〜 再び7月28日。第三新東京市、鈴原邸 〜
その日、郊外に位置するとある一軒家のリビングにて、一人の男が途方に暮れていた。
彼の名は鈴原ハルキ。
嘗てはネルフに勤める平凡な一整備員であり、愛する我が子達の生活を支える大黒柱として身を粉して働く、頼れるお父さんだった男である。
だが、三ヶ月前のあの日、初号機の機動実験中の事故に巻き込まれた事によって、その運命は大きく変わってしまった。
諸般の事情から。上からの命令によって外界と隔絶された生活を余儀なくされた病院から漸く退院したその日から、
世界はまるで開き直ったかの如く、その装いを変えてしまったのだ。
何時もと同じ、第三新東京市の街並。
何時もと同じ、麗しの我が家。
しかし、何かが違う。
冷蔵庫からは、生鮮食品の類が姿を消し、
娘のアキの部屋には、何時のまにやら中から鍵が掛かる様になっており、
猫の額程の裏庭には、趣味の家庭園芸で植えた向日葵の横に、何やら赤黒いシミの染み付いた巻き藁が立っていたりする。
おまけに、漸く家に帰る事が出来た自分と入れ違いになる形で、息子のトウジは『んじゃ、お父ん。アキの事は頼んだで〜』と言い残して中国へ。
それも、あの悪名高き『真紅の羅刹』と共に、一ヶ月近くに渡る長期旅行に出かけてしまったのだ。
半日を経ずして、ハルキは認めざるを得なかった。
自分が十数年に渡って営々と築いていた暖かい家庭は、脆くも崩れ去っていたのだと。
かくも静かな、かくもあっけない終末を誰が予想しえだだろう?
「待ちなさい、アキ」
と、絶望感に打ちのめされ懊悩する父親を置き去りに、夕暮れ時だというのに何処かへと出かけようとしていた愛娘を、ハルキは断固たる覚悟を持って呼び止めた。
そう。彼にとって、これは新たな始まりだった。
既に遠い異郷の地へと旅立ってしまった息子の事は後回し。
まずは、目の前に居る娘から。アキとの間に、家族の絆を取り戻す事が先決なのだ。
「(コホン)こんな時間に、一体何所へ行くつもりだい?」
「何所って………ああ、そうか。今日からお父さんが一緒だったけ」
一瞬、キョトンとした顔をしたものの、すぐに得心したとばかりに頷くと、アキは何処かへ電話を。
そして、暫しの間、弾んだ声で何事か話した後、
「いや〜、流石は零夜お姉ちゃん。チャンと人数分用意してあるって。良かったね、お父さん」
そんな良く判らない事を言いながら、自分の手を取り何処かへと連れ出した。
〜 午後7時30分。芍薬の101号室、影護邸 〜
「もう、鈴原さんたら全然飲んでないじゃない。駄目ねえ。
此処はほら、もっとグ〜ッとイっちゃいましょうよ、折角の退院祝いなんだし♪」
「いい加減にして下さい、葛城さん!(パシッ)退院されたばかりの方に過度の飲酒を勧めるなんて言語道断です!」
「ああっ、零ちゃんのイケズ! アタシのエビちゅを返して〜」
アルコールに染まった赤い顔で、先程からしきりに絡んできた葛城作戦部長。
コレについては、何度かその武勇伝を聞いているので判らなくも無い。
だが、そんな彼女の手から、まるで手品の様にビール瓶を取り上げつつ説教する、黒いショートカットの女の子。
かの真紅の羅刹の同居人にして、既にダース単位のエージェントを返り討ちにしているとの逸話を持つ、紫苑 零夜。彼女が何故に同席をしているのか?
しかも、そんな危険人物に、我が愛娘が懐いているっぽいし。
嗚呼、私は一体、どこのミステリーゾーンへと迷い込んだのだろう?
否、現実逃避をしている場合じゃない。
何としても、アキを取り巻く環境が、自分の居ない間に激変した原因を探らなくてはならない。
そして、それを取り除かなくてはならない。たとえこの身に代えようとも………
「(ング、ング、ング………プハ〜)失礼、紫苑さん。些か不躾で申し訳ないが、そろそろアキの此処での生活ぶりなどお聞きしたいのだが、宜しいかな?」
景気付けに、葛城作戦部長に無理矢理注がれたビールを一気飲みした後、
意を決したハルキは、出会い頭に菓子折りを差し出しつつ並べ立てた心にも無い礼辞とは比べるべくもない、不退転の決意を持って敢えて虎口へと飛び込んだ。
〜 翌日。再び、影護邸 〜
何所からか、鼻腔をくすぐる懐かしい臭いが。
そうだ。これは、今は亡き妻が毎朝作ってくれた味噌汁の臭い………って、何故?
起き上がって見回せば、そこは見知らぬ部屋だった。
一気に意識が覚醒すると共に、昨夜の戦慄が反芻される。
どうやら、酔い潰れた挙句に、そのままご厄介になってしまったらしい。
我ながら命知らずな事をしたものだと、思わず自嘲の笑みが零れる。
そう。あの後、さして飲めもしないのに強引に酒盃を重ね、アルコールの力を借りての勢いで聞き出した留守中の家族達の近況。
それは、驚くべき………否、出来れば信じたくは無いものだった。
トウジより、どこかの武道家に弟子入りしたと言う事は聞いていた。
実の所、折に触れて見舞いに来る息子が、日に日に逞しい身体付きとなってゆく姿を確認するのは、娯楽の少ない入院生活にあって密かな楽しみの一つだったの程だ。
だが、それがまさかあの真紅の羅刹の所だったとは。
話の流れから、庭にあった巻き藁の話をした際、『御心配は無用です。それは多分、自主的に鍛錬を積んでいたんだと思います』と、零夜から聞かされた時。
更には、葛城作戦部長に囃し立てられ、デモンストレーションとばかりに、何気なくビールの瓶切りを披露された時には心底驚いた。
本当に、何気なくチョンと手刀を当てただけ。
それだけで、以前TVで見た一流の空手家達による試割りの如く、瓶の上部が消えるのだ。
しかも、彼等が裂帛の気合を篭めてなお半ば砕いているだけなのに対し、彼女のそれは、接合面を合わせればピッタリと合わさるほど綺麗に。
そう。木星からの客人達は、徒手空拳でも完全武装のエージェントを歯牙にも掛けない圧倒的な戦闘力を保持している。
そんな人間凶器達によって、息子達は3ヶ月間もの間、面倒を見て貰っていたのだ。
それも、現在進行形で。あまつさえ、トウジに至ってはその危険極まりない武道を習得しようとしている。
今回の長期旅行も、その一環。所謂、武者修行とか言うものらしい。
(なるほど。上が情報統制をした理由はコレだったのか)
そんな諦観と共に、ハルキは借り物の寝所を後にした。
「葛城さん、いい加減に起きて下さい」
「(ムニャムニャ)もしも私が市長選に当選したら〜、朝のうたた寝を邪魔する者を極刑に処する法案の可決を〜、公約とするものであります」
「もう、また訳の判らない寝言を。朝ですよ、起きて下さい!」
隣室から、そんな理解不能な言い争いな声が聞えてくる。
「…………何時もこうなのかい?」
「うん。大体こんな感じ」
意を決しての。否定の言葉を期待しての質問だったが、娘から返答は至ってクールなものだった。
ごはんに味噌汁、鯵の干物に御漬物と言った、久しぶりに見る『日本の朝食』といった感じのメニューが乗った食卓。
それらは見た目以上に美味だったのだが、何故か、ほんの少しだけ塩味がキツイ気がするハルキだった。
〜 二週間後。ネルフ本部、第一実験場 〜
『マヤ、零号機のシンクロ率は?』
『92.8%です』
スピーカーから、赤木博士と伊吹二尉のキビキビとした報告確認の声が聞えてくる。
これが、此処最近の機動実験の定番だった。
『(フゥ〜)まずは一安心ってところかしら』
『ええ。ファーストチルドレンが夏休み突入と同時に絶不調に。
一時は70%後半まで落ちこんだ時にはどうなる事かと思ったけど、どうやら持ち直したみたいね』
『一昨日の、突発的な海水浴旅行が良い気分転換になったんでしょうね。
表情も何となく明るくなってる気がするし。コレって良い傾向よね』
今日は、聞きなれない。若い娘達とおぼしき声も聞こえる。
『オ〜ス、リツコ。レイの調子は………って、なんなのよ、この女だらけのオペレータールームは!?
さては貴女、日向君が出張、青葉君が夏季休暇で居ないのを良い事に、発令所スタッフを自分のハーレムで固め始めたわね!』
『そんな訳ないでしょ! 彼女達は三体のMAGIのそれぞれの主任。
バルタザールの主任オペレーター、阿貨野カエデ。
カスパー主任オペレーター、大井サツキ。
メルキオール主任オペレーター、最上アオイよ。
仮にも作戦部長なら、いい加減、顔と名前くらいは覚えなさい。有事の際には、彼女達が発令所のスタッフになるのよ!」
「OK、任しといて。
右から、マヤちゃんの親戚っぽい童顔少女趣味娘、クールっぽいけど何故か地雷臭の漂うロシア娘、外見だけは頼れるお姉さま風なメガネ娘ね。チャンと覚えたわ♪」
『『『そんな覚え方、止めてください!』』』
何度聞いても慣れそうも無い、突発的に発生するとする上層部メンバーによる掛け合い漫才。
そう、自分が不在の三ヶ月の間に。丁度、トップである碇司令が失踪したのを機に、その代理人たる冬月副指令の手によって、
これまでの極端な秘密主義を改め、職員間の結束を高めるべく情報をオープンにしていく形に方針を転換したとの事だったが、その方向性が誤っている気がしてならない。
もっとも、ハルキの指揮している整備班のメンバー達は、この怒涛の如き環境の変化を物ともせず、
まるで『此方の方が肌に合っている』と言わんばかりの態度で日々の仕事に励んでる。
おまけに、あれほど反目しあっていた作戦部の人間との仲も改善されており、驚くべき事に、あの葛城作戦部長とさえ、フレンドリーに挨拶など交わしていたりするのだ。
正直、理解し難い感覚だった。これが世代の差。自分はもう、古い人間なのだろうか?
いや、別に寂しくなんて無い。
此処は寧ろ、暢気にこんな事を悩んでいられる事を喜ぶべきだろう。
そう。嘗ての職場に復帰して早二週間。
その間に仕入れた現場の生の声によって、心配性なお父さんもまた、遅ればせながら真紅の羅刹の実像が見え始め、
自分の感じた絶望が、杞憂とまではいかないまでも、取り越し苦労に近いものである事を知る事が出来たのである。
実際、木星からの客人達の評判は、ハルキが入院した直後とは180°異なるものだった。
曰く、以前は格闘技を教えていた教官がサジを投げたくらい弱かったサード・チルドレンを、サシで葛城作戦部長を倒せるほど強くした。
曰く、起動実験の際、暴走しかけていた零号機を一喝し、パイロットごと正気に戻した。
曰く、第五使徒戦は、彼が便宜を図ってくれなければ戦う事さえ出来なかった。また、第7使徒戦における初勝利にも手を貸してくれた。
等々、その戦闘能力の高さを再確認するエピソードに混じって、チョッと良い話が。
それらを総合するに、影護 北斗という人物は、決して話の通じない相手では無いらしい。
おまけに、初顔会わせの際のあの暴挙の数々も、どうも先に手を出したのは此方の方との事。
それでは、もう仕方ない。単に、虎の尾を踏んだ報いを受けただけと思うべきだろう。
それに、北斗の弟子の一人として、トウジの顔までが結構知られており、リップ・サービスな部分を差引いても、評判は中々のものだった。
そんな世間的な評価から鑑みるに、心配は無用。
正直、帰って来たら『良くやった』と褒めてやろうと思っている程だ。
アキの方も問題は無かった。
考えて見れば、アレももう9歳。そろそろ男親には知られたくない事の一つも出来る頃。部屋に鍵を付ける位は大目にてやるべきだろう。
これでも自分は、理解のある父親であるつもりだ。
そう。これは決して、此処最近の朝食に。紫苑さんに習ったらしい娘の手料理に買収されたからでは無い。
まあ、これまでと変わった事といえばその程度の。寧ろ嬉しい変化だけだ。
何故かは知らないが、今朝方、自分が出掛ける直前に始まったTVの特別報道番組を食い入る様に見ていた様だったが、これも気にする程の事でもあるまい。
何かに夢中になると周りが見えなくなりがちになるのは、ウチの家系的な悪癖だし。
〜 午後7時。ネルフ社員食堂 〜
使徒戦の様子はTVで見ていたので概ね察してはいたが、実体はその右斜め上を行くもの。
上が色々と無茶をやってくれていた御蔭で、今日も殺人的な忙しさだった。
だが、あまり悪い気はしない。
これも、初勝利後を境に、ネルフを見る世間の目が変わってきた御蔭だろう。
次の使徒戦では、是非とも現場にて勝利の瞬間に立ち会いたいたいものである。
更に欲を言えば、夕食も自宅で摂れる様にしたいのだが………いや、それだとアキが影護家を来訪する口実が無くなってしまうな。
早くに母親を失った娘にしてみれば、あの家の雰囲気は居心地が良いものの筈。
良かれと思って無理に早く帰った挙句、それを理由に恨まれては面白くない。
そんな事をつらつら考えながら食事を摂っていたら、部下の一人が。
整備班で最も無駄に喧しい男である岩田ノリクニが、何時も通りの歓声を張り上げながら食堂に駆け込んできて、
「おお〜い皆、大ニュースだぜ、大ニュース!
ついさっき、コンビニまで買出しにいったら、何時ぞやの温泉宿で一緒になったエクセルさんとバッタリ出くわしんだがよ〜、
そん時、あの北斗のダンナの中国での日常ってのを、映画風に纏めたっつう痛快娯楽アクションドキュメンタリードラマ。略してアクドラのDVDを貰っちまったぜ。
これも偏に人徳ってヤツ? ひょっとして、あの人、俺に気があったりしてな。
まあ、そんな訳で、早速コイツを見てみよ〜ぜ」
と、良く判らない口上を並べつつ自己完結を。
そのまま、食堂の備品であるAV機器を操作して唐突に上映会を始めた。
思わず溜息が零れる。
岩田の大騒ぎなど珍しくも無かったが、自分が復帰して以後の彼は、更にその奇行に磨きが掛かっている様な気がしてならない。
とは言え、今回の件は。
『どういう経緯で撮影されたのか?』とか『どうして痛快娯楽アクションなんて枕言葉が付くのか?』と言った点が些か気にはなったが、
息子の武者修行の旅へと連れ出した真紅の羅刹の近況を撮ったDVDとなると、自分としても無関心では居られない。
親バカとの汚名を着せられない様に気の無い風を装いつつ、都合良く正面に位置する大画面60型プラズマTVに注目する。
『ワオ〜ン、ワオ〜ン』
最初に、昔の外国映画で良くあった冒頭アイキャッチのパロディが。
ネコっぽい衣装を身に纏った桃色髪の少女が画面内で可愛らしく吼えた後、それは始まった。
『天空に二つの極星あり。
すなわちアキトと北斗。
森羅万象二極一対 。男と女 陰と陽
。仁王像の阿と吽。
英雄しかり。漆黒の戦神と真紅の羅刹!
英雄として現れ、太陽系を内部から改革せんとする漆黒の戦神を『陰』とするならば、一人の修羅として敵対するもの総てを破壊する真紅の羅刹は即ち『陽』!』
なんじゃらほい?
思わず頭を疑問符が埋め尽くす。
それもの筈、星空をバックに流れた良く判らないナレーションから始まった映画の内容は、とてもドキュメンタリーとは思えないのだ。
取り分け、自分の息子は勿論、その主人公である北斗でさえ名前しか出てこないのはどうかと思う。
ひょっとして、別の作品なのだろうか?
と、ハルキが頭を悩ませている間にも、荒廃した大地にて繰り広げられる物語は、二昔前に流行ったバイオレンス物の映画っぽいノリで進行してゆき、
『抵抗をやめろ〜っ! でないと、コイツの首を引き千切るぞっ!』
軽く2mを越えると思われる長躯の。
ボディビルの大会でも中々お目に掛かれない様なゴツゴツとした筋肉質の身体に鋲付きの革ベルトを身体に巻き付けた、いかにも悪党っぽい顔付きの大男が、
小さな少女の身体を抱え上げ、その首に手を掛け村人達を脅している。
にも関わらず、村人達は少女ごと大男を倒さんと、手製と思われる簡素な槍や棍棒を構え出した。
それと同時に、大男の後ろの取り巻き達も得物を構え出し、一触即発の状態に。
と、その時、信じられない事が起こった。
人質として囚われ、しかも見捨てられ様としていた少女が、自分を抱え上げていた大男の手に噛み付いたのだ。
おそらくは、恐怖による錯乱だろう。
地面に叩き付けられ瀕死の状態になりながらも、少女は何事か意味不明な事を叫んでいる。
アキと同じ。否、更に幼いと思われる少女の身を襲った凄惨な光景に、映画だと判っていても胸糞が悪くなるハルキ。
そして、そんな彼の憤りに呼応するかの様なタイミングで、
『良く吼えた。気に入ったぞ、小娘!』
後方でボウガンを構えていた悪党面のモヒカン頭達を殴り倒しながら、唐突に主人公が。
真紅の羅刹が登場した。
『て…てめぇ、この娘がどうなっても………』
強敵と見て取り、その目的とおぼしき少女を再度人質としようとする大男。
意外に抜け目が無い。この辺が、彼が武闘集団のリーダーを務める由縁だろう。
だが、それは北斗の読み通りの行動らしく、別働隊が強襲を。
『クワッ』
何所からともなく現れた空飛ぶペンギンが頭上から大男に襲い掛かり、
それによって目を晦まされた隙に、後方から忍び寄った二つの人影が、
『えぃ!』
シンジの放った回し蹴りが大男の右膝の裏にヒット。
重心の乗っていた方の足を膝カックンされる形で。通常なら蚊に刺された程のダメージも与えられなかったであろうそれによってバランスを崩され、
『おりゃっ!』
転倒しようとしていたその後頭部へと、トウジの跳ね上げる様なジャンピング・ニーパットっぽい膝蹴りが。
不意打ち&自動的にカウンターとなる形で決まったこれには、圧倒的な体格差を誇る大男も堪らず昏倒した。
『『『リーダー!!』』』
年端も行かない少年達に首領を倒され、武闘集団達の間に戦慄と動揺が。
その隙に、シンジが倒れていた少女を抱き起こすと、命に別状が無いのを確認したらしく、
『それじゃあ帰りましょうか、北斗さん』
大写しとなった笑顔にて、そんな事を宣まった。
『ああ、そうだな』
それに同意する北斗。
かくて、少女をお姫様抱っこにしたシンジを先頭に、彼等一行が何事も無かったかの様に、
『ちょ…一寸待って下さい! 貴方方は、私共を助けに来てくれたのではないのですか!?』
立ち去ろうとした所で、村の村長らしい老人が必死の形相で呼び止める。
だが、北斗は振り返りもせずに、
『そんな訳ないだろう』
『そ、そんなあ。普通こういう時には………』
『良い歳して現実と虚構を履き違えるなよ、御老体。
この小娘は、気に入ったから助けただけだ。俺は、オマエ等の生存競争にまで口を挟むほどヤボじゃない』
『そこを何とか。いえ、その娘とて此処の村人ですし、ついでと言う事で!』
なおも続く老人の繰言に根負けしたかの様に、さも仕方なさそうに振り返る、北斗。
そして、弟子達に『早く医者に診察せてやれ』と、少女を連れて先に帰る様に指示した後、
『良いだろう。正直、気に入らなかった事だし、ついでに消していってやるよ』
と言いつつ、懐から剣の束状の物を取り出した。
小さな子供のゴッコ遊びの様な。
だが、相手が相手だけ異様なその姿に、共に息を飲む村人達と武闘集団。
それに応じて勿体を付け………否、おそらくは、弟子達がある程度離れるのを待ってから、
彼は、DFSの赤い刃を実に1年半ぶりに顕現させると、
『蛇王地襲斬!』
大サービスとばかりに、カメラワークを意識した動きで奥義の一つを披露。
地を這う様に大地を抉りつつどこまでも突き進む赤い衝撃波によって、村の後方にあった小さな工場を破壊した。
『さあ。次はお前達の番だ』
工場跡地から立ち上る爆炎を背に、ニヤリと笑いつつそう宣う北斗。
かくて、惨劇の幕が上がった。
【広域指定暴力団ジー○及び、大麻精製工場壊滅】
自主規制からか、彼が両陣営を血祭りに上げてゆくシーンは徐々にフェードアウトしてゆき、
最後に、星空をバックに、そうテロップが現れた。
その後も、北斗達の旅は続く。
とある山道にて、通行料を巻き上げる事を生業とした山賊と出くわし、
『(フフッ)我等を只の武闘組織と思うなよ。
狼は統率された群れをもって獲物を襲う。どれほど強大な獲物も狼の群れの前には無力!』
『見よ! 河南省象形拳の流れをくむ集団殺人拳! 崋山群狼拳!!』
と、大見得を切った、狼をモチーフした装束で統一された数十人の男達。
【広域指定山賊団、○一族】だったが、
『(ハア〜)良く喋る犬コロ共だな。ちと面倒臭いが、躾代わり蹴飛ばしてやるか』
なまじ一斉攻撃だった事が災いして、まとめて北斗に一蹴される事になったり、
『貴様か! このところ噂の盗賊団狩りってのは!』
『ああ。ちと遠いんで帰宅がままならず、舞歌に小言を言われるのが難だが、
この辺の連中は、そこそこ活きが良くて助かっているぞ』
『ふざけやがって! この俺様は、かつて地下組織で発展したデスバトルの不敗のチャンプだった男! お前の様なチビスケに(オゴッ)』
『五月蝿いぞ、ウドの大木』
『あ(ズド)べ(ボコ)し(ドス)ず(バキッ)え!』
わざわざ北斗のコンプレックスを刺激して、派手にボコれる馬鹿が現れたり。
また、弟子達に焦点を当てた話として、
『(グフフ)君が噂の盗賊団狩りですか。言っておきますが、この私は拳法殺しと呼ばれた男………って、なぜ座り込むのですか、貴方?』
『(ハア〜)あのデブはお前らに任す』
現れた丸々と太った巨漢を前に嘆息しつつ、面倒臭そうに弟子達にそう命じる北斗。
『やれやれ、このハー○様も舐められたものですね。
良いでしょう、まずは貴方の可愛いらしい部下達を血祭りにしてあげますよ………って、何をしますか、貴方達! 卑怯ですよ!』
『馬鹿かオマエは。別に武術の試合をやってる訳でもあるまいに』
かくて、打撃を総て吸収する驚異の特異体質。バズーカの砲弾すら跳ね返すと言われた不死身の肉体を誇るハー○も、シンジ達のコンビネーションによって。
木連式の捕縛術によって縛られたフレサンジュ博士謹製の捕獲ロープは解けず、アッサリ御用に。
幕間として、村の同胞達からも嘲笑を受けながらも、怯む事無く水田を作る為の井戸を掘るべく奮闘していた老人に感銘を受けたらしい北斗が、
彼の夢を阻んでいた分厚い岩盤を打ち破って水脈を掘り当てるといったチョッと良い話も交えて物語は終盤に。
最後に、ネルフ中国支部の権限で一時的に捜査権と逮捕権を貸与された北斗が、
とある反政府運動を目的とした人身売買組織の摘発の為、商品として潜り込んだシンジ(女装バージョン)の手引きで、そのアジトを強襲。
組織の母体となっていたのが、セカンドインパクトのドサクサに出奔した軍人崩れ達だった事もあって役職で呼ばれていた連中と相対し、
『悪いが急いでいる』
と、鋼線使いな伍長を描写無しで瞬殺し、
『警察だ。覚悟しな』
『ふざけ(ボコッ)おごっ!』
『(ドス)あべし』『(ボコッ)たわば!』『(ゴキッ)へ、へれっ!』
ナイフ使いな軍曹とその取り巻き共を、腰から得物を抜く事すら許さずに叩きのめし、
『何とも無粋な男だな。
まあ良い。貴様も拳法を使う様だが、我が世界最高最強の殺人拳、(カシャ)南斗………」
『能書きは良いから、サッサと来なカマキリ野朗。
俺の弟子にあんな格好をさせてくれた礼は、タップリとさせて貰うぞ』
『この芸術が理解出来んとは。(フッ)本当に無粋な男だな、君は』
オーラスとして、とある暗殺拳を駆使する首領の大佐を倒し、彼の私室にてそこはかとなく貞操の危機を迎えようとしていたシンジを救出した所で大団円に。
『な…なぜだ。き…貴様ほど力があれば何でも可能。
お…俺が目指したGOD LANDの建設でさえも。こ…後悔するぞ!』
タンカにて護送車に搬送されてゆく大佐(はんなり重傷バージョン)が、負け惜しみに残していった捨てセリフに、
『後悔なんてする訳ないだろう。
俺は壊すのが専門。支配なんて面倒臭い事などやっていられるか』
と、北斗が苦笑しながら呟いたところで終幕となった。
そのまま1分が過ぎ、2分が過ぎ、3分が過ぎた。
なんじゃあコレは!
漸く我に返ったハルキが胸中でそう叫ぶ。
いや、映画としてはそれなりに良く出来ていたのかもしれないが………こ、これがドキュメンタリー事は。(汗)
嗚呼、トウジは。お前は一体どうなってしまったんだ!?
いや、一応は元気でやってるみたいなのだが、アレはチョッと拙い気が。
だが、劇中で真紅の羅刹の言っている事にも一理ある様な………何より、もう自分がどうこう出来る領域じゃない気がする。
此処は親として、新たな世界へと旅立った息子の勇姿を温かく見守るべきなのだろう。
そう。これは断じて『今、トウジと喧嘩になったら負けそうだな』なんて日和ったからでは無い!
「よっしゃあ。俺も男だ、ケチ臭い事は言わねえ。原本はロハ(無料)で提供するぜ。後は頼むぞ、住吉!」
(任しとかんかい。コピーガード外し(注:著作権法違反です。良い子は真似してはいけません)は、わしの18番や)
「そう、良かったわね。なら、私も一枚頂戴」
「って、レイちゃん!? 何でこんな所に!?」
「お腹が空いたから。マユミが、今朝から実家に帰省中。私、料理を作れないから」
気が付けば、岩田を中心に、先程のDVDを量産する話が持ち上がっていた。
どうやら、彼等はキャッチコピー通り、アレを娯楽作品として受け入れたらしい。
これがジェネレーション・ギャップと言うものなのだろうか?
しかも、何故かその中に、あのファースト・チルドレンの姿までが。
良いのだろうか、これで?
「しっかし、なんつ〜か意外だったな。
まさかレイちゃんが、この手の映画に興味があったなんて」
「ええ。特にラストの部分が。(クスッ)矢張り、野獣は死すべきよね」
それが、ハルキが初めて見た、綾波レイの笑顔だった。
何故か、その可憐な顔が邪悪に染まっている様な気がして心底怖かったのだが、これは彼だけの秘密である。
その日、郊外にあるとある一軒家のリビングにて、一人の男が激怒していた。
彼の名は山岸リョウジ。
ネルフに勤める平凡な保安部の課長であり、妹の忘れ形見である姪の成長を楽しみに。
そして、何時かトゥルーエンドを迎えて眼鏡を外した義娘が、その伴侶となる相手に控えめな告白をする日が来る事を夢見て、日々の激務をこなしていた男である。
だが、八ヶ月前のあの日。カヲリ=ファー=ハーテッドと名乗る少女からの、マユミを自宅へと招待したいとの些か唐突な申し出に、
『嗚呼、あの娘にもこんな友人が居たんだ』と内心喜びつつ、つい二つ返事で了承してしまった事によって、その運命は大きく変わってしまった。
三日後、友人宅から帰って来た義娘の性格は、まるで開き直ったかの如く変わってしまっていたのだ。
何時もと同じ、マユミの読書姿。
何時もと同じ、マユミの内気な仕種。
しかし、何かが違う。
本棚からは、ハーレク○ーンロマ○スを始めとするムーディな恋愛小説の類が姿を消し、
それに変わってコ○ルト文庫がその位置を占め、
義娘の部屋に飾られていたペ・ヨ○・ジュンのポスターが剥されおり、
あれほど好きだった韓○ドラマに見向きもしなくなり、
時折、鳴り響く携帯のメロディーに、別人の様に鋭い反応を見せるようになっていったのだ。
数日を経ずして、リョウジは認めざるを得なかった。
自分の良く知る、想像上の恋愛に夢中だった内気で引っ込み思案な少女は、もうどこにも居ないのだと。
かくも静かな、かくもあっけない終末を誰が予想しえだだろう?
だが、ある意味これは喜ばしい事態であり、と同時に、新たな始まりに過ぎなかった。
そう。ついにマユミに恋人が現れたのだ。
ならば、その相手が義娘に相応しい男であるかを確かめるのは、男親の最大の義務であると共に当然の権利である。
そう確信したリョウジは、躊躇う事なく行動を開始した。
幸いな事に、その役職柄、彼には諜報部の人間に些かコネがあった。
それ故、当初はすぐに見付かるものと楽観視していたのだが、奇妙な事に、相手の男の特定は難航。
とある貸しをネタに、第一中学校に潜り込んでいるファースト・チルドレン付きの諜報員に頼んで、ついでに作成して貰った調書を読む限り、
その候補すら捜査線上に浮かんでこない有様だった。
実際問題、マユミの対人恐怖症は、いまだ完全には克服されてはいないらしく、まともに話しをする相手と言えば、カヲリという少女のみらしい。
一月後にもたらされた中間報告でも、驚いた事にファースト・チルドレンと友人となったという事実とその経緯が書かれていたが、相手の男の影は一向に見えて来ない。
更に一ヵ月後、最後となった調書に至っては、あの虫も殺せない様なマユミを捕まえて、
『今では、恐怖を持ってクラスを支配している』だの
『自分の目から見てもあの手練手管は驚嘆に値する』だの
『以上の理由を持って、調査対象である山岸マユミの意中の相手は、カヲリ=ファー=ハーテッドであると思われる』等と言った、荒唐無稽な事が書かれていた始末。
どうも、2ヶ月以上に渡って公私混同な事を頼んでいた所為で、流石に相手を怒らせてしまったらしい。
そんなこんなで、調査を一時打ち切りに。
丁度、例の使徒戦と。そして、あの真紅の羅刹の来襲と重なった事もあって、激務に追われ半ば忘れていたのだが………
その一ヵ月後。漸く候補者らしき相手の名が浮かび上がってきた。
その名は碇シンジ。
碇前司令の息子であり、使徒戦の開戦直前にいきなりサード・チルドレンとなったが、肝心の使徒戦において、エヴァを操縦出来ないという最悪のハプニングを起こす事に。
その後も、碇前司令の失踪を機に真紅の羅刹に引き取られたり、
チルドレン登録を抹消された直後に、とある信じ難い理由から葛城作戦部長と決闘したり、
第五使徒戦において零号機とのシンクロが可能である事が判明して急遽参戦したり、
此処数回の使徒戦では、予備役という名目のもとに、事実上、零号機のサブ・パイロット扱いされていたり、
現在は、伍号機のテストパイロットとして中国支部へと出張していたりと、実に数奇な運命を辿る事になる少年である。
正直、最初は彼を嫌っているという印象だった。
だが、リョウジとて伊達にマユミの親をやってきた訳ではない。この時点で、既に目星は付いていた。
当時のリアクションは、所謂『好きな子を苛めたくなる』という恋愛初心者特有の心理状態故なのだと。
何しろ、義娘があそこまで意識した同世代の男の子など、彼が初めての事だったし。
実際、今ではそうした蟠りも影を顰め、サード……いや、シンジ君やその友人達との間にも友好的な交流が生まれている様子である。
とは言え、あくまでも清い交際レベル。現時点は、特に言うべき事は無い。
では、リョウジが何を怒っているかと言えば、諸般の事情から親友との同居生活を初めた愛娘が、自分の夏期休暇に合わせて久方ぶりに帰って来た早々に、
「午後9時からのパーティへの出席なんて、父さんは絶対に認めんぞ!」
と言った風に、不良化の第一歩となる様な催しへの参加許可をねだってきた所為である。
「そ…そんな。もうレイ達に『行きます』って言ってしまって………」
「駄目ったら駄目だ!」
「でも、お父さん。これはネルフで行なわれる………」
「ええい! 兎に角、そんな如何わしいパーティへの参加など………えっ、ネルフで?」
どうやら『自分は午後9時から』と聞いた時点で頭が沸騰していたらしい。
マユミからの意外な一言に動揺しつつも、父親の威厳を持って、どうにかそれを取り繕い、再度、その催しの主旨を再確認してみる。
それによると、本日開票を迎える第三新東京市市長選の結果発表に合わせ、西園寺まりい市長の誕生を祝う会を、ネルフ整備員班の有志一同が開くのだそうだ。
「正直、良く判らないな。
これは父さんの偏見かも知れないが、あの部署の風潮は、特定の議員を応援しているという感じでは無かった筈。
いや、そもそもマユミ。お前からして、それほど政治に関心があったとは思えないのだが?」
「はい。実は、政治とかは全然関係なくて。西園寺さん個人を応援したいだけなんです。
お父さんの見解通り、多分、他の参加者の人達も同様の理由だと思います」
「ふむ」
マユミの言に得心するリョウジ。
確か、先の第九使徒戦の直前に起こった大停電の際、結局参戦は出来なかったものの、かの市長候補の手によってチルドレン達がエスコートされて来た話や、
その後の停電復旧作業に関しても、色々と便宜を図って貰った話は、自分も聞いている。
前述のチルドレンたる綾波レイと惣流=アスカ=ラングレーの友人であるマユミが、その関係で彼女に好意を持ったとしてもおかしくはないし、
後述の、色々と無償で物資の差し入れをして貰ったという整備班の面々も同様だろう。だが………
「判った、そういう事ならば許可しよう。但し、父さんもそれに付いて行くからな」
とある理由から、参加を認めたくはなかったが、前後の事情から鑑みて不自然すぎる。
それ故、リョウジは渋々。彼自身も同伴するという条件付きで許可を出した。
〜 午後4時。再び、山岸家のリビング 〜
報道特別番組として、TVから選挙戦の模様を占う放送が流れている。
『西園寺さんです』『西園寺さんです』『西園寺議員ですな』
画面内にて、突然向けられたマイクに戸惑いつつも、自身が投票した候補の名を誇らしげに語る投票を済ませた様々な年齢層の投票者達。
そんな彼等の表情を一通り映した後、某人気女子アナが、隣の席に座っている初老の政治評論家に意見を求めた。
『と、この様に、投票所前での声では、圧倒的に西園寺候補優位の装いを呈していますが、この辺、どう思われますか貝節さん?』
『はい。これ程の支持を受けた理由ですが、これまでの彼女の揺ぎ無い一貫した姿勢もさる事ながら、これは矢張り、選挙戦最終日の。
今現在も進行中の、陸自の新兵器強奪立て篭もり犯と折衝。これによる宣伝効果の影響でしょうな。
正直、単身、現場に乗り込むなど到底褒められた行為ではありませんが………』
お決まりの長口上を並べ出す政治評論家。
だが、それを遮る形で、
『おっと。此処で、その立て篭もり事件の現場からの速報が入って来ました。
中継が入ります。現場の園場さ〜ん』
『はい、現場の園場です。私は現在、第三新東京市の郊外に程近い、第5再開発地区にあるA社の廃工場跡地に来ています。
辺りには、陸自の新兵器と自称・正義の味方とが争った跡が今尚残っており、三つ巴にて行なわれた先の戦闘の激しさを物語っています。
あっ。今、獅子王中将と西園寺議員、そしてマーベリック社のグラシス会長が、交渉の場として仮設されていたテントから出てきました。
最後尾のグラシス会長が、一枚の書状を誇らしげに掲げています。どうやら、示談交渉は無事締結した模様です』
そのまま番組は、示談の内容の解説に。
事件を起こしたダークネスより、トライデントシリーズの回収の見返りとして、幾つかの技術の公開が。
また、そのメインスポンサーであるマーベリック社が、今回の騒動で起こった被害補填の全額受け持つ事等が、もっともらしい肩書きを付けた専門家達によって語られてゆく。
そして、そのTV画面の前のテーブルにて、
「勝ったわね」
「ええ」
と、ファースト・チルドレンとセカンド・チルドレンが。
遊びに来ていたマユミの友人達が、どこかの司令と副司令の真似などしながら悦に入っている。
事実、この快挙は正にミラクル・プレイ。此処から先の得票は、一気に西園寺議員に流れるだろう。
それまでの優勢に加えての、正に駄目押しの一手。但し、それは他の選挙区ならばの話でしかないのだが。
「さ〜て。もう結果も見えた事だし、パーティまでの暇潰しがてらゲームでもやりますか」
そんな事とは露知らぬ純真な子供達は、この放送によって勝利を確信。
亀と競走中の兎の如く気を緩ませ、2対2のチーム(レイ&マユミVSアスカ&ヒカリ)に分かれて対戦ゲームを始めた。
薄々とはいえ裏の事情を知るリョウジには、少々眩し過ぎる光景だった。
「って、マユミ! 何でアンタがカヲリを使うのよ!
折角マイキャラがあるんだからソッチにしなさいよ」
「仕方ありませんわよ、アスカさん。何しろそのキャラは、私に似てとても弱いんですもの。これは当然の選択ってことね」
「下手なモノマネは止めれ〜!」
何やら意味不明なセリフが。
そして、どこかで聞いた様な声でのゲーム音声が聞こえてきた様な気もするが、それはきっと、そうした負い目による幻聴の類。
画面内を所狭しと消えたり現れたりしているゲームキャラが、どこかで見た様な少女に似ているのも、只の気の所為だろう、多分。
〜 午後9時20分。特設祝勝会(仮)の会場 〜
『お〜と、此処で一気に得票が伸びました!
信じられません! 投票所前の下馬評を大きく裏切り、僅差にてまさかの大逆転。高橋ノゾム新市長の誕生です!』
「何故だ〜!」
この日の為に貸し切られた某ビヤガーデンにて。
そこに特設された大型TVから流れた選挙速報の結果に、会場内にブーイングの嵐が巻き起こる。
それもその筈、選挙前の放送では勝って当たり前な楽勝ムードだっただけに、俄には信じ難い事なのだ。
だが、一定以上の役職にある者にとっては、これは当然の結果でしかない。
それもその筈、この第三新東京市に限っては、得票結果の集計をしているのは、更正選挙委員達ではなくMAGIなのだから。
もうお判りだろう。
そう。総てにおいてネルフの利益を優先させるトリプルコンピュータが。
引いては、その管理者達が、自分達にとって都合の悪い市長を誕生させる筈がない。
つまりこの選挙は、最初から結果の出ていた出来レースだったのである。
『なお、西園寺議員に関しましては、昨今、巷を騒がしております愉快犯。
通称、マッハ・バロンと呼ばれている怪人との間に密約があったという疑惑が………」
今なお鳴り止まないブーイングの嵐に混じって、早くも濡れ衣同然の報道が流れ出す。
流石に不自然過ぎるが故の。おそらくは、僅かでも選挙結果に説得力を持たそうとの裏工作なのだろう。
思わず胸を摘まされる。自分もコレの片棒を担ぐ立場の人間だと思うと、どうにも気が滅入ってくる。
「ん? ど〜した斉藤、真っ青な顔して?」
「い…いえ。大丈夫です。お気になさらずに」
「いや、その冷汗の掻き方は普通じゃないぜ。体調、悪いんじゃないか?」
(そやで。確かに残念な結果やったが、そこまでショックを受ける程の事でも無いやろに)
整備班の名物三人組………最近は四人組となったらしい連中が、取り分け派手に嘆いている。
その喧騒の声が、まるで自分を非難しているか様な錯覚さえ覚える程だ。
「信じらんない! 何かの陰謀よ、絶対!
アタシは嫌よ! あんな○校生相手に援助交際やってるって噂のロ○コン野郎が市長だなんて!
アレに比べれば、言動が首尾一貫してる分だけ、あのアナーキーなオバさんの方がマシよ!」
「ええ。断固、就任を阻止すべですよね。
この際ですから、お姉さまにお願いして、何かネルフへの交渉材料を用意して貰いましょう。
MAGIの第一人者である赤木博士なら、不正選挙の証拠を特定出来るかもしれません」
「おお、その手があった! ナイスよマユミ。
ついでに、ナオさんに頼んで、アレの周囲を洗って貰いましょう。
ど〜せ当選して調子くれてる頃だろうから、簡単にボロを出す筈。ソイツをゴシップ誌にでもリークしれやれば………」
ついには、アスカ君とマユミが、物凄くブラックな相談をしている声が聞えた様な気さえしてくる。
こんな幻聴までするなんて、自分は精神的に大分参っているらしい。
まあ確かに、セカンド・チルドレンに関しては、多方面で才気に溢れる少女と聞いている故、そういう事もあるかも知れないが……………(フッ)どう考えてもありえない話だ。
「皆様、大変お待たせ致しました。
選挙の方は残念な結果に終ってしまいましたが、そこはそれ、この場を厄払いに。
そして、暑気払いの為の席と致しまして、今宵は存分に楽しんでいって下さいませ」
そうこうしている内に、この会場のセッティングを勤めた幹事役。カヲリ君によって、乾杯の音頭が。
払った会費から考えれば明らかに赤字っぽい質量の料理と酒が並んでいるが、遠慮なく頂く事にする。
「チョッとお父さん、飲み過ぎよ。お姉さまの前で恥ずかしい」
許せマユミ。今日ばかりは、飲まなければやっていられんのだ。
自棄丸出しな飲み方をする我が身を案じてか、小声でそう注意して来た義娘の忠告に、胸中でそう返答しつつ、次々と杯を重ねるリョウジだった。
〜 午前0時、居酒屋『魚住』 〜
その日、郊外に位置するとある一軒の居酒屋にて、一人の男が飲んだくれていた。
彼の名は鳥坂シンノスケ。
現在進行形で戦略自衛隊の空軍長官を務める中将閣下であり、分不相応な地位にある事を自覚しながらも、何とかその差を埋めんと日々奮闘していた男である。
だが、一ヶ月前のあの日、義父達の30年近くに渡る付き合いの親友(?)たる西園寺まりい議員が市長選に立候補した事によって、その運命は大きく変わってしまった。
そして、数時間前にその落選が決まった瞬間から、世界はまるで開き直ったかの如く、その装いを変えてしまったのだ。
何時もと同じ、無駄に偉そうな態度で憎まれ口を叩く義父。
何時もと同じ、以下同文な義母。
しかし、詩織は違った。
少女時代、散々可愛がって貰った愛すべき西園寺お姉ちゃんの落選のショックで、少女時代とまったく同じリアクションで、身も世もなくワンワンと泣き出したのだ。
出会ったばかりの頃の心のまま身体だけが成長したと言うか、元々そんな所のある妻だったが、アレは堪えた。
そんな訳で、居た堪れなくなったシンノスケは家から逃亡。
こうして行きつけの居酒屋で、自棄酒をかっくらっている訳である。
かくも静かな、かくもあっけない終末を誰が予想しえだだろう?
ガラッ
と、その時、既に顔を赤くした。梯子して来たらしい新たな客達が。
「らっしゃい」
2mを越える背丈を誇る店の主人が、何時も通りのブスっとした顔でそれを出迎える。
客商売にあるまじき態度であるが、彼は愛想笑いの類が出来ないタイプなのだ。
一度、試しにやって貰った事があるが、まったくの逆効果。
その見上げる様な巨躯と相俟って、その風貌は下手なヤクザよりも怖いものだった。
と、こう言えばもうお判りだろう。
そう。厳つい外顔と反比例するかの様に、40前後の歳格好のこの大将は、至って御人好しな性格。
店のメニューも、実に良心的な価格に設定されている。
おまけに、何時来ても適度に空いている為、常連客にとっては居心地の良い場所なのだ。
「………そうですか。それはまた、山岸さんも御辛い立場ですな」
「なんの。事故で入院されていた鈴原さんと違って、私は仕事にかまけて家庭を顧みなかった所為。謂わば自業自得ですよ」
席に付くなり、愚痴を零しながら杯を重ねる、何度か顔を見掛ける同じく常連客な二人。
その内容を漏れ聞くに、どうも自分の娘に怒られるのが怖くて帰り辛いお父さん達らしい。
自分の場合は妻なのだが、実質的には似た様なものである。
「判ります、それ。実は、私も………」
人恋しさから、ほとんど面識も無いのに会話に加わってゆく。
二人の方も、同様の心境だったのだろう。快くシンノスケを向かえ入れてくれた。
その後も、愚痴を零しつつ。時には娘達(?)の自慢話も交えて、杯を重ねていく。
気が付けば、とっくに閉店時間を過ぎていたが、店の主人は暖簾を下ろしただけで何も言わなかった。
それ所か、頼んでもいないのに、彼等が良く注文する酒の肴を作り始めていた。
その無言の好意に甘え、遠慮なく飲み倒す三人組。
そう。この夜、彼等はそれぞれの立場を超えて判りあったのである。
嗚呼、世知辛い世間の荒波と闘う、世のお父さん達に幸あれ。