ここ火星基地の執務室で、春日井は山のような書類と激闘を続けていた。
彼は2195年の火星会戦以降、地球連合から見捨てられた火星圏の復興に携わっていた。
その仕事振りは特筆に価するものであり、後世における火星圏隆盛の基礎を築いた男としてその名を残すこととなる。
だが、彼からすればそんな名声や評価より、切実に休暇を求めていたといのは知られざる事実であった。(笑)
「・・・はぁ」
その切実に休暇を欲している彼に、さらなる厄介事がふりかかる。
『どう出来そう?』
カイト達からの依頼、木連における和平工作の前準備であった。
画面に映る麗香にやや恨みがましい視線を向けつつ彼は答える。
「木星圏に戦艦を隠しておける場所の確保と、和平派への接触か。
これらを実現するには、かなりの準備がいるぞ」
『そんなことは分ってるわ』
「(分ってるなら人の仕事をこれ以上増やすな(怒))私としては、2,3ヶ月ぐらいは欲しいのだが」
「それで構わないわ」
その後、真澄とカイトも加わり細かい協議に入った。
そして、三時間に及ぶ協議の後、春日井はぼやいた。
「残業手当、出るんだろうか」
後で人事部に掛け合ってみよう、と思う春日井だった。
時を紡ぐ者達 第9話
彼らの協議から二週間後、ついにユーチャリスUが発進する日が訪れた。
すでに必要な物資の搬入は終了し、後は発進の号令を待つだけであった。
そんな時、秘密ドックの中に警戒警報が鳴り響く。
『敵機接近。内訳、バッタ600、ジョロ150、大型戦艦12、チューリップ3』
ユーチャリスUのAIが報告を入れる。
『連中、気合が入ってるな』
「そのようね」
艦橋で、カイトと麗香がウインドウを通してのんきな口調で言った。
彼らからすれば、この事態は予想の範囲内だった。
『まぁ連中としてみれば、商売敵のアルビオンの新造戦艦を潰すついでに、そのトップの抹殺も謀れるんだ。
こんな機会を逃すつもりはさらさらないだろうな』
これまでアルビオンのデータは麗香達によって隠蔽されており、外部の人間はその内情を殆ど知ることは出来なかった。
だが、軍との交渉の際、情報が漏洩し、クリムゾンはユーチャリスUの存在を知った。
彼らにとって、僅か数年で自社に匹敵する会社に急成長したアルビオンは脅威であり、早急にその力を削ぐ必要性があった。
そんな時に知ったユーチャリスUの存在は、彼らにとっては良い標的であった。
その上、発進当日には、アルビオン会長まで搭乗すると言う情報も彼らは入手したのだ。
このチャンスを逃すな。
クリムゾン上層部は、木連にナデシコ攻撃時を遥かに上回る戦力で確実に仕留めるように依頼した。
そして、その結果が報告された大兵力である。
「蘭、香織ちゃん、準備は?」
カイトは、ブラックサレナUのコクピットから同じくホワイトサレナとフリージアに乗っている二人に確認する。
『問題ない』
『こちらもOKです』
「それでは、実戦テストといこうか」
そう言うカイトに続き、蘭、香織が出撃して行った。
「さて、こちらも発進しますか」
麗香はそう言うと、ドックに注水を開始する。
「まぁ、どうせ出番はないだろうけど」
その頃、地上。
「何なんだ、あれは・・・」
木星蜥蜴に襲来、その報告を聞いて、近隣の基地から駆け付けた戦闘機のパイロットが呆然とした。
そこには、たった三機の機動兵器によって成すすべもなく蹂躙されていく無人兵器の姿があった。
フリージアは、後方から正確無比な射撃で、次々と戦艦を撃沈した。彼女の機体の搭載火器からみれば戦艦のフィールドは
薄紙も同然であり、直撃弾は面白いように装甲を突き破って、戦艦を沈めていく。
そして、ホワイトサレナとブラックサレナUは、彼女がカバーしきれないバッタやジョロをDFSで次々に落としていった。
「風を司りし偉大なる我が剣よ、偏執を顕すノウエムを紡ぎ我が憂愁の矢を放て
躊雷轟撃!!」
ホワイトサレナのDFSから放たれた無数の漆黒の矢は次々に空中に無数の赤い花を咲かせる。
ホワイトサレナの攻撃は熾烈且つ、正確無比であった。また、その機動も軍の常識を大きく超える物であった。
「何んでだ!! なんであいつらはあんな動きが出来る!?。あんな動きをすればGで内臓を吐き出すぞ!!」
応援に駆けつけたエステバリスのパイロット達は、その悪夢と言っても良い光景に半狂乱に陥る。
彼らにとって見れば、カイト達の戦い振りは軍人である彼らの常識の範疇を超えていた。
だが、そんな彼らの狂乱振りを嘲笑うかのような事態が起こる。
『カイト君、チュ―リップから敵の増援がやって来るわ』
ユーチャリスUからブラックサレナUに通信が入る。
「規模は?」
『推定で戦艦9、バッタ700』
「・・・よし。蘭、香織ちゃん聞こえるか?」
『聞こえる』
『聞こえます』
「二人は、残存する敵機の掃討を頼む。俺は、敵の増援とチューリップを叩く」
『了解』
二人は、残存するバッタやジョロを掃討する。
その一方、カイトは
「さて、こちらも本気でいくか」
ブラックサレナUの背中の12枚の翼が展開し、漆黒の光がそれを包む。
その幻想的な光景に、その場に居た人間達は息をのむ。
『第二相転移エンジン起動、出力120%』
サレナのAIからの報告があった直後、チューリップから増援が現れる。
だが、現れる時期が悪かった。木連にとって。
「咆えろ!! 我が内なる竜よ!!
秘剣!! 咆竜斬!!」
DFSから放たれた漆黒の竜が次々と無人兵器を喰らう。
竜に飲みこまれ大量のバッタが次々に消滅していく。
9隻もの戦艦が、重力波に成す術もなく押しつぶされ、爆発四散する。
さらにその後方に存在したチューリップもあえなくフィールドを貫かれ、崩壊していった。
すべてが終った後、そこには雲一つ存在しなかった。
「状況終了だな」
「だいたい6分か、早かったな」
「遅い方だと思いますよ」
三人のパイロットは、余りの光景に呆然としている連合軍を尻目に、海上に現れた母艦に帰還して行った。
「ご苦労様」
格納庫に迎えに来た麗香が言う。
「あんなのどうって事はない」
カイトはあっさりとした口調で返す。
「まぁ初戦も終ったことですし、祝杯でもあげませんか?」
香織が提案する。蘭は何か嫌な予感を覚えたのか、冷や汗を流している。
「俺は別にいい。整備でもしておく」
そう言うと、蘭はこの場から離れようとする。
だが、それは叶わなかった。
「ダメです」
香織はどこからか投げ縄を持ち出し、蘭に向って投げる。
「うお!?」
投げ縄に捕まり、あえなく引きづり戻される蘭。
「こら!! 何をする!?」
「ふふふ、逃がしませんよ」
「・・・麗香ちゃん」
その光景を見ていたカイトが尋ねる。
「蘭は何で、香織ちゃんを避けているんだ?」
「・・・見ていれば分るわ」
ため息をついて答える麗香にカイトは首を傾げる。
だが、彼はすぐに理由を知る。実体験と言う形で・・・。
「うぎゃああああああああああああ!!!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!?」
蘭とカイトの、この世の物とは思えぬ絶叫がユーチャリス艦内に鳴り響いた。
その後、二人が意識不明の状態に陥り一日ほど医務室で寝たきりになったことであった。
後日、このことを聞かれた二人は、青い顔をして顔を横に振るだけであった。
当事者足る、香織嬢は
「まったく、二人とも酒に弱いんだから」
とのたまった。
だが、同僚のM・R氏は言う。
「あんな強力な酒を飲んで正気でいられるのは彼女だけよ」
ちなみにその酒のアルコール濃度はウオッカ並で、香織自製の物だったりする。
ちなみに、過去にその製造方法を尋ねられた時、彼女はこう言ったと言われている。
「世の中には知らない方が、いや知ってはいけないことがあるんですよ」
・・・一体、何混ぜた?
本日の戦果、チューリップ3、戦艦21、バッタ、ジョロ多数。
様々な問題もあったが、カイト達は、力の誇示という当初の目的に成功した。
だが、その一方でその力を欲する者達、敵視する者達も生まれようともしていた。
後書き
時を紡ぐ者達第9話をお送りしました。
あいもかわらず拙作ですが、最後まで読んで下さってありがとうございました。
出来たら、感想を送ってください。お願いします。
それでは。
代理人の感想
短い〜(笑)。
何と言うか、もちょっと起承転結をつけてくれると嬉しいかなと。