「この非常時に民間戦艦だと?」
「アルビオンは何を考えている? だが、艦載機ですらあれだけの力だ。見過ごすわけにはいかん」
「だが、連中はあくまでも独自に運用するつもりのようだが?」
「問題無い。今、我々に必要なのは蜥蜴に対抗できる戦艦だ」
ここ東南アジア方面軍司令部では、ユーチャリスUとその艦載機の戦力を見せ付けられた軍人達が彼らを軍に編入する方法を
練っていた。そして、彼らが導いた結論はもっともシンプルな『機動戦艦ユーチャリスUの拿捕』であった。
そして、この任務の指揮官に任命されたのは
「ムネタケ准将、君に戦艦『リトープス』、護衛艦『クロッカス』、『バンジー』の指揮権を与える。
この三隻をもって、機動戦艦ユーチャリスUを拿捕せよ」
「はっ!!」
ムネタケは辞令を受け取るとほくそえんだ。
(ふふふ、私にも運が回ってきたわ。あの戦艦を拿捕すれば出世間違い無しね)
時を紡ぐ者達第10話
連合軍の動きは、情報網を通じてカイト達の知るところとなった。
「連合軍は相変らずか」
ユーチャリスUの艦橋で、真澄からの報告を聞いたカイトは呆れたように呟く。
「まったく、予想どおりね。彼らは軍の定義を学校で習わなかったのかしら」
「仮に彼らがまともな頭の持ち主だったら、この戦争は起きてないですよ」
麗香と香織が辛辣なことを言う。
「無能な連中のことはほっとけば良い。それよりも今は軍への対応を考えるべきだと思うが」
やや二日酔い(?)気味の蘭が青い顔をして言う。
「あれ、如月さん、どうしたんですか? 顔が青いですよ」
蘭を見て、左様な台詞をイケシャーシャーと言う香織。
これにはカイトや麗香も呆れた。
「・・・お前が無理矢理飲ました酒の所為だろうが!!」
さすがの蘭も切れた。
「おかしいですね、あのお酒は比較的軽い物なんですよ?
そんなお酒に二日酔いになるなんて、ひょっとして如月さんはお酒弱いんですか?」
「あれが軽いだと?
あの酒を飲んだ瞬間、頭に直接刺激がはしったぞ!!
あんなのは酒とは呼ばん!!」
そう叫ぶと蘭は、頭が痛くなったのか、力無く座りこむ。
『・・・もういいかしら?』
このやり取りをウィンドウの向こうで聞いていた、真澄がこめかみを引きつらせながら尋ねた。
彼女からしてみれば、本社の機能維持と、本部への報告書作成、それに政府や軍との交渉など
やらなければならないことが多くある時に、これ以上無駄な時間を使いたくなかった。
まぁ、カイトと会話できるのは良いが。
「ははは。・・・ごめんなさい」
真澄の尋常ではない様子を目の前にし、香織が気まずそうに謝る。
やや、気分も落ちていた彼女は話しを再開する。
『まぁいいわ。で、その拿捕を指揮する人間なんだけど』
指揮官の名前を聞いたカイト達は呆れる。
「・・・軍は、何を考えているんだ?」
『さぁ・・・』
歯切れが悪い真澄。
さすがの彼女でも、何故ムネタケが指揮官に選ばれたのかまでは完全に掴めなかった。
ただ、連合軍内部の権力抗争が関わっているということは分っていた。
実際のところ、軍上層部はユーチャリスUを欲しがってはいた。
しかし、彼らはその戦力が自分達の派閥以外の勢力の手に落ちることを恐れていた。
特に、極東軍集団の最高権力者ミスマル・コウイチロウが在籍する東南アジア方面軍では、それが謙著だった。
彼の派閥の規模は連合軍内部でも有数の大きさであり、その上最近力を蓄えつつあった。
それゆえ、軍内部では木星蜥蜴より彼とその派閥を敵視する者も多かった。
そんな連中にとって、コウイチロウがユーチャリスUを拿捕することは見過ごせる物ではなかった。
何故なら、もし彼の手により拿捕した場合、コウイチロウの政治手腕によってユーチャリスUが彼の指揮下に置かれてしまう
かも知れないからだ。もしそうなれば彼とその派閥に対立している勢力にとってみれば自分達は政治的窮地に立ってしまう。
よって、彼らは別の人間を送りこむ必要があった。コウイチロウの派閥に属さない単純で無能な軍人を。
わざわざ単純で無能な軍人を送りこむというのは、奇怪だが理由があった。
それは確実にユーチャリスUを自分達の管轄下に置くためと
後々民間人に銃を向けたことが市民にばれた時のことを考慮してのことだった。
彼らからすれば政治的なやり取りに長けた人物がユーチャリスUを手に入れた場合、すんなり船を自分達によこさず、他の勢力との
取引材料に使うことが有りうると判断していたのだ。
次に情報と言うものは必ずどこからか漏れるものであり、完全に秘匿することは不可能である。
よって、ばれた時に生け贄にしても惜しくはない人材で尚且つ前述のようなことをしない(出来ない)人物を彼らは選んだのだ。
失敗することを考えていないのか、という指摘もあったが、軍上層部はこちらが武器で脅せばなんとでもなるぐらいしか考えていなかった。
ようするに彼らには民間人に対する驕りがあったのだ。
「ユーチャリスUの拿捕は連合軍総司令部からの正式命令なのか?」
カイトが真澄に尋ねる。
『そうみたい』
「・・・麗香ちゃん、すでに連合軍対策は有るって言ってたけど、実際のところはどうなんだ?」
「勿論、既に手は打ってあるわ。
でも拿捕に向ってくる連合軍艦船はこちらで対応する必要があるわ、仕掛けが動くまではね」
「仕掛け?」
「まぁ、それは後のお楽しみ。今聞くのは野暮よ」
彼女の悪戯っぽい笑みに、何か感づいたのか真澄が呆れたように言う。
『ほどほどにしときなさいよ』
「大丈夫、大丈夫」
その後、真澄は通信を切る。
カイトは、疑問に思いながら通常の業務に取りかかった。
そして各人が自分の仕事に取り掛かってから、一時間後、彼らは来た。
『レーダーに、反応有り。戦艦1、護衛艦2』
この報告の後、追加として
『付近にチューリップ1の反応有り。ただし活動は停止している模様』
ユーチャリスUのAI『ダッシュ』からの報告にカイトは苦笑しながら呟いた。
「歴史は繰り返すか・・・」
「何か言った?」
麗香が聞き返すが、カイトは「何でもない」というだけだった。
「連中、浮上してくるぞ。
どうする、いっそのこと沈めるか?」
蘭がかなり過激な事を言う。
「それはなしよ」
麗香が却下する。
「では、どうする?」
「時間を稼ぐわ」
「交渉するのか? だが連中が聞く耳を持っているとは到底思えないが」
「せいぜい、2,3分で良いわ」
そう言っている間に、リトープスから通信が入る。
『こちらは地球連合軍第三艦隊所属戦艦『リトープス』。
アルビオン所属機動戦艦ユーチャリスU、停船しなさい!!』
ウインドウにドアップで現れたのは、ムネタケことキノコだった。
「こちら、ユーチャリスU艦長、天川カイト。停船の理由は?」
『つべこべ言ってるんじゃないわよ。軍からの命令よ。さっさと停船しなさい!!』
「理由になってないが」
こちらの反論に、向こう側でムネタケが喚き散らしている。
さすがに見かねたのであろう、副官らしき人物がよこから現れ、説明する。
ただ、やたらと傲慢であったが。
「なるほど」
『分ったわね!! だからさっさと停船しなさい!!』
同じ事を言うキノコ。
「しかし、それは正式な命令なのかしら?」
カイトの横から尋ねたのは真澄だった。
これは、カイトも驚いた。
なぜなら、この拿捕命令が正式な物であるというのは1時間前の会話で確認済みであったからだ。
(何故分りきったことを?)
そう疑問に思うカイトをよそにキノコと麗香が話しを進める。
『それは、私達が独断で動いているっていいたいの?』
「そうです」
『小娘の癖に生意気な!! 私達軍が信じられないって言うの!?』
「開戦からずっと負けっぱなしで、民間の戦艦を徴用しなければならない組織を信頼するって言うほうが無理だと
思いますが?」
痛いところをつかれた軍人達。
だが、キノコには通じなかった。
『うるさいわね!! ともかくこれは決定なの!!』
「なら証拠を」
『証拠?』
「私達としては軍の命令書を見せていただきたいですわ」
『ふん、そんなに言うならみせてやるわよ』
そう言うとキノコは副官に、命じて副官に命令書を取りだたせる。
『どうよ』
勝ち誇った風に言うキノコ。
「それが、有効かどうか確認してみましょうか」
麗香はそう言うと、どこかに通信をつなげる。
『どこに通信を繋げたって無駄よ』
嘲笑するキノコ。だが、その態度は麗香の通信が終ったのち崩れることとなる。
麗香の通信終了直後、リトープスにある連絡が入った。
そして、それはキノコを慌てさせた。
『ばかな!! 何故!!?』
『なっ、そんな』
通信画面の向こう側でキノコは狼狽する。
『くっ!! 了解しました』
キノコはカイト達の方を向いて言った。
『ユーチャリスUの拿捕命令は解消されたそうよ。
・・・あんた、一体何したの!!?』
キノコが咆える。
「さぁ」
麗香はとぼける。
『ムキー!!』
「それでは、また」
優雅にお辞儀をして、麗香は通信を切った。
「さて、この空域から離脱しましょうか」
麗香はそう言うと、ユーチャリスUを離脱させ始めた。
「麗香ちゃん、一体どこに通信を?」
カイトがそんな疑問を言った時、異変は起こった。
『チューリップが活動を開始しました』
ダッシュから報告があった時には、すでに2隻の護衛艦は飲みこまれていた。
残されたリトープスは必死に抵抗していた。
「助けるか?」
「ほっとけば良いわ」
キノコが乗るリトープスがチューリップに飲みこまれたのは僅かその会話から3分後のことだった。
連合軍総司令官、執務室。
この部屋の主は、かすかな笑みを浮かべていた。
それは10分前に掛かって来た2通の電話の所為だった。
一つは、アルビオンから、そしてもう一つは地球連合首相からだった。
アルビオンは、独自運用の交換条件として、ユーチャリスUの簡易量産型4隻の無償提供を申し込んだのである。
彼にとってみれば、限り有る軍事費を使わずに、貴重な戦力を手に入れることが出来るのである。
それは悪い取引ではなかった。
連合首相からは、ユーチャリスUの独自運用を認めるようにと言う指示を出された。
だが、それも交換条件があった。それは彼が引退した後の政界進出を支援すると言う物だった。
「ユーチャリスUがいくら強力だと言っても、たった1隻では運用の幅がせまい。
例え、性能が多少低くても量を確保しておく方が良い」
それが彼の本音だった。
(ふふふ、私はついているようだ。アルビオンから手に入れた新造戦艦で、いくらかの戦果をあげれば
政界に進出しても、大きな発言力を手に入れることが出来る。それに首相の支援も有る。
上手く、立ちまわれば連合首相の座を射止めることも不可能では無い。そして)
思わず笑みを浮かべる。
(おっと、いかんいかん。こう言う時は思わぬところに落とし穴が有る。気を引き締めなければ)
そう言いつつ、やはり笑みをこぼしてしまう総司令官だった。
後日、総司令が何か悪い物でも食べたのでは? という噂が上層部に流れたというのは完全な余談である。
後書き
相変らず駄文ですが、第10話をお送りしました。
・・・まぁ細かい突っ込みは勘弁してください。
お願いします。
それでは、最後まで呼んでくださってありがとうございました。
出来たら感想送ってください。よろしくお願いします。
それでは、また次回お会いしましょう。
代理人の感想
哀れ下っ端、キノコと一緒の艦に乗っていたために全滅。
いつの世も、どこの組織でも、末端は辛い物なのですよね〜。
・・・妙に実感が篭ってしまった(爆)