時を紡ぐ者達 第5話
ここ、アルビオン本社会長室に衝撃的なニュースが飛び込んだ。
「ナデシコが沈んだ!?」
カイトは驚愕の余り、椅子から立つ時に勢い余ってこけた。
普段なら笑ってしまうその光景も、今回ばかりは笑いの種にはならなかった。
「事実よ。ナデシコは沈没。
多数の死傷者をだして、再建には最低でも1年はかかる見通しよ」
真澄の報告に麗香は疑問を呈した。
「ちょっと蘭はなにをしてたの?
彼ほどの実力者がいれば簡単には沈まないと思うけど?」
「ナデシコ沈没の直接原因は、格納庫の弾薬の誘爆だそうよ。
でも、格納庫内部に被弾を許したのは、こちらのミスね」
「ミス?」
「こちらの世界の天河アキトが乗りこむ、いや乗り込めると考えて行動していたのが間違いだったの」
「まさか、彼は乗らなかったの?」
「正確に言えば、乗れなかったというべきね。今回、木星軍の襲来は史実より早かったのよ。
そう、天河アキトが佐世保ドックに着くより」
「それじゃあ・・・」
「そう。それでこっちの対応が遅れ、ドック内に敵の侵入を許した挙句、ナデシコは沈没。
おまけに天河アキトは、ドック近辺で戦闘に巻き止まれて死亡。
まったく、踏んだり蹴ったりて言うのはこう言う状況を言うんでしょうね」
「・・・蘭は無事なの?」
「一応ね。今はネルガル系列の病院で治療を受けてるけど、傷は浅いそうよ」
「そう」
やや、安堵のため息を着く麗香。
嘗ての戦友の無事を聞いてほっとしたようだ。
「天川君、どうする?」
一方、真澄は今後の方針をどうするかをカイトに尋ねる。
「・・・暫くは静観して、情報収集に当ろう」
「それでいいの?」
「ああ」
真澄と麗香が、今後に備えるために会長室を後にする。
一人になったカイトは思い出したかのように呟いた。
「あっ、ユリカ達のこと聞くの忘れてた」
ナデシコ沈没の翌日、状況が鮮明になった。
艦橋にいたメンバーの内、フクベ、ユリカ、ゴート、ルリは重傷。
ゴートを除く三人は意識不明の重態だった。
他のメンバーも軽い怪我を負っていた。
死傷率が最も高かったのは整備班であった。
格納庫にいたメンバーは殆どが死亡。辛うじて生き残ったウリバタケ、他数名は生きているのが奇跡という状態。
医務室にいたヤマダは辛うじて生き残ったものの、パイロットへの復帰は絶望的なものとなった。
それらの報告を聞き終わったカイトは押し黙り、他のメンバーも沈黙した。
「・・・ネルガルの動きは?」
カイトがやや疲れた声で尋ねた。
「ナデシコ級戦艦二番艦『コスモス』を突貫工事して、工期を三ヶ月早めるそうよ。
それに三,四番艦の建造計画を前倒しとナデシコを早期に再建する予定だそうよ」
真澄が簡素に答える。
「と言う事は、彼らはまだ火星行きを諦めていないってこと?」
麗香が驚きの表情で言う。
「そうなるわね」
「・・・史実が崩壊した今、こちらの計画も崩壊したも同然だ。
こちらの目的を果たすためには、打って出るしか方法はない」
カイトの意見に、二人は驚いた。
「俺の目的を果たすためには、木連との停戦が不可欠だ。
しかし、ナデシコが沈んだ今、史実のような展開は期待できないからな」
「カイト君の目的って自分なりの幸せを掴むことだったわね。
・・・でもカイト君にとっての幸せって何?」
「・・・分らない」
「「はぁ?」」
これには二人とも驚いた。
「俺は以前まで、平穏な生活を手にすることが、幸せだと思っていた。
だが、それは違った」
「違う?」
「統和機構本部で、実戦さながらの訓練を受けた時、俺は歓喜に震えたんだ。
戦いたい、戦って敵を叩き潰したい。そう心の底から思ったんだ」
「「・・・・・・」」
「もう、俺は平穏な生活を手にすることは出来ない。
それが解った瞬間、俺の過去に行く目的が少し変わったんだ。
『俺なりの幸せを探す』ことにね」
この時のカイトの表情をみて、二人は決意を新たにする。
((カイト君(天川君)、あなたに自分の幸せは、私とともにある事だと言わせて見せる))
一方、カイトは
(まぁ、俺に好意を寄せてくれる女性が二人も居るだけでも幸せなのかな)
積極的にアプローチしてくる真澄と麗香(実際は二人だけではない)の気持ちには薄々気付いていた。
まぁ鈍感王と言われた頃から見れば、進歩したと言える・・・だろう。多分・・・。
だが三人がそんな事を考えていたために、さらに意志決定は遅れていくのだった。
三人が現実に戻ってきたのは約10分後のことだった(笑)。
「具体的にはどうするつもり?」
麗香の問いにカイトは即答した。
「ユーチャリスUを使う。あれがあれば戦況は随分と変わるからな。
勿論、独自に運用する。そのためには軍との折衝が必要になるから、真澄ちゃんは交渉を頼む」
「解ったわ」
「麗香ちゃんは俺と一緒に出撃してもらう。
それに香澄ちゃんと蘭もこちらに来てもらう。戦う以上、戦力の集中は不可欠だからな」
「了解」
「後、春日井さんに連絡して、HFRの増員を要請しておいてくれ」
カイトはそう指示すると、ブラックサレナUの調整の為に会長室から出ていこうとした。
この時、麗香が尋ねた。
「彼らのお見舞いに行かなくて良いの?」
「彼ら? ナデシコのクルーの事か?」
「ええ」
「必要無い。彼らに取ってみれば俺は見知らぬ人物だ。
そして、俺にとっても彼らは他人だ。
俺にとって家族とも言えたクルーは、あくまでも俺のもと居た世界の人達であって、この世界の人間じゃない」
「・・・」
「それに今、俺にとって大切な仲間は、麗香ちゃんや真澄ちゃん達の方だしね」
そう言うと彼は会長室から出ていった。
残された二人は、カイトの台詞を聞いて顔を赤らめていた。
その直後、その場にいた二人に通信が入る。
『聞こえるか、二人とも?』
春日井からだった。
「何?」
やや不機嫌な声で聞き返す麗香。
幸せに浸っていたのに、と言わんばかりの表情だった。しかし、
『本部から臨時通達があった』
この春日井の台詞で、そんな気分は消し飛んだ。
「内容は?」
一転して真面目な表情で尋ねる。
『我々に歴史介入に関する全権を委任することが決定されたそうだ』
「「!!」」
これには麗香は勿論、普段冷静沈着の真澄も驚いた。
歴史は変えれば、変えるほど反動が大きくなる。
その反動は時としてその世界その物を滅ぼすこともある。
統和機構は歴史への介入を支援する為に人員も派遣するが、それは無計画な歴史への介入を掣肘するためでもあるのだ。
現場における戦略的判断は、余程の緊急時を除き本部との合議を必要とした。
だが今回の通達はそれらを全く無視するどころか、方針を180度反転させた物であった。
「どう言うこと? 本部がこんな指示をするなんて余程のことよ」
「・・・本部で何か起こったの?」
麗香と真澄が同時に尋ねた。
『本部は今回の歴史の大幅な変動を受け混乱している。
管理委員会はシステムの再構築の為に、一時的に未来予測が出来なくなるそうだ』
管理委員会、正式名称は『時空間管理委員会』。歴史への介入に関する全権限を掌握している部署である。
彼らは独自の演算システムで未来予測を行い、それに基づいて作戦部や情報部に指示を行う。
だが傲慢な態度をとる人物が多く、他の部署から嫌われている。
春日井も例外ではなかった。彼は管理委員会、特にその内部に存在する保守派を極度に嫌っていた。
(まぁ今回の一件で、無能連中は粛清決定だな)
密かにほくそえむ春日井。
『期限付だがフリーハンドを得たんだ。これは喜ぶべきだろう』
「それもそうね」
『まぁ、細かいことはお前達に任せるよ』
そう言って、春日井は通信を切った。
アルビオン本社でそんなやり取りがかわされている頃、ナデシコ沈没時に救出された負傷者が数多く収容された
ネルガル系列の病院では血生臭い香りが漂っていた。
勿論、遺体も収納されており、訪れた遺族は悲しみの涙を流していた。
あちこちから遺族のすすり泣きの声や患者のうめき声が挙がり、居るだけでも憂鬱になる状態だった。
無傷ですんだ者も心にトラウマを負った者が多い。
そんな中、比較的軽傷な人物が歩いていた。
そう、如月蘭であった。
当初、彼はエステバリスに再度乗りこむために外へ出ていたので無事だった。
しかしながら、その後救出活動に参加した時に軽い怪我をしたのだ。
「・・・計画は変更を余儀なくされるな」
負傷者の山を見て、蘭は計画が頓挫したことを再認識していた。
「連絡をとるか」
そう呟いた時、それは来た。
「ユーーリーーカーー!!」
蘭はこの爆音で三半規管に大きなダメージを受け、立っていられなくなった。
「な、何だ?」
だが追い討ちは続く。
「ユーーリーーカーー!! 目を開けておくれーー!!」
血涙を流して、そう叫ぶのはミスマル・コウイチロウ。
近くで「静かにしてください」と言っていた看護婦が気絶した。
まわりの人間も、次々に倒れていく。
「に、逃げなければ」
命の危険を感じて匍匐前進でこの場を去っていく蘭。(笑)
この時、彼は室内における音響兵器の有効性を確認していた。
危険地帯から脱出に成功した蘭が辿り着いたのはヤマダの病室の前だった。
だが、ヤマダの病室前は異様なまでに静かだった。
「?」
ヤマダの普段の様子を知っている蘭は不自然に思い、室内を覗き込んだ。
そこには、虚ろな目で虚空を眺めるヤマダの姿があった。
「これは・・・」
驚愕する蘭に室内にいた看護婦が気付く。
「御知り合いですか?」
「あ、はい」
室内に入る蘭。
「彼は、一体どうしたんですか?」
「医師の話しによれば、精神的な問題だそうです」
「精神的な?」
「はい。この怪我で、パイロットへの復帰は無理だと言われたのが余程ショックだったんでしょう」
「パイロットへ復帰できない?」
「ええ」
「そうですか」
原因を知ると、蘭は部屋を後にした。
その後人気のない所へ行き、麗香に連絡をとった。
麗香はアルビオン本社での決定と本部からの通達を伝えた。
『・・・と言うわけ』
「つまり、こちらから打って出ると?」
『端的に言えばそうなるわ』
「準備は済んでいるのか?」
『まぁね』
「・・・解った。早めに戻る」
『そうしてちょうだい』
「・・・はぁ」
ため息をつく蘭。
『どうしたの?』
「いや、また香織と仕事を一緒にすると思うと気が重くてな」
『まあまあ、人生楽あれば苦有りよ』
「あいつと一緒だと、苦ばかりしかないと思うんだが」
『まぁ、今回はカイトもいるんだし、そうそう悪いようにはならないはずよ。・・・多分』
「説得力皆無だぞ。まぁ仕事だからしょうがないか」
何とか無理矢理自分を納得させた蘭。
『この仕事が終わったら、有給とれば?』
「そうさせてもらう」
蘭は通信を切る。
その後、空を仰ぎ呟いた。
「胃薬が必要にならないことを祈るか」
だが哀れにも彼の切実な願いは、神に届くことはなかった。
後書き
お久しぶり、earthです。
相変わらず駄文ですが、最後まで読んで下さってありがとうございました。
・・・でも最後まで読んでくれている読者は居るのでしょうか?
出来たら、感想を送ってください。
お願いします。
それでは第6話でお会いしましょう。
それと、前回の代理人さんの感想で、『格納庫全滅』というのがありましたが
『ほぼ、全滅』であって、『全滅』ではありません。
ですから、ウリピーは生きております。
まぁ、死に掛けですが(ニヤリ)。
代理人の感想
どうやって生き残ったか聞いていいですか(爆)?
まぁ、それよりはヤマダくん復活なるかどうかのほうが気になりますけれども。
個人的にはサイボーグガイとして復活してくる事を希望(爆)。