復讐の彼方へ

 

CHAPTER 1

「彼が火星に行く理由」

 

ドドンパQ

 

 

 テンカワアキトはネルガル会長室へ続く廊下を歩いていた。

 会長室に入るにはまず秘書室に入らなければならない。アキトは秘書室のドアをノックした。そして監視モニターに顔を向ける、相手はこれでドアを開けてくれるはずだ。

「テンカワ君?今開けるわ」

 声の主はネルガル会長アカツキナガレの第一秘書、エリナ・キンジョウ・ウォン。才女だ、ネルガルは彼女なしでは動かないだろう。

 ドアのロックが外れる、アキトは中に入った。

 大きく、贅沢な造りの秘書室にはエリナしかいなかった、いやこの大きさは彼女のためだけに存在しているのだ。

「飯だったか?」

 アキトはエリナのデスクを見たとき目に入ったのはかわいい弁当箱に入ったおいしそうな料理だった。

「うまそうだな」

 アキトはそう言うとデスクに座り、弁当箱からから揚げをつまむと口に運んだ。

「ちょっと行儀悪いわよ」

「かまうもんか」 

 アキトのその言葉にあきれると箸でタコさんウインナーをつまんだ。

「食べさせてあ・げ・る」

 エリナはアキトに食べさせた。

「うまいな」

「本当?」

「ああ、添加物の匂いがない」

 エリナは思い出した、彼には味覚がない、匂いだけで判断しているのだ。

「じゃあ、ご褒美ちょうだい」

「はっ?」

 エリナはアキトに口付けをした、アキトもそれに答える。

 エリナはアキトが1年前ネルガルのシークレットサービスに入ったころから一途だった、そして三ヶ月ほど前からは週に一度ほどベッドを共にしている。

「やあ、テンカワ君待たせてごめん、入って来ていいよ」

 コミュニケにネルガル会長アカツキナガレの声が流れる、声のみだが。

「ああ」

「まってるよ〜」

 通信は切れた。

「もう!あの馬鹿!」

 エリナは自分の時間を邪魔されたことに腹が立った。

「まあまあ、それより今夜どうだ?」

 アキトの言葉にエリナの顔が晴れる。

「うん、待ってるから」

 少し顔を赤くしながらエリナが言った。

 

 

「おまえも飯だったのか」

 アキトは挨拶もせずにアカツキのデスクを見た。

「ネルガルの会長さんが盛りそばか?」

 そうアカツキの食べている品は店屋物の盛り蕎麦であった。

「いやあね、肉ばっかり食べてるとでも思ってるのかい?さすがにそれは健康に悪いよ」

「うまそうだな」

 アキトは昼食をとっていなかったため、エリナのおかずの一部では物足りなかった。

「ふっ、江戸前蕎麦だよ」

 そう言うとアカツキは蕎麦をつゆにどっぷり漬け、すすった。

「馬鹿野郎!」

 アキトは突然叫んだ。

「いきなりなんだよテンカワ君」

 アカツキは少しむせた。

「江戸前蕎麦はつゆが濃いから、蕎麦は少ししかつけないんだよ!」

「えっ、本当」

「こうやるんだ」

 そう言うとアキトはそばつゆに蕎麦を微妙につけ、一気にすすった、見事な音が流れる。

「おっ、お見事」

 アキトがこうしていつも昼食をとっていることは本人以外が知るはずもない。

「で、用件はなんだ?」

 アキトは満腹になると来客用ソファーにどっぷりと座った、このソファーにこのように座るのは彼以外いない。

「そうそう、これ見てくれよ」

 アカツキはアキトのレクチャー通りに蕎麦をすすりながら分厚いレポートをアキトに投げてよこした。

「ナデシコか」

 アキトはピンクのロゴの入った表紙を見ながら言った。

「ああ、君に乗ってもらいたい」

 アカツキは今、蕎麦を食い終わり、漬物を食べている。

「やだ」

 アキトはきっぱりと言った。

「何で」

「給料が安くなる」

「あのねえ、テンカワくん。君だけだよ、ネルガル、クリムゾン、連合と、三組織に所属してるのは」

「給料が三倍になる」

「わかった、正直に言おう、ネルガルは君が欲しいんだ、だからナデシコに乗せてもらう」

「給料、どうするつもりだよ」

「こういうのはどうだい?保安部、パイロット、コックの三つを掛け持ちするのは?君はIFSも味覚は無いけど調理師免許持ってるし」

「それより、スキャパレリプロジェクト、あれ本当にやるのか?」

 アキトは話題を変えた。

「ああ」

「火星に行ってなんか意味あんのか?」

「大いにあるさ、いやその過程に本当の意味がある」

 アカツキは蕎麦湯を飲みながら、彼にふさわしくない顔つきになった。

「ほう」

「ナデシコをこのまま軍に売り渡しても何の意味もないさ、あまり儲からない。それならばナデシコをたった一隻で火星に向かわせて、ネルガルの力を連合に見せつけてやったほうがいい。プロジェクト自体は成功しようが失敗しようが、軍は欲しがる」

「なるほどな、研究データや人命救助などは建前か?」

「まあね」

「わかった、一週間時間をくれ。それまでに結果を出す」

 そう言うとアキトはソファーから立ちあがり、会長室から出て行った。

「いい返事、待ってるよ〜」

 

 

 

 

 1年前、第一次火星大戦。

 アキトはこの時火星にいた。木星蜥蜴の侵攻によりシェルターに入っているしかなかった。

 しばらくは大人しくしているつもりだったが、シェルターの耐久性が問題になってきた。

 彼は後悔していない。彼の人生はその目的を達成していた、それはまた後の話である。だが、まだ彼は死ぬわけにはいかないと思っていた、終わったはずの人生を価値のある人生にしてくれた人達、もう一度会いたい、そう思っていた。

「ちっ」

 アキトはスーツのポケットから煙草を出すと、火をつけ吸おうとしたが横から視線を感じたためにその動作を止めた。

 そこにミカンを持った一人の少女がいた、どうやらタバコが嫌いらしい、そう言う顔をしていた。アキトは煙草をポケットにしまった。その行動に少女はうれしそうに笑った。

「すいません」

 彼女の母親であろうか、一人の女性がアキトに向かって言った。

「いえいえ」

 アキトは言った。

 少女はまだアキトの顔を見ていた。

「おいしそうなミカンだね」

 アキトの言葉に少女は少しはっとしたが、すぐに笑顔を浮かべた。

「お嬢ちゃん、お名前は?」

 アキトは子供と話すということは滅多になかったで、なるべく優しい声を出した。

「アイはお嬢ちゃんじゃないよ」

 子供と見られるのがいやなのだろう、少女…いや、アイは頬を膨らましていた。

「はは、アイちゃんごめんよ」

 アキトはアイの頭を撫でてやった、この行為は嫌いではないらしい、頬が緩んで言い笑顔になった。

「ほえ、何でアイの名前わかったの?」

 母親が笑った、アキトもそれにつられる。アイは周りが笑っている理由がわからず、大きな目を丸くするだけだった。

「ねえ、お兄ちゃんデートしよう」

「へ?」

 アキトは突飛な声をあげた。母親は腹を押さえながら笑っている。

 もちろんアキトには童女趣味はない。

「ようし、じゃあ後10年もしたらデートしよう」

 アキトはアイの頭を撫でながら言った、アイは楽しそうに笑っていた。

 爆発音。

 アキトたちのいた近くの壁が吹き飛んだ。

 そこにいたのは木星蜥蜴の無人兵器、通称バッタ。

 逃げ惑う群集、皆シェルターの出口に向かっていた。地上軍の兵士たちは20メートルほど離れながら、銃弾をバッタに当てていた、だが、効いている様子ではない。

 アキトはアイとその母親を非難させるとバッタに向かって行った。

「お兄ちゃん!」

 アキトはその声に対して後ろ向きに手を振った。

「くそう、何で効かないんだ」

 兵士の一人が言った。バッタは銃弾の雨を食らうだけで動こうとしない、こちらが弾切れになったら攻めてくるだろう、兵士たちに恐怖が走るだけだった。

 その時、兵士たちの横に一人の男が立った。

「おい、君、逃げろ」

 アキトは兵士の言葉も聞かず、スーツの懐から、銃を抜いて弾丸を込める。

「こうやるんだよ!」

 そう言ってアキトは銃に取りつけてあるレーサーサイトをバッタの頭に向けた。赤い点がバッタの顔に浮かぶ、それを確認するとアキトは引き金を引いた。それは着弾と同時に爆発した、炸裂弾である。

 アキトは走り出した。

 バッタは相手に脅威を覚え、背中から小型のミサイルを全弾放った。それと同時にアキトは右の壁に向かって引き金を引いた。壁に炎が上がる、ミサイルは全てそちらに向かって行った。もうバッタに武器はない。

 アキトは走りつつ、残りの弾丸を全てバッタに放つ、これによりバッタのセンサーは一時的にほぼ役に立たなくなった。バッタのセンサーが回復する前にアキトはバッタの目の前にいた、銃に新しい弾丸を込めて。

 躊躇なく引き金を引く、今度の弾丸は鉄鋼弾。バッタの装甲はその前では意味を持たなかった。

 バッタが沈黙する、群衆は歓声をあげた。

「よーし開くぞ」

 群集には希望があった、その扉が開くまでは。

 爆発。

 叫び声。

 そして炎。

 アキトは後ろを振り向きたくなかった、これは十年前と同じだ、自分の両親の死んだあの時と。

 目の前にはバッタがたくさんいた、それらが同時に目を赤く光らせる。

 アキトは恐怖していた、今まで恐怖と言う観念を持ってこなかった彼にとって、十年前と同じ状況は無そのものであった。

「か、かはっ」

 目の前が真っ白になる。

「うおおおおおおおーーーーーーーー」

 

 

 

 アキトは目を覚ました。

「大丈夫?」

 目の前には裸体の女性、エリナだった。

「いやな夢を見た」

 アキトはベッドの上で自分が汗にまみれていることを知った、それは情事によるものではない。

「だいぶうなされていたわよ」

 アキトは起き上がると頭を押さえた、夢の内容を思い出す。1年前、火星、少女、デート、木星蜥蜴、戦闘、死、両親の死。

 口を押さえる、吐きそうだ。

「少し一人にさせてくれ」

 アキトはそう言うと煙草セットを持ち、寝室を出て行った。

 コップに水を汲み、こみ上げてきていた胃液を押し戻す。アキトは荒い息を整えながら煙草に火をつけた。

 何度あの夢にうなされただろうか?両親の夢は数年まえ、あの時から見なくなった、しかし、どうしても1年前の出来事は自分の中の闇を全て引き出している、それで何度吐いたことか。

 気付けば煙草は根元まで来ていた。アキトは吸殻入れにそれを入れると寝室に戻って行った。

 エリナはベッドでアキトを待ってた。

「エリナ、おれ、ナデシコで火星に行く」

 突然の発言にエリナは驚いた。

「じゃあ、本気でスキャパレリプロジェクトに参加するの?」

「ああ、このままじゃ俺はだめになる、過去と決別をつけたい」

「そう…」

 エリナはさびしそうな声を呟くとアキトに背を向けて寝てしまった。

 アキトは少し笑うと明け方まで彼女を愛した。

 

 

 

  筆者の言葉

 ヒロインは一体?!