CE71年6月14日、オノゴロ島。
私達の住むオーブ連合首長国は、連合軍による攻撃を受けていた。
中立国なのに。建国何とかっていうオーブで一番大事な宝物にもそう書いてあったのに、目の前の圧倒的な暴力の前には、そんなものは何の価値もなかった。
これまでTVで何度も流されていたアスハ代表の語る理念。
私には難しくて良く判らなかったが、結果はもう出ている。間違っていたのだと。
だって、こうして私達家族は、生活の場を追われて逃げ惑っているのだから。
民を守れない理想なんかに価値なんて無い。少なくとも私はそう思う。
取り分け、マスドライバーを道連れにしての自爆に至っては、世間知らずな小娘に過ぎない私の目から見ても最悪だと言い切れる。
本人は最後に意地を見せたつもりなんだろうけど、アレって、残されたオーブ市民にとっては堪ったもんじゃない。
だって、どう考えても、国の経済を支える根幹産業に大打撃なんだもの。
アスハ代表は、戦争後の。オーブの復興についての事とかは考えなかったのだろうか?
それとも、自分が死んだ後の事なんて知った事じゃないのだろうか?
いや、愚痴はこの辺にしておこう。
理想に生き理想に死んだ人の事なんて、いずれ教科書ででも確認すれば済む事。
今は、自分が生き残る努力をする事の方が遥かに重要だもの。

沖合いに沢山並んでいる戦艦。襲い来る人型の機械達。
閃光と爆音が飛び交い、今も、あちこちに火の手が挙がっている。
そんな激しい混乱の中。山の中、私達家族は、港に向け避難していた。
先頭を行くのはお兄ちゃん。お母さんが私の手を引き、後ろお父さんが、キョロキョロと周囲の安全を確認している。
眼下の港では、避難用の船の前に長蛇の列が出来ている。
お父さんの話では、あそこまで行けば安全らしい。
だが、チョッと前までなら無条件に信頼する事が出来たその言葉も、今はもう心許無い。
実際、もうすぐ傍まで来ているのに、胸の不安はちっとも消えてくれない。
非戦闘員を乗せた船舶には手を出さないのが戦争のルールなんだそうだが、そんな事を言ったら、突然、中立国に攻め入ってくる事自体がありえない事だもの。
きっと、今、オーブを攻めている国は、そうしたルールそのものを無視する事が出来るのだろう。
これはもう、マジシャンを相手にトランプゲームをするくらい絶望的だ。

  カシャ

と、その時、私のポーチから、ピンク色の携帯電話が転がり落ちた。
それを拾おうと、おもわず足を止めて手を伸ばす。
馬鹿な事をしていると自分でも思ったが、アレには友達のアドレスがギッシリ詰っている。
たとえ、もう繋がらないものだとしても、私にとって平和な日々の象徴。おいそれとは諦められなかった。

だが、それが運命の分かれ道だった。
私達一家が足を止めた瞬間、その頭上に、私達を天国へと誘う無慈悲な白い天使が、青い翼を広げて現れたのだ。
そしてその直後、目も眩む様な虹色の光が、その先にいる私達家族を飲み込んで――――私の意識は闇に包まれた。


……
…………

  オ〜イ、イイカゲン、オキテクンナイ

どうやら、私は地獄に落ちたらしい。
おかしいな。何も悪い事なんてしていないのに。
ひょっとして、アスハ代表のタタリ?
でも、何だって私にタタるの?
あの程度の事を考えたのって、きっと私一人じゃ無いし。
そもそも、アレ自体かなりオブラートに包んだ表現だったから、きっと、もっと酷い事を考えた人だって一杯居る筈なのに。理不尽だ。

  イヤ、キミ、マダシンデナイカラ

へ〜っ、意外としぶとかったんだ、私って。
でも、もう時間の問題でしょ?

   ヘッ? ナンデワカルノ?

仮に、私が世界最高のコーディネイターだったとしても、右半身が丸々無いのに長生き出来る訳ないでしょ!
ってゆ〜か、『どうして即死しなかったの?』って、自分でも自分に問い質したくて仕方がないわよ。

   オオッ、ミゴトナキリカエシ。

それで、貴方は誰? 私を迎えに来た死神?

   ンニャ、…………デ、………トイウタチバノモノ。イッテミレバ、カミサマダヨ。

なるほど。(ハア〜)どうりで。世の中、悪くなる筈よね。

  アア。ショタイメンナノニ、ナンカ、シュンミタイナハンノウヲ。

相手が貴方なら、誰でもこうなるわよ!
って、そんな事はどうでもイイわ! お父さんとお母さんは!? それにお兄ちゃんはドコ!?
当然、助かったんでしょうね!?

   トリアエズ、キミノリョウシンナラ、ソクシシタヨ

………
……

この後、自分でも何を言ったかは良く憶えていない。
取り敢えず、罵詈雑言なのは確かだろう。
ついでに言えば、その間に、私は本当に死ぬ寸前まで逝ってしまったらしい。
そんな訳で、次に目を覚ました時には、私の身体は傷一つ無い状態に。完全な健康体に再生されていた。
そして、その代償として、私の神のエージェントへの就任とやらが、事後承諾で決まってしまっていた。

何と言うか、今からでも悪魔主義者(サタニスト)にクラスチェンジしたい。
少なくとも、このまま神の下僕となるよりはマシだろう、きっと。
嗚呼、映像の中の。今はもう、遠い世界のお兄ちゃん。
貴方の妹は、おもいっきり道を踏み外してしまいました。(泣)

   ソンナニ、オチコマナクッタッテ。ホラ、イノチアッテノモノダネッテイウシ

……………そうだね。まあ、こうしてお兄ちゃんの無事が確認出来た事だけは感謝しておくわ。
でもね、ソレはソレ、コレはコレ。
いきなり『この世界を救ってくれ』なんて言われたって、絶対無理に決まってるじゃない。
そんな事が出来る力があったら、さっきみたいにアッサリ死に掛けたりしないわよ!

  チカラガ、ホシイカ?

う…うん。そりゃ、無いより有った方が………

  ホシケレバ、クレテヤル

………
……

結論から言えば、私は再び致命的なミスを犯していた。
嗚呼、どうせ世界平和なんかに興味は無いんだし、あの場は適当に。
あの時、『力なんて要らないわ。愛と勇気が私の武器よ』とでも言っておけば、その後の惨劇は避けられたのに。(泣)

そう。あの後、私が即効で気を失った理由。
それは、いきなり7Gもの重圧が掛かった所為。
与えられた力。とある機動兵器のコックピットに転送された所為だった。

後で知った事だが、その居住性の悪さに正比例するが如く、コレの武装は凶悪の一語に尽きる。
ハッキリ言って、過剰装備も良い所。悪夢の様な殲滅兵器としか言い様が無い。
それに、私のサポート役に就いてくれた、ディアちゃんとブロス君。
機動兵器に搭載された超AIな、この子達もまた大問題だった。
そりゃあ、確かに悪い子達ではない。
それ所か、どこかのカミサマと違って、好感すら抱いている。
でも、銀行のオンラインに侵入して、そのデータを弄くるのだけは止めて欲しい。

この辺、かなり切実な問題。
いや、いかに小さな機動兵器とはいえ、隠して置くにはそれなりに大きな格納庫が必要で。
ついでに言えば、私の生活費だってタダじゃないのだが………
小心者の私には、残高の欄にゼロが7つも8つも付く様なキャッシュカードは心臓に悪いのよ、マイ・フェアリーズ。(泣)

そんでもって、心身共に一番に良くないのが、

『ほらほら、イメージングが遅れてる。それじゃ真っ直ぐ飛ばないよ♪』

と言った感じで、毎日の様に強要されている機動兵器の操縦訓練。
いや、必要なのは判ってるんだけど………

「そんな事…………言われても…………私は…………乗ってるだけで…………精一杯だっつうの!」

『大丈夫、大丈夫。まだ若いんだし♪』

『とゆ〜か、どちらかと言えば『幼い』って言われる歳だよね〜、臨時のマスターは。ひょっとして、コレって児童虐待なのかな〜?』

「そこまで…………判ってるなら…………ディアちゃんを止めてよ…………ブロス君〜!」

『無理♪ コレも世の為人の為。頑張ってね〜』

「いやああ〜〜〜っ!」

かくて、2年後に再び起こる(らしい)戦争を回避する為の。
私、マユ=アスカの戦いの日々が始まった。
……………勘弁して。いや、本気で。







機動戦士ブローディアDestiny

序章 カミサマと出会った日





次回予告

平和、どうか安らかに。失われた魂に誓い、また自らも心から望んだ言葉。
偽りだった訳ではない。だが、それは、追えば逃げていく幻か。
立ち上がる黒い巨体。次元の狭間で出会ったマユとシュンは何を思うのか?

次回、機動戦士ブローディアDestiny、Blank eight days

新たなる力、飛べ!ブローディア!