今、オレは心底充実している。 師匠・劉鵬明のもとで修行を始めて、半年は経っただろうか。 日に日に、料理のスキルが上がっていくのを感じるし、 毎日、新しいことを体験でき、知識が増える。 あのうざい亡霊に、彼を紹介してくれたことだけは、感謝しても良い。 それにいつの間にやら、ちゃっかり妻を名乗っているルリちゃんも、 いろいろとよくしてくれるし。 でも、本当に妻にするかどうかは別だ、なにせ・・・ 胸がないし。 『鉄人』 オレの生活が、急にドタバタと騒がしくなったのは、 あのストーカー幽霊が現れてからだ。 目の前が光ったと思うと、次の瞬間彼はいた。 マントを着込み、バイザーで眼を隠した、実に怪しい格好で。 しかも半透明だ。 そんな身なりで、オレの未来は不幸だといわれても、信じられるはずがない!! しかも話すことはといえば、 メグちゃんともう一度、ちゃんと話をしたいとか、 リョーコちゃんとは、もっと巧くやれたとか、 イツキちゃんは惜しいことをしたとか、 イズミさんをもっと理解したかったとか、 ミナトさんとユキナちゃんを悲しませたくないとか、 エリナとイネスに悪いことをしたとか、 ラピスを幸せにしたいとか、 ホクシンとかいう少し変わった名の子は、絶対にオレが落としてやるんだ、とか、 女の話ばっかり!! オレがユリカと幼馴染みであることを知っていたことからすると、 ストーカーであるのは間違いなさそうだが、 まだまだ分析が甘い。 そのおかげで、間違いなくアイツがオレを騙そうとしている、と見抜いたね。 なぜなら、 オレがユリカと結婚するなんて、ありえない!! なんで、あんな迷惑ばっかりかける奴と結婚しないとダメなんだ。 同じ幼馴染みなら、カグヤちゃんの方がずっとお嫁さんらしいのに。 あの亡霊、どういうつもりか知らないが、いまだにオレの後を憑いてくるのは、 果たして、何を企んでいるのだろうか。 いっそのこと、病院にでも連れて行こうかと思ったが、既に死んでる身だし、 そもそも、存在自体がイタイ奴には、どんな治療も無意味だろう。 それからたぶん、一ヶ月くらいしてから、 ルリちゃんがやってきた。 初めは、なんて無茶苦茶な娘だ、と思ったね。 何しろ、私のために死んでくれとか、言ってくるし。 でも、落ち着けば、すごく頭の良い、よい子なんだけど。 わりとドジだし。 たまに、布団を間違えたのか、 朝起きると、隣ですぅすぅ寝ていることがあったし、 部屋の扉をパッと開けた時、 なんか胸筋を盛んに動かすような体操をしているところに遭遇したことも、何度か。 ぴしっと音を立てて固まってたけどね。 そういう、おっちょこちょいなところはあるけど、 家事は積極的に手伝ってくれるし、良い娘だね、本当に。
そして、ルリちゃんと二人で地球に来ることになった。 師匠の弟子になるために。 劉鵬明。 この人は本当にすごい。 一瞬で、大木をみじん切りにできちゃうし、(←みじん切り奥義:百花繚乱) どんな硬い骨でも、包丁で一刀両断だし、(←一刀奥義:斬岩剣) 遠くを走るイノシシをその場から仕留めるし、(←秘剣斬空閃) まあ、ちょっと豪快すぎるところはあるけど、味付けは繊細だ。 「おい、アキト!」 「なんです、師匠?」 和服を着流した師匠が、ヒゲを撫でながら歩いてくる。 「明日までに、ここの包丁を全て研いでおけ」 「え? 研ぎ師じゃなくて、自分で研ぐんですか?」 「ふん、未熟なり」 後ろで亡霊がなにやら反応しているが、とりあえず無視だ。 「料理人たるもの、料理をするために環境は全て自分で整えなければならぬ。 道具もまた然り。いかに形だけ、良い道具をそろえようとも、魂の浅さは隠せないのだ」 「わかりました」 「では、やるがよい」 包丁といっても、師匠はいろいろな包丁を持っている。 特に珍しいのが、この長い包丁だ。 柄があり、鍔があり、鞘に入っている立派な一振り。 「・・・。包丁じゃない。日本刀だ」 「ん? なんか言ったか、黒スケ?」 「いや、いい」 何かを諦めてしまった男、ってな感じで深々とため息を吐く亡霊は放っておき、 しゅっしゅっと、刃を研いでいく。 宇宙一の料理人を目指して、今日もオレは努力する。 「あ、そういえば、そのうち料理修行の旅に連れて行ってくれるって言ってたな」 「どこにいくんだ?」 「知らないけど・・・西欧には行ってみたいって言ってた。バッタとかいう食材に、 どれだけ自分の技が通用するか確かめに行くとかなんとか・・・」 「・・・そうか・・・」 きっと師匠なら、見事に料理してしまうに違いない。 自然の中での生活も、結構良いですね。 初めは辛かったですが、体も丈夫になってきた気がしますし。 少し退屈な時もありますし、コンピュータがないというのは寂しいですが、 私にはアキトさんがいますから(ぽっ)。 あ、申し遅れました、テンカワ・ルリです。 夢に向かって進む夫をそばで支える日々を送っています、うふ。 戦艦で誰かを追い回していた昔が嘘のように、穏やかですね。 最近、ますます、このままナデシコに乗らなくても良いような気になってます。 幽霊アキトさんは、どうにかしろとうるさいですが、 自分でできないからといって、人に押し付けないで欲しいものです。 でも確かに、この平穏が乱れるのはイヤですし、 どこかで誰かが苦しんでると思うのも・・・居心地悪いですけどね。 まあ、些細なことです。 どうも、鵬明さんの話では、近々アキトさんのために修行の旅に出る予定だそうで、 それで世界の現状を見て回ってから決めるのでも、遅くはないかな、なんて。 でも、私が乗らない場合、誰がオペレートするんでしょうね? ハーリー君では・・・無理です。 幼すぎます。 ビッグ・バリアを越える前に沈むのがオチですね。 私がいないことで、ラピスさんを助け出すことに繋がれば、 黒アキトさん的には万々歳なのでしょうけど。 あれ、そういえば、今、私ってどういう扱いなんでしょうか。 研究所どころか、その街全体の電力をダウンしてから脱走したんですが、 まあ、まさか指名手配にはなっていないでしょう、たぶん。 とりあえず、ナデシコに乗るかどうかは、わかりませんけど、 この前、街に降りた時に、 ネット上で大々的に、軍部のとある秘密を噂としてばらまいておきました。 どうなるかは知りませんけどね。 何しろ私、専業主婦ですし、 そういう物騒な世界には関知しないんです、いやマジで。 某日、 「ルリ君、この建物の全ての電子制御、落とすのじゃ」 某企業の某研究所所属、 「落としました。それから、どうしたら良いんです、鵬明さん?」 某基地、某施設、某ドック。 「我が輩たちの侵入経路以外、人が通れんようにしておけ」 天下一料理人劉鵬明とその弟子テンカワ・アキト、その妻ルリは、 ある建物に侵入していた。 男二人は鍋やら包丁やら、一切合切の調理器具を背負っている。 「師匠、何をするんですか?」 「このドックに泊めてある新造宇宙船を借りるのだ」 「えっと・・・借りるんですか?」 「うむ」 「・・・いいんですか?」 「愚か者。これも料理のための環境を整える一環じゃ。 それに、この船を借りて我らはよりうまい料理を作れるように修行に行く。 そして、いずれ世間のために腕を振るえば、巡り巡って、 借りた分、立派に還元できるではないか」 「・・・・・・なるほど」 「これを一般に、持ちつ持たれつと言うのだ、覚えておけ」 「うっす」 こうして、コックを目指す少年は、 仙人につれられ、妖精と亡霊と共に、とある艦を乗っ取るのだった。 そう、男たるもの、夢は大きい方が良い。 「で、どこに行くんですか、師匠」 「ふん、未熟者。決まっておろうが。トカゲを調理しに行くのだ」 「トカゲ・・・っすか?」 「うむ、いざ木星へ!!」 これが後に、なぜか宇宙を統合することとなる伝説の男の、最初の一歩の記録である。 (了)
あとがき やれるだけやったというか、やるだけやっちゃったというか。 この後、どうなるんでしょうね、いやマジで。 木星の人をチキンライスで絆してしまうのか、 木連軍と共に地球に攻め込むのか、 ナデシコ出航前には戻ってきて、乗っちゃうのか。 いや、そもそも、木星に辿り着けるのか・・・。 乗っ取りが失敗して、連行されてしまうのも、ありといえばあり? まあ、たぶん、 料理は国境どころか星をも越え、世界を一つにするのでした、 めでたしめでたしまる、みたいな。 わかっているのは、人と人は決して完全には理解し合えないのだ、ということですね。 とりあえず、この話はこれで終わり。 この辺りで終わってしまうのが乙というものでしょう。 では、お粗末様でした。
代理人の感想
いや、それ乙と違うから。「オツなもの」というより「黒アキト乙」って感じだから(爆)!
というか実際、以降のこの世界を考えると世界のほうもアキト達の方も不安が満載ですしねぇ。
特に幽霊になったままルリにすら見捨てられた黒ずくめ・・・・よりも若アキトのほうが不安かな。
ほら、世界を統一した後ルリに刺されそうでw
追伸
「鉄人」ってやっぱりそっちの?(謎)