、その実、此方の退路を塞いでいるっぽい。
そして、目の前の席に座る万葉の目を見た瞬間、ヒカルはこの席の主旨を理解した。
ついに彼女が王手を掛けに来た事を。
「ヒカル、チョッと話があるんだけど………」
と、すっかり心の準備が出来上がってから暫くして。
この茶番とも言うべき宴が仮初の酣を迎えた頃、漸くおずおずと。
「頼む! 何も言わず、ガイの事は諦めてくれ!」
流石、木連人といった感じの、奇麗な土下座をかましてきた。
チョッと目が丸くなる。
そういう話をしてくるだろうとは思っていたが、ここまでストレートに来るとは思っていなかった。
その真摯さに応えるべく、改めて自分の思いを反芻してみる。
アマノ ヒカルはヤマダジロウことガイ君が好き。多分、これは間違いない。
しかし、これが唯一無二の恋かと。もう一つの歴史におけるアキト君や、目の前の女性のそれに比肩し得る様な強い想いかと聞かれれば、疑問符を付けざるを得ない。
無論、以前同棲していた彼氏とは比べるべくもないのだが………下手をすると、戦友としての結び付きを愛だと錯覚している部分の方が大きいかも知れない。
実際、こうして絶体絶命の土壇場に来てもなお、あまり焦燥感というものが湧いてこないし。
思い出されるのは、ガイ君の実家で過ごした日々。
久しぶりに、家族の団欒ってヤツを味わった一時の事。
子供の頃にはそれが日常だった………筈なんだけど、今では殆ど思い出せない光景。
早くに事故で両親を失った所為で、名前と顔は知っていても実感が湧かない。
思い出らしい思い出なんて、何一つ無かった。
叔父夫婦に引き取られてからの生活に至っては、団欒と呼ぶにはあまりにも無理がある。
とゆ〜か、それなりに社会的地位を得た今ならば、裁判やったら勝てるんじゃないだろうか?
…………話が逸れた。
今問題なのはガイ君の事。それも、色々崖っぷちなのだ。
灰色の思春期なんかに囚われている余裕なんてない。
今一度、沈思黙考。彼との思い出を反芻する。
『で、コイツが前回のコスモ・ホビーショーで手に入れた限定版で………』
自室に飾ってある自分のコレクションを見せびらかす、ガイ君。本当に嬉しそうだった。
多分、異性と二人きりだなんて意識は、全然無かったんだと思う。
まあ、だからこそ、私も気軽にホイホイ付いて行ったんだけど………
あれ? ナゼか今頃になってムカついてきた。
ムカつくと言えば、目の前でシツコク土下座中のこの娘の態度もナンかカンに触る。
以前聞いた限りでは、孤児院の出身だと。
自分と同じく、両親との思い出なんてほとんど無いという話だったのに、今では、こんな大きな道場のお嬢様。
正直、チョッと羨ましい。
何でも、ココの道場主は、大戦中に名前が売れた御蔭で見付かった遠縁の叔父なんだとか。
そりゃ、有名になれば親戚が増えるのは世の理だし、
ガイ君との結婚に向けて、その基盤を固めるべく色々奮闘したであろう彼女の努力は認めるけど………
ああ、そうか。
漸く判った。私は妬ましいんだ。私と同じ境遇だった少女が、幸せになろうとしている事が。
まるで、少女漫画に出てくる、根性曲がりなライバルの様に。
なら、やるべき事は決まっている。
「イヤ」
かくて、かつての同盟の面々にも引けを取らないくらいイイ笑顔を浮べつつ、ヒカルはハッキリとそう言い切った。
ガヤ、ガヤ、ガヤ………
たちまち福○漫画の如く騒然となる道場内。
そんな有象無象な門下生達を手を振って制すと、再び、真っ直ぐな瞳で此方を見詰めてくる万葉ちゃん。
どうやら、仕切り直しての。サシの勝負をお望みの様だ。
それで良い。いや、正統派のヒロインは、そうでなくてはイケナイ。
と、その場が二人だけの空間に。
そして、彼女達だけにしか聞こえないゴングが、今、まさに打ち鳴らされようとしていた時、
ドカン!
『大豪寺ガイ、覚悟〜〜っ!』
空気を全く読まずに。だが、ある意味、ベストなタイミングで、天井を打ち破って雨宮カスミ登場。
シ〜〜〜ン
暫し、静寂の時が流れる。
その間にキョロキョロと辺りを見回すも、目標の人物はドコにも居ない。
しかも、気付けば背後よりトンでもない。これまで味わった事の無い類の殺気が。
『待ち伏せか?』と、身を翻そうとするも、左右からガシッと両肩を掴まれ、
「イイ所に来たな、カスミ」
此方の右肩を掴んだまま、耳元でそう語る万葉殿。
おかしい。コレまでは、この程度の事では大して怒らなかったのに。
虫の居所でも悪いのだろうか?
となれば、此処は矢張り逃げの一手しか無い。
「い…いや、その……………おお、しまった。もうこんな時間でござるか。
拙者、これより隠れ家に戻ってカ○イ外伝の再放送を見なくてはなぬ故、これにて失礼つかまつる。ニンニンで候」
「あれれ、ナンでそんなにキャラが崩壊しちゃってるの?
もしかしてギャグ?、でも、それじゃダメだよ。口調もナンか震えてるし。
って、ヤだな〜、これじゃまるで、私達が貴女を脅しているみたいじゃない」
今度は、左肩を掴んでいる眼鏡の女性がそんな事を。
無理は言わないで欲しい。この状況で恐怖を感じないのだとしたら、それはもう人ではない。
長生き出来ないとゆ〜か、生物として間違っている。絶対に。
「まっ、そんな事は如何でも良い。
それより、これから私達は『お話』をする為に、チョッと飲みに行くんだが………お前も来るよな?」
「うん。丁度良かったって言うか、その方がイイよね。きっと。
ああ、大丈夫。今夜はお姉さん達のオゴリだから。気兼ね無く参加してね♪」
「お、おろろろ〜〜〜」
こうして、ヤマダジロウ争奪戦のダークホースは、本命な二人のお供をする事に。
まるでド○ドナの子牛の如きオーラを発しつつ、近場の飲み屋街へと引き摺られていった。
その後、何が起こったか? それはまた別のお話である。
〜 同時刻。某中華街、紅洲宴歳館、泰山 〜
創業200余年。この街の老舗中の老舗店。
その店長であり、常連客からは、ちびっこ店長と呼ばれ親しまれる謎の中国人、13代目跋さんの振う中華鍋は、今日も、ありとあらゆる食材を唐辛子まみれにしている。
一子相伝のその料理は、万人を唸らせるに値する確かなものであり、特に広告などは出していないが、口コミで結構な数の常連が。
食事時ともなれば、この小さな店はお客様で溢れかえる事になる。
そう。此処は、知る人ぞ知る辛党のメッカなのだ。
そして、そんな生え抜きの猛者達の中でも、一際異彩を放つ女傑が一人―――――
「特製マーボー豆腐、お代わり」
いや、今夜の彼女は常軌を逸していた。
店でも一二を争う辛味を誇る品を頼むのは何時もの事としても、その注文の仕方が普通では無かった。
パイロットという役職故に年恰好のワリには食べる方ではあったが、決して大食漢という程では。
それが、今日はもうマーボだけでも五皿目なのだ。明らかにおかしい。
「アイヤー! もうダメあるよ。それ以上は身体に悪いね」
「良いから! …………お願いですから、せめて今夜だけはトコトン食べさせて下さい」
「イツキちゃん………」
「ああ、それと。唐辛子はダブルにして下さい」
「判ったある」
仕方なく、厨房に戻って調理を再開する跋さん。
少し我侭な所こそあったが、根は真っ直ぐな良い娘だったのに………余程イヤな事があったのであろう。
悔しいが、アレはもう自分の手には負えない。自分では彼女の悲しみを癒せない。
こんな時、シスターが居てくれたら如何にかしてくれたのだろうが、彼女は今、定期出張とかで火星に行っている。
自分に出来る事は、こうしてマーボを作る事だけだった。
ガラッ
と、その時、新たなお客様が。
まったく見覚えの無い。どうも一見さんらしき青年がやってきた。
こういう時は、まずは料理の特色について御説明し、ウチの店の理念を御理解頂く所から始めるのだが、
食事時であるこの時間帯は店が混んでいる事もあって、たいていは常連客達の生の声を聞かせる事でそれに代えさせて貰っている。
そんな訳で店内をキョロキョロと見渡すが、今日はもう、皆が皆、青い顔。
イツキちゃんの迫力に飲まれていて、普段は煩型の者でさえ自慢の薀蓄を披露する意欲が無いっぽい。如何しようか?
「あの………此処、イイですか?」
と、頭を悩ましている内に、件のお客様がイツキちゃんに相席を求めていた。
確かに、他の席は概ね埋まっており、空いているのはソコだけと言うか、
四人掛けのテーブルに一人で座っているのは彼女だけなので、決して間違ってはいないのだろうが………
嗚呼、なんて空気の読めない人なんだろう。
それでも、お客様はお客様。
その身の安全を確保すべく、取り急ぎメニューをお持ちし、二人の間に割って入る。
しかし、それでもなお、跋さんのフォローは遅きに失していた。
「あの。辛くないんですか、それ?」
何の気無しに、先程お出ししたばかりの特製マーボを指差しつつそんな愚問を。
確かに、一見さんには少々キツイ物故、チョッと聞いてみたくなる気持ちも判らなくは無いのだが………
嗚呼、イツキちゃんの顔が凄い事に。笑顔なのに目が全然笑っていない〜〜
「ご…ご注文は何にするあるか?」
と、チョッとビビリながらも、跋さんは己の責務を果たしに。
メニューを差し出しながら注文を取りに掛る。
願わくば、これで間が外れて。この澱んだ瘴気が少しでも晴れてくれれば………
「あっ、フルーツ・パフェをお願いします」
だ…ダメある、この人。一体ナニしに此処に来たあるか?
「あの。残念あるが、ウチにはフルーツ・パフェは無いあるよ」
と、内心呆れかえりつつも、なおも『おかしいな、飲食店ならフルーツ・パフェは必ずある筈なのに』とかブツブツ寝言を言っているお客様を“やんわり”と説得する。
自分でも頬が引き攣っているのが判るが、これくらいは許容範囲というか、相手が相手だけに多目に見て欲しい所だ。
「う〜ん。如何しようかな〜〜〜」
長考に入るお客様。
そして、そんな彼の隙を突く様に“チョンチョン”と背中を突付くものが。
振り返ると、イツキちゃんが『耳を貸して』とのゼスチャーを。
『その人とは、あまり関わり合いにならない方が良いですよ、跋さん』
いや、それはもう良く判っているあるよ。
ボソボソと声を潜めて耳打ちしてきたイツキちゃんの助言にそう内心で突っ込む。
だが、そんな此方の心情を察したらしく、彼女は更に補足説明を。
『チョッと前にシュン提督が連れてきた人なんですが、これがもう如何しようもないって言うか。
あんな恵まれた身体付きをしているにも関わらず、毎日フラフラ遊んでいるだけなんですよ、あの人』
言われて、再度、お客様の容姿を確認する。
そう言えば、お店の出入り口に立った時に見た限りでは、上背がかなりあった様な気が………
180半ば位だろうか? パッと見はやや痩せ過ぎな印象を受けるが、シャツの下から覗くその肉体は良く引き締まっており、実践的に鍛え上げられた。
丁度、イツキちゃんのそれに似通った感じに見える。
歳の頃も20台半ばと、今が旬な働き盛りの年代。
確かに、これで遊び人なのだとしたら“若さ”の無駄使いも良い所。
自他共に潔癖な所のあるイツキちゃんが毛嫌いするのも無理ない気がする。
『この間も、使徒戦(ゴホンゴホン)……じゃなくて、任務中にフラっと行方を晦ました挙句、帰って来たのは戦闘が終結して暫くしてから。総てが一段落してからなんですよ』
『アイヤー、ハ○タ隊員みたいあるな』
『キッパリと違います。ウ○トラマン役の人は全くの別人でした』
『中の人が違ったあるか?』
『そういうんじゃなくて、ブラックサレナのパイロットは月臣中佐だったって………
と…兎に角、そういう幻想は捨てて下さい。それと、今の話は“一応”軍事機密にあたるんで、なるべくオフレコでお願いします』
『あいあい。判ったある』
と、此方の話が纏まった頃、
「それじゃ、この点心セットを一つ。それと、食後に紅茶を下さい」
噂のお客様が、都合良く素人の方でも問題ない。
この店では数少ない、唐辛子の含まれないメニューをお選びに。
ホッと一息吐きつつ、注文の品を調理に行く。
「(コホン)カラシ、付けないんですか?」
「ええ」
「ラー油は? あっ、この特製スパイスも結構それに合いますよ」
「いえ。辛いものはあまり好きではないもので」
その後は、わりと良い方向に。
お出しした点心。シュウマイや春巻きをネタに会話が弾んでいるっぽい。
実際、あまり好意的にはなれない相手とはいえ、良い意味で水を差された格好。
これを切っ掛けに、イツキちゃんも立ち直ってくれると良いのだが………
だが、そんな跋さんの想いとはうらはらに、
「貴方、どれだけ砂糖を入れるつもりなんですか?」
それまではギコチナイなりにも和やかだった場の空気が一変。
食後の紅茶を巡って、イツキちゃんが過剰反応を。
「えっ? 何時もこれ位入れてるけど?」
「五杯も六杯も入れながら何を言ってるんです。そんな事だと、近い将来に成人病になってしまいますよ。
いえ、それ以前に、紅茶に砂糖を入れるなんて邪道です。それでは、折角の風味が台無しになってしまいます」
先程まで議論が擦れ違いぱなし(点心には必ずしも調味料を付る必要は無い)だった事もあり、此処ぞとばかりに自説を力説するイツキちゃん。
しかし、対面の席に座る長身のお客様も負けてはいなかった。
「やれやれ。何を言い出すかと思えば………
確かに、今日では『ゴールデン・ルール』だとかいうものばかりが持て囃され、
まずはストレートで純粋な香りを楽しみ、後にミルクを入れて味を楽しむのが王道で、砂糖を入れるのはまるで邪道であるかの様な扱いを受けていますが、
所詮、そういう飲み方が考案され確立したのは、紅茶がイギリスに入って暫くしてからの事。
その以前からある飲み方。紅茶の原産地であるインドでは、香り付けに生姜やシナモンを利かせ砂糖をタップリ入れたチャイこそがスタンダード。
ならば、せめて砂糖だけでもシッカリと入れるべきなんです。判るでしょう」
(チッとも判らないあるよ。とゆ〜か、途中で問題が摩り替わってるね、その理屈は)
思わず胸中でそう突っ込む跋さん。
しかし、イツキちゃんはグッと息を呑んだ。如何にもイタイ所を突かれたといった表情に。
そして、そんな弱気を振り払う様な高圧的な態度で、
「不幸な過去に拘っていては、人は成長しません。問題は、その後、如何するかです。
確かに、現地の方達を不当に拘束し過酷な労働を強いる事となった植民地政策は間違っていました。
それを認めているからこそ、莫大な予算を掛けながらも、大英博物館は入場料を無料で。
全世界の人々に、広く門戸を開く形で運営されているんです」
「いやその………それぞれの国からの返還要求を頭から無視している時点で、色々アウトだと思うんだけど。
それに、一括管理と言えば聞こえは良いけど、火災とか地震とかいったイザと言う時の事を考えると。
後世に残すべき大切な物だからこそ、リスクは分散するべきじゃないかと。
『過ぎたる事は及ばざるが如し』って言うでしょ? 君もほら、あまり辛い物を食べると舌が馬鹿になりますよ」
「(フフフフ)ご心配なく、私は常に節制を心掛けた食事を。辛味に関しても適度な量に押さえてますから。
御蔭で新陳代謝も活発に。お肌だってツルツルです。
そう。毎日グウタラしながら甘い物ばかり食べている、成人病予備軍の貴方とは違うんですよ」
擦れ違っている様で当人達だけは理解し合っているっぽい。
そんな良く判らない二人の口論は、その後もエスカレートを続け、
「良いでしょう。そこまで言うのなら、このマーボを食べてみて下さい。
そうすれば、私の舌が馬鹿になってる如何か判るでしょう?」
ザワザワ、ザワザワ………
イツキちゃんのその宣言に、周りの客達に静かなどよめきが。
無理もない。特製マーボと言えば、泰山(ウチ)でも一二を争う辛味を誇るメニュー。
それも、唐辛子ダブルともなれば、食せる豪の者は、彼女とシスターを含めても僅か十名足らず。
そんな『一見さんお断り』な。一握りの“通”だけに許された至高の一品なのだ。
「ほ…本気あるか?」
「勿論です。あっ、当然ですが私のオゴリですので、伝票はその様に付けて下さい」
という訳で、跋さんは調理に忙しかった。
決して、お客様を見捨てた訳じゃないある。信じて欲しいね。
「あうううっ」
運ばれてきたマーボ前に、涙目で唸りつつチラチラと周囲に救いを求める件の青年。
歳に似合わぬ。見る者の保護欲を的確に刺激する、中々見事な媚態だ。
だが、それでもなお、その求めに応えようとする者も居なかった。
当然だろう。誰だって、まず自分の命が惜しい。
ましてや、見ず知らずの相手の為に、一つしかないそれを掛ける様な奇特な者など居るはずもなく、
「おや? 箸が進まない様ですね。如何しました?」
「いえその。チョッと、もうお腹が一杯でして………」
「あっ。そう言えば、先程、点心セットを食べたばかりでしたね。
それじゃ、私が半分引き受けましょう。(カチャカチャ)さっ。これで良いでしょう?」
と、レンゲで己の皿にマーボを移しつつ、イツキちゃんより嵩に掛っての最後通告が。
かくて、退路は断たれた。少なくとも、一口くらいは食べない事には納まりがつかない状況だ。
さしものノー・エアリーディングな青年でも、流石にそれぐらいは判ったらしく、
「……………はい。それじゃ、いだだきます」
かくて彼は、覚悟を決めてその最高に赤い物体を口にした。
………
……
…
「辛ッ!!」
バタン、キュ〜〜〜
「って、如何したんですか!?
いくら美味しいからって、そのリアクションは大袈裟過ぎです.
そういうのが許されるのは、ミ○ター味っ子とOH M○ コ○ブだけですよ」
「……………あ…ああ、イツキか……………すまない、俺は此処までみたいだ。
イギリスに居る、もう一人の俺達を……………あの子達の事を…た…の…む(ガクッ)」
「ちょ…ちょっと! 起きてくださいよ。これじゃ、まるで私の所為みたいじゃないですか〜〜〜」
瀕死の男と、泣いて縋るその恋人。
一見、そんな風でありながら、その実、まったく違うそれを演じるイツキと青年の姿を眺めながら。
漸く一段落したとみて、ホッと一息。各々の食事を再開する常連客達。
しかし、店主である跋さんにとっては、コレは始まりに過ぎなかった。
そう。まるで何かのコメディの様だが、その実、かなりマズイ。
今でさえイロイロと保健所に目を付けられているというのに、急患まで出したという噂が立った日には、本気で営業免許を取り上げられかねない。
しかも、反目しあっているっぽいとはいえ、二人が知人である以上、再びこの青年がやって来る事も。
そして、再度こうした惨劇が起こる可能性は決して低くない。如何すれば………
シスター言峰に相談する?
駄目だ。心優しい彼女の事、きっとこの迷える子羊達を放ってはおけなくなる。
そして、悪意なく最悪の状況に。この店を、二人が理解しあう為の出会いの場にしてしまいかねない。
イツキちゃんを出禁にする?
駄目だ。それは、常にお客様の求める物(辛味)をお出しするという、この店の理念を捨て去るに等しい行為。
そんな事をする位なら、潔く店を畳んだ方がナンボかマシだろう。
「(ピルルル〜、ピルルル〜、ピッ)あっ、姐さん。私ある。
……………そんな邪険にしないで欲しいある。とても大事な話ある……………そうね、泰山最大のピンチあるよ」
かくて、跋さんは最後の手段に。プライドを捨て、姉である魃に頼る事にした。
料理に関する主義主張の違いから幼い頃より相容れぬ仲ではあるが、それ故に、その実力は誰よりも良く知っている。
だからこそ、跋さんには確信があった。いにしえの暗殺拳(黒マーボ)の使い手である彼女ならば、イザという時、証拠を残さず総てを闇に葬ってくれるとの。
総ては泰山の看板を守る為。姉程ではないが、跋さんもまた、その為には人としての倫理観に目を瞑れる人間だった。
そうなこんなで、その翌日。
遠方より取る物も取り敢えずに飛んで来てくれた姉が到着以後、泰山は調理人が二人の体制に。
その理念を守り抜く為、一子相伝という開店以来の伝統を敢えて破る事となった。
「(ジャ〜ジャ〜)って、姐さん。黒山椒入れ過ぎね。回鍋肉が真っ黒になってるあるよ」
「(ジャ〜ジャ〜)そんな余所見をしているヒマがあったら、自分の鍋に集中するよろし。
それじゃ唐辛子を炒め過ぎあるよ。辛味に頼って風味をおろそかにしている様では、まだまだね」
創業200余年。この街の老舗中の老舗店。
その13代目であり、常連客からは、ちびっこ店長‘Sと呼ばれ親しまれる謎の中国人。
双子の姉妹である跋さんと魃さんの振う中華鍋は、今日も、ありとあらゆる食材を、究極の辛さを誇る至高の一品へと昇華させている。
仲の悪い事で知られる姉妹であるが、実は、これでもその関係はかなり改善していたりする。
何より、口では何と言おうとも、彼女達が互いの腕を認め合い信頼し合っている事は傍目にも明らかだった。
それ故、常連客達は、二人の喧嘩を微笑ましく見守る。
それが、この店の新たな名物となっていた。
ちなみに、もう一つの名物として、メニューの欄に新たに書き加えられた物。
特製フルーツ・パフェを注文する只一人の男に纏わるエピソードもあったりするのだが、それはまた別のお話である。
〜 2015年10月22日。中国、とある町外れにある料理店 〜
「あっ、ありました」
ボロボロのグルメマップに書かれたそれと看板の名前とを確認した後、嬉しそうに顔を綻ばせながら、一人の少女がトコトコと店へと歩き出す。
言葉に訛りは無い様だが、野暮ったい紺色の作務衣に大きな風呂敷包みを背負い、
おまけに両手に二つの紙袋を二つづつという、如何にも田舎者でごぜ〜ますだと言った………
もとい、此処中国では些か浮いた服装だった。
彼女の名は夜鳥みどり。
ドコから見てもローティーンにしか見えない外見でありながら、その実、二十歳過ぎな。
しかも、故郷である日本ではチョッと名の知られた工芸作家と、人は見掛けによらないという言葉を地でいく女性だった。
「よいしょっと」
チョコンとカウンター席に座って荷物を下ろす。
その姿も何処か愛らしいと言うか、この店の店長はまた違った。
それでいて、大別すれば全く同種の属性な魅力を誇ってはいても、彼女はれっきとした成人女性。
ソ○倫に抵触しない合法ロリなのだ。
「あの…何になさいますか?」
「はい。店長さんのオススメのものをお願いします」
オドオドと注文を取りに来た店長さんに元気良くそう答える。
何でも、此処の店ではメニューを見ずに注文をするのが作法と事。
他意は無く、彼女的にはそれに従っただけでである。
勿論、店内のざわめきなど。
『(クッ)そうきたか!』とか『小娘と思って侮ったわ!』なんてヒソヒソ声なんて気にならない。
亜乗度 須○郎を始めとする大馬鹿野郎達の人外な哄笑に慣れた身にしてみれば、その程度の事など意識の端に留まる事さえ無かった。
学生時代の。否、正義の味方(スーパーヒロイン)時代の数々の経験は、彼女にそうしたイイ意味での図太さを与えていた。
「(コト)お待たせしました」
数分後、カウンター越しに注文の品が。
礼を言いつつ、勇んでそれを。店主オススメの焼きそばを食す。
チュルと啜った太めの麺はモッチリした確かなコシがあり、具材もシャッキリと確かな歯応えが。
そして、絡められたやや甘めのソースが、それらを十全に引き立てている。
素晴らしい。これ程のレベルの料理を口にしたのは一体何時以来だろうか? 俄には思い出せない。
下手をすると学生時代の。華陽学園の学生食堂で食べた牛丼まで遡らなくてはならないかも知れない。
もっとも、かの高校を卒業以来、彼女の食生活は御世辞にも豊かとは言えなかったので、あまり褒め言葉にはなっていないのだが。
そう。此処五年程、彼女は修行を兼ねた放浪の旅の途上にあった。
8年前、IKAIYO日本支部が壊滅して以後は、正義の味方も開店休業状態にあった事や、
その3年後、恙無く華陽学園を卒業する日を迎えたが故の選択だった。
勿論、友人達は必死に止めてくれたし、居候先であり後見人でもある相織邦光老人もまた大反対だった。
しかし、皮肉にもそれは、彼女の決断を更に強固にさせるものでしかなかった。
今の自分は、あまりにも恵まれ過ぎている。
これでは、とても大成しない。じっちゃん………祖父である夜鳥甚五郎の様にはなれない。
そう気付いてしまったが故の事だった。
そんな訳で、執拗を極めた葵さんの追跡を如何にか振り切り、今の生活に。
あれから五年。今振り返ると『若かったな〜』と。
少々近視眼的かつ刹那的な行動だったと反省する事もあるが、後悔はしていない。
当時の選択が間違っていたとは思っていない。
実際、ほとんどの日々を野宿して。
その土地の山々に篭り、川魚や山菜などを採って飢えを凌ぐ様な生活ではあったが、材料を手に入れる所から苦労するという経験は、確かな血肉になっている。
幼少時に散々叩き込まれた。耳にタコが出来そうなくらい受けた、じっちゃんからの叱責の数々。
その本当の意味を実感できたのは、この旅に出てからの事だった。
もっとも、それに忠実に従っているが故に。
既にかなりの名声を。幾つかの代表作などは数百万単位の値で売買されている身でありながら、彼女の懐は御世辞にも暖かいとは言えない状態だった。
気に入った相手の為にしか仕事をしない上に、必要以上の金銭は受け取らない。
時には、些細な事のお礼に自らの自信作をプレゼントする事さえあった。
そんな訳で、この店に入ったのもコッチでチョッと良い物が出来たから。
久しぶりに、納得のゆく仕事が出来た自分への御褒美。所謂、偶のゼイタクだったりする。
「ごちそうさまでした」
チョッと多すぎるかな〜と思われた量の焼きそばだったが、その美味故に何の問題も無く完食。
満腹感と満足感が等しく満たされる。感無量である。
(そう言えば、じっちゃんも仕事を終えた後は、よく好物をたらふく食べていたな〜)
ふと、そんな事を思い出す。
彼女の師であり祖父でもある夜鳥甚五郎は、甘い物に目が無かった。
『ひとつ食べればお腹一杯』がキャッチフレーズの、元祖大○屋田舎餡ころ餅『特大サッカーボールサイズ』を、美味い美味いと三十六個も立て続けに食べ、
三十七個目を口にした途端、『う〜ん』と一言唸ったまま、それっきり。
今振り返れば、代表作の一つであり、遺作となったも最後の仕事を終えた時、既に己の死期を悟っていたのだろう。
あれこそ、まさに大往生だったと思う。
叶う事ならば、自分もまたそんな最後を迎えたいものである。
と、一頻り、そんな感慨に浸った後、そろそろお暇しようと、代金を支払うべく懐に手をやった時、
ジリリリ〜〜ン、ジリリリ〜〜ン………
突如、レジのすぐ側に設置されていた。
昔懐かしい型の黒電話のベルが鳴り響き、
「はい、此方『貴女の挨拶など如何でも良いですわ!』ご…ごめんなさい」
何だか良く判らないが、電話に出た店主さんが、いきなり大声で怒られていた。
はて? あの声はドコかで聞いた様な………
何だろう? 思い出せないというより思い出したくない様な………何か猛烈にイヤな予感が。
「…………はい、私の目の前に…………はい。
あの、夜鳥みどりさんと言うのは貴女か?」
「えっ? はい、私ですけど」
「ご家族の方から電話だ」
予感的中! しかし、こうなった以上、もはや退路は無い。
此処で逃げれば、多分、この小さな店主さんに迷惑を掛ける事になる。
仕方なく、おずおずと電話に出る。
「漸く見付けましたわよ、みどりさん」
「いえ…あの…その…」
流れ来たのは、聞く者を魅了してやまないであろう慈愛に満ちた。柔らかで暖かな声音。
だがそれは、みどりを落ち着かせるどころか更に慌てさせるものでしかなかった。
こういう余所行きの声を出す時。
それは、かつての正義の味方(スーパーヒロイン)仲間であり、また、天涯孤独な自分の姉代わりでもあった葵さんが、突拍子もない無理難題を言い出す前兆なのだ。
「言い訳と謝罪は、いずれゆっくりと。微に入り細を穿って伺いますわ。
そんな事より、今はもっと大切な事が。遂に、あの日の約束を果たす時が来たのです。
蒔田さんにお願いして、今、貴女の居る食堂から東南に3q程の所にある小さな飛行場に、自家用機を用意して貰ってあります。
それに乗って、早急に此方に帰っていらっしゃい」
「はい?」
「恐れていた……ずっと恐れていた事態が起こってしまいましたの。
先週、5年前に引退して第一線を退いていた、リチャード=アルフレヒト=ゲーナーが会長職に復帰。
それに前後して、彼の傘下である軍需産業を中心とした財団の株が軒並み上昇しました。
それらの利潤が裏へと流れ、各種装備を整える為の資金となるのは、もはや時間の問題。日本の平和は、既に風前の灯火なのです」
「え…え〜と」
言ってる事が全然判りません。
とゆ〜か、如何してそんなに嬉しそうなんですか?
「まだ判らないんですの?
此処数年、裏社会でも鳴りを潜めていたInternational
Killer’s And Invader ‘s Yaleding Organization
(国際殺害者及び侵略者有効利用機関)が復活の狼煙をあげたんですのよ!」
……………あっ。そう言えば、相織家を出る時、別れ際に『日本に再び危機が訪れた時には必ず帰ります』という口約束をした様な。
困ったな。あの時は、そうでも言わないと、葵さん、諦めてくれそうもなかったし。
それに、まさか本当にIKAIYOが復活するなんて思ってなかったし。
「事此処に至った以上、もはや一刻の猶予もありませんわ。
早急にジュエルスーツのオーバーホールを………いえ、抜本的なバージョンアップを行わなくてはなりませんっ!
そう! 新たな敵を前に、今こそ我等閃光戦隊も新生の時を迎えているのですわっ!」
嗚呼、もう五年も顔を会わせていないのに、電話の向こう側の葵さんの姿が。
今にも哄笑せんばかりの笑顔が瞼の裏にハッキリと見えるのはナゼでしょう?
「あ…あの〜」
「えっ? あら御免なさいね。私とした事が、つい。少し興奮してしまいましたわ」
「えっと。それはイイんですけど………あの。私、実はもう23歳なんですけど」
「嫌ですわ、みどりさん。可愛い義妹の年齢を忘れる筈がないでしょう。
私が24歳である以上、貴女は23歳。間違いありませんわ。それが如何かしましたの?」
や…やっぱり駄目です。
現役当時の。まだ十代の頃なら兎も角、二十歳も過ぎてなお“あの”格好をするのは、只の羞恥プレイだという事は理解して貰えそうもありません。
「……………いえ、何でもないです。
到着次第作業に掛りますので、蒔田さんに頼んで各種装備を工房の方に運んで置いて下さい」
かくて、数瞬の逡巡の末、みどりは葵の説得を諦めた。
別れの挨拶をして電話を切ると、既に会計が済んでおり、店の前にはタクシーが止まっていた。
当然、空港までの料金もチップ込みで前払いされていた。
矢張り、逃げても無駄っぽい。
「ありがとございます、蒔田さん。また、お世話になります」
と、五年前までと同様、姿の見えぬ。でも、多分ドコかに居るであろう。
そんな、おもいっきり謎だらけな相織家の執事に一言礼を言った後、彼女は新たな戦場行きの車に乗り込んだ。
その頃、彼女達のライバルはと言えば――――
〜 同時刻。日本近海のとある海域 〜
『艦の調子は如何ですか、ゲーナー代議員?』
「パーフェクトだよ、モモセ君。いや、それ以上かな。
久しく第一線から離れていた所為か、今日の最先端技術の成果には心底驚かされたよ。
このフジヤマ・ゲイシャ丸も、8年前とはまるで別物。
特に、其方に提供して貰った新型OSの性能には、感嘆あまり賛辞の言葉もないね。
これこそ正に、転ばぬ先のヘルプ機能。サポートサービスも万全というものだよ」
『お…お褒めに預かり光栄です。
それでは、私はこれで。お約束の件、どうか宜しくお願いします』
「うむ。問題ない、オリンピック級の船舶に乗ったつもりでいてくれたまえ」
最後に、自信タップリにそう請負いった後、ゲーナーは徐に通信を切った。
艦長室に静寂が訪れる。僅かに聞こえるエンジン音が耳に心地良い。
久しくなかった充足感が。これより過酷な戦いが待っていると言うのに、まるで母の胎内に居るかの様な安らぎを。
と同時に、まるでお祭りを前にした幼子の様な高揚感を感じている自分が居る。
矢張り、これまで携わっていた計画など愚の骨頂。
永遠を求めている様で、その実態は死んでいるのも同然だった事を改めて実感する。
そう。実は彼、つい二ヶ月程前まではゼーレの重鎮。ナンバー11を勤めていたりするのだ。
8年前、満を持して進出した日本での活動が失敗に。
IKAIYOの日本支部をジュエルスターズに潰され、その悔しさをバネに一念発起。
それまでの趣味に耽溺する生活を慎み仕事に没頭した結果、それまでの非凡な実績もあって、僅か二年足らずで組織のトップに。
と、そこまでは極めて順調だった。
悲願だった日本への再進出も、もう目前の所まで来ていた。
だがその時、ゲーナーは大きな落とし穴に嵌ってしまった。
失脚した先代のトップに変わって、とある会合に出席した事で悪質な詐欺に。
永遠の命というありもしない。しかし、誰もが求めて止まないそれを目の前にチラつかされた事で、自らの本質を見失ってしまったのである。
それからは、何もかもが空虚だった。
総ては死海文書の記述通りに。そこから外れる事を、手にした権力にモノを言わせて修正する。
何の面白みもない。まるで、既に見飽きた時代劇の再放送を延々と見せ続けられる様な退屈な日々だった。
5年に渡ってそんな事を続けている内に、自分の心はカラカラに。緩慢な死へと向かっていた。
今思えば、そんな気がする。
転機が訪れたのは、約2ヶ月前。
第八使徒戦の折、満を持して発令されたA−17が、僅か一時間足らずで撤回された事による資産運用の大失敗だった。
これによって、ゲーナーは総てを失う事に。
裏表の双方を含めたほとんどの個人資産を差し押さえられ、権力者の地位から放逐される事となった。
それからは、残された僅かな命数が尽きるのを。粛清という名の口封じを、呆けたままジッと待つだけの日々だった。
しかし、神は彼を見捨ててはいなかった。
半ば廃人化していた事もあって当時の事は今もって曖昧と言うか、何度振り返っても完全には思い出せないのだが、気付いた時には。
自我意識が復活した時には、既に何処とも知れぬ別荘の中。
二十歳前後と思しき中々にチャーミングな女性の口から、これからの展望をレクチャーされている所だった。
しかも、全く身に覚えが無いにも関わらず、自分は全面的な協力を約束していたらしい。
あれこそまさに『子狸に化かされブンブク茶釜』とでも言うべき椿事だった。
とは言え、他にアテがある訳でもない身。
『毒食らわば皿まで舐めて腹満たせ』なつもりで、アクア=マリンと名乗るその女性に促されるままに暫しの間、南の島っぽいその地にてリフッレシュの日々を。
呆れるくらい先端技術を駆使されているっぽい。
とても個人レベルとは思えないくらい充実し捲くっている設備を利用し、日々マリンスポーツに勤しむ事で、これまでの運動不足を解消。
ヤマサキと名乗るホームドクターによるサポートもあってか、着実に筋力がUP。
まるで、自分が若返っていく様な錯覚さえ受ける程だった。
また、精神修養も入念に。
わざわざ日本から取り寄せたと思しき最高級な。かつての自分でさえ滅多にお目に掛った事の無いレベルの『ボンサイ』を眺め。
時に、震える手で剪定バサミを握り、完成されたその芸術に敢えて自分の美意識を付与してみたりもした。
そんなこんなで心身共に充実。第一線で活躍していた時代の自分を取り戻した頃、二人の幼子を。
愛らしい顔立ちでありながらな、どこか硬質な印象を受ける。
まるで陶器人形の様な少年と少女を紹介される事に。
それからは、総てが劇的だった。
当座の資金として渡された、アタッシュケース一個分の札束。
臨時の部下である、小脇に小型モバイルを抱えたハル君とラビスちゃん。
それだけを伴ってウォール街に舞い戻ってからのゲーナーは、正に破竹の如き快進撃を。
僅か一ヶ月足らずで嘗ての資産を取り戻すに至り、また、自分が失脚した事で半ば壊滅状態にあったIKAIYOの残党を纏め上げ、そのトップに返り咲く事に。
無論、ゼーレとは完全に袂を分かっている。
そう。もう二度と、あんな愚かな過ちを犯してはならないのだ。
「ふむ。もうこんな時間か」
と、一頻り回想に浸った後、ゲーナーは自ら食事の準備を始めた。
以前は使用人に。お抱えのコックに一任していたものだったが、今となっては到底彼等に任せる気にはなれない。
何故なら、これが新たな理想に向かって邁進する彼の計画の鍵とも言える重要な要素だった。
そう。今だ世界はゼーレの脅威に晒されている。
たとえ補完計画が失敗したとしても、それは変わらないだろう。
否、寧ろその失敗によって、トチ狂ったあの老人達が何をするか判ったものではない。
しかし、暗殺等によって彼等を強制的に排除する訳にもいかない。
彼等は世界経済の根幹に関わり過ぎている。いっそ、その要とさえ言っても過言ではない。
それが、何の前触れも無く消えたとしたら大混乱は必至。世界経済は、致命的な大打撃を受ける事となるだろう。
従って、自然な形でスマートに。担当医師が『老衰です』と断言する様な形で、静かにこの世から退場して貰わなくてはならない。
だからこそ、その間、彼等の野望を阻み続け。かつ、その後の復興を志す者は。
自分は、長生きをしなくてはならないのだ。
これぞ、ジャポン文化の礎を築いたグレイトジェネラル、イエヤス=トクガワが編み出したと言われるミラクル戦法。
『鳴かぬなら、拍手して待とう、アンコール』である。
それ故、好きだった葉巻を止め完全禁煙。酒も嗜む程度に節制。
そして、長寿で元気なお年寄りの代名詞。
先のサブ・ジェネラルにしてチュウナゴンでもある、ミツクニ=トクガワにあやかって、毎日のウオーキングを欠かさずに。
食事もまた、日本各地の名産品と水戸納豆を主食にしているゲーナーだった。
〜 同時刻。日本、某道場 〜
その日、二階堂ミツキは、単身赴任先から久しぶりに帰って来た父親との組太刀(試合形式の練習のこと)を楽しんでいた。
そう、楽しいのだ。
自分より強い相手と戦う。そうした機会は、彼女にとって最高の娯楽であり、また、何年か前からは、彼の人が相手でなければ味わえない喜びだった。
「胴! 胴!」
鋭い踏み込みから、横薙ぎの胴が。
一撃目は回避に成功するも、崩れたその体勢からでは二撃目は躱せない。
バシッ
竹刀でそれを受ける。
重い。両手が悲鳴を上げ、今にも得物を弾き飛ばされそうになるが、歯を食いしばって耐える。
「面!」
そこへ止めの。
もはや身動きすら覚束ない所への、駄目押しとも言うべき面打ちが。
今回もこのコンボを外す事は出来なかった。
矢張り、自分のそれとは威力が違う。年季が違う。完成度が違う。
「ありがとうございました!」
「うむ」
此方の礼に短くそう応えつつ防具を外し始める、父上。
悔しいが、その背中はまだまだ遠かった。
「ミツキ」
と、感慨に耽っていた時、珍しく父上が声を掛けてきた。
「誰か、気になる相手でも出来たのか?」
流石、父上。先程の立会いから、総てお見通しの様だ。
隠す事無く『はい!』と、力強くそれを肯定する。
「そうか」
と、否定とも肯定とも取れない相槌を一つ入れた後、それ以上その事に触れる事無く、父上は静かに道場を後にした。
だが、ミツキにはそれで充分だった。
実の言うと、昔は。幼い頃は、ミツキは寡黙過ぎる父親の事が苦手だった。
ナンと言うか、表情が全く動かなくて、まるでお人形さんと話しているみたいだった。
また、自分に剣道を強要してきた事も嫌だった。
当然だろう。日々バシバシ叩かれて、面白い筈がない。
転機が訪れたのは7歳の時。
只でさえタレ目気味な目尻を更にダラしなく下げつつ、何やら狂喜乱舞している母親に見せられた、四年に一度の祭典の録画を見た時の事だった。
画面に映る父上は何時も通りだった。
只、淡々と相手を倒すのみで、何の面白みも感じられなかった。
そのまま優勝していたみたいだが、特に感慨は。
母上の様に、『凄い』とも『嬉しい』とも思えなかった。
アレに勝てる者がいるなんて、想像すらした事がなかったが故に。
その認識が変わったのは番組の最後の部分。
大会の最終日、メダル獲得者に向かってのインタビューが行われていた時の事だった。
他の出場者が喜びを顕に。
感極まって泣き出す者すら居たというのに、父上は至って何時も通り。
普段と同じ無表情のまま、一言、『応援ありがとうございました』と言っただけ。
ハッキリ言って、周囲から浮き捲くっていた。
だが、ミツキには何となく判った。あれが父上の限界なんだと。
あの人は『笑わない』んじゃなくて『笑えない』んだと。そういう人なんだと。
それからは、まるで歯車がカチッと噛みあったかの様に総てが好転し始めた。
あれほど嫌いだった剣道の練習も苦にならなくたった。
実際、父上は御世辞にも器用とは言えない人間。
そんな彼にしてみれば、教えられる事など一つしかない。
だからそれを。自分が磨き続けた只一つの宝を伝授しようとしている。
そう思うと、とても嬉しい………不遜だが、チョッとカワイイとも思ってしまうのはナゼだろう?
(コホン)兎に角、自分は強くなった。
特別指導員として定期的に全国各地を回る父上を除けば、道場内の誰にも。
段持ちの大人にさえ負けないくらいに。
その自分の技が通じぬ相手が現れた。
剣道の経験こそ薄いが、それを補って余りある才能を秘めた。
以前決勝で戦った、コソコソ逃げ回るしか能の無い。“つい”カッとなってプチっと叩き潰してしまったアレとはモノが違う。そんな相手だ。
彼女の事を。碇シンジの事を思うと自然と笑みが零れる。
同世代に、あの様な相手に。孤高を地で往く父上とは違い、己の総てを掛けるに足るライバルに出会えた幸運に感謝する。
そう。今回は勝ちを拾ったが、彼女はまだまだ強くなる。
今少し剣に慣れれば。次の大会が開かれる頃には―――――
ビュン
竹刀を振るうその手に力が篭るミツキだった。
もっとも、コレは完全な空回りに。
これより約半年後、意中の相手が春の大会に参加していない事を知り、怒り狂う事になったりするのだが、それはまた別のお話である。
〜 10月23日。米利家の居間 〜
その日、丁度、中間試験明けだった事もあり、ケンセイは、中断していたリーダーの更生計画を再開。
教材として、姉の秘蔵コレクションの一つを失敬し、集ったメンバーの前で披露した。
『こ〜いが、うま〜れる。き〜みのな〜かで』
そんなBGMに乗せて、画面の中では何故かスク水を着た可愛らしい“男の子”が、カメラアングルを意識したとってもセクシーなポーズを。
「……………って、なんじゃこりゃあ!」
「見損なったぜ、ケンセイ!
俺等を集めてDVD観賞って言うから、てっきりA○だと思って期待していたのに!」
「苦情は後で聞く。イイから黙って見ろ!」
そんなこんなで約30分後、
「お〜い。皆、生きてるか〜」
自身も大ダメージを受けているものの、姉の影響によって強制的に鍛えられた耐性を駆使し、ケンセイは死屍累々なメンバー達に声を掛けた。
「死んだ………いや、寧ろ、死にて〜」
「もう怒る気力もね〜」
判る。判るぞ、皆。
胸中でそう同意しつつ、本命の相手に同じ質問を。
「リーダーはドウ思う?」
「ぶっちゃけキモイ」
流石にショックが大きかったらしく、フラットな口調でそう断定する、リーダーこと似蛭田ケン。
グッド。期待通りの返答、これで言質は取った。
後はシメにもっていくだけだ。
「うん、そうだろうよ。そうでなくちゃいけねえ。
でもなリーダー、困った事に………本当に困った事に、アレが今、リーダーがやろうとしている事なんだよ!」
「「「な、なんだってっ!!」」」
他のメンバー達が、お約束のリアクションを。
リーダーもまた、大きなショックを受けているっぽい。
良かった。これで、極限状態に置かれたが故の吊り橋効果で“うっかり”オカマ野郎に惚れてしまった彼も、流石に目を覚ます筈………
「(フ…フフフフッ)確かに、お前の言う事も判らなくはない。
だがなケンセイ、お前は大事な事を忘れているぜ」
「な…ナンだよ、リーダー。その大事な事ってのは?」
暫しの放心の後、突如復活したその気勢に気圧されつつも、そう聞き返すケンセイ。
そんな彼に向かって、ケンは大塚ボイスも高らかに、
「彼女は…碇シンジは“ついて”いない!
ついでに言えば(申し訳程度とはいえ)胸もある!」
(クッ)そうきたか!
必勝の策を破られ少なからずショックを受ける、ケンセイ。
そんな彼に追い討ちを掛ける様に、
ドタドタドタ……………バタン!
「ケ〜ン〜セ〜イ! アンタ、また勝手にアタシの部屋に入ったわね!(バキッ)」
「びぶろっ!」
怒りも顕に飛び込んで来た実の姉。
現役女子大生同人作家にして元スケバンな、米利ケンコのメリケンナッコーが唸りを上げて突き刺さる。
かくて、ケンセイの身体を張ってのリーダー更生計画は、再び失敗に終った。
〜 翌日。第一中学校、2Aの教室 〜
毎度おなじみ朝のSHR。
他のクラスならば暖気運転な。一時限目の授業を前にした“これから”の時間帯であるが、担任が担任だけに最初からクライマックス。
そんな2Aにあってなお、その日のテンションは特別なモノだった。
そう、今日は試験明けの初日。中間テストの結果が返ってくる日なのだ。
「次、英語を返すぞ」
そのままLHRに入り、いよいよ運命の時。
淡々と。如何にもかったるそうに答案を返して行く、北斗。
だが、それを受け取る生徒達には一様に。取り分け、あまり成績の宜しくない生徒達の顔には只ならぬ緊張感が漂っている。
それも当然だろう。
此処は他のクラスみたいに甘い所ではない。
赤点を取る。それは、ある意味、死にも勝る恐怖なのだ。
その御蔭か、40点台前半以下な点数を取る“一般生徒”は皆無。
それに加えて、成績上位者を多数抱えている事もあって、北斗の擁する2Aは常に学年一位をキープしていたりするのだが、これは全くドウでもイイ話である。
そう。問題なのは“一般的でない”生徒達。
今回の赤点常連者達の成績はと言うと、
「おっしゃあ、オーラス68点。ギリギリやけど捲くったで!」
鈴原トウジ、7科目平均65.8点。
2Aの平均点65.3点をチョッとだけ越える事に成功。
彼にとっては、中学生活初の快挙である。
無論、この異常(?)なまでの成績アップにはチャンとした理由が。
そのタネは、前回の空白の一週間(第15話参照)。体感時間的には三ヶ月以上に渡る武者修行。
その間、ずっと惣流博士の所で厄介になっていた事にある。
そう。到着以来、娘の友人という事もあって手薬煉を引いて………じゃなくて、茶飲み話がてらにアスカの近況を根掘り葉掘り。
一切合財の情報を聞き出した惣流博士だったが、その過程において、目の前の彼が文武両道とはいかない。
所謂、チョッと残念な成績の子である事を察し、老婆心から一計を。
桃色髪のコーチにアレコレ入れ知恵し、勉強に関するカリキュラムも組んで貰い、自身もまた、さり気なくそれを監督。
天才ならではの的確な調教………じゃなくて、的確な指導を。
その結果、トウジは(惣流博士的には溜息が出る様な遅々としたスピードながらも)知らず知らずのうちに学力アップ。
今や、こうして平均点越えが狙える。俗に言う、一般的な中学生レベルの実力を手に入れていたのである。
だが、そうした裏事情を知らない者から見れば、これは明らかに異常事態でしかなく、
「ドーピング失格!」
キッパリとそう言い切る、アスカ。
無理もない。彼女的にはあり得ない。否、あってはならない暴挙だ。
「って、ナンやそら〜っ!」
「ウルサイ! 違うってンなら、たった今、コレに尿検査用の検体を提出してなさい!」
「ンなアホな。そもそも、ドーピングとテストに何の関係があるちゅうんじゃい!」
「決まってんでしょ、それをコレから調べンのよ! さあ、ハリー! ハリー! ハリー! ハリー!」
「って、此処でか! 此処でヤらせる気か! どんな羞恥プレイやねん、ソレ!」
「(フン)只の不正防止よ!
イヤだってんならサッサと吐きなさい。『自分は裏切ってはならないモノを総て裏切りました』ってね」
互いに譲れぬモノを掛けて喚きあう。
焦点はその一点。ドチラもカンニングについては欠片も疑っていない。
何故なら、試験官は北斗だからである。
ミッションインポッシブル。仮に出来たらとしたら、寧ろ絶賛に値するだろう。
ちなみに、そんな彼女の中間テスト結果はと言えば、2199年にて行われた試合と第12使徒戦のダブルヘッダーがタタってか、今回も漢字に泣かされ赤点三つ。
それが、ドイツの某有名大学を優秀な成績で卒業し、現在は、エヴァの戦闘指揮と新兵器の開発に携わる。
今やネルフの屋台骨の一角を支える才媛の成績だった。
そう。総ては笑うしかない現実だった。
次回予告
アメリカ、ネバダ州にて建造中だったエヴァ四号機が起動実験中にネルフ第二支部ごと消滅する。
予期せぬ事件に対し沈黙を守るネルフ。
自からシナリオの修正をするゼーレの老人達。
そしてフィフス・チルドレンが選出された。
捕らえどころのない不安と苛立ちを人々に与えながら。
次回「五人目の適格者」
その体の中に潜むものはなんだ。
あとがき
さ〜らに未開の宇宙を進む〜、付近の宙域には撮影用ポッドがある〜
土星付近にインベーダー発見。肩にはミサイルランチャー背負ってる〜
こ〜んな大発見をしながら〜、け〜して学会には発表しない〜
オオサキ シュンの奥ゆかしさに〜、僕らは思わず〜涙ぐむ。
…………ある意味、これくらい無理がありましたね、今回のお話って。冷静に考えると。
皆様、お久しぶりです。色んな意味で限界ギリギリな、でぶりんです。
もはや幽霊どころか忘却投稿ですが。まだです。まだ終りません。
諦めたらそこでゲームセットです。今後もコツコツ完結を目指していきたいと。
そう。伝説の名作、ガ○スの○面を目標に!………って、微妙に後ろ向きでしょか?
さて。本編ですが、よ〜やくターニングポイントに。
広げに広げ捲くった大風呂敷を閉じる方向に進み始めました。
今後の展開としては、あの人達が裏切って。あの人達がお亡くなりになって。主人公達が不幸になって………
最終話直前には、そんなエヴァ本編準拠な欝展開になる”筈”です。プロット通りなら、多分。(汗)
少なくとも、トライデント中隊は、うっかりさんな某少年を残して全滅。それ以外の死亡者も3人出る予定です。
正直、なるべく死人は出したくないのですが、お話の展開上、スパロボFにて某マザコン男や東○先生の死亡フラグ並に回避困難。
取り分け、約一名に至っては、もう死んで頂かない事には致命的なまでに辻褄が合わなくなる為、この人だけは確定です。
そんな訳で、これから徐々に暗いお話に。無理な小ネタ等も減ってくれるんじゃないかと。
それに伴い、作品の質も上がってくれるとイイなと。(極甘)
それでは、もったいなくも毎回御感想をくださる皆様に感謝すると共に、再びお目に掛かれる日が来る事を祈りつつ。
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代理人の感想
・・・・奇面組かァーッ!(爆)>番組
つか息子達も同じような事やってたんかい・・・親は選べないからなぁ(ぉ
>「お〜と〜こ〜の〜こ〜なら、正しく〜つよ〜く〜」
小さなスーパーマンとはまた渋い所をw
ちなみに私は「たのむたのむたのむたのむ」が一番好きだったり。
>ドーピング!
GS美神か、懐かしいなぁww
まぁ他にも色々混じってたけどw
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